はてなキーワード: 明日とは
明日の夜、揺れる。
はてなブックマーカー三巨頭のダイダラボッチさんと、ブクマカの良心であるミヤウチさんからコメントをいただきました。
望外のしあわせです。あの世に行ったら自慢しようと思います。ありがとうございました😊
(以下本文です)
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私は62才である。とある地方都市で、公務員として約36年働いてきた。生まれ故郷だ。
地元、そう、本当に地元だ。保育所から高等学校まで、ずっと地元である。(地元にある大学で行きたい)大学はなかったので、大阪府内に進学することになったのだが。
それから民間で三年ほど働いて、地元の市役所の採用試験を受けて入庁した。
いいことも嫌なこともたくさんあった。思い出深い職場である。時間が過ぎるのはあっという間だった。
ずっと土木建築の仕事をしてきた。道路造りに、水道に、都市計画に、施工監理に……少しの間だが、まちづくりの仕事もした。思い出が蘇ってくる。もっと写真を撮っておけばよかった。
本題である。定年延長により、公務員の定年退職はしばらくの間、2年に1回になっている。
私が定年になったのは61才になる年度である。民間企業は誕生月に退職になるのが一般的だが、公務員の場合は年度末まで在籍できる。
今年の3月末をもって分限退職の辞令を受け取り、退職日には労働組合の行事で退職者一同での職場巡りを行い(※有給である。有給が残ってない人は人事がわかってて見逃してくれる)、最後は市長のポケットマネーで退職者のための小宴会が催され、皆それぞれに挨拶をして――私を含めた有志は、翌年度からも再任用(あるいは再雇用)されて働き続ける――はずだった。
タイトルにあるとおり、私は再任用の対象にならなかった。再雇用もNGだった。
2023年の秋頃だったか、再任用の希望票を人事に提出した。その後、返送されてきたのは「再任用は不承認」なる文言の書かれた通知が1枚だけだった。
理由によると、総合的な事情により再任用できないらしい。同じ階にある労働組合の職場委員会を通じて確認したところ、この階の職員だけでも数名が再任用されなかったということだ。
民間企業では、「雇用と年金の接続」という観点から、年金が支給となる65才まで退職者を継続雇用する義務がある。例えば、60歳定年制を採用する企業の場合、65歳までの再雇用は法律上の義務であり、再雇用拒否は原則として違法である。
では、公務員の場合はどうかというと、こちらも原則として再任用をすべき~という旨の総務省通知が平成25年3月に出ている。
内容を要約すると……
「公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に60歳から65歳へと引上げられることに伴い、無収入期間が発生しないよう国家公務員の雇用と年金の接続を図るとともに、人事の新陳代謝を図り組織活力を維持しつつ職員の能力を十分活用していくため、当面、定年退職する職員が公的年金の支給開始年齢に達するまでの間、再任用を希望する職員については再任用するものとすること等を内容とする閣議決定をした」
ということだ。
【参考URL】
https://www.soumu.go.jp/main_content/000216510.pdf
http://www.rilg.or.jp/htdocs/main/houmu_qa/2015/43_winter02.html
ただし、この通知はあくまで国から地方自治体への技術的助言であり、法的効力があるわけではない。
組織からその価値がないと判断された職員だと、再任用はされないことになる。
私は、36年間ずっと、このまちで働いてきた。
そこまで目立たない中国地方の地方都市ではあるが、このまちが気に入っている。
できれば、ずっと働きたい、もっと働きたいと思っている。
労働組合に上記の再任用拒否を相談したところ、今後の団体交渉前の当局とのやり取りにおいて、本件に言及いただけるとの回答が執行部からあった。だが、望みは薄いようである。こういった当局の対応は、何年も前から続いているからだ。
市役所にとって不要な人材は、再任用(再雇用)しない。それが人事当局の方針である。
私は怒りやすい人間であり、周囲に迷惑をかけたこともある。若い頃は上司と反りが合わず、反発して死のイベントを無断欠勤したことがある。なんてことをしてしまったんだろう。あのイベントに出ていればよかった。
日常の仕事においても、市民や業者と言い争いになることがよくあった。
感情の振れ幅が大きく、職場の人に迷惑をかけた。用地買収の仕事の時にも、地権者との交渉がうまくいかなかったのは私のせいである。
査定が低かったのは間違いない。でも、私は私で、このまちが好きで市役所職員の仕事を続けていた。もうちょっと働いていたい想いがある。
仕事とは別の方面になるが、二十代の頃からずっと組合活動をしていた。
土木建築の職場委員会はずっと仕切っていたし、反核の平和の火リレー、メーデー、自治労の定期大会その他の行事などは、40代になって体にガタが出るまで前線に出ていた。
平和の火リレーの時は、市立総合体育館の前にある大きい道路をまっすぐに進んでいったっけ。本当に懐かしい。
一番、血気盛んな時期だと……国と県が合同で実施する泊まり込みの研修があった時、私が朝のラジオ体操時の国旗掲揚係になった時だった。私は、つい大声で主張したのだ。自分の平和にかける想いを。
あの時は、江田島にあった国立青少年自然の家だった。集会室での私の言葉は、十数年前の日記に確かに記録してある。
「皆さん。申し訳ありません。これは研修中の職務ではありますが、私は日本国旗を掲揚する係にはなれません。太平洋戦争を引き起こし、被差別部落問題を長年放置してきたのは日本政府です。人権侵害の象徴である、その政府が作った国旗を掲げることは、平和を愛する者として到底できないのであります!」
と、研修参加者50人以上の前ではっきり告げたのだ。これは、当時の労働組合における一般方針のひとつであった。
今では思う。広島県全体の研修の時なのだから、この時ばかりは組合の方針に反してもよかったのではないかと。
実際、研修が終わった後で人事当局に呼び出された私は、総務部長から「増田さん。悪いけど辞めてくれるか?」と言われた。国か県かはわからないが、クレームがあったらしい。
だが、やはり血気盛んだった頃の私は、組合にも相談したうえで、基本は一人っきりで人事当局と戦った。少しばかりは助けを求めたこともあったが。
最終的に、処分ではなく厳重注意に留まった。組合が助けてくれなかった場合、本当に辞めされられていた可能性がある。
私が悪いのだ。私は仕事に対して真摯に向き合ってきた。本気でやってきた。それでも成績が悪かったのは事実であり、その時期の上司の方々の温情に賜れたことに感謝している。
仕事は本気でやっていたけれども、周囲への配慮が足りなかった。令和になっても、今でいうパワハラみたいなことをしていた。
あの時、いつだったか。令和元年のことだ。
税務の子が当時、私が働いていた施工監理(兼庶務管理)の部署に来ることがあった。土地の課税評価のことで、私が依頼していた文書を届けにきたのだ。
その文書には誤りがあった。その時、私は怒鳴ってしまった。今でも反省している。後悔の念を込めて、できうる限り思い出してみる。
確か、私はこんなことを言った。
「お前、まちごうとるぞ。小字(こあざ)がなかろうが、字がっ!! なしてないんならあ、おい」
「え……どういうことですか」
「水吞町だけじゃなかろうが、さらに、その下に水~(※龍だったかもしれない)という小字の名前がなかろうが」
「すいません、つけ忘れました。打ってません」
「なんでそんな大事なもん、付けわすれるんならあ、おい」
「すいません」
「お前、法務局にこれ出してみろやあ~、恥ずかしいどお!!」
「ごめんなさい……」
恥ずかしいのは私の方である。若い子に対して、こんなに失礼なことを言ってしまった。
その次の週に同僚から聞いたのだが、その女の子はうつ病になり、職場に来ることができなくなったという。
元々、抑うつ気味で元気がなかったらしい。私が怒鳴った金曜日だけでなく、土日にあったイベントでも動員があり、その子は仕事ができず辛い思いをしたという。
ただ、私にも原因があるのは明らかである。本当に申し訳ないと思っている。
その子は、労働組合を通して聞いたところだと――翌年に単純事務労働として税務の仕事に復帰したが、なかなか調子が戻らず、結局は新卒2年目で退職したとのことだ。
仕事でヘマをしてるだけだったら、まだ再任用されたのかもしれない。
しかし、それだけではない。私が他者の信頼を損ねる行為を繰り返したからこそ、こうなったのだ。
できれば、今からでもまた市役所で働きたいよ。でも、その資格がないことも重々承知している。
たとえば今、私は市役所で働いていた頃の思い出を書いてるけれども、守秘義務に反している可能性がある。それでもいい。罪があれば償おう。これも責任の取り方というものだ。
私は罪を犯した。犯し続けた。それで再任用されなくなった。仕事人生の責任を、こんな最悪なかたちで取ることになった。
あれは今年の1月だったか。後輩と一緒に現場に出るため、廊下を歩いていると、部長級の職員が前からやってきた。
その人は、正面にいた私に向かってこう言ったのだ。
「なんや増田。お前、まだ辞めとらんかったんか。はよお、辞めろや!!」
後輩が見ている前で、こんなことを言われてしまった。恥ずかしかった。
だから、こんなことになっている。
最終勤務日のことだ。
労働組合が主催する職場巡りの会が終わり、最後に職場に帰って、デスクに座ってしばらく待ち、定時を迎えた時のことだ。
定時のチャイムが鳴って、2~3分くらい後だったか。私は、カバンを抱えてまっすぐに職場を出た。
事務所にいた同僚連中には、「じゃあの~」と軽快な口調でさよならを言った。みな、私に「お疲れ様でした」と返してくれた。
しかし、ひとつだけやっていないことがあった。最終勤務日の前日、職場の親睦会の若い幹事職員に言われたのだ。
「増田さん。最後に僕が花束を渡すので、退職スピーチをお願いします。その後記念撮影をしますから、残っておいてくださいね!」
と、しっかり伝えられ、私はOKの返事をしている。
にもかかわらず、こんなことをしてしまった。チャイムが鳴ったら逃げるように、すぐに家に帰ってしまった。
スピーチなどしたくなかった。再任用されなかったこんな私がスピーチをしても、恥ずかしいだけだと思っていた。
自分に負けたのだ。彼の思いに応えられなかった。
最後になるが、もし増田の利用者の方で思い当たるフシがある方は、どうか職場では自重してほしい。
他者の信頼を損ねる行為ばかりしていると、私のように情けない老後を過ごすことになる。この日記がひとつの警句になってくれたら望外の幸せである。
明日からは、またはてな匿名ダイアリーのイチ利用者である。また面白い日記、楽しい日記をたくさん読んでみたい。
ありがとうございました。
https://anond.hatelabo.jp/20240808150633
「子供がいない人間は成熟してない、未熟だ」って言ってる人間が、とりあえず産んで飽きたら捨てればいいよ、って言ってるのが怖いんだよな
こんなこと言っておいてこいつ自身が未婚なわけないだろうからコイツは親をやってるんだろうけど、自分の子供にこんな感情抱いてるんだなって思うと、お前よくもまぁ子育てなんでできるよなって思う。
飽きたら子供を捨てればいいよ、中学卒業したら追い出せばいいよ、って言ってる人が成熟してるとは思えないのだが、これは自分が未婚だからわからないだけで、意外と子持ちってこういうメンタルだったりするわけ?
ただ普通に考えたらこの発言なんか色々矛盾してるし普通に釣りなんだろうな。こんなのが明日には人気エントリに入ってると思うと少々憂鬱だ
世間は「働け」って簡単に言うけど、人生はそんな単純なもんやない。
人生をもっと高度に数学的に捉えるなら、L(x, y, z, t) を人生の満足度として、x, y, z をそれぞれ仕事、家庭、健康の状態、t を時間とする。ほんなら、人生は次のような偏微分方程式で表現できるかもしれん。
∂L/∂t = ∇⋅(κ ∇L) + R(x, y, z, t)
ここで、
この方程式は、非線形かつ時間依存で、解の存在や一意性が保証されへん。初期条件や境界条件によって、解の挙動が大きく変わるんや。
この偏微分方程式における安定解を見つけるためには、リャプノフ解析を行う必要がある。リャプノフ指数を計算することで、解の安定性を評価できるんや。
λ = lim(t→∞) (1/t) log |∂L(x, y, z, t)/∂L(x₀, y₀, z₀, 0)|
このリャプノフ指数が正である限り、人生はカオス的で予測不能や。安定した解を見つけるためには、外部からの影響を最小化して、内部の状態を調整する必要があるんや。
こんなにキレ散らかしても、何も変わらへんことは理解してる。でも、分析することで、少しでも解決の糸口が見つかるかもしれん。
今日の結論は、現状を変えるために新しい初期条件と境界条件を設定することや。少しずつでも、安定した解に近づけるように、何か行動を起こさなあかん。
10年ほど前に同じ抜歯をした時は3時間くらいかかって、抜いた後もものすごく痛くて人生の辛いことランキング上位に入るレベルだったのに、今回は30分ちょいで終わった。
今回のドクターの腕が良かったのか、ロキソニンと抗生物質飲んで、冷えピタ貼って、なるべく口を動かさないようストローで飲み物のんだりゼリーとか食べてる分には今のところそこまで痛みもない。
想像より遥かに楽に抜けたのは有難いけど、ドクターに「ガッツリ骨削ったので明日かなり腫れると思います」と爽やかに言われたのでビビっている。
タスクリストに長年残っていたラス1の親知らずをようやく抜けてスッキリするかと思いきや、別にそこまで生活に支障もなかったのに、なぜ私はお金と時間をかけてこんな痛みを………?むしろ病院行ったせい具合悪くなってね……?しくしく……というのが今のお気持ちだけど、痛みがとれたらスッキリするのでしょう、たぶん。
しっかし親知らずってヤツはなんの役にも立たず、むしろ金と手間と痛みだけをもたらすってまじなんのたまに生まれてきたんだアイツは…
アタイ、休み明けに仕事行ったら、部下のミスで顧客に怒鳴られちゃったのよ。
中間管理職だからって我慢してたんだけど、やらかした本人は「またやっちゃった」って感じで全然反省してなくてさ。
その場にいた上席も「明日でいいよ」って帰っちゃうし、他のスタッフも「早く帰ろう」って雰囲気。
結局、誰がケツ拭くと思ってたのかしらね?
昭和世代の責任感ある部下が「この状態で全部投げるの?」って連絡くれて助かったけど、もうね、アタイ疲れちゃったわ。
明日、笑顔で接する自信ないし、「アンタのミスで怒鳴られたんだから話しかけないで!」って言いそうで怖いの。
けどさ、やらかした本人が全然反省してる様に見えないんだって。
またやっちゃったとか、今日は早く帰れないとかそんな感じだったんだって。
その場にいた上席も処理は明日で良いよとか言って帰ったんだって。
他のスタッフも「上席が言ってたし、ミスの処理は明日で良いよ、明日いるスタッフに任せれば
部下、次の日休みなのにね。誰がケツ拭くと思ってたんだろうね。
結局、上司も部下も中間管理職の私がやれば良いと思ってたんだろうね。
責任感感じた昭和世代の部下が「この状態で全部投げるの?」って言ってくれて
連絡くれたから分かったけどさ
もうね、何だろうね。いつも皆が仕事をしやすい様に、すごく気を使ってきたのに。
明日笑えない、いつも通り接する事が出来ない気がする。
「アンタのミスで顧客に怒鳴られた」「今は顔も見たくない、必要以上に話しかけるな」
って言ってしまう気がして怖い。
こんなに我慢して、我慢して、上と下の間で四苦八苦して、それでも上記の事を
言ったらパワハラになるんだろうね。
今日はふとしたことから、ある考えが頭に浮かんだ。俺は有限であるものを無限と言う奴が嫌いだ。なぜなら、それは現実を歪め、誤った期待を生むからだ。
例えば、時間。時間は有限だ。1日は24時間しかないし、人生も限られた時間しかない。それなのに、「時間は無限だ」とか「いつでもできる」と言う人がいる。そんなことを言われると、俺はいつもイライラする。時間を無駄にしているように感じるし、何よりもその言葉に騙されてしまう自分が情けない。
また、リソースも同じだ。地球の資源は有限だ。水、石油、森林、どれも限りがある。それなのに、「資源は無限だ」とか「技術が解決する」と言う人がいる。確かに技術の進歩は素晴らしいが、それに頼りすぎるのは危険だ。現実を直視し、有限であることを認識しなければ、持続可能な未来は築けない。
そして、人間関係もそうだ。友情や愛情も有限だ。無限の愛を期待することは、相手に対して不公平だし、自分自身をも苦しめる。限られた時間とエネルギーをどう使うか、それが本当の意味での愛情や友情の証だと思う。
有限であることを認めることは、決してネガティブなことではない。むしろ、それが現実を直視し、より良い選択をするための第一歩だ。だからこそ、俺は有限であるものを無限と言う奴が嫌いだ。現実を見つめ、限られたリソースを最大限に活用することが、真の知恵だと思う。
さっき寝た直後に金縛りになったんだよ。
体が動かなくてさ、それで頭の後ろの辺りでガタガタガタって音がしたのさ。
視線さえ動かせないけど、薄っすらと視界の端に何かが見えるのな。
その瞬間に頭の中で俺はこう囁いたのさ
「なんだ、低級の夢魔か」
ってね。
そして俺の拳が突然、音がする辺りをドカドカ殴り始めたんだ。
金縛りにあっていたのに殴れるのかって話なんだけど、金縛りって結局は夢の中の話だからさ、夢の中で俺の体は動けないという思い込みを超越して拳を振り回したわけだな。
そのあと少しだけ夢を見てさ、俺は夢の中で「さっき俺は夢の中で幽霊を殴ったんだが、どうもそのせいか肩周りがやたら痛いんだ。呪われたのかな」と冗談を言ってたのさ。
意味わからない夢すぎて思わず起きてしまったんだが、確かに俺の腕周りがなんだかパンパンに疲れていてゾッとしたよ。
でも思い出したんだよね。
腕立てして腕が疲れているから、その辻褄を合わせるために腕が疲れるような作り話が夢の中で展開されたんじゃないかと思うわけだ。
夢ってのはその日におきた記憶をなぞっているというけど、それは現代から過去に向かって時間が長ているんじゃないかとふと気づいたのさ。
今起きている現状に対しての理由を思い出すために現在から過去に向かって時間を遡っていき理由を探すんだ。
そのスタートとして、なぜか浮かび上がったのが「幽霊をボコスカ殴るのに腕の力を使った」というストーリーだったんじゃないかと。
もしかして人間の記憶が不確かになっていくのってこういうことを毎晩やってるからなんじゃないのかな?
つまりさ、今起きている現状に対して都合のいいエピソードをでっち上げながら過去に向かって遡っていくから、自分の思い込みに都合がいい部分だけを若干の脚色を交えて思い出すのかなって。
なんだろうな・・・たとえば空耳アワーで一度聞いた空耳歌詞が離れずに元々の英語を知っている歌でさえ次に聞いたら空耳歌詞の方で聞こえたりするような感じっつうのかな。
電話口で名前を一度聞き間違えるとずっとその響きで聞こえてしまうような感じというのかな。
今自分の中にある結論に都合がいい材料だけを遡って集めていき、世界の認識を再構築してしまう仕組みが人間にあるんじゃないかってことさ。
それを毎晩繰り返すうちに人間の記憶はドンドン歪んでいくわけ。
俺は筋トレしたことを思い出せたから良かったけど、もしもそっちをすっかり忘れていたら「俺が夢だと思っていたのは本当のことで、実際に俺は金縛りにあいながらも幽霊を殴っていたんじゃないのか」と記憶を書き換えていた可能性があるって話よ。
おかしいな。最初は「明晰夢に入る時に一番じゃまな幽霊を倒した!明日からはエッチな夢見放題だ!」って増田を書くはずだったのに変な方向にドンドン筆が走ってしまった。
自分は持病があり子供が産めないこともあり結婚がうまくいかず高齢独身
お昼ご飯は会社の女性達で集まってご飯を食べるのだが、会社の女性達は独身が多く、既婚の人もあまり家族の話をせずに、この前出来た新しいお店とか
次のお祭りとか、スーパーの半額とか、そんな話をすることが多かった
朝おむすびつくってあげた、部活のつきそいで、土日はみんなでXXにいった
などなど
でも「苦しい」って思ってる自分に気づいて衝撃だった
子供、欲しかったけど無理で、でもしょうがないって思ってて、会社の若い子が結婚して出産しても歓迎できてた
会社の若い子たちも、あまり子育て大変です、みたいな話はしてこなくて、会社だと仕事の愚痴とか、そんな話が多かったからなんだなって今気づいた
子供が持てなかった私には、彼女の日常の話がとても苦しくなってしまう
いいな、と思ってしまう
彼女が悪いわけではないので、彼女が嫌いということではないけど、私が辛いので一緒にいたくなくなっている
https://www.youtube.com/live/CNOaXT71Qp4?si=m3MUUEsNNo9uWWrY&t=5340
もし私の身に何かあったときは
私には納得できない大きな大きな力が動いていると思ってほしい
私は明日もイキる
今は何言ってるかわかんねーと思いますが
だそうです
8/1 湊あくあ「もし私の身に何かあったら、私には納得できない大きな力が動いていると思って欲しい。私は明日も生きる。正義のために。諦めない。戦い続けることをここに誓います。」
8/6 卒業発表
大きな力が動いているね……
1日前に申請したら最短2日前しか申し込み出来ず今日はテザリングで凌いでる
フレッツ光クロスは基本IPoEでしか提供していないらしくPPPoE繋がらないからちゃんと切り替え申請を申し込むんだぞ
ひかり電話は気にしなくていいけど今はインターネットに繋がらないとなあ
明日楽しみだ