はてなキーワード: あんとは
糖質でも鬱でもなんでもいいけど
それで病院に行ったらお医者さんに「あんたは狂ってる」って言われるじゃないですか
その時「あー俺は狂ってるのか」となるのか「俺はまともでこの医者が狂ってる」となるのかどっちなんだろうと考えちゃう
だいぶ前の話だが、その女は当時で
という感じで、でも社内でシステム保守系の担当だったもんだからあんまり人と接する機会が無かったから、社内で問題視されてはいたが実害はそんなにない(強いて言えば隣の席にいると時々臭いが流れてくる)し、なんせ身だしなみの話ってデリケートだから言い辛いよね……と放置されていた。
キッカケは派遣社員だった。
出産から育休となった社員の穴埋めで、20代半ばのギャル系な派遣社員女がやってきた。
勤務3日目くらいで、ちょっと離れた席の俺でも聞こえるくらいの声の大きさで、派遣女が問題女へ「臭いますよ~」と、笑顔で言っていた。
しかし何も変わらなかった。
次に、部署内で話し合いが行われ、50代の大ベテラン事務職(超人当たりが良い人だった)女性が一度指導するという話になった。
何も変わらなかった。
指導するからには改善する、せめて身体と髪を洗ってきて、臭わなくなるだろうと期待していた同フロアの人間たちが俺を含めて陰口をブーブー言い始めた(流石に本人に直接はブーブー言わなかったが)。
最終的におっさん部長に何とかしてくれつって、おっさん部長が別室でガチ説教して、少なくとも問題女は髪を洗ってくるようになった。
こんな感じの話を読んだ
同僚のAがいつもモラハラ彼氏の愚痴を言っていた。ある日そんなAが彼氏からプロポーズされたと嬉しそうに話す。結婚したらモラハラをやめてくれるはず、だそうだ。
やめた方がいいと周囲が止めたが、Aは「人の幸せに嫉妬してる!」と言い放ち、以来孤立。性格が悪くて避けられてる別の同僚Bと一緒にいるようになった。
案の定モラハラを受けるA。唯一の話し相手Bに愚痴っては「それってあんたがブスだからだよw」などと嫌なことを言われ酷い酷いと泣きながらそれでもBと一緒にいる。
まともな人を遠ざけて彼氏やBといった嫌な人を近づけて、何なんだろう
また、
「DV彼氏から匿った友達が居場所を突き止めたその彼氏に二度としないと土下座され、結局元鞘に戻った。その友達は彼氏に居場所を教えていたらしい!もう知らんと友やめした」
という話を見たことがある
「自己肯定感の低い女性がクズを好きになるわけ。それは、クズは自分を嫌いにならないから」
真剣に自分のことを思ってくれるまともな友達は、デモデモダッテする自分にそのうち愛想をつかし嫌いになり離れていく
それに引き換え、DV彼氏は時々優しくしてくれるし、俺にはお前が必要なんだ愛してるんだと泣きながら土下座してくれる。ここで自己肯定感の低い女性はこんな自分をこの人は必要としてくれるんだ愛してくれるんだと感動してしまう
少なくともDV彼氏やBのような嫌なやつは自分を嫌わないでくれる
それでも彼女らにとっては
自分を嫌ってくる友人<<<<自分を嫌いにならない、受け入れてくれるDV彼氏
になる
これは毒親持ちにも言える
(追記)colaboがすごいと思う唯一のこと
https://anond.hatelabo.jp/20221231151128
この記事を読めばわかるが、親身になってくれる大人を散々に苦しめ裏切り、毒親や利用しようとする悪い大人のもとに行くのが毒親持ちの子供だ。弱者は助けたい姿をしていない
支援者やまともな人は嫌な行動をとる自分をそのうち嫌いになるが、毒親や悪い大人は自分を嫌いにならず(サンドバッグや性の玩具として)好いてくれるからだ。やはりお母さんは無償の愛を与えてくれるんだ、実の親が最高だと勘違いする
支援者や友人に対するような態度を毒親や悪い大人、DV夫にはとっていないからでもあるのだが
ちょうど私たちが、いきなり何もないのに100万円あげるよと言われても受け取れないように、彼女らは無償の愛や善意が怖くて裏があると感じて反発してしまう
そして、私達が100万円の対価としてきつい労働などを求められれば安心するように、彼女達は愛や優しさの対価としてDVや虐待する毒親、DV彼氏にある種の安心感を覚えてしまうのだ
そして、善意の人にすらも無意識にでも嫌なことを繰り返して、DV野郎や虐待親に変えてしまうことがある。安心するために。虐待された子を引き取った里親が虐待してしまったり、DV製造機になってしまう女性がいたりする背景にはこんなことがあるのではないか。
ミツユビナマケモノの赤ちゃんを預けられて/黒川 祥子 『誕生日を知らない女の子』【読書感想エッセイ】
https://dogdogfactory.blogspot.com/2017/07/tanjoubi.html
実母からの虐待を受けて育った小学五年生の女の子がファミリーホームに引き取られ、いろいろと苦労もあったが少しずつ家庭や学校でうまくやっていけるようになった。その矢先に、実母から「うちにおいで」と言われた。
実母としては考えなしに言った言葉であり、異父兄弟である弟妹の面倒を見たり家事をしたりする子、つまりは「都合のいい働き手がほしい」と考えての言葉だった。だが、その子は大喜びしてしまった。「お母さんといっしょに暮らせる!」と。
ずっと虐待・育児放棄をしてきた母親であり、その再婚相手は自分の子どもしかかわいがろうとしない男。誰がみたって、母親のもとに戻れば不幸になることは目に見えている。
だが今の制度では、実親が引き取ることを希望した場合、里親やファミリーホームがそれを止めることはできない。たとえどんなに虐待の危険性が高かろうと。
母親から「うちにおいで」と言われた女の子がとった行動は、ファミリーホームや学校で「居場所をなくす」ことだったという。
わざと嫌われるようなことを言ったり、小さい子をいじめたりする。
自らすべてを捨てて「母親のもとに行くしかない」という状況をつくった。
「もう、なんでもいいから帰りたかったんだろうね。福祉司も止めたし、医師も反対だった。でも『奴隷でもいいから、帰りたい。おかあしゃんは女神さまのようにやさしくて、どんな願いもかなえてくれる』って最後は現実逃避にまで行ってしまった」
子どもを虐待する実親と、自分の人生を投げだして子どもの世話をする育ての親。どちらにいたほうが幸せかは客観的には明らかだが、それでも、子どもは実親を選んでしまうのだ。「奴隷でもいいから」と言って。
そして彼女に待ち受けていたのは、奴隷以下の生活だった。学校にも通わせてもらえず、弟妹の面倒を見て、罵声を浴びるだけの生活。
虐待を受けたり、機能不全家庭で育った女性はDV男を選ぶ傾向があるのだという
全て繋がった気がした
そんな女性をなくすことが、フェミニストと弱者男性の共通目標になり得ると思う
「女は優しいチー牛を選ばずDVクズ男ばかり選ぶ!」と不満を垂れる弱者男性も、そんな女性を減らしたいのではなかろうか
そのためには、女性を虐待から救い、暖かな環境で育つ女性を増やすことだ
colabo叩いてる場合じゃない
昭和~平成前半の体罰という名の虐待が許されてた時代に育児してたもんだから
令和の今も体罰(虐待)してる母親に「わかるわかる~わたしもやっちゃったんだよね~キャハハ」みたいな返しをするのがとんでもなくきもい
そのYouTuberのところに虐待してる母親が集まって、「わたしはこんな暴力をしました」「あんな暴力を子供にしました」みたいな告白をして、別の虐待した母親が集まってきて「わかるわかる。そんなときもあるよ」みたいな感じでよってきて、
育児系YouTuberが虐待した母親の懺悔の告白をなんでも聞いて許してくれる神父みたいになってんのほんときもい
同じ育児系YouTuberでも、自分の子供全員東大にいれましたな母親は教育虐待してる母親に対して、ちゃんとぶったぎってるのがよかった
子供の味方になって話してたわ
虐待に関しては母親の味方に立つんじゃなくて子供の味方になってほしい
息子をあんな目に遭わせたくない。
「北斗の拳を読んだらジェネレーションギャップがすごかった」
沢田研二の「カサブランカ・ダンディ」は今の時代だとアウトだという
女の頬をはりたおすなんて当時は許されたかもしれないが今はだめだと
でも歌詞の意味はボギー(ハンフリー・ボガード)の時代は良かったけど
今はそんなことしても格好悪いって意味じゃね?
デジタル庁の人の記事がホッテントリ入りしてるけど、読んだ感じこの人あんまハッピーじゃなさそうですよね...
ブコメはノーテンキに頑張れとか言ってるけど
お味噌汁作って野菜たくさん取れる私えらいもんね!って別にそう言いたいわけじゃないんだけど、
まあお味噌汁ぐらい作るじゃん。
でこの時期暖かくなるから
お鍋の中身すぐ傷んじゃうじゃない。
だから私は春から夏終わりにかけて鍋のベーナーをしない一つの理由でもあり一つの原因でもあり一つの鍋の所存であったの。
いわゆる言うところの
一所懸命ってやつね。
その鍋はまあ夏場だから腐って当然気温が高いもんね!って
あれってよっぽど管理がずさんなんじゃないの?って
私産まれた初めて今日「ずさん」って書いたような気がするんだけど、
ずさんって漢字が出てこないのよ!
感じなくって平仮名の言葉なの?って今気付いちゃって辞書を念のため引いてみたら「ずさん」って漢字では「杜撰」って書くんだって!そんな感じ。
感じにすると「ずさん」感一切なくない?
逆に整ってる感じがしないでも無いような気がするし
これもっとガチャガチャしたそれこそ「ずさん」な感じをイメージしていたのになんか漢字で見ると整ってない?
まあ話を戻すと
飲食店の食中毒ってよっぽど管理がと言うか管理してないじゃん!ってレヴェルの事態だと思うの。
自分の自炊ではそんなセルフ食中毒を喰らうほどアホではないずさんな体制ではないから
未だかつて、
それでお腹壊した!とかってないのよね。
で、
鍋はそれでも気温が高くなるから夏場なんかやっぱり1日で駄目になっちゃう鍋の中身のベーナーの美味しいスープのルーシーが台無しなのよ!
でね、
帰ったら腐っている鍋で絶望するはずの予定だったけど、
私が思うに
鍋のベーナーのルーシのスープは味付けしてない言わば塩分がないから、
腐り耐性がゼロなの全くないの!
大貧民負けてマジ切れそれ見て美味しいパスタ作ったおまえ!っておまえだよ!って
私が寝かせてあるもう何年も使っていない製麺機で作るおまえ麺から作るんかーい!ってそれなんて純恋歌?って思うけど
大貧民負けてマジ切れしなくても良いじゃないって思うわ。
そしておまえも麺からこしらえていたんかーいってこだわり派のロマンパスタだったのね!って
製麺機動かしてそれ見て作ったパスタおまえー!って歌いたいわ。
だから
お鍋のべーナーの中身が傷まないって私の仮説はあっていると思うの。
だとしたら真似したら駄目よって一応の警告はカードをあげておくわ。
へー
それなら翌日もお味噌汁美味しく食べれらるじゃん!って
タマゴ落としても美味しいし
ただ思ったのは
それジャー普通のスープカレーになってしまいそうな気がしないでもないけれど
手際がよすぎて
まあスパイスのものそのカレーは夏場傷みやすいか傷みにくいのかは定かでは無いけれど
定めてみていいかもしれないわね。
とりあえず
私は今夜もお味噌汁多楽しめる環境であることは間違いない味噌汁の味噌味!ってところかしら。
市販の出汁入りのお味噌ばかり使うと味がいつも一緒になるので、
やっぱり普通の天然の揺らぎのある食材を使う方が微妙に毎回違う味になるような気がして、
手間はかかるけどそう言った美味しさの微妙は変化も
舌先で感じる旨味とあいまってそう思うのよね。
まあ今夜もお味噌汁知る人ぞ知る!って感じだわ。
そんで
帰って鍋をオープン的なセサミかセサミ的なオープンかで開けてみたら傷んでたら笑っちゃうけど
お味噌汁作りにせいがでるわ。
うふふ。
昨日作ったお味噌汁を朝食べてモヤシと木綿豆腐の具でとってもグーなんて言わないけど
木綿豆腐美味しいわー!
お味噌汁の豆腐もゴロッとちょっと気持ち大きめの小林稔侍さんが言うところの具が大きい!ってぐらい気持ち大きめに切るのがマイスタイルね。
2リットルのボトルで作ってあるからこれも早々に飲んでしまえばオーケーよ。
傷む前に飲み切っちゃうけどこれは。
まあ暑くなってきたから水分補給も思い出した途端にあんなことこんなことあったでしょ?って思うけど
意識してみてね!
水分補給よ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
そしたら隅っこにクロックスが置いてあって
へぇ〜…今のクロックスってこんな感じか、軽そうなメッシュの奴もあるんだなあとか呑気に思ってたんだよ
クロックスのくせに約1万円もするの
デートとか履いていけないようなこんなチープな見た目の分際でお値段1万円なの?
クロックスって2000円とか買えるような履き物じゃなかったっけ
あんまりにもショック受けて、クロックスのオンラインショップ見てみたら安いやつでも7000円、高いやつだと1万4000円とかする
1万4000円もあったらもっと見た目もシックでかっこいいレザーのサンダルとか買えるぜ
こんなチープな見た目のくせにお値段だけはめちゃくちゃ立派になりやがって…
知らないうちにクロックス、ヤバくなってたわ
呉座って人は本当に優秀な研究者なんかな。
別に学者に清廉潔白さを求めたいとは思わんし性格クソでも優秀な研究者ってのはいると思うけど、原告となって起こした裁判があんまりな内容で全面敗訴だと、この人ちゃんと証拠に基づいた議論ができるんだろうかという疑問を抱いてしまうな。
まあ自分を客観視するのは難しいし、専門分野の話になると急に正気に戻る陰謀論者みたいなのも珍しくはないので、そういうタイプの人なのかもしれんけど。
俺個人の体験に過ぎないので、反論にはならないが、一応思ったことを。
20代の時、飲みに連れていかれるのは、そん時の仕事の状況や体調によってはめんどくさいことも多かったが、結果的に得たものもある。
俺は今ウイスキー、特にシングルモルトが好きだが、それを初めて美味いと思えたのは、先輩に連れていかれたバーでだった。先輩は特にウイスキー好きではなく、カクテルかなんかを飲んでたが、あん時先輩の金でモルトを飲まなかったら、と思うと、先輩には感謝している。
生来のめんどくさがりで出不精の俺を誘ってくれるのは、そん時はめんどくさくても、後々思い返すとありがたい、ってことも多かった。
40代になって、しかし俺は元増田と同様に、年代が下の人をどこかに連れ出したりしない。
それは本当は嫌われたくない一心の、無責任な態度なんじゃないかとも感じていたりするのだ。
俺に関係ない
ただそういう女ってネットでイキり散らすんだわ
男はどーだこーだってさ
俺はあの手の女の首絞める方向へ動く
あんなのの被害者の愚鈍なおっさんが偉そうにインタビュー受けてるのはむしろムカつく
ネットでイキって潜在敵を広範に作ると
「こいつがなにか困ったときは突き落としたろ」
「私のおかげかな~…なんて…」てなセリフがあった。
そもそも原作にそんなセリフがあったか?って話で調べてみたんだよね。
何でかって言うと、先生は基本個性出ないようにセリフや描写が大分制限されてる。選択肢の形で台詞を言うこともあるが、それ以外にも相手のキャラの反応で「恐らくこんな言動をしたんだろうな」と推察するしかない場面も多い。
でもってここの先生とノノミのやりとりは以下の通り。ノノミのみしゃべってる。
ノノミ「以前だったら他の学園と関わること自体を嫌がっていたはずが…かなり丸くなりましたね。」
ここに先生のセリフは「ゲーム内では」ない。ただ本当に台詞が無かったとしたらノノミが独り合点してるセリフになってしまう。それだと不自然になると考えたのだろう。でもって「うん、」という同意と「先生のおかげですね」というセリフからすると自然、先生のセリフは限られてくる。
これに文句を付けるのはエアプか、完全にプレイ時の事忘れてるのかどっちかだろう。
でなんで「未プレイ」と断定したのか?という事だけど、ブルアカはシナリオがVol.1,Vol.2,Vol.3…と別れてるけど、別に最初から順に全て読んでいかないといけないという事は無い。
Vol.2のシナリオを読むには、Vol.1の第一章14話までで良いし、Vol.3のシナリオ「エデン条約編」を読むにはVol.2の一章5話まででよい。
で、最初のノノミと先生のやり取りは、Vol.1第一章17話。
そもそも、ブルアカのメインストーリーは変則的でVolとナンバー表記してあるが、1が終わったら2が配信されるとかいう形式ではなく、
Vol.1の1,2章配信後に、Vol.2の1章配信がされて、次にVol.3の1,2,3章が配信。その後Vol.4の1章が配信されたかと思えば、Vol.3の4章が配信されたり。要するに前のVolが終わってからではなく各Volが並行で配信されている。
どういう経緯でこうなったのかは分からない。
何か意味があるのか?
ただ、アニメでもVol.1を元にしたストーリーが不人気で、実際プレイしてみてもあんまりおもしろさを感じなかった所を見るに、Vol.1のシナリオが大分不評だったから、本来ならVol.1の後にくるVol.2を先行して配信したんじゃないかなぁ。
前からこうなのかは知らないけど、少なくとも自分はVol.1半端に放置してVol.2やった覚えがあるから、
多分大半がVol.1つまんなすぎてさっさと飛ばしてVol.2に行ったんだと思う。
百合,BL漫画好きで同性婚に賛成してない人間がなんでそんなに叩かれるの?
エイプリルフールに「結婚しました!」したVがなんであんなに燃えたの?
オタクはフィクションと現実の違いが区別できるんじゃなかったの?
オタクはゲーム内で人を撃っても現実では暴力的にならないんじゃなかったの?
なんで同性婚の話だけフィクションと現実を混同して見てくるの?
ほっといてくれよ。
同人女というかオタク女にありがちだけど、「オタク活動・創作は趣味」といいきるわりには、「趣味だけで恋愛も仕事もしてこなかった」とか「趣味一辺倒の生活でいいのだろうか?」とは言わない。
なぜか、「オタ活だけで恋愛も仕事もしてこなかった」とか「オタ活一辺倒の生活でよいのだろうか?」と言い換える。
オタクであることというのがアイデンティティなんだろうけど、自分の目を曇らしてない?
「趣味のサバゲーだけやってたんで恋愛も仕事もがんばってこなかったんだよね~」とかいう男いたら、「??」ってなるよね。
「趣味のアクセ作りだけやってたんで恋愛も仕事もがんばってこなかったんだよね~」とかいう女も、たぶん「??」ってなる。
いや趣味でしょ?趣味は趣味で楽しむだけにしときなよ、仕事とか関係ある?って感想になるじゃん。だから普通こんなこと言わないんだよね、ネットでも。
趣味とか関係ないじゃん。単に恋愛も仕事もしてこなかった/うまくいかなかった人、だよねこれは。
まずそのオタク活動への特別視、オタク活動してる自分への特別視みたいなのを辞めてもいいんじゃないかな。
生きがいなのはわかるよ。でも「趣味が生きがい」っていうのは、「趣味だけに生きる」っていう意味じゃないよ。
もちろん、本当にすべてをなげうって趣味だけのために生きる人もいるよ?でもそれは険しい道だよ。
男性でも女性でもそういう人はたまにいるけど、まぁ正直あんまり楽しそうに見えないし大変そうだよね。その道を選ぶなら、それはそれで良いと思うけど。
でもそれだったら収入をある程度得て趣味につぎ込むとか、家庭を持ちながら余暇で趣味を行うとかのほうがバランス良いじゃん。…趣味なんでしょ?
元増田の悩みは、たぶんオタ活とか二次創作とか別に関係ないんだよ。
今後どうするか、こんなに考えてない30代この世にいない気がしてきた。
ここでしょ。
あれ?自分このままだとどうなんの?このままでいいんかな?仕事も恋愛も、このままだと全然見通し立たなくね?って思ったんでしょ。オタ活とか趣味とか関係ないよ。自分の人生を考える時なんだよ。
まぁなんも考えてないヤツは世の中いっぱいいるけどね。「この世にいない気がしてきた」とかそんなことないよ。ネットオタクにありがちだけどそんな修辞しないほうが良い、ちゃんと現実見ろ。
あと、元増田が動揺してるのは「オタ活界隈こそが自分の本当の居場所だと思ってたけど、実は違うんじゃないか、ずっとはここにいられないんじゃないか」って心のどこかで思ってるからでしょ。
まぁ、これも実際その通りで、趣味の場って大抵の人にとっては「2つ目の居場所」なんだよね。
「家庭」とか「職場」で自分の役割をこなして、自己実現をするんだよ。趣味の場はその息抜きとして、別の役割をする場所なんだよね。
ただオタク活動をしているだけで、それが人生の居場所になるのか?っていうとそれは難しいかもね、実際のところ。残念ながら加齢で浮くってのもあるし。年取っても趣味の場に顔を出すこと自体はすごく良いことだと思うけどね。
で、実際のところ、仕事頑張ったほうが良いんじゃない?と思うよ。たくさん稼いで元気にオタ活すればいいじゃん。
稼げないから仕事楽しくないんだよ。稼げたら楽しいと思うよ。まぁ転職とか、大変かもしんないけどね…。
あと恋愛興味ないってのも、本心からなのかちゃんと考えてもいいんじゃない?最初からあきらめてないか?元増田の内心まではわからんけどさ。
「オタ活やってる」を言い訳にせずに自分と向き合う時が来たんだよ。
他の増田もいってるけど、仕事も趣味もバランスとりながらやったら良いよ。
あとさ、どうしてもオタ活を人生の中心に置きたいなら、「趣味」とかじゃなくてちゃんと「生業」にしなよ。
二次創作だから金儲けってのは難しいかもしれないけど、「大して売れない」じゃなくて「バンバン売れる」とか「界隈でも評価されてる」くらいを本気で目指してみりゃいいじゃん。
文字書きなのか漫画書きなのか知らんけど、売上あがったり、仕事につながったりするくらいまでやってみればいいじゃん。それか有名同人作家として評価されるくらいまでさ。
極論だけど、元増田の本業の半分くらいをオタ活の売上で稼げたら、たぶん今の増田の悩みは消えるよ。(税務署はくるだろうけどw)
クソな仕事してても、「まぁ私同人で稼いでるし?」と思えると思うよ。たぶん、居場所もできるよ。
「それは無理だな…」「ただ単に楽しくやるのが良いんだよな…」って思うなら、やっぱオタ活は趣味と割り切るべきだよ。
オタ活も頑張っても良いけど、仕事もちゃんと頑張りな。それか、険しい道だけど趣味だけに生きな。
あと最後に、「オタクそういうとこだぞ~」ってところを指摘しておくよ。
でも、自分でも心のどこかでそういう普通じゃないルート歩んでるのがコンプだから、Aさんが同人辞めたの気にしてるんだろうな。
元増田の人生も別に普通だよ、マジで。「特別・普通」「オタク・非オタク」「創作・非創作」で分けるのやめたほうが良いよ。
コンプを感じたのはAさんが「普通のルート」を歩んでるからじゃないんじゃない?
元増田がやってこなかったことをやってたからでしょ。おそらく同人活動と並行しながらそれをやってて、そんでもってサクッと同人活動(趣味)をやめたからでしょ。
自分が可愛いと自覚していて、楽しそうにしていて羨ましいと思う。それに努力家。
花海咲季は私に勝とうとすらしないだろう。だって可愛さも努力も学力も私に圧倒的に勝っているから。
咲季の自信満々さが鼻について、クラスの子に「ちょっとウザイよね。腹立つ」とか愚痴っても、みんな少し苦笑いして「でも咲季は可愛いからね」とだけ言って、私には同意しないんだろう。私の不快感が本物でも、僻みと取られるだけなのだろう。
藤田ことねくらい可愛かったら、あんなふうに自然に笑顔が作れると思う(自己肯定感が低いのは知ってるけど)。けど私は藤田ことねの近くにいても、藤田ことねのBeRealには1度も映れることなく学校生活を終えるだろう。
たぶん紫雲清香は私の存在にすら気づかず、話しかけてくれもしない。
デレステとか、意外とアイドルの努力を全面に押し出していなかったような気がする(佐久間まゆしか真剣にプロデュースしていないから、少し偏っているかもしれない)。
佐久間まゆと喋れないくせに、と言われたらそれまでだが、あまりその惨めだとは思わなかった。
彼女たちが努力しているとき、私はスマホを通して寝転がりながらゲームをして、彼女たちを見ている。
彼女たちを見ているという事実が、私の怠惰を浮き彫りにしている。
それゆえに、なんかこの努力しているみんなが羨ましいというか、苦しいと思ってしまう。
私も私なりに毎日頑張っているのに、彼女たちには絶対に届かない。
ここで彼女たちみたいにもっと頑張ろう、と思えない自分も嫌い。
ここまでコンプレックスを拗らせながらやるゲームじゃ絶対ないんだろうけど。
私がアイドル科にいたとしても、みんなと私は1度も対等に喋ることが出来ない。
それだけは確実に言えることなのだ。