はてなキーワード: アジア人とは
アメリカのカーリーなんたらいうモデルが和服を来たら「人種差別!」と怒られたとのこと。えっ???
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1779780.html
なにを謝罪?
いや、まあ、アメリカのリベラルの文脈があるのだと思うけど、日刊スポーツ記者だってあきらかに僕らと一緒でそういう文脈の中に生きてないでしょ?「はぁ?」って思ったでしょ?説明無しでこういう記事書くのってアホなの?
redditとスラドには記事なくて、アメリカのYahooにあって、読者コメントがついていたので読んでみたぞ。
https://www.yahoo.com/style/vogue-dressed-karlie-kloss-as-a-geisha-050850853.html
いわく
「日本人モデルがカウボーイの服着たら、人種差別主義者だと考えないといけないの?」
「これがトランプが勝利した理由についての完璧な例の一つだな」
「私に見えるのは、誰かさんが東洋の伝統的衣装をまとった可愛い写真で、アジアに対するなんの攻撃的なところもないと思うけど。これでアジア人が悪く見える何かがあるの?」
「てことは次は黒人モデルは裸で胸をさらけ出してライオンと一緒にアフリカの風景の前で写真撮らないといけないな、じゃないとヨーロッパ人に「人種差別だ」と言われちゃうからな」
「私は、何も謝ることがないことについて謝罪したい...私はまた前に誤ったことについて謝罪します...あと、次に私が何か謝るべきことが起きることについて謝罪したいです...」
「もしあなたが白人なら、その日やることについて謝罪を投稿してから家を出たほうがいいな。はいはい。」
1ページ目、長大な一人を除いて訳しましたが、ぜんいん我々と同じように「はぁ?」って思ってるように感じました。
とりあえず私自身は、いまだにこの「cultural appropriation」という非難が意味不明なので、わからないうちは否定するよりは学習するつもりでいますが、しかしそれにしてもこのヤフコメとニュース記事との乖離。いまのアメリカの言論界を動かしているのはいったい誰なんだろうか。。。。。トランプ当選についていろいろな憶測があったが、インテリ層と一般人層との深刻な溝というものを、われわれにも身近な「和服を着たアメリカ人」という題材によって、私にも実感を持って経験できたような気がする。
http://anond.hatelabo.jp/20170208052253
自分が鈍感なだけかもしれないけれど。道をすれ違うと気さくに話しかけられることが多かったのが印象的だった。率先して話しかけるのは相手に危害を加える意思がないことを示すためらしい。
自分が住んでいた地域はほとんどが白人で、黒人は1割もいなかった。全米的に都市部の方が黒人が多く、それはオハイオ州でも変わらない。元増田はやや黒人の割合が多く比較的貧困な場所っぽく、かつて工業で栄えたが衰退した都市なんだろう。
マーケットや飲食店の厨房にはヒスパニックが多い。これもアメリカ全体の傾向に思う。チャイニーズレストランなのにホセっぽい奴がコックだったこともある。西海岸ではないのでアジア人は超マイナーな存在。
店員の態度はスーパーでもファストフードやレストランでも普通だった。むしろ親切な人が多かった。ただしスーパーだとウォールマートは店員も客層もちょっと質が落ちる。ウォルマートではお子様に珍しいもの見えるような目で見られたことはある。実際にアジア人はマイナーだから珍しいものなんだけど。
レストランは白人しかいなかった。アジア人の自分とかマイナーな存在なのに店員は地元民相手のように接してくる。こちらがアメリカの勝手を知らないのでむしろ困ることの方が多かったが、聞けば丁寧に教えてくれた。
歩いている警官を見るのはイベントの時の交通整理くらいだったから元増田の感覚がよく分からない。警官は交通違反を取り締まっているパトカーに乗っていることがほとんど。フリーウェイを走ると頻繁にスピード違反で捕まってる人がいたもんだ。何度か警官のお世話になったけども(違反はしてない)態度が悪いということはなかった。むしろ日本の方が言葉が分かるだけに横柄に感じられるかもしれん。
当然、歩いてるだけで誰かに切れられることもないし、殴られたこともない。どちらかというと日本に悪いイメージを持ってる人はあまりいなかった。家具などを個人売買したことがあるが日本に興味を持っている人が多く日本のことを良く聞かれた。「チャイニーズじゃないよね?」と聞かれることはたまにあり、 中国人はやや煙たがられているかなぁという感じはあった。ジャップとチャイニーズの違いがなんとなくつくらしい。特に男性は髪型や服装などのファッションが違うから分かりやすいかもしれない。女性は日本人っぽい化粧や服装のため難しいものの、大体黒髪ロングなので区別がついた。
自分が住んでいた地域は、全体的に教育が行き届いている感じもあったし、住み良い場所だったんだろう。
折角だから、日本人にはあまり馴染みの無いオハイオ州を紹介したい。
ドラマのグリーや映画のパラサイトはオハイオ州が舞台。田舎ではないが都会でもなく垢抜けてはいない平均的なアメリカと考えて間違いないと思う。
オハイオ州はアメリカでも大統領選挙以外ではあまり着目されない。オハイオ州を征したものが大統領になると言われ、今回もトランプ氏が勝利している。全米の動向と同じく都市部ではヒラリーの方が優勢だった。
オハイオと聞いてもイメージが湧かないだろうが、日本人が知るオハイオ州出身の有名人はそれなりにいる。ライト兄弟や人類初の月面歩行者となったニール・アームストロング、発明王のエジソンもそうだ。かのジョン・ロックフェラーはオハイオ州出身ではないけども、最初に財をなしたのはクリーブランドで墓地もそこにある。
大きな都市としては州都のコロンバス、P&Gの本社のあるシンシナティ、インディアンズの本拠地でかつて石油業で栄えたクリーブランド、かつて鋼鉄業で栄えたヤングスタウン、グッドイヤーがあるアクロンなど。コロンバスの近くにはホンダの工場がある。そのためか、日本の運転免許を持っていると目の検査だけでオハイオ州の免許を発行してくれる。
ベルト地帯であるクリーブランドやヤングスタウンは自動車産業の低迷により都市が衰退し貧困層が多く治安はあまり良くない。最近はクリーブランドは医療、ヤングスタウンは3Dプリンターで再生を図っており軌道には乗っているらしい。
詳しい経緯はよく知らないが、なぜかアメフトの殿堂がオハイオ州のカントンという街にある。アメフトに関してはオハイオ州立大学(OSU)が名門で地元のコロンバスにはNFLチームがないこともあり、非常に人気が高い。そのためかOSUのTシャツやトレーナーを着た人が多い。
オハイオ州で訪れるべき場所はそんなにはないが、もし機会があるならばデイトンにあるアメリカ空軍の航空博物館は航空機を見るならば随一だと思う。また、ショーシャンクの空のロケに使われたマンスフィール少年院跡もおすすめだ。
追記:クリーブランドのロックの殿堂を忘れていた。ロックンロールって言葉はクリーブランドのラジオ局発らしい。プレロックから、所謂アメリカの音楽史をまとめた博物館でもある。ロック好きな人はもちろん、そうで無い人も、聞いたことのあるミュージシャンのステージ衣装を見つけることができるので楽しめるはず。
その経験から言うとアジア人は全て中国人扱いなんで、ジャップうんぬんというのは???という気がする。
さらに言えば、金のない黒人は車が持てずダウンタウンといわれる街の中心エリアに住んでいて日本人が住むような郊外にはいないので、
殴られるとかないですよ流石に。
chinksと通りがかりにいわれたりとか。go back to chinaと木刀持った車に乗った子供にK-Martの前でバス待ってる時に言われたりとか。
そのくらいでしたね。
MicrosoftもGoogleもトップはアジア人なのに、なんでアジア人がアホの白人から差別されなきゃいけないの?
そもそも白人て、肌ガサガサで汚い、体臭くさい、チンコ勃っても柔らかい、グロマン、過半数がデブ、な上に頭も悪いわけで、アジア人に対して優れてる点なんてほとんどないよね?劣化人種じゃん。
ルックスがいいとか言う人もいるけど、単にそういう価値観で世界を押さえつけてるだけで、白人がかっこいいとかみんな騙されてるだけだと思う。スポーツや産業もいつもいつも白人が自分達のいいようにルールを変えやがって、あいつらまじでクズじゃん。
人口でいったらアジア人の方が遥かに多いわけで、そろそろ白人の奴らをひれ伏せて被差別人種に転落させてやるタイミングなんじゃねーの?白人調子乗ってんじゃねーぞ。
アジア人でひとくくりにされれば細かいこと気にせず攻撃されるw
いちいち何人が作ったゲームって考えるか?
襲われたことはないけどね。
http://anond.hatelabo.jp/20170208052253
でアジア人差別のエントリが出てるけど、言語の壁で差別されてることにすら気付かずに旅行先から帰ってくる日本人も珍しくない。
サンフランシスコを中心とした IT 企業が何をやってるかといえば、家賃だけで最低 4 万ドルはかかるような土地に会社をおいて、せいぜい 10 万ドルかそこらの給料で中国人とインド人を雇って過酷なプログラミングをさせている。
これがシリコンバレーの競争力を担保していてこの糞みたいなシステムを守らないといけないというなら、それは日本の糞経営者たちと言ってることが一緒だ。
中国やインドにいるより稼げるからいいんじゃないか、とか言い出したら日本のゴミみたいな外国人研修制度すら擁護されてしまう。
白人なんかよりずっと知能の高いアジア人をこんな風に扱っていいわけないだろ。
H-1B ビザはクソだ。ちゃんとインド人にも 30 万ドル給料払うべきだろ。それができないならできないで全部ぶっ潰したほうがマシに決まってるわあんなもん。
あれって要するにアジア人の見苦しいハゲを隠すためにハゲを隠すならハゲの中的な発想の髪形やん
多分戦国武将が兜でむれて禿げたのを美しく見せるために天才が発案したやつやん
平安貴族はちょんまげしてないけど、代わりに烏帽子の下を見られるのが裸を見られるより恥ずかしいみたいな文化でを作ってハゲの隠蔽が許されてたし髪が長ければまだごまかしがきくやん
それらの隠蔽が許されないざんぎり頭にしてしまい、初めて見苦しい禿が白日のもとに晒された日本男性はどんな気持ちだったんだろう
若い頃のちょんまげのままなら目立たなかったと江戸を懐かしみ悲しんだのだろうか
ちょんまげの代わりにバーコードで必死に禿を隠そうとしたのかと思うとちょんまげ廃止に動いてしまった日本政府の罪深さを考えてしまう
予想を大きく裏切る名曲となっていた。この曲は、ASKAが、自分の故郷福岡を歌ったものだ。ASKAは中学一年生から高校二年生までの約四年間を北海道で過ごしたが、生まれてから大学在学中に歌手デビューをして上京するまで、彼は福岡に住んでいた。上京するとき、ASKAはどのような心境だったのだろうか。
俺は東へ 上るつもりだ
勝手な奴だと思うだろうが
冷たい風に深くくるまっても
だまって俺は 歩いて行くだろう
「歌いつづける」より
CHAGE&ASKAは、もともとCHAGEとASKAの二人によって成り立っているわけではなかった。CHAGE&ASKAは、バンドメンバー5人を含めて、合計7人のバンド集団だった。だが、デビューできるのは、CHAGEとASKAの二人だけだった。「勝手な奴だと思うだろうが」ASKAは、東京にやってきて、歌手活動をはじめることになる。
デビューの一年後、「万里の河」(1980)でヒットをするものの、その後、約10年間、セールス的には大きなヒット曲に恵まれず、「冷たい風に深くくるまって」、歩き続けたのであった。CHAGE&ASKAを一気に国民的シンガーに押し進めたのは、何よりまず「SAY YES」(1991)であっただろう。同年、ASKAはソロとしても「はじまりはいつも雨」(1991)でミリオンセラーを達成する。ここからさきの活躍については言うまでもないだろう。「YAH YAH YAH」(1993)など大ヒット曲を連発するとともに、活動をアジア圏にまで広げていき、またMTVにアジア人初として出演するなど、「世界的」といってもいい活動を繰り広げていったのだった。
そんな時、ASKAにとって生まれ故郷の福岡はどんな場所だったのだろうか。
ASKAが福岡に曲を捧げたのは今回が初めてではない。福岡市市制100周年を祝して、「心のボール」(1989)という曲を作っている。ここでは、故郷と幼い日を思い出して涙が出てくるが、でも思い出に浸っていてはいけない、人は未来を生きているのだから、ということが歌われている。
次のステージが待っている。自分を育ててくれた故郷でゆっくり過ごしたいが、待っている人たちがいる。自分は「ハンサムな道」を「歩きつづけ」なければならないのだ……。
*
「FUKUOKA」は「SCENE」シリーズに代表されるASKAのバラード曲につながるものだとも言えようが、決して「お得意」のジャンルにASKAは引きこもっているわけではない。むしろ、この曲にはASKAの新しい展開を予感させるものが凝縮して詰め込まれている。これほどまでに静謐な言葉のなかに激しい想いが込められたASKAの曲を私は知らないのだ。
発車のベルが鳴る 街が動いて行く
あの頃の僕は何を見ていたのか
当たり前の、いつもの日常風景。通学する時、いつも見ていた何気ない風景。剣道の道具を、あるいはギターを持って、つまらない顔をして車窓風景を見ていたのではないか。しかし、車窓から流れていくその何気ない街の風景が、今、映写機が回っていくように、一コマ一コマが映画のように美しいものとして、かけがえのないものとして記憶の中に流れていく。
繰り返しながら僕はここに居る
何気ない挨拶たちと共に、出会いと別れを繰り返しながら、生きてきた。その一つ一つが今、生き生きと現れてくるのだ。
ここで想起するのは、傑作映画「ニューシネマパラダイス」だけではない。光GENJIに提供した曲「パラダイス銀河」(1988)を私は思い出した。
ようこそここへ 遊ぼうよパラダイス
同じ「パラダイス」という言葉が「パラダイス銀河」と「FUKUOKA」ではこれほど違った響きを与えられて存在している。この響きの違いのなかにこそ、ASKAの時間と記憶を、私は感じる。
いささか唐突に出てくるこの節。中島みゆき「タクシードライバー」からの引用だと見るのは深読みしすぎだろうか。
あたしの泣き顔 見て見ぬふり
天気予報が 今夜もはずれた話と
野球の話ばかり 何度も何度も 繰り返す
不器用なタクシー・ドライバーは、泣いている乗客にその理由を聞くわけではない。どうでもいい話ばかりを客に話すことで、静かに励まそうとしているのだ。静かに励ましてくれる街、福岡。そこでは「風が見える」のである。ASKAにとっての「風」とは何かというのは、「風のライオン」「風の住む町」「風の引力」などの曲を再び聴いてもらいたい。
*
私が「FUKUOKA」で最も感動を覚えたのは、
という箇所だ。様々な感情が入り乱れた「memories」の「s」の音である。静かに消えていくsの音には、記憶を手繰り寄せていく中で、当時気が付くことができなかった様々な人たちの気遣いに気が付き、泣きたくなるような「感謝」の想いが、「祈り」にまで高められているように感じられるのだ……
正直ずっと思ってた。なんで差別しちゃいけないんだろうと。差別は差別される側に問題がある。頭が悪いのが悪い。肌の色が気持ち悪いのが悪い。貧乏なのが悪い。ブサイクなのが悪い。性別が悪い。
これまで差別はしちゃいけないと言われて頑張って実践してきたけど、やっぱり自分に嘘をついていたんだと思う。黒人は動物みたいで気持ち悪いし、白人は肌汚すぎて気持ち悪いし、アジア人は貧乏臭いルックスが無理。ゲイは気色悪いし、女はバカの比率高すぎる。沖縄県民は誰がどう考えても土人でしょ。今日の大統領選で、みんなPCPC言われて耐えてただけだったということが証明されて、今すごく清々しい気分。
大体50年やそこらで人類の差別意識が変わるわけないじゃん。何万年差別してきたと思ってるんだよ。差別解放は人間性の解放だと思う。今日からは堂々と差別していける。FacebookやTwitterがもしヘイト発言を規制したら、トランプに潰してもらいたい。自由に差別出来る世の中こそ素晴らしいよ。今日は差別が解放された日。トランプが「差別しよう」と言ったから、11月9日は差別記念日。
・韓国のネットコミュニティで、「大阪の店で韓国人だけ大量にわさびが塗られた寿司が出されている。差別だ。ヘイトだ」と話題に。
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・店の親会社は「大量にわさびが塗られた寿司を提供していたことは事実。外国人へのサービスだった。ヘイトや差別の意図はない。今後改める」と謝罪
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・日韓で怒っていた人たちやネットメディアは、「サービスのわけはない。差別を認めろ」と追及継続
・・大量わさび寿司を実際に出された韓国人インタビュー記事を掲載
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・カウンターとして「差別でなくサービスの可能性が大きい」説がぞくぞく出て来る
・・テレビ局などの街頭インタビューで「外国人、中国・韓国人はわさびを大量に要求する人が多かった」という結果
・・国交省の観光庁が配布していた外国人おもてなしマニュアルで「中国人やアジア人にはわさびをたっぷり提供したほうがいい」と推奨されていた。(←今ここ)
で、国交省のマニュアルの件に関して、「マニュアルに載ってるのは刺し身についてだ。どこに寿司にたっぷり塗れと書いてある」と再反論してるコメントがいくつかあった。
しかし、その件については寿司店の謝罪ですでに解決済みの話だ。
寿司店は謝罪文で「寿司に塗っていたのは間違っていた。今後は寿司に塗らずに別皿でたっぷりわさびを提供します」と悪かった点を認め、改善案を提示しているのだから。
国交省マニュアルが「外国人旅行客に大量わさびを要求する人が多く、(結果的に間違っていたが)サービスのつもりだった」という店の釈明の裏付けの一つとなることは間違いない。