はてなキーワード: アングロサクソンとは
ついに本音が出たね。
ようは生産性とか全く関係なくアングロサクソン並にゴミみたいなサービスを国民に提供して高い値段でゴミみたいな餌を売り付けたいわけでしょ?
当方、某アングロサクソン系の都市にすんでるけどここの外食は本当に酷いよ。日本基準のものだと夫婦で一万近くすることも少なくない。
安いものだと品質が悪く、砂糖や油がおおくてあっという間にデブになる。カオスなような外食事情だよ。そんな糞みたいな餌に切り替えたいだけだよね。
はっきり言って業種を限定しすぎたのがお前の敗因だよ。
生産性で違いが出るのはキーエンス、エヌビディアやアップルなどのハイテク系の企業であって飲食などの単純系は生産性に大きな違いはつかず製品品質に表れるだけ。それどころか日本の生産性は平成ゴミワールド時代から単純労働に関しては高いと言われてる。
アジア(アフリカ)に先進国(※)が少ないというのも関係してると思うけど
遺伝的、文化や宗教的(出る杭叩く社会、石橋を叩く社会、勢いで突っ走れる社会等の国民の雰囲気や政治的な援助、援助というか規制が緩いほうが有効か、怠け者頑張り屋さん、職人的になりがち、新しいことに挑戦しがち)とか、どこの違いで国力の差が出たりしてるんだろう
って、中国が意外と伸びないてのを読んで思った
インドがどこまで行くか
人種差なんて個人差のほうがでかいから吸収されやすく、結局は社会(マインド)と国からの規制なんかね
ネイティブシンガポール人とか今後活躍しだしたりしないのか世界で
米独り勝ちなのは、成立が新しいので規制が緩くチャレンジに寛容?
やはり、自由
人種差でおそらく体力的にも知能(というかどの分野に向いてるか)毎にも向き不向きあると思うんだけど
調整っていうのは、アングロサクソン向け(が好成績残しやすい)競技とコーカソイド向け競技とかの比率を合わせるとか
米 後進言い換えたのに先進だけ残ってるからいつも先進国って何に言い換えることになったんだっけ? て調べて変わってないんかい! ってなる
その村は、実に奇妙な村だった。
おおよそ布と呼べぬようなボロきれを最低限、身にまとう格好で生活し、浅黒な肌は古来の原住民を思わせ、ぱちりとした大きな目と背の高い鼻は相手を威嚇するようであった。
こうした彼らアングロサクソン系に属さぬ種族の暮らす集落は、全体の人数はおおよそで百人前後。
森林に囲まれた場所に集落を築き、たいして大きな村とも言えず、互いの顔を知り合い、共存して暮らしている。
まさに一個の家族、巨大な集合体のようなもので、かれらは時計的時間に暮らさず、出来事時間によって生活をする。
つまり村のF氏と午前11時に会う約束をするならば、「11時に会おう」と言うのではなく「子牛を散歩に連れ出す時間に会おう」という必要があった。
尤も、11時ならば彼は散歩に行くので会えないことにはなるだろう。
然しこうした出来事時間を持つ社会的集団は少なくなく、それはむしろ、急激に進歩を遂げた我々とて同じ。
以前、といっても数百年ほども前だが、とにかくそのころは我々先進国であろうと正確な時計は持たず、正確な時刻を知らずに暮らしていた。
故に、時間、というものは絶対的なものに成り得ず相対的であり、さらには個人的。
各町、各村によって時間は異なり、時計がずれている事さえも常識であった。
だからこの町が奇妙だと、
そう評するのは何も、こうした出来事時間に添って暮らすためではない。
彼らは我々との認識が、著しく異なっていたのだ。
そう、”死”に対する認識が。
彼らは”死”を恐れない。
いいや、そうではなく、むしろ彼らは”死”を喜んで受け入れるのだ。
まるでそれが大層めでたい事のように。
その事に気付いたのは、滞在三日目の朝だった。
日の高さが頂点付近にまで登り詰めた頃に起床すると、いつもと違う雰囲気に戸惑い、太鼓の音などが聞こえ、辺りには明るい民謡のような、陽気な歌声が響いて回った。
それからテントのような簡易的な宿を出ると、村の人々はみな笑顔で、子供などは小躍りしている。
「なにごとかね?」
するとその男は「ああ、あの家あるだろ」といって軒先の一軒を指差し、あそこの爺さんが、雄鶏の鳴く頃に死んだんだ、と私に言った。
満面の笑みでだ!
私は奇妙に思い、「どうしてみな笑い、騒いでいるのだ?」と訊ねた。
すると男は不審者を見るような視線を私に向け、「めでたいからに決まってるだろう!」と言った。
私はますます分からなくなって困惑したが、同時に彼らの習慣にえらく興味が沸いては、滞在予定の一週間を変更し、長期に渡って居続けよう、という気になった。
彼らが何故 ”死” を祝福し、そして恐れないのか。
そもそも、私が間違っていたのだ。
”死”は恐れるものではなかった。
私は彼らに訊いた。
「どうして”死”がめでたいのか?」と。
すると彼らの一人は笑顔でこう言った。
私は人間だ。
そして、私は既に死んでいたのだ。
それだけに過ぎない。
片割れの私は既に死んでいて。その死んだ片割れこそが ”死” だったのだ。
もしこれまでの私と今の私とに違いがあるのだとすれば、それはその事に気付いているかどうかの違いに過ぎない。
私は教わった。
誰もが、いや、どの生物も、不完全で生きてるのだということを。
それは半身が欠けているからであり、人間なる生き物は、そうしてかけた半身に
”死”
という名前をつけたのだ。
誰もが死を恐れながら、死に惹かれ、死に関して興味を示すのは無理もないこと。
理由が分ければ明白で、それは自分を求めていての行動だったのだ。
誰もが自分のかけらを求める。
それはそうだ。
すべてのことを。
私の半身、それが持つ、きおくのかけらは、いのちのかけらなのだ。
今の私は好意的に ”死” を向い入れよう。
いいや、これでは言い方が適切でない。
”自分”
を受け入れる。
ただそれだけのことだ。
私は枝木のように細まった腕を床で十分に見つめた後、ゆっくり目を閉じる。
やあ、こんにちわ。
そんなふうに声をかけて、
そんなふうに思いながら、
私は安らかな表情をして、意識を失った。
日本のリベラル様は経済学者の成田悠輔氏が天下のニューヨーク・タイムズ(書いてんのはいつものジャパンバッシャー女記者)に取り上げられて、イェール大学を首になればそれで満足なんだろうか。
ふだん海外メディアに接してない情報弱者達が喜んでるようだが、どれだけリベラルなメディアだろうと、アメリカの社会問題に何の関係もない、ただの一属国の抱える問題について過激な提言をしたところで、いちおうおリベラルの体裁として眉をひそめてはみせるだろうけど、所属大学へのキャンセル運動なんて起きないよ。
成田氏の師匠であるヨシュア・アングリスト(2021年ノーベル経済学賞受賞)だって、「彼は才能ある研究者だが、些末なことでよそ見をしてるのは恥だ」くらいなことしか言ってない。
なんでもアングロサクソン様がオデの気に入らない人間を始末してくれるズラ〜というその汚い奴隷根性を日本の左翼は恥じたほうがいいのでは?
あと、こういうことを左翼が起こすことによって、国内への弱者への憎悪は益々高まるよね。成田氏は依然根強い人気を獲得してるのに、弱者商売で飯を食う左翼たちが海外の一流大学に所属する優秀な研究者を破滅させようとしている。言論の自由があるこの国で。そういうことを知ったら、老人や知的、精神障害者達への日本のまともな納税者の憎しみはもっと膨れ上がることになる。 「あっ・・弱者と、弱者商売のサヨクを生かしておくと、優秀な人間が足を引っ張られるんだな。これではこの国は終わりだな」と彼らは考えるだろう。
そうなった時本当に陰惨な国民運動が起きるかもしれない。日本の左翼は今せっせと自分がかかるギロチン台をこしらえていることに気づく日は来るんだろうか?
ラスキンは、委員会は 「大規模なロシアの偽情報とソーシャルメディア上の白人民族主義者の暴力的扇動という真の脅威 に焦点を当てる方が良い」とおかしなことを主張した。
バイデン政権による憲法修正第1条の簒奪と同様に、ラスキンの同業者の目的は検閲とそれに伴う国家権力の増強であり、反対者の議論や主張の真偽を問うことではない。
バイデン政権の役人が戦時中の修辞学的戦略を使って、反体制派を中傷しているのは周知の通り。そうすることで、彼らは批判者を検閲するために、反対意見を公共の安全への脅威とわざと混同している。
公衆衛生(コロナ)について議論するとき、政権は一貫して 「誤報 」「偽情報 」というレッテルを使う。しかし、政府の運営について知れば知るほど、これらのレッテルは政権として不都合だからレッテル貼りをしているのであって、情報が必ずしも虚偽ではないように思われるのだ。
ノルドストリーム1・2パイプラインは、2022年9月に爆発した。10年以上前からロシアからヨーロッパに天然ガスを送っており、ロシアは当時2を開発中だった。ニューヨーク・タイムズ紙などは、この爆発を 「ミステリー」 と呼んだ。
この妨害工作は、米国の同盟国であるヨーロッパに大きなエネルギー危機をもたらした。欧州はガスの40%近くをロシアから輸入しており、ノルドストリーム1はその約3分の1を供給する役割を担っていた。
米国が海軍の潜水士を使ってロシアのパイプラインを爆発物で破壊する「秘密の海上作戦」を実行したと報じるところもある。
2022年のロシアのウクライナ侵攻に先立つ数週間、バイデンは、戦争になった場合、パイプラインに対して行動する意向を表明した。
「もしロシアが侵攻してきたら...Nord Stream 2はなくなる 」と記者団に語っていた。「我々はそれに終止符を打つ」
「具体的にどうするのですか?」と記者は尋ねる。
ビクトリア・ヌーランド国務次官(政治問題担当)も同様に明言した。
プーチンは、パイプラインに対する「テロ攻撃」について、西側諸国の「アングロサクソン」を非難した。プーチンは報道陣に対し「それで利益を得ている者たちがやったことだ」と述べた。バイデンは、プーチンの非難を 「偽情報と嘘を流布している」と厳しく非難した。
ホワイトハウスの国家安全保障報道官エイドリアン・ワトソンは、バイデンの主張を支持し、プーチンの非難を 「ロシアの偽情報 」と言及。ロシアの国連大使もまた、米国が妨害工作に関与しているとほのめかした。これに対し、リチャード・ミルズ国連大使は「陰謀論と偽情報 」と反論。
ノルドストリーム・パイプラインに対して行動を起こすと司令官が明言したにもかかわらず、信じた報道陣は、破壊工作に西側が関与しているという非難は「根拠のない」「誤報」「偽情報」「陰謀論」だと政府の話法をひたすらパロっている。
これはすべて、コロナ時代の情報戦と同じパターンに従っている。不都合な物語が生じると、政府とメディアのレミングはそれを嘘で危険なものとして中傷し、数ヵ月後に問題の論争が真実(あるいは少なくとも非常に妥当なもの)であることが判明するのである。
自然免疫、ワクチンの効果、マスク、実験室漏れ仮説、学校の閉鎖、監禁、社会的距離の取り方の科学的根拠をめぐる論争は、このような報道のサイクルをたどったほんの一例である。
これは、ハンター・バイデンのノートパソコンに関するニューヨーク・ポストの報道と同じパターンであった。そして今、ビッグテック、情報機関関係者、連邦政府を巻き込んだ汚職を調査する公聴会で、ラスキンとその仲間たちは、おなじみの検閲の策略に立ち戻った。
検閲官にとって、真実ではなく、権力の増強が主な目的であることに変わりはない。この目的を達成するために、彼らは反対意見を国内テロと混同している。
たとえば、国土安全保障省の「国家テロリズム諮問サービス」は、2022年2月に誤報と偽情報をテロの脅威として挙げている。このメモでは、これらの脅威を 「政府に対する国民の信頼を損ねる 」ための取り組みと位置づけている。
COVIDとウクライナの両方について、最も強力なアメリカの勢力は、アメリカ国民に繰り返し嘘をつき、誤解させた。彼らは自分たちの繊細な虚構の物語を守るために批判者を検閲し、政府に対する国民の信頼が薄れているとして他人を攻撃する。