はてなキーワード: バイアスとは
例えば地位が低い人間、それこそ国籍があるのかないのか怪しいような移民でも
なんとかタウンみたいな集まり方するだろ。まあ日本人も海外だとやってるけど
海外にでていくような人間はやはり強かったり、バイアス的なものがあると思う
一方日本の弱者全般は別に虐げられても生存はできつつ、いじめられてひどいよーとは言われつつも
まあそれなりの生活ができてしまっているので別に淘汰されたりすることも変化を促されることもなく
今後何か大きな変化が訪れて、大量に死に絶えつつ、一部に大幅なアップデートがかかるまでは虐げられ続けるんだろ。
ありがとう。恥ずかしながら「根本的な帰属の誤り」について、あなたが教えてくれて初めて知った。
中卒だけど自分なりにざっくりと調べてみた。あくまでざっくりとなので理解が浅いのはご容赦願いたい。
認知バイアスの一種ということなので、これは心理学分野の話だと理解した。
それと話が一気に飛んでしまって申し訳ないのだけれど、健康の社会的決定要因(SDH:Social Determinants of Health)にも近い話題のような印象を覚える。
問題は個人にあるのか(自己責任論)、そうせざるを得ない社会的な要因が背景にあると捉えるのかという話。
また、最近はあまり使われなくなった用語ではあるが、防衛規制にも近い話かもしれない。
己の精神を守るために、根本的な帰属の誤りといった認知バイアスが強く働きがちであると。
これを避ける手段としては、誰しもが認知バイアスの影響を受けることを自覚すること、自覚することによりメタ認知でバイアスをコントロールすることが重要なのかなと。
学歴で大雑把にくくって統計をとった場合、最終学歴によって認知バイアスの自覚度合いやバイアスを自覚しコントロールする力に実際に差が出てくるのかもしれない。
しかし何事にも例外はあって……もしそういった統計学的な傾向はあっても、ケースバイケースだろうという気はしている。
このニュース報道を見て現役信者はどう感じるのかな、と思った。
「ムチなどで叩かれたことがある」
などの質問項目に対して、80-90%が「はい」と回答したとのこと。
それに対してのエホバの証人側の回答は、
“「教団はいかなる形の児童虐待も容認せず、調査は、否定的な感情を抱く一部の人々だけの回答に基づいている」などと反論しています。”
とのこと。
「え、ウソじゃん」と思った。
自分(アラフォーで脱退済み)が子供だった頃は上の三つの質問は全て普通にあったことだからだ。
輸血拒否カードに関しては自分の意思でというのは言えるけど、ムチと学校行事に関しては親の考え。
そして周りの二世も間違いなく同じ状況だった。
それを「否定的な感情を抱く一部の人の回答」と答えてしまったら、現役の信者はどう思うのだろうか。否定的な感情?
報道を見た瞬間は「うわー嘘じゃんやばー」と思ったけど、少し間を置いて気づいたのは、
「自分はエホバの証人の組織の上の人間がウソをつかないと思っている」
と同時に、
「カルト宗教(オウムであれ統一教会であれ)の広報が何を話しても、胡散臭いとかどうせ嘘ついているかもと考えるバイアスは持っている」
ということだった。
自分としては、エホ証の組織上層部は理屈こねくり回してこじつけたりはするけど、明らかなウソはつかないと思っていた。
それなのに今、明らかなウソをついている。
そしてそれに動揺している。
つまり自分は、もはやエホ証を脱退し、エホ証をひいてはカルト全てを憎んでいると思っていたけども、もしかしたら「組織の絶対性」に対する洗脳の片鱗は残っているのかもとちょっと怖くなった。
二世問題の報道は下火になりつつあると感じていたけど、支援団体の人たちが着実に進めていてすごいとしか言いようがない。がんばってください。
どうせまたすぐ手のひら返すんだろって疑ってしまう
はたして、損をしたのは誰?
この論理が根本的に破綻してることをやっと理解して別の論点に切り替えたのか
嫌いな相手に損させても自分の得にはならないなんて普通の人間は幼稚園で理解することなんだがな
目先の売上を出すのに夢中になって足元掬われたというのはどう言い繕っても失敗だろ
結果として前より幸福になろうが不幸になろうが、それが本人の優秀さを左右することはない
俺はその営業が不幸になってるはずなんてことは最初から論拠にしてないわけ
そういう当たり前のことが読み取れないのがバイアスなんだよ
あのさ、、会社を退職したら不幸になってるはずと言うバイアスから抜け出せないことを自覚できてる?
結果から見るとこう。
顧客が会社では無く営業についていく業種(商社など)なら、受注減で大損害の可能性もある。
はたして、損をしたのは誰?
そして、営利企業の目的とは何? ルールを守って仲良しこよし、異物を排除して、出て行った奴を酸っぱい葡萄よろしく「そいつの実力だろ」って言うことなのかな?
OpenAIの件を聞いて、セミナーで聞いた話を思い出したので書いてみる。
もはや営業の域を超えた活躍をしていて、お客から要望を聞き出すこと、その理解力が超上手い。それに対してプランを作って社内リソースアサインしてないやつは自分で提携先を引っ張ってきて受注、みたいなことをガンガンやる。売上300億ぐらいの会社で、ひとりで二桁億円台の新規受注とかとってた無茶苦茶優秀な人。
ところが、その手法は、社内の手続きをかな~り無視していた。他の部門がやる作業をかなり自分でやっていた。営業会議とかにかかるときには、既に客先は発注の意向を固めてる様な状態まで行っていて、さらに経営幹部の覚えが良く、中間の管理職などをぶっ飛ばして上層部に話を通している、と言う様な事がよく発生するような感じであり、彼のことを不満に思う人は多かった。
で、何が起こったかというと、彼がルール違反をしていてコンプライアンス・ガバナンス的に問題があること、時にエキセントリックに動かすのでハラスメントのような言動があると言うことなどをがちがちに正論でラッピングして作った社内調査報告書なるものがどこからともなく作られた。それを元に、社内でつるし上げが発生。正論に正論を貼り付けたような調査報告書では、上層部の責任もあるのだ、と言う様な事も書かれていたことから、人事総務系の経営幹部が動いて面談が行われた。
結果どうなったかと言うと「誘ってくれている所があるので退職します」という結論になってしまった。本人には、嫌がらせみたいなものが起きていたりとか、妙な派閥的なものができていたとか、そういうことも発生している。
本人は退職届を提出。その際には彼をかわいがっていた上層部は寝耳に水で大騒ぎ。で、引き留め工作が行われたものの、本人はもう嫌気が差していて、戻るなら今回の騒ぎの首謀者を全員排除してくれと要求したららしい。
それでどうなったかと言うと、彼と、彼が指定した人を抱えて、新しい会社を設立することで合意した。
そこに人員を移動して、従来の会社のガチガチのルールではできないような営業活動を展開、業績を伸ばしいったらしい。
と、言うのは嘘で、セミナーでは、あっさり辞められて、その後、彼の後追いの退職が相次いで、会社が傾きましたと言う事例として話されていた。
経緯の部分も自分が、これってこう言う事だよね?って意味で書き直してるけど、セミナーでは「いくら優秀でもルール違反させては会社組織が崩壊する」という事例として、かなりのバイアスがかかった書き方になってた。
で、対策としては
だそうで。何よりもおかしいのは、なんかセミナー聞いてた周りの連中、はまさにその通りみたいな反応してるやつが結構いて、質問も好意的な奴が多かったこと。
もう10年ぐらい前のセミナーの話。あいつら今でもこんなセミナーやってんのかなあと思ってググったら、なんか人事DXとか言ってるわ。お前らには無理だと思う。
ビートたけしが19日放送の番組で、日本の年金制度について語った
国民年金の通知書を見ると月6万円で「めまいがして倒れた」と告白
たけしは「オレ、国民年金って(通知書を)びーっとはがしてみたけど、
1カ月に6万円だったもん。めまいがして倒れた。(会社員などが加入する)
厚生年金とか、ないからね、結局」と告白。だが、パトリック・ハーランから
「多くの国民は、たけしさんに(年金は)給付しなくてもいいと思っている」
とツッコミを入れられた。
https://news.livedoor.com/article/detail/25383671/
納付額が少ないなら給付額も少ないのは当たり前のこと。
世論を代弁しているようでしていない。
北野武氏の生涯所得も違うから一般人の金銭感覚とは違う気がするのだが,
過去、いじめやハラスメント等が明らかになり世間を賑わせた界隈をパッと浮かび上がる分だけ書くと、
相撲界
歌舞伎界
野球界
そして宝塚
あと界隈ではなく部分的な集団だと日大事件、直近だと某男子剣道部で集団的ないじめが発覚し問題視された。
見てわかる通り、共通するものは「体育会系」そして宝塚以外は見事に男の園ばかりだ。
だが唯一の女の園(上層部は男ばかりのようだが)宝塚の体制が問題になった途端、報道も一部世間の反応も性別という単なる属性がまるで「要因」かのように語るものが散見される。それはおかしい。
他のいじめやパワハラ問題で中身のヤバさが露見しても「男ばかりだから」と性別を強調されることはない。整合性をとるなら、宝塚で起きたことも「女ばかりだから」を口にすべきではないだろう。口にしたくなったのならそれは自身が抱える問題であり、自覚するべき醜さ、陰湿性だ。
これ、女の方からプロポーズしたんだぞ!フェミざまああああぁ!!ってのが沸いてるけれど
この記事を読む限りでは男の方は結婚しないつもりで付き合ってたの?
余計最低なんだが。
まぁ何つーか見れば見るほど藤島康介っぽい。
https://news.livedoor.com/lite/article_detail/25365937/
今年の初め、奥森の両親に挨拶をした上で交際を始めたという2人。そこから結婚に至った経緯について、奥森を“皐月”呼びしながら説明した岩井は「1ヶ月くらい前(10月頃)に話している時に、話の流れで『いつか世間に公になった時に、厳しい目で見られるな』って話した。その時、俺“この関係をどうしたら良いか”色々考えて」と振り返り、「これは2つしかないと。“別れる”か、“結婚する”か。でも、皐月には俺は結婚とか言えなかった」と吐露した。
また、奥森へ結婚を切り出せなかった理由については「この選択は、相手の人生を決めちゃうことになる。(今後奥森は)色々世界が広がっていくと思うし、1人の人としてちゃんと仕事をしたいはず。活動をする上で、そこに結婚ってなると、違うバイアスがかかっちゃうって思った」と回顧。「そんなことを考えたら『俺には言えないわ』って思った。その中には、自分の保身とかも入っていると思うけど、1番は向こうのことを考えた。結婚を突きつけるのは酷すぎると思った」と話した。
はてなを見ていると常々思うが、何か法的・組織的あるいはコミュニティ的な面で不祥事があるたび、それらを解体・廃止しようという意見があがる
けど、はてなー(多くはブクマカ)に届くのごく一部で極論ばかりで今更や誤りが多数存在する情報だったり、単なる怪文書ばかりだ。特に増田にあがるものをそのまま鵜呑みにして断定する人が非常に多い。
恐らくブクマカは増田などをある種の身内贔屓のバイアスかかって読んでいるフシがある。
その上、そもそもタイトルくらいしか読まないと言われるほど脳みそが破壊された人達ばかりで、いかにも社会的なものを排除した非論理的な感情論でしかないコメントは、単に不快にする以外にないんだよね
けどなぜか、ブクマカなそういうものを共有することで一体感を感じて、いかにもその意見が正しいトレーニング錯覚しているようだ。
だから他人の土地に不法侵入して怒鳴っていても平気なんだろう。
やばない?
https://tjo.hatenablog.com/entry/2023/11/11/195106
「R」や「Python」で誰でも簡単に統計解析ができる(と喧伝される)ようになってから、このような思考をする分析者が増えているように感じます。
統計手法の原理を理解することは、その手法の単純な適応における限界を見極めることのみならず、問題解決のために手法を改善・拡張することを可能にするでしょう。
それとは反対に、便利な統計ツールの使い方を身に付けることは、「問題解決」へのアプローチを硬直化させてしまいます。
この問題は事前に実験計画をサンプル全体に確実に遵守させられる範囲にサンプルを絞ってA/Bテストを行うとか、もしくは分析する前に実際のキャンペーン実施状況の情報を集めてnon-compliantなサンプルを除外するといった対策が必要なんですが、それをせずに漫然とA/Bテストをやって「テスト群の方が有意に低いとは???」となってしまっている現場は珍しくも何ともありません。
さまざまな問題点が考えられますが、まず「テスト群の方が有意に低い」という結果が出ること自体は統計分析の評価として、なんらおかしなことではありません。おそらくは「低く出るはずがない」ような条件でA/Bテストを行っているのでしょうが、それ自体が現実の施策分析においては大きなバイアスになっているのです。そして、実際の現場では「実験計画をサンプル全体に確実に遵守させる」ということがもっとも大きなバイアスになるのです。
多くの場合において、ある「施策(A)」の有効性を検討する場合、それは他の「施策(B)」との比較、もしくは「通常の状態」との比較をすることになります。それはどのようにすれば可能でしょうか?
例えば、「あたなの店舗では施策(A)を実施しないでください」と言われた場合、それは何を意味するのでしょうか? それは指示を受け取った人によって異なるかもしれませんし、綿密な実験計画の周知によってある特定の状態を意味していることが伝わるかもしれません。しかし、重要なのはそれが何を意味するかではなく、それがどのような影響を与えるか、ということです。コントロール群へどのような影響が出るのかを予測することは非常に難しく、現実的には不可能と言っていいでしょう。
多くの場合、施策の影響を厳密に計測しようとするならば、そのテストが行われていることをあらゆるサンプル(店舗や実施者)に知られずに済ます以外にはないでしょう。
このような事態を避けるためには「平常時からある程度広告・マーケティング施策を打つタイミングを満遍なくバラけさせておく」必要がある
本来であればデータ分析を担う立場の人々の方が平時から積極的に(役員会とは限らず)経営に関わるゾーンの人々に働きかけていって、「データ分析を行って意味のあるデータセットが得られるように普段からビジネスを展開する」というのが多分理想像なのでしょう。
このような考え方は、データ分析が経営に(ほとんど)何らの影響を与えないような状況においてのみ有効です。
もし、あなたの会社が本当に危機に瀕しているとき、どうにかして有効な施策を見つけようとしているとき、「データ分析のために何の施策も行わないでください」と言われて従うことができるでしょうか。
あるいは、「本当に有効な施策を見つけるために、あなたの会社の成長を止めることが必要だ」と言われたら?
おそらく、そんなバカなことは受け入れられないと多くの人は考えるでしょう。
現在の日本で「データ・サイエンティスト」などと呼ばれる統計分析の使い手がもてはやされているのは、アメリカにおける流行が数年遅れで日本に上陸した結果だと言えるでしょう。しかし、アメリカと日本で決定的に異なる点があります。それは、アメリカの経済が現在アップストリームにあり、日本はそうではないという点です。
人口増加を背景とした安定した成長のなかでは基本的な統計分析(つまりは道具としてのお決まりの統計分析)でも、十分に役に立っています。
しかし、日本のような、マーケットの縮小と金融政策に根差した不安定な経済状況において、そのようなお決まりの統計分析がどこまで有効であるかは大いに疑問です。
現代的な統計分析の手法は、経済的な停滞に陥ったかつてのアメリカにおいて、その困難を打破しようとする知性によって大きく発展しました。現在の日本は、まさにそのような状況にあるように見えます。教科書的な分析をただ機械的に適用する判定者ではなく、あらたな価値を生み出すような「データ・サイエンティスト」がはたして日本から生まれるでしょうか。
「結婚ですか?」
「うん」
「したくないってこと?」
「特別、絶対したくない、というわけではないんですが。どちらでもいい、どうでもいいという意見に近いです。」
「なんで?結婚って人生においてもっと重要なことじゃない?どうでもいいことはないでしょ?」
「そうですね。結婚したい人にとっては重要かもしれませんし、いずれ結婚する人にとっては重要でしょうね。」
「じゃあ結婚しないの?」
「おそらく。」
「なんで?」
「なんで、と言われましても。結婚するのに理由はあっても結婚しないのに理由はないでしょう。ただ今のままというだけです。」
「する人は多いかもしれませんね。」
「じゃあなんで結婚しないの?」
「そうですね。強いて言えば、私にとっては結婚は普通のことではありません。少なくとも、今のまま歳を重ねていけば自然に訪れるイベントではありません。」
「なんで?今彼女いないの?」
「いません。」
「過去には?」
「いたこともありました。」
「結婚しようとか思わなかったの?」
「具体的には思ったことはないです。」
「結婚したくなかったの?」
「したいとかしたくないとか、そういうのは漠然としていましたね。あまり真剣に考えたことはないです。」
「なんで?それは若かったから?」
「かも知れません。」
「じゃあこれからは、彼女ができて、結婚するかもしれないじゃん?」
「作ればいいじゃん?欲しくないの?」
「特別欲しいとは思いません。」
「なんで?さびしくないの?」
「さびしいというのがどういう事かいまいちよくわかりません。」
「えー、そんなことないでしょ!ひとりぼっちだと心細いとか、人と触れ合いたいとか、そいうのないの?」
「それがさびしい、ですか。」
「多分」
「そうですね。心細い、ということはないです。人と関わりたいということはあります。何かこう、暇を持て余している時は特にそう思います。ずっと物を相手にしていても変化に欠けますから、やっぱり人と関わらないとつまらないですね。」
「んーーーーそういうのとはちょっと違う気がする」
「違いますか。」
「それは、よくわかりません」
「じゃあさ、性欲はないの?」
「あります。」
「あるの?」
「ありますよ。」
「さびしくて?」
「…えっと、やっぱりいいや、性欲はあるんだよね?」
「はい。」
「性欲があるのに彼女欲しくないの?」
「欲しくない、ですか。難しいですね。」
「難しくないよー彼女欲しいの?欲しくないの?どっち?」
「どちらとは言えないですね。真ん中です。」
「まんなか?なにそれ」
「どちらでもいい、です。」
「ええーーーそんなのあり?」
「ありでしょう。」
「だって性欲あるんでしょ?」
「はい。」
「彼女いたほうがよくない?」
「なぜですか?」
「そうですね。」
「あの、今はとりあえず性欲に限っての話ということでいいんですよね?」
「え?うん」
「わかりました。私の性欲についてですが、彼女がいなくてもどうとでもなります。まず第一に、放っておけば治まります。第二に、治まらなければ自ら処理します。第三に、それでも治まらなければ彼女ではない人でも処理は頼めます。以上の三点から、私に性欲があることが理由で彼女がいたほうが良いことにはまりません。」
「変な喋り方するね…んーでもそれってオナニーとか風俗とかってことだよね?それだとさびしくない?」
「…じゃあ、性欲の話はわかったから、セックスについて、一人でしたり知らない人としたり、お金払ってしたりはさびしくない?」
「それは、何故ですか?よくわかりませんが。」
「よくわからないって?」
「何がって、ほら、そういう事は彼女とかお嫁さんとか相手にしたくない?」
「それは知ってるけど、そういうのってさびしいと思う」
「そうですか。なぜですか?」
「それは、またなぜ?」
「なぜって、だって愛が無いじゃん?」
「愛?」
「愛って、何を愛とおっしゃるのですか?」
「何をって、相手が好きかどうか」
「すごく難しいことを言われますね。」
「難しくないでしょ!好きな人いないの?」
「それも、よくわかりません。」
「わからない?」
「はい。」
「いえ、好きというのがどういうことか、どの程度か、何を指し示すのか」
「相手を好きって思うことじゃん」
「えっとじゃあさ、今までどうやって付き合ったの?きっかけとかは?」
「きっかけ、ですか。そうですね。例えば、元々知り合いだったのが、付き合うことになったとかでいいんでしょうか?」
「その、元々の知り合いから付き合うにあたって、変化とかなかったの?」
「より親しくはなりましたけど。」
「え、ちょっとまってじゃあ、元々好きだったってこと?」
「それがよくわかりません。」
「でも告白したんでしょ?」
「告白はしてません。」
「相手がしたの?」
「相手もしてません。」
「じゃあどうやって付き合ったの?」
「どうやって、…いつの間にか。」
「はあ?そんなことある?」
「あると思いますけど。」
「信じられない…まあいいや、何の話をしてたっけ」
「じゃあ、順番にまとめていいですか?」
「1.結婚願望はない
2.さびしくはない
4.愛とか好きとかよくわかっていない」
「どうぞ。」
「ええと、…とてもプライベートなことだけどいい?」
「かまいません。」
「はい。」
「けっこうするの?」
「はい?」
「どれぐらいするの?」
「それは、具体的な回数とかペースのことですか?」
「そんな具体的じゃなくてもいいよ!なんとなく、どれぐらいかなーって」
「どっちが?」
「どっち?ああ、自分でするのは気が向いたら、です。あまりしません。人とすることは滅多にありません。年に1度も無いと思います。」
「そんなに少ないの?」
「少ないかどうかわかりませんけど、だいたいは何もしなくても治まりますから。」
「そうなんだ…」
「はい。」
「性欲薄いんだね」
「薄いんですかね。確かに、そんなに強い衝動に駆られるようなことはありません。」
「へええ…」
「あと、あまり好きではありません。」
「何が?女の人?」
「そうではありません。自慰行為とか性交渉があまり好きではありません。」
「性欲あるのに?」
「そう、性欲はあるのに、です。これはもう動物でありながら理性を持つ人間の不条理でしょうね。」
「なぜか、気分が悪いからです。」
「気分が悪い?気持ち悪いってこと?」
「気持ち悪くはないですけど、すごく無駄な気がするじゃないですか。しませんか?」
「しない」
「そうですか。私はすごく無意味というか、無駄というか、なんというのでしょうね。虚無感とでも言いましょうか。その感覚がいい気分ではないので、好きではありません。」
「だからしないの?」
「そこまで進んではしません。」
「ていうか、してくれる相手いるの?いないから風俗行くんじゃん?」
「そうですね。そのときはそうです。」
「そうですね。相手にはされません。」
「ただモテないだけじゃん?」
「そうかもしれませんね。」
「彼女いらないとか結婚したくないとか、モテないことの言い訳じゃん?」
「言い訳?」
「そーそー、モテないで独りだから強がって彼女いらない!とか結婚したくない!とか言ってるんじゃん?」
「え、何故ですか?」
「努力が怖い?がんばってもモテなかったらどうしよう!とか思っちゃう?だったら俺はがんばらないからモテないだけなんだ!って言い訳を残しておきたい?」
「…ちょっと、待ってください。」
「なに?怒った?」
「怒ってないですけど、」
「バカにされたと思った?」
「それも、別に思ってないです。」
「思ってないの?じゃあなんなの?」
「あなたはですね、何か、男性というものをひどく誤解されているような気がして。」
「誤解?」
「そうです。」
「どんな誤解?」
「この誤解を解くには非常に難しいと思います。事実、あなたが認識されているような男性もいなくはないので、あなたの認識が嘘かといえば、嘘ではありません。しかしながら、あなたの認識が全てに当てはまるかといえばそういうわけでもありません。私もその認識の外の対象になります。そしてその誤解の対象は少なくとも私だけではないと思われます。大多数とは言いませんが。」
「だから、どんな誤解?」
「その、ですね、まず」
「うん」
「まず、これはとても単純ですが、認識を誤ると根本的に話の流れがおかしくなるので大事なことなんですが。」
「なに?」
「はい、我々男性ですが、皆が皆、いろいろな女性から好かれたいなどとは思っていません。」
「そうです。」
「それも強がりでしょ?俺は別にモテなくてもいいんだ!モテたくないんだ!っていうモテない男の言い訳じゃん」
「ええと、ですね。」
「でしょ?」
「ですから、そこの認識を誤ると、全ての話が通じなくなります。」
「なに?どういこと?」
「その根本的な部分を誤解したままだと、何の話も出来ないということです。」
「だって嘘じゃん?モテたくないとか嘘に決まってんじゃん?そんなの信じられないし」
「そこも若干違います。」
「何が?」
「でしょ?自分で認めてんじゃん」
「そうではありません。私の意を正確に表すならば、“色々な人に好かれるのは構わない、しかし、好かれないからといってどうということはない”ということになりましょうか。」
「嫌われたい訳ではないけど、好かれたくもないってこと?」
「そうですね。似たようなものですが、あの、最初の結婚の時にも思ったんですけど、」
「何?何が?」
「はい。あのですね、私に関して言えば、ですが、まずその、気持ち自体がそんなに強くないんです。」
「え?どういうこと?」
「はい。ですから、好かれたい、とか、好かれたくない、とか、付き合いたい、とか、独りでいたい、とか、さびしい、とか、セックスがしたい、とか、そういう全般的なことです。」
「え?え?」
「どういえばいいんでしょうね。簡単に言えば、無関心なのです。私の場合は、何事においてもほとんどが“どちらでもいい”或いは、“どちらかといえば”になります。」
「興味ないってこと?」
「興味無いはちょっと言い過ぎかもしれませんが、どちらにせよその結果を求めるために努力しようなんてバイアスは全くもって働かないんです。」
「??」
「こうなればいいかもしれない、でも、ならなくてもいい、という状況であなたは努力しますか?」
「そうでしょ?そういことです。」
「なんで?それはなに、振られるのが怖いとか?努力して駄目だったら怖いから?彼女いてもめんどくさいとか?束縛されるからとか?結婚のメリットがないからとか?人生の墓場っていうから?」
「違いますね。」
「違うの?ありがちじゃん?今結婚のデメリットとか流行ってるし」
「どこが違うの?」
「はい。まず、結婚のデメリット云々という議論ですが、これは『デメリットばかりで男にとって結婚は損だ』という議論ですね?」
「違います。」
「じゃあなに?」
「はい、このデメリット議論ですが、それはそれで大いに議論してくださって構いません。いろいろな意見があるでしょう。でも、これらの議論は『デメリットが無ければ結婚したい、メリットばかりなら結婚したい、けれどデメリットばかりだから結婚は嫌だ』という原点から、そのデメリットを説明する議論になっています。」
「うーん、そうだね。男にとって結婚は損だから結婚しないなら、得だったら結婚したいの?っていう話だよね。」
「はい。」
「じゃあ得だったら結婚したいの?」
「そう、そこです。そこが違います。」
「違う?」
「はい。違う点はそこです。私は結婚が得であろうが損であろうが関係ありません。そもそもどちらでもいいのです。メリットデメリットは、初めに結婚ありき、の話です。結婚とはどうなんだろう、得するのか、損するのか、損をするなら、やっぱり結婚はしたくない、という議論です。私の中には初めから結婚を考えることがありません。ですから、デメリットなどを考える土台にすら立っていないのです。」
「結婚ですか?」
「うん」
「したくないってこと?」
「特別、絶対したくない、というわけではないんですが。どちらでもいい、どうでもいいという意見に近いです。」
「なんで?結婚って人生においてもっと重要なことじゃない?どうでもいいことはないでしょ?」
「そうですね。結婚したい人にとっては重要かもしれませんし、いずれ結婚する人にとっては重要でしょうね。」
「じゃあ結婚しないの?」
「おそらく。」
「なんで?」
「なんで、と言われましても。結婚するのに理由はあっても結婚しないのに理由はないでしょう。ただ今のままというだけです。」
「する人は多いかもしれませんね。」
「じゃあなんで結婚しないの?」
「そうですね。強いて言えば、私にとっては結婚は普通のことではありません。少なくとも、今のまま歳を重ねていけば自然に訪れるイベントではありません。」
「なんで?今彼女いないの?」
「いません。」
「過去には?」
「いたこともありました。」
「結婚しようとか思わなかったの?」
「具体的には思ったことはないです。」
「結婚したくなかったの?」
「したいとかしたくないとか、そういうのは漠然としていましたね。あまり真剣に考えたことはないです。」
「なんで?それは若かったから?」
「かも知れません。」
「じゃあこれからは、彼女ができて、結婚するかもしれないじゃん?」
「作ればいいじゃん?欲しくないの?」
「特別欲しいとは思いません。」
「なんで?さびしくないの?」
「さびしいというのがどういう事かいまいちよくわかりません。」
「えー、そんなことないでしょ!ひとりぼっちだと心細いとか、人と触れ合いたいとか、そいうのないの?」
「それがさびしい、ですか。」
「多分」
「そうですね。心細い、ということはないです。人と関わりたいということはあります。何かこう、暇を持て余している時は特にそう思います。ずっと物を相手にしていても変化に欠けますから、やっぱり人と関わらないとつまらないですね。」
「んーーーーそういうのとはちょっと違う気がする」
「違いますか。」
「それは、よくわかりません」
「じゃあさ、性欲はないの?」
「あります。」
「あるの?」
「ありますよ。」
「さびしくて?」
「…えっと、やっぱりいいや、性欲はあるんだよね?」
「はい。」
「性欲があるのに彼女欲しくないの?」
「欲しくない、ですか。難しいですね。」
「難しくないよー彼女欲しいの?欲しくないの?どっち?」
「どちらとは言えないですね。真ん中です。」
「まんなか?なにそれ」
「どちらでもいい、です。」
「ええーーーそんなのあり?」
「ありでしょう。」
「だって性欲あるんでしょ?」
「はい。」
「彼女いたほうがよくない?」
「なぜですか?」
「そうですね。」
「あの、今はとりあえず性欲に限っての話ということでいいんですよね?」
「え?うん」
「わかりました。私の性欲についてですが、彼女がいなくてもどうとでもなります。まず第一に、放っておけば治まります。第二に、治まらなければ自ら処理します。第三に、それでも治まらなければ彼女ではない人でも処理は頼めます。以上の三点から、私に性欲があることが理由で彼女がいたほうが良いことにはまりません。」
「変な喋り方するね…んーでもそれってオナニーとか風俗とかってことだよね?それだとさびしくない?」
「…じゃあ、性欲の話はわかったから、セックスについて、一人でしたり知らない人としたり、お金払ってしたりはさびしくない?」
「それは、何故ですか?よくわかりませんが。」
「よくわからないって?」
「何がって、ほら、そういう事は彼女とかお嫁さんとか相手にしたくない?」
「それは知ってるけど、そういうのってさびしいと思う」
「そうですか。なぜですか?」
「それは、またなぜ?」
「なぜって、だって愛が無いじゃん?」
「愛?」
「愛って、何を愛とおっしゃるのですか?」
「何をって、相手が好きかどうか」
「すごく難しいことを言われますね。」
「難しくないでしょ!好きな人いないの?」
「それも、よくわかりません。」
「わからない?」
「はい。」
「いえ、好きというのがどういうことか、どの程度か、何を指し示すのか」
「相手を好きって思うことじゃん」
「えっとじゃあさ、今までどうやって付き合ったの?きっかけとかは?」
「きっかけ、ですか。そうですね。例えば、元々知り合いだったのが、付き合うことになったとかでいいんでしょうか?」
「その、元々の知り合いから付き合うにあたって、変化とかなかったの?」
「より親しくはなりましたけど。」
「え、ちょっとまってじゃあ、元々好きだったってこと?」
「それがよくわかりません。」
「でも告白したんでしょ?」
「告白はしてません。」
「相手がしたの?」
「相手もしてません。」
「じゃあどうやって付き合ったの?」
「どうやって、…いつの間にか。」
「はあ?そんなことある?」
「あると思いますけど。」
「信じられない…まあいいや、何の話をしてたっけ」
「じゃあ、順番にまとめていいですか?」
「1.結婚願望はない
2.さびしくはない
4.愛とか好きとかよくわかっていない」
「どうぞ。」
「ええと、…とてもプライベートなことだけどいい?」
「かまいません。」
「はい。」
「けっこうするの?」
「はい?」
「どれぐらいするの?」
「それは、具体的な回数とかペースのことですか?」
「そんな具体的じゃなくてもいいよ!なんとなく、どれぐらいかなーって」
「どっちが?」
「どっち?ああ、自分でするのは気が向いたら、です。あまりしません。人とすることは滅多にありません。年に1度も無いと思います。」
「そんなに少ないの?」
「少ないかどうかわかりませんけど、だいたいは何もしなくても治まりますから。」
「そうなんだ…」
「はい。」
「性欲薄いんだね」
「薄いんですかね。確かに、そんなに強い衝動に駆られるようなことはありません。」
「へええ…」
「あと、あまり好きではありません。」
「何が?女の人?」
「そうではありません。自慰行為とか性交渉があまり好きではありません。」
「性欲あるのに?」
「そう、性欲はあるのに、です。これはもう動物でありながら理性を持つ人間の不条理でしょうね。」
「なぜか、気分が悪いからです。」
「気分が悪い?気持ち悪いってこと?」
「気持ち悪くはないですけど、すごく無駄な気がするじゃないですか。しませんか?」
「しない」
「そうですか。私はすごく無意味というか、無駄というか、なんというのでしょうね。虚無感とでも言いましょうか。その感覚がいい気分ではないので、好きではありません。」
「だからしないの?」
「そこまで進んではしません。」
「ていうか、してくれる相手いるの?いないから風俗行くんじゃん?」
「そうですね。そのときはそうです。」
「そうですね。相手にはされません。」
「ただモテないだけじゃん?」
「そうかもしれませんね。」
「彼女いらないとか結婚したくないとか、モテないことの言い訳じゃん?」
「言い訳?」
「そーそー、モテないで独りだから強がって彼女いらない!とか結婚したくない!とか言ってるんじゃん?」
「え、何故ですか?」
「努力が怖い?がんばってもモテなかったらどうしよう!とか思っちゃう?だったら俺はがんばらないからモテないだけなんだ!って言い訳を残しておきたい?」
「…ちょっと、待ってください。」
「なに?怒った?」
「怒ってないですけど、」
「バカにされたと思った?」
「それも、別に思ってないです。」
「思ってないの?じゃあなんなの?」
「あなたはですね、何か、男性というものをひどく誤解されているような気がして。」
「誤解?」
「そうです。」
「どんな誤解?」
「この誤解を解くには非常に難しいと思います。事実、あなたが認識されているような男性もいなくはないので、あなたの認識が嘘かといえば、嘘ではありません。しかしながら、あなたの認識が全てに当てはまるかといえばそういうわけでもありません。私もその認識の外の対象になります。そしてその誤解の対象は少なくとも私だけではないと思われます。大多数とは言いませんが。」
「だから、どんな誤解?」
「その、ですね、まず」
「うん」
「まず、これはとても単純ですが、認識を誤ると根本的に話の流れがおかしくなるので大事なことなんですが。」
「なに?」
「はい、我々男性ですが、皆が皆、いろいろな女性から好かれたいなどとは思っていません。」
「そうです。」
「それも強がりでしょ?俺は別にモテなくてもいいんだ!モテたくないんだ!っていうモテない男の言い訳じゃん」
「ええと、ですね。」
「でしょ?」
「ですから、そこの認識を誤ると、全ての話が通じなくなります。」
「なに?どういこと?」
「その根本的な部分を誤解したままだと、何の話も出来ないということです。」
「だって嘘じゃん?モテたくないとか嘘に決まってんじゃん?そんなの信じられないし」
「そこも若干違います。」
「何が?」
「でしょ?自分で認めてんじゃん」
「そうではありません。私の意を正確に表すならば、“色々な人に好かれるのは構わない、しかし、好かれないからといってどうということはない”ということになりましょうか。」
「嫌われたい訳ではないけど、好かれたくもないってこと?」
「そうですね。似たようなものですが、あの、最初の結婚の時にも思ったんですけど、」
「何?何が?」
「はい。あのですね、私に関して言えば、ですが、まずその、気持ち自体がそんなに強くないんです。」
「え?どういうこと?」
「はい。ですから、好かれたい、とか、好かれたくない、とか、付き合いたい、とか、独りでいたい、とか、さびしい、とか、セックスがしたい、とか、そういう全般的なことです。」
「え?え?」
「どういえばいいんでしょうね。簡単に言えば、無関心なのです。私の場合は、何事においてもほとんどが“どちらでもいい”或いは、“どちらかといえば”になります。」
「興味ないってこと?」
「興味無いはちょっと言い過ぎかもしれませんが、どちらにせよその結果を求めるために努力しようなんてバイアスは全くもって働かないんです。」
「??」
「こうなればいいかもしれない、でも、ならなくてもいい、という状況であなたは努力しますか?」
「そうでしょ?そういことです。」
「なんで?それはなに、振られるのが怖いとか?努力して駄目だったら怖いから?彼女いてもめんどくさいとか?束縛されるからとか?結婚のメリットがないからとか?人生の墓場っていうから?」
「違いますね。」
「違うの?ありがちじゃん?今結婚のデメリットとか流行ってるし」
「どこが違うの?」
「はい。まず、結婚のデメリット云々という議論ですが、これは『デメリットばかりで男にとって結婚は損だ』という議論ですね?」
「違います。」
「じゃあなに?」
「はい、このデメリット議論ですが、それはそれで大いに議論してくださって構いません。いろいろな意見があるでしょう。でも、これらの議論は『デメリットが無ければ結婚したい、メリットばかりなら結婚したい、けれどデメリットばかりだから結婚は嫌だ』という原点から、そのデメリットを説明する議論になっています。」
「うーん、そうだね。男にとって結婚は損だから結婚しないなら、得だったら結婚したいの?っていう話だよね。」
「はい。」
「じゃあ得だったら結婚したいの?」
「そう、そこです。そこが違います。」
「違う?」
「はい。違う点はそこです。私は結婚が得であろうが損であろうが関係ありません。そもそもどちらでもいいのです。メリットデメリットは、初めに結婚ありき、の話です。結婚とはどうなんだろう、得するのか、損するのか、損をするなら、やっぱり結婚はしたくない、という議論です。私の中には初めから結婚を考えることがありません。ですから、デメリットなどを考える土台にすら立っていないのです。」