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はてなキーワード: 鎌倉時代とは

2019-07-01

今の神道って仏教の一宗派なんだな


日本神話の神々がつまり何なのかは誰も知らない原始神道

2019-06-24

anond:20190624160407

歴史面白いよね、特にギリシャ近辺の面白さってのは、あの時代地球が丸いんじゃね?から 地球の直径を求めようとして 46,250 キロメートル まで求めていたこととかな(単位kmではありません)

そういえばネタ知識なんだけど

ギリシャ時代パルテノン神殿の柱に代表される、あの柱がぷっくりしている建築

あれが、日本に伝わるまでに必要だった年数とか知ってる?いやネタ知識なんで本気にしなくてもいいんだが

法隆寺正倉院の柱って、パルテノン神殿と同じ形してんだよね

正倉院756年パルテノン神殿紀元前400年くらい。

おおよそ1000年かけて、えっちらおっちらシルクロードを運ばれてくるんだ、あの柱の感じ

今でもさ、ほら、海外流行ったもの日本に取り入れたりするじゃん?

古代でも同じように「これが最近海外流行ってるんですよ」って言って、時代最先端を行きたい人がこぞって取り入れたんだよねきっと。でその中の一つがシルクロードを延々と同じように伝ってきたあの柱の形なんだだと思うとすごいよね

まあ、実際のところシルクロードの中に残ってないから、多分嘘知識なんだけどさこれは

おっと、まってまってw まあ待てよ

同じように運ばれてきたもの国宝弥勒菩薩の作り方。こっちは本当でさ

ギリシャが衰退して、アレクサンドロス大王インドの近くまで攻め込むじゃん?あの時ギリシャ文化アジアオリエント文化が混じり合ってヘレニズム文化ってものになるんだが、仏像の作り方がギリシャっぽくなるねんあの時代

弥勒菩薩半跏思惟像ってみたことある?いやまあ画像調べてくれればすぐ出てくると思うんだけど

すごいこう、顔の作りが華奢じゃね?鎌倉時代につくられた仏像と比べると、こううすーく微笑みを浮かべていてさ

これ、アルカイックスマイルって呼ばれるんだけどこれギリシャの作り方なのよ。いやこれ本当。

これはまじで1000年かかってギリシャから日本に渡ってきた「像」の作り方なんだよ。

2019-06-05

anond:20190605015046

雑人とは、平安時代から鎌倉時代において使われた用語で、「身分が低い者」を意味する。だが、用法としては一般庶民を指す場合と主家に隷属して雑事に従事して動産として売買・譲渡対象とされた賎民を指す場合がある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%91%E4%BA%BA

これは雑草生える

2019-05-24

anond:20190523130549

進歩派は結局感情で動いてるから矛盾」「俺は進歩派じゃないか感情で動いてもいいんです」

って保守の無敵の論理だな。

理性を気取るなムカつくんだよってか?

アホか。人間が理性気取らなかったら、拷問死刑以上の残酷刑罰廃止されることなんてなかったし、毎日どこも復讐やらなんやらで、抗争や戦争だらけだよ。それこそ中世鎌倉時代レベル

自分が理性を気取らない人間だと自負するならまずは拷問復活運動でもしてろ。今ある法律を守ってるだけだと言い訳してもそれは従順という理性を発揮しているに過ぎない。

2019-04-27

anond:20180509040403

これ鎌倉時代だったらお姉さんがパカッと割れて中から観音様が出てくるとこだよな。

上手いたとえー!

2019-04-25

日本時代区分を考える

日本史時代区分表 - Wikipedia

縄文時代

弥生時代

どうせ土器が二種類ありました卑弥呼がいましたくらいしか習わへんし

ここらへんはまとめて「土器時代」でええやろ。

土器が普及してから大和王権が成立するまで」の先史時代的な定義で。

古墳時代

飛鳥時代

研究者的にはいろいろあるみたいやけど

大和王権が成立してから大宝律令が制定されるまで」と定義して、

大和時代」に呼称を戻してええんちゃう

奈良時代

平安時代

大宝律令の制定からその終焉まで」ってことにしよか。

いわゆる「律令時代」ってやつやな。

飛鳥時代律令時代に含まれるんかもしれんけど。

平安時代

で、そのあとは王朝国家体制期という意味での「王朝時代」なんかな、よくわからんけど。

仮に朱雀天皇即位および藤原忠平摂政就任区切りとすると930年か。

で、鎌倉幕府が成立するまでと定義しよか。

鎌倉時代

まあ「鎌倉幕府の成立から鎌倉幕府の滅亡まで」でええやろ。

建武の新政めんどいから鎌倉時代に含めるっちゅうことで。

てことは実質的に「室町幕府の成立まで」か。

南北朝時代

室町時代に吸収されてええんちゃうか。

室町時代

とりあえず「室町幕府の成立から室町幕府の滅亡まで」で。

安土桃山時代

ここは短すぎるんよなあ。

明応の政変から安土桃山時代までを「戦国時代」として独立させるほうがええかもしれんね。

江戸時代

これは「江戸幕府の成立から明治政府の成立まで」でええやろ。

明治時代

大正時代

昭和時代

一世一元やからって時代区分にする必要もないやろ。

明治政府の成立から太平洋戦争敗戦まで」でまとめようや。

名前は「帝国時代」とかでええんちゃう

昭和時代

平成時代

太平洋戦争敗戦から現在まで」と定義して、

またなんか大きな変化があるまでひと括りでええんちゃうの。

昭和平成・令和から取りつつ憲法にも引っ掛けて「平和時代」とかどうやろ。

そうすると次に戦争が起きたとき平和時代終焉かな。

まとめ

土器時代3世紀
大和時代3世紀701年
律令時代701年〜930年
王朝時代930年〜1185年
鎌倉時代1185年〜1336年
室町時代1336年〜1493年
戦国時代1493年〜1603年
江戸時代1603年〜1868年
帝国時代1868年1945年
平和時代1945年

どやろ?

anond:20190425151653

中でも驚くのが、歴代の最短記録です。 最も短かった元号は、暦仁(りゃくにん)で、なんと74日間というマッハぶり。 わずか2か月と14日。 ちなみに鎌倉時代存在した元号です。

だって

2019-04-10

日本人宗教とか信じてる奴ってきもいよね」

外国人日本仏教は後期密教が入っていない点に加え、海を隔てているという地理的な条件により周辺国からの影響が少なくチベット仏教と並んで特異な仏教文化を育んでいる」

日本人「俺たちの国すげーだろ?俺たちの文化ってすげーんだわ」

日本人歌舞伎とか能とか見たことねーし」

外国人Oh! Kabuki is great!!」

日本人「だろ?歌舞伎とか超しぶいよな」

日本人日本文化ってすげーかっこいいよなー!」

外国人あなた日本文化のなにに興味がありますか?」

日本人「えーっと、んー、仏教とか?神道とか?あと歌舞伎とか?(どれも知らんけど」

外国人神道って何ですか?」

日本人日本の伝統的な宗教です!雅楽とか神道ベース日本で育まれた素晴らしい音楽もあるのです!キリっ」

外国人「迦陵頻伽などの演目仏教由来ではありませんか?色の配置など極めて仏教的な要素が強い上に、神という概念仏教とともに中国から渡ってきたという日本人論文があります

日本人「」

日本人サムライジャパン!!サムライかっこいい!」

外国人鎌倉時代のような実力主義から儒教が中心に据えられて権力者には歯向かわない牙を抜かれた犬がかっこいい?儒教年功序列は捨てた方がいいですね」

日本人儒教なにそれ?」

日本人ってなんだろな。

2019-03-29

鎌倉時代武士がどう思っていたのか知らないけど

話し合いで解決するための仕組みを作っていたのは事実

https://anond.hatelabo.jp/20190329101542

2019-02-18

anond:20190218172806

昔のは座布団みたいな使い方だったので、たためた。

今みたいに常時敷きっぱなしになったのは鎌倉時代ごろから

2019-02-08

伝統を知らん奴に限って伝統伝統言いやがる

以前、出張で某所に行ったとき、いわゆるYOSAKOIと呼ばれる類の祭をやっていたのだが、一緒にその出張に行った同僚がデジカメ持ち出してガンガン撮影しながら、

日本の伝統っていいよね……」

とか言いやがった。喉元まで「ハァ?」と出かけたのを何とか飲み込んで、後は生暖かい視線ではしゃぐ同僚を見ていたのだった。

高知県の方が見たら気分を害されるかもしれないが、高知よさこい祭りですら、実は伝統的な祭ではない。もともとは阿波踊りに対抗する目的1950年代に「作られた」祭りである。ましてやYOSAKOIって呼ばれるものなんざ……大阪人の言うところのパチモンに過ぎない。いや、別に烏合の衆がイキってチームで踊ってても俺ぁ知らんけどさ、少なくともそれは日本の伝統じゃねぇんだ。

とにかく、日本人は意外な程に伝統というのをご存知ない。昨日、たまたま家でニュースを観ていて俺は引っくり返りそうになったんだ。「ニシキゴイ「国魚」に=自民有志が議連設立」、ハァ?

最近流行りの「池の水」企画でも盛んに喧伝しているけれど、今の日本の鯉はそのほとんどが中国血統錦鯉も勿論その例外ではない。それどころか錦鯉にはドイツの鯉も交配されている。それって日本の伝統なんですかね?

日本で交配されて今の姿に作り上げられたんだから

はぁ、錦鯉の交配が始まったのは19世紀って言われているんだ。同じ中国由来でも、鎌倉時代辺りに既に日本に入っていて、江戸時代には大規模な交配、販売が定着していた金魚の方が、伝統をふまえた国魚としてふさわしいんじゃないのか?何故、金魚ではなくて錦鯉なのか?

その理由簡単。アホみたいに高く売れているから。アジア圏だけでなく欧米にもね。だからさ、伝統を感じたりそれを保護したりするのは、その伝統の故なんだろう?商業原理上の利の為に伝統捏造すんなよ。利用すんなよ。そして民草は、そんなもの簡単に受け入れるんじゃねぇよ。ったく。何考えてるんだか。

2019-01-21

ティラミスって鎌倉時代流行ったとか愚管抄に書いてあった気がするけどまたブームなんや

歴史は巡るやな

https://anond.hatelabo.jp/20190121000754

そうだな平安時代道教陰陽思想が発達したし、

鎌倉時代日蓮仏教だな

死ななきゃ幸せになれん仏教思想を広めれば、

兵隊が欲しい武士利益になるし、

神道神社天皇も便乗できるわけだ

2018-09-24

anond:20180924014240

いや古文は、ふつう古典を読むためのものだろ。

英語みたいな、他の人と話すためとは目的からして違う。

しかに要らない可能性はあるが、江戸時代鎌倉時代文書を読めない人間日本人普通でいいんですね? まで断言するのはなかなか無理だろう。

2018-07-08

anond:20180708100132

鎌倉時代室町時代町人同士の喧嘩戦争へ発展したこともよくあったし同じことか起こりそうだ

2018-05-29

馬がいないウマ娘世界歴史が気になる

あの世界には四足歩行の馬がいないらしい(衝撃)

車が普及する以前は最速の移動手段だった馬が居ない世界果たしてどういう歴史をたどったのだろうか?

まず馬が存在しない戦場はどうだろう。歩兵による集団戦術がずっと有効だったのだろうか?あの世界にモンゴル帝国存在したのか?あったとしてもこちらの世界とはだいぶ違う歴史をたどっていそう。

偵察や連絡はウマ娘でも可能だろうが、女性しか居ないウマ娘に奇襲は可能だろうか。

人間の移動手段は何が使われていたんだろう。荷物の運搬なんてとてもムーーーリーーーだろうし。馬は居ないけどロバは居たりして?

農業にも影響があっただろう。機械化前の農業を支えた馬という労働力が無かったら?牛で全て代用できたのだろうか。

そもそも「馬」の語源自体騎馬民族から世界中に広がったらしいが、その騎馬民族存在すら危ういあの世界でどこからウマ娘」という言葉はどこからまれたんだろうか。

馬が存在しなかった世界について考えてみたが、すでに同じ考えをしている人が居た。

“もしも馬がいなかったら”という実験はできませんが、それを裏付け根拠のようなものアメリカ大陸歴史からわかるそうです。アメリカ大陸にも馬はいたのですが、すべて食べてしまって1万年ほど前にいなくなってしまいました。ヨーロッパアメリカ大陸進出したのは今から500年ほど前。それまでのアメリカ大陸文化は、馬に乗っていたヨーロッパに比べると、とても遅れていたそうです。「僕は馬がいなかったことが大きな影響じゃないかなと思います」と語った本村さん。人類歴史にそんなに大きな馬の影響があったとは、おもしろいですね!

http://www.j-wave.co.jp/blog/news/2017/03/post-3437.html

馬が居ない世界西部開拓はどうだったんしょうね~気になりますね~。

その他気になる疑問

2018-05-17

地頭がいいって鎌倉時代かよ。守護の方が立場上だし地頭よりよくね?

っていうねたを思いついたけど面白くできなかったから誰か使っていいよ

2018-05-09

anond:20180508212454

35歳でチビハゲデブ非正規ブラックやってたら頭おかしなっちゃうんじゃねえのかな

 

元増田は救いのねえクソ野郎だけど、更生してなかったら死ぬしかなかったんじゃないか

 

汚ねえおっさんにぶつかられる女は誰から見てもかわいそうだし、友達に話したらそりゃあもう慰めてくれるだろ。

35のチビハゲデブで、趣味は知らない女に突然体当たりすることですって、そんな最低なやつ、誰にも救ってもらえないよ。

でもそんなゴミみたいなやつだって生きてて、親がいて、友達だって一人くらいはいたはずなんだよ。

誰にもちゃんと関わってもらえないなら、もうおっさんには優しそうな、自分を傷つけなさそうな人に体当たりするぐらいしかなかったんじゃねえのか。

 

自転車のお姉さんは偉かったよな。

もうどこにも行けずに人の間で腐っていくしかないおっさんを叱って、人間同士が生きてる世界なんだってことを思い出させてやったんだから

 

当然、お姉さんはおっさんママじゃないわけだけど、

でも人間同士だろ。

言わなきゃいけないことぐらいは言ってやってもいいし、お姉さんはツイッターでお仲間に愚痴るだけじゃなくて、おっさんちゃんと関わってやったんだよな。

これ鎌倉時代だったらお姉さんがパカッと割れて中から観音様が出てくるとこだよな。

この自転車のお姉さんは、このクソみたいなおっさんを一人、畜生道から救ってやったんだよ。

2018-02-05

anond:20180205120329

鎌倉時代には百日だったらしいし、七十五日ってひと季節だとか稲刈りだとかそういう節目やらに忙しい行事があるからいちいち細かい噂なんて気にしてられないってことよね。

からあなたから「これ以上そういう下らない嘘を言うなら出るとこ出ますよ」って言っておかないと誰も下らなくて細かな噂だと思ってくれないんでしょう。

2018-01-12

[] 日本で見つかった「国宝級中国陶器」は本物か、偽物か?

原典:日本發現的「國寶級中國瓷器」是真是假? 日經中文網

日本で見つかった「国宝級中国陶器」は本物か、偽物か?

2017/06/26

日経中文網 特約コラムニスト 張石

2016年12月20日、日本のテレビ東京系のテレビ番組「開運!なんでも探偵団」で「衝撃的なニュース」が報じられた。番組始まって以来最大の発見として、世界で4個目となる中国宋時代の陶器「曜変天目茶碗」が発見されたというのだ。番組の中で、日本の著名な美術鑑定家の中島誠之助氏は、「12~13世紀中国南宋時代に福建省の建窯で焼かれた『曜変天目』に間違いない」と述べ、2500万円の価値があるとした。

曜変天目茶碗とは

曜変天目茶碗」は中国の宋時代に作られ、その窯は建窯と呼ばれた(歴史的には建陽窯とも呼ばれる)。現在の福建省南平市建陽区水吉鎮にある。この茶碗は釉薬が焼成の過程で流れ落ちて厚く溜まり、一部は凝集して滴を作る。この滴の周囲で特殊な窯変反応が起き、七色に輝く光彩を生じる。その輝きはまるで夢幻かあるいは変化する気象のようで、色鮮やかな霞をまとっており、神秘小宇宙に輝く星空のようだ。この種の茶碗が焼けるのは極めてまれな偶然によるもので、一説には窯変過程でこのような効果が生じるのは数百万個に一個ほどと言われる。現在世界に存在する完全な「曜変天目茶碗」はわずか3個で、東京静嘉堂文庫京都大徳寺龍光院大阪藤田美術館が所蔵し、すべて日本の「国宝」に指定されている。中国には現在「曜変天目茶碗」の陶片が1点あるのみだ。

天目茶碗は宋代に制作され、その生産は元時代の初期まで続いたが、以後は二度と作られていない。中国では明や清の時代に曜変の再現が試みられたが成功しなかった。日本では江戸時代から再現が試みられており、美濃や瀬戸で「白天目」などは生産されたものの、「曜変天目茶碗」の再現には至らなかった。1974年、日本の化学者安藤堅は48歳で、それまで定収入が得られていた仕事を辞め、高級住宅も売却して「曜変天目茶碗」を再現するための研究を始めた。彼は貧困の中で困難な研究を続け、ついに1977年に古代の「曜変天目茶碗」に似た最初の作品を焼くことに成功した。安藤に続いて、日本の陶芸家の林恭助、桶谷寧、長江惣吉や中国人間国宝国家級非物質文化遺産建窯代表伝承人)である孫建興らが曜変に似た作品を作っている。

曜変天目茶碗」の鑑定が日本で大論争に

番組の放送後、徳島県教育委員会はこの茶碗を県文化財に指定するための調査計画した。

しかしここで、日本の陶芸家や専門の研究者から曜変天目茶碗である」という番組の鑑定に対して疑問が投げかけられた。愛知県で古くからの窯が多い瀬戸市に住む陶芸家の長江惣吉氏は家業の陶工を継ぐ9代目で、父親の曜変天目研究を継承している。彼は父の業績を引き継ぎ、「曜変天目茶碗」の再現に一定の成功を収めた。1996年以来、中国を28回も訪れて建窯の研究を行っている。中国では中国科学院上海珪酸研究所と連携して陶磁器の国際研究会にも参加し、中国の陶磁専門家に友人も多い。中国古陶磁の再現についても意見交換を行っている。その長江氏が番組に異議を唱えたのだ。彼はインターネットで、福建省周辺で作られた「曜変天目茶碗」の複製品を購入し、これが番組の認定した「曜変天目」と出所が同じだと考えている。

「この茶碗には顔料(スピネル顔料)が使われています。この顔料ヨーロッパ18世紀に発明されたもので、曜変天目が作られた宋代(12~13世紀)には存在しません。ですから、こういった顔料が宋代の茶碗に使われることはありえません。この顔料の主な成分は、化学的に製造されたコバルトクロムセレンカドミウムです。これらの元素が多く含まれていれば、例の茶碗を分析すれば各々の顔料部分からこれらを検出できるはずです。これらの元素は完全に天然原料から作られた当時の建盞には全く含まれません。仮にこれらの元素が天然原料に不純物として含まれていたとしても、その量は 0.01% 程度にしかなりません」

「曜変の光彩はオパールのように、見る角度が変わると光彩も変化します。非常に美しく、人を魅了するものです」

「いわゆる「曜変」という言葉の意味は、輝きが変化するということです。(長江氏がネットで購入した茶碗を示しながら)しかしこの茶碗は、単に青・緑・赤の顔料が発色しているだけです。この種の茶碗の場合、釉薬の成分(リン酸)の関係で、顔料釉と白濁釉にわずかな光彩が出るのみです。曜変の明るい光彩とは比べ物になりません。私がネットで買った茶碗を番組の茶碗と比べると、赤色の内側部分がよりはっきりしていて白い部分はありませんが、これは顔料で描くとき方法の違いや白濁釉と顔料の濃淡の違いによるもので、実際のところはどちらも同じですよね?」

長江さんは後で筆者に述べた。

「あの茶碗は中国の福建ではどこでも見られる商品です。「曜変天目茶碗」に似ていると言う人もいるかもしれませんが、これは偽物として作られた物ではなくただの商品で、非常に安い値段で売られています。番組の中でテレビ東京はあの茶碗を宋代に作られた「曜変天目茶碗」だと説明しましたが、これは「鹿を指して馬だと言う」ようなものでしかありません。」

中国陶磁史と中国陶磁考古学の分野で世界的な影響を持つ権威である沖縄県立芸術大学教授森達也氏も、筆者の取材に対してこう述べた。

「少なくとも「曜変天目茶碗」ではありません。12~13世紀製造されたという可能性も非常に低いものです。」

筆者がその理由を尋ねると、森達也氏は以下のように述べた。

「1. 日本国内には3個の「曜変天目茶碗」があります。私は杭州で出土した「曜変天目茶碗」の破片も手に取って見たことがあります。「曜変天目茶碗」の外側にはテレビ東京の番組の茶碗のようなはっきりした模様はありません。

2. テレビ東京の番組の茶碗に見られる模様は雲のようですが、これは曜変天目の模様とは全く異なります。本物の「曜変天目茶碗」の模様は白くて丸い斑紋で、その周囲には虹のような色鮮やかな光芒が出ています。

3. テレビ東京の番組で鑑定された「曜変天目茶碗」には、茶碗の底に「供御」という二文字があります。確かに建窯の窯跡では「供御」と書かれた陶片が見つかっていますが、割れていない完全な陶磁器でこの二文字が刻まれたものは世界中で一つも見つかっていません。模倣品でこの二文字を刻んだものは数多く存在します。テレビ東京の茶碗は本物の「曜変天目茶碗」とは全く異なるものですが、最近中国流行している模倣品とは非常によく似ています。」

森達也教授さらに述べた。

テレビ番組としては劇場的な効果さえあればよく、科学的な研究は要らないのです。あの茶碗が日本の3点の国宝と同じであるなどというのはナンセンスな話ですが、陶磁器科学研究を行っている人々からすればこれは非常に残念なことです。」

この論争は中国にも広がっている。中華陶磁芸術設計大師の資格を持ち、国家級非物質文化遺産建窯代表伝承人(日本の人間国宝に相当する)でもある建窯陶磁研究所所長の孫建興氏は、「曜変天目茶碗」を再現し建窯を再び曜変の産地とする事業に40年にわたって取り組んでいる。彼はこれまでに黒釉の天目茶碗や黄(赤・青・金・銀)などの兎毫盞、異毫盞、虹彩(金縷、白点)、鷓鴣斑、鐵銹斑、毫変、国宝油滴、金(銀、虹彩)油滴、黄天目、蓼冷汁、灰被、玳瑁、柿紅、虹彩、金(銀)彩文字、木葉、窯変、曜変天目などの一連の作品を作ってきた。彼が長江惣吉氏に送ったメールで、彼は述べている。

「これは曜変の偽物で、現代に焼かれたものです」

筆者も電話で孫氏と長時間話をした。彼は筆者にこのように述べた。

テレビ東京で放送された茶碗はせいぜい数年前に作られたものです。」

新聞や雑誌で真贋論争が過熱した後、この「曜変天目茶碗」の所有者は茶碗を奈良大学文学部文化財学科教授の魚島純一氏に渡し、分析を依頼した。魚島教授は蛍光X線装置を用いて茶碗表面の色の部分を分析した。

魚島教授物質に含まれている元素を検出できる蛍光X線分析装置で、茶碗表面の各色にX線を照射して元素の種類と量を測定した。その結果、アルミニウムなど10種類の元素を検出したが、化学顔料に使われる元素については発色に影響しないほどわずかな量しか検出されなかった。

魚島教授は述べている。

「X線分析の結果、表面のどの色の部分かによらず、検出成分はほぼ同じであった。このことから、茶碗に使われている釉薬は1種類であると考えられ、この分析結果からは茶碗が偽物であることは断定できない。」(《德島新聞》,2017年2月28日

一方、長江氏は筆者に対して次のように述べた。

「魚島教授は、釉薬の発色に影響するだけの量が検出されなかったため、判断ができないと言っている。であれば、魚島氏は最低限どれだけの量が含まれていれば発色に影響するのかを具体的に言った上で、分析の結果その最低量を下回っていたことを示さなければならない。しかし、魚島教授データには下限値の数値も書かれていないし、彼が分析で得た数値も書かれていない。よって彼の判断には根拠がない。」

日本の複数メディア報道によれば、その後、茶碗の所有者から茶碗についての資料が提供されないため、徳島県文化財指定のための調査を中止した。

なぜ「曜変天目茶碗」の鑑定は論争を引き起こしたか

私自身、「開運!なんでも鑑定団」は好きな番組だ。自分も中国の古陶磁を蒐集しており、骨董の鑑定について10年近く独学で学んでいる。浅学ながら陶磁器の本や文章なども執筆してきた。私は中島誠之助さんの陶磁器鑑定、特に日本の陶磁器鑑定については相当の経験をお持ちで深い造詣を有していると思っている。

だが、中島さんと彼の鑑定についてはともかく一般論として、一人の鑑定士の鑑定範囲が日本だけでなく海外をもカバーして、なおかつ正確であることを求められるというのは、鑑定士にとっては間違いなく一種冒険と言ってよい。陶磁器は全世界に存在し、最古の陶器は数万年以上の歴史を持っている。一人の鑑定家が古今東西全てについて完全に判定できて一度も間違えないなどということが可能だろうか? 一度間違えればその後も間違いの危険は存在するのだ。

「荘子」で述べられているように、「吾が生や涯(かぎり)有り、而(しか)も知や涯無し。涯有るを以て涯無きに随(したが)うは、殆(あやう)きのみ」(我々の人生は有限である。しかし人間の知は無限だ。有言の身で無限のことを追い求めるのは危うい)なのだ

このことは、最も権威ある陶磁器研究者であっても忘れてしまうことがある。例えば、1959年国際的に知られた陶磁研究専門家で日本陶磁研究第一人者でもあり、当時日本の文部省の技官として文化財専門審査委員を務めた小山富士夫氏が、「永仁の壺」と呼ばれた陶器を日本の重要文化財に指定するよう強く推薦したことがあった。これを受けて同年6月27日文部省は「永仁の壺」を鎌倉時代古瀬作品であるとして重要文化財に指定した。

その後、日本の有名な陶芸家であった加藤唐九郎が海外に渡航した際に、唐九郎の息子である加藤嶺男が「いわゆる「永仁の壺」は自分が作った」と述べた。唐九郎の帰国後、彼はメディアが大騒動になっているのを目の当たりにした。1960年9月23日、唐九郎は「永仁の壺」は1937年に自分が作ったものであることを認めた。(真の作者が誰であったのかについては異なる見解がある。)「永仁の壺」が本物である証拠は、古瀬戸の「松留窯」で発見された陶片が「永仁の壺」の胎釉と一致するという点にあったが、実は「松留窯」自体加藤唐九郎による捏造で、陶片も彼が偽造したものだった。

このようにして、「永仁の壺」を含む重要文化財3点が指定取り消しとなり、小山富士夫は委員会を辞職した。ゆえに、賢明な鑑定家は誰であれ、古物の鑑定には、異議の申し立てが容易に行えるように、議論の余地を残しておかねばならないのだ。

私は中島氏の鑑定が間違っていたと言っているのではない。第一に、私はこの分野の専門家ではない。この件で私が真贋を判断するのは無意味だ。第二に、厳密にいえば、文物の鑑定とは考古学歴史学、美学、自然科学にわたる総合的な学問である全面的に、かつ正確に古代の文物の年代を特定・鑑定する厳密な科学方法は存在しない。言い換えれば、こういった議論で100%の是非を決める結論を得るのは難しい。

筆者は言いたい:このような重大な鑑定では、もっと広く意見を求めるべきだったのではないか?

確かにテレビ番組では、科学研究場合のように「この品物が疑わしい」と言うのは難しいことだ。しかし、結論を出すのが難しい文物、特に「鑑定団史上最大の発見」といった結論や、「現存4個目の中国宋代の陶器「曜変天目茶碗」」のような鑑定については、中国建窯の専門家と日本の権威ある専門家の意見を求めるべきではないだろうか。筆者はテレビ東京の番組担当者に、この論争についての意見を求めて何度も電話をかけ、メールを送った。しかしこの原稿を執筆している時点では、彼らからの返答はない。「週刊ポスト」の報道によれば、この件についてのテレビ東京見解は以下の通りだ。「鑑定は番組独自見解であり、お答えすることはございません」(《週刊ポスト》,2017年6月23日,146頁)

だが、もしもっと広く意見を集めることができたら、例えば中国で初めて建窯の陶磁器の再現に成功した前述の孫建興氏のような専門家の意見を求めてはどうだろうか? 彼の「曜変天目」に関する研究と実験は非常に深いものだ。彼は考古学、鑑定、科学実験の各方面に非常に造詣が深い。こういった人々の意見には重みがあると言えないだろうか。もしテレビ東京がこのような人々にもっと意見を求めるようにすれば、論争は減るのではないか?

もう一つの問題は、文物の鑑定に自然科学が介入するという話だ。実際、今のところ文物科学的に鑑定する完璧方法というのは存在しない。多くの人が挙げる放射性炭素年代測定法は、自然界に存在する炭素14という同位元素を使ってもともと生きていた動植物の年齢を決める放射年代測定法だ。動植物が生きている間は生物の新陳代謝によって生体内の炭素14の量は一定に保たれる。生物が死ぬと体内の炭素14は崩壊して減り続ける。だが磁器・陶器・青銅器などは無機物だ。しかも時代の古い文物場合炭素14年代測定では年代の上下の誤差が大きい。一方で、1000年から2000年前という比較的新しい歴史的文物場合基本的には炭素14鑑定は使えない。

また、熱ルミネセンス法と呼ばれる鑑定方法もある。陶磁器が焼かれるときに500℃以上に加熱されると、外部から吸収した輻射エネルギー放出される。その後、焼成から年月が経つと、年月の長さに応じた量の輻射エネルギーを再吸収していく。熱ルミネセンス法の原理は、古陶磁の内部に蓄えられているこの輻射エネルギーの量を計ることで年代を測定するものだ。誤差範囲一般的に±20%程度で、相対的には正確な方だ。

しかしこのような報道もある。

「数年前、北京の二つの有名な博物館がそれぞれ六朝時代の陶器を古物市場で20万元で購入したが、後にそれらがすべて贋作であることが判明した。これらの品は河南省の某博物館の下で作られたアンティーク工芸品であったが、なぜこれらが北京の潘家園旧貨市場に流れたのかは分かっていない。ある古物の専門家が古物市場を訪れ、そこで売られている品物を熱ルミネセンス法で調べると、約1600年前という測定結果が出た。そこで誰もがそこの品物を買った。買われたことが知られると、同じような品物が古物市場にどんどん出現した。そこで国家文物局がすぐに公安部通報した。公安部担当者は、「墓が荒らされて大量の遺物が盗まれる事件が発生している」と説明した。警察が現地に到着すると、地元の住民が自宅で贋作を作る作業をしているのを発見したという。彼らは六朝時代の墳墓から盗掘したレンガを削って粉にしていた。この粉を贋作に使えば、熱ルミネセンス法にかけても墳墓の中で長年溜め込んだ輻射を出すので贋作を判別できなくなる。また彼らは、こうして作った粉で六朝陶器を偽造するための特別な装置も使っていた。このようにして、熱ルミネセンス法での検査は失敗してしまうのだ。」 (《鑒定家VS造假者》,新華網,2005年03月15日

魚島教授が蛍光X線分析を用いた点に関して、森達也教授は私に述べた。

「彼は本物の曜変天目との比較を一切行わず、例の茶碗のみで分析を行いました。これでは意味がありません。」

筆者は魚島教授にも、蛍光X線検査について質問を行った。彼は言う。

「私はあくまでも顔料部分の元素を調べる目的でこの装置を用いました。私が調査結果を発表した際に、茶碗が偽物である考える人たちから非難を受けましたが、私は真贋鑑定をしたわけではありません。」

筆者:

―― それはつまりあなた検証結果は、この茶碗には18世紀以降の顔料は使われていない、ということですよね。

魚島教授

「それは新聞がいい加減に書いていることです。私は18世紀以降云々といったことは言っていません。私はただ、現代のものと考えられるような種類の顔料は検出されなかった、と言っているだけです。」

筆者:

―― 言い換えれば、18世紀以降に発明された化学顔料は使われていなかった、ということですよね?

魚島教授

「これらの顔料が使われているから茶碗は偽物なのだと主張する人々もいますが、私はただ、そのような顔料は検出されなかった、と言っているだけです。私は陶磁器鑑定の専門家ではありません。あの茶碗が偽物だと主張する人々は、化学顔料元素が茶碗に含まれているはずだ、と言っています。私は単に、その元素があの茶碗に本当にあるかないかだけを調べたのです。どの時代に作られたものか、という調査をしたのではありません。ただ、あなた方が言っているような元素はありませんでした、と言っただけです。」

筆者は質問した。

―― 例えば、もちろんこれは(例の茶碗のことではなく)仮定の話ですが、誰か現代の人間が、今回指摘されたような元素を含む現代の化学顔料ではなく、昔の顔料を使って茶碗を作ったとしたら、あなた検証方法では今回と同じような結果が出ますか?

魚島教授

「その可能性はあります。」

しかしながら、中国では古代の陶磁器を偽造または模造する際に化学釉薬を使うことは多くない。中国の多くの地方には陶磁器の偽造工房があり、こうした工房の多くには専門技術を持った人間がいるわけではない。地元の農民が、数千年間にわたって埋まっていた陶土を掘り出し、古代の方法で焼いているのだ。匿名で語ってくれた、中国で著名な建窯の研究家考古学者、鑑定家たちが筆者に述べたところでは、現在中国には建窯産品のコピー品工房が1600以上存在する。その多くは偽造品を作りたいわけではなく、単にアンティーク風の品や旅行土産製造するのが目的だ。もちろん中には偽造品の製造目的とする人々もいるが、偽造品の製造方法はどこにでもあるような手法だ。科学的な鑑定が困難になるように、古い器の底の部分だけを新しい器に接合したり、古い胎土に新しい釉薬を使ったり、古い胎土に古い釉薬を使ったり、その他いろいろな方法を使っている。

このことは、古物鑑定が文化や歴史年代、改竄や継承といった問題と関わっていることを示している。加えて社会的な影響や国際的な影響も大きい。今回の鑑定やテレビ東京の件は別にしても、日本の博物館や歴史研究部門では、中国文物を鑑定する際に同じような問題に直面しているはずだ。それゆえ、重大な結論に至るような場合には、我々は注意深くなる必要があり、広く意見を求めるべきなのだ

※ この記事は筆者の個人的視点を示したものです。

張石 略歴:

1985年中国東北師範大学外国語言文学系研究所卒業修士号を取得。1988年から1992年まで、中国社会科学院日本研究所助手研究員 Permalink | 記事への反応(0) | 00:35

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