はてなキーワード: イラストレータとは
やぁ増田だよ
http://anond.hatelabo.jp/20081027014245
http://anond.hatelabo.jp/20110817215343
http://anond.hatelabo.jp/20110822095159
に触発されて・・・というわけではないけど
うちの会社の不正コピーが一向に改善されないのでBSAに連絡してみたよ。
という提案はしたんだけど
と明らかに「こいつ何言ってんだ」みたいな反応されて、それでも説得して「まずPCの買い替えしながら改善していく」ような答えをもらえたので
法律的にはダメだなと思いながらも、まず妥協案として受け取っていたんだけどさ、
この前買ったPCを何気に覗いてみたら問答無用に、不正コピーのフォトショップとかイラストレータとか宛名ソフトとかがぎっしり入っていてさ、
軽くめまいを覚えたのでもういいやと思ったんだ。
日頃あんたらが言っているコンプライアンスって一体なんなんだいと。コンプライアンスって言いたいだけなんちゃうんかと。
これから先もこの会社には居る予定だけど、なんか釈然としないので連絡してみようと思ったわけです。
賠償がいくら位になるのかは分からないけど、最悪傾いてもしょうがないよね、むしろこんな環境で働くほうが良くないよみたいな考えです。
一番の心配は社内で「誰がやったんだ?」みたいな雰囲気になって実際に詮索されること
まぁ人の出入りの多い会社なので簡単に特定はされないだろうけども、「お前だろ?」みたいな感じになって仕事がやりづらくなるのはちょっと困る。
でもまずそうなったらそうなったで大変なご時世だけど転職すればいいのかな。という考えでもあります。
あとBSAの方でも弁護士さんがその辺の情報や連絡手段(この番号からしか連絡しませんとか)は考えてあるらしいから大丈夫っぽいしね。
連絡方法は簡単だよ
https://www.bsa.or.jp/enforcement/form/main.asp?h_page=1
のページを開いて、ちょっと嫌だけど自分の氏名と連絡先、後は不正を行っている会社の情報、不正コピーしている内容を入力して
その内の一人になりました。
進展があったら追記します。
俺はまさに「Web制作会社」から「企業内web担当」に転職した。
終電・徹夜上等の労働環境に心身ともに疲れ果て退職、1年の療養期間を経て、
とある中小企業のWeb担当者に転職した。中小なんで、Web担当は俺ひとり。
給与は微減。ただ定時に帰れるようになったので、自分の時間がすごく増えた。
帰宅して、飯作って・食って・風呂に入っても、まだ9時前みたいな。
納期に追われるような仕事でもないので、仕事を持ち帰ることもない。休日は仕事とは無縁に過ごし、
たしかに求人が少ないとはいえ、ハローワークでも週に数件はWeb担当者の求人は出る。
ある程度のスキルとコミュニケーションスキルがあれば、数か月から半年くらいで
転職できるんじゃないかなぁ。
PCの知識はもちろん、Word・Excel、フォトショップ・イラストレータあたりは
ある程度精通しておいた方がいいかもしれない。
あと元増田は、「企業内Web担当に転職したらいつかWeb製作部ごと外注に出されるのではないかと想像しています。」
と心配してるけど、その心配は杞憂だと思う。Web担当を募集してるところは大抵、外注に出すほどの予算は無いので
自前でWeb運営をなんとかしたい、ってところが大半なので。
以下、チラ裏。
結局は金。例えば桜庭一樹の「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」。富士見ミステリー文庫版では500円。3年後に再版されたハードカバー版では1400円。さらにラノベはイラストレータと印税が折半になるので1冊当り25円の印税。ハードカバーなら10%で140円の印税。ライトノベルレーベルから出た文庫だと、6冊売れてようやくハードカバー1冊分の印税になる。
「中高生が対象なんだから単価の低い文庫で出すのは当たり前」って言う人もいるだろうけど、でもラノベ界で一番売れている(という言われている)西尾維新の主戦場は、単価がやや高い講談社ノベルスやハードカバー並みの単価の講談社BOX。これを考えると、文庫が主戦場だったのに長者番付の常連だった神坂一て、ものすごい売れてたんだなって思う。「文学少女」の野村美月ですら未だにバイトしているっていうし。
さらに一般文芸作家には文学賞がある。直木賞・吉川英治文学新人賞・山本周五郎賞・推理作家協会賞、あと純文学では三島由紀夫賞(芥川賞はラノベ作家には本当に関係に無い文学賞なので除外)。これらは賞金が出る上に、受賞すると普段本を買わないような人まで買ってくれる効果がある。ラノベもアニメ化すれば同じような効果があるだろうけど、深夜アニメと直木賞、どっちが効果があるかは自明だろう。
さらにこれらの文学賞を受賞すると、地方から講演の仕事が舞い込む。これが1時間ぐらい話すだけで100万円ぐらいもらえるというからバカに出来ない。また、ある程度キャリアを積めば新人賞や各文学賞の選考委員になれて、それも収入源となる。純文学系の老作家の主な収入源はそれ(メッタ斬りコンビや福田和也が批判している、大作家の福利厚生)。残念ながらラノベには、まだそこまでのシステムはない。
角川スニーカー文庫が創刊してもう20年以上経つけど、創刊からずっと書き続けている作家ってどのぐらいいいる?50代で現役のラノベ作家は?しいて言えば、田中芳樹が現役といえなくもないけど、彼は遅筆というよりも才能が枯渇しているせいでまともに小説を完結できなくなっているように見える。
資料をあたる能力と知識が必要なファンタジーやSFならば、ある程度年をとってもかけるだろうけど、今日日流行の学園モノって40過ぎたおっさんおばさんが、主要な読者層である10代の若者が納得するように書けるんだろうか。ここ数年で一般文芸に転向した作家たちは、皆1970年代生まれ、いよいよ「若い感性」というライトノベルにとって必要なものが喪失し始め、小説的技術を身につけた作家が転向しているんだと思う。そういえば、2年以上発売延期している谷川流も70年代生まれだった。多分彼もラノベ界を去るつもりなんだろう。
以上、思いつく限り。
一番お金が欲しい時期だし。
さて、グッズを作ろうと画策している人は、高校生が作ったものだから、無料で使って当然と思ってる。
多分、何も深くは考えてないと思います。
元増田は、グッズをもらうだけでは不十分(不当な扱いを受けているかもしれない)と思っているわけですよね。
「元増田が頑張ったことに対する報酬」を、グッズ以外にも求めていくことになります。これは交渉次第です。
・現金で○万円もらう。(ココが現実的な落としどころでしょう)
・グッズを制作する際に「design by 元増田」などを入れてもらう。
・グッズの売上の10%をもらう。
「このキャラクターを作った生徒に対して報酬を与えたいと思うのですが、○万ぐらい出してくれませんか?」と
言ってもらうのが一番カドが立たずに良いと思います。高校生だとナメられちゃうしね。
もしくは、元増田が「ところで、いくらかお金もらえたりするんですか?!(期待の眼差し)」を言える人だったら、
そう言って相手の良心に訴える方法もあります。
(僕が高校生だったときに、映像作ったりしてお金を貰ったりする時は、このパターンで貰ってました。あんまり相場感とか交渉の仕方とか分かんなかったし…)
某猫がお金をもらっていて、元増田がもらえないということに疑問があるようですが、
残念ながら、元増田のキャラクターと、某猫は全く別のものです。
某猫は、作った企業がリスクとお金をつぎ込んで有名にしたものです。
どれだけグッズを作っても売れない可能性や、有名にならなかったり、一瞬で忘れ去られるかもしれません。
最初に全く認知されていないキャラクターをPRするのにもお金がかかります。
その結果として有名になったキャラクターは、ほとんど芸能人みたいなもんです。
「みんなが知ってる有名なウチの某猫ちゃん!これをおたくでイメージキャラクターとして使いませんか?
1年間だと○○○万円で、ポスターや冊子、共同で開発したグッズ(売上は折半ね!)に使えますよ」という売り方。
元増田の場合は、イラストレータさんに「キャラクター作ってくれない?」とお願いするのに近い。
これは幾らか払って、著作権ごと買い取る契約になっていて、価格の基準は【芸能人を使うギャラ】や
【著作権云々】ではなく【イラストレータさんの作業賃】なんです。
だから、仕事をお願いしたお客さんは、上がってきたキャラクターを、イラストレータを気にせずに
どんどん色々なところに使ったり、グッズを作ったり出来るわけです。
もしくは、よくある「街のイメージキャラクターを募集します!採用者には現金10万円!」という
公募キャンペーンの現金10万が、グッズになっているイメージ。
これも、キャラクターの反応が良くてグッズを作っても、原作者にはお金がいかないでしょう。
日本の法律だと、著作者人格権ていうのは、著作者以外に譲渡することが出来ません。
つまり、何があってもイラストレータさんの権利は守られるような気がするのですが
契約書で「著作権は譲渡し、著作者人格権は行使しない」という契約を作るので、
お客さんは何でも出来るわけです。
説明不足な感は否めませんが、なんとなく理解の手助けになったでしょうか。
つーか、地方のおっさんとかって、モノに対してはお金払うんだけど、
他人が一生懸命考えて作ったものとか、人がサービスすること等に対してびたいち払う気がない人が多いので
しっかり交渉して満足行くようにしたほうがいいです。
個人的にはグッズを100個ぐらいもらって、友だちや親戚に
「自分がつくったよー!!」って配りまくるのが一番いい気がするけど。
あと例えば理想的な形で「著作権は持ち続けてグッズを作る時は、契約内容によって都度許諾します」とか言うと
それなら、そもそも頼まないっていう話だと思うので。
東浩紀・桜坂洋の「キャラクターズ」(新潮10月号掲載)を読んだ。論壇へのスキャンダラスな興味で読むぶんには面白いのだけれど、宣言した「キャラクター小説」としては失敗だと思う。文芸誌に載るキャラクター小説とはいかなるものか、そこにしか興味はなかった。オタク哲学者とラノベ作家の共作ということで期待したのだが、残念ながら期待は裏切られた。これはキャラクター小説ではない。この作品のどこら辺がキャラクター小説だと考えているんだろうか。私小説が「この作品の私は作者としての私ではありません」と説明することと何が違うというのか。東浩紀の虚構話を書くこととキャラクターとしての東浩紀を書くことは違うのだ。この作品には標題に反してキャラクターなんて一人も描かれてはいない。
100歩譲って、この作品の登場人物はキャラクターである、という説明を受け入れたとしよう。それでもこの作品はキャラクター小説としては駄作だと思う。簡単な話だ。この作品の登場人物はどれもキャラが立っていないじゃないか。例えば作品の中では東浩紀が東浩紀R、東浩紀S、東浩紀Iの3人に非現実的に分裂する。この3人は向かうあう問題と行動が異なるだけで、いつでも他の東浩紀と交換可能であり別の性質的な差異は感じられない。つまりキャラが立っていない。北田暁大にしても香山リカにしてもその他の人物にしても、凶行の被害者に実在する人物の名前を与えただけではないか。これもキャラが立っていない。
キャラクターとは本来、記号的で類型的なものである。また、実在する何かを写し取ったものではなく虚構の世界に独立して存在するものだ。漫画にネズミを登場させることとミッキーマウスを書くことは違う。前者は実在するネズミと対応させることができるが、後者に実在を求めることはできない。
そもそもキャラクターとしての「私」は可能なのだろうか。しばしば現実の世界では「キャラを演じる」「キャラが被る」という言葉が使われるように、私とキャラクターの問題は「私」と他者との関係における記号的類型的な役割の問題である。文章の大半を「私」の愚直な内省独白が占めるこの作品はこの点においても私小説の延長線上にある単なる「私」の虚構話であり、キャラクター小説であるとは言い難い。
桜坂洋は文学に媚びたりせずにラノベの流儀を貫くべきだった。この作品を書くにあたっては東の自分語りに流されず、ラノベを書く時のように、キャラクターの造形からしっかりおこなって欲しかった。論壇やオタクが東に求める役割=キャラクターは最大限に利用または逆用するべきだし、キモオタ、ロリコン、ガリ勉という類型化された属性ももっと強調したっていい。例えば男性の登場人物全員になんらかの腐女子好みの属性を割り当て東×鈴木、柄谷×桜坂…手当たり次第にヤリまくったほうが朝日新聞社を爆破するよりもまだ破壊力があるというものだ。この小説は「私」に対して愚直すぎる。
あるいは東は桜坂よりもイラストレータと組むべきだったのかもしれない。そして二次創作や便乗グッズ販売が生まれるくらいのクオリティで東をはじめとするキャラクターを作ってみれば面白い。そんな魅力的なキャラ絵を含む小説が新潮に載ったら痛快ではないか。それで掲載を拒否されてたら新潮社と徹底的に戦え。それこそラノベと文学との戦いそのものじゃないか。