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講演会:韓国併合100年 高橋・東大大学院教授、富山で /富山
◇「謝罪と補償」最初の一歩に
◇「南北分断、無関係でない」
韓国併合100年にちなんだ連続講座の一環として、哲学者の高橋哲哉・東大大学院教授の講演会「私たちの『戦後責任』とは?」が富山市で開かれた。
講座は市民グループ「コリア・プロジェクト@富山」が4月から開催し、先月27日の高橋教授が5回目。今回は日韓が真の信頼関係を築く方策を探るのが目的で、約110人が聴講した。
高橋教授はまず、北朝鮮の韓国砲撃事件について「朝鮮半島の南北分断は日本の植民地支配と無関係ではない」と指摘。砲撃後に朝鮮学校の授業料無償化適用手続きが停止されたことで、「通学する子どもたちへの差別を助長する」と政府を批判した。
更に、石川啄木が併合を憂いて詠んだ短歌と、逆に併合を喜ぶ小学生の作文などを紹介。「啄木は例外的で、ほとんどの日本人は小学生から福沢諭吉まで併合を歓迎していた」と述べた。その根底には当時の小学校で教えられた神功皇后の三韓征伐など、朝鮮支配を正当化する神話的な教育があったことなどを挙げた。
日本の朝鮮半島支配を巡っては、菅直人首相が今夏、反省とおわびを表明した。だが従軍慰安婦や強制連行問題など戦後補償に関しては、ほとんどの裁判で原告側が敗訴するなど解決していない。
高橋教授は、日本が何をしてきたのかを若い世代に伝え、みんなで責任を考える必要性をアピール。植民地支配を反省する世界的な流れを紹介し、「日本の(謝罪と補償という)最初の一歩をグローバルスタンダードにしよう」と呼びかけた。
◇
連続講座の最終回は、来月22日午後1時半、富山市湊入船町の県民共生センターサンフォルテ303で。「アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳(は)せ、心に刻む会」の谷川透さんが「戦後補償 その全体像と解決への道」と題して話す。参加費1000円。詳細は、同会の堀江さん(090・5175・3756)。【青山郁子】
まだこんなのが生き残ってるってのが凄いよな。
| 当選 | 梅村 聡 | 大阪 | 民主 | 1281502 |
| 当選 | 大河原 雅子 | 東京 | 民主 | 1087743 |
| 当選 | 辻 泰弘 | 兵庫 | 民主 | 1086682 |
| 当選 | 小川 勝也 | 北海道 | 民主 | 1018597 |
| 当選 | 牧山 弘恵 | 神奈川 | 民主 | 1010866 |
| 当選 | 岩本 司 | 福岡 | 民主 | 1003170 |
| 当選 | 小林 温 | 神奈川 | 自民 | 895752 |
| 当選 | 大塚 耕平 | 愛知 | 民主 | 880856 |
| 当選 | 鴻池 祥肇 | 兵庫 | 自民 | 860568 |
| 当選 | 白浜 一良 | 大阪 | 公明 | 836903 |
| 当選 | 榛葉 賀津也 | 静岡 | 民主 | 823184 |
| 当選 | 山口 那津男 | 東京 | 公明 | 794936 |
| 当選 | 松山 政司 | 福岡 | 自民 | 791152 |
| 当選 | 水戸 将史 | 神奈川 | 民主 | 781533 |
| 当選 | 鈴木 寛 | 東京 | 民主 | 780662 |
| 当選 | 伊達 忠一 | 北海道 | 自民 | 757463 |
| 当選 | 行田 邦子 | 埼玉 | 民主 | 745517 |
| 当選 | 鈴木 政二 | 愛知 | 自民 | 734153 |
| 当選 | 谷川 秀善 | 大阪 | 自民 | 732175 |
| 当選 | 谷岡 郁子 | 愛知 | 民主 | 720777 |
| 落選 | 松 あきら | 神奈川 | 公明 | 691842 |
| 当選 | 丸川 珠代 | 東京 | 自民 | 691367 |
| 当選 | 古川 俊治 | 埼玉 | 自民 | 684270 |
| 当選 | 川田 龍平 | 東京 | 無所属 | 683629 |
| 当選 | 長浜 博行 | 千葉 | 民主 | 666241 |
| 当選 | 山根 隆治 | 埼玉 | 民主 | 665063 |
| 落選 | 保坂 三蔵 | 東京 | 自民 | 651484 |
| 落選 | 高野 博師 | 埼玉 | 公明 | 623723 |
| 落選 | 多原 香里 | 北海道 | 無所属 | 621497 |
| 落選 | 山本 保 | 愛知 | 公明 | 587268 |
| 落選 | 宮本 岳志 | 大阪 | 共産 | 585620 |
| 当選 | 佐藤 公治 | 広島 | 民主 | 570823 |
| 落選 | 田村 智子 | 東京 | 共産 | 554104 |
| 当選 | 牧野 京夫 | 静岡 | 自民 | 549375 |
| 当選 | 岡崎 トミ子 | 宮城 | 民主 | 549183 |
| 当選 | 石井 準一 | 千葉 | 自民 | 541701 |
| 当選 | 藤田 幸久 | 茨城 | 民主 | 540174 |
| 当選 | 羽田 雄一郎 | 長野 | 民主 | 538690 |
| 当選 | 山本 一太 | 群馬 | 自民 | 530114 |
| 当選 | 高橋 千秋 | 三重 | 民主 | 527935 |
| 当選 | 金子 恵美 | 福島 | 民主 | 503423 |
| 当選 | 松井 孝治 | 京都 | 民主 | 501979 |
| 当選 | 谷 博之 | 栃木 | 民主 | 484900 |
| 当選 | 加賀谷 健 | 千葉 | 民主 | 477402 |
| 当選 | 藤井 孝男 | 岐阜 | 無所属 | 466008 |
| 当選 | 姫井 由美子 | 岡山 | 民主 | 451185 |
| 当選 | 平田 健二 | 岐阜 | 民主 | 445489 |
| 当選 | 松野 信夫 | 熊本 | 民主 | 440742 |
| 当選 | 平野 達男 | 岩手 | 民主 | 437814 |
| 落選 | 三浦 一水 | 熊本 | 自民 | 432686 |
| 当選 | 長谷川 大紋 | 茨城 | 自民 | 427297 |
| 当選 | 林 芳正 | 山口 | 自民 | 419947 |
| 落選 | 片山 虎之助 | 岡山 | 自民 | 403783 |
| 当選 | 塚田 一郎 | 新潟 | 自民 | 403497 |
| 当選 | 加治屋 義人 | 鹿児島 | 自民 | 402541 |
| 落選 | 皆吉 稲生 | 鹿児島 | 民主 | 399877 |
| 当選 | 溝手 顕正 | 広島 | 自民 | 389881 |
| 落選 | 白須賀 貴樹 | 千葉 | 自民 | 387395 |
| 落選 | 畑野 君枝 | 神奈川 | 共産 | 385619 |
| 当選 | 友近 聡朗 | 愛媛 | 無所属 | 378813 |
| 当選 | 糸数 慶子 | 沖縄 | 無所属 | 376460 |
| 落選 | 国井 正幸 | 栃木 | 自民 | 372930 |
| 当選 | 森 雅子 | 福島 | 自民 | 372857 |
| 当選 | 舟山 康江 | 山形 | 民主 | 371071 |
| 当選 | 西田 昌司 | 京都 | 自民 | 362274 |
| 当選 | 中村 哲治 | 奈良 | 民主 | 359584 |
| 当選 | 愛知 治郎 | 宮城 | 自民 | 359099 |
| 当選 | 大久保 潔重 | 長崎 | 民主 | 352953 |
| 当選 | 森 裕子 | 新潟 | 民主 | 355901 |
| 落選 | 黒岩 宇洋 | 新潟 | 民主 | 344424 |
| 落選 | 小嶺 忠敏 | 長崎 | 自民 | 331147 |
| 当選 | 徳永 久志 | 滋賀 | 民主 | 325365 |
| 当選 | 松浦 大悟 | 秋田 | 無所属 | 319631 |
得票順なら落選
| 当選 | 平山 幸司 | 青森 | 民主 | 305642 |
| 当選 | 吉田 博美 | 長野 | 自民 | 301635 |
| 当選 | 森田 高 | 富山 | 民主推薦無所属 | 291714 |
| 当選 | 一川 保夫 | 石川 | 民主 | 272366 |
| 当選 | 植松 恵美子 | 香川 | 民主 | 257548 |
| 当選 | 世耕 弘成 | 和歌山 | 自民 | 256577 |
| 当選 | 米長 晴信 | 山梨 | 民主 | 242586 |
| 当選 | 亀井 亜紀子 | 島根 | 国民新 | 217707 |
| 当選 | 中谷 智司 | 徳島 | 民主 | 206457 |
| 当選 | 川崎 稔 | 佐賀 | 民主 | 210452 |
| 当選 | 礒崎 陽輔 | 大分 | 自民 | 199523 |
| 当選 | 外山 斎 | 宮崎 | 民主推薦無所属 | 196685 |
| 当選 | 松村 龍二 | 福井 | 自民 | 193617 |
| 当選 | 川上 義博 | 鳥取 | 民主 | 168380 |
| 当選 | 武内 則男 | 高知 | 民主 | 166220 |
民主 2増9減
国民新党 1減
自民 6増3減
公明 3増
共産 3増
若き日の谷川俊太郎さんは詩集『二十億光年の孤独』で世に出た。本の題名にもなった名高い詩は、〈人類は小さな球の上で/眠り起きそして働き/ときどき火星に仲間を欲しがったりする〉と始まる。
(略)
谷川さんの詩を、オバマ大統領に献上したくなった。2030年代を目標に火星に人を送るという新しい宇宙政策を打ち出した。(略)「月へ行く」とケネディ元大統領がぶち上げたとき、米国はまだ地球を回る軌道にも人を送ってはいなかった。それから8年後、人類は月に降り立った。
想像を刺激されたのだろう、その年に福島県の小学生が書いた「うちゅう人とお話を」という詩がある。〈わたしは まほうじてんを開いて/うちゅうのことばで 話しかける/「ガガガ ルル ルル ララララ ピル」っていうと/「ルルル ダダダ テテラ テテラ」てしゃべるかな〉(児童詩誌『青い窓』から)
子どもの感性には詩人も脱帽だろう。この詩もオバマ大統領に献上したくなる。宇宙人と話すための「まほうじてん」を探し出して、そっと添えながら。
「フテンマ キチ イセツアン デス」っていうと/「ワカッタ ソノアン デ イキマショウ」てしゃべるかな
【政治】 "ハトカメ戦争" 小泉進次郎氏 「原因は鳩山さんにある。亀井氏を郵政担当にしたのは鳩山首相」、谷川氏「幼稚園の子供以下」
ttp://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1269595289/
4 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2010/03/26(金) 18:22:46 ID:NTwdnEDH0
任命責任なんてどっか飛んでいったしなぁ
10 名前:名無しさん@十周年[] 投稿日:2010/03/26(金) 18:25:17 ID:OHblISdk0
これこれ。
【女性問題】 鳩山首相 「政府のこの緊張感の無さはなんだ!これが今の内閣の体質だ!」「首相の任命責任は重い!」…鴻池氏のときに発言
ttp://white0wine.blog10.fc2.com/blog-entry-998.html
1 :出世ウホφ ★:2010/02/03(水) 17:18:39 ID:???0
鳩山由紀夫首相は2日の衆院本会議での各党代表質問で、野田佳彦副財務相らが子ども手当の11年度以降の満額支給は困難との認識を示したことに関し、「基本的にはマニフェスト(政権公約)通りに行いたい」と述べ、満額支給(1人当たり月額2万6000円)する方針に変更がないことを強調した。
子ども手当は10年度は半額の1万3000円が支給される予定。菅直人副総理兼財務相は、同手当(給付総額2兆2554億円)の経済効果について「現行の児童手当からの上乗せ分1・3兆円のうち7割程度が消費に回り、10年度の国内総生産(GDP)を1兆円程度、成長率で0・2%押し上げる」と説明した。
納税者番号制の導入を巡っては、首相は「社会保障制度の充実、効率化を進めるとともに、所得把握の精度を高めるために必要不可欠なインフラだ。10年度税制改正大綱の方針に沿って、1年以内に早急に検討を進めて結論を出したい」と述べた。【谷川貴史、野原大輔】
ttp://mainichi.jp/life/edu/child/news/20100203ddn002010025000c.html
4 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:19:49 ID:f+FxtzC60
しょぼ
9 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:20:29 ID:xd2RpVjl0
2兆5千億撒いて1兆てアホかとw
16 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:21:36 ID:a5BH6Kv80
>1・3兆円のうち7割程度が消費に回り、
つまり、ほぼ確実に親が遊興費に使い込むという予測にもとづいているわけですねわかります。
21 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:23:32 ID:kxf8co9O0
ア ホ か w
23 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:23:42 ID:sU/6R+NK0
例え嘘でも 「経済効果は3兆円以上」キリッ とか言っとけよ。
28 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:24:28 ID:/dBjyTy9P
37 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:26:03 ID:UOYvYDCG0
1兆円って言いたかっただけかな。
59 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:28:37 ID:TVm4DoPZ0
92 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:33:02 ID:N0BkPY4h0
一兆円(キリッ
114 :名無しさん@十周年:2010/02/03(水) 17:35:06 ID:vdDzCGYJ0
> 「現行の児童手当からの上乗せ分1・3兆円のうち7割程度が消費に回り、
> 10年度の国内総生産(GDP)を1兆円程度、成長率で0・2%押し上げる」と説明した。
結局、乗数効果を理解してないってことか
OTAKON 2009で山本寛(以下ヤマカン)が係わってないはずの「涼宮ハルヒの憂鬱」のついて謝罪したことが話題になってる。
参考URL
http://yunakiti.blog79.fc2.com/blog-entry-3435.html
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51490609.html
そりゃあ同じ話を6週にもわたって見せられた視聴者がキレたくなるのは当たり前だし、そのことをパージされた元スタッフに振ったらこういう嫌味ったらしい"謝罪"が出てもくるだろう。
戦犯探しみたいなのもやってるけどさ。やれ京アニが悪いだの、やれ角川が悪いだの、谷川が悪いだの。いやいや人のせいにばかりしてちゃダメだよ。
一番悪いのは俺たち視聴者。特に今まで京アニ作品を小馬鹿にしてきたのが責任重大。
わが身を振り返って見ると、今まで京アニが作ったアニメに酷いことを言ってきたなぁと思う。
「中身が無い」「見た目だけ」「原作無しじゃ何も出来ない」「作画一流文芸三流」「オリジナリティー皆無」etc・・・これだけ言われりゃ、ちょっといいとこ見せて見返してやりたくなっても仕方ない。お前ら見とけよ、びっくりするなよってね。
で、出てきたのが「ムント」と「ハルヒ」なんじゃないかと。
でもアニメファンならご存知だと思うけど、ムント様は盛大にコケてしまった。
完全オリジナルで魅せられないなら、原作付きで何とかしなくちゃいけない。作画だけとは言わせない、見よ京アニ脅威の演出力・・・とばかりに持ってきたのがこのエンドレス・エンドレスエイトだとしたら。うわあ、連敗だ。
膨大な数の繰り返しの中の高々10回足らずを"追体験"させても意味が無いことがわからず、繰り返しの中の1回を効果的に見せる選択が出来ないところが文芸三流の三流たるところ。
細かなディティールの違いを病的に拾い集めるのが好きなのもいるだろうけど、同じものを全く別の視点で見せるならともかくちょっとだけ変えて意味あるのか。
そもそもそれまでのやり方で満足してきた客を怒らせてどうする。
こんな言わずもがなのことすらわからなくさせるほど俺らが京アニを追い詰めていたのだとしたら・・・!
ごめんよ、京アニ。そしてみんな。
ちょっと言い過ぎた。
京アニは今までどおりのアニメ作ってればいいから。無理しなくていいから。
だって「けいおん」、みんな喜んで見てたじゃない。
tophatenarの部門別ランキングTOP10を見て。
ウィンドバード::Recreation
若い人。
記事は普通。
うぱ日記
思い込んだら一直線。
他のラノサイとは微妙な距離。取り扱いが難しい。
いつも感想中
コメント欄がにぎわってる。
この中では唯一の既婚者?
SSMGの人の日記
ラノ漫
お騒がせ編集者。
Something Orange
人気あるらしいけどよく知らない。
ラノベ「も」読むよ、って感じ?
若いのに対するツッコミ役。
ラノベの杜。
雲上四季
よく知らない。
まいじゃー推進委員会
褒めまくる人。でもとうとう限界を感じたのか、「これからは無理して褒めませんよ」宣言をした。
好きなら、言っちゃえ!! 告白しちゃえ!!
そういうキャラなら許されるらしい。
実は客観的な目を持ってる、という評価もある。
http://anond.hatelabo.jp/20081101232814
どれだけ厳しい批判が寄せられているだろうかと恐る恐るみてみたら、好意的な反響が多く、胸をなでおろしています。
増田に書く理由としては、ひとつめ、専門外のことに長く関わるつもりがないこと、ふたつめ、連休の出先で手元に一冊の参考書籍もなく、HDDとネット上のソースだけを参考に書いたエントリなど、歴史を専攻したものとして、しかも専門外のものとして、とても胸を張って提示できるものではないこと、みっつめ、それゆえ、ホームに書いたら全て書き換えるほどの修正をせずにはいられないだろうが、その気力も時間もないこと、よっつめ、しかし、あれを「論文」とすることには憤りを覚えたので、せめて学問を知る人にはトンデモはトンデモであると伝えてみたかったこと、いつつめ、増田であれば上記の点をそれほど気にやまずに済むこと、このくらいでしょうか。したがって、私のエントリはいわゆる「ちらしのうら」です(文献表記がみにくいのもわざとです。すみません)。私はさくっと書き逃げする卑怯者です。内容がいかがわしいのも推敲が甘いのも全て私の責任です。でも、もろもろの言い訳によって逃げられるものではないですよね。ああ。
さて、前回のエントリでは、後半にさしかかったときにから睡魔に襲われ、最後は「藁人形叩き」ばかりになってしまいました。ようやく投稿できたと思ったら、字数超過で記事を分割せねばならず、つづきでは田母神氏の論文タイトルを間違えてしまいました。謹んで失礼をお詫びします。いろいろとミスがあろうと手をいれるつもりはなかったのですが、批判する論文タイトルの間違いはいくらなんでもひどいので、訂正します(ついでに「シンガポール華僑粛清事件裁判記録」後編のミスも直します)。これも後出しですが、原文が縦書きの漢数字は、横書きなので適宜英数字にしています。
では、気をとりなおして「藁人形叩き」ばかりをしていたところに補足してみたいと思います。最後に与太話の蛇足ですが雑感を述べてしめます。
しかし人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。
(前回と同じく、はてな記法による引用の出所は、田母神俊雄「日本は侵略国家であったのか」2008年http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf)
第2次世界大戦開戦の時点であっても、カナダ、オーストラリア、南アフリカなどが自治領化・独立した例がありますね。フィリピンでも独立を前提とした自治領政府が成立していましたね。
また、どちらかといえば植民地統治体制の比較の話ですが、自治・独立とまではいかないまでも、現地の住民を支配機構に採用していく次のような例もありました。
「1920年代より英国はビルマに赴任するICS〔引用者注:インド高等文官の略称〕に英国人のみならずビルマ人も採用すべく方針を変え、その結果1939年末の段階で、ビルマにおける全高等文官のうちビルマ人は32.8%を占めるに至った」(根本敬「英領期のビルマ人高等文官(ICS/BSC)とタキン党」『東南アジア史学会会報』63、1995年、17ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0004924657)
それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るのがあと百年、2百年遅れていたかもしれない。
1940年代において、宗主国が疲弊し、植民地の独立運動が高揚したのは確かなことでしょう。ただし、歴史学の領分は、「もしも」を考えるというより、その過程をつまびらかにして、それぞれの要因や重要性を検討することにあります。
まず、開戦の詔書には「東亜ノ安定」「世界ノ平和」「万邦共栄」「東亜安定」「東亜永遠ノ平和ヲ確立」という表現はありますが、肝心の戦争目的を述べている部分は、あくまで「今ヤ自存自衛ノ為蹶然起ツテ一切の障礙ヲ砕碎スルノ外ナキナリ」(「御署名原本・昭和十六年・詔書一二月八日・米国及英国ニ対スル宣戦ノ件」1941年12月8日、アジア歴史資料センターレファレンスコードA03022539800。引用部分の漢字は適宜新字体を用いました。センターホームページの検索バーに左記のレファレンスコードを打ち込めば該当資料のページへ飛べますhttp://www.jacar.go.jp/)ということであり、「アジア諸民族の解放」、「植民地の解放」、や「独立」といった文言は一切ないことを指摘しておきます。文面上はまさに自存自衛の戦いをうたっており、解放の約束は明文上ではなされていません(ちなみに、みればわかりますが「八紘一宇」もないです)。では、実際、アジア諸国にどう接し、現地住民はどう対応したのか、前回は文献名をあげただけのものから少し引用しておきます。
「ビルマは1943年8月1日主権を有する独立国家となったが,真の独立を求めるビルマ人にとってそれは,’’偽の独立’’,’’メッキの独立’’にすぎなかった。ビルマ人は,独立が’’空虚’’であることを知っていた。この当時の日本人に対するビルマ人の態度は,「愛していなくても我慢して接吻する」ようなものであった」(大野徹「ビルマ国軍史(その2)」『東南アジア研究』8(3)、1970、360ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/55632/1/KJ00000134014.pdf原文の注の番号は引用者が削除しました。以下の引用文でも同じ)。
「日本の『朝日新聞』は、この作戦について、「皇軍航空部隊の空襲は一見、印度民衆の苦難を一層増大せしめるかに見えるが、爆弾の雨の中に、皇軍の印度独立運動に対する無限の慈愛と支援が含蓄されている」と書いていた。まことに「含蓄」の深い論評だったと言うべきであろう」(中里成章「日本軍の南方作戦とインド」『東洋文化研究所紀要(東京大学)』151、2007年、190ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/5716/1/ioc151004.pdf)。
「本稿では不十分ながら、日本の大東亜共栄圏=アジア主義のプロパガンダが、そして、その大枠の中で動いたチャンドラ・ボース等の活動が、インド社会との接点を持てずに、空回りしていたことを明らかにしえたのではないかと思う」(前掲中里論文、195ページ。ボースたちについては、197ページの注6、200ページの注22、202ページの注26、208ページの注80も参照)。
インドネシア、フィリピン、ベトナムの抗日闘争について、詳しくは論文本文を読んでいただきたいのですが、結論としては、
「要するに、東南アジア諸国の反植民地・民族独立運動は、太平洋戦争と日本の侵略によって生じた情勢やその他条件を、主体的、積極的に活用して日本に対応し、戦前に比して飛躍的な成長を遂げた。そして、このことは、戦後における東南アジア諸国の民族独立運動の高揚や民族独立の達成の決定的要因となった。この意味において、太平洋戦争と日本の侵略は、東南アジア諸国の民族独立運動史における一大転換点であったということができよう」(谷川榮彦「太平洋戦争と東南アジア民族独立運動」『法政研究(九州大学)』53(3)、1987年、395ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008279870原文にあった傍点は除いた)。
以上でつっこみの補足は終わりです。現下の情勢については特に言及しません。
さて、今回のエントリ執筆の目的としては、可能な限り速やかに「論文」が論文になっていないことを示すことでした。大事なのは「内容」とおっしゃるのは結構ですが、学問的に批判可能な形式(もちろん既存の研究にとらわれない革新的な独自形式でも、読者に史料を提示できればかまいません)をとらないものは、「無敵な人」の独自な「歴史観」の告白にすぎないでしょう。それに価値を認めるのは個人の自由ですが、学問や教育の場に持ちこむのはお門違いです。そのような姿勢では、いつまでたっても歴史学における扱いはトンデモのままですよ。もちろん、大学や研究所にいる専門家でなければ歴史の話をしてはいけないということではないです。「昭和史論争」を引き起こしたのは歴史研究者ではありませんでした。しかし、自己の見解を教科書にのるような通説となさりたいのであれば、専門家と同じ舞台に立ち、その批判に応答しなければならないでしょう。「つくる会」はその舞台に立つ気はないと宣言した結果どうなっているでしょうか。今なら学術雑誌に投稿しなくても、インターネット上でいくらでも長文の論文を発表できますよね。
一般に、歴史研究者は、四年生大学で専門的なトレーニングを受け、さらに修士課程二年間、博士課程三年間以上を費やして史料を読み込み論文を紡ぎだしています。それでも、個々の論文の結論で言えることはささやかなことです。また、研究会・学会・書評などの形でお互いに切磋琢磨しています。それぞれが広範な史料に目を通しているからこそ、個々の研究がその時代の歴史像のどこに位置づけられ、どの部分がその時代の特徴をよくとらえられているかを議論できるのです。自分の個別研究が歴史研究の大きな流れのどこに位置づけられるのかをとらえるため、歴史を学ぶ標準的な手順としては、まずは先達がエッセンスを詰め込んだ教科書、概説書を読み、そこから主要な研究文献やレビュー論文、目録等を漁って研究史をたどり、そこで用いられている史料を読み、先人の研究の妥当性を検討したり自己の問題関心を追求していくのです。木簡のように新しい史料が見つかったり、機密文書が公開されたりして史料が増えれば、それがどのように従来の見解に修正を迫り、新たな知見を付け加えるのか議論します。そのような積み重ねのなか、通史は更新され、教科書の記述も変わっていきますが、このことをもって歴史は定まりないものだから最新の研究成果も独自研究も変わりないということは的外れでしょう。それはかえって科学としての歴史学が機能している証拠にほかなりません。
さて、歴史学者全体がイデオロギー的に偏向している、現行の教科書は自虐史観・マルクス主義史観に基づいているという「つくる会」の主張もありますね(それでいて『国民の歴史』のように、専門家の研究から剽窃したりするの会員もいるのは厚顔無恥ですね。参照、尾藤正英『日本文化の歴史』岩波新書、2000年、あとがき)しかし、戦後長く標準的な高校教科書として採用されてきた山川出版社の『詳説世界史』の執筆者には林健太郎(故人への敬称は略します)が含まれていました。日本史にしても伊藤隆氏が編者であった『近代II』を含む、『日本歴史大系』山川出版社、1984-90年、が、受験前に初めて読む通史だった私などには、学会の主流がマルクス主義史観など妄言にしか聞こえません。岩波だから駄目などという意見も見ることがありますが、最新の『岩波講座世界歴史』岩波書店、1997-2000年、では、古代・中世・近世・近代という時代区分はもはや採用されていません。そもそも研究の場では、評価は自分の目で確かめてから下すもので、事前に確定できるものではないのです。
「いずれも〔引用者注:本文でふれられている臼井勝美氏、酒井哲哉氏の研究のこと〕,侵略の時間的連続性〔引用者注:満洲事変から日中戦争へ〕を,陸軍の遠心性,すなわち現地機関の好戦性や暴走に帰さない画期的な研究であった」(加藤陽子「書評 安井三吉著『柳条湖事件から盧溝橋事件へ―1930年華北をめぐる日中の対抗―』」『アジア経済』45(9)、2004年、67ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/7473/1/kato45_09.pdf)。
「日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する」なんて本質論は、学界ではなされていませんよ。人事面でも、システム設計・運用面でも、上部の問題は大きかったですよね。私みたいなものにも自衛隊に信頼できる友人はいますので、余計に上が軍の失敗を反省するそぶりもみせないのは問題と感じるわけです。
最後に、余計なお節介でしょうが、歴史学入門、史学史についていくつか参考文献をあげておきます。ご興味のある向きは手にとられてみてはいかがでしょうか。
小田中直樹『歴史学ってなんだ?』PHP新書、2004年。(CiNiiの定額許諾を契約している大学関係者は、下敷きとなった論文をDLできるかもしれません。私は今DLできる状況にないので保障はしません)
小田中直樹「言語論的転回と歴史学」『史学雑誌』109(9)、2000年。
http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0002622266
歴史科学協議会編『卒業論文を書く―テーマ設定と史料の扱い方』山川出版社、1997年。
今まで述べてきたような研究の積み重ねに対し、自説の根拠もまともに示さずに自分の意見を広めたいと主張する行為がどういうものか、一度お考えになっていただけたら幸いです。
また見苦しい長文になってしまいました。最後まで読んでくださった方に感謝します。
(追記)さすがに人名の誤記は看過できないのでミスを修正しました。
(再追記)引用文の出典が抜けていたのも直しました。すみません。
(再々追記)直ちに答えられるトラバをいただいたので応答します。ホロコーストの研究の進展について次の文献を参照してください。
芝健介「ホロコーストとニュルンベルク裁判」『史論(東京女子大学)』55、2002年。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008575897
前回↓が途中で切れたため、その段落から改めてつづきを貼ります。
http://anond.hatelabo.jp/20081101232814
さて日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略したために、遂に日米戦争に突入し3 百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった、日本は取り返しの付かない過ちを犯したという人がいる。しかしこれも今では、日本を戦争に引きずり込むために、アメリカによって慎重に仕掛けられた罠であったことが判明している。実はアメリカもコミンテルンに動かされていた。ヴェノナファイルというアメリカの公式文書がある。米国国家安全保障局(NSA)のホームページに載っている。膨大な文書であるが、月刊正論平成18年5月号に青山学院大学の福井助教授(当時)が内容をかいつまんで紹介してくれている。ヴェノナファイルとは、コミンテルンとアメリカにいたエージェントとの交信記録をまとめたものである。アメリカは1940年から1948年までの8年間これをモニターしていた。当時ソ連は1回限りの暗号書を使用していたためアメリカはこれを解読できなかった。そこでアメリカは、日米戦争の最中である1943 年から解読作業を開始した。そしてなんと37年もかかって、レーガン政権が出来る直前の1980年に至って解読作業を終えたというから驚きである。しかし当時は冷戦の真っ只中であったためにアメリカはこれを機密文書とした。その後冷戦が終了し1995年に機密が解除され一般に公開されることになった。これによれば1933年に生まれたアメリカのフランクリン・ルーズベルト政権の中には3百人のコミンテルンのスパイがいたという。その中で昇りつめたのは財務省ナンバー2の財務次官ハリー・ホワイトであった。ハリー・ホワイトは日本に対する最後通牒ハル・ノートを書いた張本人であると言われている。彼はルーズベルト大統領の親友であるモーゲンソー財務長官を通じてルーズベルト大統領を動かし、我が国を日米戦争に追い込んでいく。当時ルーズベルトは共産主義の恐ろしさを認識していなかった。彼はハリー・ホワイトらを通じてコミンテルンの工作を受け、戦闘機100機からなるフライイングタイガースを派遣するなど、日本と戦う蒋介石を、陰で強力に支援していた。真珠湾攻撃に先立つ1ヶ月半も前から中国大陸においてアメリカは日本に対し、隠密に航空攻撃を開始していたのである。
「ホームページに載っている」と、また典拠をあいまいになさっていますね。アクセス日時を明記して、該当のURLを示すことも論文のルールとして確立しています。典拠となる論文の題名も該当ページも省略されていますが明記するのが普通です。先行研究の要約と著者の意見の区別がつかないのも問題です。先行研究の要約にオリジナリティはありません。先行研究について論じたいのであれば別でしょうが、先行研究を手がかりに、何かを主張したいのであれば、引用でも注でも根拠となる史料(この場合は「機密資料」)の該当部分を明記するのが論文のルールです。ちなみに孫引きは基本的にしてはいけません。原典にあたらずに引用元の編集が正確であるとは言えないからです。つまり、読む側からすると、根拠が示されていないがために、その主張を認めることはできません(学問のルールにおいては、主張する側に立証責任があります)。
ルーズベルトは戦争をしないという公約で大統領になったため、日米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に第1撃を引かせる必要があった。日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行することになる。さて日米戦争は避けることが出来たのだろうか。日本がアメリカの要求するハル・ノートを受け入れれば一時的にせよ日米戦争を避けることは出来たかもしれない。しかし一時的に戦争を避けることが出来たとしても、当時の弱肉強食の国際情勢を考えれば、アメリカから第2,第3の要求が出てきたであろうことは容易に想像がつく。結果として現在に生きる私たちは白人国家の植民地である日本で生活していた可能性が大である。文明の利器である自動車や洗濯機やパソコンなどは放っておけばいつかは誰かが造る。しかし人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。
繰り返しますが、根拠のない推測は論文の中では無価値です。さて、戦った結果、無条件降伏して占領(=支配)されました。その後、戦争をせずとも、サンフランシスコ講和条約を結んで独立できましたし、奄美諸島も小笠原諸島も沖縄も返還されました。
さて大東亜戦争の後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放されることになった。人種平等の世界が到来し国家間の問題も話し合いによって解決されるようになった。それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るのがあと百年、2百年遅れていたかもしれない。そういう意味で私たちは日本の国のために戦った先人、そして国のために尊い命を捧げた英霊に対し感謝しなければならない。そのお陰で今日私たちは平和で豊かな生活を営むことが出来るのだ。
しつこく繰り返しますが、風が吹けば桶屋が儲かる式の主張に説得力はありません。「国家間の問題も話し合いによって解決」とのことですが、イラク戦争やグルジア戦争は話し合いではありません。「百年、2百年」の根拠も示されていません。「人種平等」を推進した国際連合を結成したのは、勝った「強者」の国々でした。
一方で大東亜戦争を「あの愚劣な戦争」などという人がいる。戦争などしなくても今日の平和で豊かな社会が実現できたと思っているのであろう。当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかりである。やらなくてもいい戦争をやって多くの日本国民の命を奪った。亡くなった人はみんな犬死にだったと言っているようなものである。しかし人類の歴史を振り返ればことはそう簡単ではないことが解る。現在においてさえ一度決定された国際関係を覆すことは極めて困難である。日米安保条約に基づきアメリカは日本の首都圏にも立派な基地を保有している。これを日本が返してくれと言ってもそう簡単には返
また、「・・・・・・という人」、さらに「・・・・・・と思っているのであろう」ですが、藁人形を叩いても論文に説得力は生まれません。論文で心情の吐露をしても説得力は増しません。私の立場を表明しておきますが、人の生を無益だとする考え方には賛同しないことと、批判的検討を行うことは両立すると考えています。
東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたものである。そしてそのマインドコントロールは戦後63年を経てもなお日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうというものである。自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出来ない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている。諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている。このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。アメリカに守ってもらうしかない。アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化が加速する。日本の経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法もアメリカのシステムに近づいていく。改革のオンパレードで我が国の伝統文化が壊されていく。日本ではいま文化大革命が進行中なのではないか。日本国民は20年前と今とではどちらが心安らかに暮らしているのだろうか。日本は良い国に向かっているのだろうか。私は日米同盟を否定しているわけではない。アジア地域の安定のためには良好な日米関係が必須である。但し日米関係は必要なときに助け合う良好な親子関係のようなものであることが望ましい。子供がいつまでも親に頼りきっているような関係は改善の必要があると思っている。
自分の国を自分で守る体制を整えることは、我が国に対する侵略を未然に抑止するとともに外交交渉の後ろ盾になる。諸外国では、ごく普通に理解されているこのことが我が国においては国民に理解が行き届かない。今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐えがたい苦しみを与えたと思っている人が多い。しかし私たちは多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識しておく必要がある。タイで、ビルマで、インドで、シンガポールで、インドネシアで、大東亜戦争を戦った日本の評価は高いのだ。そして日本軍に直接接していた人たちの多くは日本軍に高い評価を与え、日本軍を直接見ていない人たちが日本軍の残虐行為を吹聴している場合が多いことも知っておかなければならない。日本軍の軍紀が他国に比較して如何に厳正であったか多くの外国人の証言もある。我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である。
国を主語にしたのですから、そのように表明している公式見解くらい示してください。個々の語りについても、他者が参照できる形で提示されないものは論拠になりません。最後まで「侵略」の定義がなされないままでしたね。
戦時中のアジア諸国と日本との関わりについては以下の諸論文を参照。
吉川利治「タイ国ピブーン政権と太平洋戦争」『東南アジア研究』19(4)、1982年、363-387ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/56071/1/KJ00000133800.pdf
大野徹「ビルマ国軍史(その2)」『東南アジア研究』8(3)、1970、347-377ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/55632/1/KJ00000134014.pdf
中里成章「日本軍の南方作戦とインド」『東洋文化研究所紀要(東京大学)』151、2007年、149-217ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/5716/1/ioc151004.pdf
黒田展之・小林裕一郎「シンガポール華僑粛清事件裁判記録(1)」『法と政治(関西学院大学)』49(2/3)、1998年、327-337ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0001061933
同「シンガポール華僑粛清事件裁判記録(2・完)」『法と政治(関西学院大学)』49(4)、1998年、575-614ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0000592111
谷川榮彦「太平洋戦争と東南アジア民族独立運動」『法政研究(九州大学)』53(3)、1987年、361-398ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008279870
日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国なのだ。私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければならない。人は特別な思想を注入されない限りは自分の生まれた故郷や自分の生まれた国を自然に愛するものである。日本の場合は歴史的事実を丹念に見ていくだけでこの国が実施してきたことが素晴らしいことであることがわかる。嘘やねつ造は全く必要がない。個別事象に目を向ければ悪行と言われるものもあるだろう。それは現在の先進国の中でも暴行や殺人が起こるのと同じことである。私たちは輝かしい日本の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の一途を辿るのみである。
「事実を丹念に」見せるのが実証的研究です。この「論文」はそうではありません。
「嘘やねつ造は全く必要がない」心の底から同意します。
以上、お目汚し失礼しました。もっと勉強しなければ……
(追記)日本の新聞記事へのリンクを貼り忘れていたので追加します。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081031-00000123-jij-soci
http://www.asahi.com/politics/update/1031/TKY200810310298.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008110102000087.html
ライトノベルと云うものは、本来、女子供の読むもので、いわゆる利口な大人が目の色を変えて読み、しかもその読後感を卓を叩いて論じ合うと云うような性質のものではないのであります。ライトノベルを読んで、襟(えり)を正しただの、頭を下げただのと云っている人は、それが冗談ならばまた面白い話柄でもありましょうが、事実そのような振舞いを致したならば、それは狂人の仕草と申さなければなりますまい。
ライトノベルと云うものは、そのように情無いもので、実は、オタクをだませばそれで大成功。そのオタクをだます手も、色々ありまして、或(ある)いは謹厳を装い、或いは美貌をほのめかし、あるいは名門の出だと偽り、或いはろくでもない学識を総ざらいにひけらかし、或いは我が家の不幸を恥も外聞も無く発表し、以てオタクのシンパシーを買わんとする意図明々白々なるにかかわらず、評論家と云う馬鹿者がありまして、それを捧げ奉り、また自分の飯の種にしているようですから、呆れるじゃありませんか。
最後に云って置きますが、むかし、神坂と云う人がありまして、この人の書いたものは余り面白く無かったけれど、でも、その人のライフ・ワークらしいスレイヤーズの序文に、オタクのねむけ醒(ざま)しともなれば幸なりと書いてありました。そうして、そのオタクのねむけ醒しのために、あの人は目を潰(つぶ)してしまいまして、それでも、口述筆記で続けたってんですから、馬鹿なもんじゃありませんか。
余談のようになりますが、私はいつだか谷川と云う人の閉じられた世界と云う作品を、眠られない夜に朝までかかって全部読み尽し、そうしたら眠くなってきましたので、その部厚の本を枕元に投げ出し、うとうと眠りましたら、夢を見ました。それが、ちっとも、何にも、ぜんぜん、その作品と関係の無い夢でした。あとで聞いたら、その人が、その作品の完成のために十年間かかったと云うことでした。
ハセ・クライスナー
「二次創作をする」という行為には、自分のコードにある作品を置き換えて表現しなおすことである創作物を所有したい、という願望が付いて回っているように思う。しかし、「二次創作」の存在が加速度級数的に増加すると、ある創作物の二次創作全体を自分の視野におさめることが不可能になる。つまり、各個人が所有欲を満たすために行った創作が、結果的には所有願望の達成を不可能にしてしまう、という帰結をもたらすということだ。
それでは、このような状況下でもある創作物への所有願望を諦めない場合、どのような行動の選択肢があるのだろう。
ひとつ思いつくのは、「どのようにすれば」ではなく、結果的に「そうなってしまう」ことを目指す、という方向性だろうか。ソクラテスに対するプラトンのように。ヘーゲルに対するマルクスのように。ある創造物を解釈する際に無視できない参照項となりうる自分というものを、重厚な解釈の呈示に加えて、政治的パフォーマンスも駆使して積極的に打ち立てる、という方向性。これは、『涼宮ハルヒの憂鬱』における、谷川流と京都アニメーションないし角川エンタテインメントの関係に置き換えても良い。アニメ版『ハルヒ』ないしその副産物であるメディアミックス商品は、もはや「涼宮ハルヒ」シリーズを解釈するにあたって、谷川の手によるテクストとほぼ同等に扱われてしまっている。これらはどれも「結果としてそうなった」のであって、最初からそうなることを確信し、目指されたわけではないだろう。
おおっ、そうでしたか、はっきりきっぱりばっちり云っているのにどこか可愛げがあって、谷川さんは得な方よね。