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はてなキーワード: 津波とは

2016-11-30

人の生き死にが関わるネタ発言について。

病気関係であからさまな虚偽発言を書いておいて、指摘されたかネタからせとか言ってるやつまじでなんなの?

ネタなら何でも許されるって思ってんの?間違えました済みませんが言えないの??



勿論素人の書く病気関係の話をそのまま鵜呑みにする方も問題から別に信じて健康被害を受けた人がいたらどうすんだとかとは言わないけど、

からと言って「ネタだった」といって逃げようとするのはいかんでしょ。間違いは間違いと認めるべきだろうが。

ネタってのはネタとわかるように、あるいはガチ混同したとしても問題ないような範囲でやるべきではないのか??

全く病気に当たらないことを病気病気真剣文体で書き立てておいて、矛盾を指摘されると「ネタでした」は流石に無いだろうが。




こないだの地震ときも、津波がもうそろそろ来るっていう時間帯に、ここで書くのをはばかるような不謹慎発言が大量に並んで、文句を言われると

政権陰謀云々との「ネタ」を返してる人いたけど、流石にネタも限度ってのがあると思う。

2016-11-28

[]

聖痕を読んだ。氏の小説をそれほど多く読んでいるわけじゃないか的外れなのかもしれないけど、比較的綺麗な筒井康隆が楽しめる作品だったような気がする。

はいえ、描かれている作品の設定は結構深刻。主人公である貴夫はその美貌ゆえに齢五つにして暴漢に襲われ性器を切り取られてしまうのだから

要するに幼くして無理やり去勢されてしまうんだけど、ホルモンなんかの関係却って生来の美貌が高まることになってしまって、波乱万丈な人生を送ることになる貴夫少年は幼少期から様々な困難に見舞われていく。

こんなような物語の立ち上がりと、裏表紙にあるあらすじがエロスを強調していたのと、独特のちょっと読みにくい文体とが相まって、後半にはおどろおどろしい展開が待ち構えているんじゃないか最初は思わされてしまった。

結果としてそういう読後感を味わう羽目にはならなかった。むしろ明るい家族小説を読み終えた気分。物語の終わり方から漂ってくる余韻は、結局のところ人間賛歌になっているような気がした。

登希夫の成長や、自らの出自を知った瑠璃と夏子が対面する場面、津波に襲われた子供たちの声が消えこときの貴夫の思いや、被災地での運命的な再開など、後半はドラマチックな場面が盛沢山だった。

ずっと旅のラゴスに似ているなと思って読んでた。旅のラゴスが一人の男の貫徹した人生を描いていたのに比べて、聖痕ひとつ家族と彼らに関わった人々の泥臭い人生を描いていたように思う。

性器を失い、根源たる欲を欠いた貴夫の周りで、人々は愛おしいほど欲にまみれて大らかに生きていたもの

あとがきに描かれていた、なぜ去勢されている主人公を題材として選んだのかとか、年齢や物語年代のことについてはよくわかんなかった。最後金杉君の長台詞メッセージがあるのかな。よくわかんない。

想像してたのと違って結構笑えたし、リベラル視線から描かれた人生観なり家族観のおかげで胸が温かくなる小説だと思った。

2016-11-26

核をテーマにすると難事になる

古典文学映画核の冬が出てくると、それは時代から仕方がないとは言えるけど、

今となっては核を主格にして扱うなんてかっこ悪いよね、と言われてもなんだか得心してしまう。

だって全く健在的な問題なのに、現実的には大戦が起こってないから、津波があってもそういう危機感物語に入ってこない。

仮に今から戦争が起こって、核にまつわる事件が発生したら相当な難事になる。

なにしろ過去作品描写を越えつつ、今風のテイストに変換して不謹慎さを感じさせず、

古典事大主義的でダサくない感じに仕上げなければならない。核から宇宙戦争ガンダムが臭ってはならない。

日常系としての核、という側面はナウシカ原作が既に行っていて、よく考えるとその捉え方は今でもダサくない。

戦争のあからさまな警鐘核爆弾を使ってドンパチやりかねないダサさとは無縁だ。

核その後の日常系かつ復活した人工による自然風景。核+日常系もすごいが、

自然が全部人工物でした、という覆し方も当時にしてはパンクだ。

別に宮﨑駿上げするつもりはなかったけど、核でダサくない作品がさっと思いつかなかった。

マッドマックスとかは警鐘とかそういう感じでもないし、核その後ではあるけど核問題への取り組みというと違う気がする。

コミックス版は知らん)

しづつ『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を邦訳しながら。

2016-11-24

緊急のときにもpleaseは必要なのか

この前の津波ときスマホNHKワールドを見てた。

「すぐに避難してください」が please evacuate immediately だったかな、まどろっこしいと思いながら聞いていた。

日本語だとこういう場合の「すぐに」とか「避難」といった重要言葉が先に来るようになってるけど、英語場合緊急時にさほど重要でもないであろう please を先に持ってくることもできる。

ってか、英語だって please をどうしてもつけたきゃ最後に持ってってもよかったはずだけどなぜか同時通訳者はずっと文頭に please を持ってきていた。

しろなくてもいいぐらいじゃないか、ああいときって。

NHKワールドの画面に途中から evacuate! immediately! というテロップが入っていて、それは日本語テロップと近い感じだと思った。

まあ、もっとも「すぐにげて」とかだと個人的には run now!ぐらいでもよかったんじゃないかと思う。この場合run文字通り走れというより、逃げろの意味で。

それから、pleaseは関係ないけど、総合テレビ副音声では英語だけじゃなくて中国語韓国語も流していて、それはい対応だとは思った。そっちの言語はわからないんで、また無駄に丁寧だったりしたのかもしんないけど。

でも文字情報はかなり少なかったんじゃないかな。日本で長く暮らしてても文字が読めない人って結構いるから、あれはどうかと思った。

http://anond.hatelabo.jp/20161124162913

円環なんて人間社会では日常的に崩れてるし原発メルトダウンするし道路漏れた水で崩落するし

ちょっと地震熊本はめちゃくちゃなるわ住宅地作ったらいかんところに作って100年に1回規模の地震きただけで津波で何人も人死ぬ

お次は関東大震災が起こったら誰しもが信じられないみたいな顔して東京都民被災者気分を満喫するご予定なんだよ

機能分散させろって何回言っても聞かなかったからこのタイミングで恐ろしいくらいの経済打撃を頂戴するのは確定してる

お前はちょっと人間の性能を過信しすぎ

試しに机の上の電卓以上の計算速度と精度を誇ってから機械を疑え

電卓が無理なら電気を一切使わない道具である定規に勝ってからイチャモンを付けろ

低スペの猿が未知の恐怖におののいてるだけって鏡見ないと気づかないのか?

取りあえずエレベーター電車使うのを明日から辞めろ

今日電車使って家に帰って寝ていいか

2016-11-23

Twitter津波の恐怖を煽ってる奴が人をころす

彼らこそがオオカミ少年

大げさに人を脅し続けた挙句

誰も信じなくなるだろう

当たらなければどうということはないからの狼少年

走行中の自動車に衝突されると死ぬかもしれない程度に危険だが、「くるま、にげて」とならず、車からメートルも離れていない歩道を平気で歩いているのは自分ところにやってこないという期待があるからなんだけれど



津波も1mはおろか30cmでも巻き込まれれば十分に危険ではあるが、水面が1m以上増水した時に浸水する場所が浜辺や河原、水辺など当然すぎる場所を除けば少ない



警告が

1mの津波威力オーバーだとなるのではなく

1mの津波被害範囲の狭さに慢心するようになる

2016-11-22

地震津波

毎回地震が起きるる度に騒いで騒いでお祭りみたいだな

地震で亡くなるケースって倒壊と数世紀に一度の大津波ぐらいだろう

震度6未満なら一々騒ぐ程でもない。

津波記憶を忘れたはてなー

今朝の地震津波警報に関して、煽りすぎだ。煽っても人が死ぬよりいいというはてなーコメントを寄せていた。

どっちだろうと興味ないけれども、中には煽っても人が死ぬよりいいというはてな民が「もう震災を忘れたのか!」となかなか強いコメントを寄せる人が結構な人数いて、驚いた。


というのもなぜ津波あんなに犠牲者が増えたのかという当時の検証番組インターネット記事では津波警報を過大に報道しすぎて信用されなくなった経緯があるということが原因だろうと結果が出ていたからだ。


津波記憶だけを覚えていて、過剰に煽り津波警報が信用されなくなる。

そして未来津波被害者が増える。

教訓までは覚えていなかったか。はたまた知らなかったか。それを知っても煽ってもいいというのだろうか。

未来犠牲者はどうでもいいけれど、そこだけに興味がある。


以下は今探しても読める記事の一部である

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恐ろしい数字がある。津波避難勧告が出たのに、実際に避難した人は6%しかいなかったことだ。2011年3月11日、東日本大震災の日の大津波警報静岡県焼津市での数字だ。和歌山県でも4600人に避難指示が出たのに、ある避難所には6人しか来なかった。

 このように東日本大震災ときには、全国的津波警報が信用されなくなっていた。

 これには長い歴史がある。1998年5月4日、津波警報が出た。沖縄九州四国、そして本州南岸に最大2~3メートルという警報だった。

 港につないでいる船や港の関係者沿岸の人々などに緊張が走った。ちょうどゴールデンウイーク最中だった。行楽を打ち切って港や家に駆け戻った人も多かったに違いない。

 だが拍子抜けだった。実際に来た津波は、わずか数センチのものだったからだ。

 2003年9月にはM8・0の「2003年十勝地震」が起きた。この地震ほとんど同じ規模だった「1952年十勝地震」で6メートルを超える津波で甚大な損害を被った北海道東部厚岸町でも、勧告に応じて避難した人はわずか8%にとどまった。実際の津波警報よりもずっと小さくて被害を起こすようなものではなかったから、人々の判断は間違っていなかったことになる。

 10年以上も過大な津波警報がくり返されたので人々は警報を信用しなくなってしまった。

 それには理由がある。同じ大きさの地震が同じ場所で起きても、海底での地震断層の動きかたが違えば津波の高さは大変に違う。

 震源からP波とS波という地震波が出る。P波が先に進み、S波はどんどん遅れていく。雷から音と光が同時に出るのに、音のほうが遅れていくのと同じである

 津波警報の仕組みではP波だけを使って計算している。S波は、震源地震断層がどう動いたかという大事情報を運んでくるのだが、S波を待ってからでは間に合わないからだ。

 それゆえ、地震震源地震の規模だけが分かった段階で「考えられる最大」の津波を想定して警報を出す。だが地震断層の動きかたによっては実際の津波の大きさが最大を想定したときの何百分の1にもなってしまうのだ。

 「最大」の警報と、実際にはずっと小さい津波の繰り返し。人々が信用しなくなったときに襲ってきたのが東日本大震災だった。2万人近い人命を奪った被害が出てしまった要因のひとつは「信用」だった。

 行政住民防災意識の低さを嘆く。しかし、夜中の警報で財布や預金通帳やはんこを探し、おばあちゃんを背負って逃げたのに予報された津波が来なかったことをくり返した人々のことを考えてほしい。行政津波警報を信用されるものにすることこそを心がけるべきなのである

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http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140227/dms1402271802029-n1.htm

もし地震がきたら、保育園対応は…

ある無認可保育園見学に行ってきた。

30年以上前建設された小さなボロボロビルのワンフロアが、その無認可保育園だ。

見学して感じた事は、保育士の数も、設備も、心配になる要素が多かった。

11月22日早朝に福島周辺で起きたM7規模の地震

もしこの規模の…さらにそれ以上の地震自分の住んでいる土地で保育中に起きた場合、我が子は大丈夫なのだろうか。

その無認可保育所の入っているビルは、耐震工事をしているようでもなさそうだし、保育所の階数も上の階だ。

20はい乳幼児を、たった2〜3人の保育士で全員避難させられるのだろうか。

少し前には、新しくできる認可保育園説明会に参加した。

保育園ブランディングに力を入れている園だった。

しかし、親が気になる事はブランディングよりも子供安全だ。

ブランディングなんてもの二の次でよいのだ。

この保育園は川沿いに建つので、もし震災が起きて津波で川が溢れたら、子供達はどうなるのか…

説明会質疑応答で、災害時の避難場所質問した保護者がいた。

からの答えは、「決まってません」だった。

流石に驚いた。

認可保育園として建設するなら、まず安全性第一

園は建設場所を決める上で、その辺りの事も同時に考えるべきではないのだろうか。

後日、避難場所を園のホームページで発表するという回答だったので、説明会から十日ほど経過して確認した。

避難場所避難経路も決まっていないままだった。

東日本大震災きっかけに、防災訓練耐震強化を強く意識して実行している保育園は増えた。

毎月必ず園全体で避難訓練をし、広域避難場所まで移動する訓練まで徹底して子供達に教えてくれる園もある。

そういった園がある中で、まだまだ防災意識が低い園もあるという事を実感した。

なんとなくだけど地震速報といっしょに「津波心配はありません」って出るのが普通な感じがずっとしちゃってたんだけど、そりゃ場合によっては津波心配あるんだよな

なんか感覚麻痺してたわ

地震津波大事件でわくわくするのはなんでだろう

不謹慎は百も承知で。

大きな地震があるとおっふぉふぉってテンションがあがって、行動力が出てくる。

地震津波の速報ははりついて見ているし、衝撃的な映像は食い入るように何度も見てしまう。

大きなマグニチュードとか、もうわくわくなんてものじゃない、非日常感。

3.11ときにもテレビで流れる火事映像を見て、流される家や車を見て、大変だねー、大丈夫かなー、なんて言いながら実際はもうなんだか楽しくて仕方ない。

周りの人が心底同情しているように震災を語っているのを見ると、その人が本心でそう感じているのか不思議でならない。

そりゃ、震災で亡くなった人はかわいそうだし、不運だったとは思う。

家族や友人がなくなった人が悲しみの淵に沈むのは理解できるし、もちろん、その人たちに「地震ってわくわくするよね」なんて言わない。

今まで自分に関わってきた人や自分の一部に感じていた人がなくなるとそれは悲しいだろう。

でもある程度遠い地の自分に関わりのない人の死って、正直、運が悪かったねーかわいそうだねー、か、イベントを楽しむ程度の気持ちしか浮かんでこない。

なんで地震津波、そういう災害大事件はわくわくするんだろう。

遠い地の他人事からかと思ったけど、遠すぎると逆にまったくの無関心で、わくわくはしない。外国大地震とかはわざわざネットで調べたり写真を見ようとは思わない。

ほどほどに遠くて、でも「同じ日本」で、みんなが注目する大きな出来事で、「これから何かが変わるんじゃないか」という瞬間のあのわくわくは他の何にも代えがたい。

引きこもり人質事件も、もしかたらこ犯人はなにか大きなことをするんじゃないか、なんて思ってしまう。

地震に関して言えば、今現在東京に住んでいるので時々揺れを感じるし、違う土地に住んでいた時にはほどほどに大きな地震被害にあったこともあった(家が全壊してけがした)けど、その時でもこの感情は変わらない。

痛かったけど、初めての入院はとても心躍る毎日だった。

一瞬恐怖を感じても、すぐにそれが楽しみにすりかわる。

しかしたら地震津波にわくわくするのは一種現実逃避なのかもしれない。

上に書いたけど、地震でわくわくどきどきすることは、被害にあった人たちには口が裂けても言わない。

当人たちの感情を思えばそれが不適切なことぐらいはわかる。

地震津波に対してわくわくしないという人の意見はごもっともだし、被災者に対して同情(?)したい気持ちもわからないではない。

人が死んで嬉しいという気持ちもない。道路陥没もわくわくした。

ただ、それでも地震津波が起こるたびにもしかたらこれで色んな物が終わるんじゃないかと、わくわくどきどきとても楽しい気持ちになる。

なんでもいいから消費できる非日常がほしい。

そんなことを、今日のような地震が起こって、ツイッター掲示板にはりついて見るたびに思う。

津波

今回みたいなのでオオカミ少年ポイントが貯まっていってそのうち油断して死ぬ人が出る

人類歴史はそれの繰り返しなのだろう

majiで地震ふざけんな

せっかく明日石巻にいってラプラス狩りしようと思ってたのに、津波警報とか出されたらラプラス祭りおわってしま可能性が高い。

運営よ、頼むから予定通りあと1日祭りを続けてくれ。自己責任で狩るから

船橋まで逃げてくる人がいたらおにぎりサンドイッチくらい出しま

地震津波どうなるかかわからないですけど。

金とか飯とかいろいろ辛くて船橋まで逃げてくる人がいたらおにぎりサンドイッチくらい出します。

ほんとはこの連休はよよん君のお墓参りに行こうと思っていたけど延期しました。

少しでも早い終息と落ち着いた暮らしを祈ってます

cj

2016-11-10

http://anond.hatelabo.jp/20161110102541

そういうタイプなんじゃないの?

実際の大震災津波が街を押し流す動画とか見ても動じないタイプなんじゃない?

2016-10-31

大川小の件

津波で死んだ一万人のうち、老人と子供で3000人だから

その家族となる6000千人ぐらいの連中にも子供や親を死なせた責任

あるっつうことだね。

2016-10-23

日本に物申させていただきます!

①現状、20代、30代の人は、払い込んだ年金のうち6割ほどしか貰えません。




現在60代以上(2010年時点)の人は、払い込んだ年金の額の6倍ぐらいもらえるそうです。

ついでに言うと、日本全体の金融資産の6割は、60歳以上の人が保有しています

ちなみに、8割の金融資産は、50代以上が所有しています




39歳以下の人が所有している金融資産は、6%です。

貧乏若者が、裕福な高齢者貢ぐという構造になっているわけです。




2015年における日本人の平均年齢は46歳(国立社会保障・人口問題研究所による推計)。

年齢の中央値(小さい順に並べたとき中央位置する値)は日本は46.1歳(2014年推計)となります




これはあくま新生児を含んだもので、

選挙権を有する年齢に絞って平均年齢を割り出すと更にあがり、約53歳となります




ここまでの話しで何が言いたいかというと、

若者に対する負荷の高い社会構造になっているという状況にたいして、

現在選挙投票システムでは若者はその現状を変えずらいということです。




そこで日本に物申したいのですが、、

18~20代、30代、40代、50代、60代、70代、80代、90代の8つにセグメントを区切り

それぞれのセグメントを12.5%の比重にし、投票の重みの配分を変えて頂けませんか?




70代、80代の方に日本の50~80年先を考えてとは言いません。

人間には欲がありますから。それって生きる糧だから

これくらいは生きるだろうという想定内自分の利となる投票を行っていただいて構いません。




だけども、18~20代、30代の若者は50~80年先の未来に対して生きて責任があります




なので、比重を設けることで、選挙での投票でセグメント毎に重みを変えて欲しいのです。

70代、80代の方と同じセグメントの重みが欲しいです。

今のシステムでは数の力によって高齢者にまったく歯が立ちません。




津波をうまく利用して、我欲をうまく洗い流す必要がある。積年にたまった日本人の心の垢を。これはやっぱり天罰だと思う。』




こんな発言をしてしまうのってやっぱり年の功と言っていいのか、、年齢の性だと思うのです。。




未来に対する責任高齢者よりも若者にある、だからこそ若者のセグメントに対する選挙比重高齢者と同等に扱って欲しい!




若者代表してのお願いでした。拙い日本語すみません

2016-10-21

クライアントにこたえないといけない仕事の人がどうやって休みを確保するか

電通に限らず、クライアントにこたえなければならない仕事というのはたくさんある。

教育産業もその一つだ。学生保護者マスコミなどに対応しないといけない。

多くの大学では、学生を学外で何かさせるとき学生危機管理、何か事故が起こった時の対策とかしている。海外テロが起こったり、地震津波が起こった時に備えていろいろ対策を立てているしお金も払っている。

学生に何かあれば保護者から責められるだろう。マスコミ責任を問うような報道をするだろう。文科省から予算が減らされるかもしれない、そんな理由から土日も盆も正月もなく教職員が働いているところもある。

そういう環境仕事を始めた人はそれが当たり前だと思うだろう。学生のため、大学ブランドのために必死に働くのは当然だと主張するだろう。電通社員のように。古い体質のところであれば、残業休日出勤をすることを評価する上司もいて、こういうことを積極的にやろうとする教員評価するからさら仕事は増えていく。

ただ、そういう大学ばかりではない。

学生自分意思で行きたいということで学外の活動をしている。危機管理健康管理自分でやる。教員はそこで出た成果を見るだけ(場合によってはまだ努力が足りないやり直せと突き返す)。腹を据えてある意味学生を信じてほおりだす。そうすることで学生自力でいろいろなことができるようになる。失敗しながら学んでいく。

大学側が手厚く保護する体制にあれば、学生は何かあったら教職員が何とかしてくれると思うから自分で調べて自分の身を守ろうとしなくなる。相手とうまくやらなければとも思わないから、紹介されたホームステイ先の人と合わないから、別を紹介しろと言ってくる。親も同じように、要求がどんどんエスカレートする。自分責任をもって行動しようとせずすべて人任せで、本人たちは成長しない、むしろ悪質なクレーマーとなっていく。

自主性を重んじる方の大学でも学生問題を起こせば一応なんちゃら委員会先生マスコミの前で頭を下げる。ただ、それだからって年中マスコミを恐れてびくびくしているわけではない。東大でも京大でも慶應でもレイプ事件みたいなのは起こる。大きな災害が起これば学生が巻き込まれることもある。どうしたって一部はそういう学生がでる。教員努力したところでそれを完全になくせるだろうか。

まり、ある種の自信をもって、自分はこういう姿勢仕事をする、というのを示す必要があるということだと思う。そうでなければ保護者学生マスコミ文科省や、いろいろな取り巻くアクターの都合に振り回されて、その人達要求エスカレートしてという形でどんどん仕事が増えていく。周りに振り回される側が評価されるかというとそうとも限らない。「うちの会社はこういうポリシー会社です」というのをはっきり示すことで会社評価が上がる場合もある。自分が働いていた大学の中では、ポリシーがはっきりしていて学生自主性を重んじる大学の方が偏差値が高く、そうでないほうが偏差値が低く、学生集めに苦心していた。新入社員には難しいけれど、経営者側が「うちはこういう企業です」というのをはっきり示す、というのは信頼につながる。今回のニュース広告代理店の評判はだいぶ下がったと思う。それを挽回するためには、(伊藤忠じゃないけど)経営者側がどれだけ改革たかを見せる必要があるんじゃないか。たぶんそうでもしないと一つの昭和の優良企業としてマスコミ家電メーカーと同様、沈んでいくしかなくなるだろう。

2016-09-26

君の名は。」の疑問点。たぶん既出じゃないやつ

http://anond.hatelabo.jp/20160925060352


飛騨で1日中聞きまくって、糸守町の風景を誰も覚えていないという疑問。


町が隕石で消えてしまったなんていうセンセーショナル出来事があった場所だよ。

それこそテレビやら何やらで大量に報道されただろう。

自分だって原爆投下前の広島や、東日本大震災津波被害に遭う前の写真を見たらいくつか気が付くよ。

ましてや地元でしょう?定食屋おやじ以外知らないなんてことありえる?


#「あれだけディテールを覚えているのに場所に関する一切の事を覚えていないのはおかしい」なんてことは言わない

生活保護者をバカにしてる人って自分は生涯何もないと思ってるのかな?

津波地震によって財産は全部なくなる。

もちろん会社営業できないし仕事も失う。

そしたら生活中に貯金も使い果たすと思うけど

通帳も身分証もないと貯金を引き落とすのも難しいわけよ。

明日は我が身だけど大丈夫なのかな?

2016-09-24

電通不正請求広告業界全体の問題

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/092300445/

ついに起こってしまたかという感じ。

この件については電通に同情する余地はなく、徹底的に膿を洗い出して欲しいと思う。

ただし「広告代理店不正を働くものからもっとノルマ監視を厳しくしてコストを下げてやれ」という方向に流れがいくことが個人的には一番怖い。この件は電通組織的問題だけではなく、広告業界全体の問題、ひいては企業広報担当者メディア関係者含む、広告に携わる全ての組織人間関係する問題だと思うから

知らない人多いと思うけど、電通日本デジタル広告を扱う代理店の中では最も先進的な取り組みをやっていて規模も大きく、ここ最近M&A含めかなり強引にデジタル化を進めて、テレビ一辺倒の収益体制からの脱却を図ろうとしていた。

誓っていうけどおれは別に電通の回し者でもなんでもないし、つい先日まで広告代理店デジタル広告をやっていた。もう辞めたけど。後で書くけどデジタル広告業界漆黒なほどブラック業界だ。これを業界全体が改善するきっかけになったらいいと思ってるけど、さらに悪い方向に進む可能性もあると危機感を持っている。こうやってる今も死にそうな顔で仕事をしてるかつての同僚がいるに違いないし。


まず今回の問題を乱暴に一言で言ってしまうと「日本広告業界デジタル広告の未成熟さ」に尽きると思う。

何が未成熟かというと色々あるが、中本副社長も言っている通り「組織管理体制」「恒常的な人不足」がまず大きい。元も子もない話だけど、「発注する側も受注する側も、デジタル広告についてあまり分かってない」ので。

広告代理店は「代理店」なので、発注者が面倒臭い、できればやりたくないことを代理でやることでお金を頂戴している。広告戦略策定・具体プラン提案運用レポート反省点と次に生かすべきポイントを報告、などなど。会社にもよるし人にもよるからこれが全部じゃないけど、基本的企業広報担当代理店から提案を受けて、確認をし、問題があれば改善指示を出し、よければ社内決裁を通すだけの場合が多い。この社内決裁がまた面倒だし、最近は定時もうるさいので発注者側はデジタル広告について勉強しない。そもそもあまり興味がある人もいないかもしれない。それでもデジタル広告国産/海外産含め新しいテクノロジー広告メニュー毎日のように発表されるし、それを活用した新たな事例や手法がどんどん登場する。代理店担当者はこれらを常にチェックして、発注者のためになるプランメニューを作り、適切に受けた発注運用を行なっていかなくていけない。

ただしこれができる代理店人間は、もう本当にほんとーーに少ない。代理店人間の大部分は、細かい数字ばっか追っていくような仕事をそもそもやりたがらない。でもニーズはめちゃくちゃある。だから発注を受けたら子会社グループ会社人間に丸投げすることになる。

そして子会社グループ会社人間は、残念ながら優秀な人間は少なく、大きな戦略を作ったりすることはおろか、与えられた目の前のタスクボロボロこぼしていく有様だったりする。そりゃそうだ、給料低いんだもん。経験の少ない若者か、経験はあっても能力の低い人しか雇えない。

代理店はその中でも比較的マシな人間代理店に出向させて名刺をもたせて権限を与えてデジタル広告担当として業務押し付ける。そこで成長してバリバリこなす人もいるけど、たいていは津波のように押し寄せる業務呆然となってしまう。日付の確認ミス金額の記入間違い・指示を勘違いして間違った発注をする、間違ったバナーを掲出する等々、細かいミスケアレスが多発していく。呆然となりながら業務をしているとミスをしたことすら気づかず、次々とやってくる業務をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す。受注を取ってくる営業がそんな細かい運用の話をわかるはずもなく、売り上げのことだけを考えて、ミスが含まれレポート請求書を、分からないまま得意先に報告することになってしまう。

デジタル広告運用結果は数字に表れるから、得意先は代理店から報告された数字を見ながら、提案されたプランの中で、予算に合っているメニューを選んでいくんだけど、その数字には「どれだけの人間が稼働して作ったものか」が一切現れない。デジタル広告担当毎日朝帰り休日出勤当たり前が恒常化している。体を壊して休職する者も多い。

広告代理店発注者の「これやりたい!」を何とかして叶えてやることで食っている商売から、それは組織としてやりたいを叶える体制を作らないといけないんだけど、管理職オヤジどもはデジタル広告現場で何が行われているかからず、かつて自分達がテレビコマーシャルの受注を取ってきたようにイケイドンドンで売り上げを伸ばそうとして無茶なノルマ現場に課すことになる。

現在広報部長宣伝部長を務める人も同様で、何となくデジタル重要だということは知ってるけど、具体的にどういうことなのか全く分かっておらず、面倒臭いことは嫌だからかい数字の話は避けて、「とにかく最先端でかっこいいことをやって目立って話題にしてほしい」と言う。そもそも得意先の言う「やりたい!」がどう考えても達成出来ない無茶苦茶要求である場合も多いのだ。

これは広告業界蔓延する悪癖のようなもので、特に電通は「いまの広告最先端はこれですよ!?え、あなた会社はまだですか?遅れてる!」といって発注主も代理店も煽って焚きつけて商売にしようとしてる。電通報とかその権化のようなサイトだ。

http://dentsu-ho.com/

そもそもデジタル広告をまともにできる人間全然育ってないのに、業界全体で「デジタルデジタルだ」と掛け声だけは威勢が良く、組織的サポートほとんどなく小会社グループ会社下請けに丸ぶりし、一部の責任感の強い担当者が過労で疲弊する中でミスが起こり、ミスに気づかず間違いのまま発注主に報告や請求が行く。

今回の電通のケースもそんなものだろうと思う。


広告デジタル化は避けては通れず、今後も需要は高まっていくのは間違いなく、今は完全に個人が人力で回しているのをいかにして組織的に回していけるようにするかが課題だ。

一番の問題発注者側も、代理店側も、「デジタルはやらないといけないのは分かってるけど、面倒臭いことはやりたくない」というマインドであることだ。

電通不正を追及するのは最もだけど、本質はそこではなく、業界に携わる人間全員が腹をくくってデジタル広告を正面から取り組むこと、そしてそのための組織的サポート体制を作ることだと思う。

2016-09-18

君の名は。を見て (ネタバレ注意!!)

ネタバレ注意!!)



昨日、君の名は。を見てきた。



田舎描写に感動しました。

防災無線、町内放送再現度が半端無かった。

顔を見だけですぐにどこの誰だか分かってしまうとか、地元議員建設業者関係とか、まさにTHE田舎って雰囲気で。

気軽に、田舎暮らししてみたいとか、Iターンとか言っている人には、よく見て欲しいものである




単なる青春ラブストーリかと思っていたが、少なくとも自分にとってはそうではなかった。

時に自然の力は、抗いようもない、途方もない力で人間暮らしに迫ってくる。

2011年東日本大震災ではその強靱さを改めて見せつけられた。


たいていの自然災害は、非常に長い周期で繰り返し発生している。

でも、人は忘れることが得意な生き物で、次に繰り返される頃には前回の記憶ほとんど無くなっている。

から子へと、子から孫へと伝わる中で実体験が薄れ、どんどん遠い体験となってしまう。

そして、ふとした拍子に、何かのきっかけで消えて、途絶える。


映画のおばあちゃんは、忘れられた物語の未だ忘れられていない部分の語り部に思えた。

遙か昔の何か大切な事を伝えようとするけど、それが完全に伝わることはなく、祭や神社といった伝統としてかろうじてその痕跡けが残っていく。

物語組紐は、人と人との繋がり、時間を超えて伝えてきた物であり、まさにこの物語のものだろう。



私の地元東南海地震が発生するとものの数分で津波にのまれる。

幼い頃、祖母からよく前回の話を聞かされた。

幼い私には、それはとても遠い体験で、まるで実感がなく今となってはほんの一部しか覚えていない。

町の中には、津波の到達地点を示す物も残されていたが、時と共になくなりつつある。

代わりに、いたるところに海抜の表示は増えているが、それは実体験ではなくデータしかない。

誰かが受け継いで、伝えていかないといけないけど、それが本当の意味で伝わることは難しい。



もう一つ、この話ではタイムスリップと入れ替わりで災害の日時が伝えられ、町の人が救われる。

もし本当に災害予知できるなら…。

瀧くんのようなヒーローが早く現れてくれたらと願うばかりである



ただ願うばかりでは他力本願なので、自分もできることはやっていかないととも思う次第だ。

研究者の端くれとしては、役に立つ技術の一つでも残せれば主人公ヒーロー)になれるのだろう。

さあ、はじめよう。地震予知。(違)

2016-09-17

君の名は。を見て思うアニメ映画における暗喩【含むネタバレ

三途の川表現パヤオなんかはしょっちゅうモチーフとして三途の川を出す。

千と千尋」では序盤トンネルを抜けてからの川の向こうは神様の国で魂をとられちゃうし、

紅の豚」では夢のなかで三途の川を迷い、目が覚めたら豚になってる。

もちろん「ポニョ」なんか津波以降は川渡ったあとの死後の世界丸出しだし、宮崎駿三途の川モチーフが大好き。

なんでこんなことを書こうかと思うと「君の名は」を見たからなんだけど、

此処から先は死後の世界…って台詞がでてくるとなんか興ざめしちゃうんだよね~

言わなくてもわかるでしょ!って思っちゃう

ジブリ脳が鍛えられてる人は共感してもらえるのではなかろうか