はてなキーワード: 無意識とは
いわゆる田舎に住んでいるとムシャクシャしたときの捌け口が少ない。これが都会なら、バーに行くとか、ストリートに行くとかで発散できる。しかし田舎にはそれがない。
社会学者の宮台真司が『まぼろしの郊外』という本の中で、地方の女子高生が援助交際をする理由を当の女子高生に取材していたが、そこで語られたのは「ムシャクシャするから」ということだった。地方には何もない。バーやストリートといった家庭でも地域でも学校でもない、ある種の祝祭的場である「第四空間」がないことによるムシャクシャが地方の女子高生を援助交際に走らせるのだと本では分析されている。
現代はインターネットが生活の中心となり都会と田舎の生活環境の差異が目立たなくなってきたとはいえ、都会と田舎の空間的格差が完全に埋まるわけではない。田舎にはいまだに、ムシャクシャの捌け口となる「第四空間」は存在せず、若者たちはやり場のない鬱屈を内にため込むことを余儀なくされている。
私は首都圏郊外に生まれ育ったが、ムシャクシャの捌け口を見つけることは難しいように感じる。なにもバーやストリートなどの社交の場でなくとも、ネオン煌めく繁華街の雑踏に身を置くだけでムシャクシャした気持ちは割と解消されるのだが、郊外の住宅地には繁華街など存在しない。延々と続く均質的なデザインの家々に囲まれた街は私たちのムシャクシャを吸い込んではくれない。それどころか、壁のように迫る建物の圧迫感は時として負の思いを増幅させもする。
このように考えると、私たちが都会に住みたがる理由が通勤通学や買い物の利便性だけではないことがわかる。私たちは意識的にしろ無意識的にしろ、やり場のないムシャクシャを吸い取ってくれる場所を都会に求めているのかもしれない。
「先生の白い嘘」という漫画を読んでいる。巷で話題になっていたから、というあまりにも気軽な気持ちで読んだ。
読んで後悔はしなかった。でも、頭をガツンと殴られたような衝撃を覚えた。
内容はネタバレを含みたくないから簡潔にいう。語彙力のない感想で申し訳ないと思うが、エグかった。
そのあまりのエグさに作者の怒りを感じた。何かを訴えかける気持ちが見えた。だから、きっとこの漫画を読んだ時に思う感情は「エグい」でいいんだろうなと思った。
読み進めていくうちに、嫌な記憶を思い出した。
高校生の時に痴漢にあった記憶。大学生の時に「欲望の目線」に晒された記憶。一人暮らしの男性の家に遊びに行って、強姦された記憶。
それはかつて私が体験した、自分の人生から抹消した嫌な記憶だった。
私は当時、そういった性被害を恥じた。自分が傷物になったことを、自分自身で否定した。
私は傷ついてないし、むしろ怒りを感じている。だから、こんなのはどうってことないんだってプライドで嫌な記憶に蓋をしたのだ。
あんなことが起きたんだ。苦しかったんだって、私は誰にも相談しなかった。
むしろ自分の身に起きたことを、誰にも知られたくなかった。きっと、私は恥じたのだ。
かわいそうだって言われたくなかった。同情なんて真っ平御免だった。
「私はかわいそうなんかじゃない」
そう思わないと、やってられなかった。
そうやって考えるようになったのは、無意識にでも自分を守るためだった。
性被害を受けた時、人々は加害者を疎み、被害を受けた人を憐れむ。
「可哀想に」という安易な同情は、簡単に被害者を傷つける。そういった憐憫によって自分は可哀想なことをされた人間なんだと思ってしまう。
女性としてのプライドも、いち人間としての尊厳も、全部粉々にされた。
それでもどうにかして立ち上がろうと思った矢先、腫れ物を扱うかのような視線に晒される。
ただでさえ傷ついて苦しいのに、そういった周囲の行動はさらに被害者を傷つける。
でも、そう思う反面、被害者である私たちは「可哀想であること」をちゃんと受け入れるべきなんだろうとも、今ならば思う。
被害に遭ってから10年あまりがすぎた。今の私はアラサーで、幸せなことにパートナーもいる。
嫌な記憶に蓋をして、見なかったことにする術も覚えた。傷つかないふりをすることもできるようになった。
私は大人になってしまったから、あの時よりも随分と器用に生きれるようにもなった。
でも、それじゃダメだったんだよなあ。
私は……私は、あの時、嫌だって言うべきだった。
苦しかったんだって。やめてほしかったんだよって。傷ついたんだ、怒りを感じたんだ。虫唾が走るほど嫌なことをされたんだって。
助けを求めるべきだった。自分のことを、恥じちゃいけなかった。
性被害を受けたことと向き合わなかったせいで、私は、自分のことを傷つけてしまった。
あの時それを認めて、己の心と向き合って、きちんと声をあげるべきだった。
傷ついた自分を認めなければいけなかった。
今になって。
あの漫画を読んで。
私はそのことに気づいた。
気づけてよかったと、心から思う。
まだあどけなく、幼く、純情であった私の蓋をした記憶と向き合うきっかけになったから。
きっと時間はかかるだろう。思い出すだけで、呼吸が荒くなり、目からは涙がこぼれ落ちる。
誰かに言う勇気もないし、きっとパートナーにも両親にも、友人にも私は言わない。言えない。
でも、私は自分と向き合いたいのだ。
あの時傷ついた自分を無視して、今の今まで記憶に蓋をしてしまったことを許したい。
己の心の痛みを紛らわすために、現実から目を背けてしまった自分を、許してあげたいのだ。
そのきっかけを作ってくれた「先生の白い嘘」に、私は心から感謝している。
こんなに多くの人に読んでいただけるとは……大変恐縮です。
一人暮らしの男性の家に遊びに行くこと=性行為の同意であることも、体のラインが出る服を着ることで「誘ってる」と思われることも、当時の私には恥ずかしながらそれが当たり前であることが、わからなかったのです。それはある一定の方からみれば、迂闊なことで、若さゆえの無知であったのかもしれません。
それは怖くて、恥ずかしくて、消してしまいたい記憶でした。だから感情と記憶に蓋をして、見ないふりをしました。
私が言いたかったのは、男性だろうが女性だろうが関係なく、性被害に遭ったときは、自分のことをきちんと労わってあげてほしいということです。見ないふりをして、記憶に蓋をして、自分を恥じたりしないで、自分は被害者なんだと認めてあげられれば、ほんの少しでもその肩の荷がおりるのではないかと思ったのです。
これはただの「書き散らし」です。
電車に警備員が乗ってきた。閉じているドアの近くで立哨をしている。
途端にさっきまで通路に足を投げ出して本を読んでいたジジイや、無駄に大きな音で咳払いをしていたジジイ共がおとなしくなった。
アドラーによると、人間の行為は全て所望の結果を求めてのことだという。ウェイターに誤って水をかけられて激昂する人間は、水をかけられたから怒っているのではなく、ウェイターを怒鳴りつけたかったから怒っているのだという。
このアドラーの説を当てはめると、上に挙げたジジイ共は、他人に配慮する能力がなかったり、無意識的にあのような行動をしていた訳ではない事になる。つまり、意識的にか無意識的に周りの人間を威圧したいからあのような行動をしていたのである。その証拠に警備員が乗車した途端に大人しくなった。
世の中というのは思ったよりも悪意に満ちているのだ。
3年下の後輩について話している若手社員。この中で佐藤が悪かった点はどこだろう。
チャラい西田に、彼女がいなかったら…と浮ついた話を持ちかけたことではない。A子やB子に彼氏がいるからでもない。
東京の大手企業は高学歴美人がゴロゴロいると主張する御仁をXで見かける。
実際、ただ才媛なだけでなく綺麗な女性はかなり多めの印象がある。
ただ「ゴロゴロいる」「多め」ということは、裏を返せば例外も混じっているということだ。
それは透明である。
公立中学に通った経験のある方は、ヤンキー層が他人の容姿関してブスデブと表現した一方、学力や家庭の階級が上がるにつれて(少なくとも教室など公の場では)そのような単語を口にしない傾向にあったのを体感として分かるのではないだろうか。
では、民度を上げて「首都の大手企業」に場所を移せば、困難校のように容姿で人を馬鹿にする風潮はなくなるのだろうか。
実際、大手は資本のパワーも助けてコンプライアンス意識や教育が行き届いているため、昼間の教室でブスと大声で嘲る的露骨な差別は起きない。
先のA子やB子はかたやモデル、かたやアイドルでも通用する容姿なのに対し、C子はもっさりしている。
同年代若手社員の男性の間では、飲みの席で後輩女子の話題が出て「A子はイケる」など下衆な話をしていても、C子は名前も出ない。
同性のお局様さえも、「AちゃんBちゃん可愛い」とは言っていても、C子が可愛いという発言はしない。
後輩3人が自己紹介をしたあと、A子とB子は「◯◯してたの?」と学生時代のサークルや趣味の話題で盛り上がっていても、C子は「もう慣れた?」など当たり障りない話題を振られる。
よくも悪くもミスをネタにされるのはA子とB子で、C子はもっと色々やらかしているのに何一つ言及されない。
結局何が起きているのかと言うと、華やかな人間が飽和している環境において、パッとしない人間に興味を持つ者はあまりに少なすぎるのである。
両親の仲が悪くなかった?DVを受けた子供が将来DVをするのと一緒で、不仲の両親を見てきたから無意識に不仲を目指してるんじゃないかっていう推測。
妻がまさしくそうで、2人目を産んでから妻主導でセックスレスになった。本人はホルモンバランスガーとか言ってるけど、妻の幼少期に仲がいい両親の記憶がないから、自分が親になったらいがみ合うのが普通と捉えているような気がする。
俺の両親はずっと仲が良い。セックス現場を目撃したことはもちろんないけど、母さんが父さんのベッドに潜り込んでいることもあった。だから俺が思い浮かべる夫婦の日常は肉体的にも精神的にも距離が近いのだけれど、妻の場合は生活費を録にもらえず「離婚したい」と言っている母を思い浮かべてるのであろう。
自分が母になったら苦しんでいる姿を思い浮かべているので、夫のことを嫌いになるのが普通。そんな風に捉えているのではないか?
なので、ホルモンバランスじゃなくて、そのトラウマを拭わなければセックスレスの壁は乗り越えられないと思っている。どうだろか?
先生が悪いことをした生徒を過剰にせめたりして、
当方女、今まで、付き合ってない異性と何回か肉体関係を持ってきた。人数でカウントするとギリ片手で収まるくらいか。パートナーとは遠距離を挟みつつなんやかんや交際3年目。いわゆる浮気に該当することもしている。
3.パートナーが他の異性と関係を持っていてもあまり気にならない
実家のすぐ近くにポルノ映画館があったせいか、性的な行為に対するハードル?は一切ない。思い返せば幼稚園児の頃から無意識に自分の陰部を触り、小6の夏休みは毎晩オナニーをしていた。それは社会人3年目になっても変わらず、何も予定のない休日は本を読むか勉強するかオナニーをしている。
他人との性的接触も好きだ。ちょっとお酒が入ると割と相手によっては「今チューしたらどうなるかな」なんて思っちゃったりする。人間の唇ってなんであんなふにふにしてて触り心地がいいんだろうとキスするたびに毎回不思議に思う。自分から触りに行くことは一切ないが、相手から求められると普通に心地よさで受け入れてしまう。
ただ、相手は選ぶ。私は20代で、関係を持った相手も全員20代だ。おじさん/未成年とチューとかは全然考えられない。選ぶ相手の基準も一定ある。シンプル顔面偏差値とか、匂いとか、定性判断にはなるけど明確なイケる・イケないが存在する。
ちなみに真剣に交際を検討できる人だったら絶対関係持てない。一回関係を持ったらそれありきの仲になってしまうと言うのはわかっているから。呪術廻戦の「一度人を殺したら「殺す」って選択肢が俺の生活に入り込むと思うんだ」のロジックと全く一緒。あとうっかりハマっちゃうと後が辛そうだし。
結果、今まで付き合ってないのに関係を持ってきたのは恋愛対象外の人たちばかりである。
欲求は人によってそれぞれだし、強い方が弱い方に合わせる必要も弱い方が強い方に合わせる必要もないと考えている。
彼氏が服薬しててEDになってた期間、欲求不満で男友達とセックスしてた。そいつにも彼女がいるが、あまり性的なことに関心がないらしく、頻度は月一回とからしい。その時に「少食な奴を二郎には誘えない」という話をした。
つまり、欲望の強さが違う相手に対して、相手の求めている以上の欲をぶつけてはいけない。ということだ。
少食な人に二郎を強要するのは論外であるように、性欲が薄い人に対して行為を強要するのは論外である。
じゃあこちらの欲はどこに行くのか。二郎に1人で行くのもいいが、一緒に列に並んでくれる友人も欲しいというのが人間ではないか。結果、同じくらいの欲を持つ相手と性行為をする。お互いどっちか結婚したらやめようね、と言うことで今も不定期に続いている。
3.パートナーが他の異性と関係を持っていてもあまり気にならない
パートナーとは一年くらい遠距離だった。その時に、何かのタイミングで彼が後輩の女の子と関係を持った(未遂)。
後輩の女の子が彼にガチ恋したらしく、何度か普通に会ったのちに彼氏の一人暮らしの家にご招待、そういう流れになったと。その時、相手の女の子に告白され、付き合う気はなかったのでお断りして就寝ということがあったらしい。
彼氏曰く「色々あるけどそもそも見た目がタイプじゃなかった」とのこと。タイプだった時にどうなってたんだ?はさておき。て言うかお前タイプじゃない女とヤレるのな。
からかうと面白いので適宜イジって遊んでいるが、別に気にしてはいない。人生で出会える人間の数って限られてるし、それがセフレと言う形でも良いではないか。別に彼氏にセフレがいてもあんまり何も思わない。
逆に私より好きな人ができたらそれはちゃんと別れて欲しい。あと性的じゃない接触をされるのは嫌だ。ワンナイトされるよりディズニーに2人で行かれるとかの方がつらい。
そんなこんなで、付き合ってなくても関係を持った異性がちょいちょいいる。といいつつ今までそういうことしたのは大学か会社の人だ。いい大学→ある程度いい会社だからか、避妊は当然、写真を撮られて脅されるとかもなかったし、「痛かったら言ってね」って絶対言われる。嫌なことを強要された経験は一切ない。そういうのにも支えられているんだろうな。でも世の中いい人ばかりじゃないはずなのでハズレ引く前にやめた方がいい気もする。
当方女、今まで、付き合ってない異性と何回か肉体関係を持ってきた。人数でカウントするとギリ片手で収まるくらいか。パートナーとは遠距離を挟みつつなんやかんや交際3年目。いわゆる浮気に該当することもしている。
3.パートナーが他の異性と関係を持っていてもあまり気にならない
実家のすぐ近くにポルノ映画館があったせいか、性的な行為に対するハードル?は一切ない。思い返せば幼稚園児の頃から無意識に自分の陰部を触り、小6の夏休みは毎晩オナニーをしていた。それは社会人3年目になっても変わらず、何も予定のない休日は本を読むか勉強するかオナニーをしている。
他人との性的接触も好きだ。ちょっとお酒が入ると割と相手によっては「今チューしたらどうなるかな」なんて思っちゃったりする。人間の唇ってなんであんなふにふにしてて触り心地がいいんだろうとキスするたびに毎回不思議に思う。自分から触りに行くことは一切ないが、相手から求められると普通に心地よさで受け入れてしまう。
ただ、相手は選ぶ。私は20代で、関係を持った相手も全員20代だ。おじさん/未成年とチューとかは全然考えられない。選ぶ相手の基準も一定ある。シンプル顔面偏差値とか、匂いとか、定性判断にはなるけど明確なイケる・イケないが存在する。
ちなみに真剣に交際を検討できる人だったら絶対関係持てない。一回関係を持ったらそれありきの仲になってしまうと言うのはわかっているから。呪術廻戦の「一度人を殺したら「殺す」って選択肢が俺の生活に入り込むと思うんだ」のロジックと全く一緒。あとうっかりハマっちゃうと後が辛そうだし。
結果、今まで付き合ってないのに関係を持ってきたのは恋愛対象外の人たちばかりである。
欲求は人によってそれぞれだし、強い方が弱い方に合わせる必要も弱い方が強い方に合わせる必要もないと考えている。
彼氏が服薬しててEDになってた期間、欲求不満で男友達とセックスしてた。そいつにも彼女がいるが、あまり性的なことに関心がないらしく、頻度は月一回とからしい。その時に「少食な奴を二郎には誘えない」という話をした。
つまり、欲望の強さが違う相手に対して、相手の求めている以上の欲をぶつけてはいけない。ということだ。
少食な人に二郎を強要するのは論外であるように、性欲が薄い人に対して行為を強要するのは論外である。
じゃあこちらの欲はどこに行くのか。二郎に1人で行くのもいいが、一緒に列に並んでくれる友人も欲しいというのが人間ではないか。結果、同じくらいの欲を持つ相手と性行為をする。お互いどっちか結婚したらやめようね、と言うことで今も不定期に続いている。
3.パートナーが他の異性と関係を持っていてもあまり気にならない
パートナーとは一年くらい遠距離だった。その時に、何かのタイミングで彼が後輩の女の子と関係を持った(未遂)。
後輩の女の子が彼にガチ恋したらしく、何度か普通に会ったのちに彼氏の一人暮らしの家にご招待、そういう流れになったと。その時、相手の女の子に告白され、付き合う気はなかったのでお断りして就寝ということがあったらしい。
彼氏曰く「色々あるけどそもそも見た目がタイプじゃなかった」とのこと。タイプだった時にどうなってたんだ?はさておき。て言うかお前タイプじゃない女とヤレるのな。
からかうと面白いので適宜イジって遊んでいるが、別に気にしてはいない。人生で出会える人間の数って限られてるし、それがセフレと言う形でも良いではないか。別に彼氏にセフレがいてもあんまり何も思わない。
逆に私より好きな人ができたらそれはちゃんと別れて欲しい。あと性的じゃない接触をされるのは嫌だ。ワンナイトされるよりディズニーに2人で行かれるとかの方がつらい。
そんなこんなで、付き合ってなくても関係を持った異性がちょいちょいいる。といいつつ今までそういうことしたのは大学か会社の人だ。いい大学→ある程度いい会社だからか、避妊は当然、写真を撮られて脅されるとかもなかったし、「痛かったら言ってね」って絶対言われる。嫌なことを強要された経験は一切ない。そういうのにも支えられているんだろうな。でも世の中いい人ばかりじゃないはずなのでハズレ引く前にやめた方がいい気もする。
当方女、今まで、付き合ってない異性と何回か肉体関係を持ってきた。人数でカウントするとギリ片手で収まるくらいか。パートナーとは遠距離を挟みつつなんやかんや交際3年目。いわゆる浮気に該当することもしている。
3.パートナーが他の異性と関係を持っていてもあまり気にならない
実家のすぐ近くにポルノ映画館があったせいか、性的な行為に対するハードル?は一切ない。思い返せば幼稚園児の頃から無意識に自分の陰部を触り、小6の夏休みは毎晩オナニーをしていた。それは社会人3年目になっても変わらず、何も予定のない休日は本を読むか勉強するかオナニーをしている。
他人との性的接触も好きだ。ちょっとお酒が入ると割と相手によっては「今チューしたらどうなるかな」なんて思っちゃったりする。人間の唇ってなんであんなふにふにしてて触り心地がいいんだろうとキスするたびに毎回不思議に思う。自分から触りに行くことは一切ないが、相手から求められると普通に心地よさで受け入れてしまう。
ただ、相手は選ぶ。私は20代で、関係を持った相手も全員20代だ。おじさん/未成年とチューとかは全然考えられない。選ぶ相手の基準も一定ある。シンプル顔面偏差値とか、匂いとか、定性判断にはなるけど明確なイケる・イケないが存在する。
ちなみに真剣に交際を検討できる人だったら絶対関係持てない。一回関係を持ったらそれありきの仲になってしまうと言うのはわかっているから。呪術廻戦の「一度人を殺したら「殺す」って選択肢が俺の生活に入り込むと思うんだ」のロジックと全く一緒。あとうっかりハマっちゃうと後が辛そうだし。
結果、今まで付き合ってないのに関係を持ってきたのは恋愛対象外の人たちばかりである。
欲求は人によってそれぞれだし、強い方が弱い方に合わせる必要も弱い方が強い方に合わせる必要もないと考えている。
彼氏が服薬しててEDになってた期間、欲求不満で男友達とセックスしてた。そいつにも彼女がいるが、あまり性的なことに関心がないらしく、頻度は月一回とからしい。その時に「少食な奴を二郎には誘えない」という話をした。
つまり、欲望の強さが違う相手に対して、相手の求めている以上の欲をぶつけてはいけない。ということだ。
少食な人に二郎を強要するのは論外であるように、性欲が薄い人に対して行為を強要するのは論外である。
じゃあこちらの欲はどこに行くのか。二郎に1人で行くのもいいが、一緒に列に並んでくれる友人も欲しいというのが人間ではないか。結果、同じくらいの欲を持つ相手と性行為をする。お互いどっちか結婚したらやめようね、と言うことで今も不定期に続いている。
3.パートナーが他の異性と関係を持っていてもあまり気にならない
パートナーとは一年くらい遠距離だった。その時に、何かのタイミングで彼が後輩の女の子と関係を持った(未遂)。
後輩の女の子が彼にガチ恋したらしく、何度か普通に会ったのちに彼氏の一人暮らしの家にご招待、そういう流れになったと。その時、相手の女の子に告白され、付き合う気はなかったのでお断りして就寝ということがあったらしい。
彼氏曰く「色々あるけどそもそも見た目がタイプじゃなかった」とのこと。タイプだった時にどうなってたんだ?はさておき。て言うかお前タイプじゃない女とヤレるのな。
からかうと面白いので適宜イジって遊んでいるが、別に気にしてはいない。人生で出会える人間の数って限られてるし、それがセフレと言う形でも良いではないか。別に彼氏にセフレがいてもあんまり何も思わない。
逆に私より好きな人ができたらそれはちゃんと別れて欲しい。あと性的じゃない接触をされるのは嫌だ。ワンナイトされるよりディズニーに2人で行かれるとかの方がつらい。
そんなこんなで、付き合ってなくても関係を持った異性がちょいちょいいる。といいつつ今までそういうことしたのは大学か会社の人だ。いい大学→ある程度いい会社だからか、避妊は当然、写真を撮られて脅されるとかもなかったし、「痛かったら言ってね」って絶対言われる。嫌なことを強要された経験は一切ない。そういうのにも支えられているんだろうな。でも世の中いい人ばかりじゃないはずなのでハズレ引く前にやめた方がいい気もする。
俺は家事できない奥さんと結婚した、料理もやる掃除もやる、旅行の計画も立てる、金もそこそこ稼ぐ
ただし仕事と両立はできないと実感している
お前は仕事がキツイエリート男とは結婚できない、無意識に金持ってそうな仕事できそうなカッコイイ男を選んでしまっているんだ、そうじゃないのと結婚しろ、普通にいるから
俺は家事できない奥さんと結婚した、料理もやる掃除もやる、旅行の計画も立てる、金もそこそこ稼ぐ
ただし仕事と両立はできないと実感している
お前は仕事がキツイエリート男とは結婚できない、無意識に金持ってそうな仕事できそうなカッコイイ男を選んでしまっているんだ、そうじゃないのと結婚しろ、普通にいるから
反AIが無学(高卒オタクマン)な上に人の忠告を聞かないせいで、実在しない問題、恐怖を内輪で膨らませてた例が最近無茶苦茶多いので備忘録的にリスト。
実際は、1000枚に522回分(1枚には0.522回分)と書いてあったのを、英語も読めないのに機械翻訳(AI…😂)で無理矢理引用して誤読。
そもそもスマホの電池容量は約20Whほど。522回分では10kWhになる。電気代で言えば卸値でも100円はする。1枚にそんなにかかっていたら商売が成り立たないとも気づかない頭の悪さ(一部は「だからこそ誰かが金を出してる陰謀なんだ」とか訳のわからないことまで言い出す始末)。
英語力、計算力、金銭感覚のなさ、そして無意識にAI翻訳を頼るという馬鹿に馬鹿を重ねる失態。
普通の英語力があれば解るが、名詞の複数形にsomeがつく場合とそうでない場合では大分訳し方が違う。
「もともとクリエイティブと呼べないほどの仕事もあった」という程度の言葉を「すべてのクリエイターに対する挑戦」のようにねじ曲げ拡散するのは政治的な行いなのか、単なる狂気なのか。
そもそも「学習対策」は無作為のクローラー対策のためにネットにアップする画像に施すものであり、copainterなどの自分で下絵をアップロードするi2iサービスには何の効果もない(というより、もはや何を狙っているのかも不明)のに(詳細は→ https://anond.hatelabo.jp/20240626081537)、イラストに猫の画像を埋め込んで「上手く生成できない画像はこうだ」とか、現在進行形で盛り上がってる。
あいつらの脳内ではこの自分勝手な被害妄想?(というより、ry)で意味不明な発狂を起こしていることすら「AIのせいでクリエイターが先の見えない対策に追われている」と変換されているのがなお凄い。
その「対策」に何の先も見えないのは、AIが凄いからじゃなくて、お前らが自分で何をやっているのかが解ってないからだw
AIを怖がるにしても、せめて最低限の仕組みぐらいは理解してから、仕組み的にありえることを怖がれw