はてなキーワード: 当て字とは
統●失調症の当て字かと思ったけど違うのか。
母方の祖母は今認知症になってほとんど施設から出れてないんだけど、祖母の長男(つまり私の叔父)一家が祖母に対してあまりにも酷い仕打ちをしていると思ってた。
・盆、年末年始にもろくに顔を見せない
・祖母の介護はほとんどしない(一度だけ一緒に泊まった時にはインスタントラーメンを食べさせていたようだった)
・祖母のひ孫(つまり私の従兄弟の子ども)ができても何の知らせもない、会わせてあげたことがない
だけど段々、ひょっとして彼らは祖母がかつてモラハラをしていたことを根に持っているのではないか、と思うようになってきた。
祖母は、私にとっては大好きな87歳のおばあちゃんなんだけど、たぶんその世代の人にとってはごく当たり前の価値観を持っている人だった。
私も小さい頃からおばあちゃんに嗜められるのはなんとなく嫌だった。女は働くもんじゃないとか、女が勉強できても仕方ないなどの考えを持っていた人だった。年下は年長の兄を大事にしないといけない、女は結婚して子供を産みさえすればいい。他にも色々と面倒な迷信?みたいなことを言ってくるので面倒だな〜とは思っていた。
極め付けは、孫たちの名前だ。祖母の家の近所には霊感が強いのかなんなのか、占い師みたいな人が住んでいて、私や従兄弟たちの名前はみんなその人につけてもらっていたのだった。私は普通の名前なんだけど、叔父さんの子供たちの中にはちょっと当て字っぽい名前(響きは普通の名前なんだが、漢字が普通とはちょっと違う名前)をもらった子もいた。私は自分の名前を気に入っていたし、ちゃんと画数とか縁起とかがわかっている人に名付けを任せるのはよくある話なんだろうなと思っていたけど、それが嫌だと考える人がいるのも当然だろう。私が子供を産んだとして、その名前を嫁ぎ先の実家に勝手に付けられるのは確かに不愉快だ。
昔の価値観のことは私には分からない。仕方のない部分もあるだろう。だけど祖母のしてきたことは今で言う立派なモラハラだ。
祖母のことは好きだし、介護だって私ができることは何でもやってあげたいと思う。加えて、叔父たちが何も手伝ってくれないことを今後は大目に見てあげようと思っている。
叔父たちに会えなくて祖母が寂しがっているのは、祖母のせいも一部あるのかもしれないんだから、可哀想だと思って叔父に対して腹立たしく思うことも今後はもうないだろう。
これで思ったんだけど「すけべ」の当て字が「助平」ってけっこう酷い話よね。
藤堂平助とか、きっとホントは藤堂助平だったのを外聞が悪いから改名したと思うよ。
助平に「スケベ」的な意味が込められる前はちゃんと真面目な助平さんも一杯居ただろうに。
出っ歯じゃないから亀吉でも風評被害にならないから、亀吉という名前自体が滅びることはなかった。
それがなんだ、助平と来たら。
ただの助平なんてされたら、全国の助平さんが「そういう奴だ」って目で見られてしまうじゃないか。
禿げの助平とか、デブの助平とか、そういう風にある程度特定するような形にしなかったから、助平さんという名づけが滅んでしまった。
プロテインでいいだろ。
質←日本語
っていう複合語なのかと思いきや
卵(日)=蛋(中)
Protein(英,独)=タンパク質(日)
という複雑すぎる語源。
「蛋」の字は日常的に見ない字だし
蛋白=卵白なら「卵白質」でいいじゃん。卵白はタンパク質でできてるしわかりやすいしーーと思うじゃん?なんと昭和初期に蛋白質じゃなくて卵白質にしようと言い出した栄養学者がいたけど定着しなかったらしい。
で、結局「蛋白」って何なのか分かりにくいから今は、たんぱく質/タンパク質表記らしい。
でもさぁ、ということはさぁ
でしかないわけじゃん
いやわかりにくいわ。日本語という漢字圏の長所をかなぐり捨ててんじゃん。漢字から連想できる意味もなし。音から連想できる意味もなし。最悪だ。
明治の日本人が一生懸命英語やらドイツ語やらの単語にあたる新しい日本語を作ったことの素晴らしさはわかる。「福祉」「哲学」「失恋」は素晴らしい日本語だ。ウェルフェアとかフィロソフィーとかハートブレイクじゃパッと見て意味が通らないから言葉として定着しなかったろう。和製漢語のおかげで日本人が新しい概念に早く馴染むことができた。
だが、明治の人間が頑張ってしまったばっかりに、日本人は英語により疎くなったという側面はある。その最たる例がやはり、「タンパク質」だろう。
「タンパク質=protein」感の無さは異常。これじゃあ、『タンパク質とは肉や魚、大豆や卵を構成しているアミノ酸のポリペプチドなんだな。』と覚えた後、更に『protein(名)タンパク質』と覚えなきゃならない。無駄だ。無駄すぎる。プロテイン飲んでる中学生の3割はプロテイン=タンパク質と認識していないんじゃないか。だれもプロテインがタンパク質だとは知らなきゃわからない。
対して「プロテイン=protein」はわかりやすい。英語の授業でproteinを習わなくてもproteinがプロテインだとわかる。
「バカでもチョンでも」という慣用表現における「チョン」とは「朝鮮人」を指す差別用語である――
という言説に対し、
――「バカでもチョンでも」における「チョン」は朝鮮人のことではない
とする反論がなされて、いまではそれが定着している。
頭が悪い人に対する「ちょん」という蔑称は江戸時代から存在しているので、朝鮮人に対する蔑称とは別物だ、というのがその主張である。
まず、その頭が悪いという意味での「ちょん」の語源はどう語られているのか、と調べてもはっきりしない。
拍子木の「ちょん」という音に由来する説と、「ゝ(ちょん)」という踊り字に由来する説とが一応あるが、それがどうやって「頭が悪い」という意味になったかの説明は曖昧である。
公益役職などにおける役務を帳票に記す際、筆頭名主は役職名と姓名を記したのに対して、筆頭以下の同役に対しては「以下同役」の意味で「ゝ(ちょん)」と略記したうえで姓名を記したことに由来し、「取るに足らない者・物」を意味した。
などとWikipediaに書かれていて多少の納得感があるが、これは定説にはなっていないようである。
一方で「ちょん」の最古の用例として挙げられるのが、仮名垣魯文の『西洋道中膝栗毛』である。
ちょん
[名]
4 俗に、頭の悪いこと。また、おろかなこと。
「ばかだの、―だの、野呂間だのと」〈魯文・西洋道中膝栗毛〉
しかし、「ちょん」の用例が、明治三年の『西洋道中膝栗毛』よりも遡らないのであれば、そもそも江戸時代からあったとする話は怪しいのではないか。
西洋道中膝栗毛での実際の表記は「馬鹿だの豚尾だの野呂間だの」で、「豚尾」に「ちょん」という読み仮名がついており、これは明らかに当て字である。
日清戦争(明治二十八年)の頃には、中国人の蔑称として「豚尾」「豚尾漢」などが使われていたらしい。
明治三年の時点で「豚尾」と「中国人」が結びついていたかは定かではないが、仮に「チョンは朝鮮人ではなく中国人の蔑称だった」なんてことになるとややこしさが極まってくる。
あるいは、「バカでもチョンでも」という表現は、明治や大正の頃でさえ広まっていなかったのではないか、という疑問もある。
調べてみても『西洋道中膝栗毛』の他に同時代の用例は出てこない。
Google Booksなどで検索してみても、どうも広く使われるようになったのは昭和に入ってからだという感じがする。
一方で、朝鮮人が「チョン」という蔑称で呼ばれるようになった時期はいつごろだろうか。
こちらの時期もはっきりとしないが、戦前に遡ることは確実である。
となると「バカでもチョンでも」が広まった時期と「朝鮮人=チョン」が広まった時期とが接近してくることになる。
朝鮮人のことを「朝公(あさこう)」と呼んでいたのが「チョン公」となり「チョン」となった、というのが一応の定説である。
が、頭が悪いという意味の「ちょん」と掛けて朝鮮人のことを「チョン」と言うようになったという説もある。
そうであれば無関係どころかがっつり関係している気がするが…。
1960年代に自動露出のコンパクトカメラが発売されて「バカチョンカメラ」と呼ばれるようになった(ただしこれはVacation Cameraの日本語読みという説もある)。
一種の流行語のように気軽に「バカチョン」と言われるようになったのはこれ以降である。
それから1975年には三笠宮崇仁親王が言った「バカチョンカメラ」が差別用語とみなされて抗議を受けたという。
以降、散発的に抗議が起こり、「バカでもチョンでも」は差別用語である、とする認識が1980年代に形成されていった。
「バカでもチョンでもは朝鮮人のことではない」といったカウンターが盛んに言われるようになったのは1990年代からか。
以上から、「バカでもチョンでも」のチョンはやはり朝鮮人のことであった…などと強弁するつもりは、もちろんない。
ここで言いたいのは「『ちょん』という蔑称は江戸時代から存在していて朝鮮人に対する蔑称とは別物だ」という主張は怪しいぞということだ。
「津」は古くは港を意味する言葉で、代表的な例としては三重県の県庁所在地がそのものずばり、「津」だ。
増田君があげた例のほかに今津なんて地名も思いつくけど、気になって調べてみたら新潟県新潟市に古津、新津、金津という地名が隣り合ってるのをおじさんみつけちゃった。
新潟市は信濃川河口の湿地帯を干拓した土地だとブラタモリでやっていたけど、古津、新津、金津は信濃川流域にせり出した山のふもとにある。
このあたりには東島という地名も残っているから、ひょっとしたら回り一面海で、ここに新潟港のもとになる港があったのかもしれないね。
でも。滋賀県草津市は琵琶湖のほとりにあるけれど群馬県の草津町は山の中だって?
そう、実は群馬県草津町の「津」は港の意味ではなく、当て字なんだ。
硫黄臭の強い草津温泉を表した「くさみず」「くそうづ」より室町のころに「草津」と表記されるようになったってwikipediaに書いてあったよ
それは確か当て字だったと思うぞ
読み方が変わってるんじゃなくて当て字だろ。
ーーーーーー
タバコの直接の語源は、スペイン語やポルトガル語の「tabaco」である。
タバコ自体は紀元前5000 - 3000年ごろ南米のアンデス山脈で栽培されたのが起源で、15世紀にアメリカ大陸からヨーロッパに伝えられたものであるが、それ以前からスペインでは薬草類を"tabaco"と呼んでいた。しばしばアメリカ・インディアンの言葉が語源であると言われるが、それは誤りである。
スペイン語の"tabaco"は、古いアラビア語で薬草の一種を示す"tabaq"という言葉が語源であるとみられている。
この単語が、フランス語では"tabac"、ドイツ語では"Tabak"、英語では"tobacco"となった。日本ではポルトガル語の音に近い「タバコ」として広まった。漢字の当て字としては「多巴古」、「佗波古」、「多葉粉」、「莨」、「淡婆姑」などが用いられる事があるが、「煙草」と書かれる事が最も多い。中国語では「香煙」と呼ぶ。なお、山口県の一部地域には「煙草谷」(たばこたに)という姓がある。
ーーーーーー
私は日本で100世帯以下、常用漢字ではあるけれど、知らない人は絶対読めない読み方の当て字タイプのレア苗字だ。
レア苗字もそれなりにとしを重ねると気にならなくなってくるが、結婚するときは「配偶者や子供にこの苗字の面倒くささを一生味合わせるのか」と悩んだ。私は長男で相手も長女だったので結婚後の苗字について話し合ったが、相手にそれほどこだわりがない上に、私が相手の名字に変えるとあるお笑い芸人と同姓同名になるという事情から特に議論にならずに私の苗字が採用されることになった。
レア苗字のメリットはほとんどない。子供の頃も別にかっこいいと言われたことはないし、大人になるとよく言われるけど嬉しくはない。ただメリットがあるとすると何かの物語の主人公かもしれない、何か特別な存在なのかもと思えることがあるかもしれない。もちろん真剣に考えるほどではないが「もしかしたら何者かになれるかも、だって苗字だって変わってるし」みたいなぐらいに少し勇気づけてくれるぐらいの効果は何回はあったと思う。でもまあそれぐらいのもので、数日に1度感じるストレスに比べたらやはりデメリットの方が大きいと感じる。
あと細かいことだけど私の苗字を間違えて読んでくる人は100%仕事ができない人という法則があってそれは便利に使っている。賢い人は読めないものを知っているし、そういう可能性があるということを常に意識して仕事ができている。
匿名でしか書けないことだが、私は小さい頃からR-18作品を見たり書いたりしてきた。
我が家には子どもが自由に使用していいパソコンがあり、私は時間があればネットサーフィンを楽しんでいた。母も父も特に使い方などを教えはしなかった。ネットリテラシーに欠けまくった私は検索して出てきた記事にあるリンクに片っ端から飛んでいた。そうすると怪しいエロサイトに辿り着いたりする。その衝撃的な内容に驚く間もなく、身体が疼いて興奮してしまった。性に目覚めたての小学生(この頃9歳〜10歳である)の執念は凄まじく、夏休みには一日15時間くらいひたすら二次系のエロ画像まとめサイトを延々巡っていたこともある。自慰をすることもなく(膣が勝手に収縮する感覚はあった)、ただ興奮しながら見るだけだ。もっとマシな夏休みの使い道があっただろうに…。
エロを見ることに対する罪悪感はまるでなかったが、いけないことだとは分かっていた。コンビニに置いてあるエロ本に近づいた時、「子どもは見ちゃダメよ」と側にいた母から言われたし、何よりサイトが「18歳以上ですか?」と警告してくる。それでもバレなきゃいいだろうと開き直っていた。
そして私は12歳の時に色々あって腐女子になった。ひたすらパソコンでカップリングを検索し、残されていた個人サイト(全盛期は過ぎ去っていた)をたくさん巡った。そこでも平気で所謂「裏」「背後注意」と表記されている作品を当然のように見ていた。何度「18歳以上ですか?」と聞かれてもyesと入力し続けた。
やがてpixivの存在を知った。ユーザー登録しなければ見られない作品が多かったので、悩んだ末にアカウントを作成することにした。
そこで私は年齢が20歳になるように誕生日を登録した。こうしなければR-18作品を見られないことを知っていたからだった。初めてそこで罪悪感と薄暗い後ろめたさが生まれた。
ROM専でいれば良かったものを、私には制作意欲が生まれてしまった。推しカプの作品を作りたくなったのである。絵で作りたいものを表現するのは難しかったので、先ず文章を書くことにした。pixivの作品投稿のページに直でチマチマと1000文字〜3000文字?の小説を書き込んだ。タイピングが遅すぎて半日くらいかかった覚えがある。とにかく無事に嗜好を詰め込んだ作品は完成し、その日中に投稿した。
12歳のクソガキが書いたその小説は思っていたより評価された。運が良かったとしか言いようがない。書いた推しカプは旬ジャンルで波に乗っており、私はそこに女体化と妊娠要素を乗っけていた。(人を選ぶ要素のある作品は一定のニーズにより評価されやすい気がする)ブクマは最終的に300程頂いたと思う。ありがたい話である。
勿論文章は下手くそ極まりなかった。めちゃくちゃ改行するしポエムのような心理描写が並べられているだけの小説だった。語彙もなく背景描写もなく、今でも内容を思い出す度恥ずかしくなる。今あのクオリティーで出せば3ブクマとつかないだろう。
あの頭の悪い文章たちをちゃんと読者は成人済の書いたものだと信じていたのだろうか?未だに誰かにはバレていたんじゃないかと思っている。
それでも作品を評価されたことが嬉しかったし、もっと書きたいと意欲的になった。時間が有り余っていた私はどんどん書いた。三日おきに投稿していた時もあった。ちゃんねる風にも手を出したり新しくはまったジャンルの小説も書き始めた。
好き勝手書いた作品に点数もブクマもコメントも頂けて、二次創作は順調に幸せだった。
しかし成人を騙れど中身は思春期真っ盛りの子どもである。イタイ時期が私にもあった。(これは現在進行形かもしれない)特にキャプションにそのテンションは如実に現れていた。腐女子特有のキャラ語りの気持ち悪い文章だとか、中学生イキリオタのノリだとか、ひたすらポエムを並べたりだとか…その辺だ。ここにも到底書けない。恥ずかしい限りである。
ちなみに当時の名前は“キルリマ”と読ませる当て字だった。好きな厨二臭い漢字を入れて下されば幸いである。
自分を何故か居酒屋の娘だと設定し、フォロワーとメッセージ上で交流したこともある。本当にチョイスの意味がわからない。高校の頃の苦手科目を聞かれて焦ったこともある。中学一年生には何も分からなかった。
結局最初に作ったアカウントは、「あ、やり直したいな」というある日の思いつきで消去した。使用歴は半年ほどである。
そしてすぐに作り直したアカウントは今日まで続いている。そこからは比較的真面目に書き始めた。依然性癖は変わらなかったが、文章はちょっとだけマシになった。
そして新アカウントでとうとうエロを書いてしまった。ギリギリ中学一年生だった。しかも内容は強姦である。馬鹿じゃないのと思う。その時にエロを書くのは難しいと知った。キャラに喘がせながら喋らせるのは難しいし(『ぁ』とか『、』などの適切な量が未だに分からない」の性器の比喩表現も一歩間違えたらギャグになる。あと単純に文章力が低いので艶やかな文体に出来ないのだ。出来上がったのはただの拙い成人向け小説であり、エロい文章ではなかった。
それでもこりずにいくつか書いた。挿入なしのプレイものばっかり書いた。意味がわからない。しかしネタに走ったわけではなく、大真面目に書いていた。
中学校三年間で書き上げて、今でも削除せずに支部に残してある小説は40程ある。評価数はブレブレでブクマだけで言っても1桁から4桁までまちまちだ。正直字書きとしてのレベルが分からないが、凡才だったことには変わりない。私の作品は「特殊属性(女体化、妊娠、過去捏造シリアス、嫌われ、ちゃんねる系)」がついていないと評価されない傾向にある。純粋な文章力はたかが知れていた。
最古の小説は6年前のものだ。それを怖いもの見たさで読み返しては勝手にダメージを食らっている。
高校に上がってから部活で忙しくなり、小説は書けなくなった。支部のアカウントはROM垢と化した。Twitterにも成人向けと騙ったROM専アカウントがあり、私は日々両方で二次創作を漁るだけになった。
途中うっかりnmmnにハマり、検索避けが備わった件のサイトでいくつか軽い小説を書いた。そこでも年齢を偽った。18歳以上じゃないとフォローできない方が多かっただけでなく、単純にエロを書いてしまったからでもある。内容は複数人ものだったと思う。未だにまともなセックスを書いたことがない。
そして今年の春に18歳を迎えた。4月1日になった瞬間に今まで我慢していた成人向け同人誌と目一杯買った。エロ同人もAVも買った。購入だけは18歳まで出来なかった。(だからどうしたということではあるが)
ここまで長々と自分の創作記録を書いてきたが、実は自分のしたことに今は全く罪悪感を持てていない。後ろめたさは確かにあるが、皆やってるんじゃないかと思い込んでいるのだ。
ちゃんと18歳まで一つのエロを見ることもなく過ごした人を心から尊敬する。とびっきりの自制心をもって制御できる方だと思う。いや、単に私の心が弱すぎるのか。それとも性欲が強いのか。
一つ思うことは、上に書いた支部のアカウントが特定されないか、ということである。別に晒されても燃えても仕方のないアカウントだが、上の情報だけで特定できたらすごいな〜と思う。
親に「名前の読みはこれにしようと思うんだけど、漢字はどんなのがいいと思う?」と聞かれた。
ちなみにこの言葉からなんとなく想像できた方もいるかもしれないが、私のきょうだいは音の響き優先で初対面の人には一発で読んでもらえないようなキラキラネームばかりである。
もちろん私含め。
だからこそ、妹には多少使う漢字が難しかったとしても皆にすぐ読んでもらえる名前でいて欲しい、と思って数個の選択肢の中から一つ選んだ。
今思ってもあの選択は間違っていなかったし、最後までその意思は貫き通すべきだった。
母は私が選んだ名前と、最後まで選択肢に残っていた名前(書きやすいが間違いなく一発では読めない)の二つのうち、どっちがいいかを聞いた。
祖父母は私が選んだ方は「書くのが難しそう」と言って、もう一方を選んだ。
妹の名前はそうして決まった。
後日宿題で国語辞典を使っている時にたまたま、当て字のつもりだった妹の名前にはきちんとその単語が存在することを知った。
けどもうその時には出生届を出した後だったし、かわいい名前だって喜んでいる親に言えるわけなかった。
それ以来、妹の名前を付ける時になんでもっと反対しなかったんだってずっと後悔している。
書きやすさで選んでんじゃねえよ、名前の訂正を毎回しなきゃなんないめんどくささとみじめさをわかれよ。
何より単語の意味をきちんと辞書で引けってあの時の親と祖父母に言いたい。
数年おきに祖父母が来た日のことを夢に見る程度には、あの日のやり直しがしたいらしい。