はてなキーワード: 小学校とは
タワマン、どっかの私立小学校の制服着たしゃらくせえガキが当然の顔して闊歩してたり、セレブ気取ってるドヤ顔のアホとかと同じ空間に暮らさないといけないのが耐えられないという意味で無理なんだよな。
ニュースそれ自体だけで覚えてるやつは稀で、たいていは何らかの関連エピソードと一緒に記憶してるのではないかと思う
現在40歳の俺の場合、記憶してる最古のテレビニュースはバブル末期の地価高騰(語の響きが印象に残ったらしい)で、新聞報道は美空ひばり死去(小学校の工作か何かで使った新聞に載ってた記事だった)だな
少しでも上等なスカートを穿きたくて金魚の糞のようにお姉さんのの後ろをついて回った
小学校を卒業する頃にはクラスメイトから嫌われ避けられて自分は一生スカートを穿けないのだと悟った
常に1人で居て誰に会ってもスカート執着せずに、スカートの話をしかけられれば対応するが自分からは決してスカートのことを話さない人間になった
私という人間は性悪で、他人に迷惑をかけ、それでも感情のない歯車として社会を回す役目だけは背負わされ、何を頑張っても認められることはなく、いつも残飯を食べ、他人を常に尊重しなければ存在を許されないくせに死ぬことも出来ない、生きる事は義務でしかない。義務を果たしても何もいい事は無いのに。
外でもスカートを穿きたい。
少しでも上のカーストに行きたくて金魚の糞のように上位カーストの子の後ろをついて回った
小学校を卒業する頃には上位カーストから嫌われ避けられて自分は一生このままなのだと悟った
悟った後はカーストの外に居る事を好んだ
常に1人で居て誰にも執着せずに話しかけられれば対応するが自分からは決して近寄らない人間になった
私という人間は性悪で、他人に迷惑をかけ、それでも感情のない歯車として社会を回す役目だけは背負わされ、何を頑張っても認められることはなく、いつも残飯を食べ、他人を常に尊重しなければ存在を許されないくせに死ぬことも出来ない、生きる事は義務でしかない。義務を果たしても何もいい事は無いのに。
少しでも上のカーストに行きたくて金魚の糞のように上位カーストの子の後ろをついて回った
小学校を卒業する頃には上位カーストから嫌われ避けられて自分は一生このままなのだと悟った
悟った後はカーストの外に居る事を好んだ
常に1人で居て誰にも執着せずに話しかけられれば対応するが自分からは決して近寄らない人間になった
私という人間は性悪で、他人に迷惑をかけ、それでも感情のない歯車として社会を回す役目だけは背負わされ、何を頑張っても認められることはなく、いつも残飯を食べ、他人を常に尊重しなければ存在を許されないくせに死ぬことも出来ない、生きる事は義務でしかない。義務を果たしても何もいい事は無いのに。
自分語りだけど、私も小5のとき同じような経緯で不登校になった。
田舎だったから学校に不登校児なんていなくて、両親は周りからいろいろ言われてたみたいで、すごく苦労をかけた。
そこは今でも申し訳なく思ってるけど、不登校になった時に無理やり学校に連れて行かれてめちゃくちゃ辛かったので、増田の対応は素晴らしいと思う。
小学校卒業後も、中高で不登校になった期間があって、高校は中退して通信制に移った。
結局、小中高の通算で2年間くらいは学校に行かず勉強もしてなかった。
それでも田舎が嫌で東京の私立大学に入学して、今はそのまま東京で新卒で入った会社で働いてる。結婚もしてる。
ろくに勉強してなかったからマーチとかのいい大学には入れなかったけど、ラッキーでホワイト企業に就職できた。
学生時代は生きるのが辛かったけど、今は気の合う夫と幸せに暮らしている。
まあ言いたいのは今は学校に行けなくても、なんとかなるということ。
増田は素晴らしい親なので、このまま息子さんがやりたいようにやるのを見守ってあげてほしい。
自分も小学校6年の2学期から学校に行ってない。卒業式も出てない。
きっかけは学級崩壊で、真面目に教室で教科書読んでるだけで「いい子ぶっている」という理由でトイレに呼び出されたり、キモいって無視されたりして、こんなところで時間を潰している場合じゃないなと自分から親にお願いした(両親は快諾してくれた)。
その担任も学校に来れなくなり、もう学校も教師も何にも頼れなかった(ちなみにそのあと担任は7人変わったらしい)。
その代わり、塾にってめちゃくちゃ勉強して私立の中学に行った。
やりたいことができて、大学も行けて、今はやりたいことをそのまま仕事にしてる。
そんな感じで今なんだかんだ普通に過ごせているので、お子さんにやりたいことがあれば、それを応援してくれるような存在でいてください。
学校の帰りに一緒の方向の友達と分かれて、家まであと50m?(距離の感覚がわからん)とかそんくらいの直線で知らない男の人に声をかけられて、よくわからないまま体というか、胸を触られたりした
帰って泣きながら母親に電話して、そっからはでも誰とも顔を合わせたくなくて部屋に引きこもってた
母親が警察の人とお話できる?って扉越しに行ってきたけどできない!って答えたのだけ覚えてる
それからは家族とかクラスメイトとか以外の男性全般にビクってなってしまうようになって、中学は小学校から知ってる子が多かったから良かったけど、高校で全然喋れなくて困ったな
大学は女子大入ったからその点楽だったけど、そのころ電車で痴漢に遭ってまたうわーーーーーーってなった
なんか覚悟(?)しててもいざ遭うとなんも動けないし声も出せないんだよな
.
こういうのを比べるのってあんまよくないだろうけど、もっとひどい被害にあってる人とかもいると思うと心がギュッとなってしまう
そんなもん。まあ身長は今更いいんだけど、成長の遅さもあって子供の頃に周りより頭一つ以上小さい状態だった(小学校卒業時で130cmちょいくらいだったと思う)ために社会的な成長の機会をほぼ全部逃したのが痛かったなと思う。
人間の脳とはどうにも不便なもので、積み重ね続けているはずの明るく優しい記憶はその隙間に挟まる嫌な記憶に塗りつぶされてしまう。古来より経験から学習して危機を回避するために必要な仕様なのだと考えれば理解はできるのだが、現代に慣らされたわたしにとっては、ずっと自分を縛り続ける鎖のように重苦しい。
虐待、という言葉は日常的に――さまざまなニュース、ネットの記事、大学の授業、書籍なんかで――目にする。その程度に軽重はなく、そしてその辛さに貴賎はなく、当事者が辛かったと感じ、または自覚なくとも傷つき、倫理と法に照らし合わせたときにそう判じられたのなら、それは虐待になるのだろう。
多くの人が、まずぱっと想像するのは保護者から子への虐待であろう。母から、父から。扶養者から。祖父母から。近年では、養護者による高齢者に対する虐待も問題視されている。わたしのiPhoneに標準搭載された辞書によると、虐待とは「むごい取り扱いをすること」。調べれば、厚生労働省による児童虐待のページも出てくる。それによれば、児童虐待は「身体的虐待」「性的虐待」「ネグレクト」「心理的虐待」の四つに定義されるらしい。なるほど、思いつく大体はさらっていそうだ。長くなるのでそれぞれの具体的な例は省略するが、暴力や言葉による脅しなどが挙げられている。
そして、本題である。
寓話だと、シンデレラの義姉が一応それに当てはまる。義理の兄姉、弟妹、そして実のきょうだいからの虐待、である。
わたしは未だ、自らのそれを虐待ということに疑問を覚えている。確かに暴力があって、辛い言葉があった。けれどやっぱりきょうだいだから、そして自分でも信じられないことに、生まれてこの方家族のことを明確に「嫌い」になったことがない上、いくつかの発端は自分に非がある喧嘩だった覚えがあるために、はっきりとした定義づけができないのだろう。
でもたぶん、あれは虐待だった、と言っていいのだと思う。
わたしには、四つ上の姉がいる。はっきりとした実感では思い出せないが、間違いなくわたしは姉が好きだった。生意気だったし、変な子どもだったけれど、姉のやることをいつも真似して、遊んでほしがった記憶がある。面白いと言っていた漫画を読んで、図書館で本を借りて、拙い四コマを描いていた。女の子のお人形やミニチュアが家にあったから、それで一緒に遊んでほしかった。まあ姉は真似されるのを嫌がっていたし、あまり遊んではもらえなかった気がするが。母に諸々が露見するまで部屋も一緒で、二段ベッドの上下で眠っていた。
ひとつ、間違いなく自分に非がある発端として思い出せるのは、借りた本のことだ。当時姉はあるシリーズの小説にはまっていて、それをわたしも読んでいた。今思うと意味が分からないのだけど、ホラー作品の影響か、知らない内に血痕が増えていたらおもしろいだろう、と、当時のわたしは考えた。ちょっとした騒ぎになることで、家族の気を引きたかったのかもしれない。馬鹿な思いつきで、抜けた歯かなんかの血液を、本のページになすりつけたのだ。
単純に汚いし、本当に意味不明だ。弁償しろと言われたらそうすべきだし、怒られたら謝るべきだ。
姉は怒った。当たり前だ、妹が自分の本を読んでいたと思ったら、返ってきたときに謎の薄茶けた汚れが付いていて、あまつさえそれが不衛生な血液なのだから。生理的に拒絶して責められても仕方ない。
それで、姉はわたしを蹴った。蹴って、床に置いてある座布団の上に転がして、そこで背中を踏みつけた。座布団の上だったのは一縷の優しさなのか、当時の部屋は恐ろしく汚かったので、床に放置された物ものをわたしの身体が潰すのを嫌がったかもわからない。とにかくそんな感じで、わたしは泣いて謝って、しばらくののちに姉は怒ったままひとまず足を退けた。本をどうしたかは覚えていない。
そんな調子だった。二人とも通っていた小学校の校門前で、下校時刻にみぞおちを蹴られて――これは何が原因だったか忘れてしまった――動けなくなり、野次馬にじろじろ見られながらどうにか帰ったこともあった。姉はさっさと帰ってしまったので、持っていた傘を杖にして耐えていた。わざとかどうか分からないけれど、的確にみぞおちへ爪先が入って、ちょっと吐きかけた。
ここで弁明しておくのだが、両親は見て見ぬふりをしていたわけではない。というのも、わたしたちは鍵っ子で、昼間は父母ともに家にはいなかったのだ。そういったいざこざが起こるのは大体ふたりが帰ってくるまでの時間帯だったので、そしてわたしは姉に言い含められ、かつ自分の受けているダメージの深さに無自覚だったので、親にあまり言い募ることもなかった。父母の見ている前で姉の手が出たらさすがに止められたし、姉は叱られていた。まあそれによって機嫌の悪くなった姉の言動がさらに悪化することもあったのだが、とにかくそういうことだった。
契機は、特に姉の機嫌がひどい夜だった。母は父を迎えに行っていたので、両親ともいない。子どもは夕飯もお風呂も済ませて、あとは寝るだけという時間だった。
「ねえ、電気消して」と言われて、わたしは断った。前述したが、わたしたち姉妹は二段ベッドの上下で寝ていて、付け足すと姉が上段、わたしが下段だった。部屋の照明にはよくある紐が付いていて、天井の真ん中から垂れている。姉のいる上段からは手を伸ばせば届くが、わたしは一度ベッドから出ないと届かない。舌打ちが聞こえた。電気消せよ、と言われて、お姉ちゃんの方が近いんだから自分で消してよ、ともう一度断った。それで、姉は怒った。
足音を荒らげてはしごから降りてくる音に身体が強ばった。怒られるんだと思うと本当に嫌で嫌で、それでも、今日ばっかりはわたしは悪くないのだから、と頭の中で唱えていた。電気をどっちが消すかなんて、どう考えても至極どっちでもいい張り合いだ。変な意地は、それでも道理に合わないことに従いたくない一心で、そのあとに予期される出来事よりも優先されてしまった。
ぎゅっと身体に力を入れ、壁側に背中を向ける。お腹は内蔵に直接響いて辛いので、せめて背中側ならという発想だった。ベッドから引きずりだされるのが一番怖くて、でもそうはならずに、背を向けたわたしへ、そのまま足が飛んできた。電気消せよ、消さない、の、文字だけだと死ぬほどしようもない、馬鹿みたいなやり取りをしながら、ひたすら泣いて背中を蹴られていたと思う。どれだけやってもわたしが動かないことを察したのか、姉は苛立たしげに身を引いた。そして戻り際、「絶対チクんなよ」と残してはしごを再び上がっていった。電気はそのままだったので、結局どっちが消すかなんてやっぱり大事じゃなくて、「妹が自分の言うことを聞かずに口ごたえしてくる」ということがとにかく気に食わなかったのだろう。
ほどなくして、父と母が帰ってきた。ただいま、と言って部屋に入り、声をかけてくる母からわたしはとにかく顔を隠した。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、それでもうまく強ばった身体は動かない。異変を察知した母にどうしたのと問われても「なんでもない」で通した記憶があるが、声が震えてぼろぼろだったので、そんな嘘はあっけなくばれてしまった。
そのあとは、わたしはリビング、姉はそのまま自室にと引き離され、事情聴取が行われ、部屋はやっぱり離すべきだ、という結論に両親が落ち着いた。そのあともしばらく姉の気性は荒かったが、思春期の前半を過ぎて彼女が高校に入ったあたりから本格的に落ち着いて、そんな騒動はぱったりと止んだ。ギターで頭を殴られたりだとか、背中にものを投げつけられたりだとか、怒って一瞬包丁を持ち出されたり(見せられただけだったが)だとか、壁に首を足で押さえつけられたりだとか、まあ色々あったが、そんな感じだった。
「口ごたえするな」「使えない」「気持ち悪い」「何で生まれてきたの」――そしてまた、言葉というのは厄介で、簡単に口からこぼれるのに、言われた側はその感情まで受け取ってずっと抱えてしまう。身体に対する物理的なあれこれは間違いなく痛くて、それも勿論辛かった。でもたぶんその根本にあるのは、自分がそういう扱いをされていること、そうしてもいいと思われていること、好意や情の非対称性だったのではないかと今は考えている。お前は愛されていない、だめな人間で、嫌われていて、いない方がよかった。それの真偽はともかくとして、真正面から突きつけられるには痛すぎる。身体的な暴力は衝撃的に覚えているけれど、思い出したときにじわじわと首が締まっていくのは言葉のほうだ。そして、日常的に放り投げられるのにいつだって避けようがなかったのも、言葉のほうだ。
姉はいわゆる癇癪持ちというやつで、怒ったら自分で制御ができずに手が出てしまっていたのだという。でもそれが友人に向くことはなかったし、たぶん妹は格下の、彼女にとってそれをしてもいい人間だったのだろう。自分の中で、怒ったら手が出てもいいし、ひどい言葉を投げてもいいし、言うことを聞かないのはおかしい存在。何なら、日常的に何を言ってもいい存在。
幼い頃から培った「この人と自分は平等ではない」という意識は根深い。何ならそれは今でも、姉妹揃って無自覚に残っている。実は現在、姉妹間の仲はそこそこに良好だ。ただその前提に、姉は大人になったけれど、間違いなくわたしのことは下だと思っている。わたしは大きくなったけれど、姉に対して嫌に思うことがあっても諦めているし、そういうものだと思っている。そういう暗黙の了解が存在しているから、比較的穏やかな日常が保証されるようになった。
でも、色々なことがぼやけてしまった幼少期の記憶の中で、ぐちゃぐちゃとした嫌なものばかりが輪郭を持ち続けて、わたしはそれを手放せない。姉と笑顔で話しながら、ふっと影がよぎるみたいに、昔のことを思い出してしまう。やっぱり、した側が覚えてなかったとしても、された側は覚えているものらしい。
この文章は間違いなく恨み言だ。でも、これを姉にぶつけたいわけじゃない。やっぱり姉のことを嫌いになりたくなくて、でも傷ついた自分のことも認めてあげたくて、好きなものが好きでいたいだけだ。だから、取り残された感情や記憶を吐き出して保っている。
わたしは今も、生まれ育った家で姉と共に暮らしている。実家を出ようとはあまり思っていなかったのだが、最近になってふと、「この人と一緒にいたら、わたしはこの先もずっと自尊心を削られつづけるんだ」と悟って――そのうち、家を出なければならないことに気がついた。母は姉を出すと言っているものの、姉を一人暮らしさせてうまくやっていける気がしない(わたしもあまりできる自信はないけれど)ので、全員の健康を考えたらそのうちここを離れることになるのだろう。
あのときと比べて、身体はずいぶん大きくなったし、精神も成熟したところはあるはずだ。それでもわたしはまだ、自分の中にずうっと、声を殺して泣いている子どもがいるような気がしている。
AとBという二人。
まずA。鼻をかむ時は絶対に廊下に出る。休み時間なんかは別に気にならないけど、授業中で皆静かにしてる時に(特に先生に断りを入れるでもなく)勝手に席を立って廊下に出ていってしまう。そして思い切り鼻をかむ。鼻をかみ終わったら普通に席に戻ってきて普通に授業を受けていた。なぜそんなことをしていたのかは知らない。突然席を立つので気が散るな、とは思っていた。
次にB。癇癪持ちといえばいいのだろうか。何か気に入らないことがあるのか、授業中でも唐突に「やだやだやだ……」と何かを拒否しだす。普通に授業をしてただけなので傍から見てても何が嫌なのかよく分からない。エスカレートすると「い゛や゛ーーー!!」と耳をつんざくレベルの絶叫と化す。更にエスカレートすると床に仰向けになって泣き叫びながら手足をバタバタさせる。あまりにも収拾がつかないと教頭先生や校務員のおじさんが宥めにくることもあった。これは低学年の子が愚図ってるというものではなく小6になっても同じ調子だった。こうした行動が起きると授業も止まってしまうので内心ではとても面倒くさかった。同級生でBと同じ通学グループの子がいうには、Bの母親は彼の癇癪を"個性"と言っていたそうだが自分が聞いたわけじゃないので真偽は不明。
小学校はいわゆる普通学級しかなかったけど、卒業して地元の中学校に進学したらAは特別支援学級(〇〇学級とか呼ばれるところ)にいたので、まあそういうことかとちょっと腑に落ちたような気持ちになった。Bは地元の学校にいなかったので卒業後のことは何も分からない。
社会的にはマジョリティが正しいとかそんな話はしていないんだ…。
「突き詰めれば自分が気に入らないと思ったから言いたい話なのに、何で『みんな言ってる』とか『周りはそう思ってる』とかいう風に周りのせいにするのはどうなん?」という話。
今バズってる増田みたいに自分が嫌いなことを表明するのは(内容はどうあれ)いいと思ってるよ。でも元増田のは小学校でよくある「だってみんなお前の事嫌いって言ってるし(自分が嫌いだからとは直接言わない)」とコミュニケーションの仕方が全然進化してない、ズルいコミュニケーションだよね、っていう話。
話が噛み合ってないのでこれで終わりにするね。
東大卒東大院卒で都内で任期なしアカポスにたどり着けたが歯磨きの才能はなかった。
小学5年生のとき、学校で歯科健診があり、自分は30分時間かけて磨いたのにB+(もっとよく磨きましょう)だった。公立小学校のテストなんて何もしなくても満点ばかりだったのに。
大人になっても、歯医者は歯の磨き方について文句ばかり言う。ソニッケアーとか歯間ブラシとかミラノールとか使いまくってるのに、数年すると虫歯が進行していて、2次カリエス。この前は、数十万円かけたクラウンが取れたから歯医者に持っていったら、下の歯が2次カリエスだからくらうんつけられない、うちだと抜歯だと言われた。
歯科医師は他人の歯磨きに文句をつけて他人を不安に陥れて金をふんだくる商売で、霊感商法と大差ない。まさに社会の敵だと思う。
何もしなくても虫歯が無いとか言う人間は、本当は頑張れば東大に入れたはずなのだ。歯についてかなり調べてある程度知識をつけた自分がこれほど虫歯で苦労しているのだから、それから逃れられた人間は本当は努力すれば東大に受かり幸福な人生を手に入れられたはずの人間なのに、怠けたから今のテイタラクなのだ。
東大合格よりも博士号取得よりも虫歯をなくす方が難しい。だから、虫歯のない人間で人生うまく行ってない人間は、怠けているだけなのだ。
子供が未就学児くらいの頃は勢いがあって子供のために社会を変える!みたいなことを主張してる人も、子供が小学校高学年くらいになってくると生活に埋もれて子供も手がかからなくなってすっかり問題意識を忘れて、今度は中学受験とかの話題に熱心になってるイメージ。
小学校出ている?ごめんなんとか学級出?
いつだったか暇な時にAさんと雑談していたのだけど、何の流れか高校時代の掃除の時間についての話になった。私が、
「高校時代の掃除の時間といえば、男子が女子に対して見栄をはる時間で、それが私はすごく嫌だったんですよね。ゴミ箱持とうか? とか言ってこられても、こちとらそこまで非力じゃねーし」
と話したら、
「えぇ、俺の学校では掃除とか面倒臭ぇ事は全部女に押し付けてましたよ!」
とAさんが言うので、それは世代の違いなのか地域性の違いなのかと、ちょっと考えてしまった。私の高校時代に男子が中学までとは打ってかわって女子にやたらアピールしてきたのは、恋愛至上主義の最盛期だったからであり、別に優しいからというよりは下の欲求に忠実な男達ばかりだったというだけな気がする。かといって、小学校の頃みたいに掃除は女子しかしなくて男子は遊び呆けているという状態になりはしなかったのは、恋愛至上主義のせいで男子が必死過ぎたからなだけじゃなかったようにも思う。
一方、私達の今住んでる地域(私の故郷からは遠い)というのは、面倒臭い事は何でもかんでも女に押し付けるというのが昔からの価値観であり、成人女性は仕事も家事も子育ても介護も、生きるためにすべき事の全てを負って、男は酒と博打と女遊びばかりでぷらぷらしている、というのがつい最近まで常識としてまかり通ってきたような所だ。そういう文化に染まりきった男の子は高校生になったら学校でも面倒臭い事は全部女子に押し付けて平気なんだろうな。高校生男子の掃除サボりは小学生男子のそれとは似てるようで違うのではないか。
そんな事を考える暇があるほど、最近の当店は時々すごく暇なのだった。近所に同系列のコンビニが新規オープンしたことの打撃がエグ過ぎる。その新規店舗は、当店からほど近いがエリアが違う。同系列で容赦ない喰い合いになってしまったのって、本部のエリアごとの競争が関係してたりするのだろうか。巻き込まれる末端には迷惑でしかない。
昨日は前半は派遣の人と組み、後半はAさんとのシフトだった。Aさんに、
「火曜日は高専五年生とのシフトだったんですけど、彼は自信がないからといって米飯とパンの品出しを全然やりたがらなくなっちゃったんですよね」
と話したら、
「金曜日に高専五年生と組む男子高校生さんが増田さんと同じ事を言ってましたよ。男子高校生さんの場合、かなり怒っちゃってて、彼、根はいい子なのに高専五年生の事を『アイツ』って言ってかなり息巻いていて……」
えー、そんな事があったの!?
私はてっきり、高専五年生は私が母親とほぼ同世代(といっても、アラフォーの私とアラフィフの母親を一緒にされてもな)の女だからって甘えて仕事を押し付けて来たんかと思っていたので、まさか年下のしかもまだ子供の男子高校生さんにまで同じ事をしているとは思わなかった。
「でも高校生さんは本当優しい子だから、いくら語気を強めて『アイツのせいで15分も残業させられた』なんて言っても、口ほど怒っていないですって。彼、ほんとにいい子なんで」
とAさんは言った。一体それは何のフォローなんだ。
「いや、優しかろうがクズだろうが、それは怒るでしょうよ。高校生なんてまだ子供だから、自分が世界の中心だと素で思ってるのが普通だし、自分よりも年上の先輩や大人達は子供を守り庇うもんだと信じているものですよ。それがテメエのやりたくない事を新人の高校生に押し付ける大人なんて、衝撃だし信じらんないでしょう」
と私は答えた。
Aさんに詳細を聞いたところ、高校生は品出し作業を押し付けられたせいで上がりが22時を過ぎてしまったらしい。それ、帰宅途中に警察官から職質されたらそのまま補導されちゃうし、当店のオーナーにも警察からの指導が入ると思う。モラルがどうとかいう以前に、高校生を22時過ぎまで残業させてしまうのはルール違反なので、高専五年生には仕事の押し付けを止めさせなくてはならない。
それと、もう一つ重大な問題があって、それは米飯とパンの納品は、共配のトラックのルート変更によって二時間前後も動くということ。二年に一時期くらいは、納品の時間が22時以降にずれ込んでしまうのだが、そうなるのが来月からでないとは言い切れない。ルート変更はけっこう急なのだ。
もし、高専五年生がこのまま「品出しは上手く出来ないからやりたくないです」と言って夕勤に押し付けまくっていたら、自分の首を自分で絞める事になる。突然、納品が23時になったらどうするつもりなのか。それだけのために夕勤を長々と残業させるつもりか?
そもそもとして、夜勤は夕勤と労働時間帯が被るものの、職分が違う(そのため給料だって夜勤の方がずっと高いのだ)。夕勤は楽そうだから仕事を余分に押し付けてやれというのは間違っている。
という訳で、高専五年生には行動を改めててもらわなきゃいけないし、夕勤と夜勤の職分の違いも知ってもらわなきゃならない。勝手に高校生を夜遅くまで残業させてはならない事も知らせなきゃいけない。
こういう従業員同士のトラブルは、オーナーが解決して欲しいんだけど、オーナーは高専五年生をとても気に入っており、賢くていい子だと信用しきっているので、まさかあんなトラブルが起きているとは知らないだろうし、知ったとしても貴重な夜勤人材に辞めて貰いたくないからって日和るんだろうなあ。
ということだが、Aさんは高専五年生とは全然シフトが被らないので手出し口出しが出来ない。シフトが被ってて物を言えるのは私しかいないってことで、とりあえず次回の高専五年生とのシフトでは「自信がないから」という理由で品出しをやらないのはナシ! って言って、一緒に品出し作業をしようと思う。
肝心の、高校生を残業させてはいけない問題については、高校生さんがAさんに告げ口したことがバレたらまずいし、それこそオーナーが直接高専五年生に言うべき事なので、どうしようかな。