はてなキーワード: パラパラとは
Hunter x Hunter を最初に知ったのは中1か中2の頃だったかな。
最初に手に取って読んでみた感想はキャラクターのデザインはみんな面白そうなんだけど、絵柄が自分に合わないなということ、漫画なのに小説並みに文字数が多くて途中から面倒くさくなって、パラパラ場面飛ばして読んでた。それでも蜘蛛編は印象的だったし、ヒソカやクラピカ、キルアなんかは記憶に残った。ゴンは典型的な少年マンガ主人公を模倣してるみたいで好きになれなかった。レオリオに至っては少年マンガになんでいるのかよく解らないキャラだった。
数年経って読み返して、ようやくその人気とか世界観とストーリーの深さを味わうことができるようになって、間違いなく傑作であることは認められるようになった。連載が再開したら呪術と似てると指摘されるコメントを見たが、呪術ほど子供に分かりやすい描き方をしている漫画ではないので、そこはハンターの強みだと思う。
男の子だ。
言葉が通じない段階での声かけはどのようにすれば、そしてそれが何故いいのか?
どのようなおもちゃがどういう風にいいのか?
ご飯を食べない時はどうしたら?
テレビやYouTubeを見せない主義・ごく短時間のみとする主義があるがそれはどういう理由なのか?
親が子の前でスマホを触り続けるとどうなるのか?
夫婦間、親子間でやってはいけないコミュニケーションやかけてはいけない言葉はあるのか?
などなど。
何も分からないことだらけだから、せめて知識をインプットしたい。
もちろん完璧にできるなんて思ってはないが知っているのと知らないのでは大きな差があると思う。
自分は性格がそんなに良くないと思うから何も考えずありのままで育てると危険だと思っている。
できれば、何か研究など信頼できるデータに沿って書かれているものか、主義として一貫性の感じられる書物を沢山読みたい。
逆に、スピ系や、1人の人間の主観や経験をもとに書かれたものはあまり信用に値しないのではないかと思うので、避けたい。
どのように育てたいかにもよるよな。
そのためには愛されている自覚をもつ、自己肯定感、他人を愛することができる、ある程度勉強やスポーツなどを頑張る、ある程度集中力を持っている、などの要素は必要になると想定される。(が、この辺も特に自分の中で整理されている訳ではない。そして押し付けようとは思わない)
外でのマスク着用についての話だとは思いますが、教室内でも外す子が出ないか心配です。都内の小学校ではまだまだ感染者が出ています。以前程報道されなくなり、クラスターも減り、軽症や無症状の子が多いですが、後遺症に苦しむ子もパラパラいます。後遺症に苦しむ子は、心配から周りには大々的には言わないですが、1ヶ月後から熱が再発したり、脱毛、倦怠感、頭痛が多いです。小学生や保育園児は予防接種に慎重になる家庭も多いと思うので、教室や屋内は、感染が収まるまではマスク着用を基本として下さった方が安心です。スポーツ時は距離あれば外してもよいかと思いますが、やっと着用に慣れた子が多いですし、外すと未接種の子供は感染しやすく、教員や親にうつしてしまう可能性も高いので、マスク着用は続けてほしい。
ビリヤニはスパイスを使った炊き込みご飯みたいな料理で久しぶりに食いたかったのだ
楕円型の銀皿にドカッとビリヤニが盛られ、その上にタンドリーチキンが鎮座していた
複雑なスパイスの味とうま味がパラパラのインディカ米と相まって美味かった
インディカ米のさらっさら加減がしつこくないから量が多くても飽きずに口に放り込んでいける
パラパラ系のチャーハンが目指している感じって、こういうインディカ米みたいな感じだよなと思いつつ、じゃあ最初からインディカ米でチャーハン作ったらいいんじゃないのか?とか食いながら考えてた
辛さは普通を頼んだのだけど、そもそもの量が多いからだんだんと口に辛みが溜まってきて、汗が吹き出してきた
飲み物がなくなったころに、ネパール人の店員さんが「みじゅー」と言いながら水を注いでくれた
大変、満腹になった
学生時代に行った店は、大学から徒歩10分くらいのところにあって、メニューはビリヤニしかなく、営業時間も短かった
後輩からそういう謎の店があるらしいと聞かされて一緒に行ったのを覚えている
上品なマダムみたいな人が一人でやっていて、何でビリヤニだけの店をやっているのか聞くと、南アジア系の留学生たちのためとのことだった
何でも故郷の家庭料理が恋しいけど食べられる店がないと言っているのが可哀そうだったから始めたとのこと
別に広告も出してないので日本人の学生が来ることはめったにないと言っていた気がする
俺はブックオフが大好きだ。
昔から俺の知識と好奇心の供給源であり、今でもそれは変わらない。
本屋は新しい世界の出会いというけども、それはブックオフも同じこと。出版関係から忌み嫌われようとしても、ユーザーの立場からすればブックオフはありがたい。はてなだと妙に出版社や作者側に立ちたがる人が多いけどな。
なにせ安い本ならとりあえず110円で買えるんだから、なんかタイトルで興味を持ってパラパラ見て、とりあえず面白そうなら躊躇せず買える手軽さは普通の本屋ではよほどの金持ちではない限り考えられん。Kindleでも無理。
さすがに110円、220円のコーナーなら最新の本は並ばないけど、少し前の本でもそこまで情報が古いとは思わん。年を取ると2015年くらいでもつい最近だし。
それに古い本なら、ああそんな時代あったなーと懐かしむ楽しさもある。今さらPHSの本や昔のiPhoneの本を買って読むのも楽しい。
とりあえず失敗しても懐が傷まない程度に色んな分野へアクセスできるってのは、スゴイことだと思うぞ。
図書館を使えよっていう人もいるだろうけど、うちの近所の図書館はそんなに品揃えが良くないし、新刊が頻繁に入ってくるわけでない。ブックオフだと、在庫が入れ替わるし、そもそも別店舗に行けば別の本との出会いがあるわけだから、よほど専門的な本を読む場合でない限りはブックオフの方に軍配か上がると俺は思うがな。
https://anond.hatelabo.jp/20220331130032
それ以前に、多くの科目の教師がかなりいい加減で、授業の8割が無関係な雑談を一方的に喋ってるだけだった。それなのに中間・期末テストも高校受験も容赦なく迫ってくる。授業が崩壊しているのに家で予習復習など自主勉ができるはずもなく。
やる気無さすぎな教師どもにも腹が立ったが、まず不満だったのが教科書。教師が解説をするのが前提の造りになっているから、解法とか載ってない。例題、練習問題、応用問題。それらが広々とした余白の中にたゆたっていた。
ところで小学生時代のある年度始め、担任が新しい教科書を配る際にミスって教師用のも配布してしまい、それが私にあたった。家に帰ってから、記名する前に中身を確認してみたら、余白であるべき部分に赤字で色々書かれていた。問いの答えと、教える際のポイントのようなことだった。その時は、ヤバいこれは先生のだ。自分が持っていてはいけないやつだ。と思い、手垢をつけないようすぐ閉じて、ソッコーで学校に引き返して担任に渡して自分が悪いわけでもないのに深々と頭を下げて謝罪し、生徒用の教科書と交換してもらった。真面目すぎか。
そんなことがあって、教科書というものは知りたい事に限って書いていないものなのではないか? という発想というか疑問というかを懐いたものの、すぐに忘れた。
で、中学に上がってから教科書ガイドというものの存在を知った。きっかけは同じクラスの友人だった。そいつは学校の授業や宿題や教師の監督がない時の小テストでズルをするために教科書ガイドを使っていた。こっそり机の引き出しに忍ばしておけば、授業中に指名された時にいいよ、といってそれを私に見せてくれた。
教科書ガイドは教科書と同じ内容が書いてあったが、問題の答えが書いてあって解説も書かれていた。教師用の教科書とは違うのかもしれないが、これさえあれば教師要らなくね? と思った。
帰宅して私は母親に教科書ガイドを買ってくれろとねだり、本屋に連れて行ってもらった(当時の我が家はお小遣い制ではなく、親戚から貰ったお小遣いも全額親に没収されていたので、私は自分の金を持っていなかったのだ)。だが母親は平積みされていた教科書ガイドをパラパラめくって中身を確認して一言、
「ズルだからだめ!」
それより数ヶ月前に学習塾に入れられそうになったのを全力で拒否したのもまずかった。あんなに勉強するのを嫌がっておいて、今度はこんなズルい手を使って更に勉強をサボろうというのか! と母親をカンカンに怒らせて終わった。
言い訳をさせてもらえば、塾に入るのを拒否ったのは、塾に通っている同級生が皆授業中に睡眠補給をしているのを見ていたからだ。彼らは夜遅くまで起きて塾で勉強をし(?)「塾の宿題があるので出来ませんでした」といって学校の宿題をサボっていた。当然、成績は芳しくない。テスト当日の朝の挨拶は「勉強した? 俺はやってないw」
そんな奴らと同じ塾に行って成績が上がるか馬鹿野郎。むしろ全力で足引っ張られて沈むわ。
そんなこんなで教科書ガイドを入手するのを断念した私は、それでもなんとか別の手(通信教育と学校配布の問題集と参考書)を使って勉強して高校受験でしくじるのは回避出来たが、今でもあの時教科書ガイドを買って読んでいれば、あんなに遠回りしないで済んでいたんじゃないかと、ずるずる根に持っている。
けど、教科書ガイドを使って勉強して成績上がったとかいう奴には会ったことがないから、実際使えるのかどうか疑問だ。誰か使ってよかったよっていう人おるん?
98歳までボケることもなく足腰も丈夫だった(死因は肺炎だった)んだけど、
表題の通りあらゆる食い物に味の素を添加して摂取していて、ある程度家族も巻き添えになってた。
1kg入りの袋を2~3か月毎に買ってたと言えばただ事で無さが伝わるだろうか。
そんな生活を何十年もしていた。
世間では味の素でボケるとか味覚障害になるとかたまに言われるが、味覚障害についてはなるかもと言わざるを得ないけどボケはまったく感じなかった。
数独とかクロスワードとか自分より解くの速かったし、その年代にしては珍しいことに英語もできた。
そのばあちゃんの味の素の使い方が変わっていて、料理をぜんぶ味の素ナシで作ってから、食べる直前にスプーンでがばがばっとかけてたのよな。
見た目のインパクトも絶大だったし、味の面でもグルタミン酸は閾値を超えると味覚では分からないとよく言われるがさすがにその分量だとガクンと脳に来る感じもあった。
なぜそんなことをするのか。曰く、「加熱すると味の素本来のうまさが失われる気がする」という、やべー奴としか思えない理由だった。
まぁ冒頭に「家族もある程度巻き添えに」と書いたように、そのかけ方だと家族は直前でストップを掛けることができるので、
文句を言われつつ常にその分量を摂取することは免れていた(時々フェイントで入れてくるのはあった)。
でもたしかにそういう気がしてくる程、おばあちゃんの作るメシはうまかった。
たぶん味の素とボケにはなんも関係ないってのが有力な説だろうけど、もしボケるとしても加熱しないことでその成分が増えないとか、そういうのもあるんかもしれないな。
そんなおばあちゃんの(たぶんいくらか味の素を含んだ)血を受け継いだ自分も、味の素信者に……はならず、たまにほどほどの分量を使用する程度。
でも実はあの使用法は受け継いでいて、今日も出来立てチャーハンに味の素をパラパラっとかけながらふとおばあちゃんを思い出した次第。
(追記)
自分がおばあちゃんから継承した知識としては、一般人向けの50グラム入り(150円くらいか?)とかを
チマチマ買うより1kgをドカっと買って容器に補充する使い方のほうが圧倒的にコスパがいいということ。
一般人は使い切れるか心配だろうけど実は味の素に賞味期限はないのだ(砂糖や塩と一緒らしい)。
ただ袋の下のほうに小さく「これは業務用です。家庭用とは配合が異なります」とか不穏なことが書いてる。
けど味の違いは正直わかんない。