はてなキーワード: 男女平等とは
応答ありがとう。
知らないで話してる人も大勢いるよね?
まあそこに関しては否定しないけど、少なくとも私は知っててあの増田を書いたので、「表現の自由戦士は当然のようにBL18禁問題知らないんだね」って言われたら「ん? 俺に向かって言ってる?」って思っちゃったわ。自意識過剰ですまんな。
そして本文、なんか色々言ってるけど同じコーナーにしたらいいじゃん!はい解決!でだいたい済ましててそれを実際に負担する書店の現実的な問題点が見えてなくない?
コーナーを一緒にすれば不審者が減るというのも短絡的、不審者からしたら自分も気軽に入れて店員から死角になるって反論されたらどうするの?
(あんま杞憂する風潮は好きじゃないけど、こうしたらいいのにしないだけって考えはあなたの押し付けであって何も解決してないと思う)
これに関しては、まあぶっちゃけゾーニング反対派だから原理原則論を唱えて事足りると思ってるというのはある。設置に反対してるコーナーなので。R-18が別コーナーに隔離されるのはそもそも不当だけど、仮に隔離するとしたら別に一緒にまとめればいいじゃん? みたいな感じ。
それにしても、コーナーを別にするの、そんなに重要か? たとえば現在の書店では、私はエグめのBLが置かれてるコーナーまで行こうと思えば普通に行けるし、何なら商品を物色することもできるわけで。たまに少女小説系の文庫本を買いたくなったときは普通に女性向けエロ本の棚の近くも通ってるし、気が向いたら表紙を眺めてるよ。だから一緒のコーナーで何が問題なのかピンと来ないんだよね(もちろん、コーナーは一緒でも、棚まで一緒にしろとは言ってないよ。だいたい検索性が悪いし)。
加えて、既述の通り、実際に知り合いにBL読みの男がいるので。彼のような人が普通にBL売り場で商品を物色できるような仕組みが望ましいと思う。
あと私はR18化に賛成してどうやったらR18にできるかを話しててだからBLを規制しないでとは言ってないんだよね
ゾーニングをもっとしてほしいという考えとゾーニング反対派で根本的に全然違うよね?それをゾーニング反対派じゃん!認めろ!って突っかかられても困る
この点についてはあなたが立場を明示せず現状を説明しているだけなのにそれを肯定であるかのように捉えて突っかかってしまいすまない。
単純に誤読、R18コーナーに学生を入れろじゃなくて規模から考えてBLを丸ごとR18にするとR18に相当しないBLを学生に売れなくなってしまうという意味、ひとつの書店でそんなに多くのBLを扱っていないことも多い
これは確かに誤読だった、失礼。こちらも元増田では「BLのうち、R-18に該当するであろうもの」だけを指して規制について話していたつもりだったけど、確かにBL全体をR-18にしろと言っているようにも読めてしまうな。反省。
で、仮にゾーニングを肯定するとして、R-18に相当しないBLはもちろん学生向けに売り続けていいと思うけど、「仮にゾーニングを是とするなら」まず18歳未満の学生にR-18のBLを見せない方が優先度高いと思うんだよね。残りのBLをどうするか、はその次でしょ。なんでゾーニングをするのかって、それは子供たちも含む望まない人たちに不意に見せないようにするためなわけだから。
あと、東京都のガイドラインだと「高い棚に置く」とか「仕切り棚を設置する」とかもOKらしいね。
三 陳列棚の指定図書類等を陳列しようとする各棚板の前面と直交する鉛直面上に、当該棚板の前面から10センチメートル以上張り出した仕切り板(透視できない材質及び構造のものとする。)を設け、指定図書類等を、仕切り板と仕切り板との間に陳列すること。
仮にゾーニングを是とするにしても、たとえば低い位置の棚には性行為の描写がないマイルドなBLだけを陳列する、というのも有り得、それならまあそこまで大変じゃないんじゃないかな(もちろん本来はこんなゾーニングの義務なんてなくすべきだけど、あくまで現実を前提にした妥協案としてね)。
私は原則派だけど、書店が個々の裁量で子供の手に取りにくい場所にアダルト系の商品を置くのは流通が阻害されるわけでもないしその気になれば手に取れるわけだから許容する。ゾーニングの義務に反対しているだけで、個別の書店がどんなふうに商品を置くかはその店の自由だと思うので。もちろんR-18のBLをドドーンと子供の目につくところに平積みにする書店があってもよい。
これはただ恥ずかしいという意味ではなく男性と世間からの扱いが違うから困るという意味がある
からかいや視線など、嫌がらせもありえるしつきまといが発生するリスクもある
その上でコーナーを作るべきという話と男性だって同じなのにという感情論は比べ物にならない、同じではないから問題にされてるのに同じなのにと言っても意味がない
私はマッチョ思考なので問題ない!売れ!と思っているが多くの人が男性と女性で状況が違うことくらいわかっているのに男も同じだと言い切る傲慢さにもそれを男女平等という卑怯さにもげんなりする
まずもって、法律や制度は性に対してなるべく中立であるべきだと思うんだよね。もちろん、月経や出産みたいに生物学的事実によって違いが生じてる事柄に関しては片方だけに特別な手当てがあっても仕方ないけど、基本は制度は中立の方が良いでしょう(たとえば強姦罪が強制性交罪に改正されたのも、性犯罪の定義をより中立にしようとしたものとして評価されるべきだと思う)。
加えて、すでに男性向けに対してはある程度規制がかかってる状況なので、申し訳ないけど中立的な規制をしてくれないと非常に不公平感があって腹立たしいというのがある。これは規制の話、つまり我々の権利が減らされている話だから、そこで不平等は受け入れがたい。権利を増やす話ならともかく。
嫌がらせやつきまといが発生したら警察を呼びましょう。嫌がらせやつきまといをより摘発しやすくしたりするために警察の予算増やせとかストーカー規制法改正しろとか、そういう話なら賛同しますよ。
もっと簡単に考えて、今あるBL棚にR18本はタグだけ置くとかしたらどうだろうか、それなら本をレジに出す動作と同じだし
他のR18ジャンルだってあるわけだし女性向けR18コーナーも絶対あった方がいいとと思うけど、まずは普通に書店でR18BLを売れるようになったらいいんじゃないかなって思うよ
まあ、仮にゾーニングするならひとまずはそれが現状でありえそうなラインかねえ。私は別に現状のままエロいBLを本棚に置いてても構わんだろうと思ってるから、それ余計な規制じゃない? って思うけど。「普通に書店でR18BLを売れるようになったらいいんじゃないかな」ってのは同意。BLも男性向けも、たとえそれがドギツいエロであったとしても普通に書店で陳列できるようにすべきだよね。
知らないで話してる人も大勢いるよね?
知っててBL18禁にして欲しいしすべきだという人もたくさんいるのにまるでBLを規制せず売りたいだけかのように煽るのは色々と迷惑だと思う
そして本文、なんか色々言ってるけど同じコーナーにしたらいいじゃん!はい解決!でだいたい済ましててそれを実際に負担する書店の現実的な問題点が見えてなくない?
コーナーを一緒にすれば不審者が減るというのも短絡的、不審者からしたら自分も気軽に入れて店員から死角になるって反論されたらどうするの?
(あんま杞憂する風潮は好きじゃないけど、こうしたらいいのにしないだけって考えはあなたの押し付けであって何も解決してないと思う)
あと私はR18化に賛成してどうやったらR18にできるかを話しててだからBLを規制しないでとは言ってないんだよね
ゾーニングをもっとしてほしいという考えとゾーニング反対派で根本的に全然違うよね?それをゾーニング反対派じゃん!認めろ!って突っかかられても困る
・R18コーナーに学生が入れない
単純に誤読、R18コーナーに学生を入れろじゃなくて規模から考えてBLを丸ごとR18にするとR18に相当しないBLを学生に売れなくなってしまうという意味、ひとつの書店でそんなに多くのBLを扱っていないことも多い
これはただ恥ずかしいという意味ではなく男性と世間からの扱いが違うから困るという意味がある
からかいや視線など、嫌がらせもありえるしつきまといが発生するリスクもある
その上でコーナーを作るべきという話と男性だって同じなのにという感情論は比べ物にならない、同じではないから問題にされてるのに同じなのにと言っても意味がない
私はマッチョ思考なので問題ない!売れ!と思っているが多くの人が男性と女性で状況が違うことくらいわかっているのに男も同じだと言い切る傲慢さにもそれを男女平等という卑怯さにもげんなりする
なんというか、私はBLをR18で売る方法を話したいんであって規制についてごねたいわけじゃない
もっと簡単に考えて、今あるBL棚にR18本はタグだけ置くとかしたらどうだろうか、それなら本をレジに出す動作と同じだし
他のR18ジャンルだってあるわけだし女性向けR18コーナーも絶対あった方がいいとと思うけど、まずは普通に書店でR18BLを売れるようになったらいいんじゃないかなって思うよ
元増田だけど、知ってて書いてるよ?
R-18コーナーを置いてそこに男性向けと女性向けを並べればええやんけ……
上で書いたように、R-18コーナーに男女の区別をつけなければいいじゃん(もちろんコーナー内で棚は分けるとしても)。そうすれば「男女ともに入るエロ本コーナー」になるだけだから、女性ばかりに粘着するやつが来る確率は減るよ? っていうか、普通に知り合いにBL読む男性はいるし、ますます男女で分ける意義なんてないと思うんだが(BL趣味の男性が女性向けエロ本コーナーに足を運ぶのをまさか否定はしないよね?)。
結局「自分たちだけのエロ本スペースが作れない」というところがネックになってるってことみたいだけど、それは「自分たちだけの」にこだわる方の問題じゃん。そのこだわりのせいでゾーニングができない、って言ってるみたいだけど、それがすごく都合の良い主張だってのはわかってる?
何度も言うけど、一貫性が取れてるならそれでもいいよ。「女性向けはR-18コーナーが作れない……だから男女問わずR-18のゾーニングを撤廃しよう!」なら原則派として筋が通ってる。堂々と原則派として都条例の改廃を訴えればよろしい。
でも、ゾーニングに親和的な人が「でも女性向けには事情が……」とか言うのおかしいでしょ。青少年の健全な育成のためのゾーニングよりも女性向けエロ本を気兼ねなく買える方が大事です、って言ってるのと同じじゃん。子供は保護されるべきみたいな建前どこ行っちゃったの?
結局、ゾーニングという建前を掲げながら自分たちの欲望を優先させるから批判浴びるんだよ。素直に「いや青少年の健全育成とか知らんです。ゾーニング反対」って言っときゃいいだろ。そうすれば「表現の自由戦士だ……」と思われるかもしれないけど、表現の自由戦士から裏切り者扱いはされない。自分たちはゾーニングを理由つけて拒否るくせに「ゾーニングは本来すべき」みたいなこと言うから裏切り者のコウモリ扱いされるんだよ。もっと表現の自由戦士の顔をしろ。
っていうか、
例えばBLコーナーを全部R18にしたら今度は学生が入れないとか(中略)そもそも目立ちたくない消費者がいて無視できなかったり
こういうこと書くから男女平等派から批判浴びるんでしょ。あのさぁ、男子学生は現在のゾーニングではエロ本コーナーに入ることを許されてないんだけど? なんで男子学生に認められてない権利を女子学生には認めようなんて思えるの? 男子学生にもエロ本コーナーへの自由な出入りを認めるか、女子学生をエロ本コーナーから排除するかの二択でしょ。女子学生をBL売り場から排除したくないなら男子学生が女体エロ売り場から排除されてる現状には否定的であるべきでしょ。
そこでダブルスタンダード使うから男女平等派は呆れてるわけ。「男女平等なんて知らん! 我々は女の利益だけを考える!」と高らかに宣言するのは自由だけど、そうすると男社会で女が不利受けるのは仕方ない、男が男の利益だけを考えるのは当然、ってことになっちゃうよね。ちゃんと男女平等をやりましょう。
そもそも元増田で書いたけど男性だってエロ本コーナーへの出入りは恥ずかしいよ。その先に欲しいものがあるから羞恥心とかをねじ伏せて入ってるだけ。女性はその負担をしたくない、というのはわかるけど、だったら男性もその負担から解放されるべきでしょ。
結局、現状がそうなってるってのは知ってるけど、その現状を支える理屈がゴミすぎて相手にならんわけよ。ダブルスタンダードをやめろ。ちゃんと男女平等や青少年の健全育成をやれ。話はそれからだ。
むしろ、この件は、「表現規制反対派」の中のあらゆる派閥を敵に回してしまった、典型的な八方美人の例だと理解すべきだと思う。
「表現規制反対派」の中にも、「あからさまなR-18はゾーニングが必要」という穏健派と、「ゾーニングも規制であり表現を萎縮させるので撤廃すべき」という原理主義派がいる。原理主義という言葉がネガティヴなら、原則派とでも呼ぼうか(そういえば『図書館戦争』の主人公側陣営も「原則派」だったな)。
これまで穏健派と原則派との亀裂が見えてこなかったのは、槍玉に挙げられた表現がどれも「R-18のゾーニングには値しない」ものだったからだ。着衣した女性が胸を強調した献血ポスター、スカートに股のラインをなぞるような形のシワがついた農協のポスター、巨乳女性が表紙のラノベ、夜這いを楽しみにする着衣女性、そしてボタンを手にこちらを振り向く巨乳制服JK、これらはいずれもR-18ではない。いずれも(「規制すべきか」という基準で考えるならば)穏当な表現であり、映倫が言うところのPG-12にも該当しないだろう。つまり穏健派はこれらを「こんなのゾーニングに値しない」と考えるので、ゾーニング反対の原則派と共闘することができた。
ところが、今回不健全図書指定を食らったBL本は、あからさまな性行為が描かれている。肛門から精液が漏れ出す描写もある。穏健派から見ると、こんなのR-18がつけられて当たり前だ(少なくとも、男性向け作品で女性器から精液がこぼれるような描写があればR-18だろう)。したがってR-18のゾーニングを支持する穏健派は、「こんなエロ本にR-18をつけないなんてどうかしてる」とBL作家をバッシングすることになる。
では、原則派はどうか。原則派はもちろん、R-18指定はそれによって販路が狭められるなどの弊害があるので事実上の表現規制であると捉え、R-18のゾーニングに反対する。したがって、原則派は「そもそもR-18のゾーニングは不当」と主張するだろうが、彼らも事実として「現状のゾーニング基準では当該作品がR-18に該当する」ことは認めるはずだ。
ところが当該BL作家さんは「ゾーニングには賛成」と言ってしまった。本人的には「原理主義的過激派じゃありません、穏健派です」ということを意味する枕詞のつもりだったのかもしれないが、これが原則派の逆鱗に触れた。原則派からすれば、ゾーニング相当の物を「ゾーニング賛成ですが」と言いながらゾーニングせずに出版することは卑劣な裏切り行為である。かくしてR-18のゾーニングに反対する原則派は「お前はゾーニングに賛成なのか反対なのか、どっちなんだ、このコウモリ野郎」とBL作家をバッシングすることになる。Show the flag! ってやつだ。
さらに、当該作家さんが「女性は暖簾をくぐるのに抵抗があるので~」という理由を持ち出してしまったために、男性の権利に敏感な層からは「男は抵抗がないとでも思っているのか」、男女平等の支持者からは「男性向けゾーニングを維持しながら、女性向けだけ『特別扱い』を受けようというのか」という非難を浴びることにもなってしまった。つまり男性の権利に敏感な男性+男女平等の取り扱いを支持する男女も敵に回したことになる。かくして当該BL作家さんは四面楚歌の状態に陥ってしまったのであった。
ではどうすればよかったかというと、ひたすら原則派に徹していれば四面楚歌になることは避けられたと思う。つまり「東京都の『不健全図書』制度は廃止せよ! エロいBLをゾーニングなしで売らせろ!」という一本で攻めるべきだった。そうすれば穏健派からは非難されたかもしれないが原則派からは表現規制と闘う同志として迎えられたはずだし、「男性向けのゾーニングにも反対です」と一言付け加えておけば男性の権利に敏感な男性+男女平等の取り扱いを支持する男女から矛を向けられることもなかった。
「ゾーニングには賛成ですが」なんて言って穏健派にもいい顔をしようとしたから原則派にそっぽを向かれたのだ。穏健派を敵に回すことは覚悟すべきだった。っていうか、あんな露骨なエロを成人指定なしで出版しといて自分は穏健派ですアピールは無理があるでしょ。やってることはどう見ても表現の自由原理主義過激派なのに、それを自覚できていなかったというのが最大の問題であるように思う。
イラストに「R18」はあるが、テクストに同様の規制は無い、という前提が理解されていない。現在の運用上は、文章で性行為を描写しても、イラスト化していなければR18とはならない。双方の基準が統一されるべきだろう。
今回指定されたのは「コミックス」だが。作者名で検索したら普通に無料立ち読みが出てくるのだが、これのどこが「テクスト」なのだろうか>https://www.cmoa.jp/author/121926/。
そもそも普通に作者も「コミックス」と言ってるわけだが>https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/hoshizakileo/status/1517603860205817856。
作者がコミックスと言い、アンチフェミや表現の自由戦士がコミックスという前提で話を進めている中、「テクスト」の規制の話を持ち出すこのひとの目にはいったい何が見えているのだろうか……
anond:20220430005751も書いたので読んでね。
例え入り口が男性嫌悪でも、そこからフェミニズムを学んでいける人を拒む思想ではないし、フェミニズムの目指す地点は男女平等である以上、最終的にそこに合意できればいい。
とすると、男性版でも同様の思想的体系が整っていれば、女性嫌悪を男女平等思想へと昇華できる機会が増えるので、それに越したことはないと思う。
自分の認識の限りでは、女性嫌悪を包摂する思想やコミュニティはナンパ界隈や弱者男性論など、女性嫌悪を包摂こそすれ修正する内容のものではないと考えている。
男性学というフェミニズムを基盤に発展した思想もあるけど、こちらは成員がフェミニズムと重なっているので、その入り口において女性嫌悪を包摂することはできないと思う。
またマスキュリズムについてだが、こちらは先ほどの男性学とは違い完全に男性によって形成、発展されてきた男性差別撤廃思想らしく、内容に関してはかなり期待は持てるものの、日本においては殆ど全く息をしていないことが難点か。
現状においてはマスキュリズムの普及に尽力するのが最短経路となるのだろうか。
お前が知らないだけでちゃんと男女平等の主張は受け入れられてるよ
フェミニスト兼婚活コンサルやってる人の「バリバリ働いてる女性は自分より収入が少ない男性を養う方がいい」「ガラスの天井は男性と女性が同じだけ働いてる会社には存在しない」「働いて稼いでくるのも家事の一つ、専業主婦希望なら稼いでこない代わりに家のことは全部やれ」とかな
男性は男女平等であればそれで構わないので。わけのわからない謎理論で、女を優遇することが無ければ、そこにあるのはただの競争社会なので、競争社会が駄目ならばまた違ったレイヤーの主張になる。
簡単に言えば、女は「男女雇用機会均等法」による調整済みの状況を男女平等と捉えているが、男は本来の男女平等は、そういう調整の無い、自然の需給法則が働く状況を指している。この認識の差が、どちらがゲタを履かされているのか、の認識差になっている。
何の規制も無い男女平等な社会ならば、男が圧倒的に有利であるので、男はそれを自然状態、デフォルト状態と捉えている。女の不利は「能力の欠落」だ。女はそれを「男がゲタをはかされている」と言うが、それは実際にはかなり無理がある。法制度的な優遇があるわけではないし、慣習的な優遇もそれは男性の優位性の結果であって、原因ではないからだ。ありとあらゆる歴史、国において結果的には男性優位社会に帰結していったと言うのは、それが恣意的な作用によるものではない根拠の一例だろう。
例えば社会が女性医師ではなく男性医師が欲しいと言う状況に関しても、医師国家試験に、体力(耐久力)、持続可能性を能力としてカウントする要素があればおのずと収斂するはずだが、そうならないのは、座学でのお勉強だけを「」付きの能力とすると言う、女性側の操作が入るためである。それだけではなく、女性医科大学などの制度的な優遇措置もあり、このゆがめられた状況下で、女性がゲタを履かされていないと言う見方はかなり難しい。
要はデマンドサイドの理屈に沿って、市場原理に従って処理すれば、能力の結果によっておのずと女性は排除されてゆくので、男性にとって男性優遇措置は必要ない。「優遇措置全般」を排除すればいいのであって、スタートラインで男性と女性が同等であると見なすこと自体、それは女性の傲慢であり、いかに女性が優遇されているのかを無視する鈍感である。
国連女性機関「とりあえず全国紙日経さんは自分でみんなと一緒に守るって決めた男女平等ルールをちゃんと守ってね。え、増田のエロを新聞広告で見たい権利?しりませんよそんなもの」
フェミニズムって平等社会を目指す運動だと思ってたんだけど、違うの?
フェミニズムって、女性に重点を置きつつも、両性にとって平等な社会を目指す運動だと思ってたんだけど。
だって、そうじゃないと男性が女性差別の解消に協力する理由がなくなるじゃん。社会における男性優位をなくすというのは男性にとっては不利益になるけど、男女平等という大義があるから受け入れられてるわけじゃん。
なに? フェミニズムって、男のことは知らん、こっちは女の権利が向上しさえすればいいって運動だったの? じゃあ、それに男が協力や賛同しなくても文句言わないでよね。セブンイレブンの店舗拡張運動にファミリーマートの社員が協力できないのは当たり前だろ? 営業の自由のために共闘しようというなら受け入れられるけどね。
「フェミ騎士」として媚びへつらいながら女に絡むか、「アンチフェミ」として叩きながら女に絡むか。結局、女にばかり絡もうとしていますよね。
キズナアイを叩いた千田有紀も女性、松戸のVチューバーを叩いた議員連盟も全員女性、温泉むすめを叩いた仁藤夢乃も『月曜日のたわわ』を叩いた治部れんげも女性。そら、これらの問題について反論しようと思ったら女性にばかり絡むことになるわな。先に叩いてきたのは女性側じゃないか。女性側が始めた物語だろ。あんたらが何も言わなけりゃこっち側はわざわざフェミニスト女性に絡む動機なんて持ち合わせてないんだよ。
ハフポストが書いたような『作品で起きているのは、女子高生への性的な虐待。男性による未成年の少女への性暴力や性加害そのもの』(https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_624f8d37e4b066ecde03f5b7)と言うのは完全に否定出来る内容だった。
つい胸に目がいってしまうとか意識してしまうような展開だとかそう言うのは描かれつつも、大人としてコンプライアンスを意識して絶対に女子高生に手を出してはいけないとか、社会人ヒロイン相手にも変に意識してると思われたら気持ち悪がられるとか、そう言うシチュエーションをギャグとして描き出してる一種のラブコメ的な作品だった。
またこの文言、そもそもは『作品で描かれているのは数々の痴漢行為』としていたのを『作品で起きているのは、女子高生への性的な虐待』と書き換えたもの(https://twitter.com/gerogeroR/status/1515599242773303296)だけど、法で定められる痴漢行為は無かったことから改めたものの、ある程度男性の加虐性があることにしないと自分達の言い分が通らないから『性的な虐待』と書いた程度のものだろうと思う。
次に、女子高生かくあるべしとしたステレオタイプを促す作品かどうかだけど、そんなもの皆無でしょ。
確かにこの作品は胸の大きな女性が好みな男性作者が理想の女子を描いてラブコメしてるけど、このミラーリングはせいぜいイケメン男子が好きな女性作者が理想の男子を描いてラブコメしてるくらいのレベルで、どちらにしても理想の異性を描くと言う行為は大前提として『こんな奴はいない』があると思う。だからこそ理想であり都合よく描けるのであって、ましやそれをステレオタイプだなんて対極にも程がある文句だなと思う。
ちなみに月曜日のたわわに所謂パンチラは一切出てこない。作者が興味ないらしい。私も興味ないけど。
対して胸が大きい女性は女子高生のみならずガッツリ会社員ヒロインも出てくる。何を描きたいかハッキリし過ぎてる。
むしろ個性のなさ(ステレオタイプ)で言えば男性描写の方に問題ありそう。顔がなくて髪型でしか見分けられないから、女子高生と電車に乗る男と会社員として働く男が別の男と認識するのに時間かかりました。
結局表現物は何を思ってどう描かれたかより、見た人がどう受け取ったかの方が圧倒的に重視されてる世の中だと思う。
描き手の0から100まで理解しましたなんてのは無理で、私はこう思ったと言う千差万別な感想で溢れてるから。
ましてや誰かの理想なんてカロリーの高いものが誰かにとってはキモいとも取れるのは当たり前で、それを楽しめる人は楽しんでると言うそれだけのこと。
以下、駄文
と言うか、着衣してても性的に表現してるからアウトなんて言うのは、あらゆる創作物を対象として考えた時、私はラインが引けない。
月曜日のたわわなら、大きな胸が男性からして性的な魅力を持って描かれたからアウト、とかなんだろうけど、じゃあイケメンが女性からして性的な魅力を持って描かれたからアウトも通る。
一々書かれたものに性的な意図を持ってるかどうか書いた人に確認しなきゃいけなかったり、それが性的なのかどうか男女平等に且つ曖昧なラインを誰の判定に任せるのか等、またそれだけコストかけてリターンはどれだけあるのか、色々と包括して私は今の規制派の意見じゃ全く割に合わないとしか思えない。
そんな必要はない、たわわは性犯罪を助長するからたわわは規制だなんてごり押しして特例の前例を作ってしまうと、後々誰がどうこの特例を悪用するか、一度でも特例の規制は作るべきではないと思う。ましてやたわわ程度のもので。
たわわも引っかかるラインでわかりやすいのは未成年描写はアウトだけど、創作物からあらゆる未成年描写を排他って、いかがですかね?
とりあえず、たわわ広告規制に反対する人へ表自戦士やらエロを守りたいだけやら馬鹿みたいな揶揄が飛んでますけど、上記を読んで貰えば分かる通り、反規制派なんてものじゃなくて、規制に然るべき理由とそのラインが腑に落ちるものであれば、大体の人は何が何でも規制に反対とかそんなんじゃないと思います。