はてなキーワード: 騒音とは
プロゲーマーが騒音を注意されて「生きにくい世界だ」と不満を言った件、どうやら炎上してるらしい。
世間にバッシングされて、管理人にも注意されて、プロゲーマーのやる気が失われたら責任取れんのか?
例えば同接1万人を集める人気配信者。
そいつのゲーム実況がバカうるさい場合、不幸になるのは近隣住民の数人だけだが、そいつの配信は1万人以上を幸福にするわけだ。
どっちを取るべきかなんて自明だろう?
1~2人のために気を遣って、配信がつまらなくなったらどうするんだ?
こういう視点を持とうとせず、「マナーを守れ」の大合唱になってるのが本当に不愉快。
深夜の騒音注意に「生きにくい世界」「暴れたい」 プロゲーマー「逆ギレ投稿」が物議→本人がツイート削除
https://www.j-cast.com/2022/09/16445980.html?ly=cm
「特権意識で勘違いしてる」みたいな意見を見るが、実際に特別な才能を持ってるんだから、彼らの不満を取り除く方向でモノを考えるべき。
例えば面白い配信者が騒音を出して、壁ドンや注意を食らってやる気を失ったらどうするんだ?
近隣住民が不幸になる量よりも、配信者がやる気を失うことで不幸になる人間の方が多いってわからないのか。
最大多数の最大幸福を考えられない奴が多すぎる。
深夜の騒音注意に「生きにくい世界」「暴れたい」 プロゲーマー「逆ギレ投稿」が物議→本人がツイート削除
https://www.j-cast.com/2022/09/16445980.html?p=all
プロゲーマーには希少価値があるんだから、何とか保護しようと考えるのが自然。
才能を発揮できないのは良くないね、と考えられず、自分の感じる騒音ストレスばかり考える人達。
そんな人間に炎上させられて、J-CASTという炎上を拡散するカスメディアに取り上げられる。
まさに「生きにくい世界」だ。
現実的な対処法としては防音設備を導入するとか、ゲーミングオフィスに引っ越すとかになるだろう。
おたくのやどかりって不動産屋が、配信者やゲーマー向けの物件紹介してたような気がする。
未だに興奮して眠れない記録魔の自分がすることはやはり記録することだった。
時間による記憶の喪失が愛しい者を失うことの感慨さえも洗い流してしまうなら
それは人にとって救いであり、希望なのかもしれないが私はそう思わない。
私の猫が死んだという事実は私が生きている限りにおいて永遠に記憶されるものであって欲しい。
死んだ瞬間は悲しくなかった。
実を言うと今も悲しくはない。
死んだ瞬間はその事実に気づき、やはり死んでいる、生き物ではなくなり
外界を認知し変化させることのなくなった物体に変化した、そう認識した。
だから後悔はなかったのかもしれない。
医学は専門ではないがわからないなりに病院に行き、母と二人で注射器での薬の経口投与を繰り返した。
本人がどれほど嫌がろうとも。
猫の体調が悪いと気づいたのは一ヶ月ほど前からだった。
食事後に餌を吐くようになり、吐いた餌を食べたり食べなかったりした。
3日ほどで病院に行くことになった。
猫の体調が悪化するのと逆に自身の長年の体調不良は回復していった。
糖分を取らなければもろもろの不定愁訴が解消していったのだ。
2年以上に渡る体調不良は米を取らない。その一つの行動から回復していった。精神科にも通った。薬の効果も実感している。
しかしながら生まれてきた中で思い出せる限りの長い期間常に自身は体調不良だったのではないかと気づいた。
薬理的な効果以上に炭水化物を取らないことが自身の体調に寄与していることは明らかであった。
猫に話を戻そう。
とにかく彼女は餌を食べられなくなった。
異物を飲み込んだのではないかと判断した医者は様子見の生徒剤の投与後、内視鏡による異物摘出を試みた。
その時点に至るまで二週間ほどがすでに経過していたと記憶している。
また、気管挿管の際にミスをしたのか、呼吸音が異常になっていた。
次にしたことは猫を飼い始めた時にノミ・ダニの薬とワクチンを打ってくれた看護師に連絡することだった。
彼女らはすぐに来てくれ、この食事が良い。だの、この時期に猫が吐いてしまうのはよくあること。だの、医者は変えた方がいい。だの、と違う立場で自由な意見を述べた。
親切にしてくれたし、変化が必要かもしれないと、私は彼女らの言葉を聞き、近くの病院に医者を変えた。
今思うに、この判断は貴重な時間を空費するだけに過ぎなかったと考えざるを得ない。
やはり、医者を変えたあとも猫は吐き続けた。
次の病院で行われた治療は元の病院とは種類の違う吐き気止めとステロイドを繰り返し投与だった。長い二週間だった。
彼女は嫌がった。苦しいので当たり前だ。餌も飲み込めず、後に水すらも飲み込めず苦しがるほどの猫に経口投与を繰り返した。
しかしながら呼吸音はステロイドにより落ち着いた。そのように思えた。
ただ、嘔吐は二週間の間に違う餌に切り替えた努力も虚しく、変化がなく無駄だった。
私は調べうる限りの症例を聞いたが、最後にガス性のイレウスではないかと聞いた際にはっきりとそうでない理由を伺うことはできなかった。
このままでは食事ができずに死にますよ。そう伝えると彼の助手である女性の看護師は二次診療専門の病院を提案した。
この病院でのカルテは渡すので、治療データがこちらより豊富な元の病院から二次診療専門病院に連絡をつけるようにと言われた。
元の病院に連絡すると少し驚いた様子であった。
事実上、さじを投げたと言ってもいいだろう。
二番目の病院からでも出せる診察依頼を出すことなく、元の病院に戻したので少し呆れていたのかもしれない。
しかし私はそんなことはどうでも良かった。
20万円ほどの少ない蓄えも底をつき始めていたが、友人に借金してでも治療を完遂させようと考え、友人にもその旨を伝え、了承を得ていた。
そこからは彼女なりの治療プロトコルに従わないので苛ついているような反応を返すノミ・ダニの薬を売ってくれた看護師に話を聞いたり
死んだ場合どうすれば良いのかを考え始めたり、たまに来る母親に猫を見てもらったりした。
モノになったのだ。席を立ち、ジョナゴールドの発泡スチロール箱を見てやはり実感する。
眠っているのではないことは知っている。もう彼女は外界に何ら影響を与えることを許されないのだ。
ただただ衝撃だけがある。
元の病院の男性の医者ではなく、別の女性の医者が対応してくれた。
彼女は胸にあるしこりと、胸水が気道と食道を圧迫していることに気づいた。
猫はここでも抵抗した。麻酔なしでは胸のしこりを生検することはできなかった。
また彼女は、胸水の原因を特定しようと試みたが確実にリンパ腫が原因であるとは判定できなかった。
もしくは、今の胸水を専門医に判定させる。
私はCTを受けさせることにした。
そして初診を予約できたのがそれから三日後だった。
初診の前に血液検査を行うことになった。
血液検査の結果、異常は特に無いように思えたが猫白血病ウイルスが陽性であった。
こうなると寛解はしない。高額な医療費を請求されて生きられるのは半年から一年程度。
そういった認識があった。
友人とは相談した。
つねづね私は話していた。
単純な功利主義だけでは世の中回っていかないが、重度のケアが必要な猫を一匹救うより、未だに健康を保てている猫を二匹救うべきだと。
友人と私は話し合ったが明確な答えは出ず、それでもざっくりとした方針をなんとか決定した。
飼い猫はまだ4歳前後であることから、一度治療に成功すれば5年以上の生存の見込みがある。
そのためにならば50万から最大100万円程度の治療費を貸し付けることは容認できる。
しかしながら、一年の延命治療のために高額な費用がかかるのは私自身の考えからは外れてしまうこと。
つまり、リンパ腫など予後が悪い病状の場合は安楽死、ないし積極的な治療を放棄することを決定した。
初めてあった時から肩に登ってこようとし、私の無茶な要求にも反抗しようとすることはほとんどなかった。
左耳の部分が腐ったのか落ちており、付け根は膿んで肉が露出していた。
さくらねこというのだが、猫は避妊処理の後のリリースされると耳の先をカットされる。
メス猫は普通左耳の先をカットするが、彼女には左耳がなかったので右耳をカットされていた。
彼女は飼い猫以上に友人であった。
自分の鼻をすぐに舐めたがる犬のような猫であった。
その癖意地を張ってウェットフードを食べない頑固な猫だった。
時に一緒に眠り、また、顎をブラシで撫でてやるとゴロゴロと音を鳴らした。
肉付きはよく、4.4キロほどあったと思う。
話を戻すが治療方針を決めて二次診療専門の病院の初診に向かった。
母親に車を出してもらい向かった先でしたのは、元の病院の女医の話す内容とほとんど変わらない内容の説明を受けることだった。
また、治療方針として、胃ろうをして欲しいと言うと彼は自身が胃ろうは好きではないと話した。
ここでは結局治療をすることはなかったし、進展はなかったので詳しい話は省略する。
初診料として8500円ほどを支払い、帰路についた。
それからまた3日ほど経った日、水を飲んでも吐くようになった。
このままでは保たないと判断したので、点滴で水分だけでも入れてもらおうと元の病院に連れて行った。
体調が悪いこと、胸水を抜くのは抵抗されたので難しかったこと、9月1日にCTを取りに行く前にもう一度点滴を受けて万全の状態にすべきであることを女医は告げてきた。
次の日、つまり昨日(8月30日)その瞬間は訪れた。
呼吸音が異常ではあったが、それほど異常の度合いが高いわけでもなかった。
しかし母親が突然来訪し、ちゅーるを持ってきた。友人と話していた自分は母親と話すことになり、もう一匹の猫にブラシをかけるなどの世話を始めた。
帰ってものの十分程度で発作的な呼吸が始まった。
初めて失禁し、のたうち回った。
夜間病院に連れて行くかどうか、20分ほど思案した後、母親を呼び戻した。
母親が到着したのは35分程度後だった。
それまでに、死んでしまい、死後硬直が始まった時のためにダンボールとタオルは用意していた。
車で来てくれた母親に事前に電話した動物病院に行くようにお願いをし、移動を初めて20分ほどで呼吸音がなくなったことに気づいた。
助手席から降り、確認したがすでに瞳孔は開きっぱなしで力の全く入らない死体になった猫がそこにいた。
動物病院に行くのはやめ、大きいディスカウントスーパーに向かうことにした。
保冷を始めるためだ。
私はもう次の準備を考え始めていた。
アドレナリンが出て興奮していたのもあるが死体を腐らせる訳にはいかないと思っていたし、覚悟はしていたからだ。
スーパーに向かい、発泡スチロール箱の有無を聞き、もうなさそうだとわかると氷だけを買ってそこを出た。
23時になっていたのでコーナンなども空いていない。
家の近くにあり24時間開いているスーパー玉出に向かうことにした。
普段から無愛想なおじちゃんに声をかけるとそこになかったらないと言われたが無事キレイな発泡スチロール箱があった。
おじちゃんに礼を言って車で自宅まで移動し、母親と別れ、友人と話をした。
そんなにしんみりはしなかったが、衝撃はあったと話をし、故人の話をしてくれたりしたが、騒音が気になりほどほどで話は終わった。
風呂に入ったが猫を何度も風呂に入れたことを思い出し、喪失感を感じてすぐに出た。
もう一匹の猫を膝の上に乗せていると少し眠たくなったので寝たがやはり一時間ほど寝れずにこれを書いている次第だ。
これから葬式をどうするか考えないといけないし、行動している内、考えている内は悲しくなることはないだろう。
この文章も一時間半ほど書いて疲れたのでこのあたりで筆を置くことにする。
死ぬ前に考えた。
自身は無神論よりの不可知論者ではあるが、猫が死んだらどうなるのかと。
自分は肉体と精神に関しては唯物論的な思考でいるので肉になるのだと考えた。それでも悲しくはなかった。しかし救いはなかった。
私は幸いにも救いを必要としていないのだろうけれど、なぜ宗教が必要とされるのかは少しわかった気がした。
思うに愛別離苦、別れは経験であり、自身の糧にするべきで背負っていくべきものだ。
死は絶対で覆すことはできない。それはあらゆる命にとっての救いでもあるのかもしれない。
先日近所の道路工事の騒音がまあまあ大きいうえに夜間だったので出来る限り丁寧に申し入れをした
申し入れする前になんとなく関連のことをググってみたのだが、1番驚いたのは夜間工事もそれに伴う騒音も、なんならそれに対する近隣住民の苦情も、日本のそこらじゅうで起きていて全然ふつうっぽいということ。マジで?
道路工事を夜間にする理由はだいたい交通量が多いとか商店があって通行止めできないとかバスが通るとからしい。(ザッと見た限りなので、他にも色々あるのかも)
なんか交通ってそんなに配慮せなあかんの?バスだって車だって迂回すりゃいいじゃん。電車は難しいかもだけど。
たしかに海外と違って、バスや電車の運行に影響されるのはあまり日本では見ない。日中工事が普通になったら、それはそれで交通の便が悪くなってイライラするようになるんだろう。
でも夜間の睡眠に影響するような騒音って、もっとクリティカルなことじゃないのか?普通に健康を害するようなことだし。それって交通事情より優先されるべきことなのか?
誰か詳しい人教えてくれ
なんでかわからないのだけれど、いつも「ここにいちゃいけない」気がする。
本当は私はここにいてはいけないし、みんな早く出ていかないかなあと思っているのだけれど、まあなんか色々理由があってどうにかここにいさせてもらっている気がする。
職場は「上司が採用しちゃったから仕方なく」「辞めさせたら自分の仕事が増えるから仕方なく」ここにいさせてもらっている気がする。
スーパーやコンビニは「買い物客だから」いてもいいのだと思う。
自宅は、賃貸に一人暮らしなんだけど、「家賃を払っているから」部屋の中にいていいのだと思う。
常に強くここにいちゃいけないと思っているわけでもない。
でも、疲れているのかなんなのか、調子が悪い時は自宅だって「家賃払ってるし、入居規則だって守っている。例えば騒音も出してないんだから、ここに居ていいはず!」と金銭と契約を引き合いに出さないと自分がそこに居ていい自信が持てない。
家は「産んだ責任があって両親は追い出せないから」家にいていいのだろうと思っていた。
困ったのが学校で「義務教育だから?」くらいしか自分が教室にいていい理由が思いつかなくて、そしてあまりに根拠としては頼りなくて、いつも「ほんとうはここにいちゃいけないんだろうなあ」と思っていた。
みんな、さっさといなくなったらいいと思っているんだろうなあ。このクラスに配属になっちゃってごめんなさい。どうせすぐ転校するので、ちょっと我慢してね。
実際、親の仕事の都合で二年毎に転校していた。どの学校も二年間だけの「間借り」だったので、ここにいちゃいけない、出ていかなくちゃいけないと思うようになったのかもしれないし、先にここにいちゃいけないがあって、二年で所属から抜け出すことができたのでむしろ救われていたのかもしれない。
どっちなのかはよくわからない。
ずっと「ここにいちゃいけない」「さっさと出て行って別の人が来てくれないかなあとみんなが思っている」のだと感じる。
今の職場は三年目なのだけれど、メールの宛先から漏れてたとか、会議に呼ばれなかったとか、そんな些細なことで「やっぱりここにいちゃいけなくて、早くここは辞めて別の場所に行かなきゃいけないんだ」なんて思ってしまう。
思ってしまうというか、私にとってこの閃きは直感的にはとても正しいことで、感覚的にぜったい正しいことを黙って自分一人で否定しなきゃいけないのが、なんだかとっても大変だ。
まあ、実は自分アスペルガーで、たぶん…というかほぼ確定的に「自分は集団の中の一員だと感じるアンテナ」がぼっきり折れていて、なのでまあ、たぶん会社にも学校にも歓迎ムード的なものはちゃんと普通の濃度であって、でも私が感じ取れていないだけなので、みんなにもっとわかりやすくここにいていい感じのアピールをしてほしいな、なんて思うのはお門違いで、お給料でも雇用契約でもなんでも、自分でここにいていい理由を探してどうにかするしかないんだけど
なんの不安もなくここに居ていいとずーっと思えるとか、逆に、ここにいちゃいけないと思う時は私の気のせいじゃなくて本当にそこにいちゃいけない時だったりとか、そういうのだったらよかったなあ。
いまの会社、居ていいのかなあ。
なんかもう疲れちゃったなあ
わかる。
うちも子供いるけど、音のなるおもちゃ全般イヤだったから、姑とかからもらっても全部音の出るユニット部分を破壊して子供に渡してた。
特に、音程狂った電子音が出るおもちゃと、変なピコピコ音が出る小物類が全体的にダメだったんだよね。
で、自分が子ども好きか嫌いかというと全体的には嫌いなほうだけど、人間全般に範囲を広げたって、好きか嫌いかというとどっちかというと嫌い気味なんだよ。
だけど、まあ身内や友達には愛情ある。同じような感じで子どもと付き合うことはできた。「可愛くなる」というよりは「身内だな」って感じになった。
加齢臭、口臭、腋臭、香水臭、アンモニア臭、タバコ臭、アルコール臭は、周りの人の病気の元になりますので、外出する前に、身体を良く洗い、口の中を綺麗にしてから外出してください。
痰、口から吐いたものは、路上にすてないで、トイレの大便器に吐きましょう。
ゴミは、自宅に持ち帰って、自宅で捨てましょう。
空き缶、ペットボトルは、自販機脇の空き缶入れか、自宅に持ち帰って、自宅で捨てましょう。
髪は、黒髪で外出してください。
髪の形は、坊主かスポーツ刈りか七三分け刈りで、前髪を切るようにお願いします。
車の外装と内装は、派手にしないで地味な外装と内装でお願いします。
バイクの外装は、派手にしないで、地味にしてください。
車とバイクの騒音を小さくしてください。マフラーを外さないでください。マフラーを付けてから走行してください。
日本全国禁酒なので、アルコール飲料を飲むのは、やめてください。
髭は、不潔に感じるので、髭を剃ってから外出してください。
鼻水、鼻詰まり、咳こんだら、自宅でやすんで、外出しないでください。
短気の方は、外出しないでください。性格が良くなったら、外出してください。
太っている人は、外出しないでください。美男子、美女、痩せてから、外出してください。
雨、雪が降っている時は、自転車を乗らないでください。
歩きスマホは、やめましょう。
悪口を言うのは、やめましょう。
自転車は、車道の左側を走りましょう。車道の右側と歩道を走っては、いけません。
新型コロナウイルス感染防止の為に、グループ行動をやめましょう。
一人行動でお願い致します。