はてなキーワード: 青春小説とは
適当にラノベのシナリオをまとめてみるけど、最近のラノベの方が恋愛要素多いよね。
ついでに昔のラノベの主人公は最初から強かったけど、今は無能力が多い。(代わりにヒロインが万能だったりする)
Lv9999の俺Tueeeeee集団が魔王とか倒す話。恋愛要素は薄い(アニメでカップリング要素が強化)。
最後は「人間のせいで仲間の1人の中に眠っていた魔王が覚醒し、それを倒す」というかなりバッドエンドに近い内容。
神とか魔王とかテンプレ的な世界観を扱いながら、「人の心の闇」も同時に扱ってるのが魅力なんじゃなかろーか。
指輪物語のような正統ファンタジーに対するアンチテーゼとして生まれたが、現在では学園ファンタジーなどが流行った影響で正統ファンタジーの一派に含められてしまっている。
Lv99の主人公が世界を滅ぼす神と対峙する話。恋愛要素は薄い。
最後は「バリアがあるから神が襲ってくるんだ、魔王の力を得て竜族が作ったバリアを解除しちゃえ」というオチで、その後世界がどうなったのかは語られない。多分平和になったんだろう。
異端者を葬るブギーポップという多重人格を持つ少女を中心とした群集劇。恋愛要素は弱め、群集の関係を描く一環として描かれる。
全体的なテーマとしては「ハグレ者」として生きる人間、「ハグレ者」として斬られる人間のラインを語るような感じ。たぶん未完結。
1巻が一番面白かった。エンブリオまでは大体面白かったけど、そこから先はいまいち…。
世界を作り変える異能を持った少女を中心とした青春小説。主人公は無能力。
「男性向けハーレクインロマンス」という表現はむしろこっちの方が当てはまる。
世界を作り変える能力を持ってしまった、わがままなお姫様を満足させるために主人公たちがあれこれ立ち回る。
ハルヒが満足すると異能がなくなる設定のため、早々にハルヒの能力がなくなって話が動かせなくなって、無理やりライバルキャラを増やしたり展開を引き延ばしてる感が酷い。
http://www.amazon.co.jp/review/R92LAB0MXPIE0/
このレビューが的確。要するに困難に対してマネジメントを引用して解決するという形で、マネジメントの内容を紹介する青春小説。
ご都合主義すぎてマネジメントが胡散臭いカルトのようになってしまっているのはご愛嬌。マネジメントを除けば運動系部活の王道展開。
異能に取り付かれた少年が、同じように異能に取り付かれた少女が救済されるのを見守る青春小説。主人公は弱い。
僕も読みたいのだけど、キチガイで毎日幽体離脱と乖離を繰り返している自分にとって
何かプラスになるだろうか。それとも青春小説のように楽しめるのだろうか。暗いふち
が待っている。流行の小説を読みたいという願望と僕の中の暗い部分はまったくもって
一致しない。結局こういう風に僕は死んでいくのだろうか。あの世のことばっかり考え
ている僕が『もしドラ』を読むことに何か意味があるのだろうか。素敵なあの世生活が
待っているのだろうか。僕には意味が何一つつながらない。ここまで書いてようやく
『もしドラ』が『まねじめんと=人を管理すること』に気付いたよ。結局僕とは何だっ
たのだろう。
http://mikemaneki.blog.shinobi.jp/Entry/277/
しかし、それにしても昔「苺ましまろ」がアニメ化する際に伸ねえが女子高生から女子大生になった経緯を鑑みると、
なんというか緩くなったなぁとは思いますね。
今でも「タバコを吸う女子高生」が登場する原作がアニメ化される機会があれば何らかの処置は取られると思うよ。
やがて、「スレイヤーズ」「スクラップド・プリンセス」等により、ハイファンタジーは読みやすく世界観がちゃらんぽらんなファンタジーになりました。
スレイヤーズは90年、スクラップド・プリンセスは99年。この人の言うような流れがあったとして、後者の頃には既に拡散しきってました。
そこにはゴクドーくんやフォーチュンを代入すればいいと思う。
ライトノベルがまだジュブナイルだったころ、つまり80年代前半に流行していたのは氷室冴子、久美沙織などの青春小説に近いものでしたし。
言葉が先行してて、明確な定義はないのだが、ハテナによるとこんな定義がされている。
1.過剰な自意識を持った主人公が(それ故)自意識の範疇だけが世界(セカイ)であると認識・行動する(主にアニメやコミックの)一連の作品群のカテゴリ総称。
2.[きみとぼく←→社会←→世界]という3段階のうち、「社会」をすっ飛ばして「きみとぼく」と「世界」のあり方が直結してしまうような作品を指す。
アニメでいうと「新世紀エヴァンゲリオン」が代表格になるだろう。
で、小説の世界だと「0世代」にくくられる西尾維新や佐藤友哉らがこの文脈で語られることが多い。
で、「ライ麦畑で捕まえて」を一読して、この世界的な青春小説は「セカイ系」の元祖だったんじゃなかろうかなんてことを考えた。
成績不良で高校を退学させられたホールデンが、実家に戻るまでの「三日間の彷徨」を口語体の一人称によって語るというものだ。
道中ホールデンは様々な人に会うのだが、いちいちこいつ病気じゃないのかという態度とり、悪態をついては、相手を怒らせる。回想シーンに登場する旧友や恩師にたいしても、冷笑的な批判をくりかえす。
ホールデンにとって「よきもの」として騙られるのは、死んだ兄、妹、道中に出会った尼くらいのものである。
じゃ、ホールデンの思考回路が支離滅裂かというと、価値判断の基準だけはぶれがない。
ホールデンは、大人社会の「欺瞞」や「スノッブ」に対する徹底的な反抗者としてかかれており、彼の「ピュア」や「イノセンス」は一貫してくどいほど強調されている。
その「ピュア」や「イノセンス」に触れるものに対して、彼は悉く過剰反応を起こす。
ただ、ホールデンのいう「インチキ」というのは、大人が嬉しくもないのに「nice to meet you」ていうのは許せないとか、その程度のもので、潔癖症に近いものがある。
おまけに最期にホールデンが語る夢は、「聾唖になって森のそばに住みたい」だとか、「ライ麦畑で遊ぶ子供たちの監視員になりたい」とかもう「引きこもりの妄想」の領域に入ってる。
「ピュア」でも「イノセンス」でもいいけど、いいかげんにしろって感じだ。
どっちかというと「イノセンス」というよりただのヘタレなんじゃないだろうかという話はさておき、ホールデンの不幸は、自分がその「汚らしい大人」の領域に踏み込みつつあることを自覚していてそれゆえに「壊れて」いくことにある。彼は病気になることで、自らの「イノセンス」に殉死したとも言える。
私が「ライ麦」をセカイ系だというのは、このホールデンの過剰な自意識と、自分の価値観に基づく自己愛。そして学校を辞めたことに端的に表出されている「社会」をすっとばしたセカイへの直結(あるいはセカイからの逃走)がセカイ系の特徴とリンクしてるなと思ったからだ。
さらに「壊れていく自分」というのはセカイ系でも定番のモチーフなんだが、「ライ麦」では、壊れていく自分の攻撃性は外部に向かうのに対して、エヴァや0世代の文学では、その攻撃性は、自分へと向かい、「自虐的な自分語り」に落ち込んでいく。
この差が、時代的なものなのか、お国柄なのかはわからんけど、セカイを憎んだ「ライ麦」は、ジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンや、レーガン元大統領を狙撃したジョン・ヒンクリーに愛され、21世紀最大の知能犯「笑い男」(攻殻機動隊SAC)を生んだ。
それはレイプじゃないよ。書いてあることだけから判断するなら。
「そんなつもりはなかった」は、その日までは(あるいは酔ってないときは)そういう関係になるつもりはなかった。疎遠になったのは、一旦関係を持ってしまった以上、元と同じような友達関係を続けるのは気まずかったから。こんなん、青春小説やトレンディドラマ(笑)にでも出てきそうな典型的な青い春エピソードじゃないか。大体こういうこと(勢いでセックス)の後は、くっつくか疎遠になるかのどちらかで、それ以外の選択肢を選べるのはよほど猛者だと思うぞ。たぶん疎遠80%。全然普通。君らは普通。
なんでショックなのかも分からないよ。自分のあて(これで恋人同士だヤッター!的な)が外れてショックとか、他人に性行為のことをペラペラしゃべるような女だと判明してショックとか、そういうのなら分からんでもないけど、そういうのとも違うんでしょう?
なんでこう、そのものとかけ離れた潔癖症じみた人ばかりが要らん心配をして、本物の該当者には一ミリも届かないのかね。あまりにもかけ離れた心配なので、遠まわしの嫌味かと思ってしまうくらいだ。
672 :名前は誰も知らない :2007/03/16(金) 22:42:50 ID:pX7AgFxZO
準ひきこ森とかいう本読んだ。
俺の見たところ、例として挙げられてる学生の中に、
精神医学的な処置が必要かもしれない人が何人かいる。
こんな粗雑な克服方法を、専門家ヅラして語ってんじゃねえよボケ。
673 :名前は誰も知らない :2007/03/16(金) 23:10:20 ID:pX7AgFxZO
ああ、確かに教授ですら話しかけられないような風貌で、キャンパス内を歩いてる奴って、学生時代の俺のことだぜ。
19とか二十歳の頃の俺のバンド仲間とかも似たようなもんだったぜ。
何とか生きていこうと必死だったんだ。
そんでどうにもなってねえじゃねえかっつわれればその通りだけどさ、
俺達に触んじゃねえよ。
つうかお前の自伝だろ、これ。
674 :名前は誰も知らない :2007/03/16(金) 23:33:52 ID:zqqPXqUB0
>>672
あれね。俺も読んだ。そして燃やした。
要するにこの手の本は内向的な人間の不安を煽り立てて搾取しようってだけなんだなと
今更ながら気がついた。本当に今更だ。
特にライトノベルを読むとき、本文から脱線して妄想の世界に入り込んでしまうことがよくある。例えば最近読んだ『荒野の恋 第一部』(桜庭一樹)の場合、
そんな風にしているものだから、当然読むのに時間がかかる。平均すると1ページにつき1分。ただし、読んでいくうちに物語にのめりこめば、妄想も減りこれよりも早く読める。今回は、
と顕著にその傾向がうかがえる。全体平均は1.4ページ/分。今回は最初に妄想に浸ることが多かったこともあり、普段より遅い読書速度となった。(ページ数、時間は概数)