はてなキーワード: ろくろとは
弊社に在籍していたA子ちゃんもそんな子だった。
ちょっとした数学の話を周りがすればそそくさとその場を離れ、誰からも気付かれず撤退する。
あれは…去年の春頃くらいかな
俺は別に数学を専攻していたわけじゃないが、数学自体は嫌いじゃない。
趣味でやる分には、頭の体操になっていいかなと思ってるぐらいだ。
ちょっとした特技、とまで言えば大袈裟かもしれないが、俺は三桁までのかけ算なら暗算できるんだ。
それで昼休み、同僚とクイズの出し合いみたいにして遊んでた。俺の暗算は早くはない。多分九十秒ぐらいかかるから、うーんうーんと唸っているところに「なにやっているんですか?」とA子ちゃんがやってきた。
「今、増田のやつが三桁のかけ算を暗算でやってるんだよ」と同僚。
「かけ算!!?」
A子ちゃんは顔を真っ青にしながら言った。
「そうだ! もしよかったらA子ちゃんも一緒にやってみる?」
同僚がやさしく声をかけて誘うとA子ちゃんは貧血ぎみによろめき、喘ぐよう「…い、いいです」と言った。
そういえばこの子は数学が苦手なんだったなと同僚は思い出し、悪戯半分に「はちご!」と声をかけた。
するとA子ちゃんは「ひぃぃ…!」と小さく呻き、背を向けると両手で耳を塞いで屈み込んだ。
同僚は調子に乗って「しちさん!」「ろくろく!」と言葉を降らせ、その度にA子ちゃんは「ひぃぃ!」「ひぃぃぃ!」と悲鳴を上げ、ガタガタと震え始めた。
これはまずいのではないかと俺はそれまでの暗算を放棄し、同僚を止めた。
俺が彼女に手を伸ばそうとしたところでゴロン。彼女は達磨のようにゴロンと転がると起き上がりはせず、丸くなったまま横に倒れた。口からは泡を吹き、目は白目。
昔を懐かしみながら書いた
まだまだ出てきそうだけど飽きたからもういいや
これ年代バレるな
肉体作業が安いことが納得いかないというコメがあるが、価値がないんだから資本主義的には当たり前だろ。違うのか?
財の価値は効用で決まる。メディアコンテンツやソフトウェアはコピーが利いて限界費用がゼロになる。だから小説でもソフトでも、1本書いて10本売れば10本分のありがたみの総和が転がり込む。ここに法的規制は何も無いから10本でも100億本でも好きなだけ売れるし売っただけ価値が下がるということも必ずしも無い。
それに対して肉体労働なら車1台を直して10台に結果だけ複写することはできない。1台直したら1台分のありがたみしかない。だから価値がない。金を払うお客さんが一人しかいないのだから一家庭から百億万台分の修理費一億万円を取ることは逆立ちしなければできない。
じゃあ仮に小説やソフトは著作権で儲けているからキャップをかけようという発想があるとする。すると今度は小説家やソフト書きはコンサルに転職して適当な会社に社員千万人に一人一日あたり百円の経費節減を達成する計画を提案したりする。なんなら実際に汗水たらしてビールの一本飲んでもいい。当然その節約効果は現実に存在するのだから節減百円あたり三十円くらい寄越せそうでなければ計画は潰すという話になる。するとやはり車一台ぽっち直すより桁違いのありがたみがそいつに流れ込む。
コーポレートサイトに載せる用の社員の写真撮影が来週あるらしい
ろくろ回しながらMTGする風の写真だったり集中してプログラミングする風の写真を撮るんだって
いやいやこんな醜いチー牛顔晒したくないって。採用の募集減っちゃうわ。
2ちゃんねるで生きてきた人間だからこのFacebookの感覚がどうしても受け入れられない。
いや普通に嫌じゃない?顔晒すの。コーポレートサイトにおっきく載るかもしれないんだよ?
でも俺だけ嫌とは言い難いし受け入れるしかないのかなぁ。こういうのなんとかハラスメントって名前つけてほしい。
ハメ撮りを受け入れる女の子ってこんな心境なんだろうな。
「シロナガス鳥の帰還」についてのインタビューで他と被らない名前をつけるのが秘訣だぞってろくろ回してたけど、逆になんで他と被るようなタイトル平気でつけるアホが沢山いるのかが不思議すぎる。
有名タイトルのそっくりさんになって誤クリックでも狙ってんのかね?
俺はアマプラでミストとザ・ミスト間違えて視聴してなんかおかしいなっつーかこの映画全然盛り上がんねえって2時間無駄にしたなそういや。
本人たちは単に「タイトル短いほうが強そうじゃね?」ぐらいの感覚なんだろうけど、客からするとほんまうぜーですわ。
なろうのクソ長タイトルの方がまだ個体把握が出来るからマシだね。
俺はタイトルじゃなくて内容で勝負するんだって調子こい点だろうけど、実際にはパッケージ絵で勝負してますから!
お前の作家性で手にとってるんじゃなくて、パッケージ絵のクオリティですから!
無名AV女優が実質的にフォトショッパーの力で最初の客を手に入れてるのと同じですから!
残念!(本当にな
遅ればせながら「竜とそばかすの姫」を見てきた。ネタバレが嫌だったので、事前に紹介記事も読まなかったし、どんなストーリーかもろくろく知らなかった。
鑑賞後にいくつかの感想ブログを読んだのだが、「映像や演出はすばらしいが脚本がダメ」という評価が多かった。自分も同感である。
おそらく最大の要因は、ネットの世界とリアルの世界との分断が激しすぎて、どちらの世界のキャラクターにも全く感情移入ができないことだろう。ネットでは暴れん坊の竜とネット自警団との戦いが続く一方、リアルでは陰キャ女子高生を中心としたラブコメもどきが進行する。
両方の世界の繋がりが緩いせいか、それぞれの世界に登場するキャラクターの行動原理が読めない。「コイツはなぜこんなことを?」という疑問が解けないまま、ストーリーは進行しつづける。
そして、多くの評者が指摘するように、物語の終盤にかけて脚本の破綻は顕著になる。児童虐待を受けている兄弟を父親から救うために、大人たちに見守られながらなぜか一人で関東へ向かう主人公。なぜか主人公に気圧されて、呻きだす兄弟の父親。兄弟たちが一体どうなったのかも観客には知らされないまま、さっぱりとした顔つきで故郷に戻ってくる主人公。竜とくっつくのかと思いきや、イケメンの幼馴染といい感じになる主人公…なんでやねん!!!
というわけで、本作に不満は多々あるのだが、同情すべき部分もないわけではない。一部で指摘される細田守の「制度」に対する理解の欠如という点だ。要するに、細田の作品世界のなかでは、福祉制度が無能かつ無責任に描かれてしまうということである。しかし、これは現代日本の映画事情を考えると、おそらくやむを得ないところだ。
そもそも、物語と制度とはあまり相性が良くない。物語は多くの場合、主人公の決断や行動でストーリーが展開していくし、視聴者や読者もそれを期待する。名探偵コナンの犯人が警視庁のローラー作戦で逮捕されてしまうと、興ざめもいいところである。見ている側としては、コナン君の活躍で事件が解決するのを見たいのだ。
そういう物語と制度との相性の悪さを補うための一つの方法が、制度の中の人を主人公にする、もしくは制度の中の協力者を登場させるというものだ。
だが、現代日本のアニメ映画において、児童福祉施設の職員を主人公するという選択肢は果たしてありうるだろうか。「おおかみこどもの雨と雪」はやや例外としても、ヒット作を目指すのであれば、主人公はどうしても高校生以下でなくてはならない。その縛りが脚本に大きな制約を生んでいる。
仮に児童福祉施設の協力者を登場させたとすれば、ストーリーの説得力自体は増すものの、ラストあたりの展開は協力者に解決をぶん投げる形になり、主人公の出る幕はほぼなくなってしまう。それでは、エンターテイメントとしてのカタルシスに欠ける。
つまり、児童虐待のような現実社会と地続きの問題を登場させるから、脚本のいびつさが目立つのだ。子どもの貧困を描いた新海誠の「天気の子」にも同様の問題が指摘できる。
現実社会には現実社会の解決策がある。それを一足飛びに高校生に解決させようとするから、脚本に無理が生じる。主人公たちを活躍させるためには、制度を無能に描き、リアリティを欠いた解決策をひねり出すよりほかない。
だから、細田守にせよ、新海誠にせよ、作品の主人公には大人しく世界を救済させておけと言いたい(それが嫌なら、主人公は高校生以下でなくてはならないという縛りと戦え)。
隕石が降ってくるとか、人工衛星が降ってくるとか、そういう超緊急事態を前にすれば制度は実に無力だ。だからこそ、主人公やその仲間たちの超人的な活躍が光るのだ。そして、世界を救うだけなら、より長期的には必要になる制度的(かつ地道な)解決策についても考えなくていい。
というわけで、高校生以下を主人公に据える限りにおいて、セカイ系の物語にはそれなりに有用性があるのが理解できたことが「竜とそばかすの姫」を見た最大の収穫だったと思う。
人とあまり関わることなく、成果物を淡々と出力していれば食っていける仕事ならなんでもいいと思ってはいるが、自分になれそうなものが作家ぐらいしかないから作家になりたいと思っている。
お題が3つでてきて1時間でなんか作れは10回ぐらいやったが作品と呼べるものは1個も作れなかった。
つまりはタブレットの画面越しに見るフォントしか見てないということであり、活字に触れる機会は限りなく0である。
多分、村上春樹を3つぐらいと、エクセルだかワンノートだかの入門書を2つずつ。
その記憶さえあやふやなので実際には3年ぐらいかけてこれらを読んでおり、1年の読書数は2冊程度にまで落ちている可能性さえある。
だが私は未だに毎日のように「いつか小説家になるんだ」と思いながら仕事をしているし、入浴中や夢の中では売れっ子作家になった自分がインタビューでろくろを回している姿を浮かべている。
昔から手先は不器用で物理的なモノづくりは致命的に向いていない。
プログラミングは齧ってみたことはあるが、才能がないらしいことを確認するに留まった。
音楽やデザインのセンスも足りないらしく、もはや残された道は文筆業だけである。
どうも物書きになるには文章力なるものが必要らしいのだが、はてなで「文章力凄い!」と言われる増田を見るに私でもなんとかなりそうである。
というか他になんとかなりそうなものがないのだから、やはりそれしか道はないのだ。
さて、いい加減そろそろ作家になるために動き出したいと思っている。
インプットだけでも増やそうと青空文庫で名作と呼ばれる作品を読もうとしたが、なかなかどうして面倒くさい。
ハッキリ言って面白いとは思えない。
アドベンチャーゲームで迷子になりすぎてもはや世界観に浸る余裕も失ってただただ作業的に総当りを繰り返しだしたときのようなどうでもよささえよぎってくる。
こんなものに金を出す人間たちが大勢いるんだから不思議なものだ。
確かに大当たりを引けば、かけた時間分の楽しさぐらいは提供されるが、それでも有料となると腰が引ける。
これに1冊1000円出せる人種相手に商売しないといけないと思うと途端に不安になってくる。
何故なら作家になるか、今の仕事を続けていくか、死ぬか、この3択しか無いのだ。
転職という道があるように感じられる人が心底羨ましい。
無能にとって同じ職場に食らいつく以外の人生の道はほとんど存在しない。
チェーンの飲食店やコンビニで働いている自分の姿を想像すれば、一週間後には辞めている姿しか浮かばないのだから。
それこそビットコインで一山当てるでもしないならば、作家になるしかないのだ。
やるしかない。
やり方が分からない。
とりあえず、寝るか。
寝ることは大事だ。
寝るのは最強だ。
最悪、作家になれなくても寝てさえいえれば本業も少しは結果が出やすくなる。
メリットだらけだ。
とにかく寝よう。
とりあえず第一志望だけどろくろく業界研究もしてないし職種が合ってるかも分からん
あちこちにある適職診断みたいなやつやっておけば良かったなって思う どうせクリエイター向きって出そうだけど
今は内定ブルーってやつに陥ってると思う 今更新しくエントリーなんて出来ない(時期的にも気持ち的にも)けど職種にも勤務地にも自信がなくなってきている
さて就活の話
SPI系は一切対策しなかったけど試験落ちはゼロ そこまで成績が良い方でもないので職種か?
しかし性格診断は答えに困る質問たまにある 友達にどう言われるとか そんな話せんわみたいな
説明会は結構参加したけどそのままエントリー忘れてることが多すぎて実際エントリーできたの10もないと思う 愚か!
履歴書は手書き ユーキャンのボールペン字講座やってて良かったとこれほど思ったことはない 実際手書きの書類落ちはゼロ
アホなので送付状を便箋ではなくただの白い紙で送ってしまったが特に問題はなかったと思う 封筒も茶封筒で問題ないのでは
大したエピソードが捻り出せる人生でもなかったが趣味はまあまあ長いこと続けてたのでそれを書いた 微妙に希望職種と擦ってて良かった というより無理やりこういうところが活かせると思います!って近づけた
志望度が高い企業は当然早く申し込むが、すると面接慣れゼロで立ち向かう羽目になる これは罠 一次面接で通るようになったのは3回目以降(特に受け答えの内容は変化してない) この辺からあんまり緊張しなくなる
目を大きく開き口角を上げハキハキ喋る これは本当に訓練で誰でも出来る ただし数ヶ月を要することもある 昔齧ってて良かった
ジェスチャーもあるといいと言われるが元々ジェスチャー過剰なタイプだったのでむしろ手を落ち着けておくのに苦労した
相手の相槌は期待せずに質問されたら用意した答えを丸ごとぶつけること 相槌前提で話してると言いたいこと言いそびれる
「大丈夫ですか?」「はい!」ではなくはいで答えられる質問でも何かしら付け足す
逆質問が本当に困る 本当に聞きたいことは聞いてはいけないって何?
企業のホームページを死ぬほど読み、書かれていないことの粗捜し
よく言われる役員になるには~ご活躍のコツは~みたいな質問は心底興味なかったのでしなかった
実際余裕のある人はここで企業の様子を探るべきなんだろうけど前述の通り持ち駒が極端に少なかったのであまり踏み込めず
オンライン面接って本当に楽 出向かなくていいから時間も交通費もお得
その分対面マナーが疎かになってて初の対面の時は焦った でもまあ一般常識の範囲で対応して問題なし
対面の時の10分前に来社みたいなマナーどうやって時間潰せばいいんだろうな 一般道で佇む不審就活生になってしまったんだが トイレとかも困るし
圧迫っぽいのは1回だけあった クソムカついた
つうか普通そうなるじゃん?
原作の服を再現っていうか、デザイナーがプランナーに対して「このアイディアは完璧ですよ。何故なら」と言って渡してプランナーが上司にOK出した理由を説明するとき「コレコレ・コレナンデス」で行けるようにしたら自然と原作要素モリモリになるやん?
それって凄いのか?
デザイナー「元ネタでこの目立つことしか考えてないセンスゼロの色使いだったので再現しました」
デザイナー「ちなみにもうちょっとセンスのいい色にしたのも別パターンで用意しました」
プランナー「えっ……でもそれって原作の色使いを再現したわけじゃないんでしょ?それだと僕が上司や出資者やオタクやインタビュアーにろくろを回しながら説明できないじゃん」
デザイナー「はっ……では元ネタそのままを採用ということで決定ですね?」
プランナー「うん。何度も言わせないでよ。採用することにした理由をそっちが用意してこいっていつも言ってるよね?」
って感じでしょ?
それってクリエイティブと言えるのかな?