はてなキーワード: 貧富の差とは
貧乏人の医療費も金持ちと同じでいい。その上で、医療費補助に回せたお金を貧乏人に給付すべきだ。医療費を無料にしてしまうと、医療サービスの利用が過剰になる一方で、かといって医療だけたくさん受けたところで生活水準がそんなに上がるわけでもない。
消費税の軽減税率のときにもさんざ議論されたことだが、必需品は安くしろ、というのは馬鹿の発想なんだよ。商品の価格を弄るのではなく、給付に回して(金持ちが憎いなら税率を高めて)、その上で何を買うかは本人に任せるべきなんだ。
直面する財やサービスの価格が異なる貧乏人と金持ちという階層を作るんじゃなくて、貧富の差そのものを極力縮小させるように再分配政策は行なわないと。
中国共産党を毛嫌いする人間だが、きんぺーおじ個人をどうも嫌いになれない。
理由としては彼が下放(金持ちが農村に放逐されること)を経験し、青年期を農民としてすごしたことがある。
中国は農業国家であり、日本もそうである。農業が国の根本である。
そこを理解して苦労人としてトップに上り詰めたという経験・パワーについては称賛すべきであり単純に批判ができない。
ずいぶん前だけれど、
といったやりとりを見た事があって、どちらも意味が分かる人間としては「うあああぁぁぁ」といった具合にめっちゃ心に刺さってしまって、今でもその棘が抜けない。
だから棘抜きのつもりで書いてみる。
まず最初の「髪の短さを維持できる女性はお金がある」という話。これはショートヘアを維持するには定期的に髪を切る必要があるから、その代金を捻出できるのはお金持ちだね、という意味。
一方の「ロングヘアを維持する方がお金がかかる」というのは、ロングヘアを綺麗に維持するには定期的に美容室でトリートメントなどのケアが必要なので、カットと比べるとトリートメントなどのケアの方が高いから、ショートヘアと比べてロングヘアの方がお金がかかるね、という話。
そして最後の「ロングヘアの方が安上がり」というのがすごく心に刺さる。これ、貧乏人には髪型の自由もないって話なのね。美容室は1000円カットみたいなところじゃなければ3000円からが相場。これをコンスタントに払えないから、髪は何年も伸ばすだけ伸ばして、数年に一度くらい美容室に行って切ってもらう。その時だけショートヘアが楽しめる、って話。
Aさんにとって美容室とは髪を切りにだけ行くところで、それ以外のサービスは金銭的に無理だから視界にも入ってない。
Bさんにとって美容室とは定期的に通うところで、ショートヘアを維持したいなら都度カットするし、ロングヘアを維持したいならトリートメントなどをお願いするところ。
私はかなりの上昇婚をしたので、Aさんの境遇もBさんの常識も理解できてしまい、冒頭に書いたように「うあああぁぁぁ」って気持ちになるんだよね。
長年アメリカで暮らしてきたが、何の主義主張もないゲイにとってあそこで生きるのが年々厳しくなっている
ハリウッド作品にLGBTが取り入れられまくっても、欧米の同性愛へのオープンさが持て囃されていても、キリスト教系の同性愛嫌悪が激しすぎるのと、政治と深く関わりすぎて実態はそんなに素晴らしいものじゃないという話をしたい
スペック↓
30代子なしゲイ
結婚はしていない
欧米ではゲイは昔から富裕層の娯楽的な側面もある。そういうインフルエンサーやセレブリティの発信する視点から観たら違うので、夢を壊したら申し訳ないが、市中の話で言えばことアメリカでは同性愛者はもっぱら政治の道具であり、一般市民の敵であることが前提の危うい存在だ
この感覚は日本からだと分かりづらいと思うが、良い悪いではなく現実として、アメリカは貧富の差と教育の格差が激しい
知識が乏しくて精神的に幼い大人が少なくないし、宗教の教えに自分の考えが依存している人も多い。日本で推定ゲイカップル(男同士で電車に乗っただけ)に突然殴りかかる人間はおそらくいないだろうが、アメリカではこれが普通に起きる
なぜなら、「うわ!なんか知らんが男同士で仲良いのきもいから殴ったろ!」を理性で止められない層がかなりの人数存在するからだ
だからこの国で制度を活用してゲイとして生きるためには、わかりやすいテンプレートの「私は無害でかわいそうなゲイです!」という姿で一般市民にお伺いを立てる必要があり、特定政党を支持して「差別反対!」と週末になんらかの活動に勤しんで虹色を身につけていないと訝しがられるのだ
あと独身に異常に厳しく、ゲイノンケ関わらず成人したら家族を持たないと人権がない国だから、養子を取らないゲイカップルは信用度が足りずに家が借りられないことが多いし、実力主義と言いつつ仕事でも出世もしづくなる。同性愛者だろうがノンケの不妊だろうがアメリカ的なテンプレートの家族(人種がバラバラならなお良し)の姿を見せなければ、社会で一人前とは認めてもらえないのだ
都会でも田舎でもある程度の年齢のゲイカップルが子供も育てず、ノンケ夫婦がまったくやらないような子供関連のボランティアに参加しないでいると地域であからさまに差別されるだろう。ゲイへの期待値が高すぎる
「自分は国のことを考え、ノンケのみなさんにご迷惑をかけず、仲間の権利を全力で主張し、安全で子供を愛する真っ当なゲイです」と証明し続けなければいけない社会は、ただの呑気なゲイには重荷なのだ
ここまで書いてきた内容で伝わるといいんだが、結婚が認められているからといって同性愛者に寛容な国だとかまったくそんなことはない。そもそもゲイはあまり結婚したがらない
アメリカでの同性愛をめぐる仕組みや運動は、一見魅力的に見えても、宗教の隙間をぬって一般市民に無害なゲイであると証明し、暴力だとかとんでもない差別をしないでくださいと懇願し、受け入れてもらうための土台でしかない
人種問題についてもそうだが、傷害事件や殺人に発展する規模の差別があるからこそ、守るための制度が育っただけにすぎないのだ
その人たちの宗教観や嫌悪感だけを悪者にしてきた歪みも向こう50年くらいは解消はされないだろう。共存しつつ無関心、という具合が落とし所として理想的だと思ってはいても、この国では既にそれは難しい
アメリカ社会でまっとうな人間として生きようとした時、恋人とただのんびり暮らしたり、その場限りの相手と楽しむだけの気楽なゲイではいられない。
アメリカは同性愛者に寛容なんて本当に夢見ない方がいい、そんなの英語わからんか、その発信で金を稼いでる活動家か、現地の日本人コミュニティに引きこもっているやつらの愉快な妄想だろう
この投稿はNISAを活用している方々に向けて書かれたものである。ただし、その中でも「わたしは新自由主義の信奉者です」という方々は除外する。その人たちに伝えるべきことは何もない。対象としては、NISAを活用しているが新自由主義の跋扈するこの世界と社会に改善すべきところがあるのではないかという疑念を抱いている人たちに向けて書かれたものである。
NISA(ニーサ)とは、個人の資産形成を応援する国の税制優遇制度です。通常の証券総合口座の投資では、株式・投資信託の売却益や配当・分配金に20.315%の税金がかかるのに対し、NISA口座での投資ではそれらの利益に税金がかかりません。
出典: NISA(ニーサ):少額投資非課税制度 | 楽天証券
国家による福祉・公共サービスの縮小(小さな政府、民営化)と、大幅な規制緩和、市場原理主義の重視を特徴とする経済思想。
資本移動を自由化するグローバル資本主義は新自由主義を一国のみならず世界まで広げた ものと言ってよい。
国家による富の再分配を主張する自由主義(英:liberalism、リベラリズム)や社会民主 主義(英:Democratic Socialism)と対立する。
子どもへの性犯罪では、犯人が巧みに被害者の心をつかんで接近する準備行動をいう。幼い子どもの従順さや思春期特有の悩みにつけ込み、被害者と「信頼関係」を結ぶため、周囲も気付かないまま加害行為が長期化することもある。
出典: 性暴力の前に巧みにつけ込む 忍び寄る「グルーミング」:朝日新聞デジタル
NISAとは少額投資非課税制度であり、これは国民に投資を推奨する政府の施策であることは言うまでもない。投資がギャンブルであるか否かといった議論はここではしない。
資産は何もせずに金銭として持っていても目減りするから、別の形(不動産、証券、純金etc)で持っておくことはある種賢い選択であろうから有効と考えられる。ただし、それらの資産は逆に価値が下がるというリスクもあるが、これは政府も広報していて公正な態度だと言える。
ただし、NISAという制度を使って政府は投資という相場に国民たちを参加させたいのだということは再度認識しておくべきだ。
1970年代から始まったこの経済・政治思想は英国ではサッチャリズムと呼ばれ米国ではレーガノミクスやレーガニズムと呼ばれた。日本では中曽根康弘が始め、小泉政権下で顕著に推進された施策だ。
現在の自由主義諸国で新自由主義とグローバリズムが猛威をふるっていることは言う必要がないだろう。しかし新自由主義者たちはまだ足りないのだ。あらゆる世界市民が新自由主義の旗の元にあつまる世界を夢想している。
世界では貧富の差が拡大し、一部の富裕層の持つ資産は下位50%の持つ資産を大きく超えている。新自由主義が富者を肥えさせ貧者をより細らせていることは明白なのに彼らはまだそれを推進しようとしている。宗教のようにその思想を伝道し、経済的ダーウィニズムがこの世界に浸透することを望んでいる。
何故か。
彼らは捕食者であり被食者を求めている。市場に碌な知識もないまま資産をさらけ出す愚か者を求めている。
更に彼らは自分たちの主義主張がこの世界を過酷なものにすることを知っているから、その反対勢力が興隆することを危惧している。経済的弱者が連帯することを恐れている。それなら、まだ敵ではない人々は味方につけてしまえば敵になることはない、そう思っている。だから新自由主義を啓蒙しその成果が分け与えるようなふりをして味方につけてしまおう、洗脳してしまおうと思っている。
そしてNISAはその策謀のひとつだ。少額で始められること、非課税であることなどを呼び水として参入ハードルを低く設定し、投資という行為に忌避感がある層にもこの競争に参加させようとしている。経済的弱肉強食、金銭的適者生存のサバンナに放り込もうとしている。クスリの売人が最初の一服を無料でサービスし、甘言で誘惑して顧客に仕立て上げることを思い出そう。
あなたたちはその被食者になるかも知れないのに夢を描いて自分だけはそうならないと無駄に楽観的な見通しで投資に手を出すことになる。運良く被食者にならずに済み、捕食者となったあなたたちはどうなるのかと言えば新自由主義を支える一員に成り果てる。そう、新自由主義に加担するのだ。
NISAを活用しているけれど新自由主義に疑念を持っている人々はここで矛盾を味わうだろう。個人としてNISAを通して投資を行うことは生活の防衛であり、一市民としてのより賢い選択でしかない、新自由主義を肯定するものではない、と。しかしそのような君たちの個人的な心情をあなたたちが出資した資産は主張しない。あなたたちが預託した資産は新自由主義者に大いに利用されるのだ。あなたたちは彼らに燃料を供給している。兵站を担っていると言っても過言ではない。
「我々は新自由主義の弊害は認識しているし、その改善も必要だと考えている、そして貧者に対しても博愛の情を持っている」と。そして「そのこととうまくNISAを利用することは別だ」と。
別ではないのだよ。あなたたちは別だと思っているかもしれないが、あなたたちの選択は結果的に新自由主義を推進している。正確に言えば、新自由主義を推し進める政府の政策に乗せられて加担させられている。
こんな風に批判されればカッとなって
「家族と生活を守ってより良い生活をしようとすることのどこが悪いのだ」と主張するかも知れない。中には
「新自由主義だって悪いことばかりじゃない、それらの施策によって現実的に世界は豊かになっているというデータもある」などと言い出す者もいるだろう。
あなたたちは新自由主義に対して批判的な気持ちを持っていたかもしれないが、NISAを利用することにより新自由主義に加担させられ、そのことを批判されると新自由主義に対する疑念を打ち消す方向に考えを改めてしまう。己の選択と行動を正当化したいが為に。
性犯罪の被害者が加害者を擁護してしまうのと同じ行動だ。加害者に洗脳されて、自分たちの行為は悪くない、そうなった事情さえある、だからいけないことだとしてもそれほど悪いことではない、加害者さえ弁護してしまう、そんな風に考えるように仕向けられる。
だからNISAというものは投資のリターンを期待させたり、その利益が非課税であるといった甘い言葉で誘惑し、自陣に引き込み加担させ、そして新自由主義を肯定するように洗脳してしまう施策なのだ。取り込まれてしまっている。これをグルーミングと言わずして何と言えばいいのか。経済的、若しくは思想的グルーミングとでも言えばいいのだろうか。
そのような事例は、はてなでも大いに認められる。新自由主義や現代日本の政治にブックマークコメントで批判的な人物でも投資やNISAという話題になればせっせと肯定する。もう手懐けられてしまっている。
「へーそーなんだ、じゃわたし生徒会行くね」とミームで返すのかも知れない。
あなたたちは加害者になろうとしている。新自由主義を支え格差を拡大し経済成長の名の下で環境破壊を推進する加害者の一員になろうとしている。そのことだけは覚えておくべきだ。
俺はNISAなんてやらない。俺は俺の責任として加害者にだけはならないから新自由主義に加担するなんてことはしない。生活者として賢い選択ではないだろうが馬鹿でいい。口座に積立するくらいならその金で安い酒を買う。そんな金さえ無いがな!金持ちにはなれないだろうし貧乏なままだろうが、知ったことか。人間は主義主張というものをそういう生活態度で示すものだ。「新自由主義には反対ですが投資は生活防衛のために行います」みたいな二律背反していても平気でいるような小狡い態度はとらない。狡いってのは卑怯ってことだからな。絶対にNISAなんかやらない。絶対にだ。