はてなキーワード: 大塚さんとは
476 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 11:06:52.32 ID:5mHYl3pZ0
こいつ本当に知らないなら黙ってればいいのにな
滋賀の渋滞のニュースとかさぁ
161号線はマジ地獄
477 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 14:54:27.82 ID:Lsoqb3qI0
今日のニュース記事で【「めざましテレビ」の大塚キャスター 急性リンパ性白血病で休養】
ってのにコメントで「事故当時、福島入りしてなかったっけ、この人…。」
とか書いてるんだけど、他県民からしてみれば何てことないコメントかも知れんが、俺含む福島県民にとってはすごい嫌なコメントなのね
これって明らかに原発のおかげで白血病になったんじゃねって言いたいワケでしょ?
何これ。しょうがなくいまだに県に残ってる人が沢山いるのに寧ろ避難してる人の方が断然少ないのに、福島に行ったからこうなったみたいな事書きやがって
そりゃ、危険度で言えば未知数だしこれからどうなるかわからんけど、まったくコメント配慮してないよね
まぁ今までも原発や放射能関連の記事に対して何回もイラッってくるコメントしてるけど福島はもう危ない近寄れないって言いたいんだろ? 全国的に見ればそう思ってる人も沢山いるだろうが個人サイト、仮にもそこそこアクセスされてるサイトの管理人がそういうニュアンス丸出しで言うことじゃないだろ
このコメントに対して「だから何?」って掲示板に書いてたら信者に「典型的ゆとりコメントwwww」とか書かれるし
こいつ隣県人だけどだったらもう福島に一生入ってくんなくそが
478 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 14:58:20.11 ID:yD72ObMs0
彼の住まいなんてほぼ福島に隣接してるような場所なのにな
479 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 15:51:03.72 ID:HRcywiIX0
今福島に安易に近づこうとするやつとか危機感も何もないバカだよ。
しかもメールすりゃ無駄に煽られなかった上に、
こんな所に「自分は被害者なんです!><」とかいちいち行間開けてバカさ加減を披露する。
そんなお前こそ邪魔だから福島県民を名乗るべきじゃないんだよ。消えろ
480 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 16:03:23.59 ID:vcaVe8ic0
被害者とか邪魔だとか一言も言ってないけどなwwww
481 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 16:20:22.67 ID:hVBEA49J0
放射能と大塚さんの白血病に因果関係があるとかないとかの問題でなく、
公に口にしちゃいけない事を言っちまったね信者も含めて、人の心の痛みがわからないんだな
Ta2はもう人間やめたほうがいい、日本の恥
482 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 16:29:55.39 ID:yD72ObMs0
人間は別にどーでもいいけど、自身のキャパに対してサイトが大きくなりすぎたね
いい加減潮時だとは思うけど、今のように「管理人が痛くて有名w」ってのをウリにでもしたいのかね
483 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 17:02:39.68 ID:9NIdyEW40
公の場で「白血病になったのって福島行ったせいじゃね?www」みたいなこと言ったのが問題って話でしょ?
話をすりかえようと必死ですね
484 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 17:39:34.04 ID:5l8SFnBqO
地震の時に他府県に逃げてたよな?
その後の被災者アピールが酷かった
485 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 17:53:10.20 ID:9g/6d+n80
Ta2は肉親の自殺をネタにするような下衆だからなー
486 :爆音で名前が聞こえません:2011/11/07(月) 18:05:35.29 ID:jELwrG8jO
所謂、不謹慎発言ってのがよくでるな
ちゃんと考えた上、一呼吸おいて書けばいいのに
まぁ気付いてすぐ消せるけどちゃんと魚拓なり取っとけば
後の為になるかもね
生あずまん見てきたよ。
講義にもぐった理由
・ネット☆スター見て興味を持ったから
・著作読んだら、えらく面白かったから
読んだ本
『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会』
ホントは先週行こうと思ってたんだけど、腰が引けてた。
んで、行かないで家でぼやーっといつもどおりネットしてたら、はてなでなんかもめてた。
↓こんな感じで
東浩紀問題、または歴史修正主義問題について(開かれた学問・知識について:前編)
http://d.hatena.ne.jp/amamako/20081213/1229172460
ああ、こりゃ早めに行っとかないとモグリ禁止もありうるなということで今日行ってきた。
講義に出ていろいろと思ったこと・感じたこと
1.
教室が小さい
講義に出る前は、てっきり大教室でやってるもんだと思ってた。
テレビに出てるくらいだし、そこそこ名前が売れてる批評家なので。
ところがどっこい、かなり小さい(と言ってしまうと失礼に当たるのかもしれませんが)教室です。
ふいんき(ryも、講義する人と学生の間に「関係」があるのを感じさせるアットホームな感じです。
簡単に言ってしまえば、人数多めのゼミみたいな感じ。
なので
次は、トラメガを持って東工大に行きます。
こんなこと書かれたら非常に迷惑だし、普通は怒るだろうなと。
確かに大学は開かれている「べき」だけど、mustではない。
時と場合によるし、あの「規模」だと開かれていなくてもしょうがないかなと。
歴史云々について
授業の前半30分くらい使って説明してた。
別に難しいことは言ってない。(以下はワタクシの解釈)
自分が体験したわけではない「歴史」というものは、物語でしかない。
その物語の「強度」によって人は「真実」であるとか「捏造」であるとか判断する。
常に更新可能であるし、閲覧した時点での記述が閲覧者にとっての「真実」となる。
また、「ソースがwikipedia(笑)」って感覚は「ソースが歴史学者(笑)」に通じるべきだ。
少なくともポストモダンな人は。
ってあずまんは考えてるんじゃないかな。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E8%99%90%E6%AE%BA
南京大虐殺論争
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E8%99%90%E6%AE%BA%E8%AB%96%E4%BA%89
id:toledって人は、wikipediaで言うところの「ノート」で議論して、
らちがあかないから「みんなで編集合戦しようぜwwww」って言った様なものなのかな。
以下は生あずまんを見た後の、著作その他にかんする感想。
2.
http://watashinim.exblog.jp/8879908/
大塚 その話を聞いてしまったら、ポストモダンっていうのは、何もかもから距離を取れて、すごく楽な思想だっていう話になっちゃうよね。
東 楽と言えば楽ですが、楽じゃないと言えば楽じゃない……(苦笑)。
あずまんはポストモダンの「判断の不可能性」についてわりと謙虚な立場。
それは『波状言論S改』にもよく現れている。
ただ、それは「批評家」としてはどうなのかなーってのは確かに思う。
まぁ、「ずるい」と言われてしまってもしょうがないかなと。
(ただ、「ずるい」と言ってしまえる人ばかりだとまずいので「逆張り」している可能性もある)
宮台氏とか大塚氏は「イエネェっつっても世の中良くするためには何か言わなきゃ」な人たち。
東氏は「なぜか」そこには触れたがらない人。
(『ゲーム的リアリズムの誕生―動物化するポストモダン2』の序章で「生と実存の問題には触れていない」とはっきり書いてある。触れろよ!)
東 この議論は続けても仕方ないんじゃないかな。今、大塚さんはぼくの人格を批判しているので、
それはやめたほうがよろしいんじゃないかと……。
大塚「なんで自分の人格(判断)を晒さないの?馬鹿なの?死ぬの?」
あずまん「それは人格攻撃じゃ・・・」
んー、たぶん、「政治学」が好きじゃない?から言わないのかなぁと。
3.
あずまんって、『リアルのゆくえ―おたく/オタクはどう生きるか』で明言している通り、
「政治学」に興味ないから(「僕は政治がわからない」発言より)あんまり「政治学上の定義」とかにこだわってない。
だからたまーに何言いたいのかわからなくなる。
「政治」っつっても、ウェーバーの「政治」とアリストテレスの「政治」とぜんぜん違う。
ロバート・ダール
の『現代政治分析』(岩波書店, 1999年)第1章「政治とは何か」とか読んでみればいいのにーって思う。
あずまんが言うところの「共感」とか「正義」って、ダールの言うところの「規範」かな。
デモクラシーって経験主義的に「正義(善)」とされてるから、そこは政治学では脱構築?しなくていいんだよね。
そこさえ乗り越えちゃえば、宮台氏みたいな「行動」をすることができるんじゃないかなぁ。
コントロール(支配力)control,影響力influence,権力power,権威authorityをかなりな程度含む人間関係の持続的なパターン
4.
さいごに
あずまんは笑顔がかわいい人でした。
男に好かれるのは判る気がする。
さすがにこれについては本人、この対談の中でもう少し触れています。
東 (前略)個人の価値観でこういう風に生きてもらいたいとか、こういうふうに生きるべきだということを、友人や知人に言うことと、社会のみんながそれを信じるかどうかということについての予測は、まったく関係がないでしょう。その時に、ぼくは、そういう友人や知人を増やしていきたいとは思う。それこそが希望だから。でもそれは社会への絶望と両立するしかないんですよ。
大塚 それが公共性っていうことなんじゃないの?
東 それを公共性だというのであれば、南京虐殺は絶対になかった、韓国人や中国人はいますぐ死ぬべしと友人や知人に向けて書いている連中と同じになる。だって、彼らもそれは公共的な言説だと信じているのだから。だから私的な希望と公共性を混同することはできない。
大塚 (中略)たしかに、ネットの人間たちの狭い議論の中で、南京虐殺はなかったという人間と、あったという人間の間に何かが生まれると思うのは不毛なのかもしれないけど、ぼくはそこに、何かが生まれないとはやっぱり思わないし。
東 たとえ生まれたとしても、それは関係がない。問題はそんなことではなくて、ぼくが言いたいのは、いまやいろんな人間が自分の思想こそが公共的だと勘違いして、何億というホームページを開設して情報を垂れ流している。その時に、それに対して、ぼくこそが公共的なのだ、なぜならぼくは本も出しているし、東大とかも出てるからと言うわけにはいかないでしょう、ということです。もしそんな立場をとったら、それこそ不遜というものですよ。
大塚 ぼくの言っている公的というのはそうじゃない。あなたがいう公的というのは、俺のことを認めろ、ということだってのがよく分かったんで、理解はするけれども、ぼくはそういう意味では公的っていう言葉をまったく使っていない。ぼくは、つねに他者との関係によってあらわれるものを公的と言っているわけだから。
東 そんな公共性はネットによって実現されている。そのうえで、その「公共性」がいったい何を生み出しているだろうかというのが、先ほどから言ってるぼくの失望です。
同 pp.222-223
東 今なら、南京虐殺について調べたいと思ったら、ネット上で、一瞬にして、いろんな立場の人の意見を読むことができる。だから、その意味では、大塚さんのいう「公共性」は実現している。で、読んだから何が起きているのか、っていう話です。読んだから、そこで議論ができる。本当に真実の議論ができるか、それはできない。なぜかといったら、真実になんて誰にも近づけないからです。そうするとそこで起こるのは、誰が優位に立てるかの競争だけです。(中略)情報量が大きくなると「誰が頭がいいか競争」しかできなくなってしまう。
大塚 それは情報量が大きくなったからじゃなくて、まだそこに生きるわれわれがそういった環境に対して、どのように情報の処理や判断をしていくかの訓練ができていないからだと思うけど。
東 ぼくは、リテラシーの発想では対応は無理だと思います。
大塚 少なくともリテラシーの問題として対応し得る部分が、ぼくには充分ありうると思うけど。
東 リテラシー論というのは、普通読者の側の論理ですね。つまり読む側の話です。
大塚 いや、リテラシー論っていうのは、発信者論でもあるんだよ。読者の論理ではなく、書き手を教育する論理だと思う。
東 (略)百歩譲って、受信者のリテラシーは教育可能かもしれない。(中略)しかし、発信者の能力を教育するというのは難しい。人びとがネットで好き勝手なことを流す権利は、教育では止められない。だって、彼らはそれをやりたいんだから。
大塚 いや、発信者の教育はできる。にもかかわらず発信者としてあるための教育が未だなされていないということが問題だと思う。(中略)だからぼくはインターネットによって書く主体や、書き手としての自分、発信者としての自分というものを、この国において全員が意図すれば獲得できるという環境が生まれたときに、少なくともそれを断念していいほどに近代を通じてまだ努力はされていないと考える。(後略)
「無限に開かれた討議」というのは、根拠とか証拠とかデータを参照せずに、ひたすら思いこみだけでしゃべることも認めなくてはならにゃーようですにゃ
と東を批判します。この批判は全く妥当だと私も思います。少なくとも、知識人という立場にあるものが、知や学問に対してこのように不誠実であってはならない。大塚はこの対談では一貫してそういう立場から、東への激しい苛立ちを隠さずぶつけ続けていきます。
しかし一方で、おそらく東はそんな批判は織り込み済みなのだろうとも思います。たとえば、上記のような批判に対しては、それでは「ひたすら思い込みでしゃべる」人間を公共圏から駆逐していいのか、それが「公共圏」なのか?という反論も可能でしょう。そこまで下品な反論でなくとも、フレイザーは「複数のマイノリティによる多元的公共圏」は、それらの中には決して上品でないものも含まれうるが、しかしそれでも単一の公共圏よりはいいのだ、ということを「公共圏の再考:既存の民主主義の批判のために」で書いていたように記憶しています。
(もちろんフレイザーは、歴史修正主義公共圏?を容認はしないでしょうけれど)
さらに言うならば、インターネットの時代において、「ひたすら思い込みでしゃべる」人間を駆逐することがそもそも可能なのか、また、彼らが公共圏の議論に参加可能なレベルの「知の技法」を身につけることが可能なのか?という問いもあるでしょう。そして、東はその可能性に完全に絶望しています。ゆえに、
(同、p.189)
公民的な自覚をもたない人をどれだけ抱えられるか、そちらから社会設計を考えるしかない。これがぼくの前提です。
(同、p.231)
市民であり公民であることが正しい人間であり、それを育てていくことでしか社会は変えられないという理念に対して、ぼくは違和感がある。ぼくの関心は、むしろ、全員を市民や公民に育てあげることなど不可能だという諦めのうえで、でもそれでもいい社会をつくるにはどうするか、というところにある。
と語ります。
つまるところ、東が歴史修正主義を「容認」するとすればその限りにおいてであって、歴史修正主義者がどれほどネットの中で暴れ回ろうとも、結果として歴史修正が実現しないような社会であればそれでいいし、それよりない、と言っているように私は読みます。その結果として歴史修正主義を容認したように見えたとしても、それはそうした態度の反射的効果にすぎない、とは言いうるかもしれない。
とするならば、デリダが歴史修正主義を支持もしくは黙認した言葉が彼の著書にあるか、と聞くよりは、デリダの思想が、公共圏に対する東の絶望に結び付くのか否かを問うた方が生産的であるように思います。おそらく東本人も、デリダが歴史修正主義についてどう語ったかは問題ではないと語るでしょう。もちろんそこは、十分に問題ではあるのですが、そこで水掛け論を行っても仕方がない。
大塚―東対談における大塚は、激しい苛立ちと同時に、東から一生懸命言葉を引き出そうと我慢を重ねています。もちろん大塚の我慢を我々が共有する必要は微塵もありませんが、しかし東の公共性に対する批判を行うとき、どれだけ絶望しようと対話の中から公共性を見出していこうとする大塚の態度に私は共感を覚えるし、それに倣うべきだという態度を取りたいという志向は否めません。
N●プロじゃないだろー。
N●プロが不味いのは、あそこの前しゃちょーだから
まあ、今でもアレだけど。
鉄格子あったかもだけど、1stが半地下で薄暗い。
5stは便所が臭い。
総じて北朝鮮なんだなー。
自分が知ってるのでそこまで出るのってY●●くらいじゃね?
あそこ清瀬だから、近くに部屋借りさせられるんだよね。
あとB●も固定給(でも12万じゃなかったけ。)
それくらいで7万稼げてたら、結構枚数いってるし、頑張ってる方だとも思うけど。
寧ろ1年未満でそれだったら十分じゃね?
と思う自分はギョーカイに毒されている(笑)
H●●プロとかスタジオR●とかK●プロって未だに動画単価100円だしー。
もうアフォかと。流石に。
キミ!1000枚描いて7万とか、しかも机、電気代引かれたり、
893ですよ、ええ。
恵まれてるよー、うんうん。
よーしお父さん下を見るように教えちゃうぞー
『椅子に座って描き続けられる』
才能なんだよね。
正直言うと、キミには向いてなかったと思うのだ。
やり直しきく年齢でよかったね。
あと先輩が話してくれなかったのは、
キミが辞めるだろうと思っていたからだよ。
凄く可愛い女の子でもない限り、新人には関わらないし。
だって、殆ど辞めるんだから、キミ達みたいに。
分かっている。
それでも自分はアニメが好きで作りたいのだな。
一応、人並みの社会人として、ちゃんとカン・ビンだけを捨てに行ったわけですよ。
そして、朝の7時頃に大塚さんのいない目覚ましテレビを朝飯食いながら見てたら、自治会のスーピーカー放送でなんか言ってるのが聞こえてきた。
「qあwせd(何って言っているか聞き取れない)rftgy、黄色いミラの○○(車のナンバープレートの番号)でゴミを捨てに来た不届き物。今すぐ、ゴミ捨て場に来なさい。」
放送で呼ばれているのは明らかにオレの車のナンバー。そして、間違いなく「不届き者」って言っているのが聞こえた。
いや、いくらなんでも自治会の放送で個人の車のナンバーを読み上げるって、どういう神経してるんだと思いながらも、2度3度と呼ばれるもんだから行かないわけにもいかない。
そもそも、きちんとカン・ビンしか捨ててないわけで呼び出される覚えがないんだけど。
5分くらいしてゴミ捨て場に行ってみたら、見たことがないおっさんが3人怒りくるって立ってるわけ。
で、なにを言うかと思ったら、
「カンとビンを違う袋に分けてないじゃないか!お前!」
(°Д°)ハァ?
さすがにちょっとキレ気味に切り返す。
「いや、分けなくていいですよ。(市役所から配布されてるゴミ分別基準書には)分けろと書いてませんでしたよ。」
そしたら、さらに強気に言ってくる。
「うちの自治会はアルミ缶をリサイクルに出しているんだ。ここに捨てる以上は、アルミ缶と他のゴミは分けて捨てるのが当然だ。」
とか言うわけですよ。もうね、この暑さで頭沸いてるんですかと真剣に思った。
そもそもオレはこの自治会に所属してないわけで、自治会のルールに従う必要がない。つーか、そんなことをしてることを知らない。
この場所に捨ててるのは、今住んでるマンションはこのゴミ収集場所以外にゴミを捨ててはいけないことになっているからであって、他に選択肢が無いんだ。
しかも、まだまだ一方的にどやされてるんだけど、
「あんたみたいな不届き者が分別せずに捨てるから、私らがアルミ缶を分別してあげているんだ!」
とか言ってる。おい。なに勝手に、人が捨てたゴミをリサイクルに出して金銭得てるんだよ。
思わず、「このドロボウ猫が!!」とか言いたくなったけど我慢して(つーか、付き合いきれなくなって)、今度からちゃんと分けますよーと適当に言って帰ってきた。
つーか、半ギレで帰ってきたから、自治会のスピーカーで車のナンバープレートを叫ばれたこととか、不届き者呼ばわりされてたこととかキレイすっぱり忘れてて、非常に消化不良。
あー、これだから自治会なんてって大嫌い!!