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2016-12-15

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前回、民法の偉い先生が、自身キリスト教信仰民法研究無関係であると言った講演について書きました(http://anond.hatelabo.jp/20161127222341)。

が、どうもこれが頭に引っかかってしまって思考が進まなくなってしまったので、とりあえず混乱したまま吐き出すことにします。

まず問題になるのが以下の2つの命題です。

(1) 民法研究キリスト教無関係だよ

「〔私にとってキリスト教信仰民法研究とは〕全く関係ありません。キリスト教は私の人間としての生き方の指針。民法学は私が民法研究者として、民法上の諸問題を一解釈学者として精一杯明らかにしようと務めているだけのことです。両者はその存在次元を異にしていますから、直接関わることはありません。」

「そもそも、あなたがたの間に裁判ざたがあること自体、既にあなたがたの負けです。なぜ、むしろ不義を甘んじて受けないのです。なぜ、むしろ奪われるままでいないのです」(コリント前書6-7)

「人を裁くな」(ルカ伝6-37)


(2) キリスト教における真理はイエスその人だよ

イエスは言われた。わたしは道であり、真理であり、命であるわたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(ヨハネ伝14-6)



一方で「民法研究キリスト教無関係である」と言い、他方で「キリストを通らなければ真理はない」と言われると、つまるところ法律学研究には真理はないということになるのでは?というのが今の疑問。

ぜんぜん関係文脈も違う2つの命題を繋げて何を言っているんだ、という感じなんですが、これ実感として「そうかもしれない・・・」と思えてしまうのが不安を持つ原因。

どういうことかというと、民法ちょっとややこしい(資本主義の影響が~とかになりそう)ので刑法を例にとると、刑法の事案を処理する際、法律家は(事実認定を除くと)大体以下のような作業します。

(1) 事案をよく見る。

(2) 適用条文を探す。

(3) 条文の要件を切り出し、解釈を通じてさらに具体化する。

(4) 過去判例裁判から重要と思しき事実ピックアップしてマトリクスを作る。

(5) マトリクスを作る過程過去裁判所判断を分けた重要事実が炙り出される。

(6) 本件に戻ってその重要事実の有無・相違を確かめる(自然結論も出る)。

(7) 上手くいかなければ(1)に戻る。

さらに学究肌の人であれば、以下の作業も行います

(8) ①罪刑法定主義、②結果無価値論、③責任主義観点から以上の作業特に(3))に問題がないか検証する。

ただこの作業、やってる最中は真理というものを全く意識しません。

(1)~(7)の作業が担っている機能は、よく考えてみると過去判例裁判例の結論平仄を合わせるものしかありません。

また、こうして出された結論が「国民常識」にかなっていることが多いと評価されることが多いのですが、よく考えてみるとそこでいう「国民」のほとんどは無神論者資本主義者です。また「常識」にかなっていたから何だ、という話もあります

他方、(8)の作業はいかにも真理っぽい作業なのですが、①②③の原則というのも、治安悪化の程度や警察捜査能力などによってその要請の強度が変わってきます

たとえば警察捜査能力がぜんぜんない国で、責任主義を徹底し、故意認定を厳格にするよう求めても、土台無理な話でしょう。

他にも、イスラエルのようにテロが頻発する国で予防拘禁を止めろというのもなかなか難しい話だと思います

真理というもの普遍的ものだと仮定するなら、やはりここでも真理というものは現れないように思えるのです。

そしてさらにこういう作業を綿密に経たところで、刑務所の中受刑者が思うことの多くは安部譲二塀の中の懲りない面々』や堀江貴文刑務所わず。』で描かれてるようなことでしょう。

そうなると上の作業には、やはり真理はないと思われるのです。せいぜい国の治安維持政策としての意味しかないのではないか、と思われてならない。

これっていったい何なのだろう。キリスト教圏の法律家はどう考えているのだろう。

2016-12-05

[] H25民訴コメント

第1

1.

当たり前のことも切り捨てたらあかん、ということを学ばせていただきました。

2.3.

◇有名なので知ってたら申し訳ないんだけど、H25民法H20民法の採点実感に判例の射程の書き方が書いてある。

問題によるけど、今回は割と参考になったのでマスターしておくと便利かも。

◇自コメントにも書いてあるけど、「全財産を遺贈している」「土地甲1しか遺贈していない」っていう事情を明示しておくといいっす。

第2

本問は判例そっくりなので、判例が挙げてる2つの理由付け(①抹消登記手続請求を争うのは執行じゃない、②登記についての権利義務は既に受遺者に帰属している)を書けるといいっす。

第3

まんここよく分かんなかった。和田解説カオス

第4

信義則を持ち出す場合は、形式論だと何がヤバいのかを具体的に書くといい。

本件で言うと、Gの共有持分権の主張を遮断すると、土地乙はFの遺産ということが確認されている(つまり民法上Gは共有持分権をゲットできるはず)のに、Gは相続した共有持分権をHに主張できないということになる。

仮にこのまま遺産分割突入した場合、どう処理されるかは誰にもわからない(実際民法学者も困ったらしい)。遺産分割審判にこれが持ち込まれたら裁判官は頭を抱えるはず。これはヤバい

さらに言えば、こんなヤバい事態に陥ることは前訴裁判官としては予想できたはずで、「Gさん、共有持分権主張しとかないとヤバいですよ」と釈明できたはずだし、すべきだった。

それなのに釈明を怠った裁判官ミスをどう処理しますか?というのが設問4だった(ちなみにこの釈明義務違反控訴・上告が可能〔百選50〕)。

問題文では平成10年判決を引いてるんだけど、はっきり言って何にも関係ない。せいぜい遮断範囲訴訟物の範囲は一致しないということが共通するくらい。なので平成10年判決から規範を定立しようとすると地獄に陥る(実感を見るとそういう答案が多かったらしいが当たり前)。

こんなむちゃくちゃな問題をだして何を期待してたの?と思って出題趣旨を見ると、なんとHの態度の悪さを指摘してほしかったらしい。ふざけんな。

司法試験に出すには極限事例すぎるし、誘導メチャクチャってことで、かなり腹が立ったんだけど、再現答案見てるとやっぱみんな出来てないのでOK。

原則論をきっちり書こうというお話だった(俺はできてない)。

2016-11-27

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くだらない思い付き(いつも)。

京都大学民法教授で、最高裁判事も務められた奥田昌道先生が、自身キリスト教信仰民法研究との関係を語った講演があって、その書き起こしを読んだ。

結構いろいろしゃべっていたのだけど、結論は結局以下の言葉に尽きる。

「〔私にとってキリスト教信仰民法研究とは〕全く関係ありません。キリスト教は私の人間としての生き方の指針。民法学は私が民法研究者として、民法上の諸問題を一解釈学者として精一杯明らかにしようと務めているだけのことです。両者はその存在次元を異にしていますから、直接関わることはありません。」



で、これは結構納得の行く話で、聖書は人を訴えることにも、人を裁くことにも好意的でない。

「そもそも、あなたがたの間に裁判ざたがあること自体、既にあなたがたの負けです。なぜ、むしろ不義を甘んじて受けないのです。なぜ、むしろ奪われるままでいないのです」(コリント前書6-7)

「人を裁くな」(ルカ伝6-37)

※ただし、両規定法律関係を巡る訴訟にまで妥当するのかには議論がある。

この規定根底には、①憎い敵でも赦すことが愛の精神に適う、②不完全な人に人を裁くことはできない、という考えがある(と思う)。

他方、法律の方も、こと財産法に関しては(つまり家族法などはいったん措くと)、キリスト教精神ほとんど見られない。

どちらかと言えば資本主義の影響で説明が付きそうな規定解釈解決の方が多い。

そんなわけで、やはり両者は無関係であるとの冒頭の言葉には頷かされる。

から何なんだってことを書こうとしたらまとまらなくなってしまった。以上。

2011-07-26

http://anond.hatelabo.jp/20110726011119

法律的なことをまず言うと、

民法第721条 胎児は、損害賠償請求権については、既に生まれたものとみなす。

民法第886条 胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。

民法第886条2項 前項の規定は、胎児死体で生まれたときは、適用しない。

という条文があるのよ。

判例は、胎児であるころの権利能力は否定し、生きて生まれることを条件に胎児中のその能力を遡って肯定するという停止条件説(人格遡及説)という立場にいる。

まり前提として胎児権利能力はないが、出生という条件が成就したら「胎児だったとき権利能力があったことにしよう」とする。

胎児は、「普通はほぼ出生する」ので、出生する子供の享受できる権利のうち、親子の間の権利のコアの一つである相続権を「事後的に」認めよう、という感じ。

子育て教育もコアだが、これは本当に生まれてからでないと全く意味がないので扱われない。胎教という概念民法学者にはないみたいだ)

どちらかというと、胎児の都合というよりは、親子関係を法的に規定するための扱いといえる。

古典的には、父親が死んだ時に子供母親の胎内にいる場合胎児相続権がないと、父親が死ぬ寸前に出生した子供相続権があることとの差異が問題になるので、じゃあ「普通はほぼ出生する」存在として扱い、生まれてから「事後的に」認めようという技術的な処理といえる。

もちろん死産したら出生してないからだめだよ。

損害賠償請求権相続できるので、相続の文脈で解釈する。

 
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