2020-02-18

路地

迂闊だった。

信号回避のため無意識左折して入ったのは、かつて小学校の時に好きだった女の子の家に通じる路地だった。

小学6年生のときバレンタインホワイトデープレゼントを贈り合ったのが最後で、卒業式以降は街で見かけることはない。

無性に酸っぱい唾が口の中に広がり、打ち消すかのように深呼吸する。

今、彼女とばったり会ってしまうのは、どうもバツが悪い。ここを通った理由なんて聞かれたら、なんて答えよう。思いつかない。無意識だったって通じるのだろうか。

いよいよ彼女の家の近くを通りかかろうとした時、家の前で駐車している車の運転席に、女性が座っているのが視界に入った。

鼓動が一拍飛んだ。強く胸が痛み、呼吸すら忘れたかも知れない。

男ではない、確かに女性なのだが、彼女なのかわからない。そうだ、たしかお兄さんがいてた筈だ。お兄さんの奥さん(とか、それに近い関係)かも知れない。彼女だっていつまでも実家には居ないだろう。

彼女ではない事を祈るかのよう、仮説をたてて落ち着こうと取り繕う。

視線は前方を向いたまま、俺が乗る営業車はゆっくり前進し、視界の中の女性のかげは、2時、3時、4時の方位へ流れてゆく。脈打つ毎に熱くなる耳には、外界の音は聴こえなかった。

信号のない交差点差し掛かり、停止線でブレーキをかける。振り向く事が出来なかった。運転中だからではない。振り向けば、あの頃の自分がそこに居るような気配を感じた。

から求めても求め方がわからず、また何を求めているなか本質がわからず、シンプル相手が愛おしく、心の中の彼女がスゥ...と抜けていく感覚が怖く泣いていたあの晩。

その涙の正体は、今ならわかる。その痛みの正体も。泣くな俺よ。素晴らしい出会いだったじゃないか。さぁ、撫でてやるよ。痛みは和らぐから

プァンッとクラクションがなる。気がつけば掌で押してたようだ。ハッと我に返り、左右と前後確認の後、車を走らせ営業周りに戻る。バックミラーを見ると彼女の家が少し見える程度で、あの女性どころか猫1匹誰もいない。

これが走行中だったら...と思うとゾッとしてきた。完全にどこかゾーンに入ってた。30年前の事が、まだどこかで引っ掛かっているのだろうか。

次の休みは、実家へ行こう。親が整理してなければ、彼女から手紙がまだ押し入れに入れたままの筈だ。今さら返信なんてできないが、せめて俺なりの始末をつけようと思う。

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