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2022-06-23

1969年まれ自分がどう言う投票行動をしてきたか

https://anond.hatelabo.jp/20220623080117

1969年5月まれ男性、生まれた時からずっと福岡市中央区赤坂けやき通りの裏手)に住んでいる。近所の人が見たら推定されるかも知れないが。

私は、経済政策は「大きな政府」「福祉主義」指示で、社会政策は「同性愛婚賛成」「男女別姓賛成」のリベラルで、外交安保政策は「反共主義」「反韓国」「反北朝鮮」「反中国」のタカ派だ。必然的合致する政党が無い。一番近いのは実は共産党だが、私は再軍備論者で改憲論者なので、そこでも相容れない。

政党で一番、理念が近いのは民社党で、今ならば国民民主党だろうが、国民民主党政策あやふやなので合致しているかどうかもよく分からない。その、生まれついての政党孤児の私が、特に国政選挙でどう言う投票行動をとってきたかを書くので、参考になる部分があったら参考にしてほしい。


福岡市県庁郊外移転したため、現在小選挙区で言えば、都心選挙区福岡2区になる。東京で例えるなら、都庁江戸川区にあって、江戸川区東京1区、秋葉原銀座のあたりが東京2区になるみたいな感じだ。私は福岡2区住民だ。

1994年小選挙区制が導入されるまではここは旧福岡1区だった。定数は6人。

私が初めて投票したのは1989年7月参院選挙で、この選挙では、自民党が大きく議席を落とし、社会党議席68に急増して、野党過半数を大きく制した。当時の社会党土井たか子委員長が「山が動いた」と評し、開けて首相指名では、参議院では土井たか子指名されることになった。私は、外交安保不安なので、政権社会党に委ねたいとまでは思っていなかったが、自民党の腐敗もあり、国内政策リベラル寄りになって貰いたい思いもあり、社会党投票した。候補は後に参院副議長小野明氏(日教組系だ)だったと思う。

基本は、「社会党政権を獲らない範囲内で野党に入れる」のを投票行動にしてきた。

そんな中で、迷いに迷ったのが翌年の衆院選だ。

自民党が、親子セックス山崎拓、「(レイプを評して)元気があってよろしい」の太田誠一野党系が同和ヤクザ松本龍国会爆弾男の楢崎弥之助創価学会新人(後に公明党代表)の神崎武法だ。神崎が一番まともに見えるっていうのはどういうことだ? 福岡はかつて、玄洋社を生み出し、戦前日本政界を大混乱に陥れた。その罰が福岡市民に与えられているのかも知れない、と思った。

あれが今まで一番苦悩した選挙だった。名前も忘れたが、仕方なく共産党候補投票した(その人は落選した)。

その次の衆院選は楽だった。定数が1人多くなり、先に名を挙げた人たちは全員当選したうえで、ぶっちぎりでトップ当選したのが日本新党の山崎広太郎だった。私のような投票先を探している人達の票を広太郎氏が吸引したに違いない。広太郎氏はその後、福岡市長を務めた。

その次の衆院選から小選挙区制になり、私は基本、「民主党系」の候補投票するのだが、つくづく福岡1区住民でなくて良かったと思った。福岡1区民主党代議士松本龍だったからだ。もし私が東区の住人だったら、泣く泣く自民党候補投票していただろう。ここからも分かるように、「誰がまだマシか」「嫌な奴を当選させないためには誰にいれるのが一番効果的か」で投票すればいいと思う。

から100まで、意見が一致する人がいるわけがないのだ。

 
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