はてなキーワード: 声優さんとは
http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52484069.html
お前ら目腐ってんのか!!!!!
初音ミク特集。
固有の企業の商標だと思うけど、ここまでくると社会現象として認識されているってことなのだろうか。
音楽技術やネットの話題に疎い人にとっては、初音ミクという音源ソフトがあって、それで作った音楽の特集なんだよとか、音源の元の声になった人が出ているんだよみたいな情報は伝わらないんだろうなと思った。
ラジオで説明するのは難しいだろうけど、最初の10分くらいで、このテクノロジーのすごい部分の説明をしてから、音楽に入ったほうが、NHK的フォーマットで面白いのではないかと思った。
国民に対する教育要素があるのかという視点があったほうがベターだと思う。
ボーカロイド系を総称して、「エレ歌」という言葉を作っていた。初耳。
ちなみにボカロっていうのは例えば初音ミクとかに代表される歌声合成ソフト(ボーカロイド)で、
http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/cv01.jsp
声優さんの声を大量に収録しておいて、
事前に収録した音を切り貼りしてるという点ではエレクトーンとかと同じ。
それがボカロ曲。
で、ほんまか知らんけども校内放送で使うのが禁止されたらしい。
たとえば「機械だから」を「機械のみで生成された楽曲の放送は禁止」というルールと思うと、
そして「歌詞が分からないから」を「歌詞が判別できない楽曲の放送は禁止」というルールと思うと、
誰が分からないと判断するのかという問題がのこるし、
じゃあ洋楽は英語が分かる人と分からないひとで判断が違うという問題がのこる。
これだと結局その教員が禁止するかどうかに委ねられているので、
その人の顔色を伺う以外に判断できない。
しかし、一見客観的っぽい理由を並べて、それが独裁だということを隠そうとしている。
(1) 「(教員の名前)が放送を禁止するかどうかをすべて判断する。」っていう完全独裁か
(2) 「以下のルールに従う曲は放送してよい。」というルールを張り出すか
この二つしかない。
とくに(2) はできる限り厳密にかかれるべき。
ではなくて、
売れてる作り手 > (越えられない壁) > 消費者 > (越えられない壁) > 声優 > 批評家 > 売れない作り手 > (越えられない壁) > 消費者に媚びない作り手 > 消費者に媚びない声優 > 消費者に媚びない批評家
基本的に自分たち(=消費者)が気持ちよければいいので、消費者を尊重してくれる存在を求める。
お客様好みの作品を作ってくれる監督とか、お客様に優しい可愛い声優とかね。
でも自分自身は売れてるものに迎合したい(多数派でいたい)ので、売れてる作り手には絶対服従。
こんな感じでしょ。
特にアニメ部分に関してはほとんど同じ水準にある萌えオタニュース速報とどうしてこんなに差が空いてるか、は興味深い。
結論を先に書くと、私が思ったのはやらおんって階級意識が明確だよねってこと。そして、一番人数が多い層の人間が一番優越感を感じられる仕組みになってること。
そして、その仕組みの結果としてやらおんでは祭りが発生する。萌えおたニュース速報では発生しない。この差は大きい。
発端は、批評家たちに対しての反発だろう。
こいつらアニメにとって何もプラスの貢献をしなかったよね、むしろ存在自体がマイナスだよねってくらいの嫌悪感を感じる。
同時に、技術とか能力ないけどアニメについて語りたいって層を大歓迎してるというのも感じる。
えらいのは、作ってる人と声優さん。それから買ってる人。ちょっと下の階層に楽しもうとしてる人。アンチや批評家は最下層に位置づけ直してる。
私は声優に全く興味がないし、ローソンフェアとか全く興味ない。売上情報もそこまで気にすることないと考える。
なので、なんでこの人こんなに声優とか消費活動取り上げるんだろう、って思っていたのだけれど、
こういう序列になってるんだと考えれば納得する。そりゃこっちのほうが重要度高いんだからあたりまえだよな、と。
批評家の毒にも薬にもならない批評よりかはよっぽど役に立つよねー、ということなんだろう。
他にもイロイロと特徴がある。たとえば理解しようとしてる人間への寛容さや親切さ。パロディによる個々人の楽しみ方の紹介など。
今では他も真似してるけど禁書の解説記事を毎回載せてたのは印象的。
本来禁書みたいに「解説が必要なアニメ」は、キャラ魅力が低かったらボッコボコに叩かれてたんだろう。実際錦織監督は叩かれまくってるわけで。
AB!に対するの態度も全体を叩きつつキャラ萌えを押し出そうとしてたし、
女にコンプレックス抱いてるキモオタ男読者が多いのを意識してか君に届けとか放浪少年を取り上げないところとか心遣いがわりと細かい。
かなり明確な思想の持ち主であると思う。
一方やらおん空間においては今まで好き勝手に作品を叩いてそれなりにいい気分に浸っていられた批評家やアンチの扱いは悲惨なものだ。
やらおん空間においては彼らは「バッシングを受ける対象」としてしか存在を許されていない。
お前らの存在いらねーんだよ、と。もう口閉じて眼と鼻と皮膚呼吸もやめて死ねくらいに思ってそうだ。
せめて口を開くなら、ヤマカンやハルヒの中の人のようにアニメの話題の肥やしになれ、うんこ野郎。
あずまんみたいに言うだけじゃなく自分で作ってみろ。そして作った物に責任をとれ、敬意を払えと。
実際の事情はどうか知らないが、制作者の立場に立ちながら無責任、アンチな言動とったと受け取られたあずまんはまさにワーストオブワースト。
やらおん空間ではリサリサ先生のまなざしを向けるのがふさわしいレベルなんだろう。
そういうやつらを見せしめにして、名状しがたい祭りを楽しむのがやらおん。
割とたんたんとアニメの話題だけを載せ続ける萌えオタニュース速報。
どっちが正しいとは言えないけど、人気があるのは圧倒的にやらおんだなぁ、と思う今日この頃。
個人的には、やらおんの価値観の再配列ははわりと一時大戦後のドイツの全体主義を彷彿とさせるものがあってあまり好きではないのだが人気には納得する。
よく「やらおんに比肩するサイトがない」っていうのが話題になるけど、扇動力が全然違うのは確かだよ。ほんとうに良く出来てる。
最終的に、能力も知識もない人らが権力を握ったアニメ業界が、知識層を追いだしてどういうアニメファン層をつくるかと思うとげんなりするが、それが世界の選択というのならしょうがないわね。理想としては、既存の評論家どもはきっちり潰れて、個人サイトとか若い人らが評価され直すといいんだけどなー。
で、そもそもなんでこんなに批評家や知識人(笑)に対して風当たりが強くなってるんだろうか。
それは、多分みんな「このままだとアニメそのものがなくなっちゃう」ってぼんやりと危機感を覚えてるんじゃないだろうか。
あるいは、少なくとも批評家をトップに置く序列に対する現状に対する猛烈な反発があるんじゃないだか。
上から目線で批評を加えたり製作者の状況無視して割りに合わない要求ばかりしたり、
アニメにはいろんな要素があることを忘れてテーマとかストーリー語ってるやつらばっかりだと、
じゃあお前らは文学(笑)でも読んでろって製作者がブチギレて、
ほんまに純粋にビジネスとして萌え豚向けアニメしかつくられなくなるんじゃねーかと。
それぞれに人の集まりができて、市場ができてってなっていけば。
でも、どいつもこいつも批評家の口にするのって同じことなんだよね。内輪感半端ない。
あずまんとか宇野とかそういうもともとコミュニケーション苦手そうなやつらがメインとなって
自分たちの居心地の良い空間をつくろうとしてるから異物があまり育たなかったんだろう。
楽しみ方が恐ろしく窮屈で偏屈。喋ってる本人らはデブばっかのくせにどうしてこうなるんだろう。
あの界隈、多分2~3人いたらあと全部キャラかぶってるからいらない。
そういう批評家どもの多様性の無さのため、批評家が褒める作品って限られてくる。
そうすると、こいつらを中心とした序列だと、本当に一部の作品しか残らない。
それは、ものすごくアニメというものをつまらなくさせてしまう、と、そんな展開。
これも本当のところはどうかしらない。ただ、明らかに彼らが戦犯扱いなのは間違いない。
あまり気持よくないのだが、ドイツのブルジョワ階級と違って批評家が役立たずだという点には同意してるのでまぁ別にいいかな(爆
参考記事
はちま機構のことはしらんけど、こういうのと比べるとやらおんは比較的全うだと思う。
先日ツイッターで、平野綾と元ファンとの言い合いが少しありましたが。
だから、思ったことを正直に、素直に発信していく姿勢で活動してるんだと思います。
そういう姿勢は嫌いじゃないし、それが自分のスタイルならいいんじゃないでしょうか。
それに対し、元ファンは、「アイドルは、己を殺して支持層の求めるものを提供しろ」と言います。
それは高いプロ意識がないとできないことだし、できる人は立派だと思うし、平野綾をここまで押し上げたのは古参ファンのおかげです。
だから、ファンをないがしろにするな、もっとプロ意識を持てっていう主張も、わかります。
正直、どちらも間違ってないし、正解はありません。
平野綾自身が選んだスタイルなら、出資者や親以外に文句を言える人はないはずです。
そして、ブログにて、平野から今回の騒動について言及がありました。
私が昨日のツイッターで引っ掛かったのは、
そして騒動を聞き付けた方たちが書いた、
【ファンに媚びて当たり前】というようなコメントを目にしたからです。
他の声優さんは己を殺して徹底しているプロである。プロ意識のなさにはガッカリだ。
ファンのことを何も考えていない。
だから叩かれるんだ。
…と言われても、人には人それぞれのやり方があります。
正解というものはありません。
どういった想いを抱いて接していただいても良いと思いますし、私の性格や生活感が滲み出る発言が嫌な方も勿論多いでしょう。
ただ、当たり前で媚びろというのはおかしいだろうと思ったのです。
尊敬という単語を軽々しく使う方が多い割に、あまりにも同じ人として見ていないような。
扱っているような感覚。
私は不可能かもしれませんが、なるべく私に関わってくださる方一人一人と、向き合いたいと思っています。
それこそ対等に。
だから主張を聞いてほしいし、芝居に活かせるならば恋だってするし、経験を全て歌詞に書く訳です。
新たなフィールドで活動させていただけるようになった昨年。
私はなるべく自分の言葉で的確に丁寧に、誤差のないように伝えてきました。
元ファンは、かつてのファンを捨てて自分のスタイルを貫こうとするならば、我々が貢献して出来上がった今の地位に留まるな、甘い汁を吸い続けるな、と言っています。
平野綾はその点について言及がありません。
表現者としての今のスタイルは誰かがとやかく言うことではありませんが、今の潔くない位置での活動については、元ファンが怒る気持ちもわかります。
その点については、どう考えているんでしょうね。
普段コンサートの類はクラッシックやイージーリスニングのにしかいかないので、相変わらず、声優さんのライブのノリについていけないのであるが、それは別の話。
その声優さんに出会ったのはいつの事だっただろうか。まだ卵だったと思う。ある喫茶店で思いがけず、そのウェイトレスさんが声優の卵である事を知った。私もオタクであるから、喫茶店で話も出来た。多分、当時は私が知っている限り、何の役もやっていなかったと思う(もちろん、別名でエロゲとかやっていた可能性はあるがそれは完全に自分の憶測)。
その声優さんが店を辞める時、私と握手をした。声優さんは泣いていた。目の前で女の子に泣かれるのは結構来るわ。
でも不思議と完全に縁は切れなかった。かろうじて、ほんとにかろうじてつながっていた。ネットの掲示板に「今度ここでバイトするから来てね」とか書かれていたんだ。端から見ればそれは暗号だった。多分、俺しか分からない。
もちろん、俺は行った。まるでストーカーと言われるかもしれないけど。でも、実際、その新しいお店に行っても、嫌な顔はされなかった(営業スマイルである可能性はある)。
その後、しばらく音信不通になる。
数年経った時、出張帰りにある喫茶店に入ったら、叫び声が聞こえてきた。その声の主は、その声優さんだった。俺はびっくりした。その声優さんもびっくりしたんだろう。なんという偶然。
覚えていてくれたんだ、そう思うと嬉しかった。久しぶりに会話をした。声優業界の話を聞かせもらったりして、とても楽しかった。
何度かその喫茶店に足を運んだ時、「今度この役を演るんです」と嬉しそうに話してくれた。今見ると、Wikipediaにも出ているね。ちゃくちゃくと進んで行っているのはすごいな、と思った。
でもよくよくインターネットで見てみると、ラジオや映画吹き替えなど、仕事が増えている事が分かった。喜ばしい事である。
もうその頃になると、名前も知れてきて、固定ファンも出てきたみたいだし。
今ではある有名アニメの役を演じていた。このままビッグになってもらいたいと思う。CDも出しているようだし。
井上喜久子さん、田村ゆかりさんのライブに行った事がある。どちらも大きな会場で、声優さんは米粒だった。オペラグラス必須。でもこの声優さんのライブでは、距離はわずかに数m。観客席にいる俺からも、ステージで歌っている声優さんからもお互いが認識出来る。ライブ後、声優さん自らお見送りがあって、直接話す事も触れる事も出来る。
そう、否定してしまうのはここだ。
確かに、ビッグになって欲しいとは思う。あたりまえだ、成功を願うのだから。でもビッグになればなるほど、距離が開いてしまうのも確実。イベントもどんどん商業的になっていくだろう。それが寂しい。
その感覚がおかしい、狂っているのも分かっている。考えなくても分かる。最初のきっかけは「客」と「店員」の関係だ。そして今は「ファン」と「声優」の関係。決して「お友達」の関係では無い。贅沢を言えば、古くからお互い知っているのだから、お友達になりたい。だがそれは今となってはもう無理な話だ。手が届かないという点では2次元嫁と同じだね。それに、自分から見れば、ただ1人の声優さんではあるが、その声優さんから見れば、俺など、多数のファンの中の1人でしかない。つまり1:nの関係である。でもありがたい事に、まだ俺の事を個人認識はしてくれているみたいだ。
有名人と特別な関係になりたい、そう願う人も多いと思うが、それが狂ってる、理解出来ないという人も多いと思う。多分、有名になってから知った人だったら、そうは思わなかったと思う。でもデビュー前から知っているという点で、「特別な関係」になりたいと願っているのかもしれない。例えそれが幻想・妄想であれ。
実のところ、俺は同人作品を作っている。いつの日か、自分の作品にこの声優さんに声を当ててもらいたいという、叶うはずの無い願いを持ちつつ、ストーリーを練っている。
ある声優さんが好きだ、という事と、その声優さんとお付き合いしたい、というのは違う。
俺は年上好きで、まきいづみさんなんかクリティカルヒットなんだけど、じゃあリアルでいづみお姉ちゃんとお付き合いしたいかっていうとそうでもない。
俺がお付き合いしたいのは「いづみお姉ちゃんのような人」であって「いづみお姉ちゃん」じゃない。
こういう感覚は以前からあって、じゃあなんでそう思うのかとつらつら考えてみた。
で、どうも俺の見ているお姉ちゃんが「公的」なお姉ちゃんだからじゃないか、という結論に達した。
お姉ちゃんの声だとかラジオにおける振る舞いだとかは確かに素晴らしいんだけど、じゃあプライベートでどうかというと、そんなの分かりっこない。もしかしたらほめらじにおける風音みたいな性格かもしれない。
一方で、もしいづみお姉ちゃんが公私で全く同じだったとすると、それはそれで嫌だ。俺は公のお姉ちゃんを見て好きになったわけで、恋人になった後も、俺が好きになった「お姉ちゃん」は世界に発信され続ける。独占厨とか言われるかもしれないけど、そんなの耐えられない。自分だけのお姉ちゃんが欲しい。
それだ。俺がお付き合いしたいのは「自分だけのお姉ちゃん」であって、「みんなのお姉ちゃん」たるいづみお姉ちゃんではない。
だから、俺はいづみお姉ちゃんが大好きだけど、いづみお姉ちゃんに「めっ」ってされたいけど、あの優しい声で笑いかけて欲しいけど、実際にいづみお姉ちゃんに会いたいとか、そういうことはあんまり思わない。
というかこれはつまり、いづみお姉ちゃんが好きなんじゃなく、いづみお姉ちゃんが声を当ててるキャラが好きということなのかも知れない。
マジレスすると、ガチレズ(っぽい何か)は純粋培養完全童貞(おまえら/俺)向け。特に、アニメ好きの方がそういうのに向くかも。
ほら、「櫻の園」ってあったじゃん。女学園での青春群像劇っぽいやつ。そこには『ケガレを知らない乙女たちが各々にキレイな学園生活を送っていた』っていう物語があるわけじゃん。
漏れらユニコーンにとっては「ケガレを知らない乙女」であることが重要じゃん。
そして、それは「アニメの中」なら山といるわけじゃん。しかし、宮崎駿風に言うなら「声優は声の娼婦」であり、中の人と外の人は別個として考えるにしても、そういう業の深いアニメに出演する声優さんほど、「娼婦度(プロ度)」は高い訳じゃない。ここでオタク的なジレンマが発生するわけだよ。
「ピュアな女の子が出てくるアニメがみたいのに、声優は決してピュアではない」と。もちろん、日々の糧としてそれらのアニメは食うけれど、決して御馳走ではない。
漏れらが求めているのは理想郷であり、そこに本来二次元と三次元で区別はつけていなかった。現実のアイドルを人間として認識してしまうことにより絶望が深まるならば、非実在の登場人物らを二次元のディスプレイ中に収めてしまうことで我々は心の安寧を図っていた。
しかし、そこで我々は気付くのである。「アイドルと物語とを分断し、現実世界での関係性に目を閉じられるというのなら、それはアニメのみではなく映画にも適用できるのではないか」と。
そういった向きの映画の登場人物は、大体が女子高生であったりする。大人は少ない。そして、演技が下手な代わりに「素人っぽさ」がある。比較して、アニメのそれよりは「娼婦度」は低い。
だとすれば。われわれの言うところである「御馳走」は、そういったティーンズ青春ものの映画の中にあるのではないか? とも考える訳さ。
ぺろぺろしたいのではない。そういう物語もあるよ、と教えてくれるだけでいいんだ。分かるか? 我々キモヲタどもが満たしたいのは、性欲だけじゃあないんだ。いうなれば心のスキマなんだよ。
だから――
29日、30日と熱海旅行に行ってきた。男3、女3のグループで、大体20代後半の年齢層だ。
ニュースで知っていたが、熱海はラブプラスの影響か、明らかに場にそぐわない人たちがいた。
例えば、海水浴場に一人でリュックを担いでいるのは、明らかに異質だ。自分は周りと同じと思っているのかも知れないが、
家族連れが大半の熱海の海水浴場では、思いっきり目立つ。ほとんどの人間が水着でいるのに、暑苦しいジーンズとチェックシャツは、場違いだ。
4,5人のグループもいたが、男だけのグループや女だけのグループで、男女混合の組とは明らかに気配が違う。
所謂、アキバを歩いているグループがそのまま、やってきたようで、傍から見るとびっくりするほど周りから浮いている。
男だけのグループも女だけのグループも元気がなくて、無表情で休日をエンジョイする雰囲気ではなかった。
誰もはしゃごうとせず、何というか心の感情の動きが小さく、気温30度を超える炎天下、夏休みの終わりに、
海水浴に行って騒ぐという雰囲気からは、だいぶ離れているように感じた。
きっと、自分と同じような同種の個体が集まったグループでは、そういった感覚は、感じ取れないと思う。
ああ、みんな海水浴で楽しそうだなと思うのが関の山で、自分たちが周りからどう見られているかなんて、及びも
つかないだろう。
私は、アキバのオタクを馬鹿にしたいのではない。ひきこもっていろと言いたいわけでもない。
今回、たまたま彼女の誘いで、男3、女3のグループでやってきたが、本来はみんなと同じ側の人間だ。
ゲームもするし、漫画も読むし、けいおんは最高だし、2ちゃんねるのまとめブログを読むのは毎日の日課だ。
フランスやドイツでジャパンエキスポやコスプレ大会が開かれ、一時期よりは市民権を得たというものの
それでも我々は少数派であり、決して表立った多数派にはなれない。
彼女の連れの女の子が、リュックにねねさんのバッチを大量につけているの見つけて、「なにあれ~」と
おもしろおかしく指差しているのを、横からねねさんは3人の中では一番人気があって、YAWARAの声優さんやねるとんのナレーションと
同じ人がやっているとは、既に説明できる雰囲気ではない。正直、すまんかった。
何というか、私の同類があまりにも熱海という世間から浮いて見え、それに対して、本人たちは気にも留めていないことが、
さらに不幸に感じてしまい、悲しくなった。
例えるなら、小学校時代に先生以外の大人と廊下ですれ違うような、違和感や不信感というのをはっきりと感じ取れてしまった。
好きなものは好きと言いたい気持ちもわからんではない。わからんではないが、何というか、もう少しうまくお互いの
妥協点を探ることができないだろうか。
楽しい場所に来れば、テンションを上げて、人の迷惑にならない程度には無茶をしてもいいし、ぼそぼそ話すのでなく、
声を張って笑顔で会話してほしいし、リュックにバッチをつけまくるのも、控えめにしてほしい。
ラブプラスののぼりやおせんべいなどのお土産も土産物屋の品揃えからは明らかに異質で、つい見てみぬ振りをしてしまうので、
もうすこしこじんまりとできないものだろうか。
池上彰「今回、なぜ、平野綾さんが恋愛経験を語っただけで騒動になったのでしょうか?ひとりさん分かります?」
劇団ひとり「え~っと 綾ちゃんがアイドル声優だからですか?」
池上彰「正解です。その通りなんですね。では、なぜアイドル声優だから、これ程騒がれるのか解説していきましょう。
キーワードは『アイドル神話の崩壊』です。従来、アイドルと呼ばれる人はトイレにもいかない、虚像的なイメージを持っていたんです。
それが80年代に入り、おニャン子クラブの登場でごくごく普通の女の子がアイドルになって、この神話は崩れました。でも、もうお判りですね。土田さん?」
土田「そのアイドルの代わりに声優さんが、このイメージを持つようになった……」
池上彰「そうなんです。アニメという二次元的なイメージと密接に関わる声優さんは、虚像的なイメージをもたれやすいです。
『声優は最後のアイドルだ』と言う人も少なくありません。彼女たちもこのことをわきまえて、アイドルを演じています。
その筆頭格の一人であった、平野綾さんが恋愛経験を語ったんだから、騒動になるのも当然なんですね」
柴田理恵「ああーなるほどー」
池上彰「いい質問ですね。この騒動で幻滅した平野綾さんのファンは、スフィアの四人に移行すると言われています。
彼女たちは11月に武道館ライブも決定しています。言わば、ノリにノッている声優グループです。
平野綾さんの騒動が彼女たちの更なる起爆剤になることが予想されています」
池上彰「そうなんです。ひとりさん!!いい所に気が付きましたね~
平野綾さんの代表作と言えば『涼宮ハルヒの憂鬱』ですね、彼女のファンの多くはハルヒからファンになったという人も少なくありません。
スフィアで一番人気と言われている、豊崎愛生さんは『けいおん!』の平沢唯役で大ブレイクしました。
土田さん、もう、お判りですね?」
池上彰「そうなんです!この現象は京アニブームの移り変わりを上手く象徴しています」
柴田理恵「じゃ……綾ちゃんはどうなるの?」
池上彰「またまた、いい質問ですね~ 恋愛経験を語ると同性に好かれます。
昨晩の騒動は熱狂的だったファンを減らして、代わりにライトな女性層を獲得する意図があったですよ。
これが成功したかどうかは、これからの彼女の頑張り次第です」
劇団ひとり「いやー、すごくよく分かりました」
池上彰「でも、皆さん、これだけはわかって下さい。演じるということは経験を積むということです。
普通の女性のように恋愛経験が合ったほうが演技に幅が出ると思いませんか?
彼氏が居ても、居なくてもファンは一途に応援しましょうよ」
柴田理恵「そうよね。22歳で恋愛経験が無い方がオカシイわ。アタシだって、綾ちゃん位の歳で彼氏居たわよ~」
池上彰「最後に答えづらい質問が来ちゃいましたね(汗)~
えー喜多村英梨さん、伊藤かな恵ちゃん、花澤香菜たん、スフィアの四人も当然好きですね。
一同「ハハハッ」
池上彰「いや〜でも、それだけ魅力的な声優さんが多いですよ〜 皆さんも好きな声優さんを見つけて素敵なボイスライフを送りましょうね。本日はここまで、ありがとうございました」
平野綾にしても、今の例えで言われた霊夢にしても、健全な女性だったらその年だったら経験のひとつやふたつあっても当然でしょ、としか思わない。なかったらなかったで妄想のネタになるけど。
http://twitter.com/tsukimibaagaaaa/status/20316066099
アニメのキャラ演じてる、CD持ってる、ライブに参加する、握手するぐらいしか接触がないだろうオタどもが、なんで平野綾の恋愛に口出しできるのかがよくわからん。顧客欲求にしても過剰請求だろ。
………
アイドルっていう仕事、商売をわかってない人多いんだなあ。そういう問題じゃないんだよ。
アイドルは男女交際禁止とは昔から言われてたし、そう言いながらみんな実際には交際してたわけだけど、それは絶対表に漏らさなかった。
「アイドルは夢を売ってる」みたいなことはもうあまり言われなくなったけど、基本にあるビジネスモデルは昔から変わってないんだよ。
しかし今夜の平野綾を巡る騒ぎはいったいなんなんだろうかなと。別に自分がつきあったり結婚できる可能性なんて無きに等しい相手が、どんな恋愛遍歴重ねようといいじゃないか。いいキャラクターでいい演技をして楽しませてくれさえすれば……という俺はマイノリティなんだろうか。
平野綾グータン事件であちこちが炎上してて笑ったww 別に普通の女の子なら恋くらいするだろうに、なにも発狂しなくても・・・w
何と言うか、ど〜でもええわ‼誰が恋愛しようが自由だし勝手やんけ‼本当、ヲタって奴ァロクでもないわ‼RT@conan015 RT @2chradio: (24res/h) 平野綾がテレビで恋バナ解禁で、ファンのキモヲタが怒り狂い殺人予告! http://bit.ly/dBE8X8”
酒の所為で、グータンヌーボ見る前に寝てしまう。なんか実況まとめ見ると平野綾オタが死亡してたが、あんだけ可愛い子なんだからそら男と付き合ってるわ!!どんだけ夢想家が多いのか。カイジの一条の『ところがどっこい、これが現実です!』のAAが貼られててその通りだなーと思ったw
平野綾が過去の交際うんたらって、別にいいじゃないか。誰だって自分の恋愛くらい話す権利くらいあるでしょうに…。これ、あれだよね、某実況者のときもそうだったけど、自らのイメージや理想像に沿わない行動をすると「あなたはそんな人じゃない!ひどい!私の○○を返して」みたいな言論になるのかな
アイドル・声優ヲタは何か色々妄想しすぎだよ。平野綾だって普通にそこらにいるかんじの女の子なんだから恋愛のひとつやふたつやみっつや・・・してるだろう! なんでしてないとか思うんだろうねぇ。だから嫌いなんだよねぇ
平野綾の件、別に付き合ったって、恋愛したって、いいんじゃないの。なんでそれで問題になるかわからない。発狂してるやつバカじゃないのか。 [8/7:淀川花火オフ|8/8:みのりん河口湖|8/9:LiSA京都]
別に声優が付き合っていたっていいじゃないか。そこまで怒る理由が分からない…:平野綾がテレビで恋バナ解禁でファンが怒り狂い殺人予告! Wikipediaに「死ね死ね~」とイタズラ書きまで - ガジェット通信 http://bit.ly
平野綾の暴露話なんてあったのね。しかし、あんな綺麗な人が恋愛経験無しだと本気で思ってた人がいるのかー。何かびっくりするな。
平野綾さんのファンの一部さすがに気持ち悪いな。可愛いからファンになったんでしょうに、その人に恋愛経験ないと思う?ファンってのはそんなことで揺らぐのか、って聞きたい。
グータンヌーボに出た平野綾さんが今、全力で叩かれているらしい。 別に彼氏いてもいいじゃねえかよw 北乃きいの件にしろ、一部の熱狂的なファンは頭おかしい過ぎる。芸能人の仕事と私生活を一緒に考えるのはなんだかなぁー
グータン見ればよかったー。平野綾は好きでもないけど、ちょっと好きになった。22歳で恋愛したこと無い方がドン引きだよ。皆のレポじゃわからんから、ちゃんと見たい。
ニュースで見たけど、どうやら平野綾さんが出演したテレビ番組で、自分の恋に関しての話をしたら、激怒したファンが出たそうな。あのな...声優さんも人の子だぞ。恋して結婚するのは普通のことだろ?こんなことを祝う気が無く、ただ激怒しかできないヤツは真のファンとは言えないと思うぞ。
「声優の平野綾さん、恋愛話を暴露」しただけで,なんかよくわからんが,キモオタがギャーギャー言ってる.ヒトが恋愛しようがパコろうが自由だろうに(´ε`;)
平野綾問題。オレも「グータンヌーボ」見たけど、なにが問題でも??北乃きいちゃんの一件でもそうだが、オトコはだいたい異性に幻想を抱きすぎ。ましてやテメエの彼女でもないオンナが私生活でなにしてようが関係ないじゃん。
声オタ必死wwww過去の恋愛に文句付けんなよwwwwあのルックスで彼氏いたことないって方が変って分かるだろww @平野綾がテレビで恋バナ解禁! ファンが怒り狂い殺人予告まで? http://getnews.jp/archives/70924 #getnews
平野綾の恋愛遍歴に驚いてる人は現実を見せられて愕然なんだろーなぁ。でもあれぐらいのルックスなら普通にあるような感じだと思うけどなぁ。
平野綾が恋愛について語ったから切れるとかマジバカじゃないのか。考えてみろ、人と付き合った事もないような声優が、アニメでもそういう演技が出来るのかを。そもそもが人前でキスしてる写真を撮られたとかじゃないんだから、良いじゃないか。そもそも、あの番組で恋バナしないわけにはいかないよ。
なんか平野綾がどうのこうのというツイートに前提としてあるべきの彼女がアイドル声優だったという事実が全く考慮されてないものばかりで萎えるなあ。アイドルは演じるものであって偶像なのに
で、平野綾が現実にアクセスできる相手だったら、マジかよ…死ねよデコビッチ、とか言いつつ昼休みの寝たフリに戻ればいいんだが、実際は平野綾にアクセスするためには金が必要。変な言い方だが「信じて」払ってきた金を裏切られることになる。
というわけで平野綾騒動は、失恋、すなわち恋愛状態を維持するのに必要だった金、そして代償としての物語を裏切られたことになる訳だ。暴動だって起こるだろ。
なんかエヴァってダサくなったなって思った。
感性が古いのかな。これが年をとったってことか?高校生くらいなら楽しめるんだろうか。
でも、ネットの有名人の感想まとめとかなんか読んでたらみんな子どもみたいな感想で驚いた。なんでだろう、すごいのはすごいけど・・・
旧劇場版と比べてしまうせいなのだろうか。
あっちのほうは、絵的にすごいだけじゃなく、ちゃんとマッチしていて、少数の粗とか嫌な部分を許せるくらいの勢いだったんだけど、
こっちのほうって、なんか・・・勢いだけ無駄にあって、ひたすら「おらおら!すごいだろ新劇場版は!驚けやおらおら!」って感じで、気色悪いっつーか何こいつら?って思っちゃった。
序を見た時に、なーんか絵が綺麗になっただけなんだなーと思ってあまり感動しなかった。でも、見るとやっぱり絵は綺麗だし、一応しっかりとしてはいるから見れる。見たいと思う。
でもこっちは・・絵と勢いだけでゴリ押ししただけっていうか。感想見ても、デザインが~作画が~って感じで。
これって狙ってんのかなぁ。庵野信者だったら、狙っているに違いないって思えるけど、俺には「リメイクってやっぱうまくいかないわぁ。ちょっと狙って外した感を盛り込んで目くらまししちゃおう」って感じにしか見えない。
バリバリ外してるっていうか。マリとか・・何あれ。坂本真綾って聞いた時驚いたけど、それ以上になんでこの役引き受けちゃったんだろうかわいそうにって気持ちが。
うざいキャラをウザい感じで表現して何がしたいんだよっていう。浮きまくってるし。なんかすごいこんちきしょーみたいな感じで頑張ってるのに全然伝わってこないや。
まずね、マリがしゃべるだけで寒い。もうしゃべんなどっかいけって感じで。にゃ、とか狙っているにしても狙って外した感狙っているにしてもどっちにしてもありえない。
本当に、旧劇場版と新劇場版って同じ人がやってんの?って思ったくらい。センスなさすぎ。ていうか、やめとけばよかったんだよね。やっぱ。
庵野さんの自説すごい好きだったんだよ。庵野エヴァっていうのがなんでこうもすごかったかって言ったら、やっぱレベルが高くて感情移入も出来るってところにあった。
それが、そういう要素をなんか全部なくして、薄めて、新キャラとか作って、映像美と勢いとよくわからんショボイセンスで再構築して「これが新しいエヴァです」って、笑わなきゃいけないところ?
いやあのさ。エヴァってそもそも、絵だけじゃないんだって。絵だけだったら絵だけで全然ダメなロボットアニメいくらでもあるでしょ。
庵野さん自身が言ってるように、全てのキャラが自分の分身だったからこそのリアリティなわけで、そこを再構築して庵野から引き離してちゃんとした物語っぽくして、一体何がしたいのと。
なんか、相当金かかってるんだろうけど、金かけて道楽したかっただけ?リメイクって大体失敗するっていう法則めいたものがあるような気がするんだけど、リメイクすべきなのは失敗した作品だよね。
成功した作品をリメイクして何がしたいんだと。劣化させて道楽で作って「これが新しいエヴァです」ってか?恥ずかしいよ。恥ずかしすぎ。
童謡だの翼をくださいだの、笑う気も起きなかった。終始鳥肌立ちっぱなし。キモすぎて。
絶対さ、これクラシックの代わりに童謡流したらどうなるんだろうって考えでやったんだろ。本気でありえないから。本気で合ってない。合ってないとか通り越して嘔吐するレベル。
クラシックはやっちゃったからじゃあ次はそうじゃないものを、っていう視点にならざるを得ないからリメイクはダメなんだよ。どれだけクラシックが合っていたのか理解しているはずなのに。
リメイクだから同じような雰囲気にするわけにはいかん、って感じで次々よくわからんアイディアを詰め込んで自爆してんじゃん。何やってんだよ。
別に新しいエヴァみたいわけじゃないんだ。
エヴァなんてもう完結してるし、そのあと出たエヴァ2で公式設定で裏の裏まで見せられて「あ、エヴァってこの程度だったんだ」って失望したクチだし。
結局一部の人たちが主張していた「謎っぽく装飾して人気が出ただけのアニメ」だったんだよ。ただ、レベルが高かったり、感情移入しやすいように監督の魂がキャラの中に入っていたから、大ヒットしたというだけ。
設定そのものは何の面白みもない、しょぼーいものだった。それをいまさら、しかもその設定を再構築(?)して、あれがやりたかったのかよ。
めちゃくちゃ大体的に宣伝とかしてるけど、こっそりやる類のものだろあのレベルじゃ。
あ、あと全体的に声優がおわっとる。シンジ君とかミサトさんとかリツコさんとかあの辺。声出てないし、苦しい演技とか声でなくて苦しがってるじゃん。すいません笑っちゃった。もう無理だったんだよ。一瞬のきらめきっていうもんがあって、そういうきらめき(シンジ君やミサトさんのあのどうしようもない迫力)をフィルム(旧劇場版)に残せただけでも超ラッキーだったのに、よもや二匹目のドジョウを狙うとは。声優さん哀れすぎ
でも、ネット調べて同じような意見としては自分で記事を消しちゃった岡田さんくらいしかいなかったのが色々とショックだった。それ以外の人達、あんな褒めるほどのものか?それとも、ビジュアル面だけ見てすげーすげーって言う程度の映画に俺が肩入れしすぎなのか?
声優さんが大好きです。声オタです。
これって依存症の症状だよね。
そういう風に人を考えるのも嫌だし、
アイドルの人はアイドルの人でクソみたいな思いして頑張ってるんだろうなぁって思うと
こっちが死にたくなる。
アニメも見るよ。
アイドルがかわいい、ラジオがおもしろいとかそういう理由で惹かれるのもあると思います。
けど、ここまでの中毒性はそれだけじゃないと思う。
生活してて関わる異性がいないから、異性の対象としてアイドルを見るのか。
でも、極端に言っちゃえば、
恋人な関係になりたいとは思ってない。
でも、近づきたい(友達になりたい)。
この心理ってどういう原理で出てくるものなんでしょう?
「あなたは有名人と友人になりたいですか?」
って質問。
この質問でどういう意図が分かるんでしょうか?