はてなキーワード: 不思議ちゃんとは
テレビを持っていない。理由は必要ないと思うから。アプリで観れる番組も多いし、ニュースもスマホで十分。でも最近、家にテレビがないのってヤバいのかな?と思うことが何個かあったので書き出してみる。世間的に見たらどうなの?
1年くらい前、友達との会話で「うちテレビないよー」って言ったら「やっぱ変わってるねぇ」って言われた。不思議ちゃんってあだ名を付けられているけど、テレビが無い事がこのとき不思議ちゃん要素に加わったっぽい。こんなあだ名が付いてるのも分からないけどそれは置いといて、テレビがないのが要素になるのに驚いた。その後も何人かにテレビ持ってないよ、スマホで間に合ってるよ。って言って、驚かれたり引かれたりした。言うほどおかしいくないでしょと思いつつ気がかりだった。
3ヶ月前に「あざとくて●が悪いの?」で、不思議系女子を扱ってた。その不思議系女子が言った「私テレビ持ってないのー」に対して、スタジオの反応が「確かにこういう子ってテレビ持ってないよね」だった。もうそのまま私じゃん。そうなの?番組で言われるほど不思議なの? 実は、不思議系女子特集を観た理由は、不思議と言われるけど実際は違うだろうと思ったから。なのにまったく同じでびっくりした。もし友達が見てたなら私が頭に浮かんだと思う。それくらい、他のところもそっくりだった。ちなみに番組の不思議系女子は、男の気を引くためにわざと天然をやっているということだった。私は故意では無いから、もし友達がこの番組を観たらわざとって思われるなと思って悲しかった。むしろ直したいのに。とにかくテレビ無いのって変なんだなと思って、また気がかりだった。
今日流れてきたYoutubeのCM。「『私ってぇ、家にテレビないんですぅ』っていう人いない?」「分かる、それがイケてると思ってる人な。 でもT●erで見てるよねww」「『テレビよりSNSが〜』とか言いながら見てるよねww」…… というやつだった。やっぱりテレビ持ってないのっておかしいの?その通りT●erで観てるし、そのことを友達に言ってるけどヤバい人なの?(CMで話されてる人はテレビが無いことをイケてると思ってるらしいけど私はそうではない。)私のいないところで、CMのようにバカにされてたりするかなと思って気になる。
文章書くの苦手で長くなっちゃった。まとめると、私はテレビを持っていないけどそれはおかしいことなの?変なの?持っていない人はやばいの?って言うのが知りたい。
お下劣アニメの「パンティ&ストッキングwithガーターベルト」をひさしぶりに視聴したくなり、某アニメ配信サイトを契約した。
そしたら昔見たロボットアニメがいろいろあって、なつかしくなってラーゼフォンを観たあとにゼーガペインを見つけたので十何年ぶりに全部通して観た。
当時から自分はカミナギリョーコまわりのストーリー展開がとにかく気持ち悪いと感じていて、当時は自分でもなぜこんなに嫌悪感を感じるのかわからなかったのだが、最近のフェミニズム関係の感覚と照らし合わせるとなんか腑に落ちたので吐き出しておく。
ネタバレありです。なしで語るのは結構むずかしいアニメだと思うので。
誤解がないようにまず言っておくが、カミナギリョーコ(守凪了子)はものすごく可愛い。
ショートヘアで快活、物腰柔らかく、映像研究部に所属している映像作家、少し不思議ちゃんで、なにより「幼なじみ」である。
花澤香菜さんの「良い棒」と言われる初々しい演技もアクセントになっており、人気投票でもトップであったようである。
そして”だからこそ”、中盤からのストーリー展開に嫌悪感を抱かざるを得なかったのだ。
ゼーガペインの世界は「コンピュータの中に人間の意識が閉じ込められている」という、今となってはよくあるSF設定だ。
そしてなぜかストーリー中盤(具体的には13話のラスト)以降、カミナギリョーコを痛めつけるためにマトリックス設定をフル活用し始める。
とにかく手を変え品を変え、1話ごとに少しずつ状況を変化させて継続的にイジメる。
この舞台設定で起こりうる障害をうまく使ってストーリーを回していると言えなくもない。
だが、だとしたらなぜカミナギリョーコ1人だけがその責を負わなければならないのだろうか。
蓄積したウェットダメージにより消滅したアークというキャラもいるが、彼女は物語開始時からそういう設定であり、カミナギとは少し状況が違う。
主人公ですらただ「思い出して」いるだけであり、舞浜サーバーのリセットに直面しての絶望は予定調和感すらある。生徒会長の寿命も同様。
ストーリーが進展することによる状況の変化が悪い方向に積み重なっていくのが、物語全体を見通してもカミナギだけなのである。
(アンチゼーガの出現による被害を受けたのも、ほぼほぼカミナギだけではないだろうか)
セレブラントとして覚醒する12話以降、しばらくは完全にカミナギを中心に話がまわっていく。
いや正確には、カミナギが脳裏にチラついて、他のキャラの話が頭に入ってこなくなる。
その主な原因をメタ的に探ると、単体でもヒロイン属性として成立しうる設定を一話ごとに切り替えていることが大きいのではないだろうか。
冒頭で上げたヒロイン特性は言うに及ばず、ゼーガの中でしか会えないというのは完全に「織姫と彦星」だし、感情欠落は綾波レイ。
「さあ、カミナギかわいいだろう? かわいそうだろう? 萌えろ!! オナペットにしろ!!」
と強要されているような胸焼けを感じる。
マトリックス系SF設定から浮かぶヒロイン属性としては理解できるし、中華娘や副館長にそれを盛ってしまうと話がとっちらかってしまうので、ある程度仕方ないところがあるとはいえ、限度があるだろう。
一番理解できないのは随所に挿入される軽度な性的描写...はっきり言うとエロである。
スーツ着用時の執拗な下半身まわりのカメラワークが特にそうだ。
主人公が「なんかエロいな」とかセクハラ言っちゃうし、それに対してまんざらでもなさそうなのがまた違和感。
特に感じたのが、敵にボディブロー打ち込んだときに頬紅潮させて「もっと深くっ!」とか、あのシーンおかしいですよね?
そういうのじゃねえだろうがよーーー!!! カミナギわーーー!!!
それはつまるところ視聴者のためだ。
つまり視聴者が楽しむためにカミナギは消失し、織姫になり、綾波になった。
自分が達した結論は、「これはカミナギを性的消費するためのポルノなのではないだろうか?」だった。
キャラクターを徹底的にイジメることで感情移入させ、時には明確にエロをもって楽しませるポルノだ。
物語最後にカミナギが妊娠するのは本来なら人類の未来を感じさせる感動的な描写だが、別な意味にも見えてしまう。
初回視聴時の自分は、無意識のうちにそれを感じて嫌悪感を持ったのだろう。
さんざんこき下ろしているように感じるかもしれませんが、ゼーガペイン自体はすごくおもしろいSFロボットアクションアニメだと思っています。
つうかノーベル文学賞取ってるようなのだろうが、国語の教科書に載ってるようなのだろうが、大部分は全員美少女にしたらほぼエロゲじゃね?
最近のラノベやアニメはエロゲっぽい~~って意見をたまに見るけど、そもそもあらゆる創作物はエロゲとの違いはキャラデザだけじゃね?
ギリシャ神話だって、主人公が「ガハハハ~~!!グッドだ~~~~!!!」って色んな女にえちえちな事をしてるし、この世界には最初からエロゲっぽい作品だけがあって、そのキャラデザが変わった途端に、エロゲっぽさを皆がそこに見出したのでは?
始めての観測によってフラグが立って、そのあとは前よりも緩やかな条件で観測が可能になったというか。
そういったイデアは最初から既に底にあったけど、その影の形に人類が見いだせる意味のパターンを人類がまだ知らなかっただけ。
あらゆる作品はキャラデザ以外はエロゲぽpくて、その中でよりエロゲっぽさが強いものを指してエロゲっぽいと呼ばれるようになっただけでは?
つまり、エロゲは美少女という触媒を利用した原点回帰で、それ故にそこから再度日本のクリエイターたちが分岐したのも当然の帰結だったと言えるのではないだろうか。
少し不思議+不思議ちゃん+浮気+ストーリー上無意味じゃないような無くてもいいような程度のセクロス、構成要素がエロゲすぎない?
各話のタイトルが跳んでるので前衛っぽい調子で攻めてくるのかと思ったら、案外と丁寧に普通の展開をやってくる。
巻末に関係性を丹念に描きたいという作者コメント。うんまあ、そうでしたね。
でもTwitterで大絶賛!
みたいな熱量は感じなかったので、やっぱバズって基本ろくなもんじゃねえなと思う。
近くて遠い距離感はそれほど珍しくなくて、珍しいのは押しの強い不思議ちゃんヒロインかな。
手品先輩とかわかりやすいやつじゃなく、強いけどボケてる、ボケてるけどおっとりじゃないとか、おっとりじゃないけど激しいリアクションがあるわけじゃないというか。
そこの着眼点はやっぱりいいんだけど、この女子像が飽きられちゃったら何かが残る感じはないのも確か。
どうしても流行りもんかなこれ。長期目線で育つメディアが淘汰されていってて悲しいよ。
(決して悪い作品じゃないです)
謝ったのはえらい
私:29歳女
部下:24歳女
部下はちょっとマイペースというか、不思議ちゃんというか、天然な性格で……
先週の社内ランチ会の時に部下がまた天然発言をしたので面と向かって「〇〇さんは不思議ちゃんだね」と言ったら次の瞬間頬を平手打ちされていた。
驚いて固まる私と同僚たちを前に部下は「人のことをバカにしやがって!!!!!」と泣きながら激昂。
正直意味不明だった。
そんでもってまさか部下にビンタされる日が来るとは思わなかったので呆気にとられて「ごめんね、気に障ったよね」と謝ってしまったんだけど、この場合どういう風に言い返すのが正解だったのかわからない。
デビュー以来ずっと応援してた推しの子がいます。いました。います。どっちだろ。
その子はとある事情で去年からしばらく活動を休止してたんだけど、私はそうした事情を知らず、「ひっそりと引退しちゃったのかな……」とさびしく思っていました。
ところが先日ツイッターで復帰の告知があったことを偶然知り、私は欣喜雀躍したのです。
引退してなかったんだ……! 本当によかった……!!
そしてついに今週、心待ちにしていた復帰第一作が出ました。
ワクワクしながら作品紹介を見た私は、掲載されている情報を見て愕然としたのです。
「え? キャラが、変わっている……?」
推しはもともと清純派で、ウブなJKやJD、ややサイコな不思議ちゃんの後輩、みたいな役どころが多かったんです。
グーにした手をあごのあたりに持ってきて「ウフフ」って笑うようなカマトトな仕草をしてもまったく違和感がないタイプ。国民の妹タイプ。
ところが復帰作のサンプル画像には、両方の乳首から母乳をビュービューほとばしらせている推しがいたのである。
「母乳モノかーい!」
俺は叫んでいた。
とある事情=妊娠・出産からの復帰ということで、かつて奥ゆかしくピンク色でともすれば陥入がちだった乳首は、今や堂々としたお母さんのそれになっていた。でかいし茶色い。
驚いたのは、体の線が活動休止以前とそう変わらないこと。プロ意識の高い彼女のことなので、復帰にあたってきっと血のにじむような努力でコンディショニングをして、妊娠出産の影響を払拭したに違いない。
大きすぎず小さすぎず、私の手のひらにちょうどフィットしそうなジャストサイズの乳房とまろやかな質感までが妊娠前とあまり変わらないのは不可思議ですらある。
人妻カテゴリに華麗な転身を遂げたかつての推しを、私は今後も推していくことができるのだろうか。
それは私が決めることではない。
息子がはっきり答えを出してくれるはずである。
ブレイブウィッチーズのストーリーが文句なく良い、ねえ……。俺にはまるでそうは思えないんだが、なんでそう思う人がいるのかちょっと真面目に考えてみようかなあ。
俺含めた多くのストライクウィッチーズファンのブレイブのストーリーに関する不満は、端的に言えば「宮藤に比べてひかりに主人公適性がなさすぎる」に尽きると思うんだよな。
ひかりは目的や手段が完全に自己完結していて他人を巻き込まない、よって自分の話と大きなストーリーがリンクせず話を進められない、他キャラへの影響も少ないから大きなストーリーを動かす力がないし他のキャラも立たないんだよな。501で言えば初期リーネを主人公にした感じ? まあ本編の宮藤は「一定の能力・血統から来る才能・正義感・他人を動かす情熱・強力な固有スキル・かっこよさ・かわいさ・スケベさ」といった部分をきっちり備えてて主人公としての適性が高すぎるから、そこと比べるのもかわいそうなんだけど。
ひかりにかまってあげるニパと菅野が異常に優しすぎるという印象を受けるのも、結局ひかりが自分のためだけに頑張ってて他人の内心を変えていかないキャラだからだと思うんだよな。戦況的にも自分のためにやってる奴に構うほど余裕があるようには見えないし。
2期やOVAでの主役キャラが一話ごとに変わる話の作りは1期である程度メンバーのキャラが立っていたから成立するのであって、主人公が他キャラの内面や人間関係に作用しなくて大きなストーリーにも関与しないのなら、その「主人公」はただの登場人物の一人でしかない。結局12話もかけて「主人公が成長しました」以上のものが何も残らないような主人公じゃ、架空戦記ものとしてのストライクウィッチーズシリーズの主人公としては不適格と言わざるを得ないと思うんだよな。ひかりというキャラが気に入れるならそれでもいいんだけど、気に入る要素も正直よくわからなくてなあ……。がんばり屋さんなところとかなの? まあひかりを気に入ったらひかり中心の話が続いて面白いというのは分かる気がするよ。
戦闘描写とストーリーの関係についても話しておいたほうがいいかもしれん。ひかりの成長ストーリーをメインに据えるなら、戦闘描写で成長を描くというのは必須だと思うのだが、実際はその戦闘描写がご存知の通りのアレなんだよな。作画修正したBDは見てないから知らんが、カット割から大きく変更でもしないとキャラの特徴や変化は伝わってこないだろうからどうせゴミだろ。天真爛漫なエーリカ、一本気な坂本とバルクホルン、不思議ちゃんエイラ、宮藤の成長みたいなのは戦闘描写からも感じさせるアニメだったはずなんだけどなあ。
ブレイブウィッチーズは言及先の人ほどではないけど見てるのが辛くなるから頑張って二回見たくらいだから、変なこと言ってたらごめんね。
あと、もう結構前の話だから知らなかったり忘れてたりする人も多いんだけど、ストライクウィッチーズの1期とかいらん子中隊は基本的にシリアスな架空戦記SFとして人気が出たんだよね。ああ見えて。2期以降はキャラ描写中心にシフトしたんだけど、やっぱり1期のあの架空戦記モノとしてのワクワク感は凄かったと思うよ。人型ネウロイの伏線をほっぽりだしたのは本当がっかりしたなあ……。
宇宙から来たという不思議ちゃんの同級生の少女に惹かれていく小学生男子の話だった。
本来の姿はヘドロが積み上がったような姿だと工作の時間に模型みたいのを作ってみたりもしている。
(細かいツッコミを入れると、生体を惑星間移動させられるような技術を持っている生物の見た目が原始的なのは矛盾が甚だしいからもうそろそろやめてくれ。)
結局可愛いから、美人だからっていうふうにしか物事がとらえられなくなるだろっていう話。
最後は宇宙人と心が通い合いました!みたいな美談風に終わるんだけど、本当にそうなのか?
言葉もままならないままにそんなの歩いてたら速攻射殺案件だろ。
そうじゃなければ捕まって研究対象になるだけ。
そしたら地球人は野蛮だってことになって宇宙戦争。それが現実。
そういうふうにならないための擬態っていうなら、周りから注目されるような美人になっちゃダメだろうがよ。
結局この話は、地球人は見た目に騙される単純ないきものです。っていうことしか語れてないんだよな。
個人的には最後の転校生の存在がそれを裏付けるような暗喩に思えてしまって、真面目に演技している小学生をバカにしている最高に胸糞悪い映画だった。
映画の名前も覚えてないし、単独の映画を吊し上げたいわけではないので思い出すつもりもないけど。
この映画に限らず、浅いストーリーを登場人物の見た目だけでごまかすの本当にクソ。
そのくせ地球外生物と心通わせることができました!人間美しい!みたいなことを語られると本当に頭にくる。
美男美少女なら何でも許せるし許される。誰かが違うと言ったって、それを支持する圧倒的多数の前では無力同然。
努力で埋められるって言ったって、同じ努力されたら何倍差が開くと思ってるんだよ。
俺だってトムクルーズに生まれてたら同じだけ努力できるっつの。
ここだけの話、このままコロナ終わらなければみんな顔の半分をマスクで隠してる分フェアでいいよなーと真面目に思ってる。
これからの世の中、感染症も匿名性も守ってくれるマスクって割と必須アイテムになると思うんだけどどうだろう。
とりあえず町中歩いている利害のまったくない人間相手に顔を隠してられるのっていいことしかないよな。
総評:橋田親子以外みんなまともじゃない。少なくとも恋人キャラでは無い。モモーイのフェイリスはギリ有りだけど、他のヒロインが魅力がないので相対的に順位が上がっただけ