はてなキーワード: オッペンハイマーとは
1946年ごろのプリンストン高等研究所で天才が実在だの知性の限界だのの話をする日常物語。主な主人公はフォン・ノイマン、クルト・ゲーデル、アインシュタインの三人。
肝心なのは、実在の人物が登場するが、これは物語であってドキュメンタリーではないこと。
彼らの会話内容や経歴には元ネタがあるにせよ、要するに著者の妄想である。
メイン主人公のフォン・ノイマンはプリン☆ストン高等研究所の数学教授。アカデミアでは知らない人はいない超天才。最近は計算機開発にご執心。フォン・ノイマンちゃんは天気予報をやってみたい!
クルト・ゲーデルは不完全性定理を発表した当代随一の論理学者、にして奇人。最近は教授になりたくてしょうがない。
世界的アイドル アルバート・アインシュタインさんは、ここでは時代に取り残された古典物理学者。つまり金看板ですよ金看板。
あとはオッペンハイマーとかワイルとか、なんか色々出てきて、不確定性原理とかヒルベルトプログラムとか知性とか認知とかの話をしながら和やかに穏やかに日々が流れる。
クルト・ゲーデルが教授に昇進し、フォン・ノイマンの計算機開発が採択され、アインシュタインは主人公格なのに影が薄いまま物語は幕を閉じる。
気晴らしにはちょうど良いが内容が適当っぽくて人には勧めにくい。
図書館には娘を連れて行ったわけだが、本当に久しぶりだ。紙の娯楽本を読むのも久々だ。
年のせいか読書ヂカラが衰えてきたな、なんて思うこともあるのだが、この本はすいすい読めた。
どうもやはり紙の本は、Kindleとは違う。読んでいるときの脳のモードとか没入感が違う。
なんでだろうね。
アメリカの技術力が高いのは下記のような歴史的経緯からだと考えられています。
詳しくは下記の資料などを参照してください。
あなたと私は何が違って何が一緒ですか?
私の中には第二次世界大戦が入っている。そう話すのは渡辺恭子。
広島で原爆により死んだこと、オッペンハイマーの思考、第二次世界大戦に関することが彼女にあった。
ある日製薬会社の東藤恭子という女性と寝るが、二度目会った時に拉致されてしまった。
拉致されてから「等国:皆で皆を支え合う」「錘国:天皇を頂点としトップダウンで統治する」の争いに巻き込まれる
徹の祖父である茂樹は第二次世界大戦までに活躍した軍人で満州国の統治にも関与していたが、その際石原莞爾と「等国」「錘国」の概念を話す。
終戦後のごたごたで彼らは離れ離れになったが、茂樹は戦後重鎮となり日本の高度成長の礎となった。
そんな彼は埼玉の奥村でallthingという板に触れ、意識不明になってしまう。
人類は進化を続ける結果、個が廃止され、言語が廃止され、最終を迎えた。
Geniuslul-lulは天才である。天才が故に世界に絶望し、コールドスリープを選んだ。
700年後目覚めた彼は最後の人類になっていた。
人類は予定された未来に到達した。個の廃止が実現されたこの世界では、rejectedpeopleと称された肉の海の一部分達が寂しさを埋めるべく活動しているだけであった。
geneuslulilulは「すべての権限を放棄しろ」とall thingに願った。
立花茂樹は「等国」と「錘国」を融合させることで世界最終戦争を終わらせた。
消えゆくrejectedpeople、geniuslululはサイパン島のrejectedpeopleに見守られながら死んだ。
大学で、履修した科目において一定の基準を満たすと大学から授与される「単位」ってやつあるじゃん?
あれって英語のunitを直訳してるみたいだけど、おかしくない?
なんで誰も疑問を持たないんだ?
世の中では数や量を言うとき、1個とか1匹とか、あるいは1メートルとか1ジュールとか、数詞や単位をつけるわけだろ?
あれはリンゴがワンユニットあるから1個、あるいは液体がワンユニットあるから1リットルって呼んでるわけだろう。
単位だけはワンユニット(1単位)だから1単位!って絶対おかしいよな?
どうせ今の大学制度が誕生したとき、めんどくせーから仮に学習量の1単位は1単位って呼ぶかwって決めて、そのままズルズル今まで来たんだろ。
大学っていう世界中にあるシステムで使われている重要な概念なのに、命名すんのめんどくせーからワンユニットはワンユニットでいいやwなんて怠慢が許されるのか?
世界中で大学を運営している、東大級の大学を平気で出てるその国最高峰の碩学たる大学教授ども。きみたち数百年前から今に至るまでずっと、だれも現状に疑問を持たなかったのか?現状を打破しようとしてこなかったのか?
少子高齢化や予算の削減、奨学金問題などで大学制度が揺れる今こそ、そういう根本的なところから制度を改革するべきではないのか?
1ガガンボとか1オッペンハイマーとか適当につけて全国、ひいては全世界で標準的な制度にしてもいい。クソみてーなフランチャイズチェーンがバイトのことクルーだのキャストだのと呼ぶように各大学で適当に考えてもいい。慶應義塾大学だから1諭吉とかな。今こそこんな気の抜けたふざけた計量単位をやめて、やる気が出る呼称に変えるべきだ。わかったな。