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2021-08-31

どうやらネトウヨはガースーを切るらしい

総裁選から逃げて延命を図る卑怯者、という方向にする模様

憲法改正を声高に主張するタカ派高市早苗支持に回ると見られる

人口20万人以上で立憲の市議会議員がいない自治体

つくば市ってインテリ多いイメージなのに立憲人気ないのね

インテリでも理系が多いから?文系と違って理系リベラルをやたら嫌ってる傾向はあると思う(悪い言い方をするとネトウヨが多い)

補・鴻巣友季子の時評は何が問題なのか:フェアな考察

 「続・鴻巣友季子の時評は何が問題なのか」(https://anond.hatelabo.jp/20210829124450)の「鴻巣解釈検討」の項だが、Twitter鴻巣自身から、その読み筋についてのツイートは削除したので言及するのはアンフェアだと指摘されたため、これによらない形で検討する。

 なお、その後鴻巣は私のアカウントブロックするアンフェア挙動に出た。「そういうツイートをしていた」ことは紛れもない事実なので、記事の当該箇所を修正するような対応は取らない。

 さて、参照できるのはEvernoteくらいなので、解釈に相当する部分を引用しよう。

 ここで、帰省して初めて、母と二人で話した。

 父が体調を崩してからの二十年、幸せだった、と母は噛みしめるようにしみじみと言った。(わたしは-筆者註)驚いて声を飲みこんだ。

 記憶の中の母は、わたしから見ると、家庭という密室で怒りの発作を抱えており、嵐になるたび、父はこらえていた。

 不仲だったころもあったよね、と遠慮がちに聞くと、母は「覚えてない」と心から驚いたように見えた。p28

母本人の意識記憶と、傍から見た"現実"に齟齬があるのだなと思いました。

じつは、父が体調を崩してから(も)「不仲なころ」はあったということだろうと。

その後に、主人公の母が父を「いじめ」ていたことを父の亡骸に詫びる場面があります

いよいよ蓋を閉めるというときになって、母がお棺に顔を寄せ、「お父さん、いっぱい虐めたね。ずいぶんお父さんを虐めたね。ごめんなさい、ごめんなさいね……」と涙声で語りかけ始めた。「お父さん、ほんとにほんとにごめんなさい……」と繰り返す声を、ぼんやり寄りのポーカーフェイスで黙って聞いていた。p43

このいじめが二十年間の看護介護中に起きたとは特に書かれていませんが、いつ起きたことなのかの明示もありません。

父が病気になる前にも、看護介護中にもあったのだろう、そういう物語として、わたしは読みました。ここが、作者の意図と違うと指摘されているところです。

鴻巣友季子、「8月の朝日新聞文芸時評について。」https://t.co/x7kg81XQPc?amp=1 強調は原文ママ

 

 二つの問題があるので先に整理しよう。

①「記憶の中の母は、わたしから見ると、家庭という密室で怒りの発作を抱えており、嵐になるたび、父はこらえていた。/不仲だったころもあったよね、と遠慮がちに聞くと、母は「覚えてない」と心から驚いたように見えた」。〈わたし〉がここで思い浮かべている「記憶の中の母」が介護であるか否かという問題

②単純に母が「覚えてない」と言ったことを理由に、記憶全般あやふやになっていると判断し、「母本人の意識記憶と、傍から見た"現実"に齟齬がある」と解釈してよいか、また「じつは、父が体調を崩してから(も)「不仲なころ」はあったということだろう」と解釈してよいかという問題

 ①については「鴻巣解釈検討」の項目で、鴻巣Evernote無視している「それから、/「もしかしたら、病気になる前は、お互いに向きあってたか性格や考え方がちがいすぎてぶつかってたんじゃない? この二十年は病気という敵と一緒に戦っていて、関係が変わったとか」/と言ってみると、母ははっと息を呑み、「そう、その通りだ」と大きくうなずいた。」の記述から否定した。また、ここは母との会話であるから、母も「病気になる前」と「この二十年」は別だと、つまり「不仲だったころ」は「病気になる前」であるという〈わたし〉の前提を共有していると取らなければ非合理的である。無論、実は会話が噛み合っていないのだと読んでもよいが、その読みがテクストを豊かなものにするかよく考えた方がよい

 ②についても、母は「母ははっと息を呑み、「そう、その通りだ」と大きくうなずいた」ので、記憶が全く失われてしまっているとは考えにくい。言われれば思い出すのだ。また、「母本人の意識記憶と、傍から見た"現実"に齟齬がある」と仮定する(鴻巣は「思いました」としか書いておらず、そう判断する合理性説明していない)のであれば、父の棺の蓋を閉める際の「お父さん、いっぱい虐めたね。ずいぶんお父さんを虐めたね。ごめんなさい、ごめんなさいね……」が介護中を/も指しているとすることは非合理的である。この仮定は、「夫を虐めた記憶」を含め、母のすべての記憶そもそも偽りかもしれないという、読みの未決定状態をもたらすからであるこの仮定のもとでは、「弱弱介護密室で」「虐/待した」を事実であると確定することは、〈母〉も含めた作中人物の誰にも、テクストを読む誰にもできない。よって、介護中の虐/待を作中世界で起きた出来事として捉えることは、合理性を欠く、評者の「主観的」な決定行為にすぎない

 

 鴻巣の読みがいかに非合理的であるかをここまで確認した。私は「非合理的である」ことを示したまでで、「不可能である」とは言っていない。また、「非合理的な読み」は「解釈」と呼ぶに値しないと考える。

 なぜ鴻巣の読みが合理的でないと示さねばならなかったかといえば、それが鴻巣の主張が成り立つための必要条件であることを、鴻巣自身が認めているかである

 鴻巣友季子の読みは合理的ではないと私は考える桜庭の代弁ではない。私個人の考えである。だが、私の考えは合理的であると考える。

 よって鴻巣自身の読みが合理的であるということを説明してから議論するよう提言したところ、このやりとりを最後鴻巣ブロックされた。

 鴻巣桜庭議論リアルタイムで、公開で、Twitterで行われており、何が自分の主張を正当化するかについてもツイート宣言している。この「応答」はTwitter上で行われているはずだが、私には確認することができない……わけがないんだからブロックなんてしない方が得だと思うんですけどね。

 私は、「介護中の虐/待を作中世界で起きた出来事として捉える」「評者の「主観的」な決定行為」は自由であると認める。

 しかし、それを個人の読みとしてではなく、作品の要約(としてどう見ても読める箇所)に断定で書くという行為は別の問題である

2021-08-30

選挙に合わせて悪夢民主党政権を思い出させる活動を止めろ

ライバル(推薦人確保したか怪しい)(自民支持層世論調査まさかの1票のみ)

一応謝罪きたけど不十分では?




既にはっきり法律違反を犯してるんだから記事公開の問題ではなく当該ライター処分必要では?

やまないコロナ エイサーだけは やめないからな

衛生意識文字の上手さも文章力も全部低い県…

こいつらのお陰でフジロックが許される空気になってるの面白い

2021-08-29

ベルクチンはもう古い

これからコルヒチン時代だ!

戦争反対!」が「自衛隊を動かせ!」に変わる瞬間を見た

太平洋戦争を煽ったのはマスコミ」的論調には懐疑的だったんだけど、

戦争反対と堂々と書いてあるアカウントですら「もっと早く自衛隊を投入すべきだった」と連呼してる現実を見るとマジだったんじゃないかと思い始めた

続・鴻巣友季子の時評は何が問題なのか

 「鴻巣友季子の時評は何が問題なのか」(https://anond.hatelabo.jp/20210826203711)の著者です。

 非本質的な、《誤読か否か》を議論するコメントが依然として多いので、記事を改めて補論を書きます(文中敬称略)。

 元の記事では鴻巣意見から矛盾を示すために使ったまでで、解釈」という言葉を本文で一切用いずとも問題を整理できるし、他にも鴻巣矛盾を指摘できるのでそうします。

論点整理・集約版

 少なくとも桜庭が問うている本質的問題は、

 「作中に描写がないこと」を「作品に書いてあるかのように読める断定で書いた」こと

 である

 そしてこの点について鴻巣スルー、もしくは無理筋意見を出しているのみである

①27日13時39分

②27日16時43分

 桜庭自身鴻巣との対話をやめたが、外野はこの点について把握しておくべきであろう。

 鴻巣意見無理筋なのは以下ツイートから明らかである

③27日1117

 このツイート議論として成立するためには、「描写がある」「明示的な記述はなく」という仮定客観性を持たねばならない。「主張が正しいか」という検討以前の条件である

 よって鴻巣は、桜庭が言う「直接描写されていないこと」は、主観ではなく客観としなければならない

 ところが③の直前の、桜庭に宛てたツイートはこうだ。

④27日11時6分

 お分かりいただけただろうか?

 鴻巣桜庭の言う「直接描写されていないこと」を「なに」という言葉に置き換え、「あるひとりの読者=作者の主観だ」としている。この矛盾について解決しない限り、鴻巣意見無理筋であり、鴻巣桜庭議論する土俵にも立てない。

 なお、鴻巣は主張が成立しないのだから、厳密には「平行線」ですらないだろう。

 論点整理は以上である

 

 以下、元記事にやや補足しておきます

 テクストに「ない」ことを「ある」かのように書いた(ことが検証できる)あらすじなどという珍妙ものを読む機会がないので、そのようなあらすじを目にしたのちにいざ対象テクストを読み始めた者がどう反応するのか、筆者には確たることは言えないが、あらすじに書かれた鴻巣解釈だけを前提とし、桜庭提示した(あるいは以下で私が説得的に示す「真っ当な」)解釈に思い至りもしない、という可能性はあるだろうと考える。

 それは「読み」が閉ざされたことを意味する。なお、「どこかでおかしいとわかるはずなのでそうはならない」と言うのであれば鴻巣の書いたあらすじが頓珍漢だと認めることになる。

 また、鴻巣Evernoteでは「作品紹介のあらすじと解釈を分離するのはむずかしいことです」と述べていたが、「むずかしいこと」ではなく「不可能な」ことにすり替わってしまった。

 こうしたすり替えをわざとやっているのであれば大した度胸だと感心する。同時に、不誠実な書き手だと評価する。

鴻巣解釈検討

 ついでなので、鴻巣の読解が「曲解であることも示します。(「誤読」とは言いません。桜庭が使わないので。)

 不仲だったころもあったよね、と遠慮がちに聞くと、母は「覚えてない」と心から驚いたように見えた。離婚の話が出たことなど具体例を挙げてみるが、「そうだったっけ?」と不審げになる。それから急に目を光らせ、「人の記憶って、その人によって違うね?」と言った。

 瞬間、母とわたしが同じ過去の〝ある時〟……七年前に最後に会った時のことを思いだしているとわかったが、いま対立するのは不毛だと、「ふーん……?」と目をそらした。

 それから

「もしかしたら、病気になる前は、お互いに向きあってたか性格や考え方がちがいすぎてぶつかってたんじゃない? この二十年は病気という敵と一緒に戦っていて、関係が変わったとか」

 と言ってみると、母ははっと息を呑み、「そう、その通りだ」と大きくうなずいた。

桜庭一樹「少女を埋める」https://note.com/sakuraba_kazuki/n/ne3b7aa29cd58

 「不仲だったころ」は病気になる前は、お互いに向きあってたか性格や考え方がちがいすぎてぶつかってた」を指すのではなく介護していた「この二十年」を指すというのが鴻巣の読解です

 この読解を支持できる方は根拠をつけて教えてください。「病気になる前」であるという解釈をあえて却下する理由込みで。

 なお、この点についてのツイート鴻巣はなぜか削除していますが、ツイートこちら(https://twitter.com/maffumi/status/1431506303784943616?s=20)へのリプライの形でした。(スクリーンショットを見たければTwitterに上げても「私は」構いません。)

 さて、(桜庭言及している)「母は「覚えてない」と心から驚いたように見えた」に呼応する、

 いよいよ蓋を閉めるというときになって、母がお棺に顔を寄せ、「お父さん、いっぱい虐めたね。ずいぶんお父さんを虐めたね。ごめんなさい、ごめんなさいね……」と涙声で語りかけ始めた。「お父さん、ほんとにほんとにごめんなさい……」と繰り返す声を、ぼんやり寄りのポーカーフェイスで黙って聞いていた。

 内心、(覚えてたのか……)と思った。

(Ibid.)

 の「内心、(覚えてたのか……)と思った」も、「不仲だったころもあったよね、と遠慮がちに聞」いたのも、「もしかしたら、病気になる前は、お互いに向きあってたか性格や考え方がちがいすぎてぶつかってたんじゃない?」と言ったのも、すべて〈わたし〉なので、「不仲だったころ」をいつとするかによって、母が「お父さんを虐めた」のがいつだったと〈わたし〉が考えているかも決まる(と考えるのが普通だと思いますがどうですか?)。

 当然のことですが念のため言っておけば、実際にいつ「虐めた」かは、作中世界では〈母〉のみが把握し、〈母〉の心中作品視点は入り込めない。よって問題となるのは〈わたし〉がどう考えているかを、〈わたし視点文章解釈することです。

 私は「不仲だったころ」を「病気になる前」としか解釈できません。よって「虐めた」のも「病気になる前」としか解釈できません。

 困りました。私の読解力がないんでしょうか。解釈自由標榜する皆様、お知恵をお貸しください。

 最後に、本から引用します。

 「テクスト解釈可能性は無限である」と言っても、それは「解釈対象、つまりは焦点を当てるべきもの事実テクスト)が存在しない」ということにはなりません。「テクスト解釈可能性は無限である」と言っても、それは「どのような解釈の試みもうまくいく」ということではないのです。

ウンベルト・エーコウンベルト・エーコ小説講座:若き作家告白』、和田忠彦、小久保真理江訳、筑摩書房2017年、48頁)

2021-08-28

んじゃあ、ルックバックのセリフはどんなのが良いんだよ!

言及なりはてブコメントで、あなたの考えるセリフ案(または予想)を教えてください。

なお初版と1次修正版の内容は以下。

場面初版1次修正版(ネット
1ページ目なし修正の告知
ニュース大学内に飾られている絵画から
自分罵倒する
声が聞こえた
「誰でも
よかった」と
犯人供述して
大学構内オマエだろ馬鹿にしてんのか?今日自分死ぬって思ってたか
大学構内さっきからウッセーんだよ!! ずっと!!今日死ぬって思ってたか!?
大学構内男はこの時も被害妄想により自分罵倒する声が聞こえていたと供述男は最初に目についた人を殺すつもりだったと供述
大学構内うるせえええええなあああああああ
大学構内ほらア!! ちげーよ!! 俺のだろ!? 元々オレのをパクったんだっただろ!?見下しっ 見下しやがって!絵描いて 馬鹿じゃねぇのかぁ!?
大学構内ほらな!! お前じゃん やっぱなぁ!?社会の役に立てねぇクセしてさああ!?

自爆テロ起きてんのに大丈夫かよ…

なんかこれで退避成功内閣支持率上昇とか考えてないか?そんな一発逆転狙うだけ馬鹿なのに

この前の横浜市長選もだけど菅は勝算の低いギャンブルを仕掛けて負ける悪癖があるし、最悪の事態が起こらなければいいのだが

2021-08-27

はてなー政権批判をしてくれるからってヤブ医者を持ち上げてしまったの?



またはてなーの負けなの?

人の絵に「○○の絵に似てる」という感想は失礼という風潮

そんなわけないでしょ。この謎ローカルルール定期的に出てくるけどなんなんだろう。

最近ガンツの作者も同じようなことをツイートしていた。

古いけどこのまとめ(https://togetter.com/li/945422)とかもそう。


作品感想批評として「○○に似ている」というのは一般的かつ有用表現である

たとえば文芸雑誌書評欄なんかを覗いてみれば、新刊レビューで「○○(作家名)を思わせる作風」「△△(作品名)の世界観と□□(作家名)の文体の融合」みたいな、既存作品作家引用してのレビューは非常によく見る。

ゲームレビューにおいても、特定ゲームに影響を受けていると見なされればそれは容赦なく指摘される。特定ゲームに影響を受けた作品を示す、「○○(作品名)ライク」という用語一般的存在するほどありふれた表現である


こうした批評は、「あらゆる作品は先行する作品の影響を受けて成立している」という当たり前すぎる事実業界で共有されているから成立するわけだが、イラストレーター業界ではそうではないんだろうか。

言うまでもなく、作品に対して「○○の影響を受けてそう」「○○に似てる」というのは全く健全感想で、誹謗中傷でも何でもない。


それでも「○○の絵に似てる」と言われたくないのなら、作者に出来ることは「そう言われないような絵を描く」ことでしかない。それが出来ないのなら絵を公開しないか絵師特有ローカルルールを決めたディスコードにでも引きこもるべき。

2021-08-26

鴻巣友季子の時評は何が問題なのか

 朝日新聞翻訳家鴻巣友季子氏が連載する文芸時評に、取り上げられた小説の作者である桜庭一樹氏が抗議の声をあげた(以下敬称略)。

 争点となっているのは、「弱弱介護密室で」母は「夫を虐/待した」という記述である。これが、(テクストに書かれた/現実に起きた)事実であるかのように断定口調で書かれていることに、桜庭懸念を示す。

 抗議を受けて、鴻巣は時評について補足するEvernoteを公開した。

 その後、Twitterで両者はやりとりし、当該の記述解釈であればそれは批評として受け入れられること、解釈が読者に開かれているという点については意見の一致を見たが、桜庭はなおも以下のように批判する。


 すなわち問題は、

①「作品紹介のあらすじと解釈を分離する」ことはどれほど「むずかしい」(鴻巣Evernote)のか

 また、

解釈が「混同」されたあらすじは悪いのか

 の二点である

 以下、この二点を検討するが、最初にこの件に関する筆者の個人的感想を示しておけば、今まで自らの未熟さを自覚せずに仕事を続けてきた鴻巣の不幸と、巻き込まれ桜庭に同情する。

 また、鴻巣解釈がどれだけ妥当であるかについては議論しない。

作品紹介のあらすじと解釈を分離する

 あらすじを書こうとしていたのだが意図せず解釈が混入してしまった、という事態は、なるほど確かにありそうである

 要約に際して、物語内の複数出来事行為を紹介する必要が生じる。そこで出来事Aと行為Bを結びつける際に、「主人公はAによる寂しさからBに及んだ」などと(うっかり)書く。

 ここで、対象テクスト主人公の寂しい感情について明確な記述がない場合、これはあらすじと解釈が分離できなかった例だと言える(本当は憤りからかもしれない)。

 小説に明記されていないからといって「Aが起こった。主人公はBした」とだけ書くのは文章としてあまりに不自然なので、それを補おうとして解釈が入ってしまうというのは大いにありうるだろう。こうした場合、分離は「むずかしい」。

 またことき読者は、「寂しさ」が対象テクストに書かれているのか、評者の解釈なのか判別できない。

 一方、解釈によって生み出された記述であるということを評者が自覚している場合に、「これは解釈だ」と読めるように書くことは容易である

 「〜〜であろう」「〜〜と思われる」「〜〜のではないか」「〜〜が見て取れる」「〜〜のようだ」「〜〜からか」など、日本語には断定を避ける言葉遣いが様々あり、あるいはストレートに「〜〜と評者は読んだ」などと書くことができる。

 最後の例は稚拙に映るかもしれないが、プロ書評家の文章にも頻出する(具体例は省く)。

 さて、鴻巣は当該の書評文について、「そういう物語として、わたしは読みました。ここが、作者の意図と違うと指摘されているところです」と明記している(鴻巣Evernote、強調原文)。

 自らの解釈だと自覚しているである。(ところで、「作者の意図」という言葉桜庭は使っていない。)

 そのためこれは「詭弁」であり、断定的な言葉は避けられたはずだ、と桜庭は指摘している、のだろう。

 意図せぬ解釈の混入はありうるとはいえ解釈産物である自覚した文章について、「作品紹介のあらすじと解釈を分離する」ことはさほどむずかしくないと思われる。

 それが「むずかしいこと」だと感じるのであれば、それは単に書く力に乏しい(「未熟」)からである

 では、解釈があらすじに混入した場合、何か不都合が生じるのであろうか。特に不都合がないのであれば勝手にやればよいだろう。

「読み」を閉ざす「書き」

 あらすじに解釈が入っていると何が困るか。

 当事者である桜庭は、「わたし懸念は、私小説として発表されたこ作品の評で、ある人物が「病人介護し虐/待した」と書かれたことにあります。そうも解釈できる、ではなく、あたかテキストにそう書かれていたかのようにです」とツイートしている(https://twitter.com/sakurabakazuki/status/1430736782979596290?s=20)。

 ここでは、「作品私小説であること」が重大なファクターであるかのように受け取ることも可能であろう。前掲ツイートの「またそのような事実もありません」という記述からも、現実にそのようなことがあったか否かが問題とされているようにも読みうる。

 もちろん、私小説に固有の問題は別個に検討すべきものであろうが、本稿では、作品私小説であるか否かによらず、鴻巣の弁明が妥当性を欠くものであることを示したい。

追記:実際桜庭個人懸念としては現実としての事実にあるのかもしれないが、続くツイートにある「問題としているのは「評者が読み解いた解釈を、テキストにそう書かれていたかのようにあらすじ説明として断言して書いた」こと」をここではこの問題本質として考える。その意味で、「わたしは一つの小説」として読んでいますので、作者のご家族に関する「事実」については切り離して考えさせてください」[鴻巣Evernote]という鴻巣の主張に乗る)

小説は多様な「読み」にひらかれていると思います。また、作品紹介のあらすじと解釈を分離するのはむずかしいことです。

 鴻巣のこの文章は奇妙である

 解釈である部分についてあらすじとして断定的な書き方をすれば、それは小説の「読み」を閉ざしうるかである

 前節で扱った例で言えば、「寂しさから」とあらすじにあれば、それは対象テクストに寂しさが理由である旨が書かれていると読者は「読んで」当然である。この時、「憤りからであるという「読み」の可能性は閉ざされる。

 すなわち、解釈解釈である自覚した上で断定的な言葉選択した鴻巣の行いは、小説は多様な「読み」にひらかれているという鴻巣の信念と矛盾しているのである

 「小説は多様な「読み」にひらかれている」べきであると(は明確に書いていないので本当は思っていないかもしれないが)思うのなら、「むずかしいことですが、作品紹介のあらすじと解釈を分離する努力をするべきでした」と続くはずなのだ

 鴻巣にとって「作品紹介のあらすじと解釈を分離するのはむずかしいこと」かもしれないが、それを果たせないことにより、作品の「読み」は閉ざされる。

 評者自身の読みの自由を主張し、それを反映させる(無能力により反映してしまう)ことにより、他者の読みの自由を奪うことは、単純に暴力である。「書き」に注意すれば避けられたはずの、いわば過失致傷である

 それは評する作品を損傷し、また、時評の読者(の能力)をも傷つけうるだろう。

 書くこと/書く者は、読むこと/読む者に対してこうした暴力を為しうる。

 「自分文章をどう読むか」ではなく「自分文章を読んだ者がどう思うか」まで思いを至らせることができて初めて、自らの読みを主張する正当性が備わるのではないだろうか。

 まさか、「すべての断言には解釈が含まれいるかもしれないと思って読め」などと「むずかしいこと」は言うまい

anond:20210826192032

吉村のブレーンが変わってまともになったって聞いたんだけど、ほんと?

2021-08-25

anond:20210825182654

ネトウヨ欧米会社が作ったワクチンなんて本当は嫌い。国産治療薬が好き。

からもうイベルクチンに乗り換え始めてる。

横浜市長山中スキャンダル第一

山中さんはバツイチなんですが、しばらく約束していた養育費を払っていなかったようです。

ところが市長選出馬が決まった途端に振り込みされたとか。

選挙前は出てこなかった話があっさり暴露しかも数あるネタのうちの一つ、という感じであまり重要じゃない感じ。

本丸スキャンダルはもう文春か新潮あたりが確保してそうだな

ちゃんと立憲は身辺調査しとけよ…もっといい候補者いただろ…

2021-08-23

オタク河野太郎!」河野「えっ」 キャッキャッ

エゴサしてねぇでとっととワクチン打たせろ

こんなの描いたオタクオタクだよ。プロパガンダ片棒担いでるのと一緒だよ。

本当にオタクネトウヨだらけだな

クワクチンチンで盛り上がってるのはオッサンだけらしい

Twitterやインスタ見る限り1020代が盛り上がってる印象だけど、やっぱり彼らは「名誉昭和生まれ」になってしまうのかな?

横浜市長選、効いてる効いてるw

「立憲や共産保守だ!」と言い張るレベルまで来ており、よほどリベラルが勝ったということを認めたくない模様

これは老害の症状じゃなくて



30半ばになってリーダーとか係長とか役がつくと、部下の仕事の把握も仕事になるんだよね

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