はてなキーワード: 語源とは
トビリシ(グルジア語: თბილისი, Tbilisi [tʰb̥ilisi] ( 聞く))はグルジア(ジョージア)の首都。ときにティフリス(Tiflis)とも呼ばれる。
トビリシは「あたたかい」を意味するトビリに由来し、温泉と関係あるとされている。元史には梯弗里斯とも呼ばれる。
人口は約120万人。
5世紀に古代カルトリ王国(後にイベリア王国とも言われた)の王ワフタング・ゴルガサリ(ワフタング1世)がここに町をつくり、
王の死後、息子のダチが遺訓に従い、6世紀の初めにムツヘタから遷都した。
統一したグルジア王国の都ではなく、コルキスを含まない東グルジア(カルトリ)の都であった。ワフタング・ゴルガサリ王が
この地を発見したのには、有名な言い伝えが残っている。王が狩に出かけ、鷹を飛ばした。鷹は雉を追いかけて飛んでいったが、
鷹も雉も行方不明となった。従者たちが探し回ると鷹も雉も温泉の中に落ちていた。温泉を発見したワフタング・ゴルガサリは
それをとても気に入り、この地に町を作るように命じた、という。グルジア語の古語で"Tpili"とは「暖かい」という意味で、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%93%E3%83%AA%E3%82%B7
【意味】 助六寿司とは、稲荷寿司と巻き寿司を詰め合わせもの。
助六寿司の「助六」は、歌舞伎十八番のひとつ。「助六所縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」の通称で、主人公の名前でもある「助六」に由来する。
助六の愛人は吉原の花魁で、その名を「揚巻(あげまき)」という。
「揚巻」の「揚」を油揚げの「いなり寿司」、「巻き」を海苔で巻いた「巻き寿司」になぞらえ、この二つを詰め合わせたものを「助六寿司」と呼ぶようになった。
一説には、助六が紫のハチマキを頭に巻くことから「巻き寿司」に見立て、揚巻を「いなり寿司」に見立てたともいわれる。
「揚巻寿司」ではなく「助六寿司」となった由来は、江戸っ子らしい洒落であえて「助六」の名を使ったとする説や、この演目の幕間に出される弁当であったからという説もあるが、単に外題が「助六」だからと考えても不自然ではない。
「やぶさか」は「吝か」と書くが、この「吝」は「吝嗇」の「吝」であり、
ケチなこと、物惜しみをすることを意味する。ちなみに「嗇」も同じ意味である。
「別状」は「別条」とも書くが、「条」は「事柄」という意味なので、
「別条はない」は「特別に申すべき事柄はない」といった意味になる。
「別状」であれば「別の状態」「変わった状況」といった意味になるだろうか。
「満更」は当て字で語源未詳。「まざまざ」「まっさら」「まさに」あたりの変化とされる。
「とんでもない」は「途でもない」と書く。「途」は「みち」であり「道理」の意味である。
http://gogen-allguide.com/to/tondemonai.html
「だらしない」は「しだらない」の変化。
「しだら」は「ふしだら」あるいは「自堕落」の変化と言われる。
http://gogen-allguide.com/ta/darashinai.html
「せわしない」は「忙しない」と書き、「せわしい(忙しい)」と「いそがしい(忙しい)」は同じ意味である。
「いそがしい」の語源は「急がしい」であるが、「せわしい」と意味が一緒なので同じ字が当てられたと思われる。
「もったいない」は「勿体ない」と書き、「勿体(物体)」は物の重要な部分を表す。
http://gogen-allguide.com/mo/mottainai.html
「えげつない」は「いげちない」が転じたもので、「いげち」は「意気地」と書く。
http://www.weblio.jp/content/%E3%81%88%E3%81%92%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%84
語源の楽しみ。家にいて、そこらへんにある言葉を拾うだけでいろいろ考えた気になる。暇なときに最適な楽しみである。
たぶん、それで得られる思索は、ほんとに言語学とかやっている人には当たり前のことなのだろうけど、まあ趣味ですから、許してほしい。逆にそういう専門の人の面白い語源の本もまた好みである。
アメリカ上院はSenate。この語源はラテン語Senatus、すなわちローマの元老院。その単語をそのまんま使っているということに僕は衝撃を受けた。つづりの違いは言語の違いに過ぎないから、たぶんアメリカ人は学校の歴史の授業で、ローマの歴史を学ぶ時とアメリカ合衆国の政治機構について学ぶ時に同じ単語Senateをもとに学習しているわけである。そこに歴史の一貫する深い流れを感じ取ることが、感覚としてあるのではないか。ちなみに下院はHouse of Representativesで、一般名詞で形成されている。
ところで、どうしてこのように名付けたのだろう。
たぶん、アメリカ民主主義が、設立当時はイギリスよりもフランスを継承している意識が強かったことに由来しているのだろう。イギリスは、貴族院と庶民院(下院)であって、それぞれHouse of LordsとHouse of Commons。それに対し、フランス上院と下院は、SénatとAssemblée nationaleであり、上院には同じ単語を使用している。フランス上院のことは日本語訳でも直接的に「元老院」の訳語をあてることもあるようで、Wikipediaはそうしている。単語としては同じなんだからアメリカ上院も時には元老院と呼んでもよさそうだ。
アメリカ上院議員はSenator。オバマ大統領が大統領選を戦っているとき、「Senator Obama」とよく呼ばれていた。
このときこのひびきは通常の日本語訳では「上院議員オバマ」であるが、原語では「元老院議員オバマ」と同じものなわけであり、これはつまり歴史を好むアメリカ人にとっては「元老院議員カエサル」と同じ響きをもって伝わっているのだろう。ここがうらやましい。
明治維新が起きてすぐのころ、明治4年の制度では正院の長は太政大臣であり、三条実美が就いていた。過去の太政大臣と言えば、藤原道長であり、平清盛であり、当然のことながら、豊臣秀吉である。なんで「太政大臣」の名前を廃したのかな、と残念に思うところ。
もちろん、より有名なところ(だが現在には継承されていないもの)として、ドイツ皇帝「カイザー」、ロシア皇帝「ツァーリ」は、それそのものがローマ皇帝または副帝の称号「カエサル」を引き継いでいる。
こういうのを見ると、欧米では歴史が単語レベルで地続きであることが多いのだなと思う。しかしもちろん日本でも、大連(おおむらじ)と大臣(おおおみ)の権力争いの末大臣家が勝ち残ったことが、現在でも内閣の大臣の名称に残っていることなどは、語源から歴史の深みを感じるところではあるのだ。
バゲットとバケットの区別などどうでもよいという反知性主義的な言説が散見されるサービスがはてなであるが、この区別が重要なものであることは論をまたない。以下にその理由、混同の原因を示す。
これはひとえに、フランス語の発音を英語の発音と混同することによる。
バゲットはフランス語のbaguette(発音記号:bagɛt)
バケットは英語のbucket(「バケツ」の意 発音記号:bʌ́kət)
混同が起こるのは、当然のことながら、話者がフランス語を知らないためである。
たんに恥ずかしいというだけでなく、英語とフランス語の区別ができない人が発する言説の信ぴょう性に、深刻な疑義を生じる結果となってしまうためである。
以下に例を示す。
〔……〕4月に入ってからの、《Nuit debout》(ヌイ・デブー:起きている夜)という運動と関連のデモには特に関心をもっていた。
〔……〕《debout》の言葉からすぐに連想されるのは、「デブー!」が耳に残る《L'Internationale》(インターナショナル)の歌である
〔……〕
Debout ! les damnés de la terre !
〔……〕
(http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2016/05/nuit-debout-132.html 《Nuit debout》(ヌイ・デブー)のような運動が日本にもあってよいんじゃないかと思った. 強調は引用者による。)
Nuit debout(nɥi dəbu)の正しい発音をあえてカタカナ表記すると、「ニュイ・ドゥブー」となる。
フランス語の"u"(ɥ)は日本語にない母音で、ウの口の形をして、イといおうとしたときの音に近い。「ウ」ではない。
"e"(ə)については、
開音節(母音で終わる音節のこと)の場合、「ウ」に近い。これをけっして「エ」と読んではいけないことは、フランス語の初級クラスでアルファベットを教える回(つまり初回)に、かならず教える。
deboutを、英語のdebut(dibjúː)から連想して「デブー」と読んでしまう気持ちはわかるが、まちがいはまちがいである。
次の例。
言うまでもないことだが、「戦後レジューム」という言葉の「レジューム」とは、フランス革命の際革命勢力側が打倒の対象とした「アンシャンレジューム」という言葉の「レジューム」と同じ。つまり安倍政権は、戦後をアンシャンレジュームと捉える、革命勢力。#3分の2を取らせない— 菅野完 (@noiehoie) 2016年6月29日
戦後レジュームからの脱却を目指したら、労咳が蔓延するほどに労務環境は戦前に戻ってました。
。。。シャレにならんわ。— 菅野完 (@noiehoie) 2016年3月30日
「戦後レジューム」という謎の用語を安倍がいつ使い出したか。。。ってのは、結構重要なポイントのような気がする。— 菅野完 (@noiehoie) 2015年4月30日
「レジーム」は「和製英語」ではない。その語源はフランス語のrégime(制度、体制の意 発音記号:reʒim)である。
これを「レジューム」と発音してしまうのは、英語のresume(rizjúːm)が念頭にあるためと思われるが、当然のことながら、まったく意味の異なる単語である。
どれほど博学を披露し、先鋭的な知的営為を行おうとも、フランス語の初歩的な知識がないだけで、それは一瞬にして瓦解してしまう。
バゲットとバケットの区別ができない人間がなにか立派なことをいおうとしても、それはできないことは明白である。
中等教育段階においてのみならず、大学進学後もフランス語を必修科目とし、正確な発音の習得につとめることが必要な理由がここにある。
正しい。
用例:
Allez-vous-en. Vous n'avez pas d'aptitude pour passer un temps agréable sur Hatena.
(アレヴザン ヴナヴェパ ダプチチュード プール パッセ アン タン アグレアブル シュル ハテナ(フランス人的には「アテナ」))
https://itunes.apple.com/fr/app/dictionnaire-littre/id301211332?mt=8
http://www.lerobert.com/espace-numerique/telechargement/le-petit-robert-2016-pc.html
より精密に読む場合は、読むものの書かれた時代、調べたい分野にあった辞典を使う。
例:中世~ルネサンスの場合はAncien françaisやMoyen françaisの辞典がたくさんあるのでそれを使えばよい。
kanose氏から鯛のおかしらだと揶揄される方法で探し当てた本がやっぱり良かった。…スキルってこういうことなんだよ。/服を着るならこんなふうに 第1話|コミックNewtype | WebNewtype
人の悪口を根に持ってるような顔をしてますが、僕は頭ごなしに言われただけで、その人の意図が見えない冷やかし系の悪口は「お前に冷やかされるほど安い人間じゃない」と証明したくて覆す度に、しつこく蒸し返してたりします。
表紙を別人が手がけてればともかく、お話の解像度と画力がしっかりしてなきゃ、いいマンガの表紙って書けないから「ジャケ買い」ってちゃんと論理的に説明できるなら正しいんですよ。
だいたい、鯛のおかしら呼ばわりされてるから言うけど、フリーゲームのダウンロードなんか画面しか判断材料ないし
いや、別に僕よりもkanoseさんのほうが順当に行けば(僕がくたばらなければ)向こうさんの方が勝手にボケて死んでいくぐらいには歳の差があるんだから、別にいいんですけどね〜。
ただね、悔しい気持ちを忘れると、人の進歩が止まるから「力でわからせてやろう」みたいな気持ちは持ってなきゃ
謝ってほしいんじゃないんだよ。
ただ、僕がああいうことを人に言われるような空気を出してたってことが許せないんだよ。
同じことを有村悠さんみたいなあっからさまに疑いの眼差しを静かに向けてくるととても勝てないような人に言うと思う?…それがなかった2012年の僕が悪いんです
相手が武器を取ることさえ諦めるぐらいに強そうじゃないとダメなんだよ。真の護身は戦わないことなんだから
ハードスキルを習得したい欲求と、ハードスキルを持ってる人が基本的に嫌い欲求の間で板挟み
何でもかんでも俺のやり方に落とし込んでしまえばだいたいのことはできることに気づくと楽。…まぁ、それに気づくまでが長くて、すでに手遅れ感満載な26歳ですが
なおいまだに鯛のおかしらの語源を知らないのか、マンガ意外でも鯛のおかしら的な発言が多いことに自覚がないもよう。
なお本人はkanoseから直接話しかけられるとはぐれメタルのように逃げる模様。 なお戦わないのが護身と言いながら勝てない相手にエアリプで喧嘩を売っているもよう。
なお本人ははずれを引きまくってキレたという記事を何回も書いているが都合が悪いので記憶から抹消しているもよう。
なお本人は忘れているようだが言っていたもよう
【挨拶厨】受けを渡すわけでもなく、お疲れ様で~すといった声かけのみをするギャラリーのこと。
【歩き受け】出待ちなどにおいて俳優の横を一緒に歩きながら話す行為。
【受け/受け取り】手紙のこと。また手紙を俳優が受け取る行為を指す。ジャニオタ由来であり、主にジャニーズから流れてきた厨が使う。
【受け禁】手紙、プレゼントなどを出待ちで受け取れないこと。事務所や舞台によって禁止されている場合と俳優本人が拒否している場合がある。ジャニオタ由来の語。
【駅待ち】入りや出において駅で俳優を待つ行為。可とするかどうかは俳優による。
【オンリー】俳優1人に対して出待ちが1人しかいないこと。転じて、目当ての俳優の出待ちが自分だけであること。
【カット】俳優から厨を引きはがす行為。マネージャーがよくする。また、嫌いな厨をつかせないために身内などを使って厨を厨が妨害する場合、リアストを阻止するために厨が厨に行う場合など用法は多岐にわたる。ジャニオタ由来の語。
【空電】本当は電話をしていないのに電話をしているようなそぶりをしながら歩いてくること。出待ちが嫌いな俳優がよく行う。
【観劇待ち】俳優が他の俳優の舞台を見にきているときの出待ち。
【観劇連絡】身内などから推しが他の俳優の舞台を見に行っている旨の連絡を受けること。また、その連絡をすること。
【ガンダ】ガンダッシュの略。俳優厨用語ではないが、厨はやたらと使う。
【ギャラリー】町厨ではあるものの、俳優に凸らず眺めているだけの厨。俳優が町禁や凸禁であるが出ていく様子を眺めていたいという場合と、個人的に凸る勇気がない、また凸りたい気持ちはあるものの周りをとりまくさまざまな事情により凸れない場合のふたつに大別することができる。
【公開】舞台本番、イベントなど世間一般にスケジュールが公開されている現場のこと。ジャニオタ由来の語。
【サイン厨】誰彼構わず俳優にサインを求める厨を指すが、どちらかといえばミーハーや一般人に対して使われることが多い。映画現場、特撮現場などによく現れるとされる。
【〜時集】〜時集合の略であり、キャストの集合時間/入り時間を指す。ジャニオタ由来の語。
【~周辺】~の部分には中心人物の人名が入り、厨によって形成されたいわゆる身内の仲良しグループを表すことが多い。
【対応】出待ち対応の略。厨に話しかけられ、受け取りをしたり会話をしたりすること。
【大公開】出待ちの場所が道路などに面しており、出待ちでない厨や一般人に晒し者になる現場のこと。また、出待ちが多い現場のこと。ジャニオタ由来の語。
【ちゃっかり】遭遇、偶然を装って俳優との接触を試みようとする厨。またその行為。
【茶の間】もともとは出待ちではない厨全般を指したとされるが、用法の変化により現在では舞台を見に来ない、イベントに来ない、回数が少ないなどの厨を指して言うことが多い。定義は明確に決められておらず、しばしば厨のあいだで論争を引き起こす。
【手伝い】出口が複数あるなどの理由から人数を使って目当ての俳優の場所を捕捉したい場合、またその他の諸事情によって本来は関係のない身内を現場に駆り出したり、逆に駆り出されたりすること。及び、そうして連れてきた厨を指す。
【凸る】「突撃する」が省略された形。目当ての俳優に話しかけることを指す。
【はける】出待ちなどが終わり、帰ること。ジャニオタ由来の語。
【はまる】喫茶店などに行き、休憩したり時間をつぶしたりすること。なぜか一部の厨の間で頻繁に使われているが、語源は不明。
【張る】出待ちをすること全般。狭義では、非公開や観劇など目当ての俳優が本当に来るかわからないときに予想を基にして可能性にかけて待ってみること。
【非公開】稽古など世間一般にスケジュールが公開されていない現場のこと。ジャニオタ由来の語。
【暇電】狭義においては、諸事情で出待ちや入り待ちが長時間に及ぶとき身内などに電話をかけて暇をつぶす行為。
【プレ禁】プレゼントを贈ることが禁止されていること。一部のイベントや舞台、俳優によっては禁止になっていることがある。
【没る】出口が違った、自分より早く来ていたなど様々な理由により目当てにしている俳優に会えず、入り待ち/出待ちに失敗すること。
【町禁】出待ち禁止の略。舞台によっては稽古期間中、本番期間中にツイッターなどで繰り返し注意されることがある。「ーになった」「ーくらった」
【町厨】出待ちをしている厨のこと。「出待ち厨」が省略された形。
【マネージャー】出待ちに厳しく対応するマネージャーもいれば、歓迎モードのマネージャーもいる。町厨と仲が良い場合もあれば仲が悪い場合もある。
【ユダ】身内の中にいる裏切り者。鍵垢やLINEのスクショを晒し上げる、同厨や推しに秘密をぶっこむなどの行為に及ぶことが多い。友達だと思っていたが、そもそも最初からスパイとして近づかれていたという事例もある。
【リア】中高生の厨を指し、概ねの場合蔑称として使われる。リア中=リアル中学生、リア工=リアル高校生が語源。ジャニオタ由来の語。
【リアスト】出待ちの範疇を超え、ストーカーに発展している行為。また、それをしている厨。どこからがリアストになるのかについては俳優個人や厨個人の解釈に委ねられているので一概に言うことはできないが、同じ電車に乗る、最寄り駅に行くなどの行為を指して言うことが多い。
史記の馬鹿の故事。時の権力者(宦官趙高)が鹿を馬といい、鹿だと反論してきた人を処罰し馬だと話を合わせた人を重用したという話。これは現在よくつかわれる馬鹿の語源っぽいが意味は違うものだ。個人的にはこの故事の方の馬鹿がかなり重要でこの意味のままで語り継がれる必要があると思う。これを馬鹿問題としたい。
というのも鹿を馬と言う機会はけっこうあるからだ。身近には学校でだれかのどこからかついたあだ名を呼ぶか呼ばないかは馬鹿問題そのものだろう。ネットのスラングやなんJや淫夢の根幹もそれだと思う。ネトウヨとか団体員は馬鹿問題で意見が分かれてはダメで統一する必要がある。これは別に特殊なことではなく普通の会社員や組織人もそうしている。
この馬鹿問題をどう解決するべきなのかを語られてるのはあまり見たことがないと思う。論語の子路第十三の正直者の話ではあえて鹿を馬と言うことも大事だと説いてるようにも解釈できる。この章は有名だし、日本では鹿を馬ということを肯定してきたと言える。じゃあ冒頭の趙高のケースではどう行動するべきなのか?非常に難しい。
コンコース(英語: concourse)は、ホテルやコンベンションセンター、鉄道駅や空港などの多くの空間において、通路が交差する
"concourse"(コンコース)は「人々が集まる場所」を意味する語である。この言葉は英語やフランス語のほかに、ラテン語で
「混ざる・一つになる」などの意味がある"concursus" や"concurrere"が語源である。
これらの言葉は「意見が一致する、同時に起こる」の意味がある英単語の"concur"にも語源学的に関連がある。
「コンコース」という言葉は主に鉄道の駅や空港、ショッピングモールのほかにも、会議室や大学、ホテルの中にある一角をさす
場合が例として挙げられる。また、「ショッピングコンコース」などの使用例もある。鉄道の駅では一般的に改札外の区域である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9
ハスキーボイスとハスキー犬の“ハスキー”はスペルは同じだが語源は異なる。
ハスキーボイスのハスキーは、トウモロコシの皮の意味のhuskからきている。そこから、乾いた殻、からからのしゃがれ声のという意味になってハスキーボイスという言葉が出来た。
一方、ハスキー犬の方は、エスキモーからきている。エスキモーというのは、もともと雪靴をはいた人のことだったが、それが、“ハスケモウ”や“ウスケマウ”というふうになまり、それを短く縮めて、ハスキーと呼ぶようになった。始めは人のことを言っていたが、後にエスキモー犬の事をさすようになり、ハスキー犬となった。ハスキー犬のハスキーは、英語で、たくましくて、強い、がっしりした、頑丈なという意味。