「死の恐怖」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 死の恐怖とは

2022-04-27

飲み会に出ると必ず唐突死の恐怖がよぎる

自分も含め、今こうやって楽しく話してる人たちもいつか必ず死ぬんだなと思って、血の気が引く瞬間がある。

なぜ飲み会ときにだけそういう思いがよぎるのかは分からない。

2022-04-17

anond:20220416154005

「この問題って何か名前がついているのだろうか?」と言っているけど、結局何が問題に思っているのだ?

「旧ボディ側の視点では死の恐怖を免れてないよなぁ」が問題なのか?旧ボディが死の恐怖を抱かなければOKなのか?

だとすれば、こういのはどうだ?死んでいく(ことにする)旧ボディに向かって「お前の意識は薄れていくが、次に目が覚めたときはお前の意識は新ボディに移っている。お前は新しい命を得る」と言い、それを信じ込ませられる、とするのである

この方法に対して違和感を持つとすると、それは死んでいく旧ボディの不安を取り除くだけであって、旧ボディが死んでしまうことに変わりはない、という感じだろうか。

しかし、ここでむしろ、「死とは何か?」という疑問を持ってもらいたい、と思う。旧ボディと新ボディなんて持ち出さなくても、次のように考えてみることはできるのではなかろうか?

寝て起きる前の自分と起きた後の自分は同じだろうか?眠る、というのは意識を失うということであり、寝る瞬間にそのときまでの自分死に、起きた時に新しい自分が生まれているのである、と。

もっというと眠る前と後でなくてもいい。午前の自分と午後の自分は同じだろうか?さらにいうと5秒前の自分は既に死んでいて、今いるのは記憶をもっているだけの新しい自分ではないのか?

自分毎日死んでしまうかもしれないのにもかかわらず安心して眠ってしまうのは、単に次の日を同じ自分として迎えられる、という信念を持っているからだけではないか

このように考えてくると、死とは何か、ということを考えようとすると、自分同一性とは何か?ということを考えたくなってないだろうか(こなかったらすまん)?

筆者も専門家じゃないし、哲学科にすらいったことはないけど、同一性ということについて近年(デリダあたりから)は次のように考えているような気がする。

自分同一性、というものは個々の瞬間の自分をつなぎとめる「自分規定」というものがあって、それによって担保されている、と考えられてきたが、実はそうではない、差延という考えがあって、すべての個々の瞬間の自分をつなぎとめる規定なんてものをどれだけ作ったところで、常に瞬間瞬間の自分はそこから微妙にずれていってしまう、という考え方である。この自分がどんどんずれていってしまうことを郵便的というモデルを使って東浩紀表現したし、郡司ペギオ幸夫は「規定」と「個々の瞬間の自分」以外に第三項があるのだ、それがずれを生んでしまうが同時になるべくつなぎとめているのだ、ということを理論化してそこからまれ創造性を説いた。

まあだからなんだ、ということかもしれんけど、しゃべりたくなったので書いた。以上。

2022-04-16

記憶転送技術

NHKの「ヒューマニエンス」再放送を観つつ思い出したこと

SFクローン人格記憶転送して延命する技術ってわりとあるよな。例えば

 ・映画で言うと:シュワルツェネッガーシックス・デイ

 ・漫画でいうと:からくりサーカス(転送かいダウンロードだっけ?)、銃夢アンパンマン

で、そういうので転送元の旧ボディ・人格円満に(?)処分している描写って無くない?

結局、旧ボディ側の視点では死の恐怖を免れてないよなぁと思ってしまう。(アンパンマンを挙げたのはそんなWeb漫画を観たから)

この問題って何か名前がついているのだろうか?

この問題に焦点を当てたり、うまいこと解決してる作品があったら観てみたい。

 それと、現実記憶転送可能になったとして、最初にその恩恵を受けであろう権力者は古いボディをどうするんだろう?

やっぱバックアップのために取っておくのかな。何かの事故で目覚めちゃったら悲劇だよな。(まんま、からくりサーカスであった展開だけど)

 ユヴァル・ノアハラリのホモデウスに「右脳左脳とは別人格を持ってるけど、脳梁で繋がって何とか一つになってる」的なこと書いてあった気がする。

そのノリで新・旧ボディを同期させた状態で、自分意思で旧ボディ側をシャットダウンできたら一番恐怖を味わなくて済むなぁとという無駄な願望を抱いてしまう。

##追記

転送元の旧ボディ・人格円満に(?)処分している描写って無くない?

これってよく考えると当たり前だ。

円満に済んだらお話ギミックにならないのでさらっと流されるか、何も言及されない。

ドラえもんどこでもドアとか、スタートレック転送システムとか。

(スタートレックでは事故ライカー副長が二人になってた気もするけど)

https://b.hatena.ne.jp/entry/4718247167480028386/comment/zkq

これをテーマイーガン小説結構書いてる。筆頭は「ぼくになることを」技術的な前日譚の「ゼンデギ」など

SFを全く読んでないくせに、こんな日記を書いてしまい若干後悔している。

マジックキングダムで落ちぶれて」は買えなかったけど、「祈りの海」は今買ったので読んでみます。どうもありがとう

2022-03-19

anond:20220319130151

プーさん拍手喝采しているロシア人のおばちゃん

ロシア人から爆撃受けて家族は死に自分も片腕を失ったウクライナ少女の姿を見せてあげたいな


だけどロシア人死生観先進国根本から異なっていて

死の恐怖感覚が薄いと聞いたことがある

あらー私は両腕揃ってるからちゃん拍手できるわよ」なんて返されちゃうかな

2022-02-26

anond:20220226135925

大坂夏の陣を知らんのか

戦争目的は要らない人を戦場に送って敵に殺してもらう事

死の恐怖を与えて自国民服従させること

勝利する必要なんてないんだな

2022-02-19

anond:20220219110023

青葉に罵声を浴びせて死の恐怖を味合わせて残虐に処刑したところで、犠牲者がよみがえるわけでは一切ないのにな

2021-12-19

転落死よりは安楽死の方が苦しまなかった筈

日本は安らかに死ぬ権利もないからね

せいぜい末期癌になったらフェンタニル打つぐらい

から仕方なく勢いで転落死するしかない

数秒間もの間、落下と死の恐怖に怯え、道路に強く打ち付けられて絶命の瞬間まで永遠のように感じる長く激しい痛み感じたことだろうが

そんなこと日本人の知ったことじゃないからね

自殺するような精神障害者がどんな最後を迎えようとどうでもいい、それより早く病気を治して働いて子供産んでねというのがこの国の総意

舞台関係者はただでさえコロナで弱ってるのに、演者自殺公演中止で大損害だろう

彼女計画的で安らかな死の権利さえあれば、突発的な苦痛にあふれた自殺はしなかったろう

ビルから突き落としたのは日本

2021-11-28

anond:20211128205941

すみません

未接種者を代表して謝ります

でもアレルギーや体調のアレコレでコロナにかかるのと同程度の死の恐怖があるので打たないです。

重ねてすみません

2021-09-30

今月で40歳になりました。

もう40歳人生の折り返し地点。自分限界も見えたという自覚があるのに精神的には1020代と何も変わってない。それはつまり人生に於けるイベント1020代と何も変わってないってことだ。

対してここ5年ぐらいで、周りの同僚は結婚したとか子供が生まれたとか管理職に昇進したとかばかりだ。

結婚してないか人間的にどうだのこうだのはないと思う。だけど実感として独身管理職結婚してる管理職は部下に対する当たりや育成の仕方に違いがあるように見える。もちろん全員がそうだってことは無いのでただのバイアスかも知れない。そういえば親から結婚の話なんて一度か二度、それも数年以上前に聞いたぐらいだったがついこの前にも年齢と絡めて言われてしまい、人並みに親っぽいことを言うのだなと感心してしまった。悪いけど諦めて欲しい。

親とはもう何年も顔を合わせてない。別に喧嘩してるわけでも会いたくなかったわけでもなく、ただ単に面倒だった。いやちょっと嘘だ。倒れたと聞いて駆けつけたとき自分想像よりも遥かに老いた姿の親を見て、現実を受け止められなかった。会うことで老いていく姿を見てしまうのがただただ嫌だった。親不孝にも程がある。

仕事面白くもなく楽しくもなく。ただ自分の実力よりも多く貰えてる自覚はある。うちの会社は有能な人ほど仕事を抱え込んで忙しく、無能な人は自分仕事を囲い込んで独自地位を築く、良くも悪くも大企業なのだと思う。そんな場所にいると同年代の同僚と一緒に同じ仕事することは少ないのだが、最近は人不足もあってある同僚と組むようになった。そしたらその同僚、何処に隠れてたんだというぐらいの超有能実力派で生きる世界の違いを感じてしまった。当然ながら上司幹部クラスの覚えもめでたく、あっさりと昇進。(コロナ前は)積極的上司の酒席にも付き合い、どんな客にも突っ込んでいくコミュ力お化け必要あれば土日だって働く社畜根性、よもやよもやにも程がある。

対して自分はヒラから上がるだけでも普通の人なら1回か精々2回のところを3回連続落ち、仕方ないと言われてやっと4回目で上がれた。年下の後輩にも当然追い越されてしまった。積極的に働いて自分を高めたいなどとは欠片も思わないし、評価されるような仕事をしたいとも思わないので納得はしている。管理職になったところで、土日に社内業務を片付けるために出社するのは御免蒙る。だけど人生総収入で考えたらどんなに無能でも管理職が有利なんだろうな。仕事は好きではないが金は欲しい。管理職以外で、上位の役職があったりはしないものだろうか。

20代の頃は病院とは無縁だった。30代前半も。30代後半から身体の痛みに敏感になったと思う。歯が痛い、胸が痛い、背中が痛い、頭が痛い。痛みなんて横になればいつの間にか無くなっていると考えていた自分はもう何処にもいなくなり、すぐ病院に行って恐怖を拭い去ることに躍起になっている。先日は原因不明微熱があり、コロナかもしれないと1時間おきに検温して布団の中で震えた。健康であるとき孤独と、健康不安を覚えたとき孤独は天地ほども違いがある。

からこそ老いても結婚相手を求める人が世の中にはいるのだろう。何か有ったときに一人でいるよりは二人の方がマシであると。親もそんなことを言っていた。しかしそんな、老後の安全保障のために結婚するというのは互いに利益があるとしても理解し難い。極論、老人ホームにで入った方が余程安心安全だ。現実は厳しい。

温かな家族に囲まれた夢のある結婚生活を求めるのなら、遅くとも20代には他人に興味を持った人間らしい言動ができないとダメなのだろうな。

そして自分10年後もきっと同じことを思ってるんだろうな。

追記

増田で祝われるなんて思わなかった。ピザ屋とかのダイレクトメールしか祝われてなかったので嬉しい。ありがとう

昔はTwitterに書いてウィッシュリスト付けたりなんかしたけど、あれはTwitter上での人付き合いレベルが高い人がやるから楽しいだって気付いてから止めてしまった。

気が引けるほど高すぎず、それでいて気持ち程度で贈って貰えるような一品リストを作るセンスがあるから成立する神々の遊びTwitterでさえ使うのが難しいよ。

追記2】

こんなどうでもいい記事ブコメ付くとは思わなかった。

自分限界自分でもよく分かってはいないけど、同年代とは思えない程に仕事ができる人を間近で見てしまって自分はこの域には達せないなと思ってしまたからだと思う。あれは出世していくタイプの人だ。何せ仕事に対して真剣に、そして真面目に取り組んでいる。この仕事が終わった後はどうするか、後輩をどう育てていくか、部門として何を伸ばすのがいいか管理職では無い頃からそれらに対して自分の考えをきちんと持っていて、それを実行するために上司も利用する。取り敢えず目の前のことを最短で片付けてその場凌ぎで乗り切ってきた自分とは視点も視界も違いすぎた。

一応、年齢を考慮した配慮というやつなのか管理職になる気はあるかと上司に聞かれ(即答を求められたので)チャンスがあるのならということにしている。しかし目の前であまりに有能な人を間近で見て自分無能さを痛感している。その高い壁こそが自分限界なのだと思う。

お小水、ここ数年で確かに切れが悪いのが気になってるし残尿感はないのに下着を湿らすほど濡らしてしまったりもしていたけどこれも加齢なのか。人間身体、弱すぎでは。

結婚周り、今更結婚したところで子は望めないし、いわゆる親以外の誰かに愛されたことがない族なので恋愛もわからないし、友人知人もいないのでパートナーという感覚もわからないのでまず何のために結婚するのかを理解しないと難しい。逆に若い頃に勢いで結婚してしまった人の方が後から目的が付いてきてるのではないか。子がいたのなら、子のために真面目に仕事して上へ上がろうとする心情は理解できる。そういえば有能な同僚も子持ちで、子のイベント時には仕事がどんな状況でも必ず休むことを徹底していた。

思うに、この位の年齢になると意志を持って働くには何かの理由目的必要なのだろう。書きながら納得してしまった。

では孤独コース一直線のおっさんが、働く目的理由を何処へ求めれば良いのか。娯楽程度では理由にならない。終の棲家として、家は欲しいと思い始めているが35年ローンなんて組んだら完済前に死んでいるかも知れないし事故物件だ。いや75まで働かされるのか?定年間近の非管理職に向けられる視線の厳しさを知っているだけに恐怖しか無い。思い通りに動かない身体鞭打ち、形ばかりの仕事を振られる立場自尊心を大きく損なうものだろう。かといって自分のなけなしの知識経験が30年後にも通用するとは全く思えない。

そして人生諦観があるようでいて、少し体調を崩せば死の恐怖に震えるような小心者だ。

みんな一体どこで人生相談したりキャリア相談してるんだろう。

2021-09-23

私は癌と診断されるだろう

それも手の施しようのない末期だ

私は政府に殺されるんだ

私は手厚い治療なんぞ受けさせてもらえないからな

死の恐怖の前にも

私は本を読んで過ごしてやるから

乗せられて告発なんぞしない

2021-08-22

anond:20210822165130

逆にお前ごとき死の恐怖を克服できるわけなくない?

2021-06-29

戦時中は反出生主義は流行らなかったのだろうか

当時の日本人にとっての死の恐怖は、今のコロナ禍よりも激烈だったと思う。

毎日のように繰り返される空襲警報と、子供すら徴兵する末期的状況があった。

当時の人たちが「子供を作ってもその子たちは幸せになれない」と考えていても不思議ではない。

仮に戦争が終わったとしても、焼け野原になった世界子供を育てていかなければならなかったわけだし。

まあ、戦時戦後に生まれてきた子供たちが社会人になる頃には日本高度成長期を迎えるわけで、その時の心配杞憂になったけど。

2021-06-16

もっと死の恐怖を感じたとき

学生の時に免許取ってからそんなに期間経ってないにも関わらず、なんか自信満々でスピードを出す知人の車に乗ったとき

逆にいうとそれ以外に思い当たらないので幸運と言えるかもしれない。

2021-06-01

死は無。無は恐怖。死の恐怖は避けられない。

から宗教ってもんが生まれたんだよね。

ほとんどの宗教で最も大事作用はは死後を保証してくれるってこと。

輪廻転生でも、主の御許に誘われるでもなんでもいいんだけど、死んでも無にならないよ、大丈夫だよと信じさせてくれる存在宗教

オウム東大卒とかバリバリ高学歴会社経営者がハマってたのも、結局、どんだけ頭がよくても、金があっても死の恐怖を克服することはできないということ。

実際、死の恐怖を克服する方法は少ない。

 

1.アホになる

考えてもわかんねーもんはわかんねーから考えるのやーめぴwwwwwと死を忘れる、棚上げする方法

日本では一般的解決方法である

 

2.アホになる

宗教など「死後の世界」や「死んでも生まれ変わる」といった、死によって無にならないということを信じることで死ぬことは終わり、恐怖ではないと思い込む。

海外では一般的解決方法である

 

3.アホになる

死とは何か。死んだら本当に無になるのか。を、文献、歴史等を紐解き心霊的、科学的にあらゆる角度から徹底的に考えつくす。だいたい発狂したりするけど、哲学者かになったりもする。

 

4.アホになる

もう開き直って死んじゃう。

たまにいる。まぁ、やめとき

 

他にもちょこちょこあるが本当に少ない。棚上げ理論採用するにしたって、ふと寝る前に「もしかたらこのまま目が覚めなかったら」という恐怖を覚えたことがある人は少なくないと思う。

無を考えることはできない。考えることができないのが怖い、というのはいかに人間的で愛すべき愚かさだと私は思う。

2021-05-30

anond:20210530114409

そもそも人間自殺には身体的だけでなく死の恐怖という苦痛を伴うので生まれた後の自殺と生まれないことを一緒にできない

まれなければ苦痛はないが自殺には苦痛が伴うので自殺権利云々自体筋違い

2021-05-20

anond:20210520202443

下衆のお前に輸血が回らないことを願ってるよ

事故病気、誰かから暴力で痛い思いして血が流れて体が冷たくなっていく恐怖を味わうといい

死ぬ瞬間は怖いぞ?走馬灯見る暇もなく死の恐怖に怯えてくれよ

お前は上級国民じゃないから血は後回しだ、最後尾のな

2021-05-17

「観ないよあんなクソ映画

金曜ロードショーで、タイタニックを2週に渡って放送していた。

それに伴い、モヤモヤする記憶を思い出したので書く。

中学生の頃、タイタニックを初めて観た。

おそらく、個人的ハリウッド大作というものを初めてまともに鑑賞したのがその時だったと思う(それまではジブリ映画クレヨンしんちゃんなどのアニメ映画や、親の趣味だった古い外国映画VHSばかり観ていた)。

実写と区別のつかない高度なCGや、短くも情熱的な恋の切なさ、巨大客船沈没パニック死の恐怖表現リアルさに、私は深い感銘を受けた。

周りでも大いに流行っていた。

その当時好きだった男の子と少しでも話したくて、私は休み時間か何かに「A君はタイタニック観た?」と尋ねた。

その男の子学校勉強がよくできる上、アニメ漫画などに詳しくて話も面白く、いわゆるイケメンという感じではなかったが清潔感があり、私にとって気になる存在だった。

その彼から返ってきた答えが「観ないよあんなクソ映画」だった。

それに対してどう返答したのか私は覚えていないが、咄嗟に「えっ、なにそれーひどーい笑」とかそんな感じで返事をしたような気もする。

もちろん、それから話が発展したという記憶もない。

話のきっかけが欲しい、もし観ていたなら感想を訊きたいという気持ちだったと思うのだけど、なんだかめちゃくちゃびっくりしてしまったという衝撃の印象だけが20年以上経った今でも心に残っている。

自分が好きだと感じたものを、観てもいないのにクソと言われたことがきっかけで、恋は急激に冷めた。

中学生の恋なんてそんなもんかもしれません。もちろん全部がそうとは思わないけど。

思い出して数日間モヤモヤしてたけど、「人が好きと言っているものに触れもしないうちから否定するのはやめよう」という、当たり前だけどうっかりやってしまいがちな失敗として胸に刻んでおきたい。

ところでテレビで久しぶりにタイタニック観て思ったけど、やっぱものすごいお金かかっててゴージャスだしまずその時点で観る価値がある程度あると感じる。

今回は個人的に以下のような感想を持った。

・命の価値に差があった過去に戻ってはいけない。現代でも克服したとは言い切れぬものの克服する努力を止めてはならないこと

女性自分人生自分で選び取る、フェミニズム的側面を持つ作品でもあった

石田彰版を円盤化してほしい

2021-04-20

anond:20210420214714

子供がいれば死の恐怖がやわらぐとかいうのは嘘で

子供がいてもいなくても死の恐怖はべつにやわらがない

バカ人一倍恐怖耐性が弱く必要以上に自分の中で恐怖を膨らませてオタオタする

・じゃくしゃだんせいはたいがいバカ

2021-04-14

anond:20210414001604

信者でない人間を肉体的にも精神的にも攻撃しない

死後どうとか観測できないことで死の恐怖を誤魔化さな

コミュ力に関わらずコミュニケーションの場を作る

くらいは達成してくれ

2021-03-29

とても嬉しいことがあったか死にたい

とても嬉しいことがあった。自分努力存在のもの肯定されるような出来事だ、というのは大げさかもしれないが、自分はそれくらい嬉しかった。だから、この嬉しい気持ちのまま、死んでしまいたい。嬉しいことがあるといつも死にたくなる。

旅行の帰りにも死にたくなる。楽しい思い出と少しの寂寥感を抱えながら、家の近くの交差点信号待ちをしているとき、このまま飛び出してしまいたいと思う。人に迷惑をかけて死ぬのは良くないからやらないけど。

でも辛いときや悲しいとき普通に死にたくなる。苦しいのは嫌だ。死んだら辛いのも悲しいのも無いから死にたくなる。

逆に生きたいと思うときほとんどない。何か楽しみなことがあっても、この楽しみな気持ちを抱えたまま死にたいと思う。○○をするまでは死ねないというよりも、○○をしたい楽しみな気持ちが終わらないうちに死んでしまいたいと思う。

まあこんなふうにぐだぐだ書いていても、多分自殺とかは出来ないだろう。この間ぼうっと歩いていて、気付いたらすぐ近くに車がいた。死の恐怖を感じた。おかしな話だ。死んでしまいたいと思いながら、死は怖い。ありふれた平凡な人間だ。嫌だ嫌だ。

事故死ぬのはダサいから何かの病気になって研究されながら死ぬか、誰かを庇って死ぬという漫画みたいな展開で死にたいな。誰か死なせてくれ。

2021-03-03

ハルウララに対して激昂したモブウマ娘Aを救いたい

唐突だが私の性癖

「かわいそうじゃないと抜けない」&「徹底的にかわいそうな目にあったキャラが救われる瞬間に快感を覚える」だ。

なので元ネタエリートばっかりの世界を描いてるっぽいウマ娘に全く興味がなかったのだが、

この記事を読んで無限に興味がわいてきた。

https://note.com/stormroastpork/n/n8834b1cd55f7

ハルウララ?そんなものには興味がない。

私が興味があるのはモブウマ娘Aだ。

……このキャラ最後まで姿も名前もわかる事なく、「ウマ娘A」というモブ肩書固有名詞として背負い続ける。

ハルウララが「負け犬の星」などと持ち上げられている裏で、名前すら知られない「馬A」達はひっそりと消えていく。

あああああああああああ。

私の心にずっきゅんきたあああああああああ。

この娘への妄想だけでご飯3杯いける!




というわけでここから話が脱線するのだが

ウマ娘好きな人にぜひ読んでもらいたい作品がある。

7SEEDS」っていうんですけどね。



この作品夏至の章こそが「モブウマ娘A」の世界なのだ

とある学園で未来エリートを育成するという名目で1000人以上いる候補生を集めている。

しかし実は、この学園の目的はこのうち生き残るべき優秀な7名だけを選ぶことだったのだ。

それ以外の生徒はその7名の糧となるべく選別の過程で全員皆殺しにされる。


殺し屋組織で幼いころから競わされ、仲間を手にかけることを強制された」みたいな話だったら珍しくないだろうが、

この話のえぐいところは、候補生たちは

殺される直前まで「7名に選ばなれなかったら殺される」ということを全く意識せずに教育されるというところだ。

みんな仲良しで、自分こそが7名に選ばれるものだと切磋琢磨しあっている。

直前までは選ばれなければ殺されるという悲壮感が全くない。

からこそ、突如世界地獄に変わった後多種多様な表情を見せてくれるのだが

そういうところが最高に私の性癖にずっきゅん作品なのである



上のnoteを読む限り、プレイヤブルなキャラクターから見たウマ娘世界は、選別が始まる前の世界だ。

プレイヤブルなキャラクターは、たとえ目標達成できなくても何度でもやり直せる。

ただただクリアできるまでのびのびと走ることを楽しめる楽園のような世界だ。




一方のモブ馬娘の世界は、「選別」が始まった後の世界だ。

モブ馬娘Aがなぜあれほど激昂したかって考えると、

ハルウララにすら勝てない雑魚自分は殺されることを知っていたからだろう。




単なるハルウララ嫉妬なんて生易しいものではない。

モブウマ娘は、毎回毎回背後に迫る死を感じながら走ることを余儀なくされる。

それが経済動物極致である競走馬に知性を与えるということなのだ。

自分を待ち受ける運命を知り、

恐怖に押しつぶされそうになりながら走り、

でも寝不足続きで訓練もうまくいかず、

そうやってアリジゴクの中で苦しみ続ける。

そしていざその時が来たら

どうして私に知性なんか与えたんだとサイゲームス神を呪い

助けを求める声をグッとこらえながら人知れず消えていくのだ。

そんな彼女が、全く勝てないくせに

死の恐怖から解放された存在を見たらどういう気持ちになるか。




むはああああああ考えただけで興奮する。

むくむくと二次創作の意欲がわいてくる。



のだが

世界観やキャラクターを壊す二次創作禁止されてるらしい。

なるほど、私みたいな人間いるか二次創作禁止されるのね。

ほんとすみませんでした。



友人にこの話をしたら

お前が言ってるのはこれと同じ。陳腐すぎる。センスがない。

https://togetter.com/li/1372208

など全否定されました。

彼女は「かわいそうでないと抜けない」属性がないのに

私がキモイ妄想を話しても引かない、とても懐が広いやつなのですが

とにかく口が悪い。

ぼろっかすに言われて悔しいので

友人を満足させるべく

もっとかわいそうなウマ娘二次創作設定を考えて送りつけることにします。

ありがとうございました。

2021-01-27

anond:20210127165907

だよねえ

戦争死の恐怖ごまかすために配布する薬物だから

平時に使ったら交通事故多発

2021-01-14

死を常にうっすら意識している

20代女性です。

私はコロナ禍になる前から常にうっすら死を意識して生活しているのだけど、周りの人はそうじゃない人が多いらしい事に最近気づいた。


たとえば車を運転している時、急に車のタイヤが外れて制御不能になり、派手に事故をして死亡するイメージを持つ。

逆に道を歩いている時には、そんな制御不能トラックか何かに急に突っ込まれ死ぬんじゃないかと周囲を見回す。

友人や恋人と別れる時はこれが生きてるあいだの最後の姿かもしれないと思う。

知り合いからの不在着信があると、死の間際の最後電話だったんじゃないか不安になる。

家族からメッセージの返信が遅いと、事故や発作で死んでいるのではないか心配になる。

一人の時には自分心臓の鼓動を感じ、こんなのいつ止まってもおかしくないな、と思う。

このまま目を閉じるともう二度と起きないんじゃないかと思いながら眠りにつく。


小さい頃はとても怖くて不安だったが、今では慣れてきたのもあり、常にうっすらとした死の恐怖ぼんやりと感じている。

からコロナ流行してから、急に人々がヒステリック感染症危険性を叫びながらあちこちを消毒し始めるのを見て、逆に今までは安全だと思ってたのか、と少し驚いた。


私はコロナにかかるのも怖いし、それと同じくらいに急な事故や発作で死ぬのも怖い。持病を持っているわけではないし、これまで大病に罹ったこともない。だけど死はいつも私の隣にある。みんなはそのことを忘れているだけなんじゃないかな?と疑っているんだけど、どうなのかな。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん