はてなキーワード: 美容整形とは
この手の情報はググってもSEOで上がってきた胡散臭い所ばかりで信用できない。一体どうするのがベストなのやら…。
今年の夏場に腫れと痒みがやばくなって、一応泌尿器科もやっているかかりつけのクリニックを受診した。
都内だと、ググれば山のようにその筋専門の病院は出てくるのだが、まぁSEOで上がっているだけあってどこも胡散臭い。こういうのは専門外でも信用できる医者に診てもらって、難しそうなら専門医を紹介してもらうのが確実だと思った。
普通の内科中心のクリニックなので、受付は女性だけれども、向こうもプロだ。堂々と「陰部に痒みがありまして…」と言えば察してくれる。自分の場合は吃った挙げ句に訊き返されたので、その場で死にたくなったけど。
1回目の受診では、排尿時の痛みが無ければ細菌性の包皮炎だろうということで、グリメサゾン軟膏を処方された。
一応医師には患部を見られたが、こればかりは仕方ない。風呂とセックス以外で他人に下半身を晒したのは初めてだったので緊張はしたけれども、「これは医療行為これは医療行為…」と心の中で唱えながら何とかやり過ごした。
ちなみに、医師からは性病ではないので性行為や自慰は程々なら問題無いと言われた。まぁ、その時点では痛痒すぎてそんなことは考えられなかったけど。
軟膏は良い感じに効いてくれて、1週間くらいすると平時は全く痒くなくなった。
そこで、もう大丈夫かな?と思って試しに相棒のTENGA FLIP HOLEと念入りにゴム付きで致してみると、かなり緩めに握っても擦れて微妙にヒリヒリする。さすがに暫くの禁欲期間を経てのことだったので止まれずに最後まで致したが、おかげでカリ首と皮が腫れ上がって一晩辛い思いをした。
これはいかんと3週間くらい禁欲してひたすら軟膏を塗り続けて、ようやくTENGAさんとはゴム無しでも致せるようになった。
ところが、今度は本番が避けられない状況がやってきた。しかも相手はタコ壺の名器だ。病み上がりの如意棒(装着済)、タコに絡め取られて完全敗北。
このまま無限ループかと絶望しつつも軟膏を塗り続けたら、良い感じになってきた所で軟膏が切れた。
いい加減涼しくなってきたし、極力乾燥させておけば自然に良くなっていくのではないかという甘い考えで、暫く様子を見ようと思っていた。
甘かった。
2日後の夜、どうにもムズ痒くて嫌な予感がする中、いざ御開帳してみると、カリ首の下から包皮の間に白いカスがびっしり。どう見てもあかんやつ。迷わず再受診した。
もう一度医師に診てもらうも、診た所では引き続き軟膏で様子を見るのが良さそうとのこと。
一応カスのことを伝えると、念のためカンジダの検査もしておこうということになったけど、今の軟膏が効く分には多分カンジダではないだろうとのことだった。
「あんまり再発するようなら、余った皮の部分を取った方が良いかもしれないね」
え???
それってオブラートに包んでるけど、要するに包茎手術ってことデスヨネ?
ここで自分の被り具合について説明しておくと、フル勃起時は完全に亀頭がコンニチワしているが、萎えている時はタートルネックを通り越して亀頭が半分くらい隠れてしまう。
他人の剛棒をまじまじと見る趣味はないのでこれがどの程度の被り具合なのかはわからないけれども、日本人の7割は仮性包茎みたいなことも言われているのでよくあるレベルだとは信じたいのだが…。
それを踏まえた上で、美容整形外科とかでは包茎手術って積極的にやるけど、本来仮性包茎に手術は必要ないんじゃなかったの???という疑問が。
美容整形ではない純粋な医療として、亀頭包皮炎への対処に包茎手術というのは一般的なのだろうか…。
まぁ、信頼できる医師の言うことなので間違いは無いと思うし、保険適用であの忌々しい皮とオサラバできるというのであれば、確かに魅力的な提案という気もするが…。
敏感な部位だし、術後どれくらい禁欲が必要かとか、感度に影響しないかとか、色々気になる部分が山積みでして…。
30代なので若い頃ほどではないにせよ、まだまだ我が逸物には存分に武勲を立ててもらわねばならないので、慎重になってしまうのだ。
とりあえず、もう少ししたらカンジダの検査結果が出るので、そこでまた相談してみようとは思っているけど、それまでに似たような事例とか無いかなーとひたすら探している。
数年前、美容整形をした。
顔にメスを入れるもので、ダウンタイムが一カ月くらいの大々的なもの。
外見を重視していなかったし、美容整形はグレーゾーンというか、社会的にあまりいい印象ではないと思っていたから。
でも、家族のすすめと、当時自分が人生に行き詰まっていたことが重なり、本当になんとなく実行に至った。
手術台に横たわったとき、
「あ、これから私の第二の人生が始まるんだ、生まれ変わるんだ」「人生が動き出すんだ」という直感が頭を過った。もちろん、失敗したり理想通りにいかなかったりするのではという不安が思考のほとんどを占めていたけれど。
結果、まあまあうまくいったのは本当に運がよかった。ただ、中の上の顔面偏差値のような「手に入れたもの」よりも、「積極的オペ」という体験の方が心に強く残っている。旅行自体より旅行前の準備が楽しいのと同じ心理状況かもしれない。
今でも特段美容医療自体には思い入れもないし、善悪についてはよく分からない。
でも、ときにはちょっと冒険してみるというか、常識の枠を飛び越えてみたら、新しい世界が開けるのかも、という感覚の発見は、すごく大きな財産となった。
今も、ジャンルや手段は違えど、こういった大きなリスクを伴う行動をしている。というか、無意識にしてしまう。あの無敵感をもう一度味わいたいのだ。けれども、「未知へのわくわく」と「少しの背徳感」がちょうどいいバランスで混ざり合っている体験はなかなか存在しない。
やっぱりまた、手術台に乗るしかないんだろうか。
https://web.archive.org/web/20180810070145/https://peek-a-boo.love/2018/08/06/post-3169/
それから今回の記事は彼の意地悪な部分や不可解な部分にスポットを当てていますが、普段はとても穏やかで、彼なりに優しい部分もたくさん持っているし、わがままな私に寄り添ってくれている、素敵なパートナーです。ただ、ちょっと意地悪なので、今回大声で悪口を言って心は晴らしました。はっはっは。— yuzuka (@yuzuka_tecpizza) 2018年8月7日
編集長。
元精神科、美容整形外科の看護師で、風俗嬢の経験もある。実体験や、それで得た知識をもとに綴るtwitterやnoteが話題を呼び、多数メディアにコラムを寄稿したのち、peek a booを立ち上げる。ズボラで絵が下手。Twitterでは時々毒を吐き、ぷち炎上する。美人に弱い。
はてな民 ざまあああああああああああ!
10代から20代にかけて、およそ10年間、「実家に放火して親を焼き殺す」計画を立てて過ごしていました。
本気でした。警察の本部に売っている「捜査幹部必携」という専門書も入手して、焼死の際の事件性の有無の判定基準まで学びました。
刑務所には入りたくなかったのです。現代の火災現場検証では油が出火もとであればすぐに反応が出る、例えば首を締めて殺した後に火をつけたとしても、肺の中に煙が入っていない(呼吸をしていないから)ことで事件性はすぐに明らかになる、といった内容が載っていました。難しいな。何回も計画を練り、材料を燃やして検証し、でも、実行には移せずにいました。
物心ついた頃から虐待を受けていました。貧困家庭でした。年収200万円の5人家族。その中には、血の繋がっていない人も何人かいました。
思い出したくもありません。口減らしにと、真夜中の山奥に車で連れて行かれそのまま放置されたこともありました。パチンコ狂いの義父が負けて帰ってきて、私のゲームボーイを取り上げて遊びながら私をサッカーの球に見立ててドリブルしてきたこともありました。
食べ物はありませんでした。砂糖に一滴の水を垂らしてレンジでチンすると水飴になるのでそれを食べていたのですが、バレて砂糖を隠され、近所の猫のカリカリを食べました。あれは不味かったです。ハムスターの餌の方が美味しかったです。植物だとツツジの花がほんのり甘くて美味しいと思います。スミレの花も味が薄いので悪くないです。
ある時のドリブルで腰の骨が折れたことがあります。ベッドで動けない私を見た母親は、髪の毛を掴んで綱引きのように引っ張り、私はベッドから転落させられた末、殴られました。ちょうどお盆のことでした。他の家族は私を置いて旅行に行ってしまいました。私は這いずり回りながら、砂糖を探して食べました。帰ってきた母親に折れた腰のまま土下座をして、ようやく医療機関に連れて行ってもらいました。私の足は今も一部がしびれたままです。
紺色の服と白い服しか持っていませんでした。当時流行していた「ベティーズブルー」といった鮮やかな色の衣料とは無縁で、惨めでした。義父は自分が稼ぎが少ないのが気にくわないのか、常にコンビニ店員やガソリンスタンド店員にタメ口で命令していました。かわいそうな、あわれな大人だなと思いました。
長女でした。何度か「父親」が代わり、下の兄弟が増えていき、一番最初の父親に顔がよく似ている私はことごとく除け者扱いされました。
抱っこされた記憶があまりありません。おかげで、25歳ごろになるまでは、交際した男性にも「触らないで!」と要望していました。なにしろ、ハグの仕方が分からないのです。手を繋ぐのも怖かったのです。
自宅では、他のきょうだいが名前で呼ばれる中、「ゴミ」と呼ばれていました。劣等感の塊でした。小学3年から自殺未遂をしました。
数回やってもなぜか生きています。きっと、覚悟がなかったから死ねないのでしょうけれど。
そんな日々で、唯一自尊心を満たしてくれたのが、学校のテストの点数でした。良い点を取れば、認められる。認められたい。なんでも良いから。なんでも良いから認めて欲しい。だから、狂ったように勉強しました。河合塾主催の模試の上位者ランキングに名前が載りました。トイレでも、お風呂でも、ご飯の最中も勉強していました。
志望校に落ちました。「ちょっとだけ頭がいい方」くらいの、赤本を一度も解いたことがないような滑り止めに進学しました。
その時も本格的に自殺未遂をしましたが、死ねず。その学校に通い始めました。
しかし、なんにせよ、実家から脱出できたのは本当に大きかったです。
都内の家賃4万円のアパートを借りました。保証人欄には、今は行方の知れない実父の名前を書きました。奨学金は容易に掛け持ちできました。機関保証と給付です。アルバイトは3箇所ほど常勤で入り、当時規制がなかった日雇い派遣の案件をこなして生活費に当てていました。
ちなみに4万円のアパート、壁が薄くて、外で住人が階段を上がる音がするたびに、かつて母親がそうやって暴力をふるいにきたときの足音を思い出してしまいしばらくは安眠できませんでした。
もともと家に居場所がなかったため、学校ではずっと社交的で行動的なキャラクターを演じ続けていました。表面的な友達がとにかく多いタイプでした。親友はできませんでした。
それが功を奏してか、大手マスコミの内定を取ることができました。
初任給が、かつて私が育った家庭の2.5倍ほどありました。
5人家族で200万円だったのが、1人で500万円です。
お金の使い方が分からないので貯蓄してばかりですが、ずっと入れなかったファミレスの「ジョナサン」などに行くようになりました。
付き合いの宴席も多く、クレジットカードはあっという間にゴールドになりました。
PTSD。
心的外傷後ストレス障害とも呼ばれるこの病気は、辛かった日々が急に頭の中でフラッシュバックし、同じような苦痛を感じる、というものです。私は毎晩、義父にドリブルされる夢や、母親から階段で突き落とされる夢、10代の私が苦労して貯めたアルバイト代を母親が奪い取って美容整形に行って顔が変わって帰ってきた時の夢、そんなものばかりを見ました。
次第に不眠になり、虐待関連のニュースでも吐き気がするようになりました。マスコミ勤務でそれは困ります。現場では頓服を飲みながらかなり無理をしています。この無理ができなくなった時、私は職と社会的地位を失うと思います。
10代の時は貧しくて憎かった。20代で就職し、富を得ても病気で常に苦しめられた。だから元凶の実家を燃やしたい。ずっと、ずっと思っていました。
「実家を燃やしたい」から「どうでもいい」に変わったのは、最近のことです。
私は発病から5年以上が経過しました。一生病気と付き合って行くと思います。そんな中で、憎しみと怨念を抱きながら暮らして行くのは、もう疲れました。
そう、疲れたんです。
幸いにも今、「あなただから話せる情報なんだけど」と仕事に役立つ情報を提供してくれる人も増えています。結婚はしていませんが(結婚話は、元彼との間で一度でました。親の話などが出てくると、とたんに受け付けなくなってしまって、衝動的に別れを告げました)、結婚もありかな、と少しずつ考えることができるようにもなっています。今の生活を守りたい。それだけ、それだけなのです。
故郷の役場に行って、あの家庭の戸籍から私の名前を抜いて分籍しました。頼る家族はいません。正真正銘、ひとりです。
精神疾患を患った我が身のみが頼りです。
これで、よかったんですよね?
右手では性差を乗り越えるポリティカル・コレクトネスの灯火をかかげて社会を照らすそぶりをして、
左手ではルッキズムの鎌をかかげて主役に不細工がまじることを決して許さない
私はここに欺瞞を感じる
いずれ性差に苦しむことになる子どもの救いになるかもしれない、それは大いに結構だ
しかし自分は目が細いから太っているからあごがでかいから鼻の穴がでかいからプリキュアには
けっして主役にはなれないのだと思い悩んでいる子どもたちにも
「あなたはなんでもできるし、なんでもなれる」と胸を張っていえるのか
プリキュアの容姿がすぐれているのは偶然であって本当はプリキュアになるのに見た目は関係ないとごまかすのか
正直に外見至上主義を肯定して美容整形という選択があることを子どもに指し示すのか
私は自分自身の醜さに幼い頃から劣等感をいだき、しばしば身体特徴をいじられていじめに遭ってきたこともあり
アニメにしろ特撮にしろ正義の味方である主役たちのほとんどが人並み以上の外見を備えていることに絶望してきた
だれも不細工なプリキュアなど見たくない?プリキュアだけの問題ではない?それはそうだ
しかしそれならそれで正直にいうべきだ
表面的な薄っぺらいリベラリズムもポリティカル・コレクトネスも
それを子どもに見せることで喜ぶ親が少なからずいるというビジネス上の需要に応えているだけだと
世相に媚びているだけで需要のない反ルッキズムに与する理由はないのだと
私にはプリキュアシリーズが進歩的だとも攻めているとも少しも思えない
リアルタイムでは見ていないが醜悪な姿の怪物が迫害を受けながらも人間のために悪と戦う妖怪人間ベムを
子どもが見られる時間帯に放映していた半世紀前よりもむしろ後退しているのではないか
もし社会的公平性を制作が重視するというのなら外見至上主義の否定として
まずはプリキュアに水平方向に個性のある(差別主義者にデブと蔑称されるところの)人物を加えてほしい
もしそれが果たされたならば私は惜しみなくいうだろう、プリキュアは攻めていると