はてなキーワード: RPGツクールとは
ジャンルでいうと当時珍しかったリアルタイムストラテジーのゲーム。
練り込まれたストーリー、魅力的なキャラ、優れたゲームシステム&バランス…
グラフィック、BGMはフリーゲームなのでこんなもんという納得出来るぐらいに他が素晴らしかった。
もうWindowsXPが無いので遊べないのですがなんとかならないですかね?
RPGツクール2000で制作されたアドベンチャーゲーム、RPGツクールどこいったんだ?と思うぐらいRPGツクールらしさが消えていてその点にはとても関心しました。
遊んでいた当時はものすごく笑ったんだけど、今遊んでもちょっとニヤッとするぐらいなんだろうなぁ。
あの頃の感性が懐かしい。
歩数や行動にポイントがついていて、ポイントの合計が一定値になるとエンディングを迎えるというシステムだった記憶。
RPGツクール2000製でフリーシナリオRPGに分類されるのかな?
シルフェイド見聞録と同じ作者の作品で同じ世界線(といっても次元が違うとかなんとかだったはず)なので、シルフェイド見聞録に縁のあるキャラが登場したりする。
ストーリーも見聞録のギャグ随所に折込みつつ1つのRPGとして出来ていて素晴らしい出来だった記憶があります。
ギャグの部分は今遊んでもそこまで笑えないとは思うのですが、ゲームシステム自体はとても良くできていて今でも十分に遊べる傑作です。
星間戦争を扱った戦略シミュレーションゲーム。
詳しいことはほとんど忘れてしまったが、技術力が高い国で出てくる蒼い艦がものすごく強くて、これに関するモノローグがカッコよかった記憶がある。
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フリーゲームは結構遊んでいたと思っていたんですが、いざ記憶を掘り返してみると記憶に残っているゲームが片手で数えられるぐらいしかなくてとても悲しくなりました。
自分がフリーゲームで遊んでいたのは2000~2007年ぐらいの期間だったと思うんですけど、こんな名作あったとかみんな話してくれたら嬉しいな。
我々サピエンスの歴史には少なくとも過去数千年にわたる偉人・有名人に関する膨大な情報の蓄積があり、それは人間ひとりの創作力では質・量ともに到底太刀打ちできないレベルのネタの宝庫である。
しかも権利フリーで無料と来れば、この便利なアセットを利用しない手はないな!
おい、本当にそれでいいのか?
アマチュアならともかく、プロのクリエイターが出来合いの無料アセットを未加工で自作品に登場させるか?
「織田信長です」とか「宮本武蔵です」とか「シモヘイヘです」とか名乗るそのキャラクターたち、RPGツクールで作ったゲーム画面が安っぽいのと同じように、情報として安っぽいぞ。
「いや、名前が同じなだけの別人だし……」
たしかに歴史上の実在人物と同じ名を持つそのキャラクターは、名前以外はまるっきり別人だ。
でもそれならなぜ、新しいキャラクターとして新しい名前を与えてあげないのか?
クソみたいなアクションゲームを作る文化はRPGツクールお披露目会においてRPGが飽きられ出した時期の定番なのでRPGツクールが跋扈するDLSITEで皆がやりだすのはSTEAMの影響ではなくRPGツクールが基準となっている界隈であることが原因であり、その次はSRPGを意識したゲームが増え始めることが予測されるがRPGツクール製のSRPGはマジでダルさが凄いのでお前は神に祈ったほうがいいし、そもそもRPGという形を取らずエロ要素ありのADVという方式にするのが正解だったという事実からRPGツクール腕前自慢おじさんたちが気づかない限りはそもそも何も解決しないのでお前が悲観している内容は根本的にピントがズレている。
ボクや周囲の仲間たちが絵を描いたり、ゲーム作ったり、作曲したり、電子工作したり、フィギュア造形したり、写真動画撮ったり、踊ったり、本を書いたり、色々するのは、それが楽しいことだからだ。
何故それを始めたのかは個々によるけどボクたち30代のオタクは少なくとも先達の40代以上のオタクたちが世に送り出してくれた作品群を楽しみ笑って憧れたというのは1つの大きな理由になっていると思う。
パソコン通信からインターネットへの以降が進む過渡期、ボクたちはそんな時に少年時代を過ごした。
あめぞうスレッディングシステムという大発明はプロバイダのホームページスペースで行われてきた「楽しいを作る」人たちをまだまだ未熟なボクが発見するための手助けとなったんだ。
すごかったとしか言いようがない。
RPGツクールでここまで出来るのか!1フレーズのみを変化させていくだけの音楽ってアリなのか!パラパラマンガじゃないアニメ、モーショングラフィックス!フィギュアって意外と後付け多いんだな!リレースイッチじゃ大変なことをやるのがICなのか!オフ会でここまでやれるのかよ祭りじゃん!
はてなブックマークで40代以上の人たちのオタク蔑視がヒドイとか言われてたけど違う、ボクたちはアナタたちに憧れて、アナタたちのように「楽しいを作る」がやりたくて、そこにインターネットがあったからボクたちがアナタたちに憧れて作った楽しさを発信したんだ。
もちろん学校でもクラスメイトへ見せた。クラスメイトたちは素直に「スゲえ!ネットの○○みたいじゃん!」とボクのオマージュ先を一発で理解してくれた。
ボクだけじゃない、絵を描く子だって音楽をやるヤツだって「楽しいを作る」の発表先は学校かインターネットだ。インターネットはまだ普及しきっていないし多くの人々は学校しか発表先がなかったはず。
親や姉に言われた「そんなオタクっぽいの辞めなさい」と。
もちろんボクもテレビでオタクがイジられたり叩かれたりしているのを知っていた。オタクと呼ばれてしまうことは格好悪いことなんだと理解していた。
でもインターネットを覗いてみれば楽しいを作ってる人がいっぱい居るじゃないか!この人たちは定義上オタクなはずなのにメチャクチャ格好良いじゃないか!
思春期だからこその反発もあっただろう。でもボクは、ボクの友人たちも皆その当時から言っていた。
「オタクで何が悪い!」と。
深夜アニメブームが来た!ゲ製スレが大いに盛り上がった!ねとらじが!ニコニコが!
あのとき憧れたFlash職人、心の師匠たちがボクたちへ魅せてくれたように、1980年以降生まれの世代が「楽しいを作る」ための場が次々と登場した!
ボクたちは今でも憧れてんだよ!アナタたちに今でも魅せられてるんだよ!
40代以上の皆さまがその当時に作った楽しさこそボクたちの原点なんだよ!
ボクたちはオタクを当たり前にした世代だって言われる。言われるけれども違うんだ・・・!!
それをさせたのは、それをやりたくて、やりたくて、たまらなくしたのは、アナタたちなんだよ!
師匠!アナタたちが居たからこそ!アナタたちが魅せてくれたからこそ!オタクを当たり前に出来たんですよ!アナタたちがボクたちの推進力なんですよ!!!
見渡して下さいよ世の中を!アナタたちの弟子が作ったもので楽しむ若い世代が居る。
その若者たちは今やTwitterでYoutubeで次々と楽しいを作ってるんです。
今の若いオタクは、アナタたちが育てた弟子に憧れた子たちなんですよ。アナタたちの孫弟子が今の若いオタクなんですよ。
あの当時アナタたちが作った楽しさはオタクが当たり前になった今の世の中の礎になったんです。
いつになったら40代以上の方々は理解するんですか、今のオタクはあの時アナタの作品で楽しんだ少年少女です。
今さらって感じもするが、8月くらいにセールだったのでサクナヒメ買った。
買うときにサントラ付きのデラックス版にするか悩んで、ちょっと調べてみたら作曲担当が曲の解説してるっていうんで、
彼の世間的な知名度がどんなもんかしらんけど、15年くらい前にBMSやフリーゲームをよくやっていた私からすると
BMSで「虚無への黙祷」をやったり、muzieで「天路歴程」をダウンロードしたり、RPGツクール作品でも曲を聞くことがあったり、
当時大変印象的な作曲家の1人だった。
大変懐かしく、(こっちが一方的に知ってるだけだけど)久々に同級生に会ったような気持ちになった。
さっきゲームもクリアし、ネタバレを恐れず楽曲解説を読めるようになったのでざっと読んでみたけど、
「虚無への黙祷」のケルト風楽器に触れてたり、田植唄とNinja Action TeamのBornの共通のルーツについて語っていたり、
いや増すばかりの懐かしさでちょっと泣きそうだ。
作者のnoteにより第二ラウンド開始……
https://note.com/ksym/n/na6a1746aef37
円マン解決しました。配信ご自由にしていただいて大丈夫です。お騒がせしてすみません。シコりも残ってません— ksym (@mt_kuso) June 11, 2021
以下ログ
ホロライブ・ホロスターズ運営が演者のNKODICEの配信を禁止
ホロスターズの演者がRPGツクールでNKODICEっぽいゲームを作る
Vのファンが作者に凸
NKODICE作者がVTuberの配信はご遠慮くださいとコメント
許諾を出してるところもあるので強制はしませんが、今後VTuberによるNKODICEの配信はご遠慮いただけると助かります。不毛な争いの元など無いほうがいいです(自分が撒いた種ですが)エンタメは楽しくあるべき!終わり。さようなら— ksym (@mt_kuso) June 10, 2021
言ってしまえば下品なゲームなので運営がストップをかけるのは理解できるが
その理屈なら自作ゲームも配信は止めるべきだったね(別の理由だった可能性もある?)
作者もV全体を対象にしなくても…と思うがホロライブ・ホロスターズは最初から配信が禁じられているので止められても痛くも痒くもないという……
前のつぶやきが予想外に見てもらえたので、続編をやってみる。
何か、コメントで90年代も語ってほしいなんて無茶要求があったので、
中途半端なインターネット老人らしく早く目が覚めてしまい、今日が平日で数時間後に勤務と分かりつつ無理に書いてみる。
前のつぶやきでは分かりやすさのため自身の属性を2000年代の高校生と称していた。
呪術廻戦で多少有名になった感があるが、バトルはしない理系の変態が行くアレなところと思ってもらえば差し支えない。
そういう経歴なので、90年代のネットというのは余り知らない。
Windows95でパソコン時代の潮流を眺め、Windows98時代にネットとともにJOINした程度にしか知らない。
親父がオタクだったせいもあり、5インチフロッピーのPC98のゲームとかには触れていたものの、ネットへの邂逅は98年前後位だ。
とは言え、3.5インチのフロッピーからRPGツクールを遊び、宝箱のフラグ制御による実現については学んでいた自負のある中途半端なガキではあった。
なんで、自宅はテレホタイムでのWindows、学校ではFreeBSD、寮ではVineLinexでインターネットに接続していた。
そのレベルなので、あまりこの時代のインターネッツは知らない。
知らないけど、知らないなりに触れて覚えているそれを記したうえで、諸先輩方にご教示頂ければあと3日で到達できる週末のggりライフも捗るというもの。
なんてスケベ心で、知っている限りで書いてみる。
そうやって浅薄な知識を挙げることで情報集収集できるってツーチャンネルで学んだんだ、僕は詳しいんだ。
それこそ、インターネット=HP(ホームページ)というノリだった。
ただ、個人の糞つまらない趣味を載せたページや、形だけの企業サイトなど、
目がチカチカする効果や、嫌がらせのMidi音源、文字の無駄な移動、キリバンとかそれしかないのという楽しみ…
同じく、当時の論調を見れば「こんなつまらないものを見るのにお金をかける人なんていないよ。普及しないね!」なんてのもあって
なんかすごいらしいけどつまらないなぁ、なんて思っていた。
それが今やテレビより接するメディアになるなんて思ってはいなかった。
今やブラウザでほぼ完結する世界のWindowsだけど、昔はツールがなければただのチラシの裏代わりのメモ帳だった。
なんで、いろいろしたいときにはこれらのサイトを巡回して「Toolスゲー」って感じで入れて飽きてアンインストールのローテーションだった。
この時期はストレージが数百メガ、メモリが数十メガのゴミみたいな時代なので、Tool入れ放題なんてそんな優しい時代ではなかった。
それこそ十年以上前にこれはからブラウザですべて完結するってgoogleがchromeを出したときは
「ご冗談をw」って思っていたけど正にそうなっていて、googleのノストラダムス力に西野プペルカナ以上に震える限り。
とは言え、かゆいところはtoolが必要なのでこれらのサイトは需要は低くなったけど今も必要だよね。
当時の検索と言うと、自分の認識的には鉄板のYahoo!とロボットが広くあまねくのgooという認識だった。
初めはYahooで当たり障りのないページを探しつつ、goo(同名ドメインのエロサイトはまぁ別途)から派生し、
Infoseek、AltaVistaなど、よく知らない世界への入り口を紹介してくれるロボット検索エンジンにたどり着いた。
この時は、google?ゴーグル?なんて感じで90年代の後半に出てくるくらいで知りもしなかった。
それこそ、2chのトップかどっかにgoogleの検索窓があって、それで知った位な感じ。
検索で色々未知の探求をしていくうちにたどり着いたのは、図書館のネットに放課後はつなぎだしたのはいわゆるアングラだった。
街の灯、日本海溝、メリーゴーランド等、まぁワードで分かる人は分かるアレですね。
眺めつつ、アレしつつ、うわースゲー、ここは別世界だ!なんて図書館やテレホタイムに興奮していた。
ニュースになるのは2000年のだけど、ファミコン決死隊とか労務課の倉庫とかそいう感じのアレで逮捕される人が出てきて現実だと改めて認識した。
そういうのはいつか消えるかと思えば、まだ形を変えて主に中華系で生きている。
法や制度が整備されても、人の欲望の忠実さを表すこれらは人間らしい。
コミュ障ボッチだったので、Outlookメールの発する妙なメール着信音にいちいち狂喜乱舞していた。
あの頃なので、スパムなんてなくて知り合いとかのメールで喜んで長文返信してそこで途絶えるなんてのをしていて、学ばないなと改めて思う。
とは言えそういう、一人一つと思っていたメールをWebメールとして取得できるHotmailはその存在を知り喜んで取得した。
が、まぁ上述の状況から取得しただけで終わった。
この後、フリーメールは各種ドメインで乱立するんだけど、今はgmailに収束した感がある。
なんて、過去の先輩の学籍番号を特定してアクセス出来て、そこからレポートをパクッて提出が出来ていた。
ただ、これが後にバレて不可を教員から受けるというドラマがあり、そのぐぬぬを何とか乗り切ったのはまた別の話。
FreeBSD自体は今も生きてはいるけど、Linux系列の方が多いのかな、少なくとも仕事の上では見ない。
なんて思うけど、自分自身の90年代のネットへの関わりがうっすいので、
このあたりのあれやこれやを知っている人が教えてくれると嬉しい。
働いたらお金を返すと言うことで買ってもらった。(ちなみに本当に返した。うちの親はそういうことをきっちりノートに書いている。)
ゲームを作るにはドットを書かないといけないし、作曲も必要だと思っていた。
そして、高校の音楽の先生が作曲をする人で、授業で作曲があった。(普通の地方の公立高校である。)
そういった経緯があって電子ピアノを買ったのだった。
今思えば、別にピアノを習っているわけではなく(別の楽器は習っていたが)何も弾けないのによく買ってくれたものだと思う。
基礎練もせずに定番の曲とかエヴァとかジブリとかを練習していた。
ゲームを作りたかったので、もちろんRPGツクールはやっていたし、音楽ツクールかなでーるもやっていた。
そんなときに買った電子ピアノには、フロッピーディスクに曲を保存できるようになっていた。
そして、当時使っていたであろうフロッピーが刺さったままになっていた。
使い方を忘れたので電子ピアノのマニュアルをダウンロードしつつ(良い時代になったものだ)何か曲が入っていないかロードしてみた。
すると、8〜16小節ぐらいの曲が2曲とジブリの曲が1曲入っていた。自分が録音した曲である。
自分が作った曲は、基本的にゲーム用なので短い曲かループ用である。
それらを聞いていると、ふつふつと上記のようなことを思い出して非常にノスタルジックな気分になったのであった。
電子ピアノを買ったときはパソコンを持っていなかったし、知識もなかったし、フロッピーが何なのかあまりよく分かっていなかった。
いや、当時もMIDIで他の機器と互換性があると説明されていた気がするが、それがどういうことなのかよく分かっていなかったのだ。
当時のフロッピーディスクはボロボロでいつ壊れてもおかしくないので、新しいフロッピーディスクを買った。
PCでも読み込みたいので、フロッピーディスクドライブも買った。
一時はMIDI作りにハマっていた(そのときは電子ピアノのことはさっぱり忘れていた)ので、作曲のソフトも少しは使える。
フロッピーディスクを買ったことで、ピアノで曲を弾く → MIDIで保存する → PCで楽譜として開く、ということが20年越しに出来るようになった。
今となってはピアノを弾くこともないし、曲を作ることもない。(Scratchで簡単なゲームは作った。いい時代になったものだ。)