はてなキーワード: ハウスとは
たぶんセット販売できないと思うの。
・ハウスキーピング(プロ並に徹底せずともよい、ただし押さえるところは押さえといて欲しい)
⇒シーツは2・3日でいいけどトイレは絶対毎日きれいに保ってほしいとか、あるじゃんそういう重要度のバラけが
・毎食の料理(栄養バランスが良くこちらの好物を踏まえた手作り料理、食材や技術は素人レベルでよい)
⇒仕事で凹んでるときに好物が出てきたりしたらもう翌日早出でもニヤニヤが止まらない状態で出かけられる
・傾聴と癒しとねぎらい(プロのカウンセラーのような有資格者でなくてもよい、受け身なばかりでないともっと良い)
⇒はけ口になってくれるのもありがたいんだけど、逆にサプライズでなんか仕掛けてきてくれるとかがあると嬉しくて死ねる
・セックス(
「女として乾いている」扱いされない程度の少ない頻度でよいお互い満足できるベスト頻度・方法を探って完成させたい、出張ホストや出張マッサージのようなプロ男性は気味が悪くて頼みたくない)
⇒あたりまえやん。
セット販売とか無理だろこんなの。
商売にするとなると「カスタマイズだけでもうワンセット買えます」みたいな値段になりそう。
・毎食の料理(栄養バランスの良い手作り料理、食材や技術は素人レベルでよい)
・傾聴と癒しとねぎらい(プロのカウンセラーのような有資格者でなくてもよい)
・セックス(「女として乾いている」扱いされない程度の少ない頻度でよい、
出張ホストや出張マッサージのようなプロ男性は気味が悪くて頼みたくない)
求めるのはこんな感じかな?
男が専業主婦に求めるのと同じような感じ。
これをセット販売で安く出来ませんか?みたいな。
基本的搾取権と言っても、基本的に誰でもが持ってるわけではなく、当たり前のように与えられているわけでもない
そう見えるだけでそうじゃない場合もあるし、本当に搾取的な事をしている場合もあるだろう
2chって学歴とかすごく気にしてる人もいる。yahoo知恵袋だと本当にそんなに気にしてない人もいるのに。例えば子供の進路でも単純に偏差値で決めるのでなく、校風やクラブ活動が活発かどうかなども基準に、本当に選んでいる人たちもいた。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1054596645 中学生の娘が偏差値55の私立高校に受かったのに、48の公立に行きたがってます。
自分は私立に行って欲しいのですが、本人の意思がかたいようです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1111557701 高校受験を経験した方、志望校は何をみて決めましたか?(設備、部活、校風etc.)
来年受験の中3なのですが、どうしても偏差値だけで判断しがちになってしまいます。
2ch運営の削除要求に対する対応について、官僚的と評されてたのを読んだ事もあるが、硬直した柔軟性を欠いた態度、それがやりたくて仕方ないような空気を感じないでもない。
それに、あの仕組みは、作った人だけが得をしているのに、商業主義に乗せられてないと思っているのも不思議だ。
あと、ユーザーは、やたらルールに従うのが好きw そして新規の人をそれに従わせるのも好きw
だけど、元々は他の人が作っていた掲示板にマルチポストして宣伝して、客を奪ったのが始まりだから、ルール違反した人が作ったシステムという矛盾
なぜ、商業主義を嫌っているのを推奨したり、商業主義と関係ありませんよ、というポーズをとるかと言えば、自分達以外の商売をそこでさせないため。(これは当たり前でどこのサイトでもそうだろうけど、商業と関係ありませんよというポーズを取ってた)
2ch運営(初期運営?)ほどうまく搾取できてない集団だと思うけど、体質としては、そういう資質を持った人が、多く集まった印象を受けた。
しかし、みんなで搾取しましょう♪とか、音頭取ってやってるわけではないだろうから、自然とそういう感じになったのか、たまたまそう見えるだけか、よくわからないけど
何が似てるんだろう 何かが似ている
素じゃない感じとか、悪い意味で老成しているところとか
自分に対して不思議な事をしてきた人が、考えてみたらやってる事が親と似ているなあと思い、どういう心理や心境でこういう事をするのだろうと、探ってたら、やばい結果を探り当ててしまって・・・
これは、もう何たらハウス関係なくごく個人的な事だろうな、と思ったが
こういう人を、引き寄せてしまう魅力が何かあるのかもしれないとは思う。
閉じた世界を感じる
カウンターカルチャー的ではなく、強いものの味方で、弱そうと見たら、権威主義的な態度を取るw そんな感じ
実際、権力者の近くにいる人がいて驚いた。 無茶やってるように見せながら、力に阿り擦り寄り
切ったら血が出るような、人間的な感情の発露というのを、止められてるのか、切捨てられてるのかわからないが、人間的感情の発露が理解できない。
こういうのって、今年問題になってる地震後の原発問題に対する東電の態度が官僚的な事や、官僚全般(中には頑張ってる人もいるかもしれないが)や日銀とか、弁護士や医師、の一部の態度にも通じる態度のような気がする。それを真似してるような。所謂困ったエリートは、搾取が当然と思ってて、高校生ウルトラクイズの賞金か何かだと思ってるのかもしれないと思う。
真似してるというか、そういう良くない力がある事を知って、それを肯定しているようなところはあると思った。
書いていた創作か実話かわからない話に、精神病院の中の様子が出てくるものがあった。その中の患者の様子の描き方が、医師にとって都合が良い描き方をしていた。それは、そういう人ではなく、そういう状態の人なのではないのだろうか?そして、それを治すのが、サポートしたりケアしたりして治すのが、医師の仕事のはずなのに、それができてないのは医師の責任ではないのか?
それを認識してない、その視点からの指摘が無い、抜け落ちているのはなぜだろう?
強さ弱さしか見られなくて、それに対して自分はどう思うのかという自分の判断力が入ってない、ものすごく子供な状態のままいる、そのくせ力を欲しがるのか、子供だから力を欲しがる、のかもしれないが。
そんなにうまく力が手に入るとは思えないけど、だからこそ、弱そうなものを見ると見境がなくなるのかもしれないし、自分達のフィールドに引き入れてしまえば、それなりに力を保って人に接する事ができる仕組みを作っているというか、作ろうとしているのかもしれない
。。。。。。。という妄念
さえ湧き上がってきてしまうほど、個性的な人が集まっているのはなぜ?
ただのシェアハウスのはずなのに
http://anond.hatelabo.jp/20111028064933
>nisemono_san
その中でも似非原という奴は本当に陰湿。過去にKagamiという人を追い込んだ > http://nekodayo.livedoor.biz/archives/606456.html 2011/10/25
このリンク先には、証拠になるようなものは提示されていない。でも、わからない。
こんな信憑性があやふやなブログをわざわざ持ってきて、自分の事なのに、「似非原と言う人」と言い、「本当に酷い」などと思ってもいない事を書く意図がわからない。
自分のこの「なごみ近況エントリだったのにどうしてこうなった!!」 酷さは何とも思わないのだろうか?
もし、本当に酷いのであれば、どこがどう酷いなど言う事もできると思うが、悪いところは特に無い。あるのは都合の悪さだけ
あのパターン
医療生協のN里と同じ http://anond.hatelabo.jp/20111022191646
良い人ナイーブな人潔癖な人は怖い、自分達をいい人だと思ういたくて、そう思えなくする事実を否定したり排除したりするから
良い人 ナイーブな人 潔癖な人 に加えて、駄目人間を自称する人(駄目ではないのに) 、も入れなければいけない
弱者と言うポジションと同じで、駄目人間と言うのもポジションなんだ
何もしなくてよいと言う
駄目人間様の前には、人権も何もないんだ。 でも、世の中 そうなっている。 駄目人間様には弁護士がつく。 家賃滞納でアパートの施錠された人のはニュースになり、家賃滞納も無いのに鍵施錠された人は弁護士も付かないし、ニュースにもならない 変なの
前書いたもの
http://anond.hatelabo.jp/20110930123704 追い出し屋は、いまだに話題になっている。おかしい。立ち退きでアパート半壊は?
あぁこの人も一緒にコピペして忘れてた
“本当に陰湿だと思う。 社会的制裁を〜というページを作られるはずだ。荒川さんたち タイトルつけたし ギーグハウス主催の人のブログに書き込んだら中傷と気付かれない形で中傷され” 2011/10/25
この人もよくわからない。
木で鼻をくくったような態度
上の事に関しては、短いブクマコメ内なので、ああいう書き方になりましたが
中傷と気づかれない形での中傷とは、どういう事かというと、今は消えてますが 最初にid:yuiseki「こちら、大変読み応えのあるコメント欄となっておりますので、是非ご覧になってみてください 2011/10/21 」http://megalodon.jp/2011-1025-0222-41/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/pha/20111009/1318158999%23c
と書くので、こっちは、なんか変な気はしないでもなかったけど、自分ができる協力をしようと思ってくれた人なのかと思い、感謝してお返しにグリーンスターで律儀にも「どうも」と入れて返したりもしてたんですよ!
それが、どうも、同じギークハウスの他の人は、あてこすりのような、「どうしてこうなった」とか広義の上では人格否定とも取れるような、こういう態度を取られた者は、非常に強い疎外されたと感じるであろうと予想される事を同じブクマで書かれてたので、しかもドワンゴ社員と言う一筋縄では行かない人が集まっている会社の関係の人とわかったら・・・ あれこれって?もしかして?と思っても不思議ではないと思うし、疑心暗鬼になる事も必至だと思う。
私は、それまで、仮説と事実の区別は、割と考えて書いてきたと思う。仮説の状態で決め付ける人、断定的な言い方をする人の問題についても、考えた事を書いたりもしてたと思う。
そういう書き方で、書いたものでは無かったかもしれないが、陰湿だと思う、と自分の主観や気持ちを書いていただけなので、これを思い込みと、断罪すると、そもそも誰も自分の意見をもてない事になってしまう。 ○○だと思う、というのは、○○かもしれないけど、△△かもしれないというのを、当然言外に含んでいるので。
何を思ったか、また、それに群がるように?(これも主観だが) ブクマが集中して、その人たちのブログを見たり検索したりすると、ギークハウス関係者を多数含んでいる・・・・という状況がわかれば、ああヲチされてるんだなと、考えてもおかしくはないし、それで余計に嫌な気になるというのも、当然だと思う。
ネットウォッチというものがあるのは、知ってたし、残念ながら、はてなブクマはそういう使われ方もしていると思う。ネットウォッチって、普通に観察するのもあるかもしれないけど、意地の悪い目で観察してそれを観察対象が知らないところで情報交換し合うという悪趣味な事をしている人たちがいるのも知っていたので、なおさら嫌な気がした。向こうもそれを狙って複数でブクマしてるんじゃないかなとも思う。気に入ったならお気に入りというのもあるが、それには入れないわけだし・・・
アップアップしている困窮した当事者にとっては、精神的にこの上なく堪えるだろうなと予想して、普段なら何ともないただブクマすると言う事を嫌がらせでやるという行為(嫌がらせだと仮定して) だが、普通に弱ってない人にやっても利かないから、ここぞとばかりに責めてくるのかなと思うと、やっている方の弱さやしょうもなさも見えて何とも言えない気になる。。。
何か気に入らない事があるにしても、それを言わないで、(それを言っとしても通らない事もあるし、言われても困る事もあるが、) ただ静かにブクマするという行為は不気味だし卑屈な行為だ思う。
誤解で、好意からまたは他意はなく興味のあるページだったからブクマする、というのもあるかもしれないが、ブログでもそれは止めて欲しいと書いて、観察されてるみたいに感じるのでと理由も書いてる。何か一言コメントしてブクマしていくならありかもしれないが、こちらが求めている支援は素通り?という問題も残る。
前から何回も引用している増田だが http://anond.hatelabo.jp/20111022215058 ここの5に傍観すると言う姿勢が相手を怒らせる事も書かれている。これは悪意無く善意で関わった場合を想定して書かれているようだが、その場合でもこう書かれている。
だから、悪意無い行為だったとしても、id:yuisekiの取った行動は、あまり褒められたものではないのではないかと思いますが。
なんか妙にリツイート多い
朝からリツイートだけするな!!!協力しろ!!とか 無茶苦茶書かないで
まあ普通に見守っといた方がいいのかも
協力しろ とか命令形で書いた事ない
リツイートは一応共感してるのかもしれない。リツイートになるのはブクマからだから、ツイートか
なんか変だよ
妙にペース速い ブクマの
あの人たちが注目されてるのか、よく思われてないのか
あれ、見ても思ったけど、現実とネットの境目がわかってないんじゃないかな
ああいう人、あそこまでじゃなくても、見た事ある
なんとも言えないと思うのは、ヤンキー、不良のどうしようもなさじゃないんだけど、どこか本当にどうしようもない部分があるというか (表面的には似てないんだけどなんか同じ物を感じる)
役に立ちたくないという気持ちが人一倍いや人100倍くらい強い人という印象を受ける人もいた
過去のまとめ
ギーグハウスとか怖すぎんだろ
http://www.google.co.jp/search?tbm=isch&sa=1&q=%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%82%B0
600 : 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) : 2011/03/12(土) 09:57:23.49 ID:lgjeBMP90 [1回発言]
601 : 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) : 2011/03/12(土) 09:58:16.82 ID:ezf37MNq0 [1回発言]
デマ ギーグハウス連中による身内のお遊びが外に漏れ出しただけ
602 : 名無しさん@涙目です。(catv?) : 2011/03/12(土) 10:00:27.67 ID:sbUu0WzO0 [3回発言]
http://logsoku.com/thread/hato.2ch.net/news/1299854068/
http://blog.livedoor.jp/manamerit/archives/65464227.html
この真ん中へんの画像一番上
テクノ・ハウス・トランス・エレクトロ・エレクトロニカ・アンビエント・ビッグビート・ポストロックと電子音楽も、今となってはジャズやロック並みに広範囲なジャンルになった。ただ、他のジャンルに比べると定義が結構曖昧で、結構誤用されていることが多い。ジャンル論争はあまり意味も意義もないけど、チラ裏的に定義してみる。
ちなみに書いている人は元テクノ少年のテクノ中年のシロウトなので、もっと詳しい人で「違う、そうじゃない」と思った人は、トラックバックなんかいただけるとありがたい。
電子音楽全てを包括する呼び方。ヘヴィ・メタルやパンクやオルタナティブを包括するのがロック、フリージャズやスウィングジャズやハードバップを包括するのがジャズなように、エレクトロニカもアンビエントもトランスも全部「テクノ」に含まれる、音楽の大ジャンルの一つである。
よくある批判(?)として「中田ヤスタカはテクノじゃない」「小室哲哉はテクノじゃない」と言われるが、あれも立派なテクノ(嫌いな人も多いだろうけど)。石野卓球は昔タモリの番組で、ユーロビートは日本独自のテクノだと解説していた。現代的な意味で「テクノ」として扱われるのは、ホアン・アトキンスやデリック・メイ、ケビン・サンダースの創設した「デトロイトテクノ」からの派生したもののみとする意見もあるが、そうなるとややこしくなるのと、世の中で「テクノ」と呼ばれているものが排除されてしまうので、あまりこの定義は意味が無いと思う。
デトロイトテクノと同じ時期にシカゴで生まれたダンスミュージック。リズムマシンとシンセを使い、フロアでかけるという意味ではデトロイトテクノと同じだが、キャッチーなメロディやピアノ音が特徴。ダフト・パンクやここ数年の中田ヤスタカ。テクノの下位ジャンルとして扱うか、一つの独立ジャンルとして扱うかは人によって異なる。
上記に上げたようにホアン・アトキンス、デリック・メイ、ケビン・サンダースがデトロイトで創設したジャンル。トランスに比べるとメロディラインが曖昧で、ストリングスやパッドを多用している。基本的にヴォーカルはない。テクノというと「白人・ヨーロッパ」のイメージを持つ人がいるが、元々デトロイトの黒人が始めた音楽である。
ハウスとテクノの混合…と言うとややこしいが、うねるようなシンセパッドの旋律と4つ打ちと叙情的なメロディアラインが特徴。100%踊るための音楽。時期や地域によって更に細分化された下位ジャンルがある。日本ではチャラいイメージがある。
音楽のいちジャンルと言うよりも音楽の一手法。同じ旋律をパターン化し繰り返す、音の動きを最小限に絞ったもの。久石譲のsummerとか坂本龍一の戦場のメリークリスマスなんかがそう。
これもテクノのいちジャンルと言うよりも、音楽の一手法と捉えたほうが良い。直訳すると「環境音楽」でカフェやサロン、美術館でかかっているような音楽。或いはクラブでチルアウト(落ち着かせる)させるための音楽。静かで緩やか。ブライアン・イーノ、細野晴臣、初期のエイフェックス・ツインなど。イージーリスニングと混同される場合もあるが、イージーリスニングと違い明確なメロディラインが無いのも特徴。
ハウスやデトロイトテクノよりもやや後に発生したジャンル。ハウス+テクノ+ファンクという形で成立。ポップでキャッチーなメロディで賑やかな感じ。
たった2文字加わるだけで全然違うジャンル。どちらかと言うとデトロイトテクノやアンビエントからの派生ジャンル。キャッチーなメロディラインがなく、音数が少なくシンプルな感じ。ヴォーカルがなくポップな部分が無いので初心者にはやや難解。アンビエントと違いビートはある。踊れない曲も多い。ただ、アメリカでは日本で言う「テクノ」的な扱いとなっている。
ロック+ヒップホップ+テクノ(ドラムンベースも加わる)。ドラムの代わりにリズムマシンを使い、ベースの代わりにシンセベースを使い、テクノっぽくてヴォーカルがある、踊れるようにしたロックと思えば良い。日本ではデジタルロックと呼ばれる(最近じゃ呼ばないか)。ケミカル・ブラザーズやアンダーワールドやプロディジーなんかがこれ。ロックの一ジャンルにするか、テクノの一ジャンルにするか人によって分かれる。
ブレイクビーツを170BPM前後の高速で繰り替えずリズムパターンに、低いベース音を合わせた音楽。トランス・ハウスなどがバスドラ4つ打ち(ドン・ドン・ドン・ドンと単純なリズム)にたいして、複雑なリズムパターンが特徴。
テクノ歌謡、シンセポップとも呼ぶ。電子楽器を使ったポップミュージック。キャッチーなメロディラインとヴォーカル。1980年代の小中学生や流行ったように、ポップで親しみやすいことが重要。そういう意味ではエレクトロに割と近い。YMO、クラフトワーク。Perfume。現在の「テクノ」とは違うとされるが、石野卓球やケン・イシイ、デリック・メイなんかは影響を公言している。
これこそ未だによく分からんジャンル。ポストロックのポストはポストモダンのポストと考えると分かりやすい。
こうして見ると、「踊れる」「踊れない」と、「分かりやすい」「難しい」の軸で分布図が作れる。
踊れる ↑ ドラムンベース | トランス ユーロビート デトロイトテクノ ハウス | エレクトロ ドリルンベース | |ビッグビート 難解←ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー→平易 | エレクトロニカ | テクノポップ アンビエント| | | | テクノ歌謡 ポストロック ↓ 踊れない
あとこのジャンルのミュージシャンは他ジャンルからの影響を受けやすかったり、時期によってまるっきり違うタイプの曲を作ったりするので、「○◯はビッグビートで、◯◯はハウスで…」といったものがない。
というわけで、電子音楽のサブジャンルの再定義をするつもりで、ジャンルで聴くのは無意味という結論に達してしまった。ジャンルと言うよりも手法といったほうが正しいのかもしれない。
余談だけど音楽ジャンル以上に、リスナーのイメージのほうが日本では大きいような気がする。
ハウス:オシャレ
トランス:チャラい
こんな感じ。
id:miruna じゃあお前が書けよ。この一言に尽きる。最初から『もっと詳しい人で「違う、そうじゃない」と思った人は、トラックバックなんかいただけるとありがたい。』って書いてるんだから、たった100字のブコメで評論家ごっこしてんじゃねえよ。ジャンルを問わずこういうクソヲタクがその分野を滅ぼす。
id:temtan ごめん、おれハードコアとか苦手とかなんだ。頼むから網羅したのを書いてくれないか?
id:yukibarashi 冨田勲以前とかまで遡るには俺の知識が足りなさすぎる。どちらかと言うと現代音楽史の領域に入ってしまう。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1669161.html
心酔している建築家に自分の家を設計してもらう事が夢で、そしてそれが叶い、図面を見せてもらって、
「思ってたのと違う…つーか全然良くない!」って思った時、「ノー」と言うのは難しいだろう。
「ああ、でも自分のセンスが悪いだけで、先生が正しいんだから従おう」と、どうしても考えてしまう。
段々と「そう言えば、何か良い家のような気がしてきたぞ…」と、意見がひっくり返っていってしまう。
でも、いつか必ず冷静になる時は来るのだ。
これが人生で最も重要な、そして正解のある決断を試されている瞬間だと、彼等は気づくべきだった。
自分の判断を信じて「ノー」と言えるかどうか。言い続けられるかどうか。
(彼らは最初ちゃんと「ノー」と言っている)
この夫婦はダサい。いくらオサレなブランド物の服や食器や寝具を使ってても、
全然似合ってないし、家具はメタルラックで妥協できてしまってるし、
誰かのセンスを無理して真似しようとしているような、
圧倒的なダサさが全身からにじみ出てる。
「この人なら、強引に説得できる」って簡単に思われてしまう。
冷静になれば「これは人の住まう家じゃない」って簡単に判断できるのに。
正解はこんなにも一目瞭然なのに。
それが出来ないのは、今までの人生で確固たる自分というものを作って来なかったからではないだろうか。
僕は、この夫婦を笑えなかった。
殺風景な牢獄で本を読む岩窟王のような嫁の姿を見ても、笑えなかった。
僕が信頼する、例えば映画評論家が絶賛した映画をイマイチに思えた時、
「でも僕がニブイだけで実は良いのか?…うーん、何か良い映画のような気がしてきたぞ…」と
でも世間でボロクソだと知ったら「やっぱそうかー!」と冷静になる。
この夫婦と同じなのだ。
いずれ同じような過ちを起こしてしまうかもしれない。
「どうしてこんなことになってしまったんだろう?」
今までの人生を振り返ると、そこに答えはあるのだ。
「親切で言ってるつもりなのに、嫌味だと受け取られちゃうみたいなんだよね」と愚痴を言う奴と話をした。
どういうふうな言い方をしたのかと尋ねてみたら
シャアハウスで共同生活をしている奴が、寝坊をしたらしい。その男に対して
「君みたいな生き方をしている人には誰も投資してくれないだろうね」
と言ったらしい。その後相手の返し言葉にカーっとなって口論になったらしく、
まぁ彼は頭でっかちでメンタル面が豆腐並みに弱い人なんだろうな、と思った。
どうもコレが彼の口癖らしい。私との会話でも何回か「投資する価値がうんたら」って言葉が出てきた。
ちなみに彼とこの寝坊してきた男は別に同じ会社でも家族でもなんでもない。ただのシェアハウス仲間。
利害関係がないからこそ、こういう言い方をしても通じると思ったらしい。
でもなぁ、いきなり対して親しくもないやつから投資価値があるとかないとか。
なんじゃらほいって感じではある。
彼が社長とか事業家をやってて、常日頃からそういう判断をしているならともかくただの平社員だしなぁ。
そんだけ投資投資言うなら、自分自身に対してはどうなんだろう?
昔自己投資(笑)みたいな言葉もあったよな、と思って聞いてみたが特にないらしい。
となると、どうもこれは誰かからの受け売りをやってるうちに口癖になってしまったんだろうな。
確かに「そんな事言ったら人に嫌われるよ」って言葉は女の腐ったような表現で嫌いだが、
これは、ふさわしくない人間が言うと、嫌味と言うか間抜けに聞こえる。
表現を広めてもいいから「ただし経営者に限る」とか※をつけておいて欲しい。
彼のようなバカがなんちゃってで使う前に。
スウェーデンの福祉今と昔:
「貧しい人達の家」からサービスハウス廃止まで、その歴史を簡単に記載します。
1920年代:
1918年に、貧困介護法が新しく制定されました。そしてまず国がしたことは、高齢者のために特別住宅計画を立てました。「貧しい人たちの家」と呼ばれた、いわゆる現在の高齢者住宅施設の初期のものであり、建築基準や設備の基準もだんだんと改善されました。
1950年代:
高齢者住宅の基準がさらに改善され、家庭介護援助(現在のホームヘルパーの前身)を受けることにより、自分の家庭で生活が出来るようにしました。ただし、病人または重度の身体障害を持つ者は、以前からの医療手当てを病院で受けていました。
1960年代:
高齢者と身体障害者への福祉施設に対する社会的な見方が、病院治療を主体とした考え方から、個人に必要な介護や擁護はなにかを考えるべきだと変わってきました。それは同時に高齢者住宅施設の見方も変えました。そしてサービスハウスと呼ばれ、それは介護職員がいて必要な時に介護が受けられる、しかも自己管理の生活ができるアパートが多くなりました。
1970年代:
ホームヘルパー組織が設立され、身体障害のある者に対する、補助器具センターも改善されました。身体障害のある人も、自分のアパートで生活できるようになりました。
1980年代:
社会福祉援助法が設立され、援助を必要とする者および障害者等に、ノルマリゼーション、自己決定などについて、コミューンの福祉事務に位置付けることになりました。コミューンによるグループホームの管理が進められました。同時にサービスハウス、シュークヘムの建設は少なくなり、その反面、施設ではなく家庭で高齢者が、介護と医療治療を受けることにより生活出来るようにしました。
1990年代:
経済不況が続きました。そして医療部門を除いた介護部門が、国からコミューンに移籍されました。(1992年のエーデル改革)。当初は高齢者のために、特別住宅が新しく建設されたり、従来の施設が改造されました。しかし、これらの住宅は、痴呆高齢者と身体障害者のための施設となりました。
コミューンは高齢者が家庭で生活できるようにと計画ししましたが、現実には例えばアパートにはエレベーターの設備無いとかの問題が多くなり、改善されないまま今日にいたっています。これは同時にサービスハウスに住んでいた時は、ヘルパーの援助により散歩や買い物など外出できたのが、車椅子利用の高齢者や障害者は外出が出来なくなり、一日中部屋の中に閉じ困れるという状況となりました。これは同時に高齢者が、家庭介護を受けて生活出来る可能性を困難にしました。
2000年代:
高齢者特別住宅(サービスハウス、グループホーム等)の廃止が、早いテンポで進められています。これは同時に家庭介護(ホームヘルパー)が増加し、家族の負担も増加しています。一人住まいの高齢者は社会から孤立させられ、高齢者および身体障害者への福祉待遇は、悪化への道を進み始めました。
http://fukushi-sweden.net/welfare/fukusi.joho/2005/faktaservicehus05.html
http://fukushi-sweden.net/welfare/fukusi.joho/kazoku.kaigo.hakai.04.html
スウェーデンは理想的な福祉を提供している国として神格化されていた
でも、それは昔の話
経済不況とともに理想的な福祉が提供できなくなり、民間への委託など、福祉受給者への待遇悪化など切り下げが始まっている
WEBサイトを所有し、サイトを何らかのカタチで活用しながらビジネスを営んでいる人にとって、SEOは必要不可欠な時代となっています。SEOという言葉は以前に比べてかなり普及してきておりますが、「SEO=ビジネス拡大・売上拡大」という認識はまだまだ広く根付いているのではないかと思います。もちろん、ビジネスの拡大にSEOは必要なのですが、SEOさえやっていればWEBサイトの売上は上がるんだろう、という誤った認識をしている人が多く存在します。
突然ですが、【1:5の法則】という言葉を聞いたことがありますでしょうか?マーケティングを勉強した人であれば必ずといっていいほど聞いたことがあると思われるほど、基本的なマーケティングの法則なのです。
1:5の法則…新規顧客に販売するコストは既存顧客に販売するコストの5倍かかる、というマーケティングの法則。
分かりやすくいうと、同じ商品を購入する顧客がいた場合、新規顧客は既存顧客に比べて、販売に関するコストが高くなり、結果として利益率が低くなる、ということでしょうか。ビジネスを拡大していくためには、新規顧客を獲得することももちろん大切です。しかし、それよりも既存顧客の満足度をどのようにして高めていくのか、ということをおろそかにしてはならないのです。
このブログを読んで下さっている方は、少なくともSEOに携わっている人であり、WEBサイトに関する業務を行っている方が多くいらっしゃると思うのですが、では、果たしてWEBサイトにおける「新規顧客」「既存顧客」をどのように捉えればよいと思いますか?
単語をそのまま汲み取ると、一度でも自社サイトで商品やサービスを購入してくださったお客様が既存顧客、となるかと思いますが、私は下記のように理解をしています。
新規顧客・・・今後自社サイトにアクセスをしてきてくださるユーザー
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、「アクセス解析で計測できるユーザー」のことを既存顧客と私は称しています。新規顧客は「未来訪問予定ユーザー」と捉え、あくまでも今後サイトに来訪してくるだろうユーザーと認識しています。
SEOやPPCという手法を用いて、「未来訪問予定ユーザー」をどのようにして増やそうか、ということに力を注ぐことはもちろん大切です。しかし、それ以前に、「アクセス解析で計測できるユーザー」が自社サイトにどれだけ満足したのかを検証し、アクセスしたあとの訪問者の満足度を高めていかないと、いつまで経っても売上が上がることはないと思います。
例えば、30ページあるサイトで、1訪問あたりのページビューが2にも満たないWEBサイトに、SEOやPPCでアクセスを集中させたとして、売上が上がると思いますか?このようなサイトの場合、平均ページビューが4~5ページまで増やすための施策を行ったほうが、SEOやPPCよりもはるかに低コストでコンバージョンを増やすことが可能ではないかと私は考えます。
どのようにしてコンバージョンに繋がるサイトにするのか、その為にはユーザーの導線がしっかりしているかを検証したり、デザインを見直したり、文字の大きさや適度な画像配置など、それこそ多岐に渡った分析や修正が必要です。このあたりの分析は、SEOだけを学んでいる人には難しいことかもしれません(もちろんSEO専門の人でもこのあたりの分析が得意な方もいらっしゃいます)。
SEOはあくまでも新規顧客を増やす1つの手法にすぎません。SEOで新規顧客を獲得することに偏らず、既存顧客の満足度を高める施策を行うことの重要性を認識していただければと思います。
ロンドンその他都市のあの「愚者の祭り」から1週間が過ぎて、あの月曜日の事情が少しずつ分かってきた。5年以上ロンドンに住んでいる者としてあれこれ考えることも多かったし、諸事情で「暴徒」のおかれた環境について少し知る機会もあったので、少し書いておきたい。
これについては、無軌道な若者の暴走と言うことで概ねコンセンサスは取れているように思う。以下のtogetterは現状ロンドンで理解されていることに近い。
警察が、最初の暴動の抑制に失敗したことで、「今なら何をやっても大丈夫」という無礼講的なお祭り騒ぎが一挙に拡大したと言うことなのだろう。周囲の興奮と燃えさかる炎に当てられて、「乗るしかない、このビックウェーブに!」とばかりに舞い上がってしまった子供が相当数いたであろう事は間違いない。(ロンドンで逮捕された暴徒の5割以上は18歳未満であるというニュースが出ている。)
もちろん、子供の暴走がここまで大事になってしまったのは異常事態であり、その裏側に社会的問題があると考えるのは当然だ。ただし、今回のように、当事者すら争乱の理由が分からないという状況は、「ぼくの考える社会の欠陥」的な牽強付会の自説を宣伝する絶好の機会だ。実際、イギリス社会の事情も知らず、勉強した形跡も全く読み取れないのに、適当なことを言って悦に入る類の人をTogetterで何人か見かけた(以下に一例)。このエントリーを書こうと思ったのは、その手の単純で非現実的な観念論ではなく、地に足のついた議論の土台を提供したいとおもったからだ。
http://www.guardian.co.uk/uk/2011/aug/09/london-riots-who-took-part
報道から明らかになっているのは、暴徒の大半が未成年であること、特定のエスニックグループが暴徒になったわけではないこと、そして多くがロンドンでも貧しいとされる地域の住人であること。加えてもう一つ言えるのは、彼らの多くがカウンシルフラットと呼ばれる、低所得者向けの公営住宅に住んでいると言うことだ。このカウンシルフラットというのは、イギリスの貧困を語る上では非常に重要な点なので、少し説明をしておきたい。
イギリスにはホームレスが少ない。ロンドンを歩いていると分かるが、駅の構内で段ボールを敷いて寝ている人が殆どいない。公園に段ボールハウスの村が出来ているということもない。どうやらロンドン全体で野宿人の数は500人に届かないようだ。イギリス全体でも1000人未満のようで、2万5000人のドイツと比べると圧倒的に少ない。
何故かというと、イギリスにはあちこちにカウンシルフラットと呼ばれる公営住宅があり、イギリス国籍さえあれば、家賃を払えない低所得者は優先的に居住が認められるからだ。このカウンシルフラットがどのくらいあるのかは自分には分からないが、イギリス中そこかしこにあると思ってもらって間違いない。下の地図は今回暴動の起きたHackneyのものだが、住宅の実に5割がカウンシルフラットとなっている。
カウンシルフラットの家賃は圧倒的に低く、ばらつきはあるものの相場の5分の1程度。それすら払えない人には更に住宅手当が下りる。光熱費やTV受信料も実質タダだ。そして、当然家があるだけでは餓死してしまうので、これとは別にpersonal allowanceと呼ばれる生活手当が出る(最近制度改革があったので名前などが若干違うかもしれないが、大枠は同じ)。25歳未満の単身で週に50ポンド。25歳以上なら60ポンド。外食さえしなければ十分食費と携帯代をまかなえる金額だ(円高の今だと8000円弱に相当)。イギリス国民には、食べるに困るレベルでの貧困は(概ね)存在しない。
ただし、これだけ「おいしい」カウンシルフラットは、当然人気も高い。ウェイティングリストの人数は500万人に達しており、それなりに困窮していないとフラットは手に入らない。下の掲示板では親とカウンシルフラットに同居している30歳女性が、一人で住めるカウンシルフラットを探しているのだが、「今現在無宿とかでないと難しい」と返答されている。
http://boards.gumtree.com/viewtopic.php?t=215432&p=2686792
ここで、イギリス人なら誰でも知っているトリックがある。子供がいて、しかも親がシングルマザーだと、フラットが優先的に廻ってくるのだ。こうなると、親から独立したい、しかし職がない子供にとって、手っ取り早い手段は妊娠と言うことになる。かくして、イギリスは先進国でも突出して10代の母親が多い国になった。しかも、子供が生まれると一人当たり週に12~20ポンドのChild benefitが支給される。また、シングルマザーだと上の生活手当も週に40ポンド前後は増額される。このため、パートナーがいても敢えて結婚せず、シングルマザーになる母親が多い(当然の結果として、その後別れて本当のシングルマザーになる確率は高まる)。母親ひとりに子供一人で月500ポンド(約7万円)あれば、正直生活には困らない。
とはいえ、貯金は難しい。それに、貯金額が6000ポンドを超えてしまうと支給額が減額されてしまうので、そもそも貯金する理由がないのだが。ちょっと大きなTVを買おうとすれば、夜遊びを楽しみたければ、その分働くしかない。問題なのは子供だ。託児所に預けたいところだが、ロンドンの託児所は1ヶ月フルタイムで1000ポンド。平均所得層ですら厳しいこの金額を彼らが払えるわけはない。その結果、子供は無人の家に置き去りでTVを見るかゲームをするかと言うことになる。言葉を学ぶには最低の環境だ。
その結果起こったのが、子供の識字率の低下。移民だけでなく、ネイティブの識字率が低下している。2007年に政府が行った大規模な調査によると、小学1年生の6分の1が自分の名前やmom, catといった3文字の簡単な単語を書くことが出来ない。当然、こういう子供は小学校のカリキュラムに着いていくことは難しい。その結果、無視できない数の中学生(数字は忘れた)が、「数学の試験問題の英語が理解できない」ために零点をとる、という現象が起きてしまった。こんな状況では学校に行くのは苦痛でしかない。カウンシルフラットの周りでは、昼間から特に何をするでもなくぼーっと座っている子供達をよく見かける。
この様な子供が成人して職に就くのは、非常に難しい。肉体労働系なら大丈夫だろうが、ポーランドからの出稼ぎ労働者の方が高いスキルと低い給料で働いている。それよりも低い賃金では、生活保障の支給額を下回ってしまうので、働く意味がない。こうして、カウンシルフラットで生まれた子供は、またカウンシルフラットで自分の子供を産むことになる。ちなみに、失業手当の受給者数は約150万人。人口が倍の日本では80万人だ(失業率は8%弱)。別制度のincapacity benefit(病気などで働けない人のためのもの)の受給者は250万人(人口の5%弱)を超えている。
結果、親子3代、殆ど働きもせずカウンシルフラットに住み続けている、という話は、もはやイギリスでは珍しいものではなくなっている。このような状況で子供が未来に希望を見いだせないのは当然のことだ。少なくとも彼らには、サッカーの才能に恵まれてプレミアリーグに行くくらいしか、この生活を抜け出る手段がないように見えるのではないか。これでは、リオデジャネイロの山肌に広がるスラムの子供にサッカー以外の未来がないのと大して変わらない(実際には、カウンシルフラット生まれでも頑張って勉強して、奨学金で博士号まで取る人もいる。そのための制度や組織もある。ブラジルのスラムに比べれば、カウンシルフラットの子供達は圧倒的に恵まれているという点は強調しておきたい)。このような状況で鬱屈しないでいられるのは、よほど心の強い人間だけだろう。
今回暴動でワイン1本を盗んで歓声をあげ、昨日裁判所で有罪を宣告された子供達は、多くがこういう鬱屈と共に生きているのだと思う。
カウンシルフラットの子供達が鬱屈しているならば、イギリスの納税者達は絶望している。イギリスの税金は高い。年収550万円以下なら所得税は20%、それ以上なら40%(しかも、社会保障関連の支出は所得税収総額を上回っている。なにしろ、上に書いたincapacity benefitだけで1兆5千億円かかっていたのだから)。消費税は20%。それ以外に地方税も取られるし、国民保険料も安くはない。通勤の交通費は自腹が原則だし、会社が住宅補助を出してくれると言うこともあまりない。そういう辛い家計をやりくりしながら、やたら高い家賃を払って暮らしている家のすぐ隣で、無職の人が昼間からぷらぷらしていたりするわけだ(カウンシルフラットは本当にあちこちにあるので)。
それでも、ブレアが政権を取った1997年以降、イギリス人は低所得層との格差を縮めるために税金を投入する政策を支持してきた。小学校低学年は30人学級となり、小学校入学前に児童の学力を底上げするためのプログラム(SSLP)にも1000億円の予算が付き、補習授業は大きく拡充され、挙句には、高校をドロップアウトする生徒を減らすために、出席率が高い貧困家庭の生徒に補助金まで出した。職歴のないシングルマザーにはコンサルティングから面接の訓練まで提供している(一人当たりのコストは10万円)。
にも関わらず、今回の暴動だ。これを「先進国とは思えない、途上国の光景のようだ」と思った人はイギリスにも少なくない。ブレア政権の教育改革がスタートしたのは99年前後だから、今回の暴徒の大半は改革された教育制度の下で育ってきた子供達である。これだけの負担をしていながら、なぜ途上国のスラムのような光景を見なければならないのか。これに絶望せずにいられるのは、やはりよほど心の強い人間だけだろう。
(1) 警察力の強化。これは言うまでもない。秩序を失えば人間は(誰であれ)動物になりうると言うことを、今回の暴動は証明した。ならば、秩序の維持は至上命題だ。先週キャメロンがアドバイサーに招聘したビル・ブラットンはニューヨークで例の「割れ窓理論」の実行部隊を指揮した人であり、警察官の最適配置システムの第一人者でもある。締め付けは厳しくならざるを得ない。
もしこの手の暴動を放置すれば、被害者は自警団を組織する。彼らは武装し、いがみ合い、それが新たな暴動の引き金になる。そうなる前にキャメロンには何とか手を売ってもらいたいと思う。もしかしたらもう手遅れなのかも知れないが。
(2) 社会保障制度の見直し。これは実のところ暴動前から進行している。上で書いたincapacity benefitだが、悪用して海外旅行まで楽しむ輩が多く出た上、一度受給者になると死ぬまでもらえるので、就労意欲がゼロになる。以前から批判が絶えず、キャメロン政権は廃止を決めた(別制度で代替)。ただし、これらの社会保障の削減が暴動の理由ではないというのはマスコミでも一致した見解だ(まだ削減は殆ど始まっていない上、暴徒の大半は親元で暮らしているのでそもそも受給していない)。
上でも書いてきたように、手厚い社会保障制度それ自体が受給者と、その子供や孫の未来までをも奪ってきたという側面がある。そして、この制度は格差の縮小どころか、治安維持という最低限の目的すら達成できなかった。何より、イギリス経済はこれ以上の負担にはもはや耐えられない。ならば、社会保障は削減しつつ、彼らに可能な限り働いてもらうしかない。Benefit Busters (興味のある人はyoutubeで検索すると良い)などを見ているとなかなかに大変そうではあるが、もう選択肢がないのである。
(3) 納税者の復讐。今日キャメロン首相まで”social fightback”と言う言葉を使っていて驚いた。具体的には、暴動に参加した子供がいる家庭に対する社会保障給付の停止。カウンシルフラットからも追い出す。少なくとも感情的には、そして理屈の上でも、そうすべき理由はたくさんある。それが更なる悪循環を招くとしても、あそこまでやられてしまっては納税者の側も収まらない(ちなみに、オックスフォードケンブリッジ卒のエリートはこの手の復讐にはあまり賛同しない。彼らはびっくりするほど穏健だ。怒っているのはむしろ小商店の店主のようないわゆる中産階級に多いような気がする)。鬱屈した子供の暴発を「社会の歪み」を理由に肯定する人は、絶望した納税者の復讐も肯定せねば片手落ちであろうと思う。
最後に、下のtogetterで見つけた以下のコメントについて。
火がつけば爆発するしかないほどの不満を溜め、失うものが何もない奴らがこれだけの数居るんだよ。社会がそれを生んだ。(中略)問題は目の前にそのままの姿である。こいつらのYouTubeを見ろ。音楽を聴け。睨みつけてくる視線に自分をさらせ。
この人の書いたラップの話は、今まで全く知らなかった分野な事もあって新鮮で、興味深く読んだが、このコメントには一言申し上げたい。無茶言うな。暴動明けの火曜日の朝にCamden Townの駅で暴徒の一人とばったり顔を合わせたが、彼の睨み付ける視線にどう応えろと言うのか。プラットフォームのあちこちにどかどか蹴りを入れながら、肩で風を切って周囲にガンをたれながら練り歩いていったが、一個人として彼を見れば、まだ自分を抑制できないただの子供であり、仮にポケットの中に盗品が入っていれば犯罪者に過ぎない。彼らをひとりの人間として直視するなら、そういう扱いにならざるを得ない。復讐の対象にならざるを得ない。むしろ、彼らを一個人ではなく社会現象の一部として扱った方が、まだ冷静な判断は下しやすくなるのではないかと思う。
※ブログに書いたんだけど、誰も辿りつかないと思うので、ここに転載
この記事は、目標が達成のために毎日もがき苦しんでいる自分に向けて書いたものだ。あなたが同じように目標達成に苦しんでいるなら、いくらか役にたつかもしれない。
この記事(新政府の初代内閣総理大臣は建築家!?──坂口恭平)を読んで思った。
突き抜けている人の共通項は「オレのやるべきことはこれだ!」と良い意味で盲進し、そして盲信し続けられる人だ。
上の記事で紹介されている坂口恭平さんは、ホームレスの住まい(つまり段ボールハウス)の写真集を出し、現在は「新政府」の総理である。新政府は坂口さん自身が自分で勝手に作ったものだ。間違いなくヘンな人であり、突き抜けてる。
坂口氏は言う。
でもホームレスたちは自分で材料を集め、最適なサイズを見極め、住まいを作り上げていく。(中略) そんな姿にものすごく興奮したんですよ
ホームレスの住まいに興奮するという感性はもちろん素晴らしいが、そこから「オレはホームレスの住まいを撮りまくるんだ」という行動に結びつき、結果として「写真集を出す」にいたるまでその行動が持続するのがすごい。普通なら、「ホームレスの住まいはすごい!」と思っても、「写真集を出す」という結果に結実しない。
つまり、「目標達成できない人」に共通して足りないのは以下の2点ということになる。
この2つの中で特に難しいのは後者ではないだろうか。何かを始めることは比較的簡単だ。「よし、毎日英語を勉強しよう」「週に3回ウォーキングをしよう」と。しかし、それが続かないのが人間というものだ。
有名な自己啓発書にこんなことが書いてあった。
この命題は、論理的には当たり前のことを言っているだけだ。が、妙に心に響く言葉である。それは、多くの人にとって、持続することがいかに難しいかを物語っているからだろう。
「3日坊主」というくらいで、続けることは本当に難しい。「毎日○○をやる!」と決めて、それが半年間でも続いたことがいったいいくつあるだろう。半年でも続いたら成功としたとき、その成功率はいったいどれだけになるだろう。「ウォーキングをする」「10分英語のニュースを聞く」という、原理的には誰にでもできる簡単な行動であっても、それすら続かない。
私も多くの人と同様に「継続性のない」人間に分類される。粘り強さの無さが目標達成の上で最も大きい障害のひとつだ。この障害がいかに大きいかを自覚して以来、何かを継続している人に「継続するために最も大切なことは何か?」と聞くようにしている。
その答えは千差万別だが、整理すると、以下の2点に集約できる。
まずビジョンだ。継続している人は、それをスタートしたときに、(無意識的にせよ)以下のことが明確にイメージできていることがほとんどのようだ。
ゴール、メリット、日々の活動は継続できない人も意識しているだろう。だが、本当の意味で「ビジョン化」できているだろうか?ビジョンというのはビジュアルという言葉からわかるとおり視覚からきている言葉だ。であるからには実際の映像としてイメージアップできていなければならない。
「東大合格!」と紙に書いて貼るのはいいが、自分が東大に合格したところが映像化されていなければならない。どこでどのような勉強を誰とどのくらいしているか、というイメージが視覚化されていなければならない。
※これはデザイン思考の日本の第一人者である奥出直人教授から学んだことだ。デザイン思考でも、ビジョンを構築する際に、言葉ではなくモノとしてイメージされていなければならないという。
そして、継続できない人の多くがそもそも意識していないのは3番目(マイルストーンの存在)ではないだろうか?TOEIC900点というゴールに対して、700点、800点というサブゴールをいつ達成するかということを明確化しておくのは継続するためにとても大切なことだ。
そして、実はサブゴールを立てることこそが、上記の2(続けることのインセンティブが継続的に存在すること)に直結するのだ。
このことは、どうも心の性質と関係があるようだ。人間は、「達成した!」という感覚そのものが大きなインセンティブになる生き物らしい。
「この製品をデファクトスタンダードにする」という目標を立てるのはいいが、その目標に対する目の前の目標を立てることが継続の秘訣というわけだ。「プロトタイプを完成させる」「○○さんに高評価をもらうまで洗練させる」「1社に採用してもらう」「年末までに○○万円会社の口座にある」といったサブゴールを立てておこう。そしてサブゴールが達成されるごとに自分を褒めよう。いや、褒めることすら不要かもしれない。人間にとって「達成」そのものが実に大きなご褒美なのだから。
とはいえ、である。サブゴールを立てることは、いわば「テクニック」だ。そのテクニックで継続
に成功したとしても、ゴールがあなたの幸せにつながってはじめてその継続は意味を持つ。
良いゴールを立てるにはどうしたらよいか、これはまた別の記事で考えてみたい。
まどマギについては、既に山のような論が出ているが、個人的には、どんな理屈をつけようと、「きちんと作ってある事」につきると考えている。脚本にしたって、演出にしたって、ありきたりなクリシェに依存せず、必要な事を必要なだけ作成し、丁寧に作り上げたことが、あの作品を十分鑑賞に耐えるものにしている。その中から、今回は副題を取り上げてみたい。
通常、副題を付ける一番簡単なやり方は、その回のアウトラインをまとめてしまうこと。その方法は、モーニング編集長によって、まとめられている( http://togetter.com/li/58023 )。
まずは比較として、セーラームーンの副題上位12話を挙げて見る。
とまあ、大体その内容を示唆する単語が含まれ、舞台、または主題がおおまかにわかるようになっている。
これと同じ手法をまどマギに当てはめてみると、こんな感じになる。右には比較として実際のタイトルをつける。
見ればわかる通り、実際のタイトルは何も作品内容を示していない。タイトルだけでは、何が起こるのか、いっさいわからない。じゃあ何から付けられたかと言えば、作品の中で登場人物の感情を最も表現するセリフから取られている。
ということは、サブタイトルについては、おそらくは最初に仮タイトルがつけられ、最後まで脚本が書かれた後から、改めて付け直された思って良い。つまり、一度サブタイトルを再検討する時間がきちんと割かれているという事だ。それだけ適切な時間をかけた作品である事がこの事からわかる。
こういう事が、「作品に手を抜かない」ということなのだ。
軽井沢のキャンプ場で女子会キャンプやるので参加者募集みたいな貼り紙を見た。
そこのキャンプ場のオーナーと話しをしたら近ごろ女のキャンプが流行ってるらしい。
道具を一切持たずテントも張ってもらえる姫キャンプなる集いもあるそうな。
そんなイベントキャンプが行われてるのは整備されたキャンプ場だろうし、行動範囲とは被ってないんでまあ関係ないかなと思って無関心でいた。
山で縦走しててのテン泊ならまだ理解出来るんだけど、日程的にやむをえずとかじゃないのに、女がわざわざソロキャンプをする意味がわからん。
まさか「キャンプをする人に悪い人はいない」とでも思ってるんだろうか。
車中泊やユースハウスでも大して費用は変わらないだろうに、なんでソロキャンをわざわざすんの?
一昨日、久しぶりのキャンプに行った。ツレと一緒だったんで、普段の行動範囲とは別の奥多摩のテン場に泊まったら、次の日の朝テン場がざわざわしてた。
連休中で家族連れも何組かいたし、ファミリックな雰囲気のテン場だったんだが、不穏な空気。
テン場には女のソロキャンパーがいた。本屋で見かけたランドネの表紙に載ってそうな服で、目立ってた。頭にハチマキの巻き方でインディアンみたいな紐を巻きつけた。ツレが言うにはヒッピースタイルらしいがよくわからん。
騒ぎの中心はその女キャンパーで、前日緊張で眠れなかったんだと。そんで具合が悪くなったんだと。緊張で眠れなった理由は隣のテントの男(大学生ぐらい?)が怖かったんだと(実際は何も遭ってないようだがジロジロ見られたり、足を見られたりしたと言っていた)
不審者扱いされた男が実際のところどうだったのかは誰も知り得ないことだったので、女の証言のみで男が窮地に立たされていくのがわかったが、管理人が女をなだめてなんとかひと段落した。
男はすぐに荷物をまとめて発った。
実際のところどうだったのかはわからない。でも彼女が怖いと感じる体験をしたのは事実だろうから、これに懲りてソロキャンやろうなんて考えないといいな。
濡れ衣ってこともあるしね。