はてなキーワード: フィリアとは
身体違和があるのが性同一性障害(GID)で、手術を必要としている人たちな。
ところが、身体違和があるわけではなく、男性の欲望を残したまま女性の風貌を持ちたい一種の女装者(オートガイネフィリア)がいて、こちらがトランス女性。
トランス女性の欲望は男性なので、ペニスは残したいし、そのため手術が必要というGIDを攻撃している。
https://note.com/maikokarino/n/n5ab159bc27a7
女装者は性器に違和感のある性同一性障害者の存在を否定するために、”くたばれGID”といい始めました。2018年ころだったでしょうか? 当時私は、女装者がジョークでやっているものとばかり思っていました。
しかし、”くたばれ”というのは本当の脅しだったのです。
まず、売春の客待ちなのか、恋人同士のうち一方が待ち合わせで先に来てるだけなのかどうやって区別してるのか?特に周りが全員立ちんぼという前提だとそういう事情を知らない場合でもそこで待ってたら他の立ちんぼと外形上の区別はつかないと思うんだが、その場合逮捕されるのは李下にして冠を正さずということなのか。
客待ちらしき行為を確認した後、レンタルルームに行ったのを確認したら、出たところを逮捕するという事例が多いようだが、なぜレンタルルームに行ったら売春が行われてると決めつけるのか。それこそ恋人同士でもラブホ同様レンタルルームでも行くだろう。
しかもここでいう逮捕とは「現行犯逮捕」なのだが、客待ちらしき行為を見てからある程度時間経ってるはずなのに「現行犯」とはなんとも不思議だ。そんな理屈が通用するなら誰に対してでも、ちょっと前にそいつが殺人をしたということを確認したことにして現行犯逮捕できてしまいそうなものである。
金銭の授受があったことを証明するのも難しい。だってもともとその男女それぞれがどれだけの所持金を持っていたのか警察は過去に遡って確認しようがないのだから。
そもそも何を持って不特定多数なのか。世の中にはゼノフィリアという価値観というか嗜好もあるらしく、そういう人はやりたい時は常に初見の人間を探さなければならない。
たとえば自分が日大学生のゼノフィリアで同じ日大学生の中から毎日のように学内で初見の人探して声かけて大久保で待ち合わせなら問題ないのか?それならなぜ大久保の通行人からやりたい人を探すのはだめなのか。大久保の特定の道を通行する人と日大学生全員とどちらの方が不特定性が高いのか、なんとも言えないと思うんだが。結局これで逮捕するというのはゼノフィリアという恋愛価値観を不当に(不当=ダブスタになってる状態で)侵害してる可能性がある。
女は金銭目的してなくてただやりたいだけで、寄ってきた男に応じたら事後男が一方的に厚意で金を渡してきたと供述されたら警察検察にそれを覆すような証拠など用意できるのか?証拠もない状態だけどこの程度の、殺人と違ってかりに有罪とされてもそこまで刑が重くならない犯罪だと裁判官も甘く、基本的に被告が嘘をついていて捜査機関を信用できるとして証拠がなくても有罪としてるのかもしれない。なので警察も立ちんぼと解釈できる行為さえ確認できたら簡単に有罪を勝ち取れる案件として躊躇なく逮捕と…。
まず大前提として、小児性愛者がその性的欲望を「実際の」小児に対して実行するということは、現代においては大多数の国で刑法上の犯罪でもあり、社会通念上も許されない行為とされている、ということは踏まえた上で。
小児性愛者向けの非実在表現によるポルノグラフィの供給・流通については、そもそも「小児性愛」という性的欲望のかたちをどうとらえるか、という根本的な立場の違いによって、2つの異なる考え方が生まれてくる気がする。
要は、小児性愛という欲望自体が病理なのか、そうではないのか、ということだ。行為は犯罪でも欲望そのものは病理でないとするのなら、欲望自体に介入する根拠は乏しい。病理であるのなら「当事者のメンタルヘルスのためにも」(パターナリスティックな)介入が可能になる。
そして、そうした心理的傾向---特に、特定の対象に対する選好・執着・嗜癖・依存など---が病理かどうかを決めるのは、究極的には医療専門家集団ではなく社会的なコンセンサスだ。たとえばADHDは昔は「不注意」という傾向だったが、いまは労働現場における時間管理やタスク処理に対する要請水準が厳しくなったことで、立派な「障害」になった。アメリカの福音派や保守派教会は、昔は同性愛行為を宗教上の罪としていたが、90年代以後はゲイ男性の性的傾向を障害とみなして「治療」する修復療法(reparative therapy)を盛んに行っている(あまり効果はない)。我々が今後、それらと同じような手つきで小児性愛と当事者を扱うかどうかということだ(これは、シロクマ先生がお好きな医療化という論点とも深く関わってくる)。
小児性愛の実践が「犯罪」であり「悪」であるということについては、現代社会では一定のコンセンサスが確立したといっていいけど、「現実世界に被害者がいない形で解消される小児性愛という欲望のありかた」自体を病理とみなすべきかどうかについては、どこかに絶対の正解があるわけではない。今のDSMやICDやMSDマニュアルにどう書いてあろうと、それは私達の社会の観念の反映であり、相互作用的に規定されているのだから。これは我々自身が考え、議論し続けなければならない問題だ。「小児性愛を題材とした非実在表現によるポルノグラフィの流通」の是非も、その結論しだいで変わってくる。
https://www.youtube.com/watch?v=qrAGrzdli3s
まあエロと言うならこれまた今日うpされたこっちのほうが良いかな
https://www.youtube.com/watch?v=FPNiZhu6Wtw
この2本にオタクの大好きな趣味がすべて詰まってると言っても過言
これらを見てエロだと思うのならエロ抜きでは成り立たないと言える
俺としてはエロと言えなくもないだろうが極限まで美化・記号化された人間讃歌的な形象こそオタクが惹きつけられるもんだと思うわけよ
わかる?そのへん
んー言語化してみるなら
ピンポイントにエロというよりも、エロース(本能的な愛・渇望の愛)、フィリア(関係性の愛)、それからアガペー(無私の愛)、これらが作品中の表現でビシッと決まっているとオタクは「名作だ」と感じやすい気がするな
トランスの人たちはno debateなんで、批判者の意見を詳しく読むことはないんだろうけど、TERFといわれている側はトランス側の主張をよく読んで矛盾を理解してるんだよね
特に疑問に思ったところ
アンブレラタームといいつつ、クロスドレッサーやオートガイネフィリアの存在を明言していない
>教えてくださいよ、○○○○大先生。「性別は一生変えられない」というのなら、私は○ぬしかないのですか?私の存在が「犯罪的なイデオロギー」なのですか?(p.32)
とGIDでオペ済の人が自○をほのめかしていた。
→TGismはセルフIDを推進しているのにこういう時にオペ済GIDの人を矢面に立たせるのは違うと思う。
双方の意見のすり合わせが必要なのに、明らかに議論が必要なことを自○をちらつかせて相手を黙らせて自分の意見を通そうするのは感情的脅迫(=心理的恐喝/Emotional Blackmail)であり、モラル・ハラスメントではないか?
ここで引用するにあたって、○○に書かれている個人名を伏せたが、実際は他称TERF側の意見をもつ論者の名前が名指しされていた。
他称TERF側だって女性や子どもにとっての権利との衝突があるし、安全や最悪の場合は命の危険があるから発言している。
>戸籍の性別を変えるための法律は極めて差別的な厳しい要件を課しており、全ての人が要件を満たせる訳では全くない。法改正の目処も立っていない。(p.27 水上文)
→特例法の性別変更要件を緩和するように求めていると思われる。
2003年に成立した「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」(通称・性同一性障害特例法)には、性別を変更するためには
①年齢要件 二十歳以上であること(成年年齢の引き下げとともない、2022年4月1日から18歳以上になった)
④手術要件(生殖不能要件) 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
⑤外観要件 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること
を満たすことを条件にしている。
そもそもこの特例法というのは「性別適合手術を行った性同一性障害者」が日常生活になじめるようにと設けられた法律だと認識しているが、この条件を緩和するということは、法制度がつくられた前提条件が覆されて法の意味自体が変わってしまうし、「性自認」のみで戸籍が変更できるようになる(いわゆるセルフID制度)。文字通り「男性器がついたまま戸籍上女性」が存在することになり、女性スペースや医療や統計などのさまざまな場面で影響を及ぼすことになることをわたしは懸念する。
>違和の有無ではなく、まさしく特権性を名指すカテゴリーこそがシスジェンダーなのだ(p.28 水上文)
→「シス」は「トランスではない人」という意味で使っていて、わたしはトランスではないしシスでもないので勝手に「シス」呼ばわりしないでほしい。
だいたい「シス特権」という言葉は、男性をスルーして女性に対してわきまえろという文脈で発せられる方が多いし、わたしは「シス特権」という言葉は女性抑圧の新たな形だと思っている。
他称TERFをプロテスタント右派と中核とする保守のバックラッシュと同じ扱い(p.36 ゲンヤ)
→他称TERFに対する典型的なレッテル。もう100万回みた。
他にも「アンチフェミ/家父長制に加担/統一教会/Qアノン/極右/トランプ支持者/オルトライト」とかいろいろ言われてるけど、違います。
自認がどうであれ身体男性が女性のスペースに入らないでほしい(女子スポーツに参入とかも含む)って言ってるだけです。
このように女性スペースを使う当事者でもない男性が、抗議する女性たちに向かってレッテルを貼って「女性スペースは身体男性を受け入れろ」といってくるのはよく見る。
自分がどれほど無責任で横暴なことをしているか、それこそ「男性特権」を自覚してほしい。
「その声には応答しない」とno debateを歴史修正主義をひいて正当化(p.40 高島鈴)
→権利の衝突に関する議論をこうやって何年もno debateというスタンスで逃げ続けてきたようですが、世間にも「トランスジェンダー」や「トランス女性」の定義がだんだんと知られるようになってきていて、そのスタンスでいるのもいい加減苦しくなってきているのではないでしょうか。
「ラディフェミの分離主義は袋小路」(p.63 清水晶子)
→わたしはアカデミア事情には疎いのですが、清水晶子先生の専門はジェンダー学ではないんですよね?ジェンダー学専門の先生のお話も伺ってみたいです。
>以前から思っているんだけど、オートガイネフィリアって「女装した自分に興奮する人」、「女になった自分に興奮する人」なんですよね。
https://twitter.com/METI_GID_MtF/status/1675031960207654912
手術してるのはGIDの人だろうと思ってたら、スザンヌみさきが登場しちゃったからね
https://twitter.com/noon_moon_boom/status/1674703865374212096
アガペーとかフィリアとかストルゲーとか、愛に区別をつけるのって物事のビジョンを鮮明にしてるようでいて、必要以上に物事を複雑化してるだけなような気もする。
本当に愛の種別によって脳味噌の動いてる部分が違ったりもするのかもしれないけど。
性愛にも友愛にも家族愛にも優劣とかないし、別にどれが本当の愛とやらなんて事もないのにね。
特に性愛は肉欲と結び付けられては嫌われがちだけけどね。それは自分本位で相手を手段としか扱ってないからだ、みたいな事がさも正論のごとく言われるけど。
もちろん他人への最低限の敬意は持つに越したことはないだろうけど、結局愛を抱いたり求めたりするのはそれが快楽だからであって。そうしたい、せずにはいられないから色んな形の愛を抱く訳で。
他人を大切にしたいっていうのも自分本位な快楽を抑える事で発生するまた別の快楽を求めているのだろうし、どんな形であっても自分の頭の中で発生する快楽を求めたいっていうどこまでいっても自分本位なものであって、本質的にはさほど変わらないんじゃないのって思うよね。
でもそうやって唯物論というか唯我論じみた話で割り切るのもなんだかなって感じもするし、愛の神性を信じ続けるのも悪くないのかもしれない。
https://gendai.media/articles/-/99878?page=3
彼が展開したのは、トランスジェンダーのなかでも「MTF」と呼ばれる人々についての理論である。通常、MTFの人々は「身体的には男性として生まれてきたが、ジェンダー・アイデンティティ(性自認)は女性である人々」として理解されることが多い。しかし、ベイリーはジェンダー・アイデンティティという概念を疑問視して、その代わりに性的指向に基づいてMTFを定義しようとした。
そして、性科学者のレイ・ブランチャードの理論に依拠しながら、MTFは「異性愛の男性を性的対象としており、彼らと恋愛・セックスするために性転換を望む人」(トランスキッド)と「“女性としての自分”への愛情を抱き、自分が女性になることを想像することで性的に興奮する人」(オートガイネフィリア)とに区別される、とベイリーは論じたのである。
ドレガーによると、『クイーンになる男』が発表された当初はトランスジェンダーの当事者のなかにもこの本を好意的に受け止める人が多く、MTFに関する理論についても「自分の実体験に基づいている」と賛同する当事者は多数存在した。
しかし、一部の活動家が「ベイリーはトランスフォビアである」と喧伝し続けて、脅迫を恐れた大学やメディアの関係者もベイリーを支援・擁護しなかったことから、彼が差別主義者であるというイメージが定着してしまったのだ。ドレガー自身も、実際にベイリーに会って事件について詳細に調べるまでは、彼がトランスフォビアであると思い込んでいたのである。
https://twitter.com/hatpinwoman/status/1646852069175820289
・DV被害や性的暴力の被害女性が、女性のみの心的外傷のグループセラピーを望むこと
・女性が「シス」「女性器のある身体」「出産可能な人」という呼称を拒否すること
・女性受刑者と男性受刑者、特に性犯罪で有罪になった男性が、同じ監房で服役させられることに異議を唱えること
・レズビアンのサークルに紛れ込んで肉体関係を持とうとする男性を拒絶すること
・デトランジション(訳注:性別移行医療を受けた後に元の性別に戻ること)経験者が自らの経験を語ること
・全般的な安全について、そして先進的な治療について、子供与える影響を懸念すること
・女性がオートガイネフィリア(訳注:ググって下さい)について話すこと