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元記事
http://yorogame.blog137.fc2.com/blog-entry-513.html
9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高いこの文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
またこれらの考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い蒼井そらが社会の理想と希望について語りながら、性的な事を行う映像を創ることもまた効果的であるといえる。
その理屈を使って、ネット上で論じられる著作権問題を憲法が持つ全体の利益という視点を重視して、多少厳密さを欠いたうえで語るなら、インターネット上の無料コピーは日本人が一般的に思っているほど、あまり悪いこととも言えないという理屈も導ける。
ネット上の無料コピーによる、著作権侵害が違法であるといっても、動画サイトで見るのは良いが、ツールを使って落とすのはよくないとかそういうのは根本的に考えたら些末な問題でやってることは本質的には同じとも云える。それを差異があるように演出しているのはあまり社会を善くするという意味は無いと云う事もできる。なぜなら、どのような方法であれネット上で無料コピーにより著作権を侵害するという行為によって逮捕される人は現状、全然居ないに等しいからだ。なのでこのような違法としていて一部はそれを遵守せよ!と感情的になっているがその視点は近視眼的ということもできる。そういったあまり根本的に考えなていない意見によって脅迫をかけるような同調圧力と化していると思う。全体の利益という視点を重視したら、違法としててもろくに取り締まりもおこなっていないやったもん勝ちみたいな、現状の無料コピーに対する意識というのは不自然です。赤信号は場合によっては無視してもいいという意識は誰でももっているように、無料コピーにしても、目立つ形でやった人間以外ととても運の悪い人以外には、取り締まりなど無いに等しいから、やるのは個人の判断で赤信号を渡ることと似たようなこと。という意識を多くの国民がもっていたほうが国家としては健全だと私は思う。その国民の意識に応じて法を変えれば良い。
そのようなそこの浅いときに、脅迫的ともいえる同調圧力意見というのはネットにはありふれていて、その思考方法を変化させるためにも、国家はどうあるべきかという形を分かり易く国民全員に伝えなければいけないと思う。
(終わり)
日本のメディア間の隔絶について 日本のおけるネットとオールドメディアの最適な関係の構築方法の模索
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネット、TV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、Permalink | トラックバック(0) | 04:44
結婚したので流石にもうエロゲはやれないと諦めてるけど、ランスだけは続きが気になる。
一体いつ完結させる気なんだアリスさんよー。後はヘルマン編と魔界編?何年かかるんだ?
コンシューマ含めたってこれだけ長く続いていてかつストーリーが続いているゲームなんて無いよなあ。
既に今のエロゲ流行から外れまくってるのに、あまりに長引いたら流石に時代に着いて行けなくなって
人気落ちて出せなくなるんじゃないかと心配だ。私が心配する事じゃないけども。
6だか戦国の時点でメインヒロインが非処女なんて糞とかヒロイン別ED無いなんて糞とか(戦国にはちょっとだけ分岐あったけど)言われてたしさー
※一般的な番組をスキル、アニメ等のオタ向け番組は特殊性が強いので回復スキル、韓流をPK用スキルとしています。
実装直後から現在に至るまで、華やかで攻撃的なスキルを揃え続け、その殲滅力の高さから最強厨に人気なクラス。
反面、非常に打たれ弱くちょっとした反撃ですら瀕死に陥ってしまう為、他クラスから見て「なんでそんなに必死になるのか」という行動をよく取る。
このゲームの人気に陰りが出始めた頃異動してきた新たな責任統括が、それまで狩り中心だったゲームを「金が搾り取れるから」という理由で、PK推奨ゲームに転換する方針に。攻撃が売りで最強厨御用達のこのクラスはガンガンPKスキルを増やして行き、PKの代表格というクラスに。しかしPKアレルギーのある多くのユーザーから猛反発を食らい、匿名掲示板等で集中して叩かれる存在になった。ただし、このクラスを選んでいるユーザーは最強厨が多い為、叩かれたら倍にして叩き返すという行動を取る者がほとんどで、ゲームは混沌とした状態になっていった。
また、規約違反や重度な迷惑行為で垢BANされたのが多いのもこのクラスの特徴。
基礎体力が高く、めったな事ではバテないクラス。
覚えるスキルは良くも悪くも安定感のあるものがほとんど。スキル実装直後にすぐテコ入れが入り、最終的には全く別物のスキルになっている事も少なくない。
他クラスと決定的に違うのがクラス固有クエストであり、感動を誘うのが狙いとするお涙頂戴シナリオが特徴。尚、クエストを進めるにあたり、ハンパなく長い移動を必要とする為にユーザーからは「マラソンクエ」と呼ばれている。
PKスキルはそこそこあるものの、CXほどの量があるわけでもなく内容も無難な為、叩かれる事はあまりない。というかCXが目立ちすぎて他クラスのPKスキルがあまり注目されてないのが現状である。
とにかく全てにおいて無難なクラス。ただし回復スキルは性能はそこそこだがMPコスパが悪い。
実装直後は強力なスキルを所持し、全クラス最強の能力だったが、アップデートが進む度他クラスが強化されるのに対し、過去のスキルと似たり寄ったりなスキルや、他クラスの劣化二番煎じのスキルばかりが増え、現在は最弱と称されるようになった仕様に泣かされたクラス。このクラス同士が会話すると、大抵は「あの頃はよかった」話になってしまう。所謂懐古厨が多い。
しかし、過去、重大な不具合を起こしたスキルに対し、急遽用意したやっつけ程度だった新たなバフスキルが、主婦プレイヤーの間で大ブレイク、以後このクラスの代表的スキルとして現在も愛され続けている。
最近、回復スキルの量を増やし、第2のヒーラーとしての役割を担わせるんじゃないだろうかというアップデートが多い。
戦闘用スキルよりもそれ以外のスキルを得意とするバックパッカー系クラス。特にギルド運営に役立つスキルを豊富に持つ事から、政治ゲーを楽しみたい人に選ばれやすい。
しかし時代の波には逆らえず、戦闘スキルがどんどん増え、それと同時に回復や非戦闘スキルは徐々に減っていった。
ある時期から戦闘力を上げる為に召喚スキルを増やし始める。この召喚スキルがなかなか強力で評判が良く、徐々に人気クラスへと変貌していく。しかしあまりにもサモンが強い為に「サモンが本体」「サモンのサモンによるサモンの為のクラス」と揶揄される事も。
PKの押し付けの時代に突入しても、サモンが強力すぎた為にPKスキルはあまり実装されなかった。今でもサモンに頼り切った戦い方が中心である。
ただ、あくまでバックパッカーとしての役割にこだわり、戦闘以外のことに集中するユーザーもまだまだ少なくは無い。
とにかく回復スキルが豊富なクラス。他クラスとは一線を画している。
しかしヒーラーとしての悲しき性か、戦闘スキルは貧弱で、尚且つ狩場を限定しているものだらけであり扱いづらく、このクラスを選んでるユーザーは少ない。
実装されてから全くコンセプトが変わらないのが特徴。ただひたすらにマイペースを突き進む。たとえどんな酷い状況でもヒールし続けるその姿は「それでこそ俺らのTX」と賞賛を浴びる。しかしマイペースというのは自己中心的という事でもあり、規約違反行為をする者も意外と多い。
PKの時もやる事は変わらない為、「PKなにそれおいしいの?」状態である。
「総合」「教育」「BS」と切り替えができるサブクラスシステムが導入されており、一人で何でもできてしまう為、ソロユーザーに好かれている。
実力はあるものの実装当初のスキルは独りよがりな上、とにかく地味で人気はイマイチだった。しかしアップデートが進むたびに、ユニークさを押し出したスキルが増え、一部のプレイヤーから熱狂的な人気を集めるクラスになった。戦闘、支援、回復スキル全てにクセがあって個性が強く、初見で「これはNHKだな」と一発でバレるくらいである。
実はPK押し付けブームの前からPKスキルを所持してたりする事は有名。現在はPKスキルをサブクラスに押し付けている。
ソロ向けクラスのはずなのに、何故か戦争クラスの集団対人戦にはめっぽう強いスキルを多数所持している。実は戦争好き。
このゲームは、超大型アップデートで画像が綺麗になったものの、過疎化が進み売り上げが落ちているのが、現在の運営の悩みである。
●このエピソードではイタルがかなりおもしろかったね。フェイリスにいきなり秘密の情報をしゃべっちゃったりさ。リンタロウの電話の場面もすごいおもしろかった。ってことで、D-Mailを使って、フェイリス・ホイール(訳注:観覧車をフェリス・ホイールといいます)が回り始めたってことだ。すごい回転だね。IBN5100のおつかいクエストが再度できちゃったってことは問題ない。ルカの性別を変えるかって?もちろん、するに決まってるよ。でも世界一のオタク文化の街からオタク文化を取り払っちゃうって?それはやりすぎだろ。俺たちオタクには、集まって、協力して、騒ぐために、アキバみたいな場所が必要だ よ。扇風機のファンじゃあ俺達ファンは納得させられないよ。(訳注:うまいこと言ってます)
クリスについては、その精神の強靱さをほめてあげたいね。俺は4chanに8ヶ月もいられなかったけど、彼女はどうやら2chanの常連みたいだ。鋼の意志が必要だよ。
●うわぁ、この「バラフライ・エフェクト」のイメージにだんだんぞくぞくしてきたよ。
アキバからモエ文化が消えた最後の数分を見てなかったの?キョウマが会ったことがなさそうなフェイリスの父親が居たことは言うまでもなく。
ここで眠くなってしまいました。みんな結構興奮してアキバからモエ文化が消えることについて書いてました。希望あればさらに訳しますが、明日あたり。ということでおやすみなさい。
半分正解だが半分間違ってる。
ロワイヤル系をやる時には、自分のプレイスタイルに応じた「属性」を選択させ、その属性を重点的に伸ばしていくことによりプレイにかかるストレスというのは大幅に違ってくる。
具体的には、たいてい「行動力」「攻撃力」「防御力」という3つのステータスがあって、これがレベルアップ等で伸ばせるんだが、
「行動力」が高いと、ゲーム内でのクエスト進行速度が速くなる。
「攻撃力」が高いと、ほかのプレイヤーから財産を奪いやすくなる。
「防御力」が高いと、他のプレイヤーから財産を奪われづらくなる。
であり、短絡的に行動力だけを伸ばすようなプレイスタイルだと、増田が言うように「攻めるタイミングをうかがい、常に守りの体制を維持しなければならない」という緊張感で満たされてしまうことになる。
ただ散発的にプレイしたいのであるなら、防御を棄てて攻撃力に振るのが一番楽しめる。その代り、防御を棄てているので手に入れるものと出ていくものの比率がおおよそ同じでありゼロサムゲームに近い。
プレイ速度を犠牲にする代わり、守りの緊張感を失くしたいのであれば防御力に振るのが「精神的に楽である」。そして、着実に財産を築けるので、たいていの初心者は防御方面にステータスを振る。
そんなのはプレイして一時間もすれば気づくようにDeNAの中の人により角度とかが設計されてるんだが、増田のようなもんはやらずに批判しようとするから性質が悪い。
2chで神ゲーと名高いXenobladeをやった。プレイ時間100時間超。ここまでくると相当楽しんだろうと思うかもしれないが、実は、やっている最中から危機感を覚えていた。
最初に言っておくと、僕はFF12を神ゲーだと思っているくらいなので(ストーリーの最後はいただけなかったけど)、多少ひいき目なところがある。
このゲームを一言で評すると、「JRPGに必要な要件を外さずに詰め込んだ作品」、裏を返せば、「革新的なところが何一つ無い作品」。Xenobladeにある要素は、ほぼ全て他のゲームで体現されていたものばかりで、「ここが他のゲームと違う」というところがほとんどない。ビジョンのシステムが他には無いかもしれないけど、実は、ビジョンを全て無視しても、ゲームは成り立つ。だから、これが革新的とは思えない。
他に欠点をあげると
結局のところ、「意欲作」という気がしなかった。なぜ、今、このご時世にこんなコテコテのJRPGを作ったのか理解に苦しむ。任天堂がFFを取れなかった分を補うものとしてJRPGを要望したのかもしれないけど、それにしたって、特徴が無い。FF7あたりを現代的なJRPGの出発点とすれば、バトルがシームレスになっただけで、10年間何も進化してないのではないか。
そして、もっと問題だと思っているのが、こうした保守的な作品を歓迎しているプレーヤーたち。これを絶賛できる人は、ゲームに新しいものを求めてないんだろう。そして、そういうゲーマーに迎合しているうちは、ゲームは進化しないだろう。もちろん、他に進化し続けているゲームはあるから、まるでゲーム業界全体の話題として語るのは杞憂なんだけど、でも、プレーヤーは反省してほしい。
モバゲーだからで思考停止して何も調べずにあれこれ言ってる人が多いのでちょっと調べてみた。
なお一度もプレイしていないし、プレイすることもないので間違えていることも多いと思います。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110105-00000729-yom-soci
3つの派閥(肉体・頭脳・セクシー)から自キャラを選んで、ミッションをクリアしてお宝を集めていく。
お宝は確率でしか手に入らない上に、派閥ごとに手に入るお宝が決まっているのでミッションだけではコンプリートすることはできない。そこで目的のお宝を持っているプレイヤーから奪い合う。
お宝にはいくつものシリーズがあり、7種からなるシリーズをコンプリートすると特殊なアバターアイテムなどが手に入り、それ以降そのシリーズのお宝は奪われなくなる。多くのシリーズをコンプリートさせるのがゲームの目的であり、コンプリート特典のアバターアイテムがモチベーションとなっている。
お宝を手に入れる手段は3つ
ミッションをクリアしたり、他プレイヤーを仲間にすると「手下」3人が増える。
この「手下」をお宝の攻撃・防御に配分するのお宝攻防の肝となる重要な要素で、仲間は増やすほど有利(レベルごとに仲間上限がある)。
また仲間はミッションクエストで駆けつけて応援してくれたりもする。逆に仲間と縁を切ると「手下」が5人減るペナルティがある。
仲間プレイヤーに「ウインク」機能でメッセージを送ると自分の「手下」が回復する機能があり、これによってプレイヤー間に絆を作ることにゲーム上のメリットを作っている。仲間を外させることにペナルティがあることもあって、仲間が増えるほどゲームをやめにくくなる効果があるのかもしれない?
お宝を相互に交換するトレードする機能はなく、一方的にプレゼント機能しかないため、仲間の間で効率よくアイテムを交換して進めるという手は使えない。
基本的にはダブった親愛の証としてお宝を配ることで仲間との関係性を強化するためにあると思われる。またお宝をプレゼントできるのはシリーズのうち5種類未満しか揃ってないものだけで、プレゼントだけでコンプリートはできないようになっている。
このSNSコミュニティとゲームが噛みあっているゲームデザインはなかなか絶妙だと思う。
つまりこの制約によりシリーズを5種類程度まで集めるのは難しくないのだけど、そこからコンプリートするためには、自分のアイテムが奪われないうちにいかに他人のアイテムを奪って2種類を埋めるか、という戦略性が必要になる。
レベルが上がるとプレイヤー人口が減るため、アイテムの出回り自体が少なくなり、特にレアリティの高いものについては奪い合いも活発化する。この希少価値がRMTの温床にもなっている。
お宝の攻防は「手下」と「罠」。
「手下」を「ミッション要員」「攻撃要員(他プレイヤーからお宝を奪いにいく)」「防御要員(お宝を守る)」にふりわける。
相手の「防御要員」より自分「攻撃要員」が上回ればお宝奪取が可能なのだけど、ここで3点ほど留意すべき点がある。
まず「罠」、これが仕掛けられていると攻撃に成功しても問答無用で敗北する。
そして「派閥相性」、肉弾→頭脳→セクシーというジャンケン関係があってこれが作用すると一定確率で問答無用で負ける?
最後に「警察」、相手の防御要員に比較して多すぎる攻撃要員を派遣すると警察に捕まってしまう。
これにより手下数の多い廃人プレイヤーが初級プレイヤーに対して一方的に有利にならないような仕組みになっている。
使い捨ての罠はミッションで手に入るものだけでは足りなくなり、お宝を守り続けるには課金罠を買う必要がでてくる。
課金装備のレンタルも必須ではないのだけれど、レベル上げの時間を短縮して先に進められるならと気軽に買う人が多い
結果として、終盤のお宝やコンプリート特典のアバターは数万円の納金、数十時間~数百時間分のプレイの結晶であり、一見めちゃくちゃに見える値段も実はプレイ時間を時給換算するとそこまでおかしくもなかったりするんだと思う。
ただこれは怪盗ロワイアルという場がこれだけ連日CMをガンガン流して賑わっている結果であって、怪盗ロワイアル自体が下火になれば当然一連のアイテムの価値もなくなる。
携帯ゲーム市場は仮想アイテムが数万でやりとりされるチョロい情弱商売だ、というのは間違い。
ただのデータに過ぎないものに多くのプレイヤーがこれだけの価値を見出すまで熱狂させた、そういう劇場型演出が商売の本質で、簡単に真似できるものでもないだろうと思う。
「アイテムを奪い合うゲームじゃないの?詐欺られたならそれもゲームの一環でしょ?」という風に考えていたけど、もっぱら詐欺られるのは、奪い合うお宝ではなくて、課金アイテムのようだ(?)
お宝を引き換えに課金アイテムの「罠」や「課装備」をプレゼントして欲しいと持ちかけられ騙されることが多いようだ。
面白い手口だと高レベルの自分が仲間になってあげるから、「課金装備」を貢いで欲しいと言って逃げられたりとか。
怪盗ロワイアルはリアルタイムに時間が流れ、常にお宝を奪われる可能性があるため、罠などお金がいくらあっても足りないのだろう。
月10万近く費やしているという例は特殊なのかもしれないが、とにかくゲームを有利に進めるためにはリアルマネーが必須というゲームだ。
しかし小中学生など基本無料と聞いて遊んできたプレイヤーは、レベルを上げるうちにこの課金の壁にぶつかることになる。
そこで詐欺を働いて無料で課金アイテムを手に入れようとするプレイヤーが増えているのではないだろうか。
ただのゲームデータなら無理。課金アイテムの詐欺に関してはメイプルストーリーの前例があるのでググってください。
課金アイテムを「ゲーム内データ」とみなすか「ゲーム内でサービスを受ける権利」としかみなすかによって責任が問えるかどうか変わる。
それでなくとも法整備がまったく進まず、警察に持ち込んでも専門家がいないとかで話が進まないことが多いので、
被害者の多くは泣き寝入りするか、掲示板などで詐欺師などと糾弾してゲームから排除するという手に出るんだろう
仲間の数が重要そうなこのゲームで風評被害は致命的なため、詐欺を働き続けるのは大してメリットがないようにも思うけどどうなんだろう?
出回ってるミッションバトルの戦闘画面だけで見れば「何この数世代前のゲーム」という感想が正しすぎると思う。
いや数世代前でも例えば隠しルールが豊富で戦術次第で低レベル攻略がいくらでも可能なFF5やロマサガ2のデザインは美しかった。
でもそこまでの戦術・戦略を求めているユーザーがどれくらいいたんだろうか?8-15の法則も知らずにニコニコ動画で眺めて分かった気になってる人だけじゃないの?
ゲーム自体は単純に、分かりやすく、お宝の奪い合いをメインにコミュニティの面白さ(=中毒性)に重点を置いたのが怪盗ロワイアルだと思う。
コミュニティまで含めたゲームデザインとしては秀逸で、それをマスマーケティングで最大限に引き出せた結果がブームなんだろうな。
もう少し突っ込んだ内容。
TOW肯定派
│
│ ├松野の手がけたシリーズは全部面白かったよ(オールプレイ派)
│
│ └15年待ったよ(あわよくば次回作派)
│
│ ├追加要素が楽しみだよ(リイマジネーション派)
│ └どんなことでも受け入れろ否定は許さないよ(狂信者派)
│
└PSPで出るなんて最高だ(ゲ派)
TOW否定派
│
├新規要素が不安だよ(追加要素否定派)
│ ├W.O.R.L.DやC.H.A.L.I.O.Tなんかいらないよ(取り返しのつかない要素を愛する派)
│ ├合成が嫌いだよ(マンドクセ派)
│ └SFC版から少しでも変わってたら嫌だよ(VCで幸せになれる派)
│
│
│
│
└元々嫌いだよ(完全否定派)
かれこれ、初代ポケモングリーンをやったのが最初で最後だったから、今回ポケモンブラックをプレイしたのはもう12年ぶりくらいなんだろうか。
いろいろ感じたことは、ポケモンとは今までのRPGの集大成だということだ。
とりあえずエンディングまでは辿りついた。
まだまだ冒険は終わりではないらしい。。
これからは順不同で自由度の高い旅が用意されているみたい。
出会いを求め、伝承を辿り、新たな発見を求めて冒険がずっと続いていく。
近作のポケモンでコンピュータRPG史上初めて導入された画期的な要素ではないけれど、このエンディング後のパートが大きいのは特徴的だ。
一本道の必須パート+エンディング後(あるいはエンディングの前から)に自由なパート
例をあげれば、クリアした後も、エンディング後にいけるようになる隠しダンジョンや、クエストとよばれる小冒険を続けることでストーリーテリングの楽しさが去った後もゲームの面白さを維持できる。
もともと、自由なパートが置かれる以前でもPG(ここではドラクエに代表されるRPG)の魅力の1つは探索だった。
今回、ポケモンブラックホワイトでエンディングまでに巡ることが出来る町はマップにある町のたった3/4ほどだ。
もちろん、通信機能を使ったクエストも用意されている。
ドラクエでいえば3、FFでいえば5、自由度の高い育成要素を加えたゲームは面白い。
反面、キャラに自由度を持たせることは、人格を定義しにくくなる。
ドラマパートでは勇ましいセリフを言うけれど、戦闘シーンでのジョブは遊び人だとか、移動シーンでは鎧を着てるのに戦闘シーンでは魔法使いのローブを着ているとか。
どんなにポケモンを鍛えようと、どんなポケモンを育てようと、主人公の人格に違和感はない。
パーティメンバーに過去の設定をつけないという意味では、DQ3のルイーダの酒場システム(Wizのが古いしギルガメッシュの酒場というべきか)と同じのはずだが、ポケモンのほうが自然とキャラへ感情移入が出来る。
流石にそこは人間と獣の差、獣はペットを飼う感覚で従えることができるが、共に冒険する仲間にはそれぞれ世界にたった一つの冒険する理由が欲しい。
戦闘員と主人公を全く切り離し、戦闘員を非人間にすることで完璧な解決を図ってる。
(3)狭い世界
RPGにおける世界の広さは、スーパーファミコン時代が一番広かったと思われる。
主人公が住む世界が地球規模(船や空を飛んで一周できる)で、さらにもう1つ、あるいは二つ同じように地球規模の異世界が次元をまたいだり時空をまたいで存在し、同じように人の営みが用意されていた。
ところが、それ以降は世界の広がりはない。
むしろ、ある外界から隔たった特定地方を舞台にすることが増えてきた。
おそらく、僕らの住む現実世界のようにいろんな人がいて、いろんな思想、派閥が存在する世界の諸問題は、魔王を倒せば解決するような単純なものではないからだ。
狭い、人の繋がりの密な世界の温かさ、かといって冒険が不自由なわけではない。
世界が狭いからといって、すぐに退屈してしまうことはない。
僕が子供の頃に近所の廃屋や林を探索していたときには退屈さを感じなかったように。
(4)古きよきターン制
ポケモン廃人がパラメータからダメージを計算できるように、極めて厳格なルールで動いている。
パラメータと行動の結果がほとんど予想可能なまでにすることで、カードゲームのような戦略性が生まれている。
そこに、僅かに1つ2つ、(僅かであるのがミソだ)乱数で決まる要素を加えることで、興奮が高まる。
テーブルトークRPGから伝統的な古きよきターン制だ。
しばらく気付けなかったが、風来のシレンのようなダンジョンRPGに通じるものがある。
なにを、何回、どういう順番で、行うか、それをプレーヤーに考えさせる。
MP制でなくPP制にしたのもそのせいだと思う。
もちろん、これが対戦という状況においてさらに頭脳戦の楽しさとなるだろうことは想像に難くない、
(5)通信要素
思えば、初代ポケモンのグリーンとレッドの2バージョンを用意することで、通信なくしてコンプリートできない仕様にしたのは画期的だった。
最近だと、インターネットにより携帯機でなくとも通信は可能になったけれど、ネットワーク利用で面白さを倍増させることに関しては、これ以上のゲームはなさそうだ。
面白さを倍増と書いたが、累乗といっていいかもしれない。
ラブプラスがDSの特性を最大限生かしたゲームとか言う意見を聞いたけど、そんなレベルを遥かに上回る。
やりこみ要素が強いのに、廃人も初心者も、小学生も大きなお友達も、みんな楽しめる。
以上、近作のポケモンでゲーム史上画期的というようなシステムはない。
ただ、集大成だ。
そのクォリティが高すぎて、RPGというよりもポケモンという新しいジャンルだと言っていい。
しかし、おそらくこんないろんな要素を絶妙なバランスで詰め込むのは他社には出来ない芸当だったと思う。
どうせ子供向けだろとか、グラフィックのドットが粗いとか、そう思って見向きもしてないだろうけど、みんなポケモンやってみてくれ。
http://2chcopipe.com/archives/51302970.html
おしゃれクエスト -オタクファッション脱却指南書-というまとめが微妙に面白かったので、自分の場合どうやったか公開しておく。スペックとしては現在36歳独身男だ。
学生向けの激安ショップで友達とショッピングをしていた。イメージとしてはライトオンみたいなところだ。
3着くらいの服を持って、財布を見せて、これ全部欲しいけど金ないんっすよ!と言えばショップのおじちゃんやおばちゃんが1着くらいはおまけでサービスしてくれるような店が主な狩場だった。
この頃はオタクっぽい友人ばかりだったので、その中ではセンスがある、とかカッコイイと言われていた。ある意味黄金時代。
当然金がないのでオカンの買って来た服も大事な服だった。
ダイエー、洋服の青山、ジャスコの3つが全ての狩場だった。他は眼中になかった。
学生向けのショップではなく、ちゃんとしたスーパーで買うことがオトナだと思っていたような気がする。
ショップオリジナルっぽい意味不明なブランドの服をベースに、ハッシュパピーやラコステなどの高級服をときどきビビリながら買っていた。
当然一着5000円もするような豪華な服など買えるわけもなく、3000円くらいの服とオカンの買って来た服を長年織り交ぜながら四苦八苦する。
てんやなどのカウンターに座っても店員からはアウトオブ眼中で注文しても無視されるという空気のような存在として扱われ、ファッション経験値を貯めてレベルアップしなければならないと思い知る。
まず敵を知ることから始めようと、メンズノンノを買うようになる。
ファッション誌ではないが、BRIOも定期購読するようになった。
はじめはいわゆるモード系やヒップホップ系を見ると虫唾が走るような気持ち悪さがあったが、経験値欲しさからこれが正常なんだと念じながら頑張ってガン見して慣れるよう努力した。
半年ほどである程度ガマンできるようになったので、まずアニエスでシャツとパンツとベルトとマフラーを買った。
その後J-CREWでもパンツを買ったので、とりあえず人並みになれたような気がした。
丸井に入ったところまではいいが、組み合わせが分からないので、適当に目のあった女性店員に全身コーディネートしてもらった。
偶然にもそのブランドの関東エリアマネージャーという顔のきく人だったので、他の店舗に堂々と入っていって、これがいいとか似合わないとか着せ替え人形のように着せられながら、靴の合わせ方など色々とアドバイスをもらった。
その後は下着はVISARUNO、アウターはタケオキクチ、イーストボーイをベースにロートレアモン、ポールスミスなどを組み合わせていった。
調子に乗って全身丸井で固めてビームス、エディフィス、シップス、ユナイテッドアローズにも突入を試みたが、ことごとく店員にガン無視されてまだまだレベル不足だなと思い知った。
話がそれるが、ずっとジーンズはボブソンのふわふわソフトタイプだったが、この頃にはじめてエドウィンのスタンダードを買った。
渋谷西武や新宿伊勢丹にも出入りするようになり、ブランドの幅が広がっていき、スーツもマージマサトモやアレグリなど10万円コースで固めていた。
既にファッション誌はメンズノンノを卒業し、MRミスターハイファッションを見るようになった。
この頃買ったジャンポールゴルチエやヨウジのコートは今でも時々使っているが、美容室などで褒められることがありちょっと嬉しい。
美容室も当時考えられる最高峰のテレビなどで有名な南青山の美容室にしていた。むしろ青山周辺ならどこでもよかった。後悔はしていない。
そして難攻不落と聞いていたコムデギャルソンも難なくクリアし、このデザインいいっすねぇ!などと店員と談笑していたが、実際は何がいいのかさっぱりわかっていなかった。
そのためコムデギャルソンは買うだけ買って一度も着たことがない。
ここで突然事件が発生する。
調子に乗っていて罰が下ったのか、人口7万人程度のド田舎に転勤させられたため、服の購入頻度が一気に低下する。
出張先の駅ビルなどでワイズやイッセイミヤケ、グッチやエルメスを買う日々が続いたが、この時期は服オタから脱却するとても重要な期間であった。
クワを持ったおっさんが商店街を歩いていても、全身ヨレヨレのジャージやスウェットで歩き回る人々を見ても、特別違和感を感じないようになったのである。
さらに全く関係ないが生まれて初めてナンパをしたのもこの時期である。
特に作戦があったわけでもなく、我慢できなくなって突発的に声をかけてしまっただけなので当然瞬殺されたが、人並みの人生を謳歌していることに気付き興奮して夜眠れなかった。
美容室のおねーさんにアニエスやワイズが好きなら無印良品はどうかと教えられ、近くの無印に通うようになる。
下着やシャツは今でもメインに使っている。TPOを問わない無難な品揃えがうれしい。
狩場が少ない影響で欲しいと思う服がなくなり、イオンやライトオンでMFEやPLUS ONEを買うようになる。
売り場面積の都合で品揃えがいいので、極度のデザインセンスや品質を問わなければ思い描いたイメージに近い服を探せることが多い。
この時期には完全に頭の中がモード系からカジュアル系に移行していたため、ちょっとダサいかな程度にしか感じない。
イオンで捨て値で売り出されていた青島コートを買ったのもこの時期だ。
話題の国民服がたくさんあって驚いたが、フリースとヒートテック以外はあまりいいものが見つからない。
とくにグラデーションのネルシャツみたいな服の肌触りとセンスはひどいと思った。
まだまだ私にはレベルが高すぎて勝てる気がしない。
とりあえず初日なのでTシャツを買って次回につなぐこととした。
経験値稼ぎと卑下することない。
実際に旅行だったり見た目だったり語学だったり、単純な経験値稼ぎではなくて数々のクエストをこなしてレベルがあがってるじゃないか。
まあ、単純に彼女にとって容姿が好みじゃなかったら、今度はいかにコミュニケーションをとって、そして相手にいい印象を与えるかが重要な気がする。本来であれば経験値稼ぎと彼女へのアプローチは同時に進めるべきなんだと思うよ。コミュニケーションとらないと、彼女の人生の方向性っていうのがわからないから、元増田がやってきたことと相反する好みだった場合に無駄足を踏むことになると思う(もちろんそれはそれで経験なんだけど、余計なクエストをこなしてる感じなのか)。
最終的には相応か不相応かってことで決ると思うんですけどね。
ここ1週間ほど、ドラクエ9の中毒になってた。起きている時はずっとドラクエばかりしていた。
ちょうどお盆休みだと言うこともあるけれど、異常にハマりすぎてる。
某所では「ドラクエは終わった」だの「なんでDSにしたんだよ!」という声が飛び交い、
あまり期待してなかったのだが、感想は間逆。物凄く面白い。むしろ、DSで良かったと思うぐらい。
ドラクエはこのぐらいのグラフィックでちょうど良いと思う。全然違和感なかった。
あと(めんどうだけど)クエストと宝の地図のアイディアは凄いと思った。
これらがあることで、”飽き”を抑えることが出来る。
wifi通信で定期的に配信されるそうだし、しばらく楽しむことが出来そう。
次回作では、ドラクエ8にあったようなバトルコロシアム?や天下一武道界みたいなのがあれば面白いと思う。
自分のパーティーと誰かのパーティーとが戦い、勝ち上がっていくという。
優勝者にはゲーム内で使えるアイテムとか、今回のような宝の地図がもらえるとか。
とりあえず、ハマり過ぎて盆明けてちゃんと仕事に復帰できるか心配です。
もう既に情報出回ってるだろうから、既知の方も多いと思いますが、せっかくなので増田でまとめてみようかと思います。一応ネタバレは最小限に留めて書いてあります。
アイテムコンプだとかクエストコンプ、称号コンプあたりは難しそう、でもモンスターを全種類倒す程度なら簡単そう!と思ってコンプを目指すと……、ソロプレーではほぼ確実に氷・水あたりの宝の地図の深層にしか出てこないモンスターで詰まる。
「大いなる」だとか「残された」だとかをDSと宝の地図表を見比べながら探して、ようやく入り口を見つけた中身がだいたい「洞窟」か「遺跡」。これはちゃんと偏る仕様になっていて、氷か水の出る確率はそれぞれ10%程度らしい。
水か氷のマップを見つけても、1階にいる雑魚モンスターのレベルが低いと深いところまで進んでも目当てのモンスターは出てこない。
1階から強力なモンスターが出てきても、途中で終わってしまうマップが多く、小躍りしてドキドキしながら進んでも、階段を下りた瞬間に音楽が消えてボス階、ということも。
名前だけで深層モンスターが出る可能性があると判別できる地図もあまり出てこないし、地図を1つ手に入れるのにも地図のボスを倒さないといけないし。頑張っても1周10分くらいかかる。
しかも、配信ボスとか出てこないと100%にならないしね。チートで出された地図もらってクリアすれば別だけど。
討伐コンプは、すれ違い通信で地図をもらえばリストを埋めることはできる。
ソロプレーでは困難だけど、結構モンスターリスト用の地図配ってる人もいるし、難易度はまだ低いほう。
8でも集めたし、9はレシピから錬金できて楽だからこっちもやってみよう、とか安易に思うなかれ。
それはあのポットによるハニートラップだから。
錬金の元となる武器・防具を集める作業が鬼。
武器は、まだ易しいほう、といっても宝の地図の深層でしか出ない特定の宝箱から低確率で出現する元武器を、剣からハンマーだとかまで全部そろえないといけないんだけどね。
それでも、中断技や神地図の解析でコンプリートはしやすくなってきている。
問題は防具のほう。
黒龍丸やイデアラゴンなど、宝の地図のボスモンスターがそれぞれわずか2%の確率で落とすレア防具を、ひたすら狙い続ける。その数10個。
だから、意外とスライムジェネラルが出て、しかも浅い階で早くボス階層までたどり着ける地図とかが、今人気があったりする。
深い階層まで行って、ボスを倒して、地図をセットし直して再挑戦、そのループをひたすら繰り返してレアドロップを待つ。マジマゾ。
魔法戦士の超必殺を利用して1回の戦闘でレアドロップを狙う手法も確立されているけれど、必殺の扇(レア武器)を4つ用意して魔法戦士の転生証を手に入れて、など開始するまでに手間がかかる。まあ、錬金コンプしようというのに比べれば、魔法戦士の転生にかかる手間なんて屁みたいなものなんだけど。この方法も、全員の必殺が出揃うまで待ったり、超必殺出してもレアドロップ確定メッセージが出るまで繰り返さないといけなかったり、忍耐力が必要。ちなみにレアドロップ確定率は10%。
最強武器・防具は、元素材にオーブとしんかのひせきを錬金することにより、作れる。
だから元素材となる武器・防具が集まったら、次はオーブを集める。
シルバー、イエロー、グリーン、パープル、ブルー、レッドの6種類。これは「魔王」と呼ばれている地図から出るボスモンスターが低確率(5%~)でドロップする。
あとは、天使のソーマを2つ・げんませきを2つ・ときのすいしょうを錬金して作成する「しんかのひせき」を集めればOK。
オーケー、なんだけれども、元素材を錬金する時に極悪な仕様が仕込まれている。
例えば、元素材・グリンガムのムチから最強のムチを作ろうとする。
第一段階の強化に、グリーンオーブとしんかのひせきが1つずつ。これで「続グリンガムのムチ」が完成。
第二段階の強化に、グリーンオーブとしんかのひせきが3つずつ。これで「超グリンガムのムチ」が完成……、するとは限らない。
「錬金大成功」とならないと、「超」グリンガムのムチじゃなくて「真」グリンガムのムチに変化する。ちなみに、成功率はデフォルトで10%程度。
「真」ができてしまってもご安心ください、リサイクルストーンと「真」を錬金することで、「続」に戻すことができます。――つまり、「真」から「続」に戻す錬金も通らないとコンプリートにならないわけなんだけれども。
元素材ひとつにつき、最低でもオーブとしんかのひせきが7つずつ必要。
武器は剣、槍、短剣、杖、ムチ、棍、ツメ、扇、オノ、ハンマー、ブーメラン、弓の12種類。
防具は盾、頭、体(上)、トーガ、ローブ、小手、手袋、体(下)、ブーツ、サンダルの10種類。
合計22種類、最低でも22×7で154個のオーブとしんかのひせきが必要。錬金失敗するとそれぞれ3つ分が無駄になるので、実際はもっと多量に必要。
セーブ・ロードすればいいじゃない?それくらいは錬金の直前に強制セーブという対策がとられてますよ。
魔王のレベルが高いとドロップ率も上がるけれど、その分スペックも上がるので強すぎず、弱すぎずのちょうどいいところを狙って連戦し続ける。
そのため、宿屋・教会が近い船着場近くに出現する地図なんかが人気。
まず、錬金素材の「ときのすいしょう」が50000Gと非常に高価。
これを最低154個、金額にすると770万Gが必要。
オーブのために魔王を狩っていれば金なんてすぐたまるんだけど、770万となるとちょっと……。
ほしのカケラ×2、けんじゃのせいすい×2、天使のはね×2を錬金して作る。
つまり、それぞれ308個が必要になる。
「ほしのカケラ」はひかりの石×3、よるのとばり×3、それぞれ924個ずつ。もしくはドロップ、宝の地図の宝箱にも一応含まれる。
「けんじゃのせいすい」は、まほうのせいすい、まりょくの土、花のみつ×3。宝の地図の宝箱からは若干出やすい。
「天使のはね」は、錬金よりも宝箱と宿屋の泉で集めたほうが早い。
せいれいせき、超ばんのうぐすり、あやかしそう×2を錬金して作る。
ここは天使のソーマほど難しくないけれども、やはり数が……。
天使のソーマもげんませきも、両方とも地図の宝箱に含まれているので、中断技使えば採取できるんだけれど、それを外法とし使わずに集めるとなると……、気が遠くなる。
オンゲーが廃人専用とか言われてる中で、ドラクエのナンバリングタイトルにこんな廃人仕様を仕込んでるスクエニ怖いです。
確かに「オンラインゲームと比べたらたいしたことないよ」という意見はよく目にするけど、果たして同じ土俵に上げていいものなのかどうか。
対人の縛りがないってのが救いなのかもしれないね、PSゼロみたくオンライン連携機能があって、かつそれによる恩恵がデカいとかだと……。
いやまあ、コンプを目指さない人にとってはエンディングまで遊んで、ちょろっと「おまけ」を遊ぶくらいの楽しみ方でいいと思うよ?ただね、エンディングまでだと明らかに物足りない作りになっていて、じゃあと泥沼に足を踏み入れたくなるように仕組まれているのが……、非常に危険です。
以下引用は
より
インターネットなどを介さず、DSを実際に持ち寄るワイヤレス機能を用いて2人から4人までの同時プレイができる。
協力プレイ中は、移動画面では従来のように隊列を組むのではなく、1人1人が自由に動き回れるようになっている。各プレイヤーの行動範囲はほぼ制限がなく自由だが、物語の進行に関わるような重要な宝箱はゲストプレイヤーが開くことはできない。1人がモンスターと接触すると、接触したプレイヤーのみが戦闘画面に入り、残りのプレイヤーは行われている戦闘に後から参戦することができる。また、ホストであれば戦闘中にほかのゲストプレイヤーをワープさせ、戦闘に参加するよう呼び出すことができる[2]。
戦闘に入ってからは1人1人がそれぞれのコマンド選択を行い、全員決定したら戦闘に入るという形式となる。コマンドを選んでいる間はほかの人のコマンドを選んでいる様子を見ることができる。
・戦闘に呼び出されたキャラが死んだままその戦闘に勝つとどうなるのか。
(戦闘終了後、呼び出されたとこに棺桶のままで放置だろな・・jk)
・友人の強いキャラがホストプレイヤーの世界でサクサクゲームを進めてくれる。
(これのどこが面白いんだ?)
(これウザくねえ?)
・同じくらいの強さのプレイヤーが集まったら全員同じ格好していた。
(これキモくねえ?全員同じ職業で同じ装備の4人組とか想像したくねえ。)
(アバター的な要素を加えようとしているのだろーけど、装備している物が分かるくらいの意味しかなくね?)
特定の住民に話しかけることで、簡単なお使いやモンスターの退治といった内容の「クエスト」を依頼されることがあり、その場で承諾することでクエストを受注できる。クエストは同時に複数の受注が可能で、制限時間なども基本的に存在しない。クエストは基本的に物語の本筋とは関係の薄いサブイベントで、受注したクエストを遂行・達成することでご褒美が得られることがある。また、同じ人物から異なるクエストを受注できる、クエストをこなしていくことで新たなクエストを受注できる、などの発展性を持っている。
ニンテンドーWi-Fiコネクションによる「追加クエスト」の配信も行われる。配信は発売から1年間、毎週行われる予定となっている。
(つまりこれって本筋がやばいほど薄いってことの裏返しじゃねえの?)
本作ではフィールドには最初から表示されていないダンジョンも多数存在しており、それらはアイテムとして手に入れる宝の地図にその位置が示されている。手に入れた「宝の地図」に示されているフィールド上の場所を調べることでダンジョンが出現する。
この宿屋は「呼び込み」というコマンドを使用することができる。呼び込みはすれちがい通信を行うことで、通信したほかのゲームの主人公キャラクターをプレイヤーのゲームの宿屋に宿泊させるというもので、宿泊している主人公キャラクターには戦歴や設定された自己PRの閲覧や、クリア済みの「たからのちず」の受け渡しが行える。
(そーいやどこかで通り抜けだけのくそダンジョンって言ってた人がいたなあ。)
・呼び込みされたキャラクター
(得体の知れない他人の育てたキャラを使いたいって人っているのか?キャラは自分で育てるから面白いんじゃねえの?)
(まあレベル5くらいだろうな)
http://anond.hatelabo.jp/20090308024639
あるある!全てのロールプレイングゲームが従う30の法則
http://gs.inside-games.jp/news/181/18110.html
が、ロト3部作にはあまり当てはまらないことを前回はチェックしました。
ファミコンではドラゴンクエストはもう1作作られています。天空三部作の1作目、ドラクエ4(DQ4)。
デモシーンが作れるようになるくらい容量が増えたら、どうなるか、というのが、この作品をロト三部作と比べればわかりそうです。
まあ、ロト三部作と違って主人公が少なくとも5人、もしかしたら8人いるから、という要素もあるのだと思うのですけどね。
「あなた いつまで ねてるの? はやく おみせに いかないと また おやかたに しかられるわよ。
ねえ あなたったら……。」
第3章、トルネコは妻のネネに起こされるところから始まります。
○
2.助けを望む老人。
「ほんに いつ みても りっぱな おしろじゃのう。
わしも おしろの せんしに なってみたいものじゃ。 どうじゃろう? つれてってくれぬか?
第1章でライアンは戦士になりたいという老人を連れて歩くことになります。また、
「おお トルネコ! このトムじいも としとったせいか あしこしが よわくなってのう。
おれいをするから このわしを きょうかいまで おしていってくれんか?
第3章の、たぶん一番最初のクエストはこれ。
○x2
3.幼なじみと協力することに。
幼なじみは5章で出てきます。2組。一つは主人公とエルフのシンシア。もう一組は馬車を持っているホフマンとその友達。便宜上ここでは勇者は男、ということにしましょう。
○x3
エンディングで一応シンシアは生き返ります。が、あれは主人公がみた幻、という説も捨てきれないですよね。
○x3 △
確かに、ホフマンは手ひどく裏切られます。
「オレも むかしは あんたみたいに たびを していたさ。
あるとき せかいで 1ばん たいせつな たからものが かくされているという どうくつの うわさを きいたんだ。
オレは ともだち ふたりと その どうくつに はいったよ。
でも 1ばんのともだちと おもってたのに とつぜん オレを うらぎって……。 ちくしょう!
もう だれも しんじない! さあ かえってくれ!」
なにせ、入ったのが「裏切りの洞窟」という入ったものに幻を見せる洞窟でしたから。
○x3 △x2
6.引退した冒険者があなたに最初の剣を与えます。
剣はもらえないのですが、ひとりぼっちになった5章の勇者に、近くに住むきこりが
「ちょっと まった! なんだ おめえの かっこうは!? それじゃ たびは できねえぞ!
あっちのへやの つぼのなかに いろいろ はいっているから もっていきやがれ!」
と言って装備を与えます。このきこり、おそらく
「そのむかし きたの もりのなかに きこりの おやこが すんでおった。
きこりのむすこは もりのなかで うつくしいむすめと であって けっこんまでしたのじゃが……。
きこりのむすこは あるひ かみなりに うたれて しんでしまったのじゃ。
と伝えられる、勇者の祖父でしょうね。
また、3章では最初の装備を自分の勤めている武器屋から買うのがセオリーですが、やっぱりみんな「はじゃのつるぎ」が買えるだけの金とその在庫が出来てから店を辞めましたよね、たぶん。
○x4 △x2
7.なぜか全ての噂は真実です。
に代表させるまでもなく、ほぼ全ての噂は真実なのですが、そこはそれ。
「ずいぶん まえ くろいくもが ひがしのそらに ながれていったんです。
そして しばらくして せかいをすくうはずの ゆうしゃさまが しんだという うわさを ききました。」
いや、勇者生きてるから。
ええ、まさに
「どの うわさが ほんとうなのか けんとうが つきませんね……。」
という状態です。
○x5 △x2
確かに、第1章で
「ぼく ホイミン。 いまは ホイミスライムだけど にんげんになるのが ゆめなんだ。
ねえ にんげんの なかまに なったら にんげんに なれるかなあ……? ぼくを なかまにしてよっ。
仲間になるホイミンは、ライアンと比べれば強力なヒーラーでした。
そして、第5章でも勇者の最初の仲間となるミネアは、ヒーラーでもあります。
○x6 △x2
9.大きな権力争いに巻き込まれます。
「おじちゃん たすけて! ぼくのことを ゆうしゃだろうって いじめるんだ!」
第1章で子供が消える事件は、伝説の勇者を幼いうちに殺しておこうとするピサロの陰謀でした。これをはじめ、各章にはデスピサロとの絡みが少しずつ出てきます。
「ええい! ドン ガアデは まだか!? いったい どこで みちくさを くっているのだっ!
はやく はしをなおさねば エンドールのくにに せめこむことが できぬわ!」
こんな手紙を
「しんあいなる ボンモールのおうよ。 とつぜんだが わしの はなしを きいてほしい。
どうやら わしのむすめモニカと そなたの むすこリックとが あいしあっているらしいのじゃ。
すぐに とはいわぬが ふたりを けっこんさせたいと おもうのだが……。 エンドールのおう より」
届けることで戦をとめることになります。
「いずれ わがむすこリックが エンドールおうの むすめむこに なるなら リックが つぎの エンドールおう じゃ!
なにも せめこまずとも エンドールは てにはいるではないか!」
○x7 △x2
10.教会と戦うことに。
第2章で教会がでてきますが、狼の生け贄になろうと籠に乗ったアリーナ姫に
神父「おお カミの ごかごが ありますように!」
みたいなことを言うような人で、まあ影響力はありません。レイクナバのシスターは結婚しちゃうし、
「わたしは カミにつかえるみ ですが このひとを あいしてしまって……。 ぽっ。」
年の差なんてかんけいないって口説く神父はいるし、
「あいが あれば としのさ なんて など そんなことを ほんとうに カミさまが おっしゃるのかしら……。」
「な なんですか あなたは? わ わたしは かのじょに カミのおしえを といていただけですぞ。」
11.悪の政府と戦うことに。
第4章は
「たびの とちゅう ふきつな うわさを きいた。
という感じで、まさに悪の政府です。
○x8 △x2
なお、第2章のエンドール王は
「ここの おうさまは かるはずみで おもったことを すぐに じっこう しちゃうんです。 こまったもんだ。」
「ぶじゅつたいかいの ゆうしょうしゃは ここの おひめさまと けっこんできるんですよ。
おひめさまも かわいそうに……。」
「ちかごろ このエンドールにも まものが でるようになりましてな。
おうさまは つよいものを あつめるつもりで ぶじゅつたいかいを ひらくようになったのじゃが……。」
「まったく なんにんの せんしたちが デスピサロに ころされたことか……。
これでは まるで つよいものを あつめて ほうむっているようなものですよ。」
「おとうさまが みなに やくそくをしたため わたしは ゆうしょうしゃと けっこん しなくてはなりません……。
まあずいぶん軽はずみみたいです。悪の政府ではないのですが困ったことです。
12.生まれ育った村が!
「つ ついに このむらが まものたちに みつかったんです! やつらは むらの すぐそばまで きてて!」
第5章の始まりがまさにこれですね。また、第2章の終わりではサントハイム城が無人になってしまいます。
○x9 △x2
13.いよいよ本当の敵と遭遇、ただし不意打ち。
デスピサロは各章で出てきます。特に第2章。まあ
「なに!? どこを さがしても デスピサロが いないとっ!? うーむ………………。
ということで、不意打ち以前に、戦いになることはないのです。
また、5章でエスタークを倒した直後に、エスタークに会いに探していたデスピサロとばったり会うのですが、
デスピサロ「な なんということだ! エスタークていおうが たおされてしまうとはっ!
しかし よげんでは ていおうを たおせるものは てんくうの ちをひく ゆうしゃのみ!
まさか おまえたちは……!?」
デスピサロ「なにっ!?
うぬぬぬぬ! みなのもの! とにかく ひきあげじゃあ!」
ということで、こちらでも戦いにはなりません。
○x9 △x3
5章、先述の裏切りの洞窟をはじめ、大灯台、パデキアのねっこ、キングレオの敵討ちと、仲間との合流、Lvアップのためのクエストには事欠きません。
○x10 △x2
15.海上で巨大生物から攻撃される。
ランダムエンカウントで攻撃はされますが、こういうイベントはなかったりします。
○x10 △x3
16.渦へ巻き込まれるか、または難船します。
これも自分たちのイベントとしては存在しません。ただ、かわきのいしがあるところでは水が渦を巻いているんですよね。
また、大灯台のあるコナンベリーでは船を沈められた人がいます。
「おお! わたしの ふねがっ! こんなことに なったのも すべては ひがしの とうだいの せいです。
とうだいに まものが すみついてから じゃあくな ひかりを だして ふねを しずめてしまうんです!」
○x10 △x4
17.寺へ……
寺がありません。ありませんが、ガーデンブルグの城では教会からなくなった十字架を取り戻して信用を得るイベントがあります。
18.予言者に会う。
岬のお告げ所には占い師がいます。
「ここは おつげじょ かみの おつげがくだる せいなるほこら。
バトランドのせんし ライアンが ゆうしゃを さがしもとめて やってきたのです。
カミの しめされた ゆうしゃの すがたを ライアンに つたえて おきました。
ひかりが いちだんと かがやきを ましています。 やがて であいのときが くるでしょう。」
この人はそれなりに先が見えているようです。また、ミネアが勇者と会ったときのイベントも、占いに近いものでした。
○x11 △x4
19.封印されていた古代の獣とかが復活してますorしそう。
「しょくん! たったいま こうざんのまち アッテムトで たいへんな じたいが おこった!
じごくの ていおう エスタークが よみがえったらしい!
どうやら にんげんどもは じごくのせかいを ほりあてて しまったらしいのだ。
伝説の魔王、エスタークが、人間の手で掘り当てられ、復活しそうになりました。
○x12 △x4
20.なんと最初に邪悪な何かを封印したのはあなたのご先祖様。
「おおむかし われら まぞくの ていおう エスタークさまは しんかの きゅうきょくを きわめた!
しかし そのそんざいに おそれをなした てんくうのカミによって ちのそこに ふうじこめられたのだ。」
勇者は天空人の子孫ですからたしかにそうですね。
○x13 △x4
21.遙か昔、この世界には今はもう滅んでしまった古い種族が住んでいました。
「かのち ブランカでは きこりの わかものに こいをした てんにょが いたとか。
てんにょとは てんくうを すみかとする おんな。
しかし てんくうに ひとなど すんでいるのでしょうか……。」
滅んだわけではないですが、地上世界からは姿を消しました。
○x14 △x4
自滅はしてないです。
23.飛行船をゲット!
「やあ きてくれたね! ついに そらとぶ ききゅうが かんせいしたんだ!
だい1ごうは あんたたちに しんていしよう! そとに でてみるといいよ!」
気球が完成します。
○x15 △x4
勇者が。
「そのむかし ちじょうに おちて きこりのわかものと こいをした むすめが おりました。
しかし てんくうびとと にんげんは ふうふに なれぬのが さだめ。
きこりのわかものは かみなりに うたれ むすめは かなしみに うちひしがれたまま つれもどされたのでした。
しかし むすめは どんなときでも ちじょうに のこしてきた こどものことを わすれたことは ありません。
もし いまの えにくすを みれば きっと なみだに くれることでしょう。 うっうっ……。」
○x16 △x4
「かつて このむらに ピサロという まぞくの わかものが すんでいました。
せかいを しはいするなどという やぼうを いだいて むらを でていきましたが
そういうわけでもなさそうですが。微妙ですね。
○x16 △x5
26.父親は単身で敵の秘密を探っていました。
実の父は自分が生まれる前に死にましたが、育ての父は悪の帝王の復活を予感していて、勇者を村ぐるみで育てていました。
27.強敵はあなたの血を分けた兄弟。
兄弟はいません。
28.異世界を訪れなければなりません。
天空城に行ってからの最後の戦いは確かにそれっぽいです。
○x17 △x5
○x17 △x6
確かにしんかのひほうでデスピサロ、数段階に変形するんですよね。
○x18 △x6
と、DQ4、一気に該当項目が増えます。
ストーリー重視、と言われるようになったのもこの辺からでしょうか。
残念ながら、今やそういう「自由度」が高いMMORPGは絶滅寸前に追い込まれてる。
今主流になってるMMORPGのほとんどが、クエスト、ミニゲームに特化された物で、実際やっていることはMOと大差なかったりする。
俺は http://anond.hatelabo.jp/20090310021107 を書いた増田だ。沢山ブクマがついて驚いてるよ。
サポートの話にも関係があるけど、Web 上のサービスを作っていると無視できない問題がある。それは "自由度の高さを受け入れられない人たち" がいるということ。わかりやすい例をあげると、
MMORPG を例にとって説明してみる。
MMORPG では、"自分自身がやりたいことを生み出せる" のが楽しめる理由の根っこにある。真っ向からそれを拒否してしまう彼らの手にかかると、MMORPG は "全く何をしていいのかわからないクソゲー" になっちゃう。
まあ、レべリングがきつめだったりアイテムゲー偏向が強いと居着く可能性はある。レべリングという何も考えなくてもよい目的を設定して、ひたすらオフゲーのように続ける。そして、レベルが限界になるとゲームをやめてしまう。
スキル制を採用していたり、レべリングの重要性が希薄で短期間でキャラが完成し、それから世界を旅したり戦争をして長く遊べる MMORPG らしさに満ち溢れたゲームも、彼らにとっては、すぐやることがなくなる内容の薄いゲームになってしまう。
MMORPG を楽しめる人かどうかは、ゲームをやらせて一日目で大体わかる。"自由度の高さを受け入れられない人たち" の行動パターンは大体こんな感じ。
ゲーム馴れしているか社交性があるかどうかはあまり関係ない。PC やゲームの初心者にも、「ただ歩いてあちこち行くのがおもしろい」「今日はこんなことを覚えた」「こんな事が出来るなんて」と楽しめる人がいる。こうしたタイプは、やりたい事を勝手に見つけるし、楽しみ方を生み出す。"自由度の高さを受け入れられない人たち" に比べたらキャラのレベルが上がるのは遅いかもしれないけど、"中の人のレベル" は確実に進歩していく。それは、ゲームの上手さといったものとはまた別の経験値なんだよね。
話を戻すと、サポートに 「なにをするんですか?」 「なにをすればいいんですか?」 という一行質問をしてくる人には、コミュニケーション能力が低かったり技術音痴という特性の裏側に、"自由度の高さを受け入れられない" という大きな背景がある気がするんだ。