はてなキーワード: バックミラーとは
免許制導入するのであれば、公共交通機関を充実させた上で格安にするしかなさそうだな
老人が車に乗り続けるのだって交通手段がそれしかないんだろうし
(老人で思い出したけど自転車でとろとろ走られて、後続の自転車やバイクが危険な追い越しをするのもめっちゃ見た)
とりあえず①と③は同意でしかない、①は現実的に不可能かもしれないが……地主を納得させられなければ車道は広くできないし
(地主で思い出したけど、路肩に飛び出る雑草を処理しないのはもう殺人行為だろと思う)
そして③! これは免許制や道路整備以上に現実的だし何でやらないのかが理解できんな
自転車にもウィンカー導入すべきかつ、バックミラーも付けるべきだし、他の増田のいうように常時点火すべきだと思う
GW名物の絶対に右側車線を譲らないマン、10台以上遭遇しました
高速道路において右側車線は通常追い越し車線です
それ以外のときに使用すると「車両通行帯違反」となり1点、6,000円の罰金になります
「左から追い抜けよ」
とでも言いたげですが、左側から追い越しをすると「追越し違反」となり、2点、9,000円の罰金になります
1点の違反をしている人のせいでこちらが2点の違反をすることになりますね
(追い抜きなら違反にならないのでしばらく左側車線を走れば大丈夫ですが)
ちなみに後ろから車が来ているのに道を譲らないのも1点、6,000円の罰金になります
「煽り運転やめて!」
と言うのは当然の権利ですし、もちろん煽り運転はいけないことですが
職場の同僚が「今日も煽られた!マジむかつく!」みたいな話をしょっちゅうしている。
頻度的には、週1くらい。
そんなにも煽られるもんかね?と疑問に思ったのさ。
俺は直近で煽られた記憶は、1年で2回ほど。
状況としては、車列の先頭に軽トラ。俺はその4台ほど後ろ。んで俺の後ろのJEEPがめっちゃ近かった。
うっとおしかったので、待避所にそれて、前に行かせたら、ものすごい勢いで次の車を煽ってた。
2回目は高速道路。
走行車線(左側)で車列の後ろを走っていた時。
後方から迫ってきたトラックが、なぜか俺の後にピッタリロックオン。
ライトがめちゃまぶしく、身の危険を感じたので、車列を追い越して先頭に出た。
班長お疲れさま。周りの子たちの理解がない態度が悲しいね。私も独り言のように書かせて欲しい。
子供の頃は優等生タイプで物わかりも良かったので、障害学級に通う男の子と机を並べたり、ペアになったりすることがあった。物静かな相手だったし、嫌ではなかった。たぶん小学二年生のとき、風船にひまわりの種とお手紙をつけて飛ばすという行事があって、文章が上手くかけないその雄作くんの代わりに私が手紙を代筆して用意した。校庭に全員が揃って風船を飛ばした。極稀に風船がどこかにたどり着いて、返事が返ってくることがあった。そんな児童はクラスに1人か2人くらいで、それは鼻高々だった。そしてうちのクラスでは、かの雄作くんに3つ離れた市のおばあちゃんからお返事が届いた。クラスは一瞬沸いたあと、どうしよう…?という雰囲気になったのだと思う。私がまた返事を書き、以降、下島セツさんと私は10年近く文通をすることになった。
セツさんとお手紙をやり取りするのは楽しかった。先生でも親でもない大人の友達がいるのは面白かったし、いつも丁寧な文字で私のことをめいいっぱい褒めてくれた。けれど、この文通は本当は雄作くんが楽しむはずだった、という受け止めきれない思いがずっとあった。今でもある。私が雄作くんのお世話をすればするほど、先生も雄作くんの親御さんも私の親も、みんな立派だと褒めてくれて気持ちよかったけど、雄作くんはどうだったんだろう。私が良い人になるための道具みたいに、なってはいなかっただろうか。私ばっかりいい思いをさせてもらったような、居心地の悪さがついぞ消えない。
それに中学に進んでから、すっかり雄作くんみたいな子を表で見ることがなくなってしまった。元気にしているのだろうか。ご家族ともども、楽しい時間が人生の中にある日々だろうか。多様な人の暮らしに思いを馳せたくても、目に映らないからつい忘れて居ないように感じてしまう。あの日々、私は雄作くんの友達になれていただろうか。
消えた友達なら、正美ちゃんもいた。親同士が仲良くしていた一家の末娘で、出産時の事故で脳障害を負ってしまったという。意思の表明が難しく、楽しんでいるのか、嫌なのかも、私には常によくわからなかった。あまり上手く立てなかった気もする。ただ、とびきり綺麗だった。10歳近くになっても幼子のあどけない眼差しが残っていて、野山を駆け回っていた私とは比べものにならないくらい肌が白かった。故に、ちょっと大きいお人形さんみたいだと感じていた。お姉ちゃんと私が同い年ということもあり、学区は違えど休みの日にはしょっちゅう行き来して遊んだ。
ある日、大きなワゴン車1台に乗り合い、正美ちゃん一家と我が家は合同でお出かけした。私は助手席の後ろに座っていて、ふとバックミラーを見ると、薄暗い最後部に座る正美ちゃんがさっき買った油揚げをムシャムシャと食べていた。大人たちは仕方ないねえなんて笑っていたが、妖怪のように勢いよく食べる様子は冷や汗を感じるほど怖かった。あの日から接し方が分からなくなったのだと思う。もしかしたら、正美ちゃんがうちの家族じゃなくて良かったなどと不埒な思いが、頭をよぎったのかもしれない。それまで、お友達という存在は増えることはあっても減ることはなかった。私は正美ちゃん一家の消息を知らない。あんなに日々を共に過ごしたのに、いつしかいなくなってしまった。
もう一人、記憶に残っている子がいる。小松くんと言って、白いハツカネズミみたいな印象の男の子だった。こっちは普通学級にいたけど、おそらく今ではボーダーと言われるようなタイプで、問題児だった。座っていられない、話を聞けない、加減がわからない、善悪が分からない。優等生の私からするとエイリアンみたいだった。笑い顔が怖かったし、なんだか不潔な感じもした。なるべく関わらないようにしよう、私はああいう感じではないし、と軽蔑の気持ちがあったことは間違いない。天は人の上に人を造らず、みたいなお題目はさておき、クラスにはカーストがあることをじんわり感じ取り始めた小学校高学年の頃だったと思う。
当時、中学受験に挑戦する予定だった私は、学校のテストなんて勉強無しで受けて10分以内にすべて回答して95点〜満点をとることが当然だった。(特例で、終わったら図書館に行っていいことにすらなっていた。)特に国語は大得意だった、はずなのに、ある日のテストで1問解けない漢字問題があった。それはもう焦った。今までケアレスミスで失点することはあっても、解答欄を埋められないなんていう事態はなかった。悔しいことに、悩む時間はたっぷり残されていて、私はもんもんとその空白を眺めていた。ふと周囲を見渡すと、隣の席の小松くんが目配せをして、もぞもぞ体を動かしてくれた。何をやっているんだろう?と一瞬考え、すぐに私が彼の回答をカンニングしやすいように見せてくれていることに気がついて頭がカッとなった。私の埋められない例の一文、彼は埋めていた。
その答えを写したか、頑なに知らんぷりをしたか、どうしても思い出せない。モヤがかかったように思い出すことができない。私はもしかしたらカンニングをしたのかもしれない。でも記憶の端っこは、格下だと自分でカテゴライズした人に優しくされたときに沸き起こった、恥ずかしいような情けないような悔しいような、ドッと押し寄せた表に出せない感情で終わっている。自分の中に人様を格付けした卑しさを自覚し、またそんな存在が優しい気持ちを持っていることに驚き、さらに憐れまれたことを悔しく思い、そう悔しく思う自身の下卑さをまた思い、ぐるぐるとパニックになったのだろう。
やがて大人になり、権利を主張することも、自分の言い分がいかに正しいかを当たり障りなく主張する口技も、日頃から誠実そうに振る舞ってここぞのときに有利な立場を得る処世術も、覚えた。それで日々をなんとか乗りこなしているし、厄介事も避けて生きている。
けれどどうして、思い出が胸に蘇る日がある。誰かと誰かがせんなく争っていたり、白黒をつけたがっていたり、ジャッジメントを求められたり。人は助け合って生きていくのよと教わった日々から遠く離れて、誰かを助け、誰かに助けられることを受け入れられる大人になれただろうかと考えてしまう。人に上下はなく社会的な有利不利しかないという事実を自分が常に弁えていられているのか、思い出すたびに突きつけられて泣きたくなってしまう。
バックミラー越しに睨みを利かせてやると大半はそれ以降煽らなくなる。
なんか妄想入ってるね。
まあなんかそんな気はするんだろうけれど、後ろの車は睨まれてるの気づいてないよ。
なんかさ、気にし過ぎなんだと思うよ。
今までの車がちょっと怖い感じだったんだろ?
それがなくなったらからメッチャ煽られてるように感じてるだけなんだよ。
まあ、真偽のほどはともかくもっと前を見て運転したほうがいいよ。
危ないから。
今まではどちらかというとやんちゃ目な車に乗ってきたのだけど、子供が生まれたことをきっかけにいわゆるファミリーカーに乗り換えた。
それも、ワンボックスみたいなでかいやつではなくて、普通自動車とあまりサイズが変わらないいかにも女性が運転してそうなタイプだ。
運転のモットーはキビキビ走ってキビキビとまるなので、無駄に車間を開けることもないし追い越し車線をちんたら走ることもない。
違反は絶対にしたくないマンなので、高速でもよほど遅い車の後ろにいない限りは追い越し車線を走ることも少ない。
ただ、下道に関しては、左車線は路駐が多くて余計な車線変更を強いられて危険なので、基本的には中央寄りの車線を走っている。
そうすると、まだ何も起こってないのに突然煽られる。
制限速度プラマイって感じで走ってても、後ろにピタリとつけられて煽られる。
最初は気のせいかと思っていたけど、どうも違う。一回のお出かけで1時間ばかり運転する間に、必ず数回は煽られる。
明らかな煽りとまでは行かなくても、そんなに車間詰める必要がある?っていうくらいまで詰めてくる。
この車に乗り換えるまではありえなかったことだ。
大体は海外製の高級車か、デカ目のワンボックスだ。運転してるのも50くらいのじじいと相場が決まっている。
ただし、こちらは体毛モジャモジャの小太りひげパンチなので、詰めてこられたところでバックミラー越しに睨みを利かせてやると大半はそれ以降煽らなくなる。
まさかプリティなファミリーカーを妖怪パンチパーマが運転しているだなんて思ってもいないのだろう。
見た目で判断せず相手の行動や本質で物事を考えないと痛い目に見るのは何においても同じだ。
煽ってきた車が勢いよく左側から追い越そうとしたときにヒョロヒョロのじじいがこちらを睨むように覗き込んできたが、ひげもじゃと目があった途端に前を向いて走り去っていったこともある。
こいつらは誰が運転してると思ってやがるのか。
以前嫁さんのアカウントでサポートセンターとやり取りしているときに、埒が明かずに直接電話したときから態度がころっと変わったことを思い出した。開口一発目の野郎のなめた口調がこちらの一声で劇的に変化した瞬間が忘れられない。
やっぱり女性は女性というだけで随分と世の中で不利益を被っているのだろう。
どうやら可愛らしい車というのは可愛らしいというだけで道路上ではなめられる傾向にあるらしい。
どうして自分の好みを曲げてまで世の中に合わせないといけないのかという本質的な問題は解決できないが、少なくとも運転に関しては、可愛らしい車に乗ること=自らを危険に晒すことと考えても良いかもしれない。
自分としてはこういうことを考えられるきっかけになったので今の車のままでも全く問題ない。
しかし、ミラーごしに見えたのが自分より弱そうな女性だったとしたら、もっと危険な目に合わないとも言えない。
最初の見た目でなめられなければ、危険な目に遭う可能性はぐっと下がるからだ。
大体、自動車メーカーのデザインからしておかしいと感じるところはある。
いかにも乗っている人間の気持ちが大きくなりそうな車のデザインは必ずいつもラインナップされているし、反社しか乗らないだろうという車も、売れるからという理由で未だに売り続ける姿勢には疑問を感じざるを得ない。
いつでも人を殺すことのできる危険な乗り物なのだから、そろそろ機能美だけを追求するデザインに変わるべきだろう。
ちなみに、あぶねーやつが乗っていることがひと目で分かることにメリットはない。
なぜならそれは、相手によって自分の運転を変えていると公言していることと同じ。つまりは、相手が弱ければ煽ることもあると言っているようなものだからだ。
男の乗用車の前を横切ろうとした黒い影は、一瞬だけヘッドライトの明かりに照らし出された後、車体の下で厭な音を立てて消えた。
轢いてしまった。避ける余裕は無かった。
夜の闇の中、男の運転する車が走っていたのは、道路照明灯も無い山中に在る、曲がりくねった峠道だった。車道の両側に設置されたガードレールの向こうには、ただ鬱蒼とした森が繁茂していた。
こんな人家も見当たらない山中にも、ノラ猫はいるのだろうかと男は思った。その猫の姿は、ヘッドライトに照らし出された時間がほんの一瞬であったにも関わらず、男の網膜と脳に明瞭に焼き付けられた。
仔猫を咥えて車道を渡ろうとした母猫。明るい光によって一時的に白く変化したアスファルト舗装の路面の上で、猫の母仔の姿は不思議なほど黒々としていた。
そして、男の車の方を向いた母猫の眼に反射したヘッドライトの光は、フロントガラスと眼を通過して彼の心を突き刺し、獣とは云えど生命を奪ってしまったという、逃れ難い罪悪感を刻み付けた。
しかし、車を停められるような路肩の空間が無かったことに加えて、夜の暗い山道を一刻も早く抜け出したかったがために、男は一時的に車を停めることも無く走り去った。出来ることならば速やかに、猫を轢いた場所から遠ざかりたかった。もしも街中で起きた出来事ならば、男は可能な限りアクセルを踏み込んだことだろう。しかし、初めて通る曲がりくねった夜の峠道が、それを赦さなかった。男は不本意ながら、控えめな速度で乗用車を走らせるしかなかった。
忘れるんだ。いちいち些細な出来事に心を奪われていたら、運転ミスをして事故を起こしてしまう。たかが獣の一匹や二匹を轢いたぐらいで、それが何だと言うのか。そう自分に言い聞かせながら。
きっと、あの母猫は、予期していなかった明るい光に照らされたことで、恐慌を来たして道の真ん中に立ち止まってしまったのだろう。馬鹿な獣め。そのまま走り抜ければ、お前は轢かれずに済んだのだ。馬鹿な獣め。お前が悪いんだ。俺は悪くない。馬鹿な獣め。お前の仔猫が死んだのは、お前のせいだ。お前が悪いんだ。俺は悪くない。俺は悪くない。馬鹿な獣め。
しかし、一旦芽生えた罪悪感は、それを拭い去ろうとすればするほど、猫を轢いた場所から遠ざかるほど大きくなり、男の心の中で、どす黒い滲みとなって広がっていった。
「ぬわあああん」
何だ。今、聞こえたのは何だ。いや、本当に何かを聞いたのか。気の所為ではないのか。
「ぬわあああああん」
聞こえた。
聞こえただけではなく、男には見えた。
男を追跡してくる二つの眼が、明々と車のバックミラーに映し出されたのを。
その双眼は、今や光を反射してではなく、それらが自ら、禍々しいほどに眩しい光を放っていた。
「ぬわわわああああああんん」
恨みを込めた鳴き声のようなものが、男には聞こえた。それがくぐもって聞こえたのは、我が仔を口に咥えているからであろうか。男の車を背後から追うものの前面には、生気が抜けた何かが、力無く垂れ下がっているように男には見えた。
「ぬわわわああああああんん」
「あああああああああああああああ!」
恐ろしい鳴き声を、男は聞きたくなかった。しかし、両手で車のハンドルを握っていては耳を塞ぐこともできず、已む無く男は、あらん限りの大声で叫ぶことで、その鳴き声を掻き消そうと試みた。
道路照明灯も無い、曲がりくねった夜の峠道を、男は車を走らせ続けた。しかし、曲がりくねった道だから速度を抑えているとはいえ、それでも少なくとも数十キロの速度が出ていた。そのはずなのに、男の運転する車は一向に、背後から追い迫る何かを振り切ることが出来そうになかった。
いつになったら、この峠道を走り抜けられるのだろうか。この峠道には、果たして終わりはあるのだろうか。この夜は、終わるのだろうか。あの猫から、逃げることは出来るのだろうか。自分は、正気を失わずにいられるのだろうか。
答えを持たないまま、男は夜の峠道を走り続けた。
* * *
トラックの運転手は、前方を走る乗用車に向かって大きなダミ声で毒づいたが、その声は相手に届いていない様子だった。沢山の積載物を載せたトラックで山道を走行するのは、只でさえ気を遣う。それが夜で、曲がりくねった峠道となれば尚更である。それに加えて、ノロノロ運転をする前方車両と遭遇したのだから、いっそうトラックの運転手の苛立ちも募った。
トラックの運転手は、何度もヘッドライトをハイビームに切り替えてパッシングし、何度もクラクションを鳴らした。それなのに、前方を走る乗用車の運転手は、後方を確認することも無ければ、脇に退けて道を譲ることもしなかった。リアウィンドウから見える乗用車の運転手は、何やら頭を振りながら声を出しているようにトラックの運転手には見えた。カーオーディオで音楽でも流して、歌でも歌っているのか、後方車両の存在に気づいていない様子だった。
迷惑な話だ。早く道が分かれて、この乗用車と行き先が別になるといいのに。しかし、あいにく一本道が続き、このままトラックは暫く乗用車の後を着いて行くしかなかった。
苛立ちを募らせた運転手を乗せて、乗用車の後を走るトラックには、仔猫を咥えた母猫の姿を記号化した運送会社のトレードマークが、黒々と印されていた。フロントバンパーには、走行中に何処からか飛んで来た、黒く汚れた小さな布切れが引っ掛かって、力無く揺れていた。
* * *
男の乗用車の前を横切ろうとした黒い影は、一瞬だけヘッドライトの明かりに照らし出された後、車体の下で厭な音を立てて消えた。
轢いてしまった。避ける余裕は無かった。
夜の闇の中、男の運転する車が走っていたのは、道路照明灯も無い山中に在る、曲がりくねった峠道だった。車道の両側に設置されたガードレールの向こうには、ただ鬱蒼とした森が繁茂していた。
おばさんが小犬だったかな、数匹まとめて散歩していた。大通りから1本住宅街に入った道。道端はそれほど狭くはない。私の車は後ろからゆっくり追い越す形となった。おばさんたちは右側を歩いてので左側からである。少し追い越したところで停めた。実はコインパーキングを探していたのだ。左手にあるが入るかどうか躊躇していて料金などを見てすぐやめることにし、視線を左から正面に向き直してそろそろと再発進した瞬間である。「ぶつかる!!!」とおばさんが叫んだ。え?っと思ってすぐブレーキを踏んだ。どうやらその小犬が車の前か横か分からんが衝突しそうになっていたようだ。運転席からは全く見えない。完全に死角。事なきを得てゆっくり走りだすとおばさんが「よく見て!危ない!」と喚いている。俺は最初、その子犬たちに対して注意しているのかと思った。人間でもよく親が我が子に対して信号赤だから止まりなさい!などと真剣に怒っている風景ってありますよね?あれかと思ってバックミラー越しに観察したがそれは明らかに俺に対して発せられているものだった。同じセリフを数回ほど大声で叫ばれ、焦った。今だから冷静に振り返ることができるがその時は軽くパニックに陥っていた。このヒステリックなおばさんのもとから早く離れたかったが俺は悪くないはずだがなぜあんなに怒っているのかという戸惑いもあり、ゆっくりとその場を離れた。
その後ネットでいろいろ調べたが犬は逃げるものを追いかける習性があるらしく、俺の車を獲物もしくはおもちゃに類似するものと勘違いしたんだと納得した。停まった位置などいろいろ条件が不運にも重なってしまったのだろう。
また、おばさんのリードはかなり長めに握られていたように思う。私はリードの長さまで計算に入れていなかった。数匹もの犬を同時に操るわけだから短いと犬同士が密になることを避けたのかもしれない。いずれにしても車に向かって来るなんてまったく想定外だった。
みんなも犬の散歩を見かけたらそうゆうことも起こり得るので注意しよう。
以上、情報共有でした。
最寄りのミニストップまで車で行った
乗用車2台が止まっていた
1台はきっと働いている人の車だ
駐車場の1番遠いとこにとめてある
冷房が効いた店内に入ると
特に急いでもいないので、彼らの話や作業を邪魔しないようソフトクリームを頼む前に雑誌や飲み物を物色していると
配達のトラック運転手は作業を終え店員さんに挨拶しつつ店から出た
みたいな顔をして奥に入ってしまった
店内を一周して飲み物やおつまみをいくつかカゴに入れてレジに向かう時
あぁそういえばもう一台車があったな
その人はゆっくりこっちを向いた
服装が夏のそれではなかった
秋ぐらいの重ね着をしていたので変に感じた
暑くないのかよと思っただけでその人を通り過ぎてレジへ向かった
車のエンジンをかけ車の中でソフトクリームを食べながらスマホをいじり中々の満足感だった
食べ終わりソフトクリームのゴミを捨ててソフトクリームがついた手を洗いたいと思ったのと
また店内に戻った
奥に入っていた店員さんがまた出てきて目があったので、言わなくても良いのに
電池買い忘れちゃって、へへみたいな感じで
ゴミを捨てて店のコーヒーエリアにある小さな手洗い場で手を洗って電池を探しに行った
と心で突っ込み
電池を買って店を出た
さて帰ろうと思い車のエンジンをかけるとライトがついて駐車場に止まっているパンの女性のであろう車を照らした
よく見ると運転席側がぐちゃぐちゃになっていて
前のガラスは割れてとんでもない事故にあったばかりのような状態だった
あんなんで運転できるわけがないので駐車場に置かせてもらってるんだろうか
自分の車の方向を変えながら、いやー事故には気をつけよと思い道路に出ようとした時
驚いてそのままバックミラーで少し見ていると
えーあれ乗ってきたの?!
と思いながら見ているとその車のライトが一瞬ハイビームになって消えた
え?
また車の方向を変え駐車場を照らすと駐車場の奥に店員さんの車らしきものが1台置いてあるだけだった
これ今の出来事
ひょんなことから、元彼の弟さんのYouTubeチャンネルを見つけてしまった。
旅行先の景色、電車の映像、マイナーなゲームのプレイ画面など…日常の些細なことをアップしている。チャンネル登録者数は1300人くらい。世の中にはこんな需要があるんだなぁと思いながら、何気ない気持ちで動画を再生した。
元彼が通勤で乗っていた車の助手席固定カメラから撮影した、近所をひたすらドライブしただけの映像。
バックミラーにぶら下がるキーホルダー、やたらうるさい旧式のエンジン音、ギアを動かす音、カーナビが淡々と発する日付。
自分の車を持たない弟さんが休みの日だけ使用しているとは聞いていたが…チラッと映るゴツゴツした手は、あの人そっくりだ。
40分間、フロントガラスに映し出されるよく知っていた景色。最初から最後まで見てしまった。下手したら実家バレしそうな映像だけど、気付いたら泣きながら何度も再生していた。何してるんだ私。
元彼と別れ話をして、10年が経つ。でも実際はその後もズルズル会ったりしてて、この車にはよくお世話になっていた。
嫌いになったわけじゃないけど、結婚はできなかった。色々と複雑な気持ちになったのを思い出す。
今は違う人と結婚して地元も離れ、元彼への未練は全くないし、連絡も取っていない。
でも、インターネット上でいつでも元彼と疑似ドライブできるようになってしまった。
読んでくれてありがとう。
迂闊だった。
赤信号回避のため無意識に左折して入ったのは、かつて小学校の時に好きだった女の子の家に通じる路地だった。
小学6年生のとき、バレンタインとホワイトデーのプレゼントを贈り合ったのが最後で、卒業式以降は街で見かけることはない。
無性に酸っぱい唾が口の中に広がり、打ち消すかのように深呼吸する。
今、彼女とばったり会ってしまうのは、どうもバツが悪い。ここを通った理由なんて聞かれたら、なんて答えよう。思いつかない。無意識だったって通じるのだろうか。
いよいよ彼女の家の近くを通りかかろうとした時、家の前で駐車している車の運転席に、女性が座っているのが視界に入った。
鼓動が一拍飛んだ。強く胸が痛み、呼吸すら忘れたかも知れない。
男ではない、確かに女性なのだが、彼女なのかわからない。そうだ、たしかお兄さんがいてた筈だ。お兄さんの奥さん(とか、それに近い関係)かも知れない。彼女だっていつまでも実家には居ないだろう。
彼女ではない事を祈るかのよう、仮説をたてて落ち着こうと取り繕う。
視線は前方を向いたまま、俺が乗る営業車はゆっくり前進し、視界の中の女性のかげは、2時、3時、4時の方位へ流れてゆく。脈打つ毎に熱くなる耳には、外界の音は聴こえなかった。
信号のない交差点に差し掛かり、停止線でブレーキをかける。振り向く事が出来なかった。運転中だからではない。振り向けば、あの頃の自分がそこに居るような気配を感じた。
心から求めても求め方がわからず、また何を求めているなか本質がわからず、シンプルに相手が愛おしく、心の中の彼女がスゥ...と抜けていく感覚が怖く泣いていたあの晩。
その涙の正体は、今ならわかる。その痛みの正体も。泣くな俺よ。素晴らしい出会いだったじゃないか。さぁ、撫でてやるよ。痛みは和らぐから。
プァンッとクラクションがなる。気がつけば掌で押してたようだ。ハッと我に返り、左右と前後の確認の後、車を走らせ営業周りに戻る。バックミラーを見ると彼女の家が少し見える程度で、あの女性どころか猫1匹誰もいない。
これが走行中だったら...と思うとゾッとしてきた。完全にどこかゾーンに入ってた。30年前の事が、まだどこかで引っ掛かっているのだろうか。
次の休みは、実家へ行こう。親が整理してなければ、彼女からの手紙がまだ押し入れに入れたままの筈だ。今さら返信なんてできないが、せめて俺なりの始末をつけようと思う。
とある場所へ向かうために片側2車線の一般道を走っていました。
途中2車線が1車線になる場所がありました。
猛スピードで近づいてくる車がありました。
思えばここで止まってやり過ごせば良かったです。
そのあとすぐに信号があり、止まると
私の車のドアを開け
顔面を数発殴り、
私の車のキーを抜いて
どこかへ放り投げ
車で去っていきました。
私が呆然としていると
車の横に見知らぬ女の人が私の車のキーを持って立っていて
警察呼びましょうかと言ってくれました。
女の人に礼を言って鍵を受け取り
別の眼鏡をかけて再度出発。
何とか間に合い到着した場所では私の顔が腫れているので皆びっくりしていました。
もしその女の人がいなかったら鍵を見つけられなかったかもしれません。
また殴られるんじゃないかとびくびくしていました。
殴った後に相手の車の鍵を投げるなんて
慣れてるなあと思いましたが
私を殴った男もどっかで捕まってるのかなと思いました。
しばらくたって、その話を車の保険屋さんに言ったら、
これ豆な。