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はてなキーワード: セクトとは

2022-07-12

anond:20220712153738

フランスには、「セクト構成要件10項目」がある。(以下、Wikipediaによる)

精神不安定化  

◆◆◆法外な金銭要求 ◆◆◆

◆住み慣れた生活環からの断絶

◆肉体的保全の損傷  ◆子供の囲い込み  ◆反社会的な言説

◆公秩序の攪乱  

◆◆◆裁判沙汰の多さ ◆◆◆

◆従来の経済回路からの逸脱

公権力への浸透の試み

anond:20220712183808

フランスには、「セクト構成要件10項目」がある。(以下、Wikipediaによる)

精神不安定化  ◆法外な金銭要求  ◆住み慣れた生活環からの断絶

◆肉体的保全の損傷  ◆子供の囲い込み  ◆反社会的な言説

◆公秩序の攪乱  ◆裁判沙汰の多さ  ◆従来の経済回路からの逸脱

公権力への浸透の試み

anond:20220712183808

セクト法よりライシテとかシャルリーエブドの話の方が近い

政権の差はあるがフランスは常時(カトリックも含めて)宗教に一線を引いているか

anond:20220712120750

新歓の季節になるとそういう「社会ナンタラ研究会」みたいな革マルとかそこら系の偽装サークルに警告が出るんだけど

ところがそれを出してる自治会自体民青シメてたりするわけで、所詮セクトセクトの争いでしかねえんだよな

2022-07-11

統一教会ヤバいというよりは韓国カルト製造装置なんじゃねーの?

韓流慰安婦統一教会も全部同じ。

フランスセクト構成要件10項目は一応目安にはなる。

1.精神不安定

2.法外な金銭要求

3.住み慣れた生活環からの断絶

4.肉体的保全の損傷

5.子供の囲い込み

6.反社会的な言説

7.公秩序の攪乱

8.裁判沙汰の多さ

9.従来の経済回路からの逸脱

10.公権力への浸透の試み

2022-07-10

anond:20220709223333

大学でもカルトセクトを扱う授業なんてかなり限られてるんじゃないの?

2022-05-13

anond:20220513084940

被害者」として「カウンター」してるだけって前提のセクト化してる時点でもう歯止めが効いてないんですよ

2021-10-17

anond:20211017020828

いつまで古臭い批判を使ってる?

「ここ5年以上にわたり創価学会に関して、我々はセクト逸脱行為通報を一切受けていない。運動体は礼拝文化商業活動区別し、フランスにおいてはまったく問題を提起しない」(『ル・モンド』)

https://www.d3b.jp/media/296

2021-10-04

anond:20211003162936

おいおい、あんなクソ記事に引っかかっちゃって大丈夫か?

一般大衆向け中立の物は新聞であり、機関紙特定業界向けの刊行物という事になります

しか世界日報電子版は一般紙であるため、メディアとしての中立を保つ以上宗教的に踏み込んだ話自体そもそも掲載出来ません。

なんて書いてあるけど、これウソ定義に基づいたウソの主張だぞ。

たか出版物一般大衆向けの「新聞」とセクト内向けの「機関紙」に分類され、「新聞である場合には「メディアとしての中立性」があるかの如く書かれているが、日本語の「新聞」には「一般大衆向け中立の物」なんて意味包含されていない。

そもそも新聞中立性を要求されない。日本新聞協会新聞倫理要綱ですら中立性は謳われていないし、まして世界日報社は日本新聞協会の会員社ですらない。

ここで言われている「新聞」「中立性」は、世界日報社内部の用語と言わざるを得ない。

そして重要なのは、「カルト勧誘の本質は正体隠しという情報操作である」と言われるとおり、統一教会をはじめとするカルト宗教では、一般人への接触点を作る際は、宗教色・勧誘色を隠すようにマニュアル化されていることだ。

一般向けメディアでは宗教色・勧誘色を廃すのが、カルト勧誘手法だ。記事で「過度な宣伝勧誘を行う記事寄稿したとしても取り下げられる」といっているのは、この手法自白しているようなものだ。

このようなカルト勧誘マニュアルを前提に、記事が「新聞」「中立性」という語をことさらに持ち出していることを見ればその狙いは明確で、「宗教色・勧誘色のないメディアである」とアピールする意図に出たものだ。日本新聞協会の加盟社でもないのに世界日報毎日新聞産経新聞になぞらえるのも、大学生勧誘時に大学公認サークルになぞらえるのと同じ手法である

加えて、記事は、統一教会から世界日報社への「資金提供漸次目減りしており自己資本での企業経営を強いられてきた」ことをもって、世界日報社が統一教会無関係になったと主張するが、「漸次目減り」とは今なお資金提供を受けているという意味であるし、そもそも資本的な協力が無い以上現在支持母体であるとは見做せない」というのがウソである読売ジャイアンツ運営母体である株式会社読売巨人軍独立採算性かつ単独黒字読売新聞から資金援助を受けていないが、ジャイアンツ読売新聞無関係だなどと言う者は居ないだろう。

記事に現れた数々のウソは、どれもカルト勧誘マニュアルに驚くほど一致しており、そのような記事が、統一教会無関係だなどとカルト勧誘マニュアルと同じ主張をしても、信用に値しない。

2021-06-06

anond:20210606000706

革マルも中核も、何百もあった過激派新左翼セクト)の勝ち残り

もとはスターリン死去後に日本共産党武装革命路線を(表向きは)放棄したことに反発して、1958年学生と地下軍事組織ブント共産主義者同盟)を作って分派したのが始まり

ファンタジーRPG原作だと思って読んだら結構面白い

2021-05-18

anond:20210518002422

神は死んだ ニーチェ

紙は死んだ ジョブズ

髪は死んだ ...

いいオチがにゃいが。

よくわからんが、アンチなんちゃら

自体宗教で(右翼左翼みたいな)

大学会社は、そういうセクトカルト的でないものだと思う。

アカデミックであり、宗教的(ひとつ価値観押し付け集団)ではない。そして、ある程度、そう言うものとの距離感ある。(強くは否定しない知的分析するみたいな)

2021-05-15

メモ選手応援したいがオリンピック続行はヤバいというジレンマ

これはある意味典型的認知的不協和なんだろうな。

あるいは、オリンピック続行に反対だが、選手応援したい、というジレンマ

全国的感染が急拡大する中、こうしたジレンマに悩んでいる人、多いと思う。

wikipediaによると以下。

認知的不協和とは、人が自身認知とは別の矛盾する認知を抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す社会心理学用語アメリカ心理学者レオンフェスティンガーによって提唱された。人はこれを解消するために、矛盾する認知定義を変更したり、過小評価したり、自身の態度や行動を変更すると考えられている。

オリンピックに反対であるがゆえに、応援もしない、さらには選手軽蔑する、という形で自分自身の内心の一貫性を持たせようとする心的な傾向は、まさに日的不協和典型例なんじゃないだろうか。

しかし、近代社会というのは、個々人の内心が一貫していることを求めるものでもなく、むしろ個人の好みと社会にとって正しいと思うことがぶつかり合うことを前提とした制度設計がなされている。

例としては、うなぎ大好物だが、乱獲は抑止すべきだ、とか、プラスチックは便利だがプラスチックごみ規制すべき等も思いつく。

自分欲求社会のありようが完全に一致しているひとはまずいないだろうし、ありとあらゆる社会問題は、自分なかに矛盾した形である、個々人の選好と個々人の描く社会の在り方(正しさ、善)を調整する営みなんだろう。

うなぎの例でわかるように、「したいこと」と「よいこと」が矛盾した認知的不協和というのはごく当たり前の心理状態であり、大好物という認知と乱獲防止への政策支持の不一致を解消する必要はない。

うなぎは好きで食べるけれども、乱獲防止政策に賛成という態度はあって当然のこと。むしろこの二重性がなければ、公共判断は成立しない。

うなぎを食べながら規制に反対する、というのも、認知的不協和の解消方法ひとつといえる。人々が矛盾を抱えたままで「正しいこと」に合意し、公共判断を下せるのは、とても合理的制度設計だ。

しかし、人間心理矛盾をなんとか解消

公共的な意思決定は、決して個々人の選好の集合や多数決ではない。

そう考えると、現代民主政が直接ではなく間接民主制なのか、納得がいく。

個人的には好きではないけど自分社会の在り方として正しいと思っていることを代表者が討議し、社会として選択する、という場が必要になる。

そうなると、意思決定者にも、討議に参加する代表者にも、欲望だけに囚われない、人間的にも理性的にも分別のあるマトモな人間であってもらいたい。

近代民主主義を築き上げた初期の人たち、例えばアメリカ建国者のひとりジェファーソンは、

公共的な討議の場を設定するためには、市民としては、そういう矛盾する認知を整理し、公共課題自分欲求から分けて考えることができる分裂症的気質こそ、民主政必要市民資質だと考え、他方、代表者議員)に必要資質アリストクラシー自然的貴族)と呼んだ。

しかし、一般市民としては、自分のなかの矛盾に耐えられない、というのが当たり前。

社会はこうあってほしい、という思いと、自分はこれが好きだ、という、ふたつの矛盾する認知に直面したとき

ふつうの人々は、自分内面を整理するために、どちらかの認知一貫性を持たせるよう、知らず知らずに認知修正してゆくことになる。

今回のオリンピックの例でいえば、特に運営側の闇の側面をいやというほど見せつけれられてきたので、人々のオリンピック嫌いが加速し、中止または延期の世論は7割以上になった。さらに、自分のなかでの論理的一貫性を保つために、選手にも賛同しない、という考えすら生まれてきたのは周知のとおり。

オリンピック選手に対するある種の攻撃的な感情は、こうして醸成されてゆく。

社会規範に合わせて自分に対して一貫性要求しがちな日本人特に自分欲求我慢するのはストレスなので、場合によっては、自分だけではなく、他人にも一貫性を強く要求するようになるからだ。

別の例を挙げれば、60年代セクト化が加速したサヨクの動きが典型例。

エスカレートした「総括」要求など。

また、原発反対するなら電気使うな、オリンピック反対するなら、テレビをみるな、といったよくある論法も、同じ認知一貫性他人に求める一例。

サヨクのみなさんは、極端に走り勝ちで、じゃあ電気をつかわない、といって原始人のような生活を始めたりもしてしまう。

自分のなかで一貫性を持たせようとして、あえてオリンピックをみない、応援しないといった姿勢を貫こうとする人も少なくないようだ。

まさにこれが心理学が扱う認知的不協和テーマなのだろう。

党派性それ自体は、個々人の選好が異なれば自然発生的なものだろうが、

それが過激化するのは、認知的不協和へのストレスのほかに、もうひとつ社会的な原因がありそうだ。

ますます両極化が進んでいき、相手方一貫性のなさを批判し合うようになるまでには、認知的不協和を解消しやす立場の人とと

そうではない人たちとの分断が背景としてあるのかもしれない。

認知的不協和を解消しにくい人々。解消しやすい人々。

コロナ対策では人流の抑制課題なので、パンデミックが始まった一年前、ステイホームが大きく取り上げられた。

しかし、ステイホームできない、したくない人たちの現実、そして経済再開を望む多くの圧力を前に、

次第に言葉の力は失われ、今では行政政治家も口にしなくなってしまった。

もっとも同時に、自粛警察あんまり姿をみなくなったのは喜ばしいこと。

ステイホームができる人と、できない人の立場の差。それを声高に叫べば叫ぶほど、軋轢を生み、社会の分断が加速する。

思い出すのはベトナム反戦運動ベトナム反戦真っ盛りの60年代アメリカブルーカラーと呼ばれる労働者階層が、ベトナム反戦に熱を上げる若者たち

反感を抱いたのは、自らは徴兵されず、安全場所から口だけ反戦を叫ぶやり方が気に食わなかったからだ。

コロナ禍でのステイホームムーブメントでも、それと似たような分断が生じたように思う。

自粛、在宅など社会に貢献できる人々と、ステイホームという形では絶対に貢献できず、むしろ足を引っ張ってしまうようにも見られてしま業界

それが特に浮き彫りになったのが、エッセンシャルワーカーというカテゴリからこぼれ落ちた飲食業界だ。

オリンピック選手もまた、一般人以上に、社会安全自己実現との間の認知的不協和に引き裂かれ、なおかつ、オリンピック反対派の標的にされるという意味では、深刻な犠牲者だろう。

以上の話は、人々のジレンマ構造的にとらえたらどうかな、という試みだけど、

自分自身が考えた正しさは、オリンピック賛成であれ、反対であれ、現在自分社会立場のなかで認知的不協和を解消しやすい形で論理化されたものであり、

自分自身党派性無自覚であってはいけない、

知らず知らずに自分の都合のいいように、正しさの論理的一貫性アピールされているに過ぎない。

しかし、そんなふうにと口でいうのは簡単だが、ふつうはそんな悟りを開いたようなことはいえないし、そんなもの誰とも共有されない。

重要なのは、こんなふうに構造化して達観する、というか、悟りを開け、ということじゃなくて、

相手立場を知る、という機会自体重要なんじゃないかな。

オリンピック観戦は選手の思いを知る絶好の機会。オリンピック反対がトーンダウンした、という論調もあるようだけど、

そうではなくて、自分的には反対は反対だけど、選手たちの置かれている立場もわかって、攻撃性が選手に向きにくくなったということだろう。

飲食でも、これまではタレコミにも怯え、苦しめられてきたけれど、最近は、ある意味、腹を括ったお店も多い。

タレコミも減ってきたという声もきかれる。

こうした寛容さは、行政飲食業界への不十分な手当が報道されたり、飲食の場で実感することで、人々の認知が再修正された結果だと思う。

人々の認知には多様性が生じるものの、異なる立場の姿が可視化されることによって、自分のなかで矛盾する二つの認知をよりクリアに整理することにつながる。

しかし、人々の寛容が進めば、自粛警察抑止力を期待した政策は効力を失う

こうして考えてみると、自粛要請ベースとした日本流政策は、人々の認知が多様になるとかえって不都合なのがわかる。だからこそ政権与党は、人々が同じ方向を向きやすタイミングを狙って、オリンピック直後の選挙を好機とみたりするのだろう。

自粛要請は、政策決定(ルール)に従う形で自分自身の好みという認知的不協和を解消しようとする日本人メンタリティと、同じ社会構成員にも同じ一貫性要求したがる相互監視ムラ社会的なメンタリティが合わさって発揮して初めて効果的だといえるけれど、昨今のオリンピック運営のゴタゴタにみられるように、公共的なルール判断への人々の不信感が強まると、必ずしも政策決定者に都合のいいような仕方で人々が一丸となって、認知的不協和を解消してくれるとは限らなくなる。

ましてや大阪市市長さんのように、それを体現たかのように

感染者がいなければオリンピックもやっている。一生の思い出に残る行事実施したい

などと、都合のいい解釈認知的不協和の解消を政策決定者自らが行うとなれば、

人々は、ルールへ従うことの意味不明瞭になり、ああ、結局、好きなようにやっていいんだな、という思いを強め、相互監視機能せず、自分生活を変えることなコロナへの懸念自分認知のなかで両立させてゆくだけだ。

しかし、現実には、2020年4月に実現した日本人一丸となったステイホームは夢のまた夢だし、飲食業界は我慢限界をとっくに超えているしで、

人々はデルタ株猛威の現実にピンときておらず、人によって温度差のある、かなり適当自粛をしつつ、コロナから目を背けられる絶好の機会とばかりにオリンピックに夢中になっている。

自粛に頼った政策は、結局のところ、オリンピックへの賛否が開催とともに揺れ動いてきたことに典型的に表れているように、認知的不協和の解消の仕方に多様性が出てきた瞬間、崩れ去ってゆく。「コロナ心配、、、」といいつつ普段通りに暮らす人々であふれかえるだけだ。

本来政策というのは、そんな人々の認知世論)など無関係に、討議されるべきであるし、人々は討議の結果に対して法的な拘束力を受け入れるべきだ。

例えば、自分の考えと相反していても、オリンピック応援しているし、これからもしたいが、もし中止という政策決定がなされるならやむを得ない、

あるいは、オリンピック懸念しているが、もし続行という政策決定がなされるならやむを得ないという態度でいられるほどに、政策決定者への信頼が重要になる。

「ほらみろ五輪楽しんでいる奴らが増えただろ」などという次元政策を決めるべきではない。

しろ個人としては五輪は楽しんでいるけれども、政府には感染対策として中止するなら、中止を決定してもらいたい」という、ジェファーソン流にいえば分裂症的な市民判断を見極めたほうがいい。

しかし残念ながら、いまの政権にはそうした信頼が全くといっていいほどない。

いつどんな判断をするか、全くわからない。データは出さない。モニタリングもしない。事実に基づかず楽観論でしか答えない。

将来シナリオを示さない。予測分析を共有しないから、いつも唐突首相が何かを決心したかのように物事が決まって、人々がついていけなくなる。

ある意味ガバナンスの基本ともいえる、こうした事柄に目を背け、

政策への信頼を、世論(最大多数の認知)で推し量ろうとする、その姿勢こそが日本ガバナンスのガンだと思う。

2021-05-04

やまもといちろうセックス産業持続化給付金解説について

なるほどねえ。不健全が良くない!!!かい脊髄反射バカには全くリーチできない知見で大変参考になった。

国が不健全認定するからにはその根拠があるわけで、

その根拠とは

1.セックス商品にしている

2.薬物の温床となる素地がある

3.納税していない

そしてもしこれを健全にしていくには、セックス管理して薬物を排し納税をする必要がある。

その中でも「管理」が大事であって、

これに国が積極関与するとなると「責任」を負うことになるというわけなんだね。

まり飲食店に対する保健所のような設えが必要になってくる。

クラミジア梅毒感染があったら事業所営業停止処分にするとか、

また感染した風俗嬢には労災申請させなきゃいけないとか、

なるほど国家の枠組みにセックス産業を組み込んでいくことになるんだけど良いんですねそれで?

ってはなしになるわけね。

しかも今回のニュースでは事業者が持続化給付金を出せとか言い出して、

それって想定ケースの中でもかなり筋悪で、

風俗嬢個人事業主として訴えるならまだしも(それでもお前納税てへんやろのツッコミがあるのに)、

事業者ならじゃあお前不健全とは言えないレベルで嬢の面倒を見てて納税もしてて性病が起きたら治療とか所得保障とかもしてて、

そういうことやってんだなお前?って「責任」を問われる。

責任ある意味対価として持続化給付金がある。

無責任事業者がカネだけよこせじゃあ話は通らない、と。

なるほど。

ニュースを見る限り、「どうせろくでもない事業者なんだろ」という漠然とした意識却下していたが、

国の制度に組み込んだと仮定した場合どうなるかという思考実験としてはここまで踏み込む必要があったんだな。

まあはてなーバカから女が絶対正義被害者なのでこうした枠組みを考察するだけの知性など持ち合わせることはかなわないだろう。

これだからはてなはもう限界集落なのだな。というか、思想セクトみたいな位置づけになってしまっているのだろう。

おしまい

2021-02-06

今更だが、はてなー共産党シンパが多すぎてびっくりしている

[B! 安倍晋三] 安倍首相共産は「現在暴力革命」:時事ドットコム

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.jiji.com/jc/article?k=2020021300888&g=pol

[B! 公安調査庁] 共産党が破防法に基づく調査対象団体であるとする当庁見解 | 公安調査庁

https://b.hatena.ne.jp/entry/www.moj.go.jp/psia/habouhou-kenkai.html


安倍はただ公安見解をそのままテンプレ回答しているに過ぎないと思うが、ブコメの反応が怖い。

安倍反社関係やらかしていると思うから批判されるのは当たり前だと感じるが、共産党を擁護するような言い回しになることに違和感を感じる。

普通な安倍共産党もどっちもヤバい奴らで、「まだ日本で消耗しているの?」とか北欧優雅生活しているようなコメントが出てくるかと思っていたんだが。

はてなブックマークって政治セクトというか……「昔は革命戦士に憧れていて、日々自己批判してきました!」みたいな人たちが結構いることを知った。加齢臭もひどいな。

2020-09-22

anond:20200922185616

増田幸せならば何もいうことはない

人は自分幸せ第一

アカポス狙ってるわけでもマスコミ業界でもないのに主語を大きくしてフェミニストをわざわざ名乗るのはセクト養分になりにいくようなもの

2020-06-09

共産主義違法化するべき

共産主義に染まった人の加害性・暴力性が著しく増大することは歴史的に明らかであるから

内ゲバ・他セクトへの攻撃といった暴力犯罪を減らすためにも共産主義違法とし、資本論共産党宣言発禁にするべき

anond:20200609130724

2020-05-19

anond:20200519215938

そういうのスパイとか工作員とか呼ばれて、昔からどこのセクトもやってるよ。

露見したらもちろんリンチされる。

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