はてなキーワード: 歌手とは
<出演者>
嵐 / HKT48 / AKB48 / A.B.C-Z / SKE48 / NMB48 / エレファントカシマシ / 奥田民生 / KAT-TUN /
加山雄三 / 関ジャニ∞ / KinKi Kids / 工藤静香 / 倖田來未 / コブクロ / 小室哲哉 / 近藤真彦 /
ジャニーズWEST / JUJU / スキマスイッチ / SEKAI NO OWARI / Sexy Zone / タッキー&翼 / TRF /
TOKIO / 西野カナ / NEWS / 乃木坂46 / BEGIN / 一青窈 / V6 / Hey! Say! JUMP / ポルノグラフィティ /
槇原敬之 / モーニング娘。'15 / ももいろクローバーZ / 森高千里 / 森山直太朗 / 山崎まさよし /
ゆず / 初音ミク / aiko / 秋川雅史 / E-girls / いきものがかり / EXILE / GACKT / 三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE /
椎名林檎 / GENERATIONS from EXILE TRIBE / SMAP / 徳永英明 / T.M.Revolution / 秦基博 / Perfume /
浜崎あゆみ / 平井堅 / 福山雅治 / L'Arc-en-Ciel / and more
目新しいのって初音ミクくらい?
テレビに出る歌手っていつも一緒だよな。FMとかネットとか見聞きしてるともっと音楽って広い世界って感動するけど、あまり興味がないとこういうのが全てって思っちゃうだろうな。
見たことある人は知っての通り大半は1960~70年代の、下手をすればそれ以前の昭和歌謡大全集みたいなものだったりする。
本音を言えば、当時の流行を知って、世代である職場の上司や父と話を合わせるのにはいい。
いいが、それ以上に価値を見いだせない番組だとしか思っていない。正直当時のセンスは自分の好みではない。
ハッキリ言えばダサい。うすら寒い。カッコよくない。←ここ重要
世代間での感性の格差、あくまで一個人の感想なので目くじら立てないで欲しい。
父は御多分にもれず昭和歌謡の全盛期を経験した世代で、当時の特集が組まれると録画をするくらい好きだ。
録画された番組を見ては家族に当時の思い出話や歌手の素晴らしさを説いている。
その姿は実に楽しそうだが、時折無言になっては番組をジッと見ている時間が必ずある。
その背中を眺めると、懐かしさにとらわれているのかもしれない背中だと思う。下手をすれば哀愁すら漂ってくる背中だと思う。
その背中を見て、ふと気付いた。
新しい時代だと、素晴らしい音楽だと信じた過去に寄り添うばかりの、懐かしさに依存するだけの残骸なのだと。
面白いものは面白いと言いつつも、結局自分の経験した青春を引きずるだけの残滓なんだと。
そう思うと背筋が寒くなってきた。
例の、慶応法科大学院生(元プロボクサー)の局部切断事件なんだが、報道で見る限り、被害者の弁護士は、「竿だけ」を切り取られたようである。
となると精巣やその他の器官は残っているのだろう。
すると精液を製造する機能は無傷で残っているのだろうから、やはり精液は、それ以前と同じように製造され続けるのだろうか?
となると、いわゆる「たまる」状態になって性欲が湧いて来たりするんだろうか?
放出されない精液は、いずれ体内に吸収されるらしいが、つねに放出せずに吸収する人生を歩むことになるのだろうか?
性欲があるのに放出すべき竿がないというのは、かなり悲惨な人生ではなかろうか?
あるいは、アナルから前立腺を刺激すると、竿を刺激せずして射精に至ることもあるらしい(ゲイの皆様のいう心太というのも、これらしい)から、
今後はそうやって性欲を満たす生活になるのか?
それとも、腕を失った人が「ないはずの腕があるような感覚」に襲われるというように、ありえないはずの「勃起の感覚」が知覚されたりするのだろうか?
そういえば、カストラート(声変わりしないように去勢されたボーイ・ソプラノ歌手)には「性欲があった」という説と「性欲はなかった」という説があって、
映画の「カストラート」では後者を採用し、むしろ「パイプカットした男」と同じ意味で、
お金持ちの女性とかにとって、おあつらえ向きの性欲解消の相手だったかのような描写になっていたが、
これは「竿は残して、玉はとった」結果であって、今回はまったく逆パターンなわけだよなあ。
・・・それにしても、自分はなぜこんなことに思いをはせているのだろうか?
少なくとも、我が竿は、「誰かに恨まれて切り取られてトイレに流される」ようなヤンチャはしておらず、もっぱら自ら愛でていることのほうが圧倒的に多いのだが。
数ヶ月前、ツイッターをやめた。
ツイッターをやっていた頃は、一日中やっているわけではないけれど
電車の中や、家の中など、暇ができればツイッターを見るというような感じだった。
でも、だんだんツイッターを見るに比例してモヤモヤのようなものが、心の隅にできるのを感じていた。
ツイッターで近況を知っているせいで、久しぶりに会う友達が久しぶりの感じがしない。ずっとファンでフォローした歌手やイラストレーターのツイートが気持ち悪くて嫌いになってしまう。気分が塞いでいるときにツイッターを開くと、友人の楽しい様子がつぶやかれていてさらに落ち込む。終わらない大喜利。終わらない自己アピール。みんなの中の「自分」が溢れる場所。
そんなことが続いて、疲れてしまったのだ。
ツイッターでしかつながりのない友人はどうなる?世の中の流れについていけなくなるのでは?最新の情報を得るためにはあったほうがいいのでは?
でも、思いきってやめてしまうと、びっくりするほど気分がスッキリし、ツイッターがストレスだったんだと実感した。
スマホにしがみつくのではなく、窓の外を見てみると、意外な発見があったりする。
周りの様子をいちいち知ることがないから、マイペースに行動できる。
ツイッターやめて本当に良かった。
数ヶ月前、ツイッターをやめた。
ツイッターをやっていた頃は、一日中やっているわけではないけれど
電車の中や、家の中など、暇ができればツイッターを見るというような感じだった。
でも、だんだんツイッターを見るに比例してモヤモヤのようなものが、心の隅にできるのを感じていた。
ツイッターで近況を知っているせいで、久しぶりに会う友達が久しぶりの感じがしない。ずっとファンでフォローした歌手やイラストレーターのツイートが気持ち悪くて嫌いになってしまう。気分が塞いでいるときにツイッターを開くと、友人の楽しい様子がつぶやかれていてさらに落ち込む。終わらない大喜利。終わらない自己アピール。みんなの中の「自分」が溢れる場所。
そんなことが続いて、疲れてしまったのだ。
ツイッターでしかつながりのない友人はどうなる?世の中の流れについていけなくなるのでは?最新の情報を得るためにはあったほうがいいのでは?
でも、思いきってやめてしまうと、びっくりするほど気分がスッキリし、ツイッターがストレスだったんだと実感した。
スマホにしがみつくのではなく、窓の外を見てみると、意外な発見があったりする。
周りの様子をいちいち知ることがないから、マイペースに行動できる。
ツイッターやめて本当に良かった。
最近自分の歌が全然好きになれなくてなんでだろうって結構真剣に悩んでたんだ。
なんかすごく下手なんだよ。
感情込めて歌うとあざとく感じるし、一生懸命歌おうとすればするほど下手に聞こえるんだ。
どうしたらうまく歌えるのかとかもそれなりに調べていろいろ試したけど全く効果がなかった。
個性的な歌手の特徴とか取り入れようとしてみても下手くそなモノマネにもならないし。
それでふととにかく丁寧に歌ってみようと思ったんだ。
うまく歌おうとするのではなく、とにかくリズムも音程もすごく丁寧に一つ一つを確認するように歌ってみたんだ。
すると録音を聞いてびっくり!何だこの美声は!抱いて!
なんだろう。その曲にこもった熱量というか、
その歌手がどんな気持ちで、どれだけの想いを込めてその歌を作ったのか。
それらを急に理解したような、歌手とシンクロしたみたいなスイッチが急に入って、
涙が止まらなくなる。そんなことが時々ある。
この前実家に帰った時に、地元で仲がよかった友だち達と約3年ぶりに再会した。
美人で性格のいい友だちはキャバ嬢をしながらヒモの彼氏を2年前から養っていた。
家が近かった友達ももれなくギャルになり、ドラッグストアでレジ打ちしながら改造したワゴンR海に繰り出しナンパを待つらしい。
同じ趣味を持ってた友達は、派遣を3度辞めて、期間工になりお金を稼いではK-popのアイドルの追っかけをしてるらしい。
デキ婚した友達は、旦那が帰ってこなくなった為、実家で暮らしつつ新しい彼氏をSNSで探していた。
話が全然合わなくなっていた。たった3年なのに、と思った。
なんとかして以前の面影を探したくて、必死に共通の話題を探したけど、
愛してる、おまえだけとかとにかく歌詞が直球な歌を歌う聴いたこともないような歌手の話、
k-popやExileや三代目や浜崎あゆみの話。どこのエクステがいいかとか、車がどうしたとか、
男にナンパされたとか、イオンに同級生のあいつがいたとか、そんな話が延々と続いた。合わせて大げさに笑ったり、相槌をついたりしかできなかった。
キャバ嬢になった友達が、「格好がおしゃれやね、東京の人は違うわ」と私のユニクロの服を見て言った時、
心底来なきゃよかったと思った。仕事の話を聞かれて曖昧に答えたら、「さすがうちらの希望の星!」って言われて、やっぱり心底来なきゃよかったと思った。
こんな寂しい思いをするんなら、facebookでいいね!を押すだけの距離感でお互いに何も知らないままずっと長く付き合っていたかった。黒々しいカラコンが、余計に皆の元の顔を分からなくさせてた。
きっと今度は誘われないと思う。
学歴は高校中退、漏れ聞こえてくる話だと仕事をしょっちゅう辞めていて、
内容は「このニュースに対してこういう意見を持っている奴はおかしい」という人格批判ばかり。頭悪い。
口癖は「俺は将来大きな事を成し遂げる」で、年齢は30代中盤。
なんだよ「大きな事」って、ちょっと夢見がちじゃないかなと失笑していた。
彼は歌が好きだ。「周囲からも歌が上手いって言われるんだ」と話していた。
自分でそういうくらいだからよほど上手なのだろうと思っていたのだけれど、デモテープを聞かせてもらった感想としては……あれ、もしかして俺のほうが上手い?と思うくらいだった。
しかし彼はコンクールとかにがんがん参加し、バンドメンバーも集め、自分自身の活動に勤しんでいる。
それまでの間、何度もコンクールに落選し、プロへの道を絶たれていたはずだ。
なのに全くめげていない。
自分なら学歴だけでも「どうせ俺なんて」と拗ねそうな勢いなのに、どうしてこの男はこんなに堂々と「俺高校中退!」と言えるんだろう。
最近、この男の自信がいったいどこから来ているのか、知りたくてしょうがない。
周囲に、彼をけなす人がいなかったのかもしれない。
けなされても「相手が悪い俺は悪くない」と思って相手にしなかったのかもしれない。
あまりに自分が正義だと思い込むのはどうかと思うけれど、大して何もできないのに堂々としていて、かつ誰からもツッコまれないポジションは羨ましい。
自分は何をやってもすぐ貶される。自信を付けたい。
先日、歌い手の「鋼兵」がアップロードした「【ゆっくり雑談】「なぜボーカロイドは衰退したのか」を解説する」という動画が話題になっている。
とうとう今日になってニコニコニュースに載ったほどだ(マッチポンプかな?)。
なお、始めに言っておくが、このエントリはその動画の主張が偏りすぎていることを批判するものである。
と書くと、「鋼兵はボカロPとしても活躍しているではないか」とツッコミが入るだろう。
しかし、私は確信を持って言える。あの動画は歌い手としての立場で書いているだけに過ぎないと。
ボカロ衰退論バックナンバー http://ceripher.tumblr.com/post/123365252187
時代を遡れば「メルト」登場時から衰退論は存在していたのである。
そして、一時期ボカロPとしても精力的に活動していた氏が、なぜ今になって突然衰退論を口にし始めたのか?
先日AHSから「猫村いろはV4」が発売されたことを覚えているボカロクラスタの人々も多いだろう。
VOCALOID3の時点で既に「数が飽和しているのではないか」と言われていたボカロ音源だが、V4の登場以降、着々と音源は増えている。
ではボカロPたちはどうだろうか…?
今では人のために曲を書くプロになった人もいる。
相変わらず何でもありの世界が続いているのだ。
さて、「歌ってみた」はどうだろうか。
最近になって、歌ってみたカテゴリで賑わっている動画の傾向が変わってきていないだろうか?
「歌ってみた」のボカロ離れが始まっている? http://ascii.jp/elem/000/000/877/877539/
2014年時点で、この記事の通り、「歌ってみた」で歌われる楽曲の中のボカロ曲の割合が減ってきている。
現在のニコニコ総合ランキングでランクインしている歌ってみたの中にも、アニソンを元にしたものがちらほらあるだろう。
そして、その動画で歌っているのは、「昔ボカロ曲を歌ってた歌い手」である。
氏は動画の中で
「歌いたいと思えるボカロ曲がなくなった」
私はこの主張を全面的に信用する事はできない。
以前なら凄い再生数を叩き出せたであろうクオリティの楽曲でも、現在では埋まってしまっている。
それらの楽曲を歌いたいと思う歌い手は存在しない、というのだろうか?
彼らは人気曲を歌うのだ。人気ではない曲は歌う気が起きない。
なぜ人気曲しか歌わないのか?
殆どの人は知っていることだが、ニコニコ動画で動画をアップしていると、
「クリエイター奨励プログラム」というシステムの元、お金をもらうことができる。
いくら分のポイントになるかは時期などによっても変わるが、だいたい再生数の40%弱ほどの金額だと思ってもらえばいい。
そう、人気ボカロ曲が誕生する時。それは歌い手の稼ぎ時なのだ。
もちろん、クリエイター奨励プログラムはJASRAC楽曲の歌ってみたなどでも適用される。
つまり本来、このまま歌ってみたは寄生先をボカロからアニソンへ変えてうまい汁を吸い続けていればいいはずなのだ
が。
氏は気づいた。アニソンの歌ってみただけじゃヤバい。ボカロ曲の時代と比べてかなりヤバい。
アニソンはだいたい1タイトルの1クールでOPEDの2曲+α。それが例えば30タイトルあったとしよう。そうすると60曲。
しかし殆どの人が見ないアニメやハズレ曲があるとなると、やはりごく一部の人気アニメの曲を歌うしかない。
そうなると1クールで5,6曲。
ボカロではどうだろうか?ヘタすると殿堂入り確実視されているようなPが一週間に2人ぐらい新曲を出したりする。
1ヶ月で10曲以上は選択肢があっただろう。どちらの方がチャンスがあるだろうか?
アニソンを歌うのは誰か。プロの歌手である。(最近はプロ化した歌い手が歌うものも増えたが)
それを相手にして歌うのは、これまでボカロと比べられるだけだった世界とは比べ物にならないほど険しい道だろう。
ヘタに大御所プロの曲を歌って信者が「原曲超えた!」なんて言ったら大戦争になりかねないし、
それこそプロ化した歌い手が担当しているアニソンを「歌ってみた」なんてしたら信者の代理戦争である。
アニソンだけではないが、JASRAC管理楽曲はCDにするときに制作枚数の申請もしなきゃいけないし使用料の納付も必要となる。
つまり同人CDとして売る時にもめんどくさくなる。商業CDであっても今度は会社がめんどくさくなる。
ライブでも同じことになる。
ボカロ曲を歌っていたころは、「○○(曲名)は歌い手の~~さんのが一番」とか言われて、舞い上がったこともあったろう。
…そう、このままアニソンを歌うようになっていくと、最終的に自己顕示欲もお金も満たせない。
ただでさえ、二次創作の先端を独占できなくなっていたというのに…!!
元来、ボカロ曲の二次創作は「歌ってみた」「踊ってみた」「演奏してみた」などの「~してみた」が最先端(つまり一番外側)であった。
ということは、一番一般人に近い位置にいるコンテンツであった。
これはつまり、フリーライダーとしてノーリスクハイリターンな位置に居たことを意味する。
「ボカロ曲を元にした小説化・漫画化・アニメ化」のムーブメントである。
これにより、ボカロ曲の二次創作による恩恵を作者自身や、関係企業が受け取ることができるようになっていく。
無論、そのテーマソングなどに歌い手が呼ばれることもあるが、それは歌い手をメインとした企画ではない。
さてここで冒頭の動画に戻ってみよう。
・歌いたい曲が無くなったから衰退した
・プロジェクトとかメディアミックスとかでボカロを前に押し出さなくなったから衰退した
……ん??
「歌い手が歌いやすいようにボカロ曲(仮歌)をどんどん出す事が正義」と世論を誘導しようとしているだけではないか。
一時期のうるさい外野が去って、人それぞれがやりたいようにやれるようになった現在の落ち着いたVOCALOIDというジャンルに、
それじゃあ自分たちがおまんま食えないからと誘導するための動画を作っただけではないか?
……あとは歌い手としてもボカロPとしても大成功を収めたHoneyWorksへの嫉妬とも見られるところがちょくちょく見られたけどそこらへんはしーらないっと!