はてなキーワード: ナコルルとは
ナコルルは明和八年生まれ*2。一方、昭和八年といえばアイヌの解放運動家であり、著名なアイヌ文化の継承者である宇梶静江が生まれた年です。宇梶の詩作にはアイヌとしての誇りと、アイヌ差別による激しい迫害の痛みが色濃く滲んでいます。
くたびれはてこはナコルルの誕生年である"明和"を架空の元号だと誤解していました。
どうやらそのせいで、「ナコルルは明和8年生まれ?」→「昭和8年のことか?」→「宇梶静江が生まれた年だぞ!」という連想をしてしまったみたいです。
しかし、もし明和が架空の元号だったと仮定して、こういう連想ができる理由が分かりません。ナコルルと宇梶静江を結ぶものが何かあるのですか。私はサムライスピリッツに詳しくないから知っている人がいたら教えてください。
もしかして、本当にもしかしてですけど、「明和」と「昭和」は漢字の形が似ているというだけの理由でしょうか。そうだとすれば、これはまるで陰謀論者のたわごと、統合失調症の妄想と同じレベルです。こじつけには狂気じみたものを感じます。
はてこの嘆願書がひどいのは、大阪市のヘイトスピーチ条例を恣意的に引用していること。
このことは下記ブログで指摘がなされている。
はてこはこの指摘について、「削除ではなく一部引用」だとか、「リンク先で全文を確認できるようにしてある」などと述べて釈明した。(※1)
しかし、ソースへのリンクがあれば恣意的な引用をしてよいということはない。リンクが貼ってあるとしても、そのソースを確認しない読者は多い。これはまとめサイトでよくあることだが、引用や編集のやりかた次第では捏造だし、印象操作をおこなって読者をあざむくことができる。
もっとも今回の引用にあたって、はてこの意図がどうだったか分からない。不都合な部分を隠すような「一部引用」には印象操作の目的があったと見られても仕方ないが、その悪意の有無を追及するのは水掛け論になってしまう。
それでまあ、彼女がそのことを故意ではない、過失ではない、そもそも捏造や印象操作に当たらないからセーフと主張するつもりなら、彼女はあの引用方法を修正するべきではない。それなのにこの指摘を受けた後、ちゃっかりと修正していた。表向きはあの引用方法を正当化する釈明をしておきながら、その裏でこっそりと修正するのはおかしい。(※2)
ところで、もしかして、はてこはこの問題を指摘したブログを無視しているのだろうか?
上記のブログは180以上のブクマが付いているし、ホットエントリにも入っている。はてこは恐らくここから指摘を受けて、自分のブログでこの問題について釈明をおこなったのだろう。
それにもかかわらず、彼女が釈明をおこなっているエントリ内には指摘元のブログへのリンクを貼らず、名前を出していない。先方の存在をまるっきり無視しているかのようだ。これはいくらなんでも失礼である。(※3)
アイヌがどうとか差別がどうとかいう問題以前に、彼女のやっていることは不誠実であるし、それを指摘されたときの事後対応もまずかったと思う。
※1 「まとめて返信」http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2016/09/15/073000
※2 はてこは嘆願書エントリの追記欄でこの修正について報告をおこなっていない。彼女が嘆願書を修正するときには、追記欄で報告することもあるようだが、この件では報告をしていない。なぜなのか。批判のやり玉にあげられたこの箇所を修正する場合にこそ、はっきりとした理由説明と報告が必須だと思う。
※3 はてこが上記ブログを読んでおらず、べつの人から同内容の指摘を受けたという可能性が微レ存。
この問題を指摘していたブログで、新しいエントリが発表された。
やはり、はてこはこのブログを無視していたらしい。彼女は指摘元の筆者(id:shoheiH)に連絡を送らず、先方のブログ名を隠したままリアクションした。
相手がどこの誰かというのを曖昧にしたまま反論・釈明するのは、すごく卑怯な行為である。はてこは一体どこに向けて反論・釈明をしたというのだ? おかげでshoheiHは「一人相撲」と感じて困惑しているし、はてこのブログだけを見ている読者はshoheiHの見解を参照することができない。こんな卑怯なリアクションをするぐらいなら、指摘をスルーして黙殺する方がよっぽど誠実だ。
私は上記エントリでshoheiHが書いていることに概ね賛同する者である。なのでこれ以上に語ることはないのだが、そのブクマページでid:piripenkoが言っていることも書き留めておく。
はてこは引用にあたり、前後の部分を省略したのではない。中抜きしてツギハギしたのだから、(中略)等のことわりがなければアウトだ。
ナコルルを倒すという意味で「アイヌ殺す」と言ったことがヘイトスピーチ認定された件
はてブでは「公共の場所で『アイヌ殺す』はまずい」という意見が多かったが、果たして今日のインターネットで公共じゃない場所ってあるんだろうか?
(そもそもTwitterが公共の場所なのか、あれはそんな立派なものじゃねーだろという論点もあると思うのだが、それは本題ではないので今回は無視する。)
想像してみてほしい。もしこの格闘ゲームを遊んでいる人たちだけが集まるコミュニティがあったとすれば、どうだろう?
コミュニティ内での発言ならば、たしかに誤解は起きにくい。しかし、ゲーマーの中にもアイヌ民族がいると思うし、差別問題に意識高い系の人が目くじらを立てるかもしれない。最悪の場合、ゲームに全く興味ない人がわざわざ監視にやってきてアラ探しをすることもある。
なので、本来は一般人の目につかないはずの場所でおこなわれた「アイヌ殺す」発言がピックアップされ、衆目にさらされたあげく炎上し、結局はアウトということになりそうな気がする。
「発言の文脈は関係ない。"民族名+殺す"はヘイトスピーチだ」という理論を採用するなら、むしろそうなるのが当然である。
このように考えると、もはや今日のインターネットはどこもかしこも公共の場所であるし、「アイヌ殺す」発言が通用する場所は存在しない。
ゾーニングは根本的な対策にならない。コミュニティを一般人から見えなくしたところで、運動家がゲーマーのふりをして中に入ってくることを防げない。そして運動家は「アイヌ殺す」発言を見つけ次第、それを衆目にさらしてヘイトスピーチだと告発するであろう。
追記
もっと極端なケースを想定するならば、「アイヌ殺す」発言は、完全にプライベートな場所でおこなわれたものだったとしてもアウトとなってしまうのではないか。
プライベートな会話を録音したり、チャットログを保存して晒すことはもちろん人権侵害だ。しかし、悪意ある者にそのプライベートを晒されたとしたらどうか。気心の知れた友達と格ゲーで遊んでいるときにヒートアップして、悪のりで「アイヌ殺す」と言っていたとすれば……?
これは公衆にむけて叫んでないからヘイトスピーチ認定を回避できると思うが、おそらくその発言をしたせいでレイシストの汚名を受けねばならないだろう。それとももしかして、この場合に限っては「文脈を読んでくれ。差別の意図はない」という釈明が通用するとでもいうのか。そんなはずはない。
ナコルルにしろゴールデンカムイにしろ正しいアイヌ文化の紹介にはならないけど
アイヌ文化はなんだかかっこいい!とアイヌ文化を知る糸口になってくれればいいかなと思います
無知は偏見・差別を生むといいますが正しくアイヌ文化を知ってもらうには
はてこさんのアイヌ文化・歴史への思いはとても真剣だなと思います。和人の侵略の歴史を一身に背負っているとも感じます。
でも、はてこさんの目標がアイヌ文化の正しい理解、アイヌの方への差別軽減なら、間違った理解をされている方へ耳を傾けさせるよにしなければならいと考えます
どちらを行いたいのかもう一度お考えいただいたほうがいいです
格ゲーを遊んでいる人にとって、ナコルルはいわばアイヌ代表の選手だ。
例えばオリンピックで中国人選手がすごい活躍をしたら、「中国は強かったぞ」という感想をつぶやく人がいるだろう。いちいち個人名を呼ばないのはよくあることだ。ナコルルをアイヌと呼ぶのはそれと同じである。
今回は「アイヌ殺す」だったから問題になったけれど、「アイヌは強すぎだわw」とか、「やっぱりアイヌがナンバーワン」とか、ポジティブな内容だったらどうであろうか。
ところで、これは格ゲーに限った話ではないが、日本には直接に人の名前を呼ぶことを避ける文化がある。
特に「殺す」「死ね」とか「うざい」「むかつく」というネガティブなワードをつけるとき、はっきりと名指しすることは憚られる。そういうときは職業、服装、民族、性格などの属性を表す隠語を使う。
つまり、「ナコルル殺す」と言ってしまうと、ナコルルに対する悪意がむき出しとなり、それを言う方も聞く方も抵抗があるのだ。ゲームやキャラクターに愛着があればこそ、ナコルルを名指しで殺すという言い方にはひっかかると思う。
ブコメ等では「アイヌと言わずにナコルルと言えばいい」という意見を見かけたが、私は全く賛成できない。もちろん「アイヌ殺す」はヘイトスピーチとの混乱をまねいて不適切というのも分かるが、直接に名指しするのは無粋だからやりたくないというゲーマーは多いと思う。解決策があるとすれば、「べつの隠語を使ってください」というところではないか。
口の悪い連中が学級のような内輪だと思って、全世界にへんなことを発信するから、はてこもやりかえすだけだとおもってるんだろうけど、
ツイッターで口さがない連中がアカウント停止なり該当ツイート抹消されれば、それなりにユーザー間で情報共有される。
ああここではだれかの目に触れるんだからそういう省略形式で言っちゃいけなかった、あるいは伏せるべきだった鍵かけようとか
それぞれにネットの知恵をつけてくれる。それでおわりなんだよ本来なら。
はてこは本当に大人気ないっていうか、なんでも余裕がなくてまともにとりすぎ。
今後たとえば子供が生まれて育児してて子供がうんこちんこおっぱいしねしね期になったらどこに「通報」「嘆願」するつもりだろう?
なんで雇われ人である声優を巻き込もうとするかとか、やり方が全般的に大人げない(大人の事情が全くわかってないしわかろうともしていないという意味ね)。
もうね、なんでここまで自分が口出しできるとおもってるのかちぃともわからん。
「見ててあぶなっかしい」レベルをずいぶんまえに通りすぎてる。
今回も買ってもプレイもしてないでバズらせてる。
それだけでゲームユーザーにもゲームメーカーにも失礼すぎるしマジ不愉快。
そもそもナコルルKOFに出てないほうが多いだろ。
ナコルルの由来がもっとよくわかる原作にあたる月華とかタイトルもハードも消えてるし、
KOFは国(=ゲーム)を代表するチーム戦のお祭りだからユーザーなら○○チームの意味だってわかる。
アイヌをそういう差別された側の狭量な行動に押し込んでおきたいんだろうな。
騒ぎ?ああ、ゲームか、アイヌチームそんなに強くしてくれてるのか、よくある嘘っこアイヌでも知ってくれるだけでありがたいね、
なんて余裕こいていたかった人が多いのでは。
もうこの雰囲気では看病がてら奮闘するはてこが気の毒で言えない。いきなり偽善になるわけよ、本人なのに。
以前もレイプを炎上ネタにしてでもライターとして売れたいなんて絶対言えない雰囲気だったし、おまえが馬鹿だから進化論わかってねーだけだよともいえない。
はてこPTAはすごい商業マイナス効果だわ。むしろ嫌いな作品送りつけてファンネルに使うのにもってこい。
あーはてこのいないはてなにいきたい。
追記
まだわかってないみたいなので追記。
http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2016/09/15/073000
KOFの声優さんといっても仕事を最後にもらって20年以上たつひとに今さら何を言ってほしいの?
あれ再録音してないでしょ。はまあゆも声出してた系列ゲームだけどね。生駒さんなら気軽に頼めるのかな。
もうおばさんおじさんになってて、声質も少しずつ変わって、出せっていわれても出ないアクション声が多いから仕方がない。
それでもゲーマーがゲームタイトルを愛してるから使ってもらえてよかった、とだまってるだけだね。
声優は新作に使ってもらえないとお金もらえないから次々新作とか引き受けるしかない。
SNKが火種かかえてるのにごまかしてつかわれた作品でのユーザーの細かい揉め事の火消ししろって。
しかもうっかり引き受けてナコルルのイメージをかえたら契約違反で訴訟「アレは公式見解ではありません、永遠に役から降ろします」。
おまんまの食い上げ。
フリーの仕事してる人に公式背負って発言しろというのは迷惑でしかない。
はてこはどうしても日本を背負ったり女を背負ったりアイヌを背負ったりして
なんかナコルルへの罵倒(半分冗談)として「アイヌ死ね」ということをのたまうバカがいるからって、声優やら制作会社に抗議ぶんなげる人がいるそうですね。
http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2016/09/14/005509
いや、もう、圧倒的に正しいですよ。民族的マイノリティや歴史的に差別されてきた人に対して尊重をするのは明白に正しい、正義であります。
そして、当該のキャラクターを生み出した制作会社や声優には社会的責任がありますし、当然に民族的マイノリティをキャラクターとして使っている以上応答責任もあるでしょう。もっともな話です。非常に正しい。
でも、実際のところプレイヤーさんがどういう発言するかなんて責任の取りようもないし、作中で意図的に悪しざまに描いているならともかく、そうでもないのに何かやれといわれてもなにもやりようがないわけです。
さて、最近私は仕事で作中におけるジェンダーの取り扱いについて色々と指導をしてきているんですけど、人工知能学会誌の表紙問題や碧志摩メグ問題、のうりんポスター問題、Overwatchのトレーサー問題なんかを参考にしています。まぁ作中に女性出さないわけにいかないんですけど、女性性を売りにすることは怒られやすいから、それを回避しつつしかも性欲(あるいは恋愛感情や萌えのようなもの)を刺激するような仕掛けを考えると、どうしても青少年に変わった趣味を植え付ける感じになりがちです。要するに、ガッツのタカさんなら怒られないわけですから、タカさんに欲情するようにプレイヤーを馴致すりゃあいいんですね。(この例は極端だけど、性欲を捻じ曲げることでフェミニストに怒られないけど萌えるキャラを作るのは定石になりつつあります……意識的か無意識かわかりませんけど)
でも、アイヌとか民族的マイノリティは女性と違って無理に出す必要はあんまりないんですよね。アメリカみたいな様々な人種が暮らす国なら、黒人やアジア人などさまざまに登場させないと不自然ですし、当然に怒られますけど、日本や架空世界を舞台にした作品なら民族的マイノリティを無理に登場させる必要はありません。もちろん、そういう人が多い場所を舞台にするなら別ですけどね。ただ、サムゲタン騒動で明らかになったように、プレイヤーさんたちに韓国・朝鮮嫌いな人が多いですから韓国・朝鮮系のキャラクターはボツになりますし、アイヌも作品の外でもめ事がおきて面倒なことになるなら、そりゃあ回避しますよね。
まぁ、もう覆水盆に返らずですが、民族的マイノリティは肯定的な形で作中に登場させても、場外乱闘になるという知見は関係者の間で共有されてしまいました。少なくとも私ならボツにする程度まで盛り上がってしまったので、しばらくはマイノリティの作中での活躍が下火になるかもしれません。
http://anond.hatelabo.jp/20160913212705
たしか、サムスピのムックが出る前後で読者の声で「アイヌの考証ちがってるんじゃないの」って指摘があったんだよね。
なんかこう、「アイヌのキャラクターを世に出したい」と言いながらも、
ファンの側は、「あくまでファンタジーとしてのアイヌ」「アイヌという名前の全く架空の存在」として消化しなければならないってのが非常にモヤモヤした。
ゲーメスト読んでたオタクは結構そう思っちゃったんじゃないのかな。
で、真のエンディングでナコルルを死なせちゃったあたりはなんとも後味が悪かった。
http://www.mitene.or.jp/~aysen/main/hobby_a_046.html
http://s.webry.info/sp/flameheart.at.webry.info/201504/article_28.html
「アイヌ殺す」はヘイトスピーチか問題について、アイヌの扱われ方や、私刑の是非について議論が深まる中で、
ブコメでは割と言及があるのに主題としては取り上げられているのを見かけない問題がある。
俺は、もう少し「殺す」という単語はカジュアル寄りに用いられるようになって欲しい。
そして、ゲームに関わる文脈ではもっと許されるようになって欲しい。そう希望する。
http://b.hatena.ne.jp/entry/300683494/comment/Hasta_luego
ゲーム上でのカジュアルな殺害予告と言うと「黒殺す」とか「白殺せそう」などと良く使います、囲碁仲間と。
どこまで行っても「アイヌ」の後ろに「殺す」つけちゃいけない、悪いことだ。それは大前提として
「さすがにアイヌと足すのはいかんよね」 程度の批判で済む流れが増えれば嬉しいな、と思うのだ。
リアルタイムでゲームに夢中になっているときにポリティカルコレクトネスとか考えたくない。脊髄反射でつぶやきたい。
そのとき、やっぱり「殺す」は20年、30年のゲーム文化のなかで標準語とは別のニュアンスを持った独自の言葉なんだ。
だから、ゲームの文脈の「殺す」には、もう少し、寛容になって欲しい。
そして、文脈を読んで欲しいという願望というか圧力にも強弱がある。
10人のコミュニティで使える内輪用語です。キツい言葉だけど、twitterの前後をよくよく読めばニュアンスが伝わるから文脈読んでくださいという人はあんまり多くないはず。
逆に話者数の多い方言です標準語に直すとキツい表現だけどこれは方言なのは文脈読めば分かるよね、という主張なら、大方通るんじゃないかと思う。
ゲーム文化は方言に例える程歴史はないけれど、でも20~30年?言葉は生きている以上、元の意味を侵食する事例としては十分長く続いてきたことで、
その中で「殺す」を独特のニュアンスで使う人もそれなりの数に達してきている。注3
今回の騒動の主題からは外れるけれど、それでも燃料の2割程度には
「ゲームの殺す」は文脈を読めと主張していいほどの、大さと歴史があるだろうという意識と、
ゲーム文化なんていう一部の趣味の表現の文脈を何故わざわざ読み取らねばならないのかという意識との温度差の問題があるんじゃだろうか。
注1
但し、小女子事件は日時まで書いた犯行予告でだから有罪だったけれど、
「アイヌ殺す」のtwitter発言を警察に訴えたら、あの文言だと適当にあしらわれるか、不起訴じゃないかな?
注2
同時に「アイヌ」じゃなくて「ナコルル」でいいだろうという批判にも
そういう文化が育っちゃって、もう止めると何か違和感があるのです、と言いたい。
とっさに口をついて出るのは属性呼びで、それを禁止されたら何かを奪われたと感じると思う。
注3
勿論ゲーム大好きだけれど殺すなんて間違っても使わないって人もいる。
偶然、そこにいた全員が日系南米人で、少なからず日本への知識や関心があった人たちだったが、誰もアイヌのことを知らなかった。
日本の領土内にも先住民がいること、彼らがいまだに差別されている実情があることを説明しても、にわかに信じられないといった反応だった。
それどころか、日本に好感を持っていた人たちだったので、温和な日本人が先住民を差別…?と、話全体への疑いの気持ちがあったようだった。
私も、少し言い過ぎたかな、もう少しマイルドな言い方があったかな、と思い、しばらく気にかかってた。
次におなじことを説明をするときは、彼らの耳にもっと不快な情報を付け足さないといけないんだな、って思って、気が重い。
ナコルルがどうとか言ってしまったのでややこしい解釈をさせてしまったかもしれないが、あの件自体はそこまで関心はない。
ただ[特定の集団や民族の呼称を名指しして「死ね」](角カッコ内修正済み。追記2参照)はどんな文脈だろうと差別的だと思うし、オープンな場でそんなこと書いて、「その意図はなかった」は通じないと思う。
どちらかというと、その後に応酬されていたやりとりが、素朴に差別的なものだらけで、日本ではもうこんな空気が蔓延してるのかとビックリした。
「差別反対を声高に主張するから世の中に受け入れられない」とか。
全部、差別問題の中では初級の初級段階の話題で、そこで止まってるのか、という感じ。
しかも、他の差別問題より、現前性の意識が薄く、「無関係」の盾のもと、無意識に攻撃してる人も多くてビビる。
大半の人が日本にいて日本人だろうに、それでどうやって先住民族と無関係と思えるんだろう、と思う。
あと「反差別の連中は批判されたらすぐこれだから〜」みたいなコメント多いが、批判されたの…?いつ…?
当初は、問題となっていた、ナコルルについてのつぶやきをそのまま抜き出した文言を書いており、それに対し「お前も書いてる」という旨でご指摘をいただきました。
不必要な表記から、不要な論点を増やしてしまったことは大変遺憾でありますので、当初の表記を改めさせていただきました。
失礼いたしました。
はてこさんの次のブログが人気です。
ナコルルが強すぎてムカつく人たちによるアイヌヘイトスピーチ - はてこはときどき外に出る
概要は、ナコルルというゲームの強キャラを侮蔑するのに、「アイヌ死ね」という言葉を使うことはヘイトスピーチにあたるという話です。私ははてこさんのブログを結構読んでいて、最初「あれっ」と思いました。彼女がアイヌに言及したことなんてなかったからです。
気になって調べてみましたが、彼女は、2009年からブログを始めて、大体500件位エントリーありますが、その中でアイヌの問題について論じたのは次の4件だけです。
すべて今月に入ってからのものです(過去のエントリーを編集して書き加えたりしないでね)。
2014年に金子快之市議がアイヌ問題で侮辱を繰り返していた時もその年に49本もエントリーを上げたのに、アイヌ問題に言及することはありませんでした。
はてこさんはなぜ今、突然アイヌの問題に首を突っ込んできて、他人を罵倒するのだろう。
はてこさんは、他人の差別や偏見に対する無知無関心を責めるが、はてこさんもブログを7年間500本も書いているが今年の9月に入るまで、一度も主題として取り上げるどころか言及すらしなかった。
はてこさんのアイヌ問題へのエントリーに対して、「「言ってることはわかるがお前のことが気に入らない」を軽視しすぎたらあかんのちゃうかな - あとのまつり」というエントリーを書いて、諌めた人がいた。
そのエントリーよりも、一番人気のブックマークコメントが一番腑に落ちた。
主張内容の正しさは態度の正しさを保証しないという話。ホントコレ。勝利条件は人権擁護に対しての理解と実現だと思うんだけど、こんな具合にその場その場の議論での勝利だけを見てると詰む感あるわよね。
はてこさんの勝利条件は、アイヌの人権擁護じゃないんじゃないか?そもそも、興味があるなら昔からアイヌ問題に対して言及しても良さそうなものですが、彼女は9月まで何も言わなかった。何か喋ったと思ったらいきなり罵倒したうえ相手のtwitterアカウントの凍結を呼びかけた。この行為って勝利条件は、「人権擁護に対しての理解と実現」にしてないよね。。単に相手を殴る武器としてアイヌ問題を使っているだけだよね。
アイヌの問題なんて、ブログを500本近く書いてきて、始めて言及するくらいの興味だから、はてこさんはすぐ興味を失いだろうし、アイヌ問題に対して何か尽力することも無いでしょう(興味が無いから言及しなかったんだし)。
でも、アイヌ問題はこれからも続く、彼女が引っ掻き回して湧き上がった憎悪は、今後、残された人達が引き受けることになる。
自分が身近に感じない問題に興味を持てないのは仕方ないことです。何年もブログをやってきて言及が無いのも当事者じゃないし、そういうもんだろうと思います。でもだったら、差別構造を他人を糾弾する武器に使わないで欲しい。
アイヌ問題は、はてこさんが他人をやり込めるために存在するんじゃない。粘り強く人権擁護の理解と実現を進めている隣で、武器として振り回すのはやめてほしいと思っています。
勘違いする人がいそうだから、まとめますね。この文章は、「アイヌ問題が無い」と訴えている文章ではないですよ。差別はあるし、改善すべきだと思っています。また、「強く言わないとやめない」ということは理解しているつもりです。長年アイヌ問題に関わっている人なら、いくら訴えても差別がなくならない現状に苛立って、声を荒げることもあるでしょう。
でも、はてこさんの場合はそうじゃないよね。9月になって突然言及した挙句、この問題を単に、他者を攻撃する武器として使っているよね(何回も書くけど今まで全然言及してなかったよ)。
そういうことはやめてほしいと思う。