はてなキーワード: 公民とは
何で天皇は自分の心がつまらないことも理解できないのか。明治憲法にしろ現行憲法にしろこういう子供に何の夢も希望も与えない保守的なものを作るべきでない。私が公民で初めて憲法を見たときは「何が平等だよつまんねえこと言うな」「何だこの古色蒼然とした漢字の羅列は」と思ったものだ。「君が代」も歌詞が意味不明でつまらない。とにかく全体的に退屈で、なぜこんなものが日本国家の礎になるのか、その発想自体が理解不能だ。また天皇の実施する学校制度も極めてつまらない上、ここ30年は失敗している。これでは救いようがない。他方、民間の作るものは実に面白い。天皇が大学入試競争の存在を認めない反面、予備校や出版界は入試競争や偏差値差別の存在を認め、学生の心を明るくする情報操作に満ちている。こういう面では、天皇より、民間やヤクザの方が優れている。しかし、天皇制にはかなりの程度支配力があって、楽しんでいる者の邪魔さえする程度に達している。今の日本の真っ暗さをみれば明らかだろう。つまり天皇制とは鬱の象徴であって、せっかく躁状態になっている社会を脅かす存在なのである。日本は常に躁状態で世界制覇を目指せばよい。ところがなぜか日本の歴史には常に天皇制という厄介なものがあって、つまらない真面目腐ったことを言って楽しんでいる人の邪魔をしてくる。しかもその程度が尋常でないのは裁判所の長ったらしい判決文や警察の取調べをみても分かる。精神を殺しにかかってくるレベルなのである。なぜこうなるのか。それはもともと日本社会に鬱的傾向があって、それが支配的だからだろう。民間やヤクザのように、差別のある明るい躁状態の社会は例外的で、日本人なんて何をやってもだめだし、どうせ地道に生きるしかないという本質的な諦念がこの国に鬱という原則をもたらしている。それがここ数十年のグローバリズムで、何が何でも躁にならなければいけないという風潮が、天皇制を抑圧し、民間やヤクザの価値観の伸張を可能にしてきたが、二度の経済失敗によって再び日本全体が鬱状態になり、天皇制にすがろうという空気と、ここまでやったからには諦め切れぬという民間やヤクザの勢力が拮抗状態になっているのが現状である。しかし、鬱の天皇制と躁の民間ヤクザが戦争をするうちに、日本人の精神はズタボロになって、様々な紛争や事件が起こる中で絆を喪失し、気がついたら精神が空洞化した地獄が現出していたわけである。このように鬱と躁が戦争をするとろくなことにはならない。しかも鬱勢力の執拗さはすさまじいものがある。日本はそろそろ鬱の天皇制をかなぐり捨てて、差別のある明るい躁社会のデザイン設計をしなければならないのではないか。それにはまず受験競争を認めたうえで、東大を中心とする帝国社会へと再編成して、学力により人間を序列化することだ。それによって日本は極めて面白い社会になるはずだ。
首相がそもそも反日なんじゃないかというわけがわからない展開。こういうのも日本らしい。
政治家のそれぞれの後ろ盾への利益誘導が過ぎて、普通に生活している国民の未来を食い物にされるのは残念だよね。
できるだけ多くのひとを幸せにする方向で動いてほしいところだよ。まったく、君たち人間の考えることはわからないことだらけだよ。
利益誘導がすぎると結果全員首吊ることになるのにどうしてなんだい?
犯罪者の子は犯罪者としてあつかわれる美しい国だとかなんだとか批判があるみたいだけど、市民の党は伊沢けい子がやらかして公民権停止になってたりしてるから何もそれだけじゃないよ。
その前はトップ当選しているからねそれなりに選挙活動がうまいのさ。
今回は落選した森氏も選挙公報を見る限りではまともことしか書いてないので通っても不思議はなかった。
直前にヨド号の息子らしいぞという真偽不明の情報がネットで流れたぐらいで、選挙期間中だから報道はなかったし、不確かな情報のままだった。
児童ポルノ規制法改正案について、一部の国会議員のかたがたに送った意見書を、公開します。
尚、左右のレイアウトは、狂ってます。なぜなら、整えかたが分からないからです。
現在審議中の
「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律案」
の提出時案を一旦廃案になさって下さい
(議員さんの氏名 + 様を手書き)
(わたしの氏名を自署)
(郵便番号)
(わたしの住所)
前略
今日は。(わたしの氏名)と申します。審議の報を聞き、遅まき乍ら本状を差し上げます。宜しく御確認下さい。
<本状の要旨>
現在審議されている「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律案」の提出時案を一旦御廃案後、必要に応じて、人々が不当に処罰されず、言論・芸術が弾圧されず、人々が性搾取から直接保護される改正案を、改めて御制定下さい。なぜなら、提出時案やその修正では、人々や社会に、大きな打撃が与えられるだけだからです。
<理由>
始めに、言葉の定義を補足します。この文書では、「性搾取」の語について、年齢を限定していません。又、この文書中の「性搾取がされずに作られるポルノ」「性搾取がされずに作られたポルノ」のフレーズには、性搾取を題材にしたフィクションや、社会的・経済的に弱者ではない18歳以上の者が環境や他者から脅迫されず自らの意思で創作に参加する事により実写撮影されたものを、含みます。
(一)提出時案は、性搾取と無関係な者が、不当に処罰されるからです。なぜなら、提出時案において、ポルノの単純所持者が処罰対象だからです。そして、ポルノの単純所持者が則ち性搾取者であるという信憑には、根拠がありません。この2点から、提出時案は、不当な処罰により、人々に大きな打撃が与えられます。因みに、政治の混乱に発展する事も想定できます。なぜなら、権力闘争に巻き込まれる可能性の高い、現職政治家を含む公務員も、この規定の例外ではないからです。
(二)提出時案では、言論・芸術が弾圧されるからです。なぜなら、この提出時案は、性搾取がされずに作られたポルノが、弾圧されるからです。性搾取がされずに作られたポルノは、言論、芸術、もしくはその両方の、一種です。なぜなら、他者の権利が不当に害されずにに作られる表現物だからです。そして、それが弾圧されるのですから、この提出時案は、言論・芸術が弾圧される法案です。もし、言論・芸術が弾圧されれば、それらは、公民による社会と現代文化を支えられなくなり、現代社会が成り立ちません。特に、性搾取がされずに作られたポルノは、現に不当に弾圧される傾向にある芸術分野なので、弾圧されるべきなのではなく、弾圧から保護されるべきです。
(三)この提出時案に、成立させる価値が無い点です。なぜなら、この提出時案には、人々が性搾取から直接保護される規定が含まれず、提出時案中の間接的な保護施策の有用性には、根拠が無いからです。
これらの理由から、小規模の修正では、この提出時案が、無害有意義な改正案として成立される事はありません。ですので、今回の提出時案を廃案後に、不当な処罰無く、言論・芸術が弾圧されず、かつ、人々が性搾取から直接保護される法案もしくは改正案を、必要に応じて御制定下さい。
末筆で恐縮乍ら、あなた様の御健康をお祈りし、御活躍を期待致しております。
早々
これを公開した理由は、こちらのかた(id:kamayan)のエントリー「皆の意見書があったら参考のために見せてほしい」を拝見したからです。
又、送り先が多かったので、意見書は、2回にわたって送りました。これは、あとから送ったものなので、少し練り直されています。
尚、これを書くに当たって、webサイト「中学生からの論理的な議論の仕方 (論理的思考力のトレーニング)」のこのページ「厳選したリンクと書籍―論理・議論関連の本」に紹介されている書籍が、とても役に立ちました。うち、一番うえから「絶対困らない議論の方法」迄読み終えたところで、この意見書を書きました。思うに、残り2冊も役に立ちそうなので、うち1冊目を、いま読み進めています。
大阪で、君が代斉唱時に起立しなかった教員をクビにする条例がもうすぐできるらしい。
例によってはてブでは公教育への介入だ、思想統制だ、という話になってるらしいが。
問題は、公立学校の教職員が式典に出席した上で君が代斉唱を拒否していて、
その後の校長・教育長の指導や業務命令にも従わない、ということだ。
それを思想・表現の自由としているのなら、彼ら個人の思想の表現のためにやっている、と考えられる。
これは「公務員が勤務時間中に、自らの政治的主張のために業務をサボタージュして示威行為している」、
「判断能力が未熟な児童・生徒に、教員の立場を利用して自らの政治的主張を宣伝している」ということになる。
つまり問題は日の丸・君が代だけではなく、「公務員が思想を理由に業務をサボタージュするのは認められるか」、
「教員が児童・生徒に自身の政治的主張を宣伝するのは認められるか」ということだろう。
これらを認めてしまえば、極論すれば「教員が教えたくないこと・教えるべきでないと思うことは(指導要領に載っていても)教えなくて良い」
「教員が教えたいこと・教えるべきだと思うことは(指導要領に載っていなくても)教えて良い」ということになりかねない。
公民の教科書を放り出して毛沢東語録を教えても教員の自由、歴史の教科書を放り出して歴代天皇の諡号を暗唱させるのも教員の自由、
生物の教科書よりも旧約聖書の創世記を読ませたい、国語の教科書の代わりに団鬼六を読ませよう、という教員が出てきたらどうするのか。
児童・生徒がどんな内容の教育を受けるかは、その時に出会った先生次第で構わない、と思う人がどれだけいるんだろうか。
教科書の内容も式典の式次第も、文化祭や体育祭などの学校行事も、社会が期待する一定の水準に達するために教育委員会が指導してるんであって、
その内容は法律に則っていたり文部省の指導要領に則っていなければいけないのは当たり前のことだ。
首相「日本国籍と思っていた」 献金問題、辞任は否定
菅直人首相の資金管理団体が在日外国人の男性から献金を受け取っていた疑いが11日、浮上した。政治資金規正法は外国人からの献金受領を禁じている。首相は献金の事実を認めたものの「外国人とは承知していなかった」と釈明。外国籍であることが確認されれば、返金する方針を明らかにした。外国人献金を巡っては前原誠司氏が外相を辞任したばかり。野党が厳しく追及するのは必至だ。
献金した男性(58)は現在、東京都内でパチンコ店を経営する横浜市内の会社の代表者。在日韓国人系の旧横浜商銀信用組合(現中央商銀信組)の非常勤理事を長年務めており、在日韓国人である可能性がある。収支報告書では献金者名はいずれも通名とみられる日本名を記載し、職業を「会社役員」としていた。
献金を受け取ったのは首相の資金管理団体「草志会」で、政治資金収支報告書によると、06年に100万円、09年3月に2万円、8月に1万円、11月に1万円の計104万円。
首相は11日午前の参院決算委員会で、男性について「私が仲人をした知人から数年前に中学、高校の同期生で不動産関係の仕事をしている人として紹介された」と説明。「一緒に釣りに行ったり、数回会食をしたりしたことがある」と親交を認めた。
だが「日本名の方で日本国籍の方だと思っていた。外国籍の方だとは全く知らなかった」と強調。「事務所で確認し、献金は受け取っていた。金額を調査し、外国籍だと確認されたときには全額返金したい」と述べた。
首相は閣議後の閣僚懇談会で「心配をかけて申し訳ない」と陳謝。「これからも精いっぱい頑張っていきたい」と続投の意向を示した。「みなさんに理解をいただきたい」と呼びかけた。閣僚から異論は出なかった。
枝野幸男官房長官は11日の閣議後の記者会見で「前原氏は個人の判断で対応した」と、前例にはならないとの認識を示した。「首相は全くそういったことは考えていない」とも語った。
政治資金規正法は外国人や外国法人から政治活動に関する寄付を受け取ることを禁じており、故意に受け取ると3年以下の禁錮か50万円以下の罰金。裁判で罪が確定すると公民権停止になる。
首相は11日午前の参院決算委員会で、男性について「私が仲人をした知人から数年前に中学、高校の同期生で不動産関係の仕事をしている人として紹介された」と説明。「一緒に釣りに行ったり、数回会食をしたりしたことがある」と親交を認めた。
自分は在日外国人のことがわかってるって言うけど、あなたは全然わかってないと思う。
収容所にも入れられた。
自分が合衆国市民だと示すために志願して戦って右目と耳をなくして顔半分ケロイドになってる。
でも、そのおかげで地域に受け入れられて仕事で成功し、父親はアイビーリーグに入学できた。
義理の兄はメキシコ系の移民で、社会に受け入れられる為にやっぱり志願した人。
湾岸戦争に行った。
同じ肌の色、背格好で、日本国籍持っても、日本では差別された。
別におかしいことじゃない。カンザスには黒人もアジア系も居たけどやっぱり違う扱いを受けた。
かなり辛かったよ。
そんな俺に移民二世で同じように差別を味わった爺さんは、違いは変えることが出来ないことだから、彼らの文化を愛し、敬い、彼らの社会に受け入れてもらう努力をしろと教えてくれた。
そして、いざ受け入れてもらえたら、その社会の為に死ぬ覚悟をしろと教えてくれた。
義理の兄も同じことを言ってる。
俺も日本の漫画を読んで、剣道やって、そうやってやっと受け入れられた。
ここ数年、日本の在日外国人関係の記事を見ると彼らはその努力を怠ってると思うよ。
黒人だって、最初は奴隷で連れてこられたけど、体を張って市民の義務を果たして公民権を手に入れた。
メキシコ系は不法入国してくる人が多いけど、同じように合衆国に受け入れてもらおうと努力してる。(だから米軍の募集パンフレットには必ずスペイン語のモノがある)
というか、韓国人以外に関して言えばホトンドがそういう意志を持ってる。
横浜の中華街みたいに安全なチャイナタウンは世界中どこを探しても存在しない。
それは、日本以外の多くの国では移民の歴史と市民社会の歴史が血と肉にしみ込んでいるから。
勝手なことをして寄生虫化したら、民族浄化をされることは骨身に染みてわかってるし、自分の母国でもそういうことをした歴史があるのを知ってる。
そもそも、自分の母国で、逆の立場ならみな、外国人を追い出す自覚があるからだ。
そして、移民である在日外国人が日本をボロクソに言うのもおかしいと思う。
日本に多く居るのはアジア系の在日外国人だけど、アフリカから連れてこられた黒人と違って、ほんの3万円で自分の母国になんで帰らないかって言ったら、自分の母国にその3万円で帰るだけの価値が無いからなんだ。
日本人が自国の愛国心を語れない社会じゃ、在日外国人だって日本に対する愛国心を語りにくい。
誰も愛さない国なんて、だれが守ろうとするんだ?
在日外国人は、日本に受け入れてもらいたかったら、ネトウヨみたいな連中が納得する形で、日本に対する愛国心を示す必要があるし、自らその方法を探る必要がある。
だって、どうせ彼らだって、自国にいて逆の立場なら外国人を差別するんだから。
それは人間としてお互いさまなんだよ。
それは割り切らないとだめだ。
ここまで知能退行を起こさないといけないわけで、
意味不明。
彼等が国政執るのを独裁と呼ぶならこの世に独裁じゃない国など無い。
だからなあに?
お前の独裁定義だと、一個でも政策実行したら「独裁者」だねえ。もう何言ってんのかわかんねえけどw
もしマニュフェストの完全実現をしなくてはというのなら、それは選挙で独裁者を選ばない限り不可能だろ。
むしろ強硬に無茶を通そうとするほうが悪いよ。
第一党が政策を決める、
これの何が悪いんでえw
むしろ実行しない方が投票した支持者への背信だから「悪い」よ。
「少数派に配慮する謙虚さ」なんかのためじゃねーだろうがw
○どうやったって不可能な大ボラ空約束(詐欺)だったので実行できない
のどちらかじゃねえか、全部。
腐ったおためごかしをおっぱじめるのはやめろよw
あいつらは「公約の実行具合が」強硬なんじゃなくて公約が強硬なんだよ。
公約は守るのが当たり前。
守れないような公約は掲げないのが当たり前。
橋下も河村も、公約の妥当性はこれから審判されるが、有権者の支持を得て当選し、公約を果たす。
約束をちゃんと守れてるだけで、嘘つきと無能の集まりの民主党のクズどもよりはマシってこったよw
ああ、そういうことか。
ほらよ、わかりやすいだろうから新中学三年生が質問したyahoo!知恵袋から
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1438807664
・経済のことについて
高校の必履修科目でさ
「日本史A」(2)または「日本史B」(4)または「地理A」(2)または「地理B」(4)
公民:「現代社会」(2)1科目または、「倫理」(2)と「政治・経済」(2)の2科目
理系でも受験に社会科をつかう場合、まあ国公立を受ける場合はほぼ必然だが、このうち一科目以上をBをとっとかないといけない。
理由はしらんけど受験校では現代社会よりも倫理と政治経済を履修させる傾向にある。
したがって大半の受験校では3~4科目、少なくても一つは4単位(週4日授業または2学年にわたって週に2回授業)の科目を履修する。
世界史はAかBか選べるとはいえ、全員が必修してるにも関わらず、国民の知識レベルはこんなんだからまともに守られていたとは思えないんだが、必履修科目未履修問題が起きて以来、ちょんぼは出来なくなってるはず。特に公立高校では。
コース分けが細分化するまえに、受験に必要ないが単位数として必要な科目は履修させたいから、どうしても1、2年は公民(現代社会、倫理、政治経済)の授業数が増える。
理科:「理科基礎」(2)、「理科総合A」(2)、「理科総合B」(2)、「物理I」(3)、「化学I」(3)、「生物I」(3)、「地学I」(3)のうち、「理科基礎」または「理科総合A」または「理科総合B」を含むたった2科目
やっぱ社会科は受験で使わなくても世界史は受けないとならなかった。
入試科目数を減らすか定員を極端に絞って見た目の偏差値を操作したり、
地歴A、理科総合、あるいは社会は公民科目のみで受験可能にして軽量化したり。
無試験入学の層に地頭がいい奴はほとんどいないし、無試験入学層と勉強するのが嫌だから
旧帝受験生などは私大を受けずに中期後期で国公立大を滑り止めに受験するようになってきている。
http://passnavi.evidus.com/teachers/topics/0701/0104.pdf
これに対して、上位の大学は無試験入学者を減らす方向で動いている。
山岡・民主副代表:陣営が運動買収の疑い 昨年の衆院選
山岡賢次・民主党副代表(67)の陣営が09年8月の衆院選(栃木4区)で、有権者に電話で投票を依頼する「電話作戦」を行った運動員2人に計24万円の報酬を支払っていたことが分かった。電話作戦は無償で行わなければならず、公職選挙法違反(運動買収)の疑いがある。1人は連座制適用対象である私設秘書(37)から報酬を受領していた。過去、連座制適用が確実となり議員が辞職に追い込まれた事件もあり、民主党に「政治とカネ」を巡る新たな疑惑が浮上した。
運動員2人は栃木県に住むいずれも主婦。毎日新聞の取材に対し「後援会名簿を使って1日200軒ぐらいかけた」「電話かけ専門だった」と、同県真岡(もおか)市の事務所で電話作戦をしていたことを認めた。
電話作戦は公選法上、無報酬のボランティアだけに許されるが、うち1人は山岡氏の私設秘書の実名を挙げ「選挙3カ月後に『報酬が出るから』と連絡があり、事務所で秘書から報酬を受け取った。領収書も書いた」と話した。もう1人は、陣営側の人物について実名を伏せつつ「ボランティアということにしているが(本当はもらった)」と話した。
陣営が09年12月1日、選管に提出した「選挙運動費用収支報告書」には、2人の領収書のコピーが添付されており、毎日新聞は情報公開請求で入手。「山岡賢次選挙事務所」名で、同11月28日と同29日、2人に各12万円を支払った、と記載されている。名指しされた秘書は「電話作戦をした人はいるだろうが報酬はないんじゃないか」と話した。
衆院選栃木4区では4人が争い、山岡氏が13万9878票を獲得し小選挙区での初勝利を果たした。【小林直、太田誠一、渡辺暢】
◇候補者に連座制適用の場合も
買収など選挙違反事件で出納責任者や運動の指揮・監督をする責任者(総括主宰者)の有罪が確定すると連座制が適用され、候補者の当選が無効となり同じ選挙区からの立候補が5年間禁止される。
電話作戦を巡る運動買収事件としては、山岡陣営の疑惑と同じ衆院選で、民主党の小林千代美前衆院議員(北海道5区)派の連合幹部(当時)が09年10月、逮捕されたケースがあり、懲役2年、執行猶予5年が確定。判決によると、35人に電話作戦の報酬として計261万円を支払う約束をした。公選法上報酬を実際に渡さなくても、買収罪が成立する。小林氏は辞職に追い込まれ、検察側は公民権停止など連座制の適用を求め札幌高裁に行政訴訟を起こし係争中。
94年の公選法改正で、秘書や立候補予定者の親族らでも禁錮刑以上が確定すると連座制の対象となり、適用例もある。
◇ことば・運動買収
選挙運動の対価として運動員に金銭などを渡す行為。受領した側も処罰される。例外として、選挙カーで候補者の名前を連呼する車上運動員(ウグイス)▽事務所で接客などをする事務員▽手話通訳者--への報酬は認められている。しかし、報酬を伴う選挙運動を全面的に解禁すると選挙資金が豊富なほど多数の運動員を動員でき、金権選挙がはびこるとして、ほかの運動員への報酬は禁じられている。法定刑は3年以下の懲役か禁錮、または50万円以下の罰金。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E6%A8%A9
かつては、人権の根拠は自然法つまり神(宗教的権威性)に求められていた。しかし、世俗主義の民主主義国家において、特に、日本においては、人権そのものが、根拠・命題と自然法論で主張される(トートロジー)。これが日本においては個人の尊厳に求められる。日本国憲法第13条の「個人の尊厳」はこの意味に解される。この場合、人権の観念は憲法も含めた法律の上に位置付けられるという法学者が多い。一方で、法実証論においては、人権の根拠は単純に法律(ほとんどの国では憲法)にあるとされる。
公民権
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E6%B0%91%E6%A8%A9
公民権(こうみんけん)とは、公民としての権利のこと。公民としての権利とは、公職に関する選挙権・被選挙権を通じて政治に参加する地位・資格、公務員として任用される権利(公務就任権)などの総称で、参政権、市民権とほぼ同じ意味である。
人権のよってたつ根拠を、神や法律や人権そのものに求める立場がある。
世俗的な国家にとっては、ちょっと神はないだろう、となる。人権トートロジーも心身二元論みたいで整合性がなくなる。
法律が根拠というのはかなり正しく聞こえる。ということは国ごとの、あるいは国の間のものであり、国主体ということになる(EUはあるけど、各国の国民投票が欧州憲法より優先されているはず)。
気になるのは公民権なのよね。参政権が人権全体にとってかわる? 足りないものが多すぎる。自由権とか社会権とか受益権とかどうすんの。
それとも人権概念の根拠は参政権だといいたいのだろうか。それなら分かる。公民が国家にアクセスできる仕組みが参政権なので、参政権がない=公民は国家にアクセスできない=国家が公民に一方的にアクセスすること(これが問題になるということは大抵は人権蹂躙状態になっている)を防御できない、ということだろう。
何か在日韓国人が参政権欲しがる理由が分かるような気がするな。参政権がないということは、国や地方にアクセスできないのに、国や地方のアクセスは受けねばならんということだ。そして人権は蹂躙される(というか、そもそもあるべき人権が認められていない)。それはモノスゲーイヤだろう。俺がアメリカンドリームで一山当てるためにアメリカに行ってそういう扱いだったらファックだぜ。
だったら国籍取ればいいじゃない? そう、ここで第五の条件、身分証明書が出てきた。人権には国籍・戸籍・住民票のような身分証明書が必要で、それが人権を支えているのだろうか?
というわけでアンケート。
1:神
2:人権そのもの
3:法
4:参政権
5:身分証明書
6:他の何か(内容も書いてください)
気が向きましたらお答えください。
小沢一郎は民主党代表選に出馬する方向で話がまとまったようである。
一度裏切った奴は、何度でも裏切る。菅首相を支え、幹事長兼副首相として内閣に入ったとしても、検察が黒といってきたら、菅首相は訴追許諾を出すであろう。
小沢氏を切る事でクリーンさを訴えられるし、小菅送りにして公民権を剥奪してしまえば、一年生議員は草刈場となる。
民主党を離党して新党を立て、自民党と連立して政権を奪って小菅から解放させるという展開をやれるような人材は、小沢氏の下には居ない。
小沢氏が娑婆に居続けるには、自身が首相になるしかないが、この場合、民主党の政権担当能力の無さが致命的になる。
そこで、小沢氏を娑婆に出しておいた方が得な勢力と連立して、副首相になるという次善の選択が出てくる。
自民党は、自民党の外に居る限り、小沢氏が娑婆に居てくれた方が民主党のダーティなイメージを宣伝できる。
首相と大臣を全部やるから、副首相と副大臣と政務官を全部くれというあたりが、ポストの割り振りとなるであろうか。
首相の専決案件に対して副首相は拒否権を持つという一文も重要である。この約束を菅首相との間に結んでも有効なのではないかと考えるのは、間違いである。
民主党議員は、副大臣や政務官や常任委員会の委員長になりたければ、天下り中の元官僚か今年天下る予定の官僚を、自分の選挙区で市会議員や県会議員に当選させろ、一番多く当選させた奴から希望のポストにつけてやるというのが、ポスト分配のルールとなるであろう。
専門分野や本人の希望などという建前はあるだろうが、小沢一郎の評価基準は、選挙と政局と金集めである。ポストの割り振りも、それで決まると考えるべきである。
トラバぐらいつけたらどうだ。
まず、ITは比較的斜陽ではない。ITが斜陽ならインフラ以外は皆斜陽だな。ああ、そういうことが言いたかったのなら気にしないでくれ。
つまりは国語教育を何とかしろ、ということだろう?それならまずディベートやグループディスカッションをさせればいい。今の教育は「こんな議論の形式があります」って教えるだけだからな。小論文や説明文は夏季休業時の宿題にしてもいいだろう。このうちから10000字以上の文章生産性を向上させる訓練はしていていいはずだ。
個人的には古文漢文は今の学習量の半分でいいと思っている。削減して生まれた余裕のうち何割かをそこに当てればいいだろう(個人的には言語学的要素をもう少し増やしたいが、皆必要というわけではないからそれはなくてもいい)
私立大学は早慶以外全部潰せ、と書いたはずだ。すなわちそれを学ばないやつは大学に来る必要がない、ということ。そこまで徹底すれば高校も必修にせざるを得ない。なぜならそれを学ばない=バカが通う高校という社会的評価が下されるからな。そういうところはどんどん潰れる。
ちなみに論理は古典論理か、述語論理か。まさか様相論理までさせるわけではあるまい。
統計というか、「表や図の作成、理解とその分析」は必須だろうな。ただそれを一教科作ってまでやるというのは難しいだろう。
たとえば夏季休業に社会科学統計(地歴公民)か自然科学統計(統計)のどちらかを分析させることを宿題に出すのはどうだろう。もちろん該当する科目でそれぞれ一度は分析を経験した上で、だ。
数百・数千あっても「義務」だと自分が思うならリソース割くと思うけどなー。やらなくていい「義務」ってあるのかな。
はてなでいろいろな問題が取り上げられたりするけど―例えば女性差別、ホームレス問題、部落差別問題、アイヌ問題、etc,etc―ひとしきり騒いで、問題に「関心のある人たち」は結局どうしたの?っていう。
ひとつ女性の職での問題でいえば、既存の会社では問題があるから、女性のための制度がきちんと整った・女性の・女性による会社を新たに作ろうという動きは当然あるはずだよね。男女の平等を考えたら、「女性の会社」はもっとなくちゃいけないんだし。
で、そのための動きってなんか出てきた?
はてなの「支持者から資金を募」ったり、フェミニストが「(女の?)金持ちを説得」したりして会社を起こすみたいな動き。現実が変わる動きってさ。
ネットで騒ぐことがそれにつながってくるなら(現実に運動を先導できるなら)ネット騒ぎに意味はあるんだけど、ネットで騒ぐだけで結局現実を何ひとつ変えないんだったら意味ないよね。あの手の人って、「彼らの問題じゃない、我々の問題だ」とか言うもんなんだけど。
「関心のある人たち」の中からも現実を変える動きが出ないなら、現実はいつ変わるのかな。やるべきことって、本を読んでまとめをネットにアップすることや、アップされた文章を読んで同意の「きもち」だけ持つことなのかな。ちゃんと地道に活動した他人の成果を「わたしもこうなるべきと思ってました!」と後追いで言うだけでいいのかな。
もちろん、正しいの間違ってるのじゃなくて、重要な権利やら自由の話やらじゃなくて、「~だったらいいねー」「まあできたらがんばってほしいよねー」程度のぼやーっとした希望でしかないんならそれでいいけども。