はてなキーワード: 茶道とは
「I Have a Dream」・登場人物表
神田 環(かんだ たまき)/カンダータ・マ・キ
…外見年齢15歳。ウテナ星の王子。地球人に偽装し、高校に通う。地球の風俗に疎く、とんでもない誤解をすることも。三白眼がトレードマーク。背が高い。偽装を解くと耳が尖っている。
シッダルタ王 …外見年齢30歳。環の上司でもある。環と血のつながりはない。アロハにグラサンの色男。女にだらしない。
稲葉 つぶら(いなば つぶら) …15歳。大家の娘。高校へ通うため、父の持つアパートの管理人を兼ねて1人暮らしをしている。初対面の環にも親切。
城島 亜鈴(じょうじま あれい) …15歳。つぶらの親友。環を異様に敵視する。
宮沢(みやざわ) …15歳。環のクラスメイト。不良にパシリにされている。背は小さいがツッコミは鋭い。
小森信慈 …15歳。茶道の家元の息子。父が死んでからは茶をたてていない。イケメン。
ミッキー …つぶらの飼っているジャンガリアンハムスター。環からはネズミと呼ばれる。
「I Have a Dream」・プロット・あらすじ
ウテナ星の王子であるカンダータ・マ・キは、このたび、惑星間会議によりウテナ領となった地球の視察のため地球に降り立った。指示された居住地に向かう環。そこは廃墟としか言いようがないオンボロアパートだった。管理人を兼ねる居住者つぶらに挨拶をし、惑星間通信で王に連絡すると高校生として学校に通えという。しかたなく翌朝、学生服に身を包み登校する。偶然にもつぶらと同じクラスと知るが、つぶらの親友だという城島は環を敵視する。さっそくクラスの宮沢と仲良くなるが、彼は不良にパシリにされていた。なにげなく鉄柱を飴のように曲げる環を見ておののく不良。つぶらが茶道部長であることを知り調査を兼ね見学するが、華道部と部員一人しかいない茶道部が茶室の使用時間で揉めていることを知る。自らが茶道部の新人であると宣言する環。宮沢も追随するが正式な部員には足りない。そこで新人探しをする。茶道の家元の息子の信慈に目をつけるが断られる。環は信慈をむりやり連れてきて茶をたてる。拙いながらも一所懸命茶をたてる環を見て信慈は茶道部に入ることを了承する。ある日王に、征服せず保護区とするわけにはいかないかと尋ねる環。しかし、この星に知的生命を誕生させたのは自分達である、また、この星の真の所有者は自分ではなくさらに上位の権力者であり、そのまた更に上位がありまた更に上位があり~誰が本当の所有者かはわからないという。では自分達も誰かに作られたのかと尋ねる環。ある日華道部員が現れ、再び茶室を譲れと主張する。そこで環は華道と茶道でどちらが優れているか勝負しようと言いだすが、つぶらに「茶道は人と争うものではない」と諭され、つぶらは茶室を明け渡してしまう。憤懣やるかたない環。しかし城島に能力のある人間にはそれにふさわしい待遇が与えられるべきだと言われ、言い返せなくなってしまう。やがて再び勝負を持ちかける環。つぶらから止められるが、時に相手にモノ申すのも茶の道ではないかと反駁する。第三者に茶道と華道を体験してもらい、より素晴らしいほうを選んでもらうという勝負を行う。全てにおいて完璧な華道部。茶道部はミスを連発する。しかし茶道部に軍配が上がる。(環は足の痺れたC子のために茶の席を早く終わらそうとし、それにC子は感じ入ったのだ。環は、素晴らしい席を設ける、客を思いやる、どちらも揃っていることが一番素晴らしいのではないかと語る)後日つぶらにデートを申し込み、遊園地で遊ぶ環とつぶら。宇宙人であることを告白しようとするが、自分が伝えたいのはそんなことではないと気付き、つぶらに告白する環。ふたりはキスをする。だが環は自分の痕跡を消すため、友人たちから自分に関する記憶をすべて消し去ってしまう。宇宙船に戻る環。環は王に、この星を征服するべきではなく発展するまでひそかに保護下に置き、やがて対等に交易をするべきだ、と伝える。そして環は、そのときまで1人この星を見守り続けることを誓う。
独断と偏見による「本職巫女として神社で働くのに向いている人の特徴」をリストアップしてみました。
自分の経験と某神社の巫女さんの話、およびネット上の情報を基にしています。
なお、この記事では「そこそこの規模があって、本職の巫女さんが数名常駐している神社」を職場として想定しています。
巫女さんが一人しかいない神社や、いわゆるアルバイト巫女についての適性は論じておりませんので、ご注意ください。
・年齢が20代前半以下。
・着る服のサイズに困る程には太っていない。
・もし姑にあら探しをされても、心身のバランスを崩さないぐらいの精神力がある。
・職場での服装や言動には制限があって当たり前だと思う。
・人並みの筋力はある。
・最長で2週間くらいは無休で働けるだけの体力がある。
・パソコンが人並みに使える。
・接客は嫌いじゃない。
・簡単な作業をテキパキと要領よくこなせる。
・単調な作業を延々と続けることができる。
・少々のセクハラは笑って済ませるか、事前に回避できるだけのスルースキルがある。
・定年(20代半ば~30歳)後は結婚か、転職できるアテがある。
・黒髪ロング。
・新しいやり方を試すより、慣れた方法でやる方が好き。
・体育会系。
・日本文化に興味がある。
・きちんとした言葉遣いができる。
・外国語が話せる。
・口が堅い。
今じゃ「うぜぇ~マジでなんなの、こいつ」って気分。
誘えば誘うほど、評価が下がるってことがわかんないのかなぁ~。
しつこく迫ったら上手くいった例でも聞いて、意地になってんのかなぁ~。
他に誘う女いないんかねぇ?寂しいやつ。
それにこいつどうせ、私の内面が好きなわけじゃないだろうし。
おとなしそうとか、処女とか、そういうところで
「俺でも相手にしてもらえるかも」って思っているんだろうな。うぜぇ~。
たしかに、男がナンパとかする対象は、「好みの女」っていうよりも、「相手にしてくれそう」っていうのが大きい。
美人だから、かわいいから、という理由でナンパするわけじゃない。
その意味では、そういう相手を回避するためには、ガングロとかにするしかないね。
まえ、テレビに出てた女が、「内面を磨く」とかいって、何をするのかと思ったら、
まあ、この増田もチヤホヤされている状況のひとつには変わりない。
20代までだけど。
しつこい男の誘いを断るときは、「オマエ、怖い。けいさつ、イクヨ?」、といえば済むよ。
マナー本・作法本は数多くあるけど、その多くは女性に向けて書かれたもので、男性向けのものは少ない。
そして、男性向けに書かれた本の大半はビジネスマナーを学ぶためのもので、たまに女性にモテるためのマナー本があるくらい。
なんだかんだいって「男性の活動の中心は仕事」という意識が強いから、
男性にとって日常生活でのマナーはさほど必要でないとみなされているのかもしれない。
……そういえば、駅や道端につばや痰を吐くのってもっぱら男性だしなあ。
まあ、人前で堂々とつばや痰を吐く人は男性の中でもかなり無作法な最低人間で、普通の男性はそんなことしないのかもしれないけど。
直接マナーを学ばなくても、茶道などの稽古事で間接的にマナーを学ぶことも多い。
そして、なんとなく、世間には「女性はマナーを身につけて、お淑やかにしているべきである」という風潮があるような気がする。
実際には電車の中で化粧をする女性とかいくらでもいるわけで、女性みんながマナーを守っているとは到底いえないのだけれど。
なぜ日本にはレディファーストが根付かないかについてゼミで討論した事がある。
例によって女子学生たちは日本男性批判と想像上の外国人紳士崇拝の言辞を並べていたが、
30分ほどで教授(女性)が静かに、だが力強い声で言い放った。
「レディーが絶滅しつつある日本ではレディーファーストを普及させようがありません」
教授は海外で教鞭を執っていた時期が長いが、茶道華道ともに師範の免許を持つ人。
その教授曰く「与えられる平等や優遇をあさましく求めるのは日本女性特有の醜態」
自らレディとならずして、レディ扱いを求めるのは常軌を逸していますと。
女子学生達はその後、ひとことも喋りませんでした。
なぜ日本にはレディファーストが根付かないかについてゼミで討論した事がある。
例によって女子学生たちは日本男性批判と想像上の外国人紳士崇拝の言辞を並べていたが、
30分ほどで教授(女性)が静かに、だが力強い声で言い放った。
「レディーが絶滅しつつある日本ではレディーファーストを普及させようがありません」
教授は海外で教鞭を執っていた時期が長いが、茶道華道ともに師範の免許を持つ人。
その教授曰く「与えられる平等や優遇をあさましく求めるのは日本女性特有の醜態」
自らレディとならずして、レディ扱いを求めるのは常軌を逸していますと。
女子学生達はその後、ひとことも喋りませんでした。
はてなではここから議論始めるべきだよね。
そこで「おしゃれな和スイーツを味わうアタシ」という自意識が前面に出てきてる、と感じるのが偏見なんだと思うよ。
多分そういう見方をする人なら茶道やってる人のことも「茶道なんか嗜んでるアタシ」という自意識が前面に出てきてると感じるんじゃないかな。
実際に和スイーツ好きな女子は、日々美味しい(自分の好みにあう)和スイーツを求めていろんなお店に足を運んで食べ比べて、あるいは雑誌で美味しそうな和スイーツが紹介されていたらとりあえず食べに行ってみてそれが美味しいと思えばそれを友人に紹介するし、そうでないと思えば紹介しない、みたいなことをしてるんだよ。
別にそこに他人からどう見えるかっていうのは関係ない。(まああまりに味音痴なとこばかり紹介してると舌を疑われるってのはあるけど……そういうのは男も同じじゃない?)
逆に、そこで男ウケを目指してないような(男にウケないような)内容のものは、それが男向けじゃなくて自分の趣味で行われてるのが男から見たら気に食わないから批判されてるってとこがあるような気がする。全ての女の行動は男ウケのためにされるべきだみたいな感覚から、女が自分のためにすること(自分へのご褒美とか)は無価値なものと判断されてるってとこはないかな。
多分「男性に対して3歩さがってかしづいて控え目に、ナチュラルメイクで清潔感あふれる清楚な装いをしましょう」的な男ウケの高い情報はスイーツ(笑)って批判されないんじゃないかなと思うんだけど、どうだろう。
んーそうして金儲けする人がいるよ、じゃなくて日本人の根底にある精神性なんじゃないの?なんていうか日本にある美って、デザインされたものじゃなくてたまたまあったものを、美しく捉えるってものな気がする。写実的じゃなくて、抽象的な美を、共通見解として「きれいだということにしよう」みたいなさ。陶芸とか、書道とか茶道とか華道とかってそんな気がする。たまたま目に映ったものを、よしこれはよきものとしよう!見たいに始まった気が。
これって実際にどうなのか俺にはわからないよ。
それでも多くの人の中で時間をかけて洗練されてきたものがあるだろうし、
金儲けに関しては、お金が無いと生きていけないんだから、そういう精神性はあるに決まってるよ。
手段を選ばない金儲けの中でそういうものが作られるんじゃないかと思って書いた。
アニメとかフィギュアとかもたまたま評価されて市民権を得てしまったけどさ、以前は景観を破壊するまではいわないけど、もっともっと日陰ものだったと思う。
景観を破壊しているのはパチンコやサラ金の話じゃなかったっけ。
新宿のドヤ街を写真にとって、この退廃したモダニズムがうんちゃら・・・とか言いたがるけど、たまたまそうなったものをそう唱えているだけ。
んーそうして金儲けする人がいるよ、じゃなくて日本人の根底にある精神性なんじゃないの?なんていうか日本にある美って、デザインされたものじゃなくてたまたまあったものを、美しく捉えるってものな気がする。写実的じゃなくて、抽象的な美を、共通見解として「きれいだということにしよう」みたいなさ。陶芸とか、書道とか茶道とか華道とかってそんな気がする。たまたま目に映ったものを、よしこれはよきものとしよう!見たいに始まった気が。
アニメとかフィギュアとかもたまたま評価されて市民権を得てしまったけどさ、以前は景観を破壊するまではいわないけど、もっともっと日陰ものだったと思う。街の景観もそうなんじゃない?新宿のドヤ街を写真にとって、この退廃したモダニズムがうんちゃら・・・とか言いたがるけど、たまたまそうなったものをそう唱えているだけ。
自分で作り出して、言葉要らずで共感を得て、魂を掴むような美や芸術や景色がない国だと思う。そしてそれを求めない、感謝できない民族なんだと思う。
貴方の記事を全部読んで思ったんですが、
人間に興味がなさそう
ムダが嫌いっぽい
女性でも男性でも、この人のココが魅力的だとかこの人のココが面白いとかそういうのから
好きって感情は生まれるんじゃないかと私は思っていて。
一口に好きと言っても、友達として好き、上司に対して尊敬の好き、異性として好きとか
いろいろあるけど。
増田さんは恋愛の好きじゃなくても上記のような好きな人がいますか?
そういうのが文章全体から感じられないなと思いました。
茶道、検討します。
周りを見渡すと、カップルだらけに見えます。
でも、そもそも男す女が好き合うなんてことがそうそう簡単に起きる気はしないんですよ。
たとえば、路上で声をかけて話を聞いてくれる人は10人に1人くらいでしょう?
無視されず運良くうんよくとりとめのない会話が出来たとして、そのなかで連絡先を教えてくれる確率はそのなかの10人に1人もいないでしょう?
連絡先を教えてくれた人の中で、後日デートしてくれるひとも10人に1人くらいでしょう?(2対2ならいいと言われたりしますが、僕はいつだって個人行動なので)
デート出来たとして、二度目のデートにありつける確率はどんなもんでしょう?(ここらから先は未経験なので僕にはわかりません)
永遠に付き合えることなんて出来ない気がします。
言うまでもなくセックスになどたどり着けず、結婚なんて都市伝説です。
しかし、見渡すとカップルがいる。
このことはどう解釈すべきなんでしょう?
一番の理由は、社会関係資本(ヒトのコネだとか友達だとか)の不足なんだと思います。
飛び込み営業しか出来ない僕にくらべると、有利です。
たとえば友達の紹介などが可能ならば、声かけで弾かれない点で10倍、連絡先をスムーズに聞ける時点で10倍有利、つまり100倍有利になります。
社会関係資本のない僕は100倍動かないと生殖行為が出来ません。
あと、そんなにモテるために頑張ってどうするの?
鎧を脱ぎ捨てろっていう意見が多いです。
僕だって、素のダメな自分を受け入れて貰いたいっていう願望はありますよ。
僕ではなく僕の資産だとか資格だとかを好きになってもらえても満足ではないっていう気持ちはあります。
でも、営業をかけるからにはダメな自分は隠す、克服していかねばならないと思うわけです。
参考にこんな記事
http://anond.hatelabo.jp/20080825123643
恋愛というのは、人生というのは、ダメアピールからじゃどうにもならないでしょう。
というか、前向きにならないとあっというまに足を取られて地獄の底に引きずり込まれそうです。
だって、このままだと、誰とも心を通わせることはなく、誰の人生とも交わらないんですよ!?
日本において哲学は「純粋な学問」として独立していない、というハナシがあった。
日本において哲学は、○○についての「道」という形で、必ず具体的なものとの連関で語られるということ。そう考えると日本にはあまりにもユニークな哲学者が多すぎるとも言える。柔道剣道武士道合気道茶道華道書道漫画道オタク道……全部その中には「哲学」が一体のものとして内包されている。
だから「日本には『代表的な哲学者』はいない」というのが答えになると思うけど、それは「哲学がない」というのとはちょっと違う。うちの町内には「おにぎり屋」がない、というのと、うちの町内には「おにぎり」が売っていない、というのはイコールではない。コンビニがあるじゃん、みたいな。あまりいい喩えじゃないけどな。
なんでそうなのかというと、日本の思想は伝統的に一元論的な思考法を取るから、たとえば「現実と理想」をわけて理想のみを語るということをしてこなかったんだよ。必ず現実『のなかに』理想がある、という思想法をしてきたわけ。だから、理想を語る『ために』現実を語るという方法でしか理想を語ってこなかった、ということ。だから、上のたとえを見て「コンビニのおにぎりはおにぎり屋のおにぎりに劣るじゃん」という風に考えるのでなく、両者は別物と考えた方がいいと思うんだ。