はてなキーワード: エントリーシートとは
http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-138.html
まず、自分の意見が正しいか正しくないか(合理性)だけしか考えてないですね。自分の意見はこんなに正しいんだーってことを強弁するだけ。
さらにいえば、正しさだけにこだわるのは、「正しいかどうかは人の立場や物の見方によって変わる」ということが全く理解できてないってことでもある
要するに、自分にとっての正しさを、延々と立場の違う他人に受け入れろ、という議論を展開するわけです。
この人はもう手遅れとして、これを悪いケースとして、幼稚な意見の述べ方から脱出する方法を考えましょう。
仕事をする時、物事を動かすときに最も必要になるのは何か。2つあります。
もう一つはものごとについてのメリット・デメリットを両方考えてみる事です。
相手のことを考えてみるといってもこういうのは違います。
「この会社だけでなく、色々な企業を見てくださいね」と優しく就活生に語りかける癖に、実際には「手書きのエントリーシートだと時間がとられて、他の企業の説明会に参加しにくくなる?いやいや、本当にうちの会社に入りたいなら手書きででもエントリーシート書けるでしょ?さっさと書け」というようなメッセージを就活生にぶつけている。これでよく「社会人」を名乗っているなと常々思っている。自分の会社に応募してきた学生すら苦しめてるくせに「社会のために頑張って働いてます!」というような善人面はしないでいただきたい。
これは自分の考えを押し付けているだけです。真剣に考えて見た結果がこれならまぁ、そういう思考をする人がお似合いの舞台で頑張ってください。
こういう思考をもてる人間であればほんの少しかんがえただけでわかることですが、
企業側には手書きの履歴書には合理性があります。 デメリットもありますがそれ以上に効率が良い部分が大きい。
そして、学生側でも「レベルが低い学生であればあるほど」効率性が悪いどころか大きなメリットがあります。
そういった点とデメリットを比較して、デメリットが大きい人達を探していきます。
・考えなしにバカスカエントリーして一日2つも3つも対応しなければならない企業がある人
・履歴そのものが自分を雄弁に語ってくれため、デジタル情報で一切構わない人
・ドラッカーのように字が致命的に汚く、どれだけ努力しても直せない人
・毎日mixiやtwitterや社会人批判のブログに時間を費やし就職活動に割く時間が足りない馬鹿学生
くらいでしょう。この人達をいかに核にして、そこから浮動票をうまく巻き込んで物事を変えていくか考えないといけないわけです。
togetterで時々この話題になった時、多くの人を巻き込んでいるのは「履歴そのものが自分を雄弁に語ってくれため、デジタル情報で一切構わない人」のタイプの人ですね。
彼らがそう言ってるから自分もなんとなく手描きは大変だし反対だ、位の学生が多いですが、扇動されているにも気づかないとかお馬鹿さんですね!
業界全体として、「手書きの履歴書が悪い」などという乱暴な理論は到底当てはまりません。
少なくとも、合理性や理屈の名において、この件を変えようと思っているのであれば、それは阿呆だと言えます。
できるだけ議論の対象を具体的に絞る、そしてできるだけ数で語る。
実際にアンケートをとって、どの程度の人がそれを望んでいるのか確認する。
まずは選択適用から推進して、手書き履歴書を望む人が少ないため採用に不都合が出ることを証明できればいいのです。
あと、本当に心の底から思うんですが、履歴書ってそんな大した話ですかね?
企業に不満を持つにせよ、もっと大事なところに疑問を持ったりしないの?
頭の良い人が、企業の問題を本質的に掴んで、そこに人を巻き込むためのわかりやすい切り口として履歴書問題を取り上げるってのはわかる。
でも、特にそういうことを考えてない人が、ドヤ顔で履歴書問題について論じているのを見ると、怒りと言うか憐れみすら感じるんですが。
ごめん、偉そうなことを書いたけれど、俺の説明ダメダメだわ。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120126
言いたいことは全く同じなんだが、説明のわかりやすさのレベルがぜんぜん違う。
抽象化しつつ、プロセスとSHは詳細化しろって、言うやすし行うは難し。
私は抽象化はできるけれど、それと並行してプロセスとSHを分解するってのができなんだ。
このくらいの説明がすっと書けるようになりたい。
うちの会社は、そこそこ大企業なのに、ESなしで全員面接することになってる。
で、人事でもなんでもない俺とかまで面接に駆り出されるわけだが、7割くらいは面接に1分もいらんような子が来るね。
「ちゃんと大人と会話ができて、最低限の礼儀ができるやつ」という最低限のレベルで絞った段階で学歴が低い子があんまり残らないってのがすごい。
今の仕事につくまでFラン大とかまともに見たことなかったけど、ひどいなこれは。
勉強できるできないじゃなくて、人間としておかしいわ。未開人かサルってレベル。
親に甘え、友達と会話する程度、バイト先での店長やらなんやらについては基本的に礼儀などなおざり。
全く躾ができてないから、本当に基本的な所作から全くできてない。
就活の面接対策本とかでいちいちお辞儀の仕方から、座ってる時は足閉じろとかくっだらねーことまで指示があるのはなんでだろうと思ってたが
本当にそこから教えないと、そういうことが必要なんだってことすらわからないみたいだ。
というか、本を読んでも「なぜそれが必要か」わからん奴がいるらしく、本に支持されてないぽいところでボロが出まくり。
面談が始まると貧乏揺すりしたり、猫背になったり、キョロキョロしたり。なんかの病気かと思ってしまう。
受け答えについては壊滅的だ。何も考えてないからちょっとつついたら言葉につまり、圧迫だと訴える。
もういろんな意味で存在そのものが不愉快だった。一緒に仕事をしたいと思うか?とか考えるレベルじゃねーぞ。
志望動機を聞いたときに「いや、エントリーシートの提出が必要なかったんで」って答えた奴がいて殴りたくなった。
出席を取らない大学の講義じゃねーんだから。真面目に出席しても単位とかあげないよ?そんなこともわからないの?馬鹿なの?
http://archive.mag2.com/0000134134/index.html 12月25日号
学生が書いたエントリーシートを見ると、多くの人に似たような傾向が見られます。
「一点主義に賭けすぎ」ということです。
「一点主義」とは何かというと、一時点のことだけをやたらプッシュしている、ということです。
例えば、「あなたの学生生活はどのような学生生活でしたか」というような記入欄があったとします。
すると、一点主義の人はどんな書き方をするかというと、
「私の学生生活で最もその成果を発揮したのは、2年生の学園祭の時でした。ステージで劇を発表することになり、30名以上の出演者の
スケジュールを調整し、3ヵ月に及ぶ練習を取りまとめ、見事に全員で演じ切ることができ、大好評を得ました」みたいなことを書くわけです。
これは、「2年生の学園祭の想い出」という一点を書いているだけです。
「何々の資格を取りました」「何々という国に留学に行きました」「どこどこに海外旅行に行きました」そういうのは、全て一時点の話です。
その一点だけをいくら膨らましても、その時点の想い出話にしかならず、その人の「人生」や「人柄」は全くつかめてこないのです。
良いこと言ったので、もう一回言います。
「人生は、一線」です。
線で語らない限り、その人の「人生」は見えてこないのです。
それは、出来事を羅列しろというわけではありません。
その人生を「一線」で表す単語や表現で簡潔に表すということです。
例えば、
「私が忘れられないのは、大学3年生の前半に書きあげた自伝的小説です。自分の中学時代の頃から起こった出来事を
小説風に仕上げ、250ページもの文の量で書き上げました。その完成までには膨大な取材の量を重ねました」
みたいなことを書いたとしても、これは「一点主義」の書き方なので、「ふーん、そんなこともあったんだ」と思われて終わりです。
でも、「私は、学生作家です」「ジャーナリズム生活でした」みたいな言葉だと、たった一言なのにその人の人生が線で語れます。
作家というならば、どんなものを書いたかいくつか挙げてくれる?ジャーナリズム生活というのは、どういうものかいくつか例を出してくれる?
という続きの疑問に対するフォローの文章を書き加えればいいだけです。
一線を引いて、点を打っていく。作文でも本の執筆でも、そうやって書いていくのです。
(そして実は、そういう文章の書き方は、小学校や中学校の国語の授業でも習っているはずなのです)
一点主義だと、いくらそこに情報を詰め込んでも、その一点の情報だけが伝わるだけで、(大して伝わらないけど)その人の人生は伝わりません。
エントリーシートがどうしてもうまく書けないという人は、まずはその一点主義から離れることを考えましょう。
それだけでも、構成力はがらりと変わります。
いい記事やなぁ。
私は採用する側だけれど、質問の仕方を気を付けないとイカンな、と思わされた。
実際にこういう答え方をする学生さんはかなり多い。
どういうふうに考えてこういう答えをするに至ったかはわからないけれど、
とにかくアピールしよう、差別化しようみたいな教えを変に受け取って
自分がどういう人間であるか、ということではなく、とにかく私はすごいんだ、ってエピソードを語ろうとする人が多い。
多分、こっち側がそれを要求していると誤解させるような問いかけをしてるんだろう。
なにより、学生から見たときに、私のいる会社や、ここで働くとはどういうことか、線で見えるように伝えられていないんだと思う。
学生さんにはこういうことを語って欲しい、なぜならうちはこういう会社で、こういう人を求めているからってのがシンプルにつながるような線を考えたい。
「使いこなせないと思うから」とかぬかしやがる。
とゆーことでヒマなのでその理由をまとめてみた。
就活はエントリーしないと始まらないわけだが、ここでもう差が出る。
企業はモバイル用エントリーサイトを作ってないから、ガラケーじゃエントリーできない。
人気企業は一瞬で説明会の予約埋まるから、外出中にエントリーとるならスマホかネットブック使うしかない。
ネットブック持ち歩くのはダルいし、ネット接続の出費も余計にかさむ。スマホで十分。
いざ説明会や面接となったとき、地図や電車の乗り換えをすぐ確認できる。
これはガラケーでもできるけど、スマホなら無料のアプリでより便利に使える。
使うサイトにモバイルサイトがあればガラケーでも見れなくはないけど、
ガラケーでもTwitterやFacebookはできなくはないが、スマホならいろんなアプリが出てるから使い勝手が良い。
あと最近はTwitterやFacebook上のみで採用活動してる企業もある。
スマホはEvernoteやDropboxなどのクラウドサービスが使えるのがでかい。
提出したESとかニュース記事とかPCでストックしといて、それを面接前とかにスマホでチェックできる。
クラウドのストレージを使うことで、情報の管理がめちゃ便利になる。
http://itunes.apple.com/jp/app/id396629423?mt=8
有名企業100社のエントリーシート実例集アプリ。解説もついてるからES対策はこれがあればおk。
ES書くときに質問パターン検索で同じ質問の回答事例を何個もすぐ見れるのがマジ便利。
ES実例集の本も買ったけど、本だと同じ質問の事例を探すのにすごく時間がかかるし、
結局このアプリばかり使った。
有料アプリだけど本よりも実用性が高いし、値段も安いからこっち買ったほうがいい。
http://itunes.apple.com/jp/app/id464248141?mt=8
さらに自分の回答を動画で撮影し、回答の様子を客観的にチェックできる。
自分で練習するのはもちろん、撮影した動画を他人に見てもらって
自分では気付けない悪い点を指摘してもらうのに使った。
質問の数も多く、ジャンル分けされてて便利。しかもこっちは無料アプリ。
うちの内定者はほとんどがスマホ。てゆうかほとんどがiPhone。
実際iPhone使ってる人が多いので偶然かもしれないが。
ということかもしれないが。
つまりスマホでしかできないこと、スマホならより効率よく便利にできることがたくさんあるってこと。
電車の中で学生が「俺、バイトで●●の人と仲良くなった。その人のコネで就職活動余裕だ。」などど寝ぼけたことを言っていたのを聞いた。
そこで一応名前くらい誰でも聞いたことある企業で採用を2年ほどやっていた自分が、
コネ入社とはどういうフローで行われて、どういう意味を持っているかを簡単にまとめてみたい。
(あくまで自分がいた会社の話なので一例として聞いてもらいたい)
なぜなら、新卒採用の人数はおおよそ決定している。(もちろん優秀な人間が多い場合は若干うわぶれることはあるが)
社内稟議などにも「50人~60人今年は採用します」のような形で記載されている。
なので社員の紹介だから入社させるなどと言ったらそれだけで人数が埋まってしまう。
そんなことは企業としても実力を持った優秀な学生を取れなくなってしまい、大きな損失である
仮に50~60人は普通のフローで採用し、紹介枠は別にとるなどとしたとしても、人件費もかかり、そもそも受け入れ先が無い。
人事はある程度「○○事業部には何人、××事業部には何人」と計算をしながら採用計画を決めているのだ。
よって人事が容認できる実際のコネ入社の人数は、全内定者のうち1%以下ではないだろうか。
(例外として銀行、広告、テレビ局などがあるが、その方面に明るくないのでここには記載しない)
うちの会社では「紹介者シート」というものがあり、採用時期になると人事に送付できるようになっている。
紹介者とは当然、「社員が人事に紹介したい学生」のことである。
内容としては
・紹介者の氏名
・紹介者と社員の関係
・紹介者を入れることのメリット
・どこまで通してほしいか(書類選考まで、○次面接まで通してそのあとは実力で、問答無用で内定、など)
などがある。
このシートを提出されたら人事は該当学生を膨大な量のエントリーシートから探し出し、チェックする。
そこで、現状を提出者に報告し、紹介者の実力が足りず「どこまで通してほしいか」のリクエストにこたえられそうになかった場合、
落としていいのか、それともやはりリクエスト通り通すべきなのかを確認する。
それを繰り返し、紹介者も絞り込んでいく。
余談だが「○次面接まで通して」というのは社員の営業に人事がつきあわされていることが多い。
取引先の関係者などに頼み込まれて、内定は上げなくて良いのでとりえあず一旦次の段階に進ませて落とすなどである。
そうすれば、社員も取引先に「無理言ってあげてもらったんですけどやはり当社、倍率が高くて…」
上記の項目で重要なのは「紹介した社員のレベル」と「紹介者を入れることのメリット」である。
役職が高いものほど人事としては優先しなければいけなくなる。
次に「紹介者を入れることのメリット」だが、内容としては
現在当社は○○商事のプロジェクトで×億円の事業を受注しており、
ご子息を入社させることによって継続的な事業の受注を見込める」
などの記載がある。(まあこんなわかりやすいケースはそこまで多くはないが)
逆にどんな偉い人が出してきたものでも
「ゴルフ仲間の娘なので入れてあげてよ」などというものだった場合
人事の偉い人が止めに行く。
※よって冒頭の「バイトで知り合った云々」というのは論外である。
などが重要。
自分のコネを上記の紹介者シートでどのように記載されるかを考えてみると、
自分が持っているコネがどれだけ有効であるか、具体的なイメージをしやすいと思う。
就職活動を成功させたいのなら、就活塾や説明会にいくよりも、エントリーシートを書くよりも、やるべきことがあります。
人助けをしたいのならば、デマツイートをドヤ顔でRTするよりも、「僕にできることはないだろうか(キリッ」とドヤ顔で呟くよりもやるべきことがあります。
それはどんな努力よりも効果的で、短期間で出来て、就職活動を成功に導く方法です。
それは地震災害ボランティアに参加することです。災害ボランティアは考えられる限り最強の就職活動対策です。
理由は三つあります。
(1)日本企業が求める「誠実さ」「協調性」「行動力」「自己犠牲の精神」「相互扶助の精神」ほぼ全てを一発でアピールできます。
今の地震は安西先生も裸足で逃げ出すレベルです。その余震リスク、放射能リスクを物ともせず、今、困っている人を助ける為に行動する人間を評価しない人間はおそらく日本企業にはひとりもいません。他人を助けたいと思う「誠実さ」「自己犠牲の精神」「相互扶助の精神」は日本の企業が喉から手が出るほど欲しい能力です。
震源地に赴く行動力は「チャレンジ精神」「行動力」として企業に高く評価されます。
(2)マグニチュード8・8のインパクトとオリジナリティがある
「塾講師」「サークルの副リーダー」「飲食店バイト」なんていう自己PRは、アルマゲドンのシナリオ級にありきたりです。
誰でも出来て、誰でもやっているので何のインパクトもなく、就職活動で有利になることはありえません。
しかし、地震ボランティアなら、誰もやりたがりませんし、誰でも出来ないので、インパクトがあります。
インパクトがある行動は記憶されやすく、選考に通りやすくなります。
(3)わかりやすく、ケチがつけにくい
様々な学生時代の活動は、オリジナリティがあればあるほど、周辺条件を説明するのに手間がかかります。
特別な経験であるほど、説明コストがあがるのです。また、面接官によっては「他にやるべきことがあったんじゃないの?」
「ボランティアが好きならなんで民間企業に就職するの?」とケチをつけられることもあります。
しかし、地震ボランティアなら、日本人全員が周辺状況を共有しているため、一発で伝わります。
また、まともな大人なら公衆の面前で地震ボランティアにケチをつけることは出来るわけがありません。
この三つの理由から、地震災害支援ボランティアは数ある就職活動対策の中で、ほぼ最強の就職活動対策です。
この自己PRがあれば、トヨタだろうと、パナソニックだろうと、どんな難関企業の面接も屁ではありません。
どんな面接官もハンカチで涙をぬぐって、あなたを採用することでしょう。日本人にとっていい話は「TOEIC900点のアメフト部主将」を上回ります。
デマ情報をRTしている暇があるなら、 全国社会福祉協議会 03-3581-7851にボランティアを申し出ましょう。
中には、「そんな不純な動機でボランティアなんかするな!」と憤る方もいるでしょう。
しかし、凍える夜に配給される、飢えた胃を癒すおかゆに純も不純もありません。
乾いた喉を潤す、おいしい水に純も不純もありません。
ヘレン・ケラーですら見えない・聞こえないフリをするレベルのこの大震災の震源地に、善意だけで支援を申し出ることのできる人はほんのわずかです。
ほんのわずかな人ができる善行もほんのわずかです。ほんのわずかな行動では恐らく、今、困っている人達を救うことはできません。
偽善による善が行われないならば、善行が将来的に自分の利益になるものでないならば、世の中の善行のほとんどは死滅します。
ハリウッドスターのチャリティーなんかほとんど広報の一環ですが、多くの富を寄付しています。
純粋な善行ではなく、自分の利益の為に打算的な考えで、ボランティアを申し出る普通の人はたくさんいます。普通の人が自分の為に行動することが、今、救える命を救うことにつながるのです。
だから、今救える命を救う為なんかではなく、「一流企業に内定して、ブランド社名をチラつかせて合コンで美人OLをお持ち帰りするために」「一流企業の内定で、自分の自己顕示欲を満足させるために」「就活武勇伝を後輩に自慢するために」こそ、ボランティアをするべきです。
救助を受けている人達にとって、ボランティアの人が何を考えているのかなんてどうでもいいことです。たとえ、あなたが「このボランティア経験をアピールして、一流企業に内定して、合コン無双して、童貞を捨てるぜ!うひゃっほう!」と思っていたとしても、温かい毛布は毛布で、おいしい炊き出しは炊き出しです。
ツイートでしか善意をしめせない善人よりも、自分の為に行う不純な善行の方が5000倍価値があります。
http://anond.hatelabo.jp/20110304200535
まず、勝手に学生であると先入観をいだき、意識的に横柄な態度にでたことをお詫びします。
もちろん手書きでなくとも通すことはあります。また、履歴書の内容による合格の基準はありません。
一応ある条件に引っかかった人だけNGになっていますがそれは公開できません。(大した条件でもありません)
原則としては履歴書という面倒くさいタスクを引き受けてくれたかどうかだけを見ています。
ただし、面接の際、活字の履歴書の方にはプラスにせよマイナスにせよ先入観をもつことが出来ません。
下手に内容だけで推測しようとすると、私があなたを学生と勘違いしたように判断ミスをしてしまいます。
そのため、履歴書やESの内容に良い切り口がない場合には学生さんから上手にアピールしていただきたく必要があります。
そういう意味で、履歴書には足切り以外にも微妙に効果はあります。(これは今回の話の趣旨から外れるのであまり触れません)
ありません。
手書き履歴書を廃止した数年間は募集者数が1割以上増えたことがありますが、
あまり有望な人の数は増えまなかったため一定の効果はあったと判断されています。
もちろんこれが履歴書の効果だけであるとは考えておりませんが、効果を否定する結果も出ていません。
エントリーシートだとかなんとか言って作文させたりするわけで、そういう条件付きの比率で見れば大した差は無いんじゃないかと思うわけですが。
ただし、ESのフィルタリングは原則として「有望な人」を選ぶものであり、
履歴書の面倒さが「残念な人」をお断りするためのものであるのとは効果が異なります。
あなたのおっしゃるとおり、下辺を切り捨てるための有効な策としてESをうまく活用できないかという案もありますが
今のところ形になっておりません。
補足ですが、私も履歴書の手書きが合理的だと思っているわけではありません。
特に優秀な学生さんに、小学生でもできるようなSPIの試験と履歴書の手書きという足切りプロセスを同様に要求するのは平等主義の弊害であると感じています。
他の人が書いてたけど、私は「クリック1発で三桁に送れるようになられても社会全体のコストが上がりそう」などの事情があると思うよ。
上記にまとめられているような優秀な方や民間企業パスした方には、阿呆な企業以上に阿呆な学生がいるということを想定していただきたい。
この辺は一般論を言ってるだけに見えたので。
あなたの会社では何故ダメということにしてるのか?という質問です。
1行目見落としてたので追記。
「望ましい」というアナウンスとのことですが、実際に手書きでなくても通すことはありますか?
あるとすれば何か基準はありますか?
手書き履歴書とそうでない場合とで、冷やかしの比率に有意な差があるかどうか検証されたことはありますか?
もう少し言うと、エントリーシートだとかなんとか言って作文させたりするわけで、そういう条件付きの比率で見れば大した差は無いんじゃないかと思うわけですが。
現在、某国立大で修士課程の2年生でFPGAの研究をやってます。
就職は、東証一部のB to Bの産業計測機器メーカーに決まりました。
こんな私ですが、2年前までは理学部生物学科でピペット片手に植物を育てていました。
はじめは、学部3年の時、多くの生物学科の学生たちと同じように、生物学科で勉強をし怠惰な大学生活を送っていました。
生物系の就職がヤバイと気付いたのは、3年生の夏の合同説明会の時。
「去年には一人いた。化学の人に混じってとても優秀だったよ。」
「生物系は。。。。」
どうも回答が煮え切らない。
電機メーカーでは、あまり良い答えが聞けないし、食品メーカーでは「採用は毎年あるよ。」と言ってくれるのだが
倍率が高いことは話に聞いて良く知っていた。
そもそも、理系向け合同説明会となっていても、
少し広げて情報系と化学系ということが何度も説明会に行くうちに透けて見えてきていた。
文系就職という手もあったのだが、やはり技術職で仕事に就きたかったこともあり
ちょうど、2ちゃんで専攻ロンダ関連のスレッドが出てきていたこともあり、専攻ロンダという方法を知り
もちろん、まったく違う専攻に切り替えるということに対して不安は大きかったが
思い切ってみることにした。
3年の秋から専攻ロンダに比較的、入試科目が少ない独立研究科の大学院を中心に回った。
研究室のホームページからメールを送り、教授にアポを取り見学させてもらう。
JAISTやNAISTは他大生向けへの講義があり、専攻ロンダにやさしいらしい。
院試の問題は大学の購買でしか買うことができない場合が多く、自分の受けた大学もそうであった。
院試の勉強は3年の2月から始めて、6月の受験までに間に合わせた。
その結果、NAIST落ち、JAIST合格、旧帝大の独立研究科(情報系)合格という結果だった。
キャンパスゼミで基礎をおさらいしてマグロウヒル大学演習で応用問題を詰める。
マグロウヒル大学演習シリーズは良書で、勉強したことが無い科目でも読めばわかるようになっている。
専門科目についてであるが、離散数学はマグロウヒル大学演習で勉強する。
あともう一つの専門科目であるが、電気回路や電子回路は等価回路など一人では理解できない点が多く、パスし
そして、合格発表に番号を見つけた。
入学後は、FPGAの研究室に入り、朝から晩までコードと「VHDLによるハードウェア設計入門」の本に
向き合いコードを書く日々が続く。
最初は、学部生よりもプログラミングが分からず苦労するが3か月も必死になるうちに書けるようになってくる。
就職活動では、ハードウェア記述言語やっているというと、バイオの時とは反応が違う。
もちろん、面接では「どうして専門を変えたのか」
と聞かれるのだが、「生物について知るうちにそれを工学的に応用することに興味をもった」
で乗り切る。
不況であったが、エントリーシート20枚、面接7社ほどで内定が出た。
NAISTとか、JAISTとか、九工大の生命体工学とか、専門を最初から教えるシステムがあるらしいし
俺よりも苦労しなくて済むと思う。
もちろん、苦労はするのだが苦労が報われないピペドよりもぜんぜんマシ。
生物系の奴に限らず、数学科とか理論物理やってるやつとか数学センスはすぐれてるだろうし特にお勧めしておく。
不況なんだし、生き残りのために多くの手段を考え
さあ、やってきましたよシューショクカツドーの時期が。来るな、と思っても来るんだコレが。ああイヤだイヤだ。
しかし、おまえらとてマトモにメシは食いたいだろう。仕事なんてカケラもしたくないだろうが、それでも真っ当な給料は欲しいだろう。
良い企業にお勤めの人間だけが持てるあのステータスが、おまえらも欲しいことだろう。
これだけは言っておく、おまえらが想像しているより遥かに就職ってのはデカい。本気で重い。そこを履き違えるな。
「人生その程度じゃない」っておもってるおまえ、それは違う。人生はおおよその人間にとってその程度だ。
そんなおまえ、俺がアドヴァイスしてやるよ?これから教える十ヶ条を覚えておけば、多分勝てるぞ。穴が開くほど読んでおけ。
①ウソをつく覚悟はあるか?
まぁ、お察しだとは思うが。就職活動ってのは「全日本、嘘つき最強王決定戦」であることは間違いない。
NBL(ナチュラル・ボーン・ライアー)日本最強を競う戦いだ。まず、おまえたちはエントリーの前に心の準備をしなければならない。それは、戦場に出る人間が人を殺す覚悟を固めるのと全く同じことだ。ウソをつく覚悟はあるか?まずこれが重要だ。もし、「無い」であるとか、あるいは「嘘をつく人間なんてゴミ以下の汚物だ、死んでしまえ!」と言うなら、それはそれでいい。俺自身だって、そういう態度は美しいと思う。おまえがそういう人間であるなら、それはむしろ素晴らしいことだ。こんな世の中で、そんな人間が一人くらいいたっていい。ならば、これを読む必要はない。もしかしたら、どこかにそんなおまえを必要とする場所があるかもしれない。あるいは、こんなアドヴァイスなど必要としない実力を持っているのかもしれない。そのままで生きてくれ、俺のためにも。俺だってそういう人間がこの世界で一人でも生きていると思えば、なにか少し嬉しい気持ちになる。しかし、それ以外の人間。おまえらはまず、この決心を固めてくれ。「俺は今から騙す側になる」と腹を括ってくれ。それが、まず何より一番大事なことだ。いいか、おまえは今そう決めた。だったらもうひよるな。それがスタートだ。忘れるな。
②レンジを見定めろ。
射程距離というものが誰しもある。それは、大体のところおまえの学歴で決まる。しかし、世の中には「紛れ」というものもあるし「まぐれ」というものもある。この文章を読む人間は全て、「まぐれ」もしくは「紛れ」を狙っていることは明らかだろう。だが、まずはおよそ自分のいるレンジを見定めることは非常に大事だ。
極めてざっくりと言えば、学歴というのは四層に分かれている。東京大学(とそれ以外)/早慶以上/マーチくらい/それ以下、の四層だ。ぶっちゃけて言えば、この程度の括りしかない。そしてこの括りはファジイに出来ている。中央大学が慶應に競り勝つことも稀ではないし、東大がマーチに競り負けることも決してゼロとは言えない。何故なら、採用する側も人間だからだ。例えば、「じゃあ、東工大はどの辺りだよ?」とか「理科大ってどの辺り?」って疑問は無論起きてくるだろう。しかし、それは非常に微妙だといわざるを得ない。例えば、東大の牙城であるあの金融機関にも東工大はいる。逆に、「マーチくらいじゃね?」と思われているあの会社にも、東大はいる。早稲田にいたっては、商社から外食まであらゆるジャンルにゴキブリの如く存在する。説明会に出たことがある人間なら思ったことがあるだろう、「死ね、早稲田」と。おまえらがいないジャンルを探してここまで来たのに、何故おまえはここにいる、と。しかし、就職活動とはそういうものなのだ。この四層の前後1つずつに対応出来るように動くのがヴェストだ。「まぁ、俺はこの辺だろうな」と思うところの上と下、両方に対応出来るように動いておけば大体問題ない。そしてもちろん、1ランク上を目指せ。
③何が欲しい?
就職活動をするに当たって、おまえは考えたはずだ。「俺は何に向いてるんだろう?」と。だが、この考え方は間違っている。おまえが考えるべきはそういうことじゃない。「俺が求めるものを満たすのはどういう会社で」「その会社はどんな人材を求めているのか」考えるべきはこの二つだけだ。それ以外は、忘れろ。「自己分析」なんてしていいのは東大生だけだ。ちがう、おまえが考えるべきなのは「自己詐称」の方法論だけだ。だが、それを踏まえたうえで言う。会社は選べ。というのは、ある程度以上自分のキャリアを客観視したとき「俺、このジャンルなら超盛れる!」と思える会社が見つかる可能性は、それなりにあるからだ。それがおまえの適職だ。だが、およその人間にはそういうものは見当たらないだろう。「人付き合いもあんまり好きじゃないし・・・」「朝弱いし」「あ、でも年に休みは120日欲しい」「給料安いのはイヤだよ」。それでいい。それでいいんだ。しかし、おまえは残念なことにこんな文章に食いついてしまう程度の人間でしかない。では、おまえが働くについて譲れない一点を選ぶ作業に移れ。しかし、「人間関係」みたいな、「部署による」タイプのものはあてにするな。つまるところを言えば、「ステータス」と「休み」そして「カネ」のどれかだ。このいずれかを満たせばそれなりのものはついてくる。ステータスも休みも満たさないが給与はそれなり、という会社は避けろ。それは黒い。「H通信」とか「O商会」をおまえらが選ぶことはないと思うが、一応の話だ。
④具体的にどこなんだよ。
知るかボケ、自分で説明会回れカス。と言いたいところだが、少しだけ教えてやろう。まず、おまえが何はともあれ給料!という人間であるならば、「証券」もしくは「専門商社」あたりがお勧めだ。無論、総合商社にいけるならそれはそれでいい、しかしおまえはその程度の人間だろう。このいずれも結構な激務であるが、比較的「攻撃手段」が選びやすいジャンルなのだ。営業、というのは学生が嫌がる職域であるが、その分攻略手段は極めてわかりやすい。もちろん、「保険」辺りも見ておけ。いいか、この文章を読み終わったときおまえは、恥など1ミリも知らない口先キングダムな男、あるいは女だ。この文章を読んで「実行しよう!」と思えるNBLにとって、もっとも向いた職業がこの辺りであることは異論を待たない。つまり、この就職活動そのものが「営業」なのだ。いずれも、Fランカーにも勝ち目のあるジャンルだ、遠慮なく行け。正にFラン、おまえが年収1000万に到達するチャンス、あるいは真っ当に社会人として、あるいは転職市場でうんこ以下の扱いをされない人間になるチャンスはこの辺りにしかないと言っても過言ではない。他にMRなんかもお勧めだ。特に外資。Nバルティス、あるいはFァイーザー辺り、学歴無視でチャンスがある。クソ激務ではあるがカネはいい。専門商社では、I藤忠丸紅鉄鋼、Mタルワン、辺りを筆頭に「え、こんな大学から採るの?」という会社がかなりある。ホームレスにタマゴをブチこんだあのカスが受かったのも専門商社の某社だ。採用人数は決して多くないが、おまえがNBLになる素質(社会人の必須スキル)を持っているのであれば、合格の目はある。そんで、具体的に何をアピりゃいいの?と思ったおまえ。簡単だよ、基本的に「営業職」ってのは、世の中にいらないモンだ。だって、ホントのいい商品なら営業するまでもなく売れるだろ?いや、そうとも限らないが。とにかくおまえが営業をやりたくない理由は正にその辺にあるだろう。では、その営業になりたいとしたら。簡単だ、営業の存在価値とは何かを訴えかければいい。例えば証券、世の中のクソジジイクソババアが溜め込んでるカネ、それを世の中に引っ張りだすのは誰だ?つまり、それは証券マンだろう。「営業には社会的価値があるっすよ!営業マンマジ大事、やりがいある!超大事!いなきゃダメ!」と訴えれば、営業マンは嬉しい。言われて嬉しいことを言う奴は欲しい。つまりこれが、営業の極意であり、あるいは就職活動の極意だ。常日頃、社会的価値を低く見積もられている仕事ほど、社会的価値を欲しがっている。「相手が何を言ってほしいか」それだけを考えろ。これは、「志望動機」「自己アピール」辺り、全てに応用できるポイントだ。忘れるな。あとは表現力を磨け。
無いだろうな。しかし、ここで俺がK汽船の人事から聞いた名言を与えよう。0を1にするのはダメだ、だが1を100にするのはアリだ。(いいのかK汽船・・・)おまえらはこれから1を100にする作業に移るんだ。さて、おまえ大学生活で何やった?サークルは幽霊だったし、バイトは1ヶ月持ったことがない・・・。そうだろうな。うん、それが「1」だ。例えばおまえが居酒屋でバイトをしていたとする。仕事はクソだるく、おまえは全く使えないゴミ扱いをうけ、かつ一ヶ月で辞めた。しかし、それでも尚それは「1」なのだ。人間が「説得力」を感じる話、とは何か。それは、「エピソード」をいかに臨場感たっぷりに、ナチュラルボーンライ出来るかで決まる。例えばこんな感じだ。
「私が大学生活で頑張ったことは、アルバイトです!もちろん、アルバイトを頑張った学生はたくさんいると思います。皆さんいい加減飽きあきしてるだろうと思うのですが、それでも、それを承知で聞いていただきたい!」
こんな感じで前置きを置け。いいか、前置きで勝負が半分決まっている。それを忘れるな。奨学金とってた奴。おまえは経済的に恵まれなかったよな!それもちゃんと組み込めよ。
「どうせアルバイトをするなら売り上げを上げてやる、店の役に立ってやる!私はそう思いました、しかしそれはそう簡単なことではありません。「いらっしゃいませ」と大声で言って売り上げが上がるなら誰も苦労しません。そこで、1アルバイトの私が考えたことは、出来ることからコツコツと、です。つまり、トイレ掃除です!それというのも、皆さんお酒を飲みに行ってトイレが汚かったらウンザリしませんか?私はします。では、トイレをきれいにしよう!でも、これは案外簡単ではないのです。というのも、私の勤め先は学生街にあり・・・お察しください、という状況でした。そこで・・・(具体的な工夫。ま、思いつくだろ?)ということを実行しました!その結果、私は「トイレ掃除部長」としてお店から表彰を受け(こんなもんウソつき放題)、その報酬として金一封をいただきました。もちろん、このお金はそのお店で飲んでしまいましたが、そこから私が得た教訓は(中略、思いつくだろ?)です!そして、それは御社の(中略、思いつくだろ?)の上で必ず役立つものだろうと思います。私は、トイレ掃除を一生懸命工夫できる人間です、それが御社の仕事であればそれはもう、間違いなく誰より一生懸命になれます!皆さんのような(集団面接だとスケールのデカい奴が必ずいるので、それに対するカウンター)大きなことは出来ませんが、小さなことからコツコツ一生懸命、それが私です!」
「つまりトイレ掃除です!」に力を込めるのがポイントだ。この場合「つまり」は文章上の装飾であり、論理性のカケラもない。しかし、何かが起こる「面白い」言葉というのは常に論理の飛躍を伴う。妥当ないわゆる「えらいねえ・・・」というエピソードはありふれている、逆転を狙うおまえらのエピソードはなんといってもこういった、笑う要素のある庶民派が一番良い。具体的で、誰にでも出来るが頑張った形跡が見えて、かつ臨場感溢れるエピソードをヒネり出せ。いいか、別に立派である必要はない、スケールがデカい必要も無い。ただ、おまえが頑張ってる様子がありありと見えて、かつ「退屈しない」話であることが大事だ。論理で詰めて、ここ一番ではK点越えをする、これが非常に大事だ。
まず、一応言っておくが。就職活動に「個性」はおよそ求められていない。しかし、一発逆転、身の丈にあわない企業を受けるのであれば、おまえは面接官の度肝を抜く、あるいは爆笑させる、もしくはとことん感心させる、あわよくば「こいつ大好き!」と思わせる必要がある。上記したような話はいくつも用意しておけ。しかし、「まぁ、受かっておきたいな・・」という「抑え」の企業。これに関しては、極めて妥当な攻め方、つまり「2ちゃんねる」で得られる情報を集約したような模範戦法を採る必要もある。K点越えジャンプは、九割コケる。危険を冒すべきなのは、「妥当ではない」企業だ。このメリハリをキッチリつけられないと、駒をロスする。しかし、一度や二度は「どうでもいい」企業で、K点越え戦法も試しておけ。嘘、というものはつけばつくほど上達する。どうでもいい企業を受けて、人事を掌で弄ぶのはとても大事だ。ちなみに、「内定を断る」というのは勝者だけに与えられた最高の愉悦だ。現在は「内定蹴りってなんか気まずいよな・・・」と思っているかもしれない。しかし、おまえがNBLの素質を開花させる頃には、「どうやって断ったら面白いかな?」レベルまで精神は高まっているはずだ。やってやれ。人生に於いて、こういう経験をしておくことは必ず肥やしになる。肥やしになる、ということはウンコレベルの行為である、ということだが、言うまでも無くウンコにまみれることは人生において非常に大事なことだ。あ、でも内定者懇談会辺りはウマいメシが食える可能性が高いので、しっかり栄養つけてから断れよ。金融系はメシがいいぞ!(ただし、ちょっと内定断るときしつこい、いい暇つぶし相手になる)
⑦エントリー・シート
まず、言っておく。企業はエントリーシートなんか読んでない。学歴くらいしか見てない。特に、大手になれば絶対に読んでいない。しかし、これはESが大事ではない、ということではない。何故なら、ESというのは面接の際に「見比べる」ものだからだ。質問のネタもここから生まれる。言うなれば、発火点だ。おまえが練りこんだエピソード、「これが必勝技!」というポイント。これは、ESを使って誘導する必要がある。また、面接前には流石にESを読み込まれる。その際に「うわぁ・・ゆとりだぁ」と思われれば勝ちの目はまずない。ESに於いて必要なのは、文章で魅せる力だ。
読める文章というのは、構造がキチっとした文章だ。しかし、「国語」の授業ではこういうものは教えない。英米の「国語」は日本でやるような道徳と一体化したような「国語」の他に「論理」の時間が設けられている。おまえはこの文章表現における論理力をインスタントに身につける必要がある。文章構造を構築すれば、ESで負けることはまずない。この場合、必要なのは作家の書くような文章ではない。
①見出し
②根拠
③論拠
④まとめ
この流れに沿って組む、それだけでいい。これは文章表現のもっとも基本的なモデルの一つで、これさえ知っておけば凡そ困らない。まず、工夫すべきは見出しだ。人間というのは文章を読み込んでも、大体その印象的な一文くらいしか記憶できない。ということは、おまえが主張したい部分は印象的である必要があるということだ。各自、色々やれ。一行目はトポスだ。トポスというのは、詩的表現のことだ。手術台の上のこうもり傘とミシンの如く美しい、かつ意表をつくロートレアモンもかくやという一行目を書き出せ!
①ぼくはものすごい勤勉です
③トイレ掃除はみんながやりたくないものですがとても大事なことです。
全体像はつまるところこんな感じでいい。これをちょっと膨らませれば、大抵のESには対応出来る。根拠に加えて、論拠をきっちりと置くのがミソだ。もし、自信がないのであれば福澤一吉先生の「論理表現のレッスン」「議論のレッスン」を読んでおけ。この辺りの要素がミッチリ詰まっている。俺がシューカツに役立つと思った本はこれくらいだ。(ありがとう福澤先生!すっごい役立ったよ!授業寝なくて良かった!)そして、おまえはおまえが得意とする場所に話を誘導する、練りこんだネタの引き出しを開けさせる。そうすれば勝利は目前だ。
⑧トイレに貼れ
戦法はこんなもんだが、おまえが「出来る」と思っても、嘘をつくのはそれほど簡単なことではない。おまえの生い立ち、経験、人生そのものを偽る、というのは決して容易な話ではない。面接官っていうのはバカもいるが、全部が全部バカってわけじゃない。おまえの「ネタ」に対し、手を変え品を変えその真実性を試しにかかってくる。これに対応するためには、ストーリーを練りこむしかない。「小学生の頃は?」「中学生の頃は?」「彼女は?」「親友と呼べるのはどんな人ですか?」。これに対応するためには、おまえの人生そのものをNBLとしてのおまえそのものを作りこむしかない。これには、綿密に書いたおまえの「人生」をトイレに貼って、四六時中読むことだ。次第に嘘と本当の境目が不確かになる。これが大事だ。自分でもウッカリ信じ込んでしまうようでなければ、他人を騙すことなど出来ない。人生を偽れ、それを真実とするために!偽ることからしか真実は始まらない、少なくとも就職活動に関しては!
⑨その他
ここまで書いたテクニックは、就職活動のあらゆる側面に対応出来る。例えば「集団面接」。言わなくてもわかるだろう、全て基礎は同じところにある。いいか、背伸びする必要は常に無い。おまえの人生をちょっとヒネればそれは魅力的になり得る。おまえ、村上春樹は好きか?俺は特に好きじゃないが。あいつの書くメシのシーンを読んでいるとハラが減るだろう。つまり、そういうことなんだ。スパゲッティを茹でることにも真実は宿る、100パーセントの嘘にも事実は根付く。ほんのわずかの語り口の違いが勝負を分ける。語りの戦略を常に意識しろ、集団面接であれば「この局面で一番有効な語り口は?」と考えろ。例えば「ドイツに留学して・・・」という奴がいたら、その時は貧乏ネタで攻める。「来る日も来る日も勉強して」という奴がいたら、人間関係・アルバイトネタで攻める。嘘、というのは事実と違い、常に臨機応変であり得る。基礎さえ固まっていればヴァリエーションは無限だ。そのためにも、基礎になる部分はしっかり作りこんでおけ。そこさえ出来れば、ストーリーが暴走することはそれほどない。いいか、おまえは確かに大した人生を歩んでいないかもしれない。俺もそうだ。しかしそれは、語りの可能性を1ミリも制限しない。面接官にとっての真実は語られたことだけだ。それを忘れるな。
⑩へこたれるな
最後に。どれほどテクニックに習熟しても、就職活動はそれなりに難しい。大手企業に受かる確率は、確率論で言えば恐ろしく低い。しかし、へこたれるな。どれほど手ひどく負けても反省し、次に生かせ。企業は星の数ほどある、そしておまえを落とした面接官とおまえはこの先の人生、おそらく接点を持つことはない。あったとしても、ほとんど関係はない。全ての企業は練習台であり、踏み台だ。いいか、落ちても受かっても関係ない、それくらいの気持ちでいろ。何故なら、おまえの就職活動は夏まで終わらないからだ。いいか、何個内定を取ろうとも常に上を目指せ。夏だって採用はある。「ここが自分の限界」なんて決め付けるな。少しでも、ほんの少しでも上にいけ。だから、それまではスーツをクリーニングしろ。靴を磨け。ネクタイをきっちり締めろ。暑さに負けるな、ハンカチを洗え。
最後に勝つのは負けなかった人間だ。決して負けるな、これが一番大事なことだ。おまえの成功を祈る!
あ、あと。一応念のため言うが、筆記対策はしろよ。あんなもんチョロリとやれば全部取れるからな。筆記で落ちるようなことの無いようにな。
「東大卒・早稲田法科大学院卒の入社希望者をエントリーシート段階で落としてやった、少し優越感」と
しかし、中小企業などでは、「あなたはウチに来るには、あまりにも高学歴過ぎる」と
「おことわり」するケースは、案外多いらしい。
思うに、日本の「中小企業が多い産業構造」に対して、「あまりにも大学を作りすぎ」てしまい、
「社会が必要とする学歴比率」に対して「オーバースペックなまでに社会が高学歴化してしまった」
ということはないのか?
今までであれば、「若者の高学歴化は、当然必要な政策・望ましい政策である」という
「疑いようがない公理」があって、「受入側こそ、高学歴を使いこなせるよう、職種の高次化を
進めるべきだ」との論調が主流であった。
しかし、逆の発想として、「職種の高次化がなかなか進まないのであれば、若者の『行き過ぎた』
高学歴化の方を抑える」方が、現実に即した政策にならないのか?
高卒比率が増えると、一見年収が低く抑えられて「不利」に見えるが、
生涯勤労年数は「大卒比で4年は増える」(1割増える)ので、実は生涯トータルで見れば大差ないのでは?
加えて、年金加入年数も増えるので、その点でも有利。
また、実質的に親が負担している大学教育コストも「不要」になるので、「親子連結家計」で見れば、
なによりも、第一子の親になる年齢が30代⇒20代と若くなるので、
大卒だと「30代で第一子作り⇒体力・精神的に参ってしまって、子供は1人だけ」
のようなところが、高卒だと「20代で第一子作り⇒体力・精神的に余裕があるので第2子も」
となり易い。
そろそろ、「大学進学率が高いほど、望ましい社会だ」という「社会学者・政治家の常識」を
疑ってかかってはどうか?
私の知る範囲での事なので、全てには当てはまらないことを前もって言っておきたい。
というか愚痴だ。
理系、特に理学においては、「研究者になる」ということに、憧れを持つ人は少なくないと思う。
そして、一度はノーベル賞を取ってみたいと願い、
(行動はともかく)燃える時期があるのではないだろうか。
しかし、そんな気持ちはゆっくり熱せられ、急激に冷める。
おそらくピークは学士3・4年。研究と勉強の大きな違いにショックを受けるからだ。
そして、卒業研究が、彼らの望む研究とは遠くかけ離れたものになることも毎年のようにある。
彼らに全くやる気が無いわけではない。
1年で(正確には半年強だが)やれることなど、たかが知れている。
時間が不足しているのだ。
だから、担当教員は悩みながら、1年でできる程度の課題を彼らに与える。
不幸なのは、それに気づかず、
「大学ではたいしたことなど出来ない」と見切りをつけていく学生たちだ。
あるいは、エントリーシートの数百文字程度の内容には、なっただろうか?
(ここでの定義は、「最終学歴を大学院として、卒業大学より上位の大学に大学院生として所属すること。
その行為によって学歴はよくなるはずなのだが、己の学歴に対するコンプレックスを逆説的に強めてしまうこと。)
ただ、ネット上や、彼らの中でもコンプレックスの強い人物の心のなかには、はびこっていることだろう。
しかしながら、有名大学の大学院に進学することは悪いことではない。
現実的に、いわゆる上の大学になるほど、科研費その他もろもろにおいて、
資金は潤沢な研究室が多い。
良い研究をするには、良い環境の中でという考えもあるのだから。
問題はその一歩先にある。
大学院に進学したということは、「閉鎖性」に身を置くと同義である。
例えば、
・研究自体が一人=独りで行う
・取り組んでいること自体に特許や機密性を持ちうる
もちろん、例外は沢山ある。持ちつ持たれつで、他の研究室と交流する研究室もある。
これは私の強い主観だが、大学院生が学部生より無気力に感じる時がある。
彼らがモラトリアムを満喫しているのではなく、「閉鎖性」に慣らされてしまったのではないかと、
心配してしまう。
(本来は学部3年で考えておくべき事だが)
博士になるべきか否か?
ここで就職を選んだ人は幸せ者…と言われる(私はこの考えに賛同できない)
理由は明白である。
・学費をさらに3年以上も払いながら研究する金銭的問題。
・視野が狭くなる
あなたは他にも理由を挙げることができる。
いろいろな問題点があるが、ひとまず「閉鎖性」に焦点を絞りたい。
多く言われるのは、「論理的に物事を話せる(ロジカル・シンキング)」だ。
企業にとっては、その研究内容よりも、学部で学んだ専攻が重要だろう。
すると、「どのような閉鎖性を含んだ環境に身をおいたか」が重要になってくる。
・一つの物事に没頭できる環境がある
・日常生活の自由度という点においては、修士が最も高い。学部生には単位の問題、博士には博士号の問題がある。
・時間は研究に削られるかもしれないが、タイムマネージメントをすることにより、効率的に行動を起こせるようになってくる。
・学会発表等の機会が増え、「自分の考えを分かりやすく説明する(コミュ二ケーション能力)」
(社会人には負けるだろうが)
人間関係は学会・バイト・趣味・留学・お隣りの研究室で補うこともできるんだよ。
私はやる気のない受動的な人間ほど、閉鎖性のデメリットをもろに受けてしまうと考えている。
私の立場は、有機化学系の研究に携わり、仕事上ある研究室をちょくちょく訪問する研究員としておこう。
彼らの多くは就職先が決まっているあるいは、博士へ進むことが決まっている。
けれども、以下の状況からは、その能力を疑わざるを得ない。
・彼らは集団で、気に入らない博士後期の学生をいじめ、うつ病に追い込んだ。いじめられた学生は、病気を患ったまま研究室を去った。
彼の将来の生活は本当に闇。
ボディタッチはさすがにないが、下ネタを一日10回以上、同じ研究室の女性へ敢えて聞こえる言う。
担当教員は、セクハラに関して「男が多い世界だから仕方がない」とのこと。
・彼らは集団故に、上記の罪悪感は無い。
・研究に積極的に取り組んでいるのは少数。あとは担当教員の言いなり。
まぁ、言われたことはやれるんです。
だから、発表できる程度の結果は残し、大学院生としての最低限はクリアしている。
・気に入らない人間を探し、悪口とその人の不幸をいうのが日常の楽しみ
人間関係が研究室で完結すると、周りが気にならなくなるからね。
残念ながら、彼らはロジカル・シンキングのできる幼児に「成長」してしまったのではないかなぁ。
彼らは大学院生にならない方が良かったのでは?
学部生の時の方が実はピュアだったりして。
研究室が悪いのか?その担当教員の管理能力が悪いのか?彼らが悪いのか?
私はそういう原因を探る問いが有効な手段ではないと考えている。
出来れば、研究室の自然消滅かなぁ…。そうすると、私の食いぶちがなくなるので困るが。
彼らの人生はこれからも長い。他人を平気で潰していくのかな?
そして大事なモノを閉鎖性のブラックホールに吸い込まれてしまったのだろう。
改めて、将来やりたいこと、が無理だと気が付いた。
プロ野球選手を目指していたら20歳になっていた、みたいな感じ?
努力すればどうにかなることは多いけど、無理なものもある。理系にだってある。
最低限の勉強もできず、2流大に入ってしまった人間が行けるところではなかった。
夢がなくなる、というか不可能だと実感する、っていうのは
生きていく目的もなくなったように感じる、ホームと線路の差がなくなってしまう。
すごいね、この感覚は。
さて。
飛行船が戦争に投入されたころ「戦場は3次元になった」って言ったのは誰だったか。
だいたいの人は「どこでもいいから入りたい」って言う。
それなら尚更、人生競争にキレイもクソもない。受かれば勝ちで落ちれば負け。
そもそもキレイに攻めるなら100社とか受けないハズだし
落ちた奴に「その方法は汚い」といわれたところで何も問題ない。「ざまぁwww」って。
まあ後でバカなりに苦労するんだけれども。入ったら勝ち。
ということは皆分かってるハズなのに真っ向からしか勝負しないのはなんでかなと。
なんであらゆる手段を使って攻めないのかが謎でしょうがない。
精子並みに競争が激化してるのに、みんな正面からしか攻めないっていうのが面白い
大企業っていう致死率90%超の戦場にしか行かないとか、狂ってるとさえ思える。
みんな相当自分に自身があるのか?真性マゾで死にたがりなのか?
受験だったら、センター利用、一般、推薦、自己推薦、AOとかいろいろある。
勉強してないくせにセンター、一般だけしかやらなかったら落ちる。
逆に言えば地力のないクズだって攻め方考えれば勝てる。
就活だって一緒じゃないの
コネで受かればゲス野郎か、エントリーシート100枚書いて受かれば上等か。
Twitterで「緩募」してるベンチャー入ったら負け組みか?
果たしてそれが残業もなくウザイ上司も居なくて、自分の興味があることだったとしても?
グダグダこねてどこにも受からないような人は
立ち位置を見誤ってるか、社会から必要とされてないかのどっちかじゃないか。
人間なら何か作らなければ、何かを残さなければ、と生きている自分は
40年間も「仕事という名のタスクの消費」をできそうにないので
研究職になれないなら、何か違った方向で生きていくしか無い。
だからとりあえず、それを探す、それを目指す。
なんか、IT企業の面接で、人事部に「サーバ構築に興味がある」「プログラミングをしてみたい」とか志望動機言ってる人がいるけど、興味があるとか、してみたいとか言うぐらいなら、実際に作ってみろよ。
自分も学生の時に就活の本渡されて、SPIだか中学生でも解けるテストの本買わされて、エントリーシートにあることないこと書いてスーツ着て面接に行ったけど全部落ちた。
たまたまプログラミングだけはできたので、実際にモノ作って会社に持って行って行ったら、私服でも内定くれたよ?
大学生とかさ、夢だけ一丁前に語ってさ、目の前にパソコンあるんだろ?
なんか作って公開しろよ。
あと資格とか要らないから。大学でソフトウェアなんちゃら技術者とかいうのとったけど、なんの役にも立たないぜ。
2010年になって説明会やらエントリーシート書きをはじめた。
世の中ではエントリーシートで落ちる人も多いみたいだが、
自分の場合はほとんど通過して就職活動は意外に簡単かとも思った。
1月の下旬から面接もはじまり、4月までに20社くらいの面接に行った。
通過したりしなかったりしたが、最終面接まで行くことはなかった。
はじめての最終面接だった、
場所が遠くてこの会社にはそれまで交通費を4万以上かけてたが、気分は良かった。
しかし、落ちる。
気を取り直し、就職活動を再開した。
5月下旬に地元の県職員の採用試験の募集締め切りがあることを知った。
これまで公務員は考えたことがなかったが、かけてみようと思った。
6月になり、公務員一次試験が近づいたがまだ民間の就職活動も行っていた。
民間に受かることがなく、公務員試験の勉強も手に付かなくなってきた。
7月、民間も受からず、公務員試験の手ごたえも悪かったため鬱状態のピークを迎える。
ついに8月になる。
現時点での倍率は2倍。
気分がとても重い。
1週間後に鬱に突入するか、明るくなれるかが決まる。
みんな、そろそろ山頂での生活というものに順応したほうがいい。
今日ね、なんか疲れたなーと思って仕事休んで、ダラダラしてたの。いいでしょ。
で、ネット見てたら、この記事に行き当たった。
何を求めて働けばいいのか
みんなも知ってのとおり、丹羽さんって70歳くらいのおじ(い)さんで、
伊藤忠の会長やって、日本郵政の取締役やって、地方分権改革推進委員会委員長やって、というクールな経歴の持ち主です。
香山リカさんもかなり有名人だけど、丹羽さんのようなマッチョな経歴からしたら、
「ちょっと自己啓発書で有名になってテレビとか出てる人」程度なわけで。
(そして香山さんからしたら、オレはうんこです)
そんな丹羽さん曰く、
大学を出て3年以内に会社を辞めた人たちとテレビ番組でディスカッションしたことがあります。彼らは「くだらない仕事をずっとやっている人の気が知れない」と言うんです。でも最初から楽しい仕事なんてないし、最初から自分に合った仕事が見つかるなんてめったにない。辛抱して基礎を学んでいるうちに、知識も増える。長く辛抱して基礎を学ぶほど、より大きくジャンプできる。だから、5年、10年は「アリのように働け」と言うんです。でも、辛抱強く5年働ける若者は、だんだん少なくなってきています。
ふむふむ。
香山さん曰く
(丹羽さんの)恩師は、丹羽さんだったら我慢すればそのうち頭角を現すという確信があったから、(もうちょっと我慢して仕事を続けろと)言えたんでしょう。いま、「我慢したらいいことあるよ」と言える大人は少ないと思うんです。
そんな香山さんに対して丹羽さん曰く、
そんなことはありません。ひたすら一生懸命やれば必ず周囲の人が評価してくれます。「ブタもおだてりゃ木に登る」ではありませんが、人間は、上司が認めて、任せて、褒めるとどんどん成長していく。香山さんやぼくは「努力すれば必ず報われる」と確信を持って言っていくべきですーー。
ふむふむ。
ここでこの記事は終わってますが、ここでうんこなオレがこの対談に突してみると妄想してみます。
うんこなオレ曰く、
丹羽ちゃん、丹羽ちゃん、そんなことはありません。ぼくはひたすら一生懸命やってきたのですが周囲の評価は「なんか空回りしてる人」でした。たまに「キミはがんばってるねえ」と言ってくれるおじさんもいましたが、その人は僕にこびを売っているだけなのが見え見えなので、「どうも」とか言って適当に流してました。
丹羽ちゃん曰く
それでもいいじゃないか。5年前の自分を振り返ってみたまえ。いや、僕にはわかる。もしキミが本当にがんばっているならば、辛抱して基礎を学んでいるうちに、知識が増えたはずだ。そして長く辛抱して基礎を学ぶほど、より大きくジャンプできるのだよ。(当該記事から一部改変して引用)
オレ曰く、
このまま続けていっても、ひろゆき氏と勝間氏の対談みたいにかみ合わない気がするので、ここらで妄想はやめます。
論点は2つ
1.「ジャンプ」は、がんばれば本当に得られるのか?
2.「ジャンプ」って具体的になに?
当たり前なんですけど、2010年現在、「がんばれば何らかの見返りが得られる」という可能性は
丹羽さんの若かりしころよりも確実に低いです。少なくとも物質面では間違いない。
経済成長は十分にしたので、みんなでがんばってもこれ以上成長するのは無理で、
いくらがんばっても空回りしてるにすぎないからです。
と聞かれて
って答えるわけないんで。
GNPが中国にぬかれて日本ピンチ!とか言ってますけど、「はぁ?ようやく追いついたの?」です。
10倍の人数でがんばって、やっと同じになったって、今までなにしてたの?日本がすごいだけなの?
というわけで、がんばっても(物質的に)報われずらい現代日本です。
前フリ終わり。
読んでくださってる皆さんにお聞きしたいのですが、
「がんばらないと手に入らない、そしてそれを手に入れたいならば全力でがんばる覚悟がある」
ってなにかありますでしょうか?
都内在住で単身世帯な僕(30歳)なのですが、特に思いつきません。
僕が「これは持っておきたいなー」というのは
・健康を保てるだけの食物と水
・恥ずかしくない程度の清潔な衣服
・日本基準で平均並の住居
・安全
・言論及び思想の自由
・なんか今日体調悪いなー、と思ったときには仕事をさぼってダラダラしてOKな自由
・なんか天気いいから海にでも行くか、と思ったときに仕事をサボる自由(月に3回〜4回程度)
です。そして、もう全部手に入れてしまったのです。えっへん。
これを手に入れるために、がんばる必要はまったくありませんでした。
がんばらなくてもこれらのほとんどが手に入るってすごいことなんですよね、日本。海外情勢とか無知ですが。
最後の2つはやや難関でしたが、会社やめて、オンラインで自分のお店を持つことで手に入りました。
オンラインショップというと怪しげですが、「お客様を幸せにできる商品を真心込めてご提供」的にやっているので、割と喜んでいただけています。
収入は1/3に減りましたが、お金があったときは「無くても困らない物」にお金が消えてただけなので、まったく問題ないです。
そんな僕の生活ですが、
僕は、自分の生活を「山頂の生活」と名付けています。
高度経済成長期は山の中腹で生活していたので、とりあえず足を動かせば登って行けたわけです。
なので登っていた。(ほぼ)全員。
そして日本はもう山頂にたどり着いたのです。
先人たちの血と汗と涙のおかげです。まじで感謝したい。
僕の父親はめちゃくちゃ働いて、いっぱい稼いでいた。母方のじいちゃんは戦死した。
父方のじいちゃんは、なんとか生き残って東京オリンピック見た。体調悪いのに「これが見れれば死んでもいい!」と日本のバレーボールの試合をテレビで見て、翌日本当に死んじゃってた。過労によるクモ膜下出血。僕はこの人たちの血をひいていることを誇りに思ってます。うん。
一方、いま僕たちがいる山頂での生活は中腹での生活と違います。登りたくても、ここにはもう登る山はないです。
楽天やユニクロが海外進出に力を入れるのは、「これ以上登るには別の山にいくしかない」からなんですね。たぶん。
山頂での生活は最高です。見晴らしいいよね。
こないだ、金持ちの友達が住んでるタワーマンションの屋上にこっそり登って夜景をみたのね。「東京すげー。戦後は焼け野原だったのに。(´;ω;`)ブワッ」と思いました。
そりゃ、ワーカホリックな人は別ですよ。
実は僕も20代は血気盛んでして、「起業してヒルズ族になったるぜー。ふははー。」とか思ってガツガツしてましたが、
おカネがあっても虚しいことが心底理解できたので、山頂での生活に順応することにしました。
山頂での生活はなかなかです。
24時間のうち、8時間は寝ています。週に2回は必ず休んでダラダラしたり友達と遊びます。
仕事をする日は8時間くらい仕事します。仕事中は精魂込めて一生懸命やりますが、夜は友達の家でビールを飲んでグダグダします。
とかやってると、月に10万円ちょいでこの生活が維持できるので、リスクをとってお店を大きくすることはしません。
ビジネスが自分が制御できる範囲を超えて暴走しはじめるのが恐ろしい。たとえ売上が伸びても制御不能になるともう大変だから。
以上、就活のエントリーシートの書き方などでロジカルシンキングwを鍛えてらっしゃる若者には突っ込みどころ満載な非論理的な文章ですが、
雰囲気は伝わりましたでしょうか。
みんな、そろそろ山頂での生活というものに順応したほうがいい。
発想が違う。
普通に生活していればそんな些事は難なくこなせる。
字が汚い、ハンコが曲がる、半日かけてエントリーシートや履歴書を仕上げる、結果資源、時間が無駄になってしまう、こういうダメな子達はいずれ中韓の有能な人材に置き換えられるだけ。
(https://twitter.com/matsuotakuma/status/16515731963)
うーん。中途採用とはちょっと違うけども、大学の再入学の話をさせてください。自分は、とある国立大学の医学部で教員をやっている。近年、医学部再入学(学士編入)の試験に関わって、入学願書の書き方にいろいろ感銘を受けたのでそのことを。あ、自分は選考にはノータッチだったです。
うちの医学科の再入学には、200人くらいの応募があったと思う。採用は5~10人。不景気で受験者激増しており、狭き門だ。3年次編入なので応募者は学士以上。まあ、半分は東大京大慶応。若干、理系が多かったかな。もちろん、専門学校→学位授与機構とかもまれにいらっしゃる。
で、この人たちが出す願書、これからまともな願書をより分けるのが大変なんだ。
まず、字が読めないか規定違反の願書が半分以上。ものすごい殴り書きで「平成13年 東;&#大学蔀科7類 入学」とか書いてある。この人は、卒業が工学部だったんで「東京大学理科I類」の可能性が高いと推定できたが、試験官にそういう無用のストレステストを課す理由は何やねんと思った。念のため書くけど、単に字が汚いのと殴り書きなのは見て区別がつくからね。(それとも、東大には理科7類ができたのか?)
規定違反のほうは、「1枚まで」と決まっている自己推薦文を10ページもつけてくるとか、指定された以外の用紙を勝手に使ってさらに殴り書きの字(笑)とか。もうこんなの捨てちゃっていいんじゃないかと思うが、学部長の寛大な方針で即落ちはないようだ。
あと、願書の写真がプリクラってのはマジで1枚あったなあ。記念にその願書を写メしたいくらいだったが、自重した。その出願者(被写体)は男でしたね、確か。
こんな願書が「半分以上」あるんだよ。1割とかじゃなくて。こりゃあ、ある意味、戦わずして勝つ受験生が出てくるのも道理かなと思うね。(選考に関わってないので実際は知らないけど。)
こうやって「読める」願書をより分けても、願書の内容がまたクセモノなんだよ。まあ、ここから先はさすがに守秘義務のレイヤーに突入しそうだから書きづらいのだが、2つだけ。
・資格欄に「英検1級 TOEIC ××点 アイドルマスター検定・ナントカ級(けんてーごっこ) 合格」
ネタだろ、絶対ネタだろ?と思ったが、これを医学部の願書に書く意義について小一時間(略)。他の大学(私大文系)の教員から聞いたが、「三国志検定3級」とかもあったとか。ちなみに、アイマスの人は上智卒だったかなあ。がんばれソフィア。
まあ、これはトンデモに入るか微妙だが、出願先に対して礼を失してるとは思った。続けての文章には、貴学は所詮阪大より格下なんで~みたいなことがぼんやりと書かれていたが、その文章を読むのは東大や京大や阪大を出た教授だったりするんだよね。ま、ご希望の阪大に入って立派なお医者さんになってください。
再入学の試験に関わって、結構自分としては衝撃的だったんだけど、世間的にはどうなんかね。いちばん上の議論を見ると、書類で人を決めるな!みたいな意見が多いようで。
さて、本学の選考が実際にどうなっているかは知らないが、その後に入学した編入学生たちを教えてると、まあ常識的で優秀な人が採られている印象。ちなみに、とある試験官によると、「別に書類だけで決めるわけじゃないが、面接と学科と書類の出来不出来はすごく相関している。願書をまともに書けない人は面接もグダグダ」だそうだ。
ぶくまを見て補足。
就活のエントリーシートと大学の入学願書を同じ地平で論じる人が結構いるのですね。まあ、同じものにしちゃっても悪くはないか。今のところ、リクルートに金払ってネット応募にしてる国立大学はなかったと思う。そういう予算は認められないだろうし。そのうち、東大あたりが先陣切ってやってくれるとありがたいのだが。
あと、うちの大学はワープロ書き願書を認めてます。別に手書きじゃないと~と書く意図はない。
個人的には、わりあいみんな、書類不備や殴り書きに寛容なんだな、と思った。採用側が同じくらい寛容だといいけど、そうでなければ、そのせいで戦わずして敗れることになる。私なら個人的なポリシーより社会的果実をえらぶだろうな。
なるほど。視野が広がった気がする。
好きな事と言えばなんだろう。
追い出された会社も、好きだったんだけどもう戻れない。
生活を抜きにして何でも出来るなら慈善事業でもやりたいものだけど、
それも、増田の言うとおりうわべだけの優しさなのかもしれない。
結局のところ、ほしいのは心の平穏と経済的な安定なのかと思う。
今まで当たり前だったけど、クビで失った。強烈に焦りを感じる。
そうなると、仕事はやりがいよりもカネで選ぶということになる。
カネを儲けるには今までの専門を活かさないといけない。
その業界は求人がそんなに無い。今のところエントリーシート全滅。
先が見えない。あああああああああ
最近個人事業てきなことを考えている。てきなっていうのは、ビジネスにまでしなくても、
自分が手を加えれば、社会がちょっとでもよくなるみたいな部分があるなら、
すこし真面目にやってやろうかぐらいも含めてるからなんだけれども。(無駄に広い表現w)
甘い考えだと自覚はして、凄い閃きをまたないと…思う反面、いやいや、まずは行動しないと駄目だなんて悶々している。
まぁ、本題なんだけど、そういう時の”閃き”に重要なのが先見性だと思う。
人生何十年かけてできたものが、見向きもされませんでしたは意味がない気がする。
見向きされないのは、皆が喜んだり、そこまで重要でないからだから。それって先見性だよなーと考えてる。
じゃあ、先見性のあるなしってどうやって判断するんだろう。これが聞きたい。
個人的に振り返ってみると、ノンアルコールのビールの件がふと思い当たった。
就活のエントリーシートに書いて提出したのが2009年冬。勿論、飲料系全滅したけどw
お酒飲んでるときは楽しいです。だけどお酒だと飲み続けられないから楽しいときは終わっちゃう。
それに飲む時間や場所を選ぶから、アルコールのようなジュースをつくって楽しくあり続けよう的な内容のES。
今のキリンフリー?が人気になったのは2009年春?だったきがするから、若干先見性はあるのかなー。
『いや、先見性ってのは、もっと具体的にキリンフリーという商品に落とし込むまで考え着くことだよ』といわれると、
そうなのかなとも感じるのだが、結局先見性ってなんだろう。皆、どういうときに感じているのかな。