はてなキーワード: ボラギノールとは
※この増田では、「常識」=「その業界にいるなら絶対に知っていなければいけない知識である」と定義します。
その業界にいるなら常識を知っていなければいけないと言いましたが、外からやってきたばかりの人間が常識を網羅している可能性はほとんど0です。
たとえば、日本語がネイティブレベルで出来る人間しか認めない人間の集団の中で働くには日本語を母国語レベルで習得しているのが必須であり、いわば「常識」となります。そして、その中に翻訳アプリ片手に四苦八苦する外国人が来れば、その人物は「常識に欠けた部分がある」と評価されてしまいます。
さて、こういった場合、1つの対策として「常識を知らないやつは最初から完全に排除する」という道があります。
「日本語を母国語にする」という比較的ゆるい条件を満たせば乗り切れるようなものを「常識」とするならこれでも問題はありません。
ですが、「我が社のマイナールールを習熟する」を「常識」とし、それと同時に「常識知らずは全員排除する」という道を選べば、そこに未来はありません。
絶滅危惧種の動物が全員ホモになったようなものです。たった一回の世代交代を乗り切れることなく死滅します。
一世代で畳むから問題ないというコンセプトの組織であるならそれでもいいでしょう。
実際、そういった「すでにある程度知っている人間のためだけの」コミュニティは点在していますしそれなりの需要があります。
ですが、それでは問題があると言うのならば、「誰かが常識を教える」という道を選ぶしかありません。
人類が存続しているのも、赤ん坊という常識知らずに頑張って人類の常識を叩き込んできたからに他なりません。
断言してしまいますが、全ての企業や行政機関には「ただのローカルルールでしかないが構成員に習熟を要求している常識」が存在します。
そして、全ての組織が「誰が新人に常識を教えるか」で喧嘩しています。
考えてみれば当然です。
「常識知らずとなんて口を聞きたくない」と考えるのが普通なのですから。
2ch(5ch)でメ欄に「sage」を入れない人にレスをしたいですか?
私はゴメンです。
とりあえず警戒します。
遠くから眺めているだけならいいですが、自分がレスをしたくないです。
2chのメ欄sageルールはちゃんとした観察力があれば自然と身につきます。
ですが、多くの社内ルールや官庁ルールは観察力だけで習熟するのには無理があるほどに膨大で複雑でなにより根拠に乏しいです。
「理屈と膏薬はどこへでもつく」という言葉をご存知でしょうか?(ご存じない方、ググる必要はありません。「軟膏≒オロナインやボラギノールのようなものがどこにでもベッチャリくっつくように、屁理屈をこねてさも筋が通っているかのように見せかけるだけならいくらでも理屈のこねようはある」という意味です)
世の中はよく出来た論理パズルのように頭をひねれば答が1つに絞れるようなものばかりではありません。
出来損ないの推理小説のようなガバガバな思いつきが積み上げっているだけのようなものをさも「これこそが私のロジック」だと言い張って提供してくる輩はあとを立ちません。
それ故に新入りが自力で「常識」を学ぼうとするとそれは分の悪い「脳内あてゲーム」にしかならないことがままあります。
となれば、誰も「常識」を教えること無く新入りが「常識」をマスターするのはほぼありえないことになります。(メ欄sageのようなよっぽど簡単なものの場合は除きます)
つまり、誰かが新入りに「常識」を教えるまで新入りは「常識知らず」としてその組織で振る舞うことになるのです。
そして組織は「常識知らず」というストレス源を抱え、新入りはそのレッテルに苦しめられていつしか嫌になって組織を抜けるか、組織に残るも全ての気力を使い果たしたフヌケになりヤケを起こしながら適当に日々を過ごすようになるでしょう。
それを防ぐには誰かが「常識」を教えねばなりません。
ではそれが誰なのか?
とはいえそれを解決しないことにはその組織に未来はありません。
誰かがやらねばならない。
では誰が?
以下ちょいとゲイに失礼な文章かもしれません。ご容赦願います。
彼らはガチムチで力ではまずかないません。そして大多数の男がタイプです。
ほとんどのゲイはジェントルですが、一部にあまりジェントルでない方もいます。
公共交通機関に乗れば体を触られることもままあります。夜道では変質者に出会うこともあります。
居酒屋や、なんなら昼間の職場であっても、誰それの体つきがいいなどと下卑た話題を話し合っています。
そんな中にいるので、ハラスメントにあっても周囲の方に相談などできようもありません。
この車両では上記のストレスから開放されて通勤・通学が可能です。
ところが最近そのような車両の存在は差別的だとの意見が上がってきています。
一部のジェントルでないゲイのために、ただでさえ苦痛を伴う通勤・通学の状況が悪化しているため、
この車両の存在がジェントルな方に不快さを強いているのは事実です。
この問題に対し、ゲイでない男の立場、またジェントルなゲイの立場から今後ゲイお断り車両をどうすべきか論じなさい。 (配点: ボラギノール)
EDなんて無縁と思っていたのだが、ちょっとストレスを伴う乱雑なセックスが続いたりしたのもあって、7割方EDとしか言えない状況に。
胃や腸などお腹関係が原因な気がして、満腹になりすぎないようにしたりお腹を下さないように気を付けていたりしたのだが、全く違った。
原因はたぶん痔だ。
もともと切れ痔になりやすく、よくトイレで出血したりしていたのだが、よく観察してみるとかなり腫れ上がっており、括約筋に力が入りにくい状況になっていた。
最近はまあ広義のスローセックス気味で、そんな感じで入れっぱなしで2時間とかやっていたので、肛門が悲鳴を上げたのだろう。
というわけでボラギノール注入軟膏を買いに行く。
かつて、いろんな作品にあらわれる魔法少女あるいは変身少女の類は、比較的長い時間をかけて変身していた。
特定の掛け声の発生のもと身体が光輝に包まれ、一瞬身体をさらけ出す。昔のお宅はここに興奮したのだという。
これは、魔法少女のグッズ販売という商業主義への兼ね合いのもと、20世紀後半から21世紀初頭にかけての常套表現として、当時人口に膾炙していた。
こうした風潮を自覚的に打破したのが、オベリスク護国寺という制作会社にいた田町ボラギノール監督である。
氏の壮年期の作品『魔法少女平塚★ハル』では、主人公の平塚らいてうが、裏切り者の転向者を誅殺する場面がある。
裏切り者とアジトで二人きり。コーヒーを飲みながら他愛のない会話。
一瞬にして平塚ハルは変身し、魔法少女がよく持っている戦術ロッドを相手にたたきつける。
相手も隠し持っていたグロックをハルに向けようとするが、魔法少女の魔術的スピードにはかなわなかった。
共産主義と女性解放運動との兼ね合い、共産主義者の転向とをからめた悲しい裏切りの誅殺シーンである。
『魔法少女★平塚ハル』の興行的な成功もあって、次第に無詠唱で変身する魔法少女が増えるようになった。
増田諸賢もご存知の通り、2050年代では、場面の切り替わりや、一瞬柱や扉に隠れた間に変身し、急襲する魔法少女が当たり前になっている。
こうした表現の変化にどのような意義があるだろうか。
一つは、詠唱変身時代の不自然な時間超過を回避することができる。
21世紀においてもさんざん議論されたことだが、なぜ敵は魔法少女が変身中に攻撃しないのか。
当時の魔法少女モノは、この問いに対する有機的な答えを用意することが、ほとんどできなかった。
田町ボラギノールはこの問題を鮮やかに解決する。すぐ変身しちゃえばよかったのだ。
詠唱変身時代から風潮のあった、かわいらしい魔法少女がシリアスな展開に巻き込まれる、という物語の構造がある。
ここでは、華やかな詠唱変身は、作風に全くそぐわなかった。誰が裏切り、誰が殺されるのか? そんな作風の中で、かわいらしく時間をかけて変身するのは文脈的ではなかった。
だから、速攻で変身して速攻で相手に攻撃を仕掛けるという無詠唱変身時代の魔法少女は、シリアスな作風から歓迎された。奇襲を仕掛ける、さまざまな手段がアニメや漫画でなされた。
また、魔法少女モノのお約束で、自分が魔法少女であることを露見させてはいけない相手がある。
こうした相手に対する、「ばれないようにする表現」も、素早く変身することで色んな可能性を持つことが可能になった。
近年、回顧主義なのか、詠唱変身する魔法少女が再び見られるようになっている。
ただし、なぜ詠唱変身から無詠唱変身へと至ったのか。どの時期にだれがそうした変化をもたらしたのか。変化した結果、どのような効果をもたらしたのか。
同じく就職活動(まだ終わらない)中の21女だが私も最近痔になった。
私の場合、お腹を壊したり説明会ばかりで食べてる暇もないなど一日一食、休みの日も寝たまま起き上がれない日が続き、ついでに50日来なかった生理がやって来て、もうなんかズタボロになって一日の半分くらいトイレにいたりした。
で、お風呂に入った時に、本当にふと思い立ってお尻のほうを、肛門のあたりを触ってみると、何か……まあイボ痔のイボが出てたのである。
泣きながら調べたらマジで「押し込め」って書いてあったので泣きながら押し込みましたよ。
泣きながらボラギノール買いに行ったよ。
お腹がずっと痛いのもなかなか治らなくて、ずっと下痢が続いた。
ちゃんとしたものを食べてふつうの便をしなきゃいけないと思うとプレッシャーだった。
自分で言うのもなんだけど、私は全然便秘ではない人間だったのに、なんかもうトイレに行くのも排泄するのも怖くなってしまった。
今は、押し込んだものが出てくること……はたまにあるので、その度には押し込んでるが、初めのあのヤバい出方はない。
とにかく、長時間便座に座ってるのは本当にやめたほうがいいんじゃないかなー?
痔には年齢とか関係ないぜ。
、21歳女子大生です。
就活ずっとしんどかった。
まあでもそんなことはほぼ全部の就活生が体験しているので大したことはない。
私が言いたいことは
「就職活動中に痔になって辛かった」
痔なんて21歳にして関係ないと思ってた。子供産んだら、母親くらいの年齢になればくらいの感覚だったのにやつはきた。
休む暇なく説明会をハシゴ、家に帰ればES書いて、郵便局深夜窓口ダッシュかつ速達貧乏。
何もない日は便秘に。
ある日紙に血がつくようになった。
まさか21歳で痔になるなんて。
望むような情報は得られない。
この世に就職活動きっかけで痔になった人がいたら教えて欲しい。
四時間座りっぱなしなんてことはザラ。
病院に行く暇も元気もなし。
父のボラギノールを泣きながらなる日々が3ヶ月続いた。
気づけば私1人でボラギノールを1本使い切った。
就活をやっと終えた今でも、私は痔と戦っている。
何が言いたいのかと言うと就活はクソ💩
私の綺麗な肛門を返せ。
今は本当に大したことないので、病院にかかる必要はなさそうです。
今34なんだが、28くらいに切れ痔がひどくなって、
酒を飲むことで血行がよくなるのか便器が真っ赤になることもよくあった。
それで貧血になったこともある。
そんなことをこの歳まで繰り返してきた。
家の便器も温水便座に変えた。
一昨日、牛乳の飲み過ぎで下痢になって、頻繁にトイレに行ってるうちに
いよいよ本格的に痛みが出始めた。
明らかにそこに触れると激痛が走る。
今日など、いよいよ一歩進むたびに痛みがあり、
椅子に座る・立ち上がるという基本アクションでダメージが発生するような状態になっていた。
到底耐えきれない痛みにかなわず、早退。
幸いにも職場の向かい側の建物に肛門科があって、そこに行った。
初めての肛門科だった。
診察ではまず横に寝かされて、ケツを出す姿勢になる。
40くらいの先生に、触診され、「これは痛そうだねー」といわれる。
肛門に指も入れられたのだが、これがつらくて、便意を感じてしまった。
だが、そんなことはどうでも良かった。
「これは血豆ができてる状態だね」
「内側にも小さいのがいくつかあるよ」
「今日すぐ手術できるよ」
「ぜひお願いします」
そうして、数分の後、処置室に通される。
まず、麻酔を注射針で刺すのだが、チンコと肛門の中間地点あたりに垂直に刺される。
めちゃめちゃ痛い。
2回刺した感触。
そのあとは全く感覚がなくなる。
何らかの道具で人が力で肉片を削って、切り取っているような不気味な振動は感じた。
それでも、痛みは全くない。
その後、焼くような熱さを何回か感じた。
「15分ほど薬がとけるのにかかるんでそのままにしていてください」
こうして手術はものの5分ほどで終わり、15分ほど座薬が溶けるのを待った。
立ち上がる。
なんと、歩いても痛みがなにもない。もちろん座れる。立てる。
この時点で18時。
今23時になって少しずつ少しずつ痛みを感じてきたが、想定できる範囲内の痛みである。
術後すごく痛いとかそういうことも全くなかった。
長年痔であれだけ苦しんできたのがウソのようだ。
嬉しい。
いやぁ嬉しい。嬉しさある。
痔の手術がこんなに簡単とは。
嬉しくて嬉しくて、職場の人にslackで無事終わりましたって言った。
でもそれだけでも俺の嬉しさは消化しきれずこうしてこっちにも書いてしまった。オチもなにもないんだ痔が治った。ただそれだけの話しである。
土曜 amazonプライムで映画を観る
これがギックリ腰か!と理解した。
試しに座ってみたが、座った衝撃でウッと痛みが走る。
ブルブルと立ち上がるが、その動きでも痛みが走った。
脂汗で全身がびっちゃりになる。
椅子に座るのは無理と悟り、ベッドで横になろうとするが横になる姿勢が痛い。
右側を下にすると、内臓が押される重たい痛みが走る。
そこから足を片足づつあげて仰向けになった。
仰向けになれたことに安堵した。痛みはなかった。
背中が痛い。
起き上がりたい、起き上がれるのか。
どうやって起き上がる・・・
ベットと壁に手ついて腕の力で、ンウッ、ウッ、ウウッ、ウッと歯を食いしばって起きた。
のけぞるような鈍い痛みが走った。
涙目だったと思う。
少し仮眠を取ることができたが、あまりの痛さに吐き気・腹痛・悪寒がする。
捻りがだめなのか、トイレのドアを開けると左腰が抜けるような痛みが走る。
便座をどうやって上げるか、パンツをどうやって下げるか、この辺りは余り覚えてない。
再びベットに入った。
初日と余り変わらず、腰痛はむしろ悪化しているような感じだった。
椅子に座れないので立ったままPCを操作してamazon経由で薬を買おうとするが、
【第2類医薬品】ビーエスバンFRテープV 40枚 を注文する。
が、届くのは最短2日後・・・amazonプライムに失望する。
もっと早く注文していればと後悔した。
余りのしんどさに、死んだ毒父に思いをはせる。
墓参りしようかみたいな。
薬は明日か・・・実は今日届くんじゃないか?と、amazonを確認するが発送すらしてなかった。
コップ1杯の牛乳を飲む。
2時間進めば発送しているのでは?とamazonを確認するが、特に変更は無かった。
小歩きでも腰の鈍痛が酷い。
腰を抑えてゆっくり歩くが、トイレの前、洗面所では鋭い痛みが走る。
ドアの開閉作業が恨めしく思う。
また、コップ1杯の牛乳を飲む。
あった!と叫んだ(安堵)
5年前に肉離れで使った塗り薬。
手探りで探して手にとったそれは、
あーああああ!!!!!
いや待て、痔の薬が腰に効くかもしれん、説明書を必死に読んだ。
効かんらしい。
これがあるならと、もう1度探す。
あった・・・
ため息のように呟いた。
買ってよかったサロメチール
もう、バンテリンが高くて買えなかったとかもう言わない。
サロメチールで少し楽になった。
食欲がでてきて、1日ぶりにご飯を食べた。
壁にもたれてテレビを見ていた。
夜中に3回目、背中が痛くて覚めた。
右側を下にすれば少しだけ寝返りができる、痛くて目覚める回数が減ったと思う。
慌てて動くとウッっと痛みが走る。
サロメチールを塗りたくった。
この日もベットから起き上がる動作が辛くて、横にならなかった。
1日中、amazonプライムでアニメを立ち見する。
多少寝返りができるようになったので、夜中に目覚める回数が減った。
食料が乏しくなってくる。
寝返りができるようになった。
歩くと痛みがある。
快眠できた。
腰痛が良くなってきた、少し歩けるようになった。
食料がさらに乏しくなってくる。
まだ怖くて買出しできない。
少しでもギックリ腰怖ッっと思ったら、恵んで下さいまし。
https://www.amazon.co.jp/gp/registry/wishlist/DC05QGDUL62V/ref=cm_sw_em_r_wsg_XXVPxbJ80VS4Z_wb
まぁ楽しめた。全26話の内、8話までで戦国編が終わったのが評価できた。これをかたらないとなぜハルが魔法少女になったか充分に語り得ず、かといって原作があれだけの分量を費やした戦国編である。バランスをどう取るか気がかりだったが、ここは制作指揮を執った田町ボラギノール監督の『ぱらりんぴっく!』以来の豊富な経験が十二分に活かされた結果と言えるだろう。ただし、平塚為広と大谷刑部との絡みは安直に過ぎると思う。田町ボラギノール監督がかつて制作した『都立尾久の原公園のたたかい!』のキャラ「パシフィック種村」と「パラリンピック吉岡」との情愛の構造のトレースであり、なんらの新規性がないにも拘わらず、人気を得るための安直な策と思しい。この構造は為広と刑部との間に何らの検討も経ずトレースされた。これらはもう受け手が嘗められているとしか思えない。「お前らはこれで楽しいんだろ? え? ほれほれ」という馬立コーラック監督の意図がすけすけである。ここは助監督の木村氏にも頑張ってほしかったが、最近は岐阜県揖斐川郡にある自分の農場の管理が忙しいらしい。
9話から最終話にかけてが原作の通称「大正SF編」に該当する。アニメ第1期で語られた明治41年の初デート。これがハルを魔法少女として目覚めさせる直接の経験になったわけだが、そもそも成美女子英語学校時代の勉学や課外授業と言った、争乱に巻き込まれる以前の牧歌的な部分こそがアニメ第一期の醍醐味かつ要旨であった。「大正SF編」では田町監督が好むスチームパンクの要領を原作に累加し、ハルの激動たる活動を描いた。これが本作。もうおわかりかと思うが私は「第1部のノリが良かった! なにこのノリ! 付いていけないよ!」という意見に真っ向から反対したい。第1期が文学への淡い目覚めであり、その後当然闘争への情熱が生まれてくるのは原作を読んでいれば自明なわけで、1期のノリが変わるのは当然だ。作品とハルの生涯を見渡せばこれは当然のはず。昨今のアニメのノリにたまたま第1期がたまたま、たまたまである。合致したに過ぎない。最近のアニメに絆されてるんじゃねえよ。ばーか。
「大正SF」編では後述するが声優の田端エリザベスの演技が相俟って、独特のケミカルさを醸成していた。一般に「大正ロマン」+「スチームパンク」はかなり親和性がありSF界でも常套手段とも言える組み合わせである。ここに長い歴史を持つ魔法少女モノを組み込もうとしたとき田町ボラギノール氏にとっては、師匠である大谷江戸仕草氏の影響を受けたことが役に立ったと私はにらんでいる。60年代の草創期に活躍した大谷江戸仕草氏の功績は今更贅言する必要性も(とくにこの増田界隈では)なかろうが、特に「ハル」の一連の成果には、氏のアニメにおける第三作目「モリソン号じけん!」がかなり直接に関係しているように思える。あまり界隈でもこの指摘はなされていないと思うので、まあ皆さんには自明と思いますが一応・・・。
さっきも書いたけど上中里マリアンヌの演技最高ー! もう大好き。主人公のハルの魅力を充分に発揮しているうえに、かわいい陰獣の「ウンゲツィーファー」も彼女がやってるんだぜ。もうたまらんうー。せーの! 「たまらんうー。」「たまらんうー。」「たまらんうー。」「たまらんうー。」「たまらんうー。」「たまらんうー。」
恋人役「燕尾服仮面」こと奥村の声優西荻窪松庵の演技もまた良かった。松庵の思想上の師である都立家政ドトールの1932年ベルリンでの演技を彷彿とさせるシーンがあった。おわかりかと思うけど19話の例のシーンね。
友人の市川房枝役の声優保谷ビアンキも妖艶な演技が光った。市川房枝って公式でも眼鏡がずれているんだけれど(wikipediaでも見てほしい)、それをアニメでも反映させていて、保谷はその眼鏡がずれているという演技をしているところが印象に残りました。最近揖斐川郡でハウス栽培やっているそうです。岐阜の。っていうか俺あんま声優詳しくねーや。
正直残念だったのが魔法詠唱シーンの作画だ。ハルが本を開いて中空に浮かせて詠唱するというお決まりのシーン。ここに全く気合いが入っていない。ハルが水晶槍の呪文をパージしてマテリアルタスク化するロマネスク技を出したシーンあっただろ。12話だったか? あそこで監督や、あるいは原作者の十返舎一九も多分想定していたことだと思うが、あそこのモチーフは一般にイメージされるフェミニズムの観点からだけでは捉えられない。このアニメを見る際には岩波の『日本のフェミニズム』全編を通読してからにしたほうが望ましいと半分冗談でwikiに書かれているけれど、これは実際マジだとおもう。あのシーンではむしろ参政権の獲得と戦争との関係がクローズアップされているのであって、フェミニズムへの外的要因(ここでは太平洋戦争・・・というか総力戦体制というべきか。この辺りは突っ込むと難しいからこれ以上は無理だー誰か解説してくれ。)が問題なわけだ。で、あの作画である。作画誰かは知らないけれどそういう文脈が必ずしも現場に伝わらなかったのではないか。25話のハルが友人の奥むめおの101才の誕生日をタイムワープして祝うシーン。これも輻輳するフェミニズムのイメージに作画が全くついて行っていない印象を受ける。ここも、参政権から出発し、翼賛体制との関わりから、さらに高度経済成長を経てバブルという消費社会を経験しかつ男女雇用機会均等法が出たあと、というハルの至らなかった(生きられなかった時代の)地平を魔法で見に行く、というのが大魔法の骨子になっていたと思う。これにたいしてあの70年代初期を思わせる「リブ」で作画されちゃあ適わねえ。ハルまだいきてんじゃねーか。
結局ハルは原作では婚約者からもらった指輪をマレーシアのビナツボ火山に捨てに行ったわけだ。いわゆる夫婦別姓という現代的問題を魔法でどう解決するのかが楽しみです。文句も沢山書きましたが、基本的にこのシリーズには期待しています。制作会社の「オベリスク護国寺」の益々のご発展を祈っています。