はてなキーワード: 行ってらっしゃいとは
授業を聞いてないで落書きしてるのを先生に注意されただけなのに、自分は差別された、とか言い出すし、みんなで楽しかったね、とか言い合っていることにも首を突っ込んできて、それは楽しいと言い合っているだけで本当に楽しいと思ってなんかないんだろう、とか言ってくるし。
誰に対したってこんな調子だから、あの子は僕だけじゃなくてみんなの嫌われ者だ。
でも遠足の日の班割りで、僕はあの子と同じ班になってしまった。遠足の前のオリエンテーションの授業で、あの子はまたおかしなことを言い出した。今度はお前たちはみんなずるいという。
班の他のみんなも僕も、またかよ、って顔をした。でも僕は一応班長だから、なにがずるいのかと訊いてしまった。そうしたら、お前たちのお弁当はみんなきれいでずるい、と言い出した。
曰く、うちのお母さんの弁当はのり弁だけだからお前たちはずるい、のだと。
そんな文句お前のかあさんに言えよ、と僕は思わず言ってしまった。そうしたら今度は泣き出した。だってうちのお母さん私のいうこと聞いてくれないもん!黄色い卵とか赤いプチトマトとか入れてって言っても返事もしてくれないもん!って言ってギャン泣き。僕はうんざりしてしまった。
先生もやってきて事情を聞いてきたけど、周りのみんなが説明してくれて僕は悪くないと言ってくれた。
あの子は職員室に連れて行かれて、副担任の先生がやってきてその日の学校は終わった。
でも、学校が終わってからが一波乱だった。夜の9時くらいになって、家のチャイムが鳴った。僕はもう布団に入るところで、お母さんがこんな時間に、と玄関口に出てみると、あの子とその母親が立っていた。
あの子の母親は顔を真っ赤にしていて、一気にまくし立てた。「うちの子がおたくの子供にいじめられたと言っているんです!どうしてくれるんですか!」って。
僕はまたあの子がおかしなことを言ったんだ、と思ってあの子を睨んだ。でも、あの子はいつもと様子が違って、すごく悲しそうな顔をして自分の母親の後ろに隠れてなにも言わなかった。
そして、うちのお母さんはきっぱりと言ってくれた。「それは絶対に何かの誤解です。今日はもう時間も遅いですし、お引き取りください。後日、学校の先生も交えてお話をお伺いします」と。
あの子の母親は「逃げる気!?」などと言い出したけど、あの子が母親を引っ張って、「もう帰ろう」と一言言ったら、あの子の母親は黙ってなさい!と言ってあの子にビンタをした。僕もお母さんも思わずなにも言えなくなってしまった。でも、すごく痛そうだったのにあの子は泣くことすらしなかった。そこに、うちのお父さんが帰ってきた。
お父さんは、「少し前から拝見させていただいていましたが、やはりお引き取りください。逃げるわけではありません。後日お話をしましょう、と申しているだけです」と静かに言った。
あの子の母親はうちのお父さんを睨みつけると、あの子の手を無言で引っ張って帰って行った。
それから僕は、お父さんとお母さんに今日学校であったことを話した。お父さんもお母さんも僕の話をしっかり聞いてくれて、僕はそれだけでも心強かった。
でもその時ふと思った。あの子はお母さんが自分の話を聞いてくれないと言っていた。それはものすごく心細いことなんじゃないだろうか?と。
その翌日、先生と僕の両親とあの子のお母さんとで話し合いがあった。話し合いは職員室横の応接間でやっていて、僕もあの子もその話し合いが終わるまで副担任の先生と一緒に教室で待っていた。
あの子は、顔を真っ青にしてなにも言わなかった。でも、ほっぺたが少し腫れていた。そのほおの赤さと顔色の青さが、あの子を余計に悪い顔色に見せていた。
僕は思わずあの子に声をかけていた。ほお、大丈夫?と。あの子は、痛いけど大丈夫、と答えた。
あの子はぽつりと言った。うちのお母さん、いつもああなの。私の話聞いてくれないの。と。だから僕は、それ、寂しい?と訊いてしまった。そうしたらあの子はまた泣き出した。いつものギャン泣きとは違う、静かな泣き方だった。僕はそれっきり、なにも言えなくなってしまった。その様子を見ていた副担任の先生は、あの子に保健室に行こうか?と声をかけ、僕には教室でご両親を待っててね、と声をかけて、あの子と一緒に教室を出て行った。
そして僕の両親が教室にやってきて、僕は両親と一緒に家に帰った。
そして、遠足の日がやってきた。その日の朝、お母さんは珍しく緊張した顔をしていた。
そして僕にお弁当を二つ持たせた。僕のいつものお弁当の他のもう一つのお弁当は、ピンクの袋に包まれたお弁当だった。
お母さんはこう言った。「お母さんもすごく悩んだけど、このお弁当はあの子に渡してあげて。それであんたにも迷惑をかけちゃうかもしれないけど、お母さんはこうすることが正しいと思うの」と。
お母さんは、あの子のことを心配しているんだな、ってすごくよくわかった。その気持ちは、今の僕にもわかる。あの子のことが今も好きなわけじゃないけど、でも、僕もちょっと前よりもあの子のことが気になるようになっていた。だから僕は言った。「お母さん、ありがとう」って。
そうしたら、お母さんは僕のことを抱きしめてくれた。そして、行ってらっしゃい、といつものように声をかけてくれた。
遠足の午前中、僕らの班は静かだった。あの子はいつもよりも黙り込んでるし、他のみんなはあの子のことを遠巻きにしてそわついている。僕も僕で、お母さんから預かってきたお弁当のことで頭がいっぱいで、いつもよりずっと緊張していた。
みんな、あの時のことがあったからか、お弁当箱を開くのも気まずそうにしていたけど、でも実際にお弁当箱を開けて中に美味しそうなおかずがあるのを見ると、顔が明るくなっていった。
あの子は、そもそもお弁当箱を持ってきていなかった。それでみんなの方をじっと見ていたけど、特に騒ぎ出すことはなくプイッと何処かに行こうとした。
だから僕は声をかけた。声をかけるのもとても勇気が必要だったけど、お母さんの顔を思い出したら、そして今どこかに行こうとしてるあの子を見たら勝手に口が動いていた。
「ねぇ、僕のお母さん今日間違えて二つお弁当を作っちゃったんだ。だからあげるよ」
あの子は驚いた顔をした。でも、こう言った。
「いらない。他の人にあげれば?」
「でも、お弁当持ってないじゃん」
「いらない!」
彼女のいつもの癇癪が始まりそうだった。今の声で周りのクラスのみんなも気付き始めた。僕はもう、正直にいうことにした。
「ねぇ、僕もお母さんも君が心配なんだ。だから、これは君のためのものなんだよ」
「私のため……?」
「そう」
お弁当どきの賑やかさはすっかり静まり返って、クラスのみんなが僕たち二人に注目してた。囃し立てる奴は一人もいなかった。
あの子がゆっくりと手を伸ばしてきた。そして、僕の手からお弁当袋を受け取る。
「……ありがとう」
そしたら、それを聞いた周りが一気に賑やかになった。
「いいじゃん、それ!」「何入ってるの!?見せて!」「こっちこっち!一緒に食べよう!」
そしてあの子は、泣いていたけど笑ってた。
開いたあの子お弁当には、黄色い卵焼きや赤いプチトマト、緑色のレタスにオレンジの唐揚げ、白いご飯にはピンクの桜でんぶがかかってて、とてもカラフルだった。
僕も自分のお弁当を開いてみると、僕のお弁当はあの子のとは全然違ってちょっと茶色っぽかった。でも、それであのお弁当は本当にあの子のためのものだったんだってよくわかった。そしてお母さんの思いも。
これから、またあの子のお母さんが何か言ってくるかもしれない。またあの子が泣くようなことになるかもしれない。
でも、きっと今はこれでよかった。美味しそうに、そしてそれ以上に楽しそうにお弁当を食べるあの子を見て、僕は本当にそう思ったんだ。
ビフォー👦⇒アフター👧
あまりに美しくなったので、里帰りして美しさをひけらかしたい、
👧せや!コンサートツアーするンゴ!!!美しいアタシを見せびらかしたいワ。
みんなSNSで「チケットが当たらなかった全滅!」と嘆き悲しんでいます。
見かけによらずダーリン👹は優しいので、
👹行ってらっしゃい早く帰ってきてね!
👧がツアーでしばらく留守にしているうちに
もう大スターでした★
親もウッキウキです。
👨あれ?桃クンて、女の子だっけ?ハニー。
👨👩👴👵おみやげもあるよー
それはきび団子でした(伏線回収)
🏰←お城
帰るとなんか家が荒れています。えぇ……。
なんと、そうこうするうちに、
倒れていた👹は呪いがとけて
もちろんきび団子も食べました。
👸アタシズンダが良かったなぁ…もぐもぐ。
🤴いらないならもらうけど?
🐶🐵🐦は役に立たなかった、というお話でした。
よく考えたら、そりゃそうですよね!!
🌹おしまい🌹
いつも使っているコンビニで、
「あ…このヒト無理だ…」っていうタイプの店員ってそれぞれいると思うんだけど、みんなどうしてる?
いくつか例を挙げると
●ポンタカード提示するときに「うwひゃはywポイント溜まってます?」って聞いてくる店員。
●朝寄って仕事行くときに「行ってらっしゃい」ていうのはいいんだが、帰りに夜寄ったときに「今日は飲み行かれたんですか?」と聞いてくる店員。
●単純に袋に詰める作業が遅い店員(この店員さんは2つ以上のこと処理できないタイプらしくて、「揚げ鶏とタバコ◯番と豚まん」というオーダーは遠慮してる)。
それぞれ対応は間違ってはいないと思うんだけど、コンビニだからねえ、やっぱ無機質な応対の方がいいんじゃないかと思う。
その点でも外国人の方が合っているのかもしれない。
気がつくと、このいやな感じの店員さんに当たらないように気をつけて列に並んじゃったりしてるから、実は結構ストレスだったりするのかもしれない。
即ご飯食べに行ってLINE交換して次また1週間後に会う約束したんだが
そうしたらその後に「アプリやめました!」て一言だけ送られて来てて
朝になってこれはなんて返信をしたらいいのかと迷っている…
苦手なんだよなぁ
しかも「おはよう!」やら「今日もお疲れ様!」やら「おやすみー」だけ
あと「今何してる?」も苦手というか嫌いなんだが
次会った時にそれとなく言えるといいんだが…
それはわかるのだが、そのやりとりを相手が負担に感じる可能性を考えないのだろうか
朝7時とかに連絡をしてくる
こちらはまだ寝ている
多分そこで相手はどういうつもりでそんなラインを送ってくるのか?
にまで考えを巡らせることができないタイプなんだろう
昨日の午前中に斎場で「行ってらっしゃい」と送り出すことができた。
数日内に私が選んだかっちょいい紺の袋に入って帰ってくる予定。絨毯にヒゲが1本ちょこんと落ちてたのでこれは保管。
斎場でもお姉さんに「しっかりした猫ちゃんですね~」と言われてちょっと笑った。
うちの猫を見た人の感想はだいたいそうだったし、私も形容を問われた場合「存在はかわいいが見た目は・・・うん、しっかりした猫」だったから。
5kg超えの猫をキャリーじゃなく箱で抱えて行き来するのは運動不足の上腕にはかなりつらくて、受付で腕がプルプルして受付票書くのにかなり苦労したのには参った。
夕方から夜中にかけて、コメントをちょこちょこ覗いて都度泣いてた。
えぐられたような痛さが和らいだ。本当にありがとう。
あの姿を見た瞬間の衝撃と、一晩で酷使した上腕二頭筋はまだ熱をもってじくじくしているけど、「いってしまった」ことに対する事実に対しての感情は落ち着いてしみじみしたものになりつつある。
一人暮らしの動物飼いの必須条件は「動物より先に死なないこと」なので、少なくともそれは果たせた。それだけは頑張った、私。
気づかぬ間にいかせてしまったけど、じゃあ、それを目前で見てたらどうだったか考えたら、ヘタレな私はもっと耐えられなかったと思う。やっぱりあいつは空気読むやつだった。大体接し方が保護者チックだったし。
とにかく良い猫だった。本当に良い猫だった。
エイズキャリアなのは引き取った後の検査で判明したことなので、「あちゃー」と思ったし怯えもしたがもう縁を結んだものなのでそんままズルズルの10年だった。ので、その辺は特に偉くないしいいやつではない、です。
奴が頑張って発症させずここまで来れた、人間換算70代で、周囲の70-80代が元気だったし「何なら、このまま猫又クラスいっとく?」とちょっと欲かいてた。甘かった。反省。
おう、ぜひそうしてくれ、いや、ください。もふもふいちゃいちゃしてイラっときた猫に蹴り飛ばされるor噛みつかれるまでセットで。
ほんそれ。実感。飼い始めた瞬間「私、なんかすごい飛んでもないことに手ぇだしてる?」とちらりと思ったけど、こういうことだったんだな。
昨日1日ほんと辛かったけど、365日×10年+α(計算できてない)の間すごい楽しかったから、その楽しさ幸せの時間の長さと比べたらその代償としては「この痛み、なんぼのもんじゃい」とも言えるのかもしれない。
踏んでない。踏まれたほうが多い。
面白くはなかったが、体は入れ物と感じた瞬間。物事こんなあっけなく終わるんだな感。
何故、カニ?と思ったら、カニいた。確カニいたよ!笑った。ありがとう。
正直すみません。でも「死んだ」「死んでしまった」よりも一番その時しっくりきたので。
こればかりは縁次第。辛かったけど「だから、もう二度と飼わない」とは現時点では思ってない。ただ40代一人暮らし、今後を考えると迂闊なことはできない。ひとまず保護ボランティアさんに支援の差し入れするつもり。
明日は、興味はあるものの飼い主馬鹿が過ぎるようで手出しできなかったフォトブックサービスにチャレンジ予定。端末いろいろ漁ったら、幸いに自撮り機能のお試しで2ショット撮ったのが残ってた。撮っててよかった。
あと獣医さんいお礼を言いに行かなけらばならない。緊急時はかけて良いといわれてはいたが、夜中0時という超非常識な時間に電話したのに周囲から犬猫の声が聞こえてて残業中の模様だった。うちの子も入院時はそうやって手厚く診てもらってたんだろう。激務だ。
最後に繰り返しになりますが、コメントを寄せてくださった皆さま、本当にありがとうございました。モニター越しの多数の声がこんなに心強くて支えられるなんて思ってもみなかった。ただただ吐き出したいだけだった。今までこういうエントリは読むだけだったけど、これからは自分も何か返していければ、と思います。
再び猫へ。お前は本当に良い猫だった。幸せだった。ありがとう。お前のちょっと良い話やアホエピソードは、ネットのどこかに書き散らせてもらうし酒の肴にもする。見守ってなくてよいから、ただただ飼い主の心の肥やしになるがよい。ありがとう。
以前から体調が悪そうにしていたので、少し気にはなっていたけれど、どこか心の中で「大丈夫だろう」という考えがあり、僕から病院に連れて行くことはなかった。
そして先月末、僕が寝ていると、父と一緒に「病院に行ってくる」と言い、びっくりしたので「体調悪いの?」と言うと、「うん」と小さな声で返事があった。
僕は「行ってらっしゃい」と言い、また眠りについた。
すると昼過ぎ頃に父からLINEが入り、母が入院することになったと。
夕方から仕事があったけど、父からは普通に出勤するように言われたので、この日は普通に出勤した。
僕は夕方から深夜に働く仕事をしているけれど、不規則な時間ということもあり、最近、母の顔をしっかりと見ていなかったな…と、今更ながらに気づいた。
正直、すごく泣いてしまった。
どうしてもっと早く病院に連れて行ってあげなかったのだろうとか、
どうしてもっと母の手伝いをしてあげなかったのだろうとか、
どうしてもっと顔をしっかり見て話をして話を聞いてあげられなかったのだろうとか…。
入院一週間前は歩いていたし、入院当日もかろうじて歩いていたのに、今はもう歩けなくなっている。
いつもいつも僕は自分の楽ばかりを追求して、他のことに他のものに他の人にそして家族に目を向けてこなかった。
もう取り返しがつかないところまでいって、やっと自分の無能さ、無責任さに気がつく。いつもいつも僕はこうだ。
一体ぼくはこれからどうすればいい?何をすれば良いのだろうか…
今できることって一体何なんだろうか…
まずはじめに。彼の犯した事件は許されるべきことではなく、この文章は彼を擁護するために書いている訳では無いことをご理解の上読んでいただければと思う。
連日放送される某アイドルグループY氏の事件。つい先ほど他のメンバーによる会見も開かれた。そしてその一連のニュースを見ていてずっと違和感を抱いている部分がある。
これは正論だ。被害者は紛うことなき被害者であり、彼女自身に責任を問うのはお門違いだろう。
しかしここで疑問に思うのは「夜に外に出ていこうとする娘に対し、両親はなにも言わなかったのか」という点である。私がニュースを見る限り、親という単語が出てくるのは被害者の少女がトイレから連絡したという部分と被害届を提出したという部分でのみだ。
2月の夜8時頃といえば、日が長くなっているとはいえ日没後で暗くなっている時間だ。その時間に未成年の娘がいくら人気アイドルで信頼できそうな相手とはいえ男の部屋に行くのを「そう、行ってらっしゃい」と簡単に送り出せるだろうか。
もしかしたら部活や塾などで外にいる時に連絡が来たのかもしれない。しかしもし自分が未成年であればそういう連絡があったことを一言親に相談しているし、恐らく親も「こんな時間に行くなんてありえない」と怒って止めていただろう。
未成年だから何も出来ないのは当たり前だ。だからこそそれをカバーし守り助けるのが周りの大人であり、保護者ではないのだろうか。
悪いのはY氏、これは揺るぎない事実だ。しかし、呼び出された時点で保護者がなにかアクションを起こしていればこんな重大な事件には発展しなかったのではないかと考えてしまうのも事実である。
むかしむかし、あるところに桃太郎がいました。
ある日、桃太郎が川へ洗濯に行くと、川上から「どんぶらこ、どんぶらこ」と大きくて腐りかけの桃が流れてきました。
桃太郎は興味本位でそれを持ち帰り、割ってみると、中からおじいさんとおばあさんが出てきました。
桃太郎はおじいさんとおばあさんに「おじいさん」と「おばあさん」と名付け、大切に育てました。
「桃太郎や、わしらは鬼退治に行ってくるぞよ」
「そうかい、じゃあこれ」と桃太郎はきびだんごを渡しました。「行ってらっしゃい」
道中、おじいさんとおばあさんはきびだんごと引き換えに犬・猿・雉を仲間として従え、鬼ヶ島に上陸しました。
「鬼め、覚悟するのじゃ。ばあさんは下がってなさい」
「ワンワンワン」
「キキキキー」
「ケーンケーン」
しかし、犬・猿・雉の後方支援虚しく、筋力と俊敏性と判断力の衰えたおじいさんとおばあさんでは全く太刀打ちできず、あっという間に戦死しました。
その話を伝え聞いた桃太郎は重い腰をあげて単身で鬼ヶ島に上陸、犬・猿・雉の敵を打とうとしますが、ひとりでは歯が立たず敢えなく死亡。鬼ヶ島には平和がもたらされました。
5分おきに鳴る目覚まし
お願い寝かせてもう少し
まだ眠いしテレビも見たいしお腹すいた (Good morning!)
気づけばヤバいもう8時
気になる彼は彼女がいた
これも運命
I say, がんばれ私! がんばれ今日も
Shining like a diamond, rolling with the dice,
Standing on the ledge, I show the wind how to fly.
When the world gets in my face,
I say, Have A Nice Day.
Have A Nice Day
頑張ってください。
「お前の個性を見せろ!」
この謎イベントの成否でその後の人生が大きく、本当に大きく変わっていきます。
中小に入って、薄給だけどやりがい搾取からの目が覚めて転職逆転コース
同じ格好をした皆さんは、その後それぞれ全く違う格好をした皆さんになるのです。
是非、皆さんには
だけは真剣に考えて置いて、どんなコースに入ってもちゃんと自分で生きていけるコースへと
軌道修正するだけの、心づもりとリスクヘッジプランは用意しておくとよいと思います。
※かなり仔細にネタバレしているので、まず最初に映画を見てほしい。すごい良い映画だったので。
こないだ映画を観たのだけれど、どうしてもよく分からない点がいくつかあった。まだ1回しか観ていないので本当はあと10回位観て考えるべきなんだろうけれど、地元の映画館ではそもそも上映しておらず次いつ観られるかわからないので、諸兄に教えて欲しい。レビューのみ読みたい人は4を読んでね。
里を襲撃され、連行される
↓
生まれた子をすぐに取り上げられる
↓??年
助けに来た仲間が殺される(クリム死亡)
↓??年
子に会えないまま5年くらい幽閉状態が続き(メドメルの成長から見て)、精神的限界
↓??年
↓
(死んだと思ってた)クリムが混乱に乗じて助けに来る
↓
彼ではなく、唯一の心の支えだった自らの子に会うことを選ぶ
↓
メドメルと初対面し、空を飛ぶ
まず、作中における「飛ぶ」というワードについて。里にいた頃の彼女は自由奔放で、そんな彼女がマキアに対して発した「飛ぶ(なんて言ったか忘れちゃった)」という言葉にはどこか、明るい予感に満ちていた。しかし城に幽閉されているときの彼女が同じ境遇を持つワイバーンに対し、翼を持っているのになぜ飛ばないのか…と問いかける姿は「私には翼はないのに…」という呪詛のようで、あの自由奔放な彼女の影も形もない印象的なシーンだった。その後式典を襲撃したマキア達の救出を断った彼女は、別れ際「私にはいつでも飛べる、でしょ?(なんて言ったか忘れちゃった)」と発言していて、その表情からはマキアが言うところの「飛べる(物理)」とは違ったニュアンスを感じさせ、これがラストのシーンにつながっていると思われる。
ゆえに彼女が最後空を飛んだシーンは、「自らを抑圧から開放し、自由を取り戻す姿」と解釈できる。
彼女はクリムが死んだ(と思った)とき「すべてを奪われた」と感じたように、彼の死は「イオルフの民」という居場所、あるいは人とのつながり(彼女は王宮内で人扱いを受けていなかった)、あるいはアイデンティティ、そういう彼女のあらゆる構成要素が失われたことを象徴している。
またレイリアは自ら産んだ子供さえ取り上げられ、何年も会えないまま王宮で軟禁され続けていた。怒り狂うさまはもはや「母性の発露」なんて生易しいものではなく、「最後の希望」「自分の子供に触れたい、という(最後の)人間らしさ」「生きることへの執着」として、軟禁生活の中でメドメルへの想いが先鋭化していくようだった。彼女自身も「あの子を腕に抱いたときの感覚を徐々に思い出せなくなっていく」という実感として、自らの変質を感じ取っていたのかも。そういう文脈で考えると、マキアがまだ幼いエリアルを抱きかかえながら言った「太陽の匂い」というセリフは強烈である。
その後彼女が(偶然、ではないよね)メドメルと再開したとき、メドメルを抱きしめることもなく、どちらかと言えば安堵に近い表情をしていたのは、彼女にとって「メドメルに(一度でいいから、って言ったっけ?)会いたい」という想いはすっかり変質しまっていたために”「すべてを奪われたけど、なんとか”生きること”にしがみついていたレイリア」ー「メドメルに会いたい、という願いの成就」=∅” つまり「完全な虚無」と化したんじゃないだろうか。ほんの少しでも過去(イオルフの民としてのアイデンティティとか)に希望を見出していれば、彼女はクリムを拒むことも、メドメルに会うこともなかっただろう。
この戦争では同時にマキアとエリアルの親子関係が描かれていて、言ってみればこのお話はレイリアかーちゃんとマキアかーちゃんの対比(あるいはエリアルとメドメルの対比)として観ることが出来る。そしてマキアがエリアルと出会って約23年くらいの間に紡いだヒビオル(=エリアルの成長)に比べ、レイリアが約20年紡いだもの(メドメルへの想い)はとても虚しい。マキアがエリアルと出会った所から物語が始まり、レイリアがメドメルとようやく会えたところで物語が終わるという対比も強烈だった。
以上の文脈から、「完全に燃え尽きたレイリアはまるで灰のように空を舞った…」と考えれば良いのだろうか?それも違うよね。なぜなら飛び立つ彼女はとても晴れやかで、まるでイオルフの里にいた頃の彼女が戻ってきたような、あるいはずっと止まっていた時間が動き出したような、そういうカタルシスを感じた。「自らを抑圧から開放し、自由を取り戻す姿」は、彼女が決して虚無ではなくむしろ満ち足りていた姿を描いているようでもある。自由を奪われたレイリアとの対比として描かれていた飛竜が空を飛ぶ姿を見て「なんだよ、結構飛べんじゃねえか…」と言ったところからも、上記のような心情を察することができる。やっぱりよくわからない。
いろいろなレビューを漁っているうち、「時間の残酷さ」というワードを用いた論評いくつか見かけたのだけれど、そのワードはどこからやってきたのだろう。少なくとも私はそのように感じなかったし、作中のキャラによる発言もなかった(と思うんだど、忘れちゃった)ので、もし同様な感想を抱いた人がいたら「時間の残酷さ」って何なのか教えてほしい。
「さよなら」は本作でのキーワード。イオルフの民の別称から、「さよならの朝」はラストシーン、マキアとエリアルの別れを指していると考えられる(エリアルを優しく照らす太陽光の入射角度から、時刻が朝であると予想できる)。このシーンで彼女は彼に対して「さよなら」を言わず、彼が徴兵に行くのを送り出すときと同じ「行ってらっしゃい」を使っている。これは「さよなら」という言葉を強く暗示していて、彼女の抱く寂しさを感じさせた。
「約束の花を飾る」というのは、慣用句「錦を飾る」みたいな感じで「約束(=花)」を「守る(飾る)」という文節として理解するのが正しそう。マキアとエリアルはそれぞれ「カーチャンを守る」「もう泣かない」という約束をしていたので、『マキアは「エリアルとの別れのときも絶対泣かない」と誓っていた』ことを、「さよならの朝に約束の花をかざろう」というタイトルは指しているのかもしれない。どう思う?
こっから本作の感想。なにより「ヒビオル」というモチーフが非常に良かった。
もともとは「日々の出来事を織り込んだ布」を指し、イオルフの民にとってはある種のアイデンティティとして描かれている。印象的なのは、その色や長さ。最初、里で織られていたヒビオルは長く、どこまでも真っ白だった。その後、マキアが商人に見せられたヒビオルは赤と黒を基調とした短いもので、その禍々しさに思わず(うわっ)てなった。捕らえられたレイリアの怨嗟が可視化されているようで、ヒビオルの特性を端的に表しているシーンだった。更にその後、幼いエリアルがマキアに送ったヒビオルは白と黄色を基調としたもので、どんなメッセージかは分からないが、子が母を思うような、とても優しく温かい心を感じた。そう思うと、里にあったヒビオルのどこまでも純白の生地が続く様は、いかに里の人達が長い間平穏に暮らしていたかを感じさせる。
そんなわけで、ヒビオルの「活字や歌とは違う性質をもつ情報の伝達手段」という側面について色々考えさせられた。現実において後世に何かを残すとき用いられた手段はいろいろあり、メジャーなところでは本(活字)、音楽(歌)だが、本作ではどっちもほぼ登場しない(本は登場なし、だよね?歌は酒場での労働歌のみ)。これらの手段と比べると、ヒビオルは「感情の可視化」という独特な性質を持っており、特にアニメという媒体においてキャラクターの感情を表現する方法としては劇的に優れた舞台装置である。これを思いついた岡田麿里すげえってなった。
また、マキアがたまたま見つけた赤子のことを「これは私のヒビオル(なんつったっけ)」と言ったあたりから「ヒビオル」という言葉は作中でどんどん拡張されていき、だんだんあらゆるものがヒビオルに見えてくるような演出になっていたのが非常に印象的だった。例えばクリムに長年幽閉され、長く伸びたマキアの髪。それまで栗色だった髪が(昔と同じ)金色になっている様はまるで、「エリアルと苦労しながら生活した思い出」は栗色の髪に、「クリムに幽閉され無為に過ごした日々」は金色の髪に織り込まれているようで、その髪を手に取るクリムはまるで彼女のヒビオルを読んでいるようだった。
そして最後の別れのシーン。マキアが優しくエリアルの手を取りながら語りかける様はまるで、手のシワに刻まれているヒビオルを読んでいるようだった。リアルではよく「言葉では伝わらない」なんて言い方をするように、言語というのは便利ではあるが万能ではない。だからこそ、このシーンにおける「彼」というヒビオルは、彼が生涯に渡って過ごした日々を、感情も含め余すところなく「イオルフの民」であるマキアに伝えることができ、彼女もそれを受容できたのだろう。とても強烈で、救いのあるシーンだった。あと10回くらい観たい。