はてなキーワード: デイリーランキングとは
http://alfalfalfa.com/archives/4768100.html
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こんな感じでいろいろ話題になってるみたいなので
JPG、テキスト、ワード、PDFなど形式はダウンロード時に選択可能
(ベクターなんかのソフト販売みたいにダウンロードパスでダウンロードとか楽)
支払い方法はコンビニ、PayPal、キャッシュカード、ケータイ払いとか種類多め
ダウンロードサイトはタグ付け機能、レビュー機能、デイリーランキング、マンスリーランキング、販売数カウンターなど
大雑把な評価システム付き、
(口座番号入力すれば誰でも販売可能、通報された場合サイト管理者が判断し販売停止措置?)
他人の作品を売りに出されたらどうするのかとか、問題は多そうだけど
あれば利用したい。
とか、
アート主体(そして、およそ全ての創作者)の個性は、感性、発想、技術の三要素に分解される。感性とは「何を創造するか」、すなわち創作のテーマを決定する意志である。発想とは「創造すると決定した『何か』をどのように想像するか」を決定する思考である。技術とは「どのように創造するか」を遂行する能力である。優れたアート(そして、およそ全ての創作物)は、上述した三要素のいずれかひとつ以上が優れているアート主体によって生み出されると言っていいだろう。
例えば、ここで紹介されているアートを、先ほど挙げたのとは逆順になるが、技術、発想、感性の面から見て行こう。技術については、作品の精巧な彫刻を見れば疑う余地は無いだろう。作者はこれをナイフとピンセットと外科器具によって製作しているというから驚きだ。発想も面白い。石を使う代わりに本を使って彫刻を行ったことだけでなく、例えば医学書から人体解剖図を彫り出すなど、本の内容を作品に生かす点が粋だ。
そして、最後に感性である。これは眼前にある作品から推測するしかない。だが、私は、作者の感性は「引き算と足し算のアート」にあると推測してよいと考える。本来、彫刻というものは引き算のアートである。そこに何らかの足し算(この例であれば、彫刻する対象自身の特性や、イラスト的なワンポイント)を加えることにより新たな価値を生み出そうという意志が、作者のアートには潜んでいる。重要なのは、その意志の良し悪しではなく、その意志がブレずに確固として存在することである。作者の一連の作品を見れば、その一貫性から、意志の確固たる存在は明らかであろう。
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では、黒瀬陽平の、いわゆる「KASANE」アートの技術、発想、感性を見てみよう。まず、技術は陳腐であると言わざるを得ない。なぜなら、他者が容易に解析・理解・模倣することができるからである。既に黒瀬の技術と同等のウェブサービスが公開されていることからも、技術の模倣可能性は疑いようがない(せめて「KASANE」るだけでなく、元画像を切り刻んだり回転させるなどの技術があれば、模倣不可能になったかもしれないのだが)。次いで発想だが、これも独自性は皆無である。画像を「KASANE」ること、すなわち差の絶対値などのモードによって画像群を統合することは、Photoshopなどの画像編集ソフトウェアに機能としてあらかじめ用意されているからである。
さて、最後に感性だ。これはやはり推測するしかない。ここで我々が立ち返るべきは「カオス*ラウンジ宣言」であろう。この宣言には「アーキテクチャによる工学的な介入」という言葉がある。これは「ウェブサービスの作りが人間の思考を規定する」と解釈するべきだろう。ここで言う「ウェブサービスの作り」とは、例えばGoogleであれば「PageRankに代表される種々のアルゴリズムによるウェブページのランキング」、またpixivであれば「デイリーランキングなどの公開ランキング」である。そして宣言にある「アーキテクチャによる工学的介入の結果」というのは、Googleであれば「検索エンジン最適化によって検索結果の上位に順位付けられたウェブページ群」、pixivであれば「ランキング上位を狙った流行ジャンルのイラスト群」と読み替えるべきだろう。こう読み替えれば、宣言の「人間の内面は、アーキテクチャによる工学的な介入によって蒸発する」という言葉は「人間は自身が作りたいものではなく、ウェブサービスが規定する『上位』に位置付けられる可能性が高いものを作るようになる」と解釈できる。これはスパムブログや「ジャンルゴロ」の存在を鑑みるに、決して的外れな解釈ではないだろう。
また、カオス*ラウンジ宣言には。「彼ら(註:カオス*ラウンジから生まれたアーティスト)は、アーキテクチャによる工学的介入の結果に対し、さらに人為的に介入を試みるのである。彼らは、アーキテクチャによって、自動的に吐き出される演算結果を収集する。そして、自らがひとつのアーキテクチャとなって、新たな演算を開始するのだ。」ともある。「工学的」と「人為的」という言葉の差は介入主体がプログラムであるか人であるかの違いを表していると読むのが自然だろう。また、文章構成から二・三文目は一文目の詳説となっているため、「演算」は単に「介入」の言い換えだろう。
ここから必然的に推測されるカオス*ラウンジの、そしてその代表者たる黒瀬の感性は「自らのアート活動(=人為的な介入)によって、各種ウェブサービスの「上位」コンテンツ(=工学的介入の結果)を規定する」ことだと言える。誤解を恐れずに平たく言えば「ウェブサービスのルールを変更する」ということである。これは、例えばGoogleに対してはランキングアルゴリズムの自発的な変更を促すこと、また、pixivに対しては流行ジャンルを変化させること、あるいは創出することを意味している。これだけ見れば、実に壮大な感性である。
では、その感性は、その意志は、黒瀬の「KASANE」アート作品に宿っているか。私はおそらくNOだと考える。なぜなら、彼の作品によってGoogleのランキングアルゴリズムあるいはpixivにおける流行ジャンルが変わったという話を耳にしないからだ。彼の感性が作品に確固として宿っていれば、種々のウェブサービスが彼の意志を汲み取り、動いてしかるべきだろう。ただ、この点においては私の観測範囲が狭いことも考えられる。また、彼のアートを理論的に解析しきれていないことも、私は否定しない。もし、この文章を読んでいるあなたが彼を擁護したいのであれば、ぜひそのようなウェブサービスの動向、あるいは彼のアートに対する理論的な解説を示して欲しい。
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もし、黒瀬自身あるいは他の誰かが黒瀬の感性を示すことができなければ、彼はアート主体としての存在価値を問われる。あるアート主体がアート主体として存在する価値は、その主体の個性=再現不可能性によると言っても過言ではない。あるアート主体にしか生み出せない作品があるからこそ、そのアート主体は他のアート主体と明確に区別されて存在することができるのだ。既に黒瀬の技術の模倣不可能性と発想の独自性は否定されている。その上で感性の不在まで示されてしまった場合、もはや彼のアート主体としての存在価値は皆無である。すぐに、彼と同じ技術と発想を持ち、しかし彼とは異なる感性を持ったアート主体たちが、彼に取って代わるだろう。もし「黒瀬は最初から『KASANE』の流布を意図していた」というような言葉で彼を「擁護」する者がいるのであれば、彼のためにもやめておいたほうがいい。「KASANE」に関する彼自身の発想と技術が否定された今、その言葉は彼のアート主体としての再現可能性をわざわざ示す言葉に他ならないのだから。
http://blog.livedoor.jp/manamerit/archives/65464227.html
竹熊先生だからこういう笑いものにされるのが耐えられないってことはないだろう。
おそらくだが、本人も笑って許されると思う。
ただ、これはちょっと酷いんじゃないだろうか。
割と本気でこういうまとめには不快感を感じる。
今回のまとめを行った意図について、
そらのさんに対してやってるのと何が違うのかまなめさん自身の口から説明していただきたい。
その結果、「まなめさんは面白ければ他人の尊厳を踏みにじることなど全く構わないのではないか?」
という私の受け止め方が勘違いだったということであれば良いのですが。
「竹熊先生だから笑ってゆるしてくれると思った」「笑い話で済むと思った」が返答である場合、
やっていい相手とそうでない相手の基準について説明してください。
「まとめの性質自体に問題がない」という場合、このまとめは誰のためになるのか説明してください。
「荒川智則という名前の人がこれ以上被害を受けないように」という理由だと少しガッカリものです。
「ネタをネタとして(略」という回答であるならば、やらないほうがましなので、機械的にデイリーランキングだけやってればいいよ。
お金がない。
私ちゃんはお金もってないから明日を買うことができないね、って無神経か意図的にかあの子は言う。
他の子は当たりまえのようにみんな買えるのにねって。
ううんそれはちょっと違う、
「当たり前のように」明日をむかえている子はそもそも、
明日を、お金をだして、買って、ようやくむかえているという認識すらないんだよ。
だけど明日って大変なことなんだよって声を大にしてつぶやきたい。
私はなかなか明日を買うことができない、だからこそ身に沁みてよく知っている。
明日になるとかさかさだった左のまぶたの皮膚がなめらかに戻っている。
明日になるとこくまろじゃなくてとろけるカレーで作ったカレーすらおいしくなる。
明日になるとおなかがすいて、温めた白い食卓ロールはとってもおいしい。
あたりまえじゃないんだよ。
たった一晩でたくさんのひとがめいめいにうろうろ動いたりとまったりするんだよ。
また今日も、あとちょっとお金が足りなくって買うことができない。
だからもう24時間、私はきょうを過ごす。いま10月1日を4周半したところ。
あと819円、小銭を数えては待ち焦がれる。
はやく明日にならないかなあ。
ほんの些細な愚痴だ。
私の投稿する絵の多くは、総合点が3ケタで、一番評価がいいものでもなんとか総合点4ケタといった具合だ。
けれど私は今まで総合点やブクマの数などの、評価の比較基準になる『数』をさほど気にしたことはなかった。「一人でちまちまやってるくらいなら不特定多数の人と自分の描く『好き』を共有できたらいいな」程度の気持ちで投稿し始めていたから、たまに観覧数が多い作品があると「同士がこんなに!!!」と、モニタの前で一人こっそりほくそ笑む程度だった。
でも、今日ほど自分の作品に対する評価を悔しいと思ったことはない。
盗作、なんてのは言い過ぎなのかもしれない。
ただの私の自意識過剰で、ありふれた構図を二人して描いていただけなのかもしれない。
そもそも二次創作の時点で盗作なんざ主張できる立場じゃないのも解っている。
でもサムネを見たときに思わず自分の絵かと思うほど似ている絵を、私は盗作だと思わずにはいられなかった。
見るんじゃなかったと思った。
悔しかったのだ。
その絵がデイリーランキングの上位にあったことに対してではなく、「この程度の絵をパクったところで大丈夫だろう。バレないだろう。」とその絵師の中でGOサインが出た事に対してだ。
だって、そのジャンルが好きな人なら誰もが知っているような有名な絵師の絵を、誰が盗作するだろう。
バレることが解っているのにわざわざ盗作する人なんていない。
もっと自分の絵が上手だったら。
たくさんの人に評価されていたら。
もしもそうなら、そもそも盗作の対象になんてならなかったんだろうな、と思う。
それが悔しくて悲しくてたまらない。自分はこの程度か、と思い知らされた気分だ。
「一人でちまちまやってるくらいなら不特定多数の人と自分の描く『好き』を共有できたらいいな」と思っていたのは確か。
実際、私の絵を好きだと言ってマイピク申請してくれた人と交流を持つようにもなったから、当初の目的は達成できている。
でも、今はそれだけじゃないと自分で気が付いた。
もっと、もっと、と、どこかで火が付いているのが解る。
悔しい。
悔しい。悔しい。悔しい。
今は被害妄想に凝り固まってしまっているから、もうこうとしか思えない。
もう少し経って冷静になれたら、この闘争心だけ掬いあげて創作に向かいたいと思います。
きっと上手くなってやる。
昔は暗かったよという話を書いたおばちゃん増田だけど、pixivってのを見たことないので正確にはわからないんだけど、あそこは絵サイトなんじゃないの? しかも一枚絵の。
作家さん作家さんていうし、ゲイの苦悩をうんぬんというものだから当然小説の話だと思ってたんだけど絵の話なのか。しかも素人さん(?)の?
いや、でも、ぶっちゃけ、これはないぜ、という作品が、まあpixivのデイリーランキングの上位に上がっているのを見てですね。
まあちょっと考えろよ、と思った次第でして。
これはpixivで一枚絵を見て「リアルゲイらしさがない!」と言っているわけなのか…?(性器の位置とかもしかして中性的な男性同士が絡むのは本物とは違うとかそういうこと?) それとも1枚ずつコマ割りされた漫画がアップされている、という形になっているものに対しての「リアルゲイらしさがない」なのだろうか。
元増田です。
かなり納得できる意見かもしれません。
しかし一つだけ言いたいのは、私としても、現段階の創作を作家さんたちが続けていくことに、異論はないということなのです。
門外漢としての自覚は、それなりにあるつもりなのです。
いや、でも、ぶっちゃけ、これはないぜ、という作品が、まあpixivのデイリーランキングの上位に上がっているのを見てですね。
まあちょっと考えろよ、と思った次第でして。
いやしかし、どうも私が見る分には、いや根拠はないのですが、門外漢がそこそこに文句を言ったところで、良い方向に修正していけるような力が、あの世界に芽生えているような気も同時にいたしました。
何と言うかそこそこ文句言われても大丈夫なような図太さを感じたのです。その作品の、ある意味大胆な表現。それと、若さに。
能などとは違って、こう言った漫画の文化は若い人たちが次々に新しいものを提案していっているように思えます。
そして、その若さは図太さと同時に柔軟さを供えているような気がしたのです。
それで、ちょっと示唆を投げかけてみる気になったのです。
こんばんは、しがないニコ厨です。
さてさて、EXIT TRANCE PRESENTS CODE SPEED アニメトランスBESTという商品が市場デイリーランキングで、
7/22(日) 5位
7/23(月) 3位
7/24(火) 1位
7/25(水) 1位
と推移していました。昨日からランキングが自動化されましたね。
このアルバム、なぜ売れたかっていうとレビューにもあるように"組曲『ニコニコ動画』"を真似たのかと見紛うほど、
曲目リストが被っているかららしいですね。 あれだけ中毒性のあるものだとCDで欲しくなりますもんね!
ぼくは、昨日はてブ経由でニコニコ動画で行われているオープンソース現象 組曲『ニコニコ動画』
を読んで、そこから見事にハマり、だいたいの動画を視聴しました。
歌ってみた系、素材系、元曲系などなど、ほとんどの動画で上記の商品が市場の上位に上がっていました。
まあ実際に売れているので、当たり前と言えば当たり前か。
でも、左上に来るのを4回くらい連続で見たときは、さすがに違和感を感じました。