はてなキーワード: 自営業とは
http://anond.hatelabo.jp/20140507012359
などを読んで、思ったことを書く。
●一応スペック:
・おれ:宮廷退学(般教すらロクに取れなかったので中退とすら自称できない)
・妻:そこそこの私大卒
で、妻の稼ぎは全額「現在と未来の教育費(子供の塾代や学費)」に回っている。
「自分の遊びや美食に使う金はあっても子供の勉強に使う金はない」
人が世の中にはたいへん多いらしい。
そんな具合なのに、何かというと「●●さんのお子さんは勉強ができて羨ましい」とか抜かすわけだ。
放っておいても勝手に勉強して賢くなる奴も絶無ではない。たまにはそんな奴もいる。
でも例外だ。
うちの子供みたいに塾に行かせて勉強させて、それで成績が上がるというのが大方ではないか?
当然だが金はかかる。
親が勉強を見てやれば金はかからないはずだが、いかんせん、誰に似たのか親の言うことは聞かない。
結局、教育に金や手間をかけるかどうか、というのは大きな「壁」の1つなんだろうな。
その中には俺の会社名、会社の住所、会社の電話番号、職種、俺の携帯番号を書く項目があり、
身内の緊急連絡先が必要なら俺の携帯番号くらい書いても構わないが
自営業とでも書いておけと言った所、何かあったらどうするんだと怒鳴られた。
プライバシー的に気持ち悪いというだけだった。
どうせ俺が一人アパートでくたばってても数週間は誰にも気づかれないだろうし
親の死に目がうんぬん言われても片道6時間掛かるような場所じゃどうせ無理。
実際祖母の死に目にも会えなかったし。
気持ち悪いから個人情報書きたくない程度の反論しかしなかったが
向こうはやたら感情的になるばかりで価値観の違いで済ませようともしてくれない。
挙句の果てにお前と話すのは嫌だとか言いやがる。せっかく久々に電話かけたのに。
俺なんか悪いこと言ったのかな。本当に胸糞悪い。壁殴りたい。
実家に帰ってメシを食った。
実家までは電車で1時間ほどだが親と特に仲良くしているわけでもないので帰るのは年に数回だ。
テレビでウクライナのニュースが流れると「ホント、ヒドイな。ロシアが好き勝手やるからこうなるんだ。」と言う。賛否ある部分だと思う。ロシアだけをそんな単純に非難できるのだろうか?老化が彼の脳を鈍らせメディアが流す一方的な意見を鵜呑みにしてしまったのだろうか。
そんな感じでボケーとニュースを見ながら雑談をしていたら年金の話になった。
父親は団塊特有のメンドクサさもあるけれどまあバカではないし、政治的な考えは自分と近いと思っていた。
父親曰く、自分には企業年金もあるからまだマシだが、それが無ければ月に7万しかもらえない(夫婦で14万って事か?本当にそんなに少ないのかどうかは知らない)。保険料は毎月1.5万も取られる。国はもっと福祉を厚くしなければならない。北欧などはそうなっている。
北欧の高税率社会も破綻の兆しを見せていることを知らないのだろうか?いや、そんな事よりも同じような政治観を持っていると思っていた自分の親が、税金はもっともっと老人のために使われなければならないと考えていることがショックだった。どこにそんな余力があるというのか。出生率向上とかの方が優先ではないのか?答えの出しにくい問題だとは思うが、自分たち世代の利益だけを見据えて断定的に語れるテーマでは無いとも思う。それを恥じらいも留保もなく言い切る父親に愕然とした。
弟が最近自営業を始めたのだけどそれを指して「自営は大変だ。サラリーマンが一番いい。それが安定的で幸せへの道だ」みたいなことを語る。極一部を除いてそんなに安泰で安心なサラリーマン生活など今の世の中には存在しないとおれは思う。それでも彼はサラリーマン生活を盲信している。
定年退職後に暇を持て余してるので小遣い稼ぎになにか仕事をしようと探しているようなのだけど、「65も超えるとなかなか雇ってもらえないんだよ。なんの仕事したらいいだろうね?」とたびたび言う。何か資格を取れば?とか、大企業に属していた時の人脈で何か会社を作れば?とか、英語もできるんだし小規模な貿易でもやれば?とか、ネットショップは?とかいろいろ言ってみる。彼はそれらをまったく聞いていない。聞いていないから否定もしない。結局はそういうことなのだ。彼にとっての喜びはどこかの組織の一員になり月給をもらう事なのだ。
これが歳をとるという事なのかもしれないし、団塊世代特有の考え方なのかもしれないし、彼の個性なのかもしれないけれど、身近な人であるのに決して理解しあえないんだなあと思うと少しさみしくなった。こう書くと「人と分かり合えるなんて幻想プギャー」とか言われるのはわかってるけど、別にそんな無垢な妄想みたいなことを考えていたわけじゃない。あまり父親と接してこなかったので、小さくなった親の背中に今さらながら気が付いたというだけの話なのかもしれない。なんとも言えない残念な気持ちだった。
元増田です。
本当は純然たる増田をきめこもうと思っていたのですが、少しだけ。
留年経験のある人、似た仕事環境で働いた経験のある人、書かれた内容に共感してくれる人がこんなにいるのが分かって、おもしろかった。
僕は日雇いアルバイトを経験した直後に大学を卒業して就職していたのですが、会社になじめず、3年間で退職して自営業をしていました。
それがいろいろあって、この4月から12年ぶりくらいに組織に所属することが決まりました。
元記事は、4月を目前に高まる不安のもと、ふと、そうだ自分を支えてくれる言葉があったぞと思って書いたものです。
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http://anond.hatelabo.jp/20140330222040
文章に関する仕事です。
割に長くつづいている仕事なので、向いていないわけではないと思います。
でも、向いている仕事がひとつに限られる必然性はないと思います。
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http://anond.hatelabo.jp/20140330133123
http://anond.hatelabo.jp/20140330112007
やっぱりどこも似てるところがあるのかもしれないですね!
たしかに独特な人間関係だと思いますが、本質はとてもシンプルな気がします。
社会との力関係で人間関係も決まるというか、社会との力関係が人間関係に露骨に影響するというか。
もちろん、悪い面もたくさんあると思いますが、分かりやすさが最大の魅力な気がします。
通常の人間関係は、それに比べるとかなり分かりにくい気がします。
良く言えば個人的、悪く言っても個人的というか。
その分かりにくさがどこからきているのかを考えると、個人的事情の複雑な絡みあいで、いとも簡単に想像の範囲を超えてしまいます。
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http://anond.hatelabo.jp/20140329165201
アルバイトとは直接関係しませんが、寿町から歩いて行ける距離の◎びす温泉によく行ってました!
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ありがとうございました。
フリーランス(自営業)って、サラリーマンの3倍稼いで同じレベルなんじゃなかったっけ?
なるほど、すまん。
確かに説明が悪いな。
「ある視点で見た時に自己満足できる」なら同一集団のなかで自己満足を強化してればいいんじゃないかという話。
たぶん自己満足感が365日ない状態だったら、ほんとに鬱病だとおもう(セロトニンがでてない人)
それって自己否定しないといけないときって、別の集団からの視点の強制があるとおもう。
おまえらが成功者だとおもってるような人間だって自己否定を繰り返してんだぞ?
自営業で数千万みたいな人は、上場企業経営者の会合にでたら楽しくないだろう。
逆もおなじ。
上場企業経営者1人も、自営業で自由にやってるやつの会合の中にぽつんとしてたら疑問もでてくるだろ?
そういうもんだとおもうんだけど違うかな?
でも確かに説明はわるかった。
そもそも「絶対的な自己満足」はないから「一視点での自己満足をする」→その集団同士で集まる→以下同文
に読み替えてほしい。
高校を卒業して10年以上が経って気づいたことがあったので書いておきたい。
商業高校は真面目な部類のマイルドヤンキーが通う場所だったのだと。
その場所が退屈だと感じると言うことは人間関係がうまく行っていないと同義だ。
いま思えば、そこに集まった人たちとは現代の言葉でいえばクラスターが違っていた。
どういうクラスターか。
地元に残りたいかそれとも地元を出たいと強く願っているか、の差。
私の印象では、女性は9割くらいが若さを武器に若いうちに結婚し子どもを育てようとしている人。
だから(?)、彼女達はたいてい、バイトをしている。年上と遊んでいる。彼氏は年上。年上との関係を自慢しあっている。
そして受験勉強をしなくて良いから高2~高3を極めて謳歌している。
そして5割は自営業の息子。
卒業後5年位してから気づいたことだけど商業高校の男性の実家が自営業率は本当に半端なかった(女性のそうなのかもしれない)。
いや普通高校の調査結果を知らないからから事実かどうかはわからないが、あんなにも彼らがまったりと高校生活を送っている理由はそういうところにあるのかぁと納得できた。
家業のためにちょっとした簿記の知識を得られればいいや、という姿勢で過ごす高校生活はとても楽しいものだろうと思う。
この「地元に残りたいか否か」というモチベーションの差は、何に興味関心をもって生活するかに極めて影響していると10年経って思った。
地元に残りたいと言うモチベーションで動いている人と、地元を出たいと思って動いている人の思考回路にはかなりの差があると思った。
不思議なことに高校で比較的話しがあった人も高校を卒業した今でも付き合いがある人も、基本的には地元から出た人だ。
地元も家族も小中の友達も、まったく大事だと思わず、できれば一生会いたくないとさえ思っていた私にとって、
もちろん、そういう思考回路の違いに関係なく仲良くなれるのが本当のコミュニケーション能力とも言えなくもないけれど、
少なくとも私のコミュニケーション能力の低さだけが人間関係構築の下手さにつながっていたわけじゃないのだと思ったら当時の自分を少しだけ許してあげたい気持ちになった。
子供の頃から機械設計をする父、銀行で働く母を見て育った私はキャリアを築き上げることしか頭になかった。
ちなみにおじいちゃんは76で死ぬまで自営業で貿易関係の仕事、おばあちゃんは65まで、定年を過ぎた後もバリバリ働いていた。
そういう家系で育ったので、若いうちでの計画性のないでき婚というのは、言うまでもなく自分にとってはあり得ない選択肢だった。正直軽蔑すらしていた。
両親が結婚したのも、父33歳、母28歳の時で、私が結婚するのも仕事でキャリアを築いた後の30ぐらいだろうと思っていた。
そんなイメージを抱えながら就職活動も始め、夢描いてきた企業の面接も来週に控えていたところである。
あまりに生理が遅れ、今まで体験したことのない継続したキリキリとした腹痛に不安になり妊娠検査薬を使ってみたところ、現れたのは2本のライン。妊娠陽性反応だ。
思ってもみなかった結果に動揺して、持っていた検査薬を投げた。
彼に伝えた。
「ごめんね。今嬉しくてしょうがないよ。」
と彼は言った。
産もうかなって思った。
実は彼は外国人である。彼とは遠距離恋愛中で、3月の始め6ヶ月ぶりに彼の国に会いに行った矢先の出来事である。離れている間に積もりに積もった想いが溢れ、溢れるはずのなかったものまで溢れてしまったようだ。
尽きない心配事をよそ目に、つわりの吐き気が襲ってきてトイレに駆け込む。
今自分は、小さな時にあんな風になりたくないと思った姿にどんどん近づいている。
でも、産まれてくる赤ちゃんがどんな顔だろう?と考えたら、既に愛しくてたまらなくて絶対堕ろすことなんてできないって思う。皮肉だ。
まわりのみんながキャリアを積み、日本を動かすような重要な役割を担い始める頃、私は育児に追われることになる。
まわりのみんなが金銭的にも余裕ができ、昔手の届かなかったようなものも手に入れる中、私は養育費のために貯金をすることになる。
後悔することも沢山あるだろう。苦労することも沢山あるだろう。
でもたぶん、堕ろしたら1番後悔するんだろうなと思う。
簡単じゃないけど、頑張って幸せな家庭作る。
偉大なる先増田様
疲弊した実家の家計を助けようと考え、東京から地方へUターンして数年経った。
東京でやってた仕事が地方にあんまりなくて、仕事を見つけるのに苦労したが
なんとか非正規の仕事をハシゴしてそれなりに給料もらって、一定の評価も得られるようになった。
賃金水準の絶望的な落差にも慣れ、手取りの6割くらいを親に渡している。
地方の人材不足のせいもあって、務める先々で「貴重な戦力だ」と重宝がられ
仕事してる間は自分のアイデンティティというか自尊心が保たれてるんだけど、
親からは「いい年して結婚もせず定職にも就かないドラ息子」として
冷めた目を向けられ続けている。
自分の中では「いつか結婚したい、だから安定した収入を得られるように頑張っているつもり」なんだけど
その成果が出ていないという点において、親から見れば落伍者らしい。
「なんでお前は……」と酒に酔って自分を罵る父親は借金まみれで、
定年が過ぎてガタが来た体に鞭打って遠くの町に働きに出ている。
「そんなよく分からん仕事じゃなくてもっと確かな仕事に就け、いつまでも都会の経験に縋るな」と
ため息交じりに諭してくる母親は正規雇用至上主義で、「自営業(フリーランス)だなんて恥ずかしくて言えない」
「契約社員はフリーターと変わらない」とか言ってしまうタイプの人間。
(母親に関しては父親が過去に自営業で大失敗したから余計そうなっているのだが)
毎朝ちゃんと出勤して、しっかり仕事して、上司からも同僚からも感謝してもらって、給料ももらって、
達成感で胸をいっぱいにして家に帰ると、暗澹とした気持ちになる。
誰にも迷惑かけてないはずなんだが、自分がすごくどうしようもない奴のように思えてくる。
やっぱり人の子なので、親から評価されないというのは切ないし腹が立つこともある。
でも、そう簡単に現状を打破できそうな気もしない。
安定した収入の確保と結婚、どっちも自分にとって難易度が高い。
その難関に挑んでる最中、後ろから竹槍で背中を突かれてるような感覚。
しかもそれをやってるのが両親となると、自分にはバックボーンが何もないのだと痛感させられる。
真面目に仕事して生活してる、だけじゃ駄目なのか? 世の中って。
どうすりゃいいんだろう。
43歳でSE兼プログラマ職って、年取っても役職につけずに下働きしてる、ってことじゃん。
(プログラマの中でなんか役職についてるのかもしれんけど、んならSE兼プログラマ、とか言わんよな?少なくとも自分で手動かすようなポジションか。)
そんな、「俺が会社背負ってるんだ」なんて。。。
逆に効くが、家族いなければ何が出来た?
サラリーマンから自営業へ転身したときのストレスは半端なかったけど(安定収入が無いってのは想像以上にストレスでした)、
それを乗り切ると心の平穏を獲得できた。
お前はな?
それなりに充実はあったのだけど、
ものの見事にツマラナイ大人化していることに、40才の誕生日で気づいた。
その原因と対策について書いてみます。
結論から言うとツマラナイ大人化する最大の原因は
「やりたいことをあきらめ過ぎちゃう」
ことだと思う。
自転車旅行、トライアスロン、ロッククライミング、カヌー、ギター、世界の辺境旅行。
でも子供ができて一家の生計を支えにゃならんという責務が生まれ、
それを強く意識しすぎ、かつ勤め先が自転車操業な半ブラッキー会社ということで、
それまでの趣味は全部あきらめて、仕事と子供の相手だけの日々になっていた。
仕事しないと会社潰れるし、子供の相手しないと嫁さんの機嫌悪いし。
今振り返ると、自分らしいこと何一つやってない。
こういう日々が長く続くとしだいに自分のアイデンティティが失われ、
いわゆる歯車w
35歳を過ぎたあたりに、この現状に対する物凄い葛藤があったのだけど、
なんとなくダマシダマシに過ごしてきたのが最大の敗因だと思う。
という言い訳を脳内で反復しつつ、ツマラナイ大人状態へ遷移完了。
やりたいことが何っ一つ沸き起こらない。
というわけで、対策。
ツマラナイ大人化を認識してから、現在までに試し、それなりの効果を上げつつある対策を振り返ってみる。
原因がヤリタイことが出来てないんだから、ヤリタイことすればすれば良いということなんだけど、
ヤリタイことが無くなってるのが最大の問題なんですね。
ゴースト無いんでw
そこで、半分、鬱病状態にまでなったところで出した結論が、
システムを変えるということ。
サラリーマンから自営業へ転身したときのストレスは半端なかったけど(安定収入が無いってのは想像以上にストレスでした)、
それを乗り切ると心の平穏を獲得できた。
と同時に、付き合う人たちもガラリと変わって、個性的な生き方をしている人達に多く出会えた。
これまた良い意味で変態な人達ばかりで、ジワジワと「自転車が好き」って感覚が蘇ってきた。
色々な新しい刺激が、自分のゴーストを再生してくれたのかもしれない。
環境が変わると人は変われるもんなんですね。
「人は何才でも変われる」という確信が出来てきたので、多分大丈夫。
あきらめなければ大丈夫なんですよ、きっと。
http://www.post.japanpost.jp/about/employment/
すべての事業主は、法定雇用率以上の割合で障害者を雇用する義務があります(障害者雇用率制度)
平成25年4月1日から障害者の法定雇用率が引き上げになります
http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/shougaisha/dl/120620_1.pdf(リンクPDF注意)
ここまでは調べてわかったことで割りとどうでもいい。
自営業でも人事部でもないので引き上げなど知ったことではない。
個人問題な問題がある。
週に4回以上は郵便局で郵便物を出し、月に2回ほどは複雑な処理をしに行く。
よく行く郵便局は大きな駅の最寄りである。(規模で言うと渋谷駅程度)
数年ほど利用すると窓口の係員の顔や名前を覚える。
ほぼ毎日行っているので5.6名は確実に覚えている。
駅の近くであり、オフィス街もあるため企業などの利用も多いので通常の郵便局よりも業務が忙しい。
しかし、障がい者なのか確認作業が何度も入り動作が遅い。(通常の郵便局員とは明らかに見分けが付く)
そして1人1窓口なのか、1人1タスクなのか誰も手伝わない。
紙袋いっぱいの書留を出されても、日本語が通じない外国人に伝票の書き方を説明する必要があっても。
窓口には整理券発行機が置いてあるが、オフィスが昼休みである12時頃は10名以上待っている。
また、16時頃も同じように10名以上待っている。
そして17時前にはシャッターを閉め客を追い出す。(ほかの郵便局ではこの方法は見かけない)
なぜ、大きな駅の近くにある郵便局に、障がい者を多く雇用するのか?
その郵便局より1駅離れた繁華街にある別の郵便局も時々利用する。
局員の平均年齢は高いが、対応は細やかで客さばきは早い。
顔を覚えないので、毎回同じ内容の郵便物を持って行っても初めて窓口を利用したかのような応答を繰り返さなければならない。
普通郵便か定形外か、ゆうメールにしたほうがいいのではないか、まとめて会計をしていいか。
ほぼ毎日通っているのに、同じことを何度も何度も聞く。
別の郵便局では3回通っただけで何も聞かずに処理をしてくれる。
変更がある場合はこちらから言うのだからその方法で何も問題はない。
また障がい者の表情は無表情に近く、処理に時間がかかる場合でも「おかけになってお待ちください」の声掛けもない。
作業が終わったら金額を告げるのみ。
障がい者を雇用したことが処理速度が下がるのであれば、せめて駅に近い郵便局に配置するのは控えてほしい。
※なお、本局勤めの郵便局員は通常の郵便局の10倍の処理速度、問題の郵便局の50倍の処理速度である。
完全に個々人の処理速度に関係している。
2013年7月 そもそも健康には自信があった。56歳。高血圧と高脂血症で治療中であったが、それほどほったらかしていたわけではない。
まずまず真面目に治療は受けていた。ジムに週二回通って筋トレ(ウエイト重め)とエアロバイク600kcal/100分をやっていた。
また、ソシャゲにはまっており、一日3時間くらいはやっていた。仕事は自営業。基本は座位。一日実働6時間。通勤時間は5分。通勤手段は車。
酒は毎日。焼酎やウイスキーをロックで飲むのが好みだった。たばこはやらない。やったこともない。家族は、父親心筋梗塞87歳発症。
ある日、嫁と市民プールで遊んでいた。ふと真面目に平泳ぎ(唯一人並みに泳げる種目)をしてみたところ、右足に激しい痛みを感じた。
歩くのもやっとという程度。次の日には腫れ上がって赤くなっていた。左足の倍くらいかな。肉ばなれだと思って湿布をはっていた。
この時はこれが大騒動の始まりとはとうてい信じられなかった。
親戚の整形外科に電話で相談してみても、まあ肉離れで全治2か月と言われたので、我慢することにした。
肉離れは二か月たったが、まったく良くならない。埒が明かないので、そろそろとジム通いを再開した。
11月の19日には通常どおりジムワークをやってみた。実はこのころ、体を動かすと動悸が打つようになっていたのだが、息切れまではしなかった。
通常どおり、エアロバイクを100分やってみたが、脈拍は特に変わりなかった。異変は21日朝にやってきた。
朝、顔を洗っていた瞬間、意識不明になったのだ。
気が付いたら、嫁が救急隊に電話をかけていた。やっとの思いでそれを断った。
一週間くらい我慢して仕事をしていたが、体を動かしたときの息切れがおさまらない。とうとうあきらめてこの日、病院に行った。
CTを取ってもらったところ、肺梗塞と、右足の深部静脈血栓症で、いつここからまた血栓が飛ぶかどうかわからないので、入院が必要だとのこと。
即日入院となった。治療は、ヘパリン持続点滴。酸素吸入。5日間入院して、仕事の関係で退院にしてもらった。
退院後、二週間で血栓はやや小さくなっており、CTでは肺梗塞も小さくなっていた。
12月の受診では、下肢の血流はだいぶ改善しており、三カ月分の薬をもらって帰ってきた。
反省。お前ら次のことに気をつけろ。
1)重めの筋トレ良くない。ウエイトは軽めで、その分カールを深くするほうが良い。
2)週二回、多めに有酸素運動をしたからと言って、運動不足ではない、ということにはならない。
3)酒は良くない。特にロックは悪い。酒は身体を脱水にする。水分取るべき。
4)とにかくじっとしているのは悪い。こまめに足を動かすべき。
5)病院で聞いた話。20代でもゲーム狂いが肺梗塞になるらしい。若いからと言って安全ではない。
ま、無事で長生きしてくれ。