はてなキーワード: 今日一とは
全くの第三者(誰かに金借りたことなんかねえ)が読んでもそう思うんだからそれは認めろよ
そしてお前はそうやって悪態突かれたぐらいでピキピキきて
相手を弱者だとかクズだとかそういう性格だと聞いてたとか言い出しちゃうのは
(「恩を仇で」などと大仰だからからどんな害をもたらされたかと思ったら悪態突いてたってだけで草)
それも全くの第三者が読んでもそう思うからそれは認めた方がいいと思うよ
おまえちっちぇえよ
んで、そういうのが相手にも伝わるってことはあるんよ
ちっちぇえやつが身についてない大物台詞言ってると「なーにほざいとんじゃ」って思われる可能性は増える
教育者とか大人物を目指すこと自体は悪いとは言わねえしむしろよいことだよ
けどお前はまだ相当ちっちぇえよ
ほんとに相手の事だけ考えて30万円出したんなら
悪態突かれてもお前みたいな反応にはならん
これは断言して言える
ウン十万貸すという善行がお前の器からするとまだ過負荷な可能性もある
今日一日嫁さんにおもいやりのある行動を心がけるとか
電話口で「に」と「み」の違いがこっちが放った声が上手く相手に伝えられなくて、
きいてきいて!
「み」はみかんのみです!って
ドレミの歌かよ!って我ながら和訳歌詞のペギー葉山さんを越えてしまったわ!
ファイトー!いっぱぁーつ!
伝わってやったー!って感じよ
あのさ、
私は悪魔に誘惑されそうな勢いで、
いまやってるアニメのクジもう一回引いちゃえよ!
どうせ家電量販店のポイント貯まってんだろ?それでクジ引いたら痛手はないじゃん!ってささやくの。
でも私はグッと我慢して
クジを我慢したわ。
多分未練残るけど、
って景品変わったら引くんかーい!って言われかねなくもなさそうな気配!
次当たらなかったときのショック対ショック準備が出来ていないから、
そういうワケで、
この冬休みは
毎回私は課題を課しているんだけど、
一昨年ぐらいの課題は
ニンテンドーDSのメトロイドとドラゴンクエストVをクリアする!って意気込みだったんだけど、
だけど
馬車までゲッツして道具屋の裏から入店して道具屋の大将に激おこされて以来それがトラウマで
再プレイが再起できないわ。
もう途中過ぎて話も分かんなくなってしまったしって
今回の冬休みは
そんな勢いで読書週間にしようかなって思うの。
なんか読書ってお利口な気がしない?
そうよ、
お利口に今回の冬休みは過ごすの。
そこの交通費かかんなら
グッズに全振りした方がよくない?というまたよからぬ
天使と悪魔がいるわけではないんだけど、
でもさー
この冬の天気の様子だって
それが心配だわ一番の。
その時の天気と私の気分とスプラトゥーン3のカタログレヴェルの進み具合で決めるわ。
今シーズンカタログ2周コンプする!って目標を掲げているので、
このヨビ祭ポイント1.2倍のチャンスを逃すわけにはいかないし、
だから最低1日2レヴェルのカタログレヴェルを上げなくてはいけないから
あー
でもなんか無理栗無理矢理甘栗の殻むいちゃいました!ってそんな時期の差し迫った年末年始の時に行かなくてもいいのでは?とちょっと鰯気な気持ちもあるわ。
だってさー
それよりも時間なのよね。
だからこれはもう分単位で冬休みの計画予定表を組まなくてはいけないのかも!?ってレヴェルよ。
チームは
染み旨茹で玉子とこんにゃくに焼き目の付いた木綿豆腐とニンジン。
ここ強化してまた牛スジやらスペアリブなんかという、
強力メンバーを加えたいところ!
と言いつつも
いい加減1か月鍋も継ぎ足し継ぎ足しで秘伝の鍋になってしまってるから、
一度グランド整備も綺麗にした方がいいわよね。
あー冬休みやることがいっぱいあるわー!って感じ。
そんでさー
夜更かし昼まで寝てる!とかってのは避けたいわね!
夜は良く寝て朝は早起き!がスプラトゥーン3の勝利の決め手にもなるわ!
冗談はともかく、
とりあえず
早く起きて早く寝る!
このリズムさえ守れば冬休みの目標の計画の実行は勝つるはずよ!
うふふ。
年末年始どうなるか分かんないしね。
お昼は美味しいもの食べたいわねーって欲が出てくるし、
ルービー1杯キメるなら
もうクジの誘惑には勝ったことにするわ。
見て見ぬ振りの知らぬが仏の精神。
人は修行の日々なのよ。
買い物全然行けてないので、
緑茶ホッツか板昆布ホッツウォーラーかどちらかにしようかと迷ったけど、
迷わず
お茶っ葉が切らしたので
覚えていたら買っておくわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
今日一日でReduxの大体の流れと、connect関数の使い方と、ストアの触り方の概要がわかった
connect関数の第一引数のハンドラの中で使われているstateをずっとReactのstateだと思いこんでたけど、ChatGPTさん怒涛の諭しを受けて間違いに気がついたりとか、なんかただの独学だと思い込みで突っ走りそうなところも丁寧にフォローされた。なんでstateなんです?あれ絶対何も考えないで適当に名前つけたせいで誤解させる形になってるよね???
なにげに刺さるしレベチに絶許
あざまるおねしゃすいってらーしごおわ
あたおかマジキチわかりみ深い
激アツ胸アツ鬼キチやばたん
抜け感透け感こなれ感
リアコガチ恋好き避け好きバレ
オワ単ツラ単楽単落単
よく思うことなんだが、外ではとても言いづらいことなのでここに書かしてもらう。
自分は「もし自分が明日死んだら」ということをよく考える。誤解されないために明記するが、これは自殺したいと思っているということではない。自分の余命が決まっているというわけでもない。自分はありがたいことに安定して(多くはないが、生きていくことはできる)お金が手に入る状況にあるし、友人にも恵まれており、趣味等もある。体もまだ20代前半で特に大病を患っているわけでもない。かなり恵まれている状況にあるということは自覚している。
だが、こういう状況にあっても、明日死ぬ確率というのは決してゼロではない。交通事故、なんらかしらの社会とのトラブル(事件に巻き込まれるなど)、突然の体の異常の発生(心臓発作等)、最近だとコロナもある。もちろん、小さい確率ではあるが、無視できるものではないだろう。明日ではなく1年後になれば、人間関係のトラブルからの鬱の発生→自殺願望の発生といったルートや生死にかかわる病気を患うといった、もっといろいろな要因が存在する。1年後、今と同じように心身ともに健康にいられる確率というのは決して100パーセントではないだろう。死というのは、たとえ恵まれた自分であっても決して遠い状況ではないのだ。
こういう考えを持つようになったのはなにも最近のことではなく、小学6年生のころからであり、23歳になった今になるまでずっとこのことを意識している。小学6年生のころに一時的に親との関係がうまくいかなくなり(今思い返せば反抗期の始まりのような些細なことであったが、当時の自分にとっては世界を揺るがすような重大ごとであった)、自殺を考えたことがある。実行はしなかったし、「自分が死ねばみんな困るだろう」という小学生らしい浅慮な考えだったが、幼いながらに死に方に思いを巡らせた経験はかなり強烈であり、それからも事あるたびに、死は近くにあることを思い返すようになった。
最初はこういった考えが悪い方向に働くこともあったが(どうせいつかは死ぬんだといろいろ投げやりになった時期になったこともあった)、高校を卒業したあたりからは「いつ死んでも後悔しないような生き方をしよう」というように考えるようになった。これは、色々なことに対して「プロセス」を重要視するようになるという変化を自分にもたらした。例えば、何か目標がありそのために努力をしなければいけないとする。すると、それまではその目標を達成するために努力をしようという考えだったのが、努力する過程も楽しもうという考えになった。そうすれば、目標を達成する前に死んでしまったとしても後悔しないからだ。これは極端な例だが、なんらかしらの結果を出すために何かを我慢するのではなくそのプロセスを楽しむ、あるいは選択をするときにプロセスが楽しそうなほうにする、という風に考えることができるようになった。
他にも、人との出会いを一期一会と思って大事にすることができるようになったり、なにより「今日一日は楽しかったか?」ということを意識しながら生きることができるようになった。これは後ろ向きな考えをしがちだった昔の自分からするとずいぶんとよい傾向だと思っている。
(ちなみに、今死ぬなら誰にどういう遺言を残したいか、といったことも考えたりする。そうすると自分が本当にお世話になっている人はだれか、とかやり残したことは何か、みたいなものが見えてくるのでよい時間だと思っている。もちろん、本当に自分が遺言を書かなきゃいけない場面になった時にこういう考えができるかといわれたらそんなことはなさそうだし、おままごとの域を出ないとは思う。)
まあこういう感じで、死にたくはないが、明日死ぬことになっても後悔したくない、ということを念頭に置いて生きているんだが、こういう話をする(もちろん、本当に親しい友人にしかしないが)と「やめてよ、そんな話」とか言われたりすごく傷ついた顔をされる。本当にやめてほしいと頼まれる場合がほとんどだ。もちろん、自分のことを必要な存在だと思ってもらえること自体はありがたいことである。だが、「もし死んだら」みたいな話をそこまでタブー視しなくてもよいのではないか、という気持ちになる。「今本当に死にかけてる人とかに失礼じゃん」みたいなことを言われたりするが、その発言こそ「自分はまだ死ぬ側じゃない」という傲慢さを自分は感じてしまう。○○歳まで生きてあれとかこれとかやりたいみたいな話をしておいて、それよりも早く死んでしまい、「もっとやりたいことやっておけばよかった」となるよりはよっぽど良い気がするのだが、「それはそうだけど死ぬなんて言わないでよ」みたいに言われてしまう。
先ほども述べたように、死はいつだって割と近くにいると思ってるしそんな状況でも死なんてどっか他人事みたいな扱いをするよりは、もう少し気楽に話せてもいいのになあといつも思っている。
ここまで書いて思いついたのだけれど、こういう話を笑い話としてできるフォーマットが「明日地球に巨大隕石が落ちてきたら」なのかもしれない
親族が参加するということで、福岡マラソンの沿道での応援に行ってきた
普段スポーツ観戦や応援など全くしないが、ランナーの方々の自信の限界に抗うため渋い汁を吸うよう顔で呼吸をし、必死に手を振り、足を先へ先へと運ぶ姿はスポーツというよりなんかの修行のようで応援をしていて、尊敬の念を抱いてしまった
自分のできないことをなす者への憧れと、心身の辛苦に耐えるランナーの少しの気休めにでもなればという気もちが生まれて、柄にもなく主催が配っていたはりせんをバンバン鳴らして応援してしまった
今日一日で、マラソンランナーというものはそれだけで格好良いものなのだなと自分の中に新しい感性が生まれたよ
また今日はランナーとは別に、小走りする人を二通り目撃でき、ランナーとの対比で面白く感じたのでここに共有したい
今日は交通規制が敷かれているため、普段は観光客の多い夫婦岩に誰もいなかった
40代くらいの観光客風の男性がしばらくランナーを応援した後で、道を横切り、海岸へ向かって、夫婦岩を見ているようだった
そこからしばらくして男性は戻ってきたのだけど、先ほどより道路を走るランナーの数が増え、ランナー集団と次のランナー集団の間隔も狭く、気軽に歩いて道を渡れるような状況ではなくなっていた
トップから少し離れたとはいえ、三時間を切るくらいのランナーたちのスピードは速く、横断をためらっているとすぐに次の集団が来てしまう
大縄跳びのタイミングを計るように、えいやっと男性は道に飛び出し、両腕をふって脚を上げ、ランナーに迷惑をかけぬよう小走りで道を渡っていた
この人、自分が走ることになるとは全く思ってなかっただろうなという感じが妙に面白かった
この小走りの後、すぐに写真撮影をしていた男性の小走りも見ることができた
スーツ姿で腕章をつけていたので、テレビ局か新聞社の記者の方だろうか
ランナーを応援していると自然と視線の先にいる位置だったのだが、あるランナー集団が来た際に、急に脚立を降りて、脚立を抱え、そのままランナー集団を追うように歩道を走り始めた
おそらく集団の中の注目選手の写真を撮り逃したか、納得いく写真が撮れなかったのだろう
20代くらいの中肉中背の男性が小脇に脚立を抱え、首に大きなカメラを提げ、スーツ姿に硬い靴で、ランナー集団の最後尾に食らいつき、抜き去ろうと必死に体を動かしていた
わずか20メートルほどではあったが、長距離マラソンランナーたちと仕事を全うしようとする男の短距離走勝負が偶然生まれていた
何とも走りにくそうな格好だったが、長距離走ってきたランナーとは違って、彼は50メートル走並みのスピードだったので、集団を抜いて、脚立を設置し、息を整え、カメラを構え、先ほど抜いた集団を待ち、シャッターを切っていた
マラソンランナーは意識してなかったかもしれないがこの瞬間は撮影していた彼の完全勝利である
マラソン観戦するとこんな勝負も見れるのかと大変楽しくうれしかった
しかし、私がただ走っているひとを見て感動するハイになっており、小走りをする人を見ても自動的に感動していただけで、明日になったら小走り見てうれしいとかなんのこっちゃと思っている可能性もある
■反対派がしたこと
■賛成派がしたこと
・粛々と列に並んで献花
今日一日だけでもどちらがマトモかなんて一目瞭然だと思う。
やれ「動員だ」「壺だ」と反対派が腐したところで、所詮は根拠のない妄想。
結局いつもどおり「丁寧な説明」もないまま(呼び込みくんの音のほうがまだマシだわと思うくらいの繰り返しっぷり)国葬やるし、地方にいたら全然他人事っぽいし、なんなら自分とこなんか台風のあれこれでひっどいことなってるから余計に他所のところの話が強いのかもしれない。
今日一日物流大変だろうなーとか、コインロッカー使えないの大変だよなーとか、動員かけられた警察の人もいい迷惑だよなーとか思うけど、自分とこの生活のほうが大変だしなあ。
くっだらない画像捏造して煽るやつもたぶん他人事感強いからなんだろう。目立とう精神バシバシで見てて痛々しいけど、一回派手に叱られたらいいのにな。たぶん直らないだろうけど。
ちょっとずつの不満が溜まっていって、いつかどかーんと来る日がある気がする。あれよ、言われた方は「なんで急にこんなに不満を言われたかわからない」みたいなやつ。もっとも自分はもう十分怒っていることはあるけれど。言っても無駄だから言わないだけでさ。
■息子と、飲む。
いつかプリキュアのキュアレモネードが変身した日にパニエを履いていた話を思い出す。
栄町のコンビニは華やかはあれど、明治の香りが煙たく漂う古臭い場所だった。
まるで、よっちゃんいかのような。甘酢の強さが強調された力強い雰囲気がある。私が過ごした40年前と大して変わらない空気。
するめいかが持つ甘さは、そこに一切存在しない。うまい棒コンポタの煙たい臭い。それが好きな人間しか受け入れられない古臭い匂い。お菓子売り場に連れられた私はそんな妄言を考えていた。
カップ麺売り場の棚が、かつて持っていた世界初の乾麺の威厳が薄れゆく中で、往時の輝きをあいも変わらず放つのは袋麺なのだろうか。
私と息子は行きつけの総菜コーナーに向かう最中に味は変わらないとの言葉を仕切りに話していた。
どの味も変わらないと。
目印的存在であった切り身魚の真空パックが売り切れてしまっても、私らは何喰っても変わらないと口にする。
おにぎりコーナーを抜けて、すぐの総菜パンとデザートの棚は永遠と広がる夢のファンタジーである。
今では5段重ねの立派なミルフィーユに生まれ変わっていたチーズケーキ。されど、心の中は小学校当時のままだという。
あぁ、中学一年生の頃に、ここの小学校のプールによく入っていたなぁ。そう話す私は立派な犯罪者だった。
それでも紅潮する息子の顔はとても粋だ。私は新装の日にホットスナックを頼んで、仲良くなった店員が今日一緒に飲む友人なんだ。
キザすぎるセリフを真実として話す私は最高にかっこつけで、かっこよく見える。
腹が出ていて、癇癪持ちに見えて、陰謀論者の私も、今日ばかりはトップガン・マーヴェリックのトム・クルーズよりもはるかにカッコよく見えることだろう。
普段は、近くにいたくもないと思える私も、なんだかきっと息子の憧れだろう。
息子が私に連れられたレジは、ホットスナックの棚に何が残っているのかもよくわからない場所だった。
入店から歩いて8分程度。大型冷凍庫の横にある、普通なら人が寄りつかないような小さなところ。
私と友人はここに100回以上来ているんだ。詭弁に思えるセリフも、今日は不思議な説得力を持って聞こえた。
どうしても話したかった話があるという。
息子が中学進学してようやく話す時がやってきた。
それは隣にいる友人の父親の話で10年以上温めておいた逸話なんだ。
自信を身に宿して、私は満を持すを体現するように話を切り出した。
その話は友人の結婚式でも話して、今日お前に話すために温めておいたと言っても過言ではない。
じゃあ今から話すぞ。友人の父親は有名な証券会社の役員だったんだ。ちょうどバブル期の頃、ボーナスが数百万円って世界で随分金回りが良かった。
だから友人は成人した時に、父親に銀座のキャバクラに連れられてったらしい。
酔っ払った父親に友人は何を言われたと思う?
その時に俺は、コイツはなんで人生の成功者なんだって思ったんだ。友人の父親がだよ。
友人は自分の父親に自分がマザコンであることを突き付けられたと感じたらしいんだが、俺はとにかく感銘を受けた。
これが人生の成功者なんだって。以来、私は母さんを俺の中の一部だと尊敬している。だからこそ決して母さんの悪口を私は一切言ったことがない」
その言葉を受け止める息子の瞳は、普段とは違った熱がこもっていて、80年間生きてきた中で、私が一度も見たことがない息子の姿。
振り返れば、完全に惚気にしか聞こえないよね。カッコつけられて、かっこいいと思わされちゃったかな。
そんな私が、私はなぜだか愛おしかった。
いつかロバートの秋山が成人した日にキャバクラに連れられた話を思い出す。
池袋の夜は華やかはあれど、昭和の香りが煙たく漂う古臭い場所だった。
まるで、余市のような。ピートの強さが強調された力強い雰囲気がある。父が過ごした30年前と大して変わらない空気。
バーボンが持つ甘さは、そこに一切存在しない。スコッチの煙たい臭い。それが好きな人間しか受け入れられない古臭い匂い。池袋西口に連れられた私はそんな妄言を考えていた。
新宿の歌舞伎町が、かつて持っていた日本一のネオンが薄れゆく中で、往時の輝きをあいも変わらず放つのは池袋西口なのだろうか。
父とその友人は行きつけの居酒屋に向かう最中に変わらないとの言葉を仕切りに話していた。
この街は変わらないと。
目印的存在であった池袋西口マルイ百貨店が潰れてしまっても、彼らは池袋が変わらないと口にする。
東京芸術劇場を抜けて、すぐの池袋西口公園の外側は永遠と広がる住宅街である。
今では5階建ての立派なマンションに生まれ変わっていたアパート。されど、近所の小学校は当時のままだという。
あぁ、大学一回生の頃に、ここの小学校のプールによく入っていたなぁ。そう話す父は立派な犯罪者だった。
それでも懐古する父の顔はとても粋だ。俺は新歓の日に池袋で飲んで、仲良くなった奴が今日一緒に飲む友人なんだ。
キザすぎるセリフを真実として話す父は最高にかっこつけで、かっこよく見える。
腹が出ていて、癇癪持ちに見えて、陰謀論者の父も、今日ばかりはトップガンのトムクルーズよりもカッコよく見える。
父に連れられた居酒屋は、メニューもないような、よくわからない場所だった。
池袋駅西口から歩いて8分程度。雑居ビルの半地下一階にある、普通なら人が寄りつかないような小さなところ。
父と友人はここに100回以上来ているんだ。詭弁に思えるセリフも、今日は不思議な説得力を持って聞こえた。
どうしても話したかった話があるという。
息子が成人した時にどうしてしたかった話なんだ。
お前が成人してようやく話す時がやってきた。
それは隣にいる友人の父親の話で10年以上温めておいた逸話なんだ。
自信を身に宿して、父は満を持すを体現するように話を切り出した。
その話は友人の結婚式でも話して、今日お前に話すために温めておいたと言っても過言ではない。
じゃあ今から話すぞ。友人の父親は有名な証券会社の役員だったんだ。ちょうどバブル期の頃、ボーナスが数百万円って世界で随分金回りが良かった。
だから友人は成人した時に、父親に銀座のキャバクラに連れられてったらしい。
酔っ払った父親に友人は何を言われたと思う?
その時に俺は、コイツはなんで人生の成功者なんだって思ったんだ。友人の父親がだよ。
友人は自分の父親になんてバカらしいと感じたらしいんだが、俺はとにかく感銘を受けた。
これが人生の成功者なんだって。以来、嫁さんは俺の中の一部だと尊敬している。だからこそ対外的に嫁さんの悪口を俺は一切言ったことがない」
その言葉には、普段とは違った熱がこもっていて、20年間生きてきた中で、私が一度も見たことがない父親の姿。
振り返れば、完全に惚気にしか聞こえないのに。カッコつけられて、かっこいいと思わされた。
そんな私がなぜだか悔しかった。