「好意的解釈」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 好意的解釈とは

2019-04-29

松浦大悟(@GOGOdai5)はトランス差別悪化について責任を果たすべき

このエントリーの要約

三橋順子氏は文春オンライン記事で、以下のように松浦氏批判した

 1.松浦氏トランス法案への懸念は、現実的根拠が一切示されていない(=松浦氏トランス当事者実態無視している)

 2.現実的根拠を示さないまま、トランスに対する不安を煽る発言をした

 3.その発言によって、ツイッターにおけるトランス差別悪化した

松浦大悟氏の発言を最大限好意的解釈すれば、彼は次のように反論したと考えられる

 1.思考実験として検討しただけで、現実的根拠の有無は関係ない

 2.あくま法案の条文があいまいであることを指摘しただけだ

 3.自分発言トランス差別ではない

松浦氏発言を最大限好意的解釈しても、なお松浦氏発言には以下の問題が残る

 1.「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況が差別ではない、ということの理由説明していない

 2.トランス当事者実態をきちんと説明しないまま、議論を進めてしまった

 3.自身発言が、ツイッタートランス差別悪化の一因となった

もっと重要なのは、次の点である

 ・松浦氏は、自身発言トランス差別悪化させたことに対して責任を取っていない

●よって松浦氏

 1.自身発言トランス差別悪化させたことを自覚し、トランス差別への明確な反対を表明し続けるべきである。具体的には、

  a.トランス差別に反対するという立場を明確に発信し続ける

  b.トランス当事者実態を正しく理解し、正しい情報継続的に発信する

  c.トランス差別悪化させないように、自身の「懸念」をもっと的確に言語化する

 2.今後はトランスフォビアを悪化させない形で議論を深めることを目指すべきである

以上がこのエントリーの内容のすべてになります

三橋順子による批判記事と、松浦氏反論

三橋順子氏による記事なぜ2019年の日本で、トランスジェンダー女性たちが攻撃されているのか | 文春オンライン」のなかで、松浦大悟氏の発言ツイッター上のトランスジェンダー差別悪化させる一因となったことが指摘されました。

1月5日放送のAbema Newsみのもんたのよるバズ!」で元参議院議員松浦大悟氏がこう語りました。

「今、イギリスで大問題になってまして、(中略)手術をしなくても性別移行ができるようになっているのが、世界の潮流なんですね。それで性自認女性だとなれば男性器がついていようとも、更衣室、女性更衣室に入れなければいけないということになっているんですよ。それについてフェミニストの人たちが大反対してまして、『冗談じゃない』と、自分たちは性被害に遭っている人がいっぱいいて、恐怖を感じると。」

 この発言Twitter拡散されて、一気にトランス女性排除の炎が大きくなりました。

(※当該発言みのもんたのよるバズ!2019年1月5日 - YouTubeの57:36から確認できます

これに対して松浦大悟氏本人は次のようにツイートしました。

松浦大悟さんのツイート: "三橋順子氏に嘘を流されて困っています。トランスジェンダーはアンブレラタームであり、その中にはクロスドレッサーも含まれます。法律を作るときには瑕疵がないように全ての問題点を洗い出さなくてはなりません。法案作成過程では議論がなかった?穴を見つけられない事が立憲民主党の問題点なのです。… https://t.co/VYspZcZOTB"

以下では松浦氏反論がどの程度妥当か、確認していきます

●両者の「トランスジェンダー」の定義はいずれも正しい

まず議論を始めるために、「トランスジェンダー」という言葉定義確認しておきましょう。

三橋氏は記事のなかでトランスジェンダーの定義について以下のように述べています

トランスジェンダーの定義は「生まれた時に指定された性別と違う性別生活している人」です。

これに対して松浦氏は以下のように反論しています

トランスジェンダーはアンブレラターム(=包括的用語引用者注)であり、その中にはクロスドレッサーも含まれます

さて、どちらの「定義」が正しいのでしょうか? 実のところ、どちらの定義も間違いではありません。

Feminist Perspectives on Trans Issues (Stanford Encyclopedia of Philosophy) 確認してみますと、トランスジェンダーは「トランスセクシュアル、ドラァグ・クイーンキング、ある種のブッチレズビアン、(異性愛男性異性装者のような、いくつかの異なった種類の人々の集合を指す包括的用語umbrella term)として用いられる」と同時に、「トランスジェンダーという用語トランスジェンダリスト(出生時に割り当てられた以外の性別としてフルタイム生活しているが、ホルモンや手術などの治療を行なっていない人)と同じ意味で使われることもある」とされています

また、森山至貴『LGBTを読み解く』でも、包括的用語としての「(広義の)トランスジェンダー」と、「異性の服装をすること自体に重きを置くトランスヴェスタイトではないが、医学的な処置を望むトランスセクシュアルでもなく、自らの性自認にしたがって生きる経験やそのような人々のことを指す」用語としての「(狭義の)トランスジェンダー」という、2つの意味があると指摘されています(p.98-101)。

三橋氏の定義も、松浦氏定義も、いずれも間違いではない。このことを確認したうえで、議論を次に進めましょう。

現実トラブルが起きたという証拠はない

次に確認しておくべきことは、(1) 日本にもすでに性同一性障害への差別を解消するための法律があり、(2) それでも女湯や更衣室などをめぐるトラブルは生じていない、という点です。

これについては松浦大悟さんの「女湯に男性器のある人を入れないのは差別」論への疑問から引用しておきましょう。

そもそもトランスジェンダーの公衆浴場利用について同様の議論をしたいなら、「障害者差別解消法」(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律 - 内閣府引用者注)を引っ張ってくる必要があります

2016年施行された障害者差別解消法における「障害者」の中には性同一性障害も含まれており、性同一性障害に該当する人はこの法律によってすでに守られている状況です。

それでも、障害者差別解消法のせいで男性器のあるトランスたちがどんどん女湯に入ってきてトラブルが増えたなんて事実はどこにもないはずです。

ここでもう一度、Abema Newsみのもんたのよるバズ!」での松浦氏発言確認しておきましょう。

「今、イギリスで大問題になってまして、(中略)手術をしなくても性別移行ができるようになっているのが、世界の潮流なんですね。それで性自認女性だとなれば男性器がついていようとも、更衣室、女性更衣室に入れなければいけないということになっているんですよ。それについてフェミニストの人たちが大反対してまして、『冗談じゃない』と、自分たちは性被害に遭っている人がいっぱいいて、恐怖を感じると。で、そういう人たちを出てけということを言ってるんだけど、これは差別にあたるわけです、そういう法律ができるとね」

注目するべきは、『イギリスフェミニストが大反対している』ということしか説明されていない、という点です。松浦氏は、『差別解消法によって、イギリス男性器のあるトランスたちがどんどん女湯に入ってきてトラブルが増えた』とは一言も言っていない。実際にトラブルが起きているかどうかには一切触れず、ただ単にフェミニストが反対しているということしか説明していないのです。これでは、イギリスで「大反対」しているフェミニストの主張が妥当なのかどうか、まったく分かりません。

まり松浦氏は、「手術なしで性別移行できるような法律が、実際に女性への被害をもたらしている」という証拠を何一つ提示していないのです。

この点で、松浦氏発言根拠薄弱であると言えるでしょう。

好意的解釈1.「あくま思考実験にすぎない」

ここで一旦、二人の対立を整理しましょう。

松浦氏は「正義正義バッティングした時のことを野党であるLGBT差別解消法は想定していないと指摘した」とツイートしていますhttps://twitter.com/gogodai5/status/1085414545814892544

これに対して三橋氏は、そもそも彼が言うような形で「正義正義バッティング」すること自体が「ありえない」と主張したわけです。

しかに、松浦氏は自らの懸念について、根拠をまったく示していません。

それでも、松浦氏発言好意的解釈すれば、以下のように捉えることができるかもしれません。

あくまで隙のない条文を作るための思考実験であり、現実的根拠の有無は関係ない』

もしも松浦氏がこのような立場を取るのであれば、三橋氏の批判回避することはできるかもしれません。

好意的解釈2.「あくま法律案の条文に含まれ問題を指摘しただけ」

もう一点、できるかぎり好意的解釈すれば、松浦氏立場は以下のようなものと言えるでしょう。

法律案の条文において、「トランスジェンダー」という用語が「広義のトランスジェンダー」を指すのか「狭義のトランスジェンダー」を指すのか」があいまいである。このようなあいまいな条文では、運用に際して問題が生じうる。私はその点を批判しただけだ』

あくま一般論ですが、法律の条文に多義的用語が含まれることは、あまり望ましいことではありません。

この一般論に則った発言として松浦氏発言解釈するならば、一般論に則っている部分に関してはある程度の妥当性がある、と言えるかもしれません。

好意的解釈3.「自分発言トランス差別ではない」

松浦氏は、「私はトランス女性が脅威だなどと発言していない」とツイートしています

https://twitter.com/gogodai5/status/1085414545814892544

自分発言トランス差別ではない、ということを言いたいのだと思います

しか松浦氏は「トランス女性シス女性へ加害する」とは言っていません。おそらくは「ペニスに対して恐怖をいだく女性特に暴力被害者)がいるのではないか」という「問題提起」だと考えられます

かに、「女性ペニス恐怖を抱くことの背景への配慮」もまた重要論点です。

しかし、「トランスフォビアの解消」も同じく重要論点であることを忘れてはいけません。

女性ペニス恐怖を抱くことの背景への配慮」と「トランスフォビアの解消」を区別したうえで、その両方を目指した議論をすることが必要となるはずです。

にもかかわらず、松浦氏はこの2つが必ず対立してしまうかのような前提で議論を進めています。この点に、「問題提起」としての不十分さが垣間見ます

(なおトランスフォビアと「男性身体」への恐怖というテーマについては、こちらの記事「女性専用スペース」とトランスフォビア - frrootsのtwitter補完メモに詳しく論じられていますので、関心のある方は一読ください)

好意的解釈すれば、松浦氏発言自体トランス差別ではない、と言えないこともないかもしれません。

それでも、不十分な「問題提起」によってトランスフォビアを煽ってしまった、という問題は依然として残るかと思います

松浦氏反論できていない論点

●「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況が差別ではない、ということの理由説明していない

ここで忘れてはならないのは、「手術をしなければ、自分確信する性別として生きることができない」という状況は、極めて大きな問題がある、ということです。

特例法が求める性別適合手術は、当人の心身に多くの負担を与え、高い医学的侵襲性を伴う医療行為です。「強制断種」の点においても、性の健康権利理念から反するといえます。(石田仁『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』p.99)

言うまでもなく、手術を望む人が手術を受けられる、ということは重要です。しかし、手術を強制されるということは、このように「性の健康権利」を剥奪されるということです。誰もが持っているはずの当然の権利剥奪されている。この状況を「差別」と呼ばないのであれば、その根拠説明するべきでしょう。

●「現実的根拠がないまま、トランスへの不安を煽った」という批判反論していない

松浦氏は先行事例としてイギリス法制度を紹介し、「懸念」を提起しました。しかしそこで、「手術なしで性別移行できるような法律が、実際に女性への被害をもたらしている」という根拠はまったく提示されませんでした。この点で、松浦氏の「懸念」には、(1) 現実的根拠がなく、さらに (2) トランス当事者実態無視している、という問題があると言えるでしょう。

●「自身発言トランス差別悪化の一因となった」という批判反論していない

さら重要なのはこの点です。

松浦氏は、あくま法案問題点を指摘しただけだ、という反論はしていますしかし、「自身発言トランス差別悪化の一因となった」という点については何も述べていません。

もしも仮に松浦氏の「懸念」に根拠があったとしても、トランス差別に反対しなければならないことに変わりはありません。

かに議論を深めることは重要です。しかしその過程トランスへの差別が深まるとすれば、それは問題です(誇張ではなく、差別は人の命にかかわりますから)。そうである以上、トランスフォビアを悪化させない形での問題提起をするべきです。

結論

松浦氏は「トランスフォビアを悪化させない形での問題提起」に失敗した。

このことは否定しようのない事実でしょう。

(もちろん言うまでもなく、松浦氏発言以前にも、インターネット上にトランスフォビア言説は存在しました。しかし、松浦氏トランスフォビアにさらに火をつけてしまった、という点は批判されるべきでしょう)

このことについて、松浦氏責任を果たす必要があるはずです。

具体的には

 1.トランス差別への反対を明確に発信し続ける

 2.トランス当事者実態を正しく理解し、正しく発信する

 3.トランス差別悪化させないように、自身の「懸念」をもっと明確に言語化する

以上のことをするべきかと思います

松浦氏自己弁護ばかり繰り返さず、自分言葉引き起こし帰結としっかり向き合ってください。

曲がりなりにも「政治家であるならば、自身発言責任を持ってください。

最後一言

差別解消法について議論する目的は、実際に起こっている差別を解消することです。

もしも差別解消法について議論することが、差別悪化させてしまうとすれば、それはまったくの本末転倒です。

あくまでも目的差別解消であり、法律はその手段しかない。議論する際には、この前提を忘れないようにしていただきたいと思います

2018-12-29

anond:20181228094519

一般論として「貴方の好きな作品でもこれと同じ事されたらイヤでしょ」と言いたいようにも受け取れる(好意的解釈

2018-12-11

表現の自由

ザッシュ2号(@zassyu2_ero)が漫画家協会相手取り民事調停を行うという。

彼の主張はnoteにまとめられている。 → https://note.mu/tutakazura/n/n7d7d48a377d3 https://note.mu/tutakazura/n/n162e8bb5c9eb?creator_urlname=tutakazura

言いたいことは山程あるが、今回は表現の自由について少し検討したい。

いくつか彼の言葉抜粋する。

無修正エロ漫画を描き、出版し、販売し、所持できる。

・それが表現の自由出版自由

憲法に記されているし、文化芸術基本法にも記されていし、独占禁止法からみた商売としてそれが公平で公正な状態。。」

「②正常な状態の発表、法的根拠

エロ無修正で書くのが当然、憲法にも記されている。憲法違反の法律判例判決無視するべきだと憲法に記されていることを主張。」

果たして本当だろうか。

エロ無修正で書くのが当然、憲法にも記されている」おい、されてないだろ。

好意的解釈原則からいくと、表現の自由があるからエロ表現保障され、修正強制されることはない。だから無修正で書けるのが当然だ、ということだろうか。

では表現の自由とは、一体どういう自由なのだろうか。


表現の自由とその制限

日本国憲法第21条1項「集会結社及び言論出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」

ありとあらゆるすべての表現が許されるのだろうか?

もちろんそんなことはない。

ある芸術家が殺人こそ至高の芸術であり、表現である。そう主張し、殺人おかし場合、その殺人表現の自由として許されるかと問われたら当然否である

しかし、憲法は明確に表現の自由保障すると言う。

これを解く鍵の一つが憲法12条に規定されている。

この憲法国民保障する自由及び権利は、国民不断努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

いわゆる「公共の福祉である

最高裁判所のH5.3.16.の判決は以下のように言う。

表現の自由といえども無制限保障されているものではなく、公共の福祉よる合理的でやむを得ない程度の制限をうけることがあ(る)

端的に表現の自由絶対無制限ものではなく制限を受けるものだと喝破する。さら引用を続けると、

その制限容認されるかどうかは、制限必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限態様及び程度等を較量して決せられるべきである

まとめると、表現の自由から、当然にエロ漫画表現が許される、という解釈にはならないのである

では性表現制限されるのだろうか。すなわち、刑法175条に規定する「わいせつ物」に当たる場合刑法犯となってしまうが、そうならないように表現の自由保障が発揮されるのか、それとも制限されるのか。

最高裁はS32.3.13(チャタレー事件)にて以下のような判示をしている。

性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持することは公共の福祉の内容をなす


最判S44.10.15(悪徳の栄え事件)では

わいせつ性をもつ場合には、性生活に関する秩序及び健全風俗を維持するため、これを処罰対象とすることが国民生活全体の利益合致するものと認められる

としている。すなわち、わいせつ表現表現の自由による保障制限される類型であるとしているのである

これに対しザッシュ2号は

裁判所表現の自由重要性をわかっていない

・だから正す必要があり、それには世論の声が必要

という。

この主張は(ある意味で)ただしい

(ある意味というのは、わいせつかどうか(制限されるかどうか)の判断は「わいせつ性の判断は、一般社会において行われている良識すなわち社会通念を基準とし、当該作品自体からして純客観的に行うべきもの」(チャタレー事件とあるため、社会通念は重要である。また「作品等の芸術性・思想性等との関連において評価するなど、わいせつ概念相対性承認して総合的に判断しなければならない」という悪徳の栄え事件での田中二郎裁判官の反対意見があるほか、「性表現による害悪の程度と作品社会価値との利益衡量が不可欠である最判S58.3.8での伊藤正巳裁判官の補足意見などがあるため、世論一定程度必要であるが、一部の人間がモザイク反対! を叫んでも社会通念とは言えないだろう)。

しかし、裁判所がわかっていないという「表現の自由重要性」とは一体なんなのか。

これを本来は腰を据えて考えなければならない。そしてその自由重要性との関連で初めて、「エロ漫画」の表現への自由制限されないこと)が語れるはずである


表現の自由重要


ザッシュ2号は弁護士会声明 https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2009/2009_2.html を引用し、表現の自由重要性を主張している。

それを参照しながら、なぜ表現の自由重要であるか一度見直したい。

ザッシュ2号も引用する冒頭部は非常にわかやすい。

憲法21条1項が保障する表現の自由は、民主主義社会の死命を制する重要人権である自由民主的社会自由な討論と民主的合意形成によって成立するのであり、自由意見表明が真に保障されていることが必要である

これを受けてザッシュ2号は

ようするに表現の自由って超大事!って言ってる

と言う。コレ自体は誤りではない。しかしなぜ重要だと言っているについて注意深く読むべきである

この声明では「表現の自由は」「民主主義社会の死命を制する重要人権である」と言う。すなわち表現の自由重要性の一つとして「民主主義社会の死命を制する」という点をまず強調するのである

なぜ制するのか。これが次の文である

前提として「自由民主的社会」(=民主主義社会)は「自由な討論と民主的合意形成によって成立する」という。そしてそのためには「自由意見表明が真に保障されていることが必要である。」

まり表現の自由重要であるのは、「民主主義社会」という重要存在があり、その成立のためには「自由意見表明が真に保障されていること」が必要からだ、というのだ。((本当に民主主義社会重要であるのか、という点についての検討はここでは省略する。しかしこれを考えなければ、民主主義社会の成立のために表現の自由重要だという論理が成り立たなくなるため、本当は超重要である))

表現の自由大事だ! と単に言うのではなく、「民主主義社会」の成立のために必要から重要だ、と言っているのである

ザッシュ2号がさらに続けて引いた声明文を見ればわかりやすい。

民主主義社会における市民表現行為重要性に鑑み、市民表現の自由及び知る権利を最大限保障するため、

(1) 国、地方公共団体特に警察及び検察は、市民表現行為、とりわけ、市民政治的表現行為に対する干渉妨害を行わないこと。

(2) 裁判所は、「憲法の番人」として市民表現の自由に対する規制必要最小限であるかにつき厳格に審査すること。

(3) 政府及び国会は、市民政治的表現自由を確保するため、早急に公職選挙法及び国家公務員法などを改正すること。

「とりわけ、市民政治的表現行為に対する干渉妨害を行わないこと。」

という一説からも分かる通り、この民主主義社会の成立のための表現の自由というのは、もっぱら政治的表現自由のために用いられる論理なのである


勘の良い方はすぐに気づくだろうが、性描写わいせつ表現を「表現の自由から保護するべき、という論理を展開するときには、民主主義社会のために必要だという論理はあまりうまく嵌らないのである

もちろん、性描写わいせつ表現政治表現が一体化することはあるし、風刺的な表現にはわいせつ政治が混在することは多々ある。(トランプ安倍金正恩らの風刺エロ漫画があった)

また表現の選別を行うことは、結局政治的表現保護につながらないんだ、と主張することで、「民主主義社会のための表現の自由」論からも性描写わいせつ表現を要保護だと言うことはできる。

しかし、それでは弱い。

では何を重要性の理由として据えるべきなのか。

これは上記声明に、ちらり、と書かれている。

表現の自由は、人間本質的属性である精神活動を充足するものとしての重要

これである

表現の自由は「人間本質的属性である精神活動を充足するものであるから重要だ。これは性表現との親和性が非常に高い。

エロ漫画表現擁護するならば、どちらの論理の方が優れているか。明白だろう。

性的活動人間の根幹に存在し、有史以来、それを表現したものーー性的表現は幾度とない弾圧規制の中でも確かに存在してきた。その表現は人の精神活動の大きな一翼を担っているのである

そして表現活動において、自己表現に対し一部モザイクを付さねばならないことは、十全な精神活動を阻害することになる。

このような主張になるだろうか。

そして、こうして表現の自由がなぜ重要ざっと見た(あまりに表面的というのはそのとおりである)だけで気づくことはいくつもある。

少なくとも、表現の自由から直ちに無修正が当然」となるわけではない、ということ。

表現の自由から無修正であるべき」という主張を通すのならば、それなりの論理必要だということ。

そして、重要権利でありそれの保護必要だということだけではまだ足りないのであるさらに、より具体的になぜ現在制限が駄目なのかを主張しなければならない。

ザッシュ2号は、行動するのがまず大事だと言って、このあたりをあまりにおろそかにしているように見える。

行動は確かに最も重要ではあるだろうが、一度立ち止まって理由を考えるのも大事だと思う。

2018-09-12

最近マンガセリフで「そういう」を「そうゆう」って書いてるのをよく見る

話し言葉からあえてそうしてると好意的解釈をしたいけどやっぱどうしても違和感あるからなおしてほしいわ・・・

よつばとのよつばは「こんにちわ!」で、他のキャラちゃんと「こんにちは」って書き分けされてるとかならまだしもさあ

2018-05-31

お人好しは長所ではない

俺の欠点はいろいろある。

盲点だったのは「お人好しも欠点」だということ。

お人好しは、フラットに人を見ることが出来ない。

あいあんなんだけど、ホントは優しいんだって!」なんて。

イヤな奴はイヤな奴と考えるのがフラット目線よ。

好意的解釈なんてのは、一旦見た上で付け足すぐらいでいい。

人の良さがゆえにトラブル対処出来なかった。

もちろん、自分自身トラブルで傷付いた。

そんなことに気が付いて、人の見方を変えた。

しばらくは、怒りを抑えるのが大変だったなぁ。

こんな卑怯な奴が野放しにされていて、

知らず知らず、自分はそれに担ぎ出されてたんだな。

そのせいで、本当に頑張ってる人を傷付けてしまった。

あーあ。なんてこった。よし○そう。

頑張ってる人が認められるには、乗っかる連中を見分けなきゃいけない。

優しい奴は、乗っかり連中が群がると埋もれるんだよね。

掘り出して認めようにも、誰かを持ち上げることは贔屓とか言われるわけだし。

ズルをしている奴を炙り出すなり、予防線を張るなりが必要なんよね。

2018-03-17

あんな単純な男女逆案件煽り屋に煽られるまでなく舌が滑る(最大限の好意的解釈)ってすんごいな

2016-05-28

http://anond.hatelabo.jp/20160527211122

作中に登場しない変質者が犯人だったら、「犯人簡単にわかってつまらない」未満の作品としてカテゴライズされるだけだから

しろ好意的解釈だと思うぞ

2015-09-05

増田くんは社内で好きな子いる?←これのうまいかわし方教えて

パターンA

「○○って子が好きです(嘘)」

→「応援したるやん」

→(後日)「増田くんは○○が好きらしいで」

→「そういうのだるいからやめようね」

→そう言うと増田くんは右手に握っていたフォーク部長の喉仏に真っ直ぐ突き刺した。

パターンB

「みんな好きですよ(嘘)」

→「一番好きなのは?」

→「うーん難しいですねー」

→「○○と××ならどっち?」

→「パターンAに持っていくのやめようね」

→そう言うと増田くんは右手に握っていたフォーク部長の喉仏に真っ直ぐ突き刺した。

パターンC

「僕人間嫌いなんです」

→「でもそういうこと言うのは人間が好きなことの裏返しなのでは」

→「そうやって好意的解釈をしてパターンBに持っていくのやめようね」

→そう言うと増田くんは右手に握っていたフォーク部長の喉仏に真っ直ぐ突き刺した。

このコイバナイベントエンカウントすると部長キル確演出入るんだが、部長生存ルートのためにはどう答えればいいの?

2015-04-15

http://anond.hatelabo.jp/20150415072042

好意的解釈するくせをつければ何でも良作に見えてくるよ。

そっちのほうが人生楽しいよ。

2015-04-13

[]よくある質問

今回は漫画関連。

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.漫画の読み方が分かりません。

なんということだ……まさか本当に君のような人間存在していたとは。今でも半ば信じられない。

都市伝説だと思っていたからまともに調べていないのだが、小説ばかり読んでいた人は、絵と字が一枚の紙に散りばめられていることに混乱するようだ。

だが、よほど愚鈍人間でない限り、ある程度読んでいけば自ずと解にたどり着くだろう。従来の読解方法からそこまで逸脱していないことはすぐに分かる。「習うより慣れろ」だ。

まあ、無理して読むようなものでもないのだから、読めなくても気にしなくていい。どうしてもというのなら、四コマ漫画あたりから読み始めればよかろう。

Q.コンビニで買った四コマ雑誌を読んだのですが、面白さがイマイチよく分かりません。

まさか、上の質問者と同じ奴ではないだろうな。なんにしろ、「よく分かりません」とはな。

単純に君のオツムが足りていないからだと切り捨ててもよいが、もし君の読んだのが俗にいう「萌え四コマ」ならば、考慮する余地は出てくるかもしれないな。

四コマ漫画起承転結を重んじているとされているが、萌え四コマは趣が異なる。山なしオチなし意味なし。一見すれば君が得られる体験は、この萌え四コマと読む前と後で何ら変わらない。それほどの虚無感と不可解さに包まれるかもしれない。

だが、それは君が萌え四コマ起承転結で読み取ろうとするからだ。あれは、トータルの空気感を味わうもので、「起承転結」だとか「面白い面白くない」だとかで語るのは筋違いなんだ。もし、そのことを心で理解できたのならば、もう君の中に精神障壁はなくなっているはずだ。

まあ、そのように好意的解釈をもってしても、不可解な四コマ漫画が出てくるのがこの界隈の恐ろしいところだが。

Q.少年漫画には「友情努力・勝利」というテーマがあるらしいですが、当てはまっている印象がありません。

これに関しては私も不明瞭な点が多くてな。

少年ジャンプ+で連載している、「ジャンプの正しい作り方!」の21話で、作者は副編集長にこのテーマについて質問しているのだが、副編集長は「そんなテーマ無いです」って言っているんだ。

まり、そもそも共通テーマジャンプ編集部内で共有されていないのだから、当てはまっていなくてもおかしくは無いということになる。

だが、軽く検索してみたら、それらテーマが当たり前のように共有されていることも伺えて、真実が分からない。

なんにしろ、君が「こうあるべき」だとして「面白い面白くないか」を取りこぼしているのならば、それはとても勿体無いことだ。今回の3つの質問の総括としては、「固定観念にとらわれるな」を私のアンサーとして締めくくろう。

2015-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20150211225304

引用のやつもわかる。

ただ個人的にはアレは導入部分を読むことになるだけなので、

エントリの内容と異なるわけではなく、アイキャッチだと思うようにしてる。

送信端末の方は記事の内容と全く無関係なので好意的解釈ができない。

2015-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20150107191434

オレ自身完璧に説明できるわけではないのでこれ以上はやめようと思います

母船ブラックホールから離れてたんでしょ。

母船惑星衛星軌道上を周回していました。そもそも「何万倍も時間の進み方が変わるほどブラックホールの影響が強い場所からいったいどれだけ離れたら「ブラックホールの影響がなくなる距離」になると思ってるんでしょうか。そんなに距離を開けたらあんな小型宇宙船で行って帰ってくることなんかできませんよ。

主人公たちの車や建物打ち上げに使ったロケットを見る限り現代とそんなに変わらない技術レベルみたいだしね。(惑星に降りた小型艇だけはなぜか近未来仕様でしたが)

多段式ロケットについては単なる演出ってことなのかな。

あれを演出として許せる人はどうぞ好きに楽しんでください。オレにとってのハードSFとはこういう演出が許されるものでは無いというだけのことです。

最後ブラックホールに近付いたのは、観測のためではなくて3番目の星へ行くためなので、そのあたりの認識おかしいと思う。

あと、もともと「最大船速でかすめるように突っ込めばギリギリ抜けられるかも」みたいな計算は説明されてたよね。

それで実際にやってみて、TARSさんとか主人公とかの乗ってる宇宙船まで犠牲にして母船を軽くして、ようやく抜けた、とかって話だったのでは。

どうもブラックホール重力やその他いろいろな理解に欠けている方のようなので説明しても無駄な気がします。演出だったということで納得しておくのがいいんじゃないでしょうか。

からなくても楽しかったのならそれにケチをつけるつもりはありませんので。

光の速度と宇宙船の速度差はわかりますか?事象の地平面(地平線)はわかりますか?劇中では明確に「左舷が地平線を越えた」と言っています事象の地平面近くまで行った宇宙船が抜け出すのは不可能なのです。それができるぐらいならそもそもの物語の前提から変わってしまますギリギリを抜けるとか、モノを捨てて軽くすればいいとかそういうお話ではないのです。

次元?に入った後にTARSさんと会話してたのはもう「彼ら」のおかげとしか言いようがないのでは。

これはおっしゃるとおりでしょう。オレが問題にしているのは、そもそもブラックホール観測データをどうやって受け取るつもりだったのかということです。

事象の地平面を越えて内側に入った(わかりやすく言えば光も電波も出て来れないほど強い重力の圏内に入った)TARSから観測データを受け取る手段がないはずなんですよ。


レビューサイトにはたくさんの「よくわからないけど面白かった」という人がいます。それはそれで共感できます(オレはこの作品に対してはそういう気持ちにはならないけれど、一般論としては理解出来る)。

一方で、わかったような感じのレビューをしているのにもかかわらずこれら多くの間違いが気になっていない人も多くいるようでした。これが自分にはとても不思議で、「どうして理論的な部分を理解しているのに疑問を感じずに受け入れられるのだろう?」と気になり、最初に書いたように自分勘違いを疑ったりもしたんですが、きっとあなたのようにわからない所を想像で補い、好意的解釈をするのが上手なタイプの人たちだったのかなと少し納得できました。

2014-11-26

http://anond.hatelabo.jp/20141126152722

論理で扱えない個人的意見に反応しても不毛ってことなら分かるよ。

さっきは「ただの一般論に1つの具体例で反論しても仕方ない」みたいに言ってたから、それは好意的解釈ですよと言っただけ。

B型の多くはこうだ」(一般論)や「B型はこういう傾向が強い」(一般論)以外に、「B型は皆こうだ」や「B型はこうだ(と言ってB型全員を貶めたい)」という解釈もあるからね。


それはそうと、論理で扱えるでかい主語意見だってあるし、B型の例は個人的意見にしては随分断定した言い方だろう。不毛と思いつつ感情的に反発することだってあるだろう。

それなのに「不毛から」「反論として成立しないから」なんて言ってる所に強引さを感じるんだよね。それもあるだろうけど、やはり根本には帰属意識の薄さがあるんじゃない?


反発したくならない君の感覚は一部は分かるし否定したくないけど、反発したくなる人も多いことを全く理解できないようではこの先困るだろうなあ。

共感はできなくてもそういうものと思うしかないのではないかな?

http://anond.hatelabo.jp/20141126093327

単なる一般論ってのは君の好意的解釈だよ。例外を認めず一般化してるなら「自分は違うよ」が反論になるし、そんなの文脈によるじゃん。

B型陰湿な悪口が好き『な傾向がある』」ならまだしも、「B型陰湿な悪口が好き」ならすかさず反発を受けても仕方ない。


おそらく、反論として成立するしないはただの言い訳で、君に帰属意識というものがまるでないから反発したくならないんじゃね?

例えば、君の出身大学の悪口とか見ても一切嫌な気分にならないんでしょ?母校なのに、自分自分大学大学と思ってる。違う?

2014-08-24

はてなブックマーク - 横浜Mサポーターがバナナ振る=無期限の入場禁止処分―Jリーグ (時事通信) - Yahoo!ニュース

レナトに向けてバナナで挑発するマリノス #frontale


レナトさんはレナト・リベイロ・カリスト - Wikipedia

ブラジル人で、ブラジルバナナ生産量第5位。外務省: バナナの生産量の多い国

彼に対してバナナ突き上げてなにか表現をしていたっぽい人がいたらしいけど、

突き上げた人は対戦相手(横浜F・マリノス)のファンだったから、(レナトさんは川崎フロンターレ

バナナ行為挑発行為として扱われた、と。

2-0で横浜Mが勝ったらしいけど。

バナナ食って元気だせとかエール?(好意的解釈

特定選手へ向けたものではなく挑発行為だったと説明したという。

まあ箸文化の浸透してない国での試合で、客席で日の丸弁当食ってて箸でフィールド指して「そこそこーッ」ってやったら特定選手に向けたものではない挑発行為かもしらん。


今後は応援グッズ以外振らないようにするのが無難か。

ピリピリしてる時期だから当然って考えもあるし、

それを内に向けてうちらピリピリしてるから過剰反応しないように疑心暗鬼にならないようにって方向もあるにはあるかも。




サッカーに馴染みはないので

横浜のFてなんやねんとかふんふんフリューゲルス合併したんかそうなんかとか

横浜 バナナ」で動画検索したときに出てきた

https://www.youtube.com/watch?v=AHz7TnKV5zA

とか見て、ふんふん、これが?問題の?とか1ミリ秒くらい思ったりもした。

ちなみにグリエルさんはキューバの人でキューババナナ生産トップ10には入っていないけど、

バナナはポピュラー食べ物らしい。

キューバ料理 - Wikipedia

まあ熱帯地方だもんね。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん