はてなキーワード: パーソナリティとは
人間力が欠如している。
具体的に書く。
まず、逃避癖がある。
過度にプレッシャーに弱い。
たとえば、準備が足りない発表があったら逃げたくなる。
朝寝坊して、絶望して、発表者が複数いるから何とかなるかなと思ってそのまま
動かない。
主観的にいうと、動けない。
重い体を押して発表ぎりぎりに行く。
結果信頼を失う。
辛い。
まあでもまあ仕方がないと思う。
よくないことに気付いている。
何かと言い訳をつけて全部無視する。都合の悪い現実を直視しない。
自力で何とかするから、放っておいてほしいと思う。
人間として終わっていると思う。
継続力がない。
2年間の活動はなんとか終わったような終わらなかったような。
最初はガンガン発言していたが、前述したようなことが何度かあり、竜頭蛇尾に
終わる。
4年間の活動は4年目になってドロップアウトしそうだ。
私は私の方針があって生きている。
しかし、コミュニティーの一員として活動している以上、その構成員としての
役割を務めたいと思っていた。しかし、(運営をするほど)馴染んでいながらも、
同時に、自分に合わない活動内容であることも自覚できた。だったらそれを自覚
した時点できっぱりとやめるべきだったところをダラダラと活動し続けてしまっ
た。
人が好きだったから。
でも活動がつらかった。
充実していた。
しかし、毎週毎週追われていた。
やってる間はなんとかかんとかこなせていた。
しかし、少し離れて冷静になってみるとその環境に再度戻るのがつらかった。
戻れない言い分もあった。
しかし、どんな状況でも、その立場なりに関わっていく余地はあった。
関わるべきであった。
投げ出したくないという強い感情はありながらも、捨てて、自分のことに専念し
たいと思った。真摯に話せば理解はされるだろう。しかしどちらにせよ自己中心
的な行動であると思う。
私は自己愛が強いだけで、知性も、精神力も足りない、未熟な人間であると思う。
簡単な話だ。きちんと努力すればよい。
今は、方向性も定まって安定している。大丈夫。
しかし、過去関わったコミュニティーにおいて、自分がもっと努力すれば、もっ
と能力があれば、よりよい環境を作ることができたのにと実感できることがある。
自意識過剰と思われるだろうが。
いつも考えて、できたり、できなかったり。
人生における全てにおいて、120パーセントを目指して70パーセントで終わる。
進路や容姿においても。
日常の活動においても。
人と関わるのがつらい。
基本的にポジティブで社交的、遊んだり飲みに行くのは本当に好きな人間なんだ。
盛り上げるのも好きだし、気配りも人以上にする。
でも、弱みをさらけ出す強さがない。
自分がつまずくと、それまで気づいてきたものを全て捨ててしまいたくなる。
しかし、いつも余裕を持ちたいという気持ちが、一歩引いた、自己管理のできた、
デキた人間を装うクセがついている。余裕を持った人間として、悩みを聞いたり
助言をしたりする。自分のことをダメなところもあるが、十分に理性的な人間だと
信じているから。
もしかしたらパーソナリティー障害なのかもしれないが、状況は変わらないから
あまり関心がない。
思えば勉強に集中できなくなったのも、いろんなことが自制し辛くなったのも病気
になったことが原因のひとつかもしれない。そわそわして集中できる時間が短くな
ったし、胃に物が入っていると不快でもはや寝ることしかできない。とはいっても
意識的に改善できる範囲まで状態は回復しているので病気というより、悪癖という
ほうが正しいと思う。自分のためにも他の人のためにも禁煙するように意識的に悪
癖を改善していきたいと思っている。
まあ、勉強に関しては単に勉強する習慣がなくなったというのが最大の原因だと思
うが。
アウトオブコントロールの状態は、手綱のない暴れ馬にまたがっているような感覚だ。
自分の欲望を御すことができない。
自分の行動を御すことができない。
今は、自立したオトナになりたいと、強く、思って生活している。
そのイメージが、生きる糧になる。
最後に。
恥さらしな文章に付き合ってくださってありがとうございました。
そこで、インターネットを使った出会いがないものか考えてみた。
まず2ch系等の掲示板にあるメル友募集スレッドに書き込み、メル友を募集をするというスタンス。
もちろんメールが来るはずがない。
ではこちらから募集している女性にメールをしてみることにした。
とりあえずどのぐらい返信が来るものか試してみたのだが
20人の女性に送った所、返信が来たのは4名。うち1週間以上メールが続いたのが1名。
何故そのような状況になるか。
話によれば、女性の書き込みに対して、20人以上の男性からメールが来るようだ。
つまり何名とメールをしているかは知らないが、少なくとも10倍以上の倍率なわけである。
選び放題である。気にならないメールを送ってくる男性は切り捨てればいいのである。
もちろん当たり前の行為なのだが、その選別が1通目から始まるわけである。
こちらのパーソナリティなんて知ったこっちゃないわけだ。
一夫多妻制というものがあるわけだが、まさに一妻多夫制である。
我々は一人の女性をめぐって、現実以上の競争を行わなければならないのだ。
ホリエモンとか茂木とか韓流アイドルとか小沢とか上地とか、みんな露骨に嫌いすぎじゃね?
2chでもはてなでもtwitterでもどこでも、「こいつ大嫌い」とか「韓国死ね」とか「人間のクズ」とか、あげく「諸悪の根源」とか、平然と言う人がたくさんいるように見えるんだけど、お前どんだけそいつのこと嫌いなんだよって感じがするのは俺だけ?
そいつに対して強い嫌悪感抱いてるとしても、黙ってればよくね?
匿名で2chとかに書いてスッキリするのはまだわかるとしても、固定IDとか実名で、「私の立場は反○○です」みたいなことを堂々と言っちゃうのはどういう意味があんの?
そもそも、会ったこともなければ、直接自分がなにかされたわけでもない他人のことをどうして心の底から嫌いになれるのか、俺にはさっぱりわかんないわ。
あと、そういうひとって、右翼だの左翼だの犯罪者だの在日だの、それが確定的かどうかは別にするとしても、ある一部分の性質をみて、それをその人のパーソナリティのすべてだと思ってる(ように発言する)やつが多くない?
いわゆる『決め付け』とか『レッテル貼り』みたいなことなんだけど、「こいつは過去に右翼的発言をしたことがあるから、きっとこの件についてもそういう意図が含まれているに違いない」ってな感じで、自分が知らない他の可能性なんかがまったく見えなくなっちゃうのも、わかんない。
人間なんだからさ、根っからの二次元オタクが三次元女性に恋をしてリア充になることだってあるだろうし、金ばっかり稼いできた人が本当の善意で寄付したりすることなんていくらでもあると思うんだけど、なぜか「二次元オタクは恋愛弱者で生身の女性のことなんて理解していない」とか「金持ちが自分の利益にならないことをするわけない」とか、本気で思う人がいて、更にそれをわざわざ糾弾する人がいるってのがふしぎ。
全部わかって乗っているなら止めないし、実際個人的には、高岡のようなパチくさいオッサンが多少世の中にいるのはむしろ面白いと思ってはいるのだけれど、運動音痴科学好きのライフハッカーが、ナイーヴにコロコロ転がされているのだったら、他人事ながらちょっと心配だ。
せめてニセ科学に対するのと同じ程度の警戒心は持った方が良いんじゃないか。
あるいは、それくらいの寛容さとテキトーさを、ニセ科学にも適応してやってくれないか。インチキくさいものが多少あった方が世の中面白いし、高岡にコロっとやられている人をこうして眺めるように、ニセ科学にまき上げられている人たちも「アホやなぁ」と「寛大」に眺めてやったらどうだろうか。
ゆる体操とか全然知らないのだけど、ニセ科学批判クラスタにアピールするなら、
に焦点を合わせて訴えるといいと思う。
ニセ科学を「「アホやなぁ」と「寛大」に眺め」て済ますわけにはいかない理由はそこ。ホメオパシーがあれだけ叩かれたのもそこだよね。
モノは無害で国によっては医者がプラセボ代わりに処方するくらいのものだけど、ホメオパシージャパンみたいなカルトまがいの組織が組織拡大と組織防衛のために上のような傾向を強めていくのが問題。
ホメオパシージャパンのヤバさは、やっぱり由井寅子のパーソナリティに依存するところが大きいと思うので、高岡英夫のパーソナリティに注目して、今後ヤバい傾向を強めていく危険性に警戒しよう、っていうのはアリだと思う。
でも、事が起こる一歩手前の状態でどこまで言えるかってのは難しい問題で、ニセ科学とかカルト宗教とかをウォッチしてる人で、こいつはクサい、と思ってても、まだヤバいところまで行っていないか、あるいはまだ尻尾を出さない、という理由で保留にしてるネタって色々あるみたい。まあ、そういう時に増田って便利だよね、ってことで。
1 目標や願望が明確になってはじめて実現に至る道筋が見えてくる
2 共通の目的を持った協力集団の結成が、自分の脳力以上の成果をもたらしてくれる
4 求められるよりほんの少しのプラスアルファの努力を継続したヒトは大きな果実をテにすることができる
5 魅力的なパーソナリティが人を引きつけ、仕事を惹きつけ、成功を引きつける。
具体的には
積極的であること
柔軟性があること
正直・誠実・率直であること
決断力があること
機転をきかせていること
笑顔を心がけていること
寛大さがあること
6 パーソナル・イニシアチブを取って行動し、素早く行動にうつすヒトは成功に近づく。
7 物事を前向きに捉える積極的な心構え(PMA)が目の前の事態を好転させる
8 熱意(エンスージアズム)こそが前へ進むエネルギー源となり、 自己だけでなく周囲をも動かす
9 自己訓練を行い、自らの思考を前向きで建設的な方向へコントロール出来なければ目的を達成することは難しい
10 事実関係を正確に把握していなけえれば、成功への道筋を誤る。 事実と見解を区別し、健全な疑問を持ち、思い込みを排除することが必要。
11 集中こそが目的を達成するために必要な偉大な力である。アレもコレもと手を伸ばさず、エネルギーを一点に集中すること
12 的確な役割分担により、効率的に成果を生み出すことができる チームワークのルールを理解していないものは小さなパワーしか産み出すことができない
13 逆境は成長するまたとない機会であり、決して恐れたり逃げてはいけない
14 成功の鍵となるクリエイティブビジョンは、既存のアイデアを生み出すことで、それまでになったものを生み出すことである
15 こころと身体の健康がないところに成功や幸福は訪れない。ヘルス、ストレスのマネジメントは必須
16 お金や時間に対するポリシーや計画性のない人間は、いかなる場合にも安易な道を選び、同じ過ちを何度でも繰り返す。己の富に対するポリシーを明確に持つこと
17 習慣のチカラこそがこれらすべての要素を機能させる最大の鍵である。
どのような要素が必要であるかを学んだ後は、良い習慣作りのための方法を身につけ、それを実践していくことで成功を手に入れることができる
幸せってたぶんその人にとっての生きやすさ(あるいは息やすさ)なんだろうな。それがベース。何よりも大切な基盤。
生活保護とか金がどうこうってのじゃなくて、愛だの恋だの、モテるモテないコミュニュケーション能力云々とかじゃなくてさ、もっと根源的に平らかな思想があると思う。
無論、そういったことが基盤になってる人だっている。パーソナリティーの基礎として人格にとっての重要な位置を占めている人は確かにいることだろう。
将来を見通して計画的に目標を乗り越えていくことが、すなわちその人にとっての生きやすさを保証したり実証することだってあることだろうし。
だからそう言った人々を否定したり馬鹿にしたりするつもりはない。そもそも幸せの基盤を比較できる確かな尺度を持ち得ていないから判断できない。
人は人、自分は自分。つまりはそういう事で、どんな基盤だって正解だろうし、間違っている部分があるのだと思う。
話がズレた。平らかな思想について。その上に積み上げられていく、幸せを形成するたくさんの部品について。そんな事のはずだったのに、どうにもダメだ。
まあいいか、こんなポエムチックなもので。いやポエムにすらなってないか。とにかくもうこれでいいや。
幸せはその人にとっての生きやすさ(息やすさ)に相応/比例する。
すごく当たり前のことだったけど、ちょっと前に気がつけたので取り敢えず記念に残しておこう。
それにしても、こう云った一瞬の「気づき」には鮮度が大切だね。三十分ほど間を空けるだけで随分とツヤが落ちてしまう。
冗談で言ってるのか、本気なのかわからないけど、本気で考えるなら、まず店の人に
「持ち込み料払うので持ち込んだ酒飲んでいいですか?」
から話が膨らむと思う。
そうだね。それが普通だよね。でも、しなかったなぁ。
で、それらを省略してた理由は前後の話の流れと女子Cのパーソナリティから考えて、下記の会話が俺の中で脳内再生済みだった。
なので、俺がこんな発言をする。と。
そういう意味では女子Cが自腹を切りたくないから、持ち込んだ酒を飲もうと言い始めた。
と、断定してしまってる俺が悪いのかもなーって思った。
女子Cにとっては、この省略された所自体が成長できるかどうかのキモなのかも?
あぁ、そう言われると、なんだか悪い気がしてきたなぁ。
例えば、現在進行形で配偶者から暴力を受けている人に何が出来るだろう
例えば、現在進行形で津波と地震と放射能の被害にあってる人に何が出きるだろう
例えば、例えば、例えば
自分の生得的な問題や、家庭の問題や、人間関係や、知り合った他人や
そういったありきたりな出来事が理由で、臨床の現場に立ちたいと思った
クライアントが中心でも良い
実際に臨床の現場に立って何もできずに終わっても、そこから努力すればいい
そう思っていた
けれど、もしクライアントが現在進行形でその問題と肉薄してるのだったら
部屋から一歩でも出れば、同じ現実が何の変わりもなく待ち構えている
A: 笑顔が素敵な人がいる。いつもニコニコしている。人からは結構好かれてる。
B: 笑顔が苦手な人がいる。いつも暗い顔している。 人からは暗い人と言われている。
さてここで考えてほしい。
上記のAとBは自分にぴったりの仕事を見つけることに成功しました。
さてどんな職業でしょうか?めちゃめちゃ大雑把で構わない。
ニコニコしたら(していたら)喜ばれる職業は何か?ニコニコしてるとお客から不謹慎だと思われる職業は何か?
逆に。
ブスッとしてるほうが喜ばれる職業は何か?ブスッとしてるとお客から不謹慎だと思われる職業は何か?
だいたいこの4つのカテゴリーに分けられると個人的には思うんですよね。
答えは…求められたら書きます。ただ、私の主観なので絶対的な正解でもないとだけ言っておきます。
私が言いたいのは、自分の”特性”を真剣に考えて、それを”活かす”ってことに焦点を絞ったほうがいいと考えています。
もしその”焦点”がわからないのなら本を買って読んだらと思います。(極力、ネガティブなメッセージ性の本はおすすめしません。あと命令形のも。)
他人なんて本当に自分のことしか考えていません。(私も含め。)
他人があなたのことをどうこう言おうが、あなたにはまったく関係のないことですし、
あなたが自分のパーソナリティをどう思っていても相手には関係のないことなんです。
だから他人の目を気にする(気になって仕方ないと思いますが)のは辞めたほうがいいと思います。
話をめちゃめちゃ飛躍させてもいいのなら私がおすすめするのは、海外にでることだと思います。3ヶ月くらい。1ヶ月でもいいのかもしれませんが。
だいたい他人の目を気にし過ぎるのは日本人特有の物だと痛感しています。「美徳」と捉えるかはあなた次第ですが。
断っておきますが、モノには程度というモノがあるので悪しからず。
私としては過剰の「美徳」ってのは「強制/矯正」だと考えていますが、ある程度の「美意識/誇り」は何事も必要だと思っています。
最近の”ホント”の若者にこの「美意識/誇り」が無くなってきている(もしくは元々持っていない)人が増えてきていると個人的に思っています。
それはそうと、
だいたい他の国の人見てて時々、「もう少し他人の目と言う物に気を配れよ」と思うとき多々あります。
まぁそれは国々によりけり、文化ってもんなんで仕方ないと思っていますが。
まぁそんなところです。
流れはここで把握できるが、
当然のことながら、都条例改正案成立によって死すべき運命なのは、実在青少年ではなく、非実在青少年である。
それも、規制そのものよりも、自主規制による影響が大きいと言われる。
その、自主規制による死者(=自殺者)第一号が、なんとTwitter上で出た。それが「みつばと」である。
今回の騒ぎは要するに「作:mituba_To、主人公:みつばと、語り手:みつばとの兄」という(おそらくは自作自演の)狂言であろうが、
〜というような感じの「芝居」についての批評まがいのことは、どうせネットで誰かがやるだろうから略。
閑話休題。
みつばとは死んだ!(なぜだ!?←坊や(=非実在青少年)だからさ)
しかし、キャラクターは新たに語られる度に、別の生を生きることができる。
それならば、規制反対派として、規制による犠牲者第一号であるみつばとを死んだままにはしておけまい。
俺の主張はこれだけ。
二次創作による救済を!
AKB48のオールナイトニッポン1月14日
1月20日から渋谷でAKB48のコンサートが行われ、それを全国の映画館で中継することになっている。
それについて大島いわく
うちのお父さんは映画館4日間ともチケットもう取りました(さーすがー すごーい)。
見に来れないからさ、身内もう来れないじゃない(うーん。来れなーい)
「だからあチケットお父さん今日4日間取ったよ」と連絡が来ました。
よかったー。どっか栃木県のどこかでお父さん現れるかもしれない・・よろしくみなさん
驚いた。そしてちょっと感動した。
つまり、あの大島優子であっても、自分の実父のための席を用意することができないということだ。
たとえ大島の父であっても、チケットの抽選で優先的に扱われることはないということだ。
そういうことを、彼女はさらっと語った。
ファンは大島が父親に席を用意しても許してくれるだろう。しかし、AKBというシステムはそれは許さない。
そして大島も(北原、田名部も)それが全く自明のことと受け入れている。
どんなにビッグになっても、AKBは「会いに行けるアイドル」。それがAKB存在の原理だ。
AKBはファンと直接繋がっている。間に代理店とかギョーカイ人とかは介在しない。
そして全てのファンは平等。
この原理の前では、大島の父親も一人のファンでしかない。たとえ実の娘であっても、アイドルに会いに行くためには、同じ試練をくぐらなければならない。
「ファンを大切にする」という観点からは、この態度は圧倒的に正しい。
アイドルはファンにとって擬似的な恋人である。彼女一人対彼氏数万であっても、それは恋人関係に他ならない。
恋に嫉妬はつきものであるが、なぜ数万人の「彼氏」達は「彼女」を愛し続けることができるのか?
それは、そこに「彼氏としての機会(チャンス)は平等」という幻想があるからだ。
外の世界はアンフェアでいっぱいだ。出自、コネクション、外見。さまざまなセレクションが努力をあざ笑う。
だがAKBの世界は違う。努力は必ず報われる。CDを100枚買って握手を100回すればきっと名前を覚えて貰える。
特別扱いされているファンはどこにもいない、努力すれば「チャンスの順番」はきっとくる。
だからメンバーの恋愛はご禁制だし、特定のファンとの非公式な接触はご法度。
たとえ大島の親であっても特別扱いはできない。
実に正しい。
恐るべしAKB。
恐るべし秋元康。
今では無事に、某一部上場企業の総合職でぬらりぬらりと暮らしています。
とある事情でシード権みたいなモノを頂きまして、Webテストも筆記試験も受けずに面接数回で握手までたどり着きました。
御社が第一希望ですなんて言わなかった。建前は一切使わなかった。全て正直に話した。はっきりいって、運がよかった。それだけです。
「会社に行ったら圧迫なんかよりつらいことがある」って忠告下さった方。
おかげさまで今のところ圧迫面接のような怖い出来事は起こっていません。
でも調子に乗ってお客様相手に結構な失敗をしでかし、申し訳ないと心から思うと土下座したくなるキモチは理解しました(してないですけど)
もしかしたら、人事の方が私のパーソナリティ?を汲んでくださって、そういう経験が無いようにしてくださったのかもなんて、
同期の話を聞くと思ったりもします。
ともあれ。こんな感じで、私は無事山手線を止めることなく生きています。
就活してるひと、圧迫面接を耐え抜いているひと、大学足切りをモノともせずエントリーを出し続けている人、
こんな私が仕事していてすいません。がんばってるみなさんのことは心から尊敬します。あなたは決して悪く無い。
今働いているところは日系企業なので、このまま居座ろうと思えば居座れるし、会社もそれを前提にお金をかけて育ててくれています。
でも、私の心の中では、それには反対。日本のガンは、新卒至上主義だと思うから。生まれた年が1年違うだけで人生が大きく変わってしまうなんて、バカげている。
そして私の周りには、私より仕事ができるのに私より不安定かつ低い給料で働いてくれている、派遣社員の人達が居ます。世の中おかしすぎる。
その大学というムラ社会の持つ残酷な所は、ムラ社会に所属してない奴に有益な情報が行き届かないということ。
実際は大学というムラ社会より、政界、官公庁、大企業、学会などというムラ社会のほうが残酷で無慈悲なんだがね。
大学はそれらのムラ社会に入るためのパスポートというべきかな。
日本社会は上の社会階層に行くほど家柄や学歴といった出自が重視される。
人間は平等ではない。金持ちの間では常識な事を貧乏人は知らない。
エリートが当たり前にやっている事を非エリートは知らない。知らされない。
株とかそう。どこの株が儲かるか一般に情報が知れ渡る頃には儲け時は終わっている。
年金とか助成金がらみの情報は、自分から情報にアクセスできる層にしか知らされない。
ブンなぐりゃいいじゃん?
辛いの苦しいの病気だの言ってるヤツが出来るならそうしなよ。それで何かが変わるならそーしたらいいよ。
そして病人として病人ライフを全うして病人として死ぬならそれがいいじゃん。
そんなもん個人の考え方だよ、自由にすりゃいいじゃないか。一生自分を病人と認識しながら生きるっつーのも一つの考え方じゃないの?おれは願い下げだけど。
まぁ、躁鬱には後天性もあるって説もあるから実際「病気」の人もいるんでね?
たださあ、俺は明らかに遺伝性の躁鬱なわけよ。
もー、電気ショック療法までやって治らんわけよ。脳みそがそういう作りなわけよ。
一生これにお付き合いして生きていくうえで、それが「病気」だって捉え方は絶望的だよね。
なにより「病気」と思って付き合うよりは、自分のパーソナリティとして把握して適宜コントロールすべきだよね。
一人の人間として真っ当に生きたいと願うなら、自分は病の中にあると考えてはやってけない。
自分はそーいうものだから、傾向と対策をしながら生きていく。そういう風に考えないとやれないでしょ。
だって治らないんだから。
苦しい苦しい言うのは簡単で、大事なのはそれからどうするかじゃないのかねぇ。
何度も言うけど、苦しいなんて当たり前。別に押し付ける気もない。ビョーニンとしていきたいならそうすればいい。
でも、対応次第は「個性」レベルまで引き下げられることもあるよ、それはそれでいいもんだよと俺は言いたいだけで。
「個性」レベルまでなんとか対応してこうぜ!と言ってるわけで。
あなたはそーじゃなくて、病人として遇してもらいたいんでしょ。それでいいじゃん。そうやって生きていけよ。
所詮は認識の問題なんだから。
テリー伊藤とかも、本当に金にならないのかな?
カットせざるを得ない部分があるのは分かるけど、
むしろ、CD化した時に、「あれ?」って思わせるのも手だと思うんだよね。
本当にそのコンテンツが売れる中身なら、そのカットされた部分聞きたさに
リスナーは増えるんじゃないのかな?
ネットラジオだって、本当に「何時でも聞ける」なら、さほどリスナーって増えないと思うんだ。
でもほとんどの配信が期間限定で、CD化もされないからリスナーが付く。
ある程度の生もの感は必要だよ。
AKB商法は売れるだろうけど、それで何かが売れなければスポンサーは付かない訳で
(ファンってのはあくまで購買層だからラジオが今の形態である以上直接の収入源にはならない)
そこにはラジオでなければならない理由が必要になるよね。
ローカルの人気ラジオ番組はマメに地元企業とタイアップしてたりすると思うけど。
そんなに効果はないと思うんだよね。(所詮主婦層向けだし)
やっぱりパーソナリティで売っていく必要はある思う。
正直、「その程度の内容」だったら、PPVにするほうがもっと敷居は高いと思うよ。
ネットラジオだって有料配信はそれなりの内容や付加価値を求められるんだから。
無料で、大したハードも要らなくて聞けるのが、ラジオの唯一の利点じゃないか。
ラジオって、生モノ情報と、曲しかないのか…?パーソナリティ的な物はあまり期待できんのかね?
全部が全部やらなくてもいいんだよ?1コーナーでも金になるのを流せればいいんじゃないのか。
よく、番組内でタレントのコーナーが脈絡もなく入っていたりするじゃん?ああいうの。
正直、今のコンテンツじゃ質は悪いと思う。
売れない、ってなら売れるトークが出来るタレントを使えばいい。
CD化する時にプラスアルファすれば全部録音するようなヘビーリスナーだってついてくるし。
曲だって、権利が難しい流行の曲ばっかりじゃなくてもいいと思うんだ。
なんだったらインディーズだっていい。
要は、その曲+α(パーソナリティ)が付いたほうが、曲だけのアルバムよりも面白いものであればいいんだから。
今こうだからダメ、じゃなくて、
こうしていく為に中身も変えていく、って必要はあるよ?