はてなキーワード: 格差拡大とは
そもそも、資本主義は(新)自由主義とケインズ主義を含み、社会主義はケインズ主義とマルクス主義を含む。
「資本主義」対「社会主義」というのは1990年以前のケインズ主義の成果を資本主義として乗っ取って、さらに新自由主義を推し進めるためにケインズ主義を社会主義だと行って批判するためという詐術よ。
ケインズ主義は、政府が何もしないと一度大規模経済危機を迎えたあと永久に不景気を続けるから金融、財政、税制で左右するのが望ましいという考え。
更にその財政の一部が困窮者への給付だったり、企業がリスクを取れない段階の科学研究投資でもある。
マルクス主義は景気変動があるから政府がすべて管理するのが良いという考え。
自由主義は格差拡大と、1930年世界恐慌大規模不況の後の企業の保身化と低迷に対応できなかった。
なので、世界はケインズ主義とマルクス主義に移っていった。ケインズ主義が資本主義、マルクス主義が社会主義。
そうして冷戦が終わった。さらに、オイルショックや、一部の国の経常赤字化にケインズ主義が対応できないからと、自由主義が新自由主義として復活した。
そこで新自由主義が資本主義、ケインズ主義が社会主義というすり替えが起きちゃったんだよ。
また、新自由主義は今すでに財産を持っているやつにとっては税金安いし、自分がやりたい放題できるからありがたい。なので、資本主義対社会主義で、社会主義は悪だ!のような言説で通そうとする。
成功した資本主義というのは、いま社会主義だと言われてるケインズ主義なんだけどね。そして今は、1930年以前に失敗した資本主義の再来。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/shota_hatakeyama/n/n5662ae20a1e9
上記の記事を見ながら思ったのだけど、これは高等教育を受けたものだけが富を得られるという構造がやはり大きい。
日本にもあるがアメリカは人種問題や教育制度の仕組みもあってより深刻になってる感じがする。
日本でもアメリカでも教育は誰でも平等に受けれることになっており、勤勉に努力したものだけが努力の結果の報酬として様々なメリットを受け取るのは資本主義的に正しい気はするし、インセンティブの管理としては妥当に思える。
この前提にたって「自分たちは勤勉であったから価値があるのだ。怠惰だったものはもっと頑張れ」という主張は一見正しい。
このような人は所得の高い職に就き、お金持ちになるし何よりわが子の教育に再投資する。ゆえに正のフィードバックが回り経済格差は固定化される。貧乏人は教育を受ける余裕もなければ教育が大事という教育すら受けてないのだ。魚の釣り方ではなく魚そのものが必要な状態では仕方がない。つまり「自分たちが勤勉」という前提は必ずしも真ではなく「勤勉でいる事が容易な環境に生まれた」という本人には管理できない部分によるところも相当に大きい。もちろん「貧乏でも努力して。。。」みたいな例外はいるが例外は例外である。その例外を受け入れる姿勢は良いことだと思うけど。成り上がるチャンスはあるが、成り上がるより引き継ぐ方がずっと簡単とう話。
これが財閥クラスの真の大金持ちだと100年後の安定を求めて社会全体の教育水準を上げることが地域の安定や経済的な富になると考え投資もするだろう。彼らは社会基盤が安定してればもはや稼げるのだ。ゆえに社会基盤を安定させることが経済的な基盤を保つための原則だ。
しかし年収数百万だの一千万だの数千万と言ってる程度の中流階級な小金持ちはそうではない。競争に勝たなければ経済基盤が安定しない。勤勉が価値の源泉だ。ゆえに自分たちの同僚のような勤勉な黒人の権利を守るために働きかけるが、怠惰な黒人がどうであろうと基本気にしない。勤勉でインセンティブが得られるという構造が自分たちの利益になるのでそこを守るために動いている。
つまり「黒人差別はしないが黒人も白人も貧困層(=怠惰な層)を差別する」。別に博愛主義者じゃないので勘違いしないでよね。
もちろん、そうでない人もいるがそれは単にその人の趣味だ。「人はパンによって生きるのではない」。そういった趣味とか信念とか信仰の結果でそういった行動をする人たちももちろんいるが、経済的なメリットとか即物的なものじゃないので万人の行動原理にはなりづらいだろう。
自分は所謂がり勉でもないし、受験戦争とは無縁で家族からも過度に勉強を強いられたことはないが、塾にも通わせてもらったし大学にも行くことができた。
父は時折「お前は次男だから財産として渡せるのは教育だけだ」という事を言っていた。田舎の兼業農家なので継ぐといっても大層なものは何も無いのだけど、少なくとも人材的投資の価値を信じていた言葉だと思う。
まあ、母は学校の教師だし、父も大学ではないが農業の専門学校を出たようなので当時の地元としては高等教育を受けていた可能性は高く、そのサイクルを肌身として知っていたのではないかろうか。そんな話をしたことはないが。
いずれにしても、この状況から自分の価値感はかなり小金持ちよりだろう。実際、仕事してれば生きてける程度にはお金に困っていない。そういう感じで恩恵を受けている側なので50年、100年の未来に問題が噴出するだろうが積極的に改善するモチベーションが無いのも本当のところだ。人種によらず努力が実る環境は目指すが、努力しなくても何とかなる社会をそこまで目指してはいない。
現在の格差拡大は貴族と平民、大富豪と奴隷、そういった近代的な価値観とは違いあえて言えば平民同士の格差の拡大だ。そういった点が今回のアメリカ大統領選でも見えた気がする
大富豪は別なレイヤーに存在していて、どちらかとうとそちらの方が自分たちのメリットのために平等や底上げを目指していると思う。
構造的に政治の中枢というのはエリート、つまりここでいう金持ちが集まりやすいので抜本的な改善はクーデーターでも起こらない限り難しいのではないかな。。。
すでに富の再分配として日本でもアメリカでも高収入の人間は税金をバカすか取られてるわけだし。たしか日本だと少なくとも年収が年収890万円は無いと払った以上の公共サービスを受けてることになるみたいだし。まあ、実際は消費の担い手としての価値もあるから社会のお荷物というのは言い過ぎだけど。
これを程度レベルじゃなく根本的に変えるにはそれこそ社会主義的なドラスティックな変更でもないと無理な気がするし、個人的にはそうはなってほしくないというのが本音である。
まず萌えキャラがどこから来たのかというと萌えオタは根源的に社会に対して「不信感」を抱いており萌えオタを主要な商業的ターゲットとする萌えキャラは「安心感」「健康的」「笑顔」「手を差し伸べる」「バブみ」「若さ」「幼さ」といった不信感とは逆の記号要素を用いてデザインされていたのだがそのベクトルはどこまでいっても「楽しかった」あるいは「楽しくあるべきだった」過去への懐古といった方向性でしかなくモラトリアム成分由来の行動力は根本的に未来の方角を向いておらず萌えキャラと同様に少子高齢化や格差拡大、貧困化といった諸問題が進行し奇跡の一本松のように延命を図る日本の行政が「停滞」の象徴たる萌えキャラに惹かれまた縋るのは見方によっては当然の帰結であり一連の「若者のため」などと偽り若者の方向を見据えていない萌えキャラの起用される広報の続発現象は言うなれば日本という社会の「停滞」を象徴するかのような出来事である。
いきつくとこ無能は消費だけして、才能あるやつだけ働く権利をやるという社会主義体制になることでは?
途中にBIがあって、何もせずとも現在価値の20万ぐらいもらえて最低限は暮らしていけるが、わずか10%ぐらいの選ばれた働く権利のある人は最低手取り200万はあって、400万ぐらいは税金でさっぴかれてるような。最分配として10人中能力のある1人が20人分のBI払ってやるわけ。
どっちにしろもう少しAIやドローンが進化すれば、コンビニ程度のバイトは初音ミクがやってくれるようになるし3Kの仕事もペッパー君がやってくれる。
今、資本の格差拡大は止めようがなくて、実質99%の人が働かなくてもほとんど自動化で行き渡る食料も太陽資源もあって、それでも人が働かないといけないのは働く以外に「資本の再分配」をする方法がなく「生きがい」を保てないから。
でもどんどん技術が高度化していく世界で、労働人口全てが「働いて再分配をもらう」事にもう限界があるわけよ。改善に乏しい古い大企業の雇用を維持していくことも、政治のために動いてる道路や建設、交通などの大企業の雇用も、利権まみれな上どこまで延命させどんな重病でも治すかのような医療制度も、人口が増える前提での年金も、その複雑な社会保障や市民サービスを維持するための公務員も完璧さと公平さを保つために莫大なコストかけてるが、この大半が利権とメンツとバカなお客に怒られないために過剰なコストかけるような真面目なやり方じゃ国は赤字で成り立たないわけさ。
使わない道路や建物や、複雑な社会保障システムを公平に維持するために莫大なコスト払ってもなんの生産性もないだろ?
無理してでも働かないと、無理してでも雇用を維持しないと、無理してでも失業率改善しないと「再分配」と「生きがい」を保てないてのがおかしいわけで。それで一生懸命ブラック企業を生き残らせて、古い価値観とやり方の大企業を潰さないように雇用も守って、クソみたいな上司となんの意味もないクソみたいな仕事をやっても未来ないべ。
社会保障の管理に公務員をたくさん雇って賃金払うより、BIという仕組みで再分配するからその働く時間でゆっくり子供育てたり、遊びに消費する時間増やしたほうがいいでしょ。Googleに入る能力があったり、最先端の町工場を改善、特産品を作製する能力があったり、働ける能力があるやつだけ働けばいいわけで。
「労働」はいずれ「AI」に取って代わられる。それにともない衣食住や社会保障のサービスはどんどん無料に近づいていく。そのどこかのポイントで「お金」と「資本主義」は消え、働くことはお金のためじゃなく、それを本人がやる意義があるかどうかの「生きがい」か、人類としての問題解決に絞られていく。
ちがいます。日本のバブル崩壊で企業が資金過不足統計で資金余剰に転じている。欧米でも2008年リーマンショックで企業が資金過不足統計で資金余剰に転じる現象が起きている。
さらにいうと、不景気だと労働需要が低下するため、人あまりになる。賃金が安くても待遇が悪くてもきてくれるのになんで高い給料を払うんだというので、解雇規制が問題だと叫ばれ始めた。
しかし、解雇規制を緩めて派遣を増やしたところで景気は全く回復しない。首切り安い労働者を増やしたのも不景気と、少子化と格差拡大をを加速させた。
景気が回復しだしたのはそれこそリフレとして金の動きに手を入れるまで起きなかったし、解雇規制に対応した派遣拡大は逆効果以外の何物でもなかった。
またフリーハンドの法人税減税も逆効果だっただろう。だって企業のマインドは主に金を溜め込む方向に進んでいたから。
高い法人税に戻したうえで設備研究投資など使った分だけ減税にするか、使途がない部分について増税する留保金課税を全企業を対象にするなど、使うことと溜め込むことをメリハリを付けるのが大事。
アンチ安倍の主張とは裏腹に、安倍政権はビビリだから、新解釈の強行でも改竄でも、コトの本丸には手を付けない傾向にある。
原理的にはやりたい放題になる可能性はあるんだが、それを利用してめちゃくちゃやるのかというと、そうでもない。
森友の改竄も、読めば確かに文書の趣旨は変わっておらず、まあ政治家とか首相夫人の名前が消えてたんで一部の人らは発狂してたけど、
彼らの関与で土地の値段が下がったわけではないのは明らかだったんで、あれ、野党マスコミにビビりすぎたのが最大の失態なのよ。
要は安倍政権というのは、とりあえず政権が存続することが至上命題になっている感すらある。改憲ですら与党陣営へのポーズに見えてしまう。
安倍が巨額のカネを動かすとか、どこ見てもないでしょ。疑惑になるのは、政権周辺の、せせこましい案件ばかりだ。
それにしてもポスト安倍となると、与党にも野党にも、インパクトのある経済政策を語れるものが少ない。
ええ、安倍のやってることは緊縮ですよ。ただし安倍に信念はない。風向きが変われば、コロッと2回消費増税を延期したりもする。
信念がなければこそ、財政拡大派の学者をしれっとブレーンに据えたりもするし、またその下で金融緩和だけ続けつつ、財務省の言うがままインフレにならぬよういわゆるデフレスタビライザーで財政出動を抑え、財政健全化の実績を作っていたりする。
しかしこんな右往左往の安倍に対してですら、特にマクロの経済政策において、アベノミクスの問題点を個別に指摘し、うちの党は金融政策はこうやる、財政についてはこうだ、と語れる政治家もほとんど皆無だ。
アベノミクスは金持ち優遇!格差拡大!としか言えない奴ら、論外。「人への投資」しか言えないのも、論外。
さらにコロナ騒ぎで増税を正当化しようと躍起になっている連中が跋扈している。これに日本の国民が抵抗するのは、至難のわざだよ。
安倍みたいに汚れまくってる奴より、清廉な顔して、国民のために寝ずに働いてます、この身を犠牲にしてでも国民のために頑張ります、みたいな顔してる奴が、一番危険。