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2012-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20120214114253

やくみつるが死ぬべきだけには反対。

もしどんなに知性に乏しくその割に自信過剰で、

一般人よりずっとバカなのに知識人ズラしてて、

偏見相撲界に押し付けるだけで人格も劣悪で

まとはずれなことばかり言っているクズだとしても、

生きる権利はある!!11!

2012-01-17

今週ブログ巡回中にチェックした本。とりあえずクルーグマン系は読もうかな

知識人とは何か (平凡社ライブラリー) - エドワード・W. サイード

ルポ 餓死現場で生きる (ちくま新書) - 石井 光太

僕が「チャングムから教わったこと―人を喜ばせる「仕事・もてなし・サービス」の原点 - 田崎 真也

まんが学特講 目からウロコの戦後まんが史

荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書) - 荒木 飛呂彦

風雲戦国伝 (PHPコミックス)

格差はつくられた―保守派アメリカを支配し続けるための呆れた戦略 - ポール クルーグマン

図解経済学者バトルロワイヤル - 小泉 祐一

とりったー (リュウコミックス)

良い経済学 悪い経済学 (日経ビジネス人文庫) - ポール クルーグマン

スティグリッツ教授経済教室グローバル経済トピックスを読み解く - ジョセフ・E・スティグリッツ

人生 (ガガガ文庫) - 川岸 殴魚

文章の書き方 (岩波新書) - 辰濃 和男

2012-01-07

日本メディア間の隔絶について 続き

元記事

http://yorogame.blog137.fc2.com/blog-entry-513.html

9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高いこの文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

またこれらの考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高い蒼井そら社会理想希望について語りながら、性的な事を行う映像を創ることもまた効果であるといえる。

その理屈を使って、ネット上で論じられる著作権問題を憲法が持つ全体の利益という視点を重視して、多少厳密さを欠いたうえで語るなら、インターネット上の無料コピー日本人が一般的に思っているほど、あまり悪いこととも言えないという理屈も導ける。

ネット上の無料コピーによる、著作権侵害違法であるといっても、動画サイトで見るのは良いが、ツールを使って落とすのはよくないとかそういうのは根本的に考えたら些末な問題でやってることは本質的には同じとも云える。それを差異があるように演出しているのはあまり社会を善くするという意味は無いと云う事もできる。なぜなら、どのような方法であれネット上で無料コピーにより著作権侵害するという行為によって逮捕される人は現状、全然居ないに等しいからだ。なのでこのような違法としていて一部はそれを遵守せよ!と感情的になっているがその視点は近視眼的ということもできる。そういったあまり根本的に考えなていない意見によって脅迫をかけるような同調圧力と化していると思う。全体の利益という視点を重視したら、違法としててもろくに取り締まりもおこなっていないやったもん勝ちみたいな、現状の無料コピーに対する意識というのは不自然です。赤信号場合によっては無視してもいいという意識は誰でももっているように、無料コピーにしても、目立つ形でやった人間以外ととても運の悪い人以外には、取り締まりなど無いに等しいから、やるのは個人の判断で赤信号を渡ることと似たようなこと。という意識を多くの国民がもっていたほうが国家としては健全だと私は思う。その国民意識に応じて法を変えれば良い。

そのようなそこの浅いときに、脅迫的ともいえる同調圧力意見というのはネットにはありふれていて、その思考方法を変化させるためにも国家はどうあるべきかという形を分かり易く国民全員に伝えなければいけないと思う。

(終わり)

日本メディア間の隔絶について

日本メディア間の隔絶について 日本のおけるネットオールメディアの最適な関係の構築方法模索

この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高い

この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、Permalink | トラックバック(0) | 04:44

2011-12-27

[]2

http://anond.hatelabo.jp/20111226142435  から。read it laterに登録するためなんや。堪忍してくれ。

本屋でチェック

ビジネスマンのための「行動観察」入門 (講談社現代新書) - 松波 晴

日本基準とIFRSから考える 原則主義の会計力

受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法 (新潮文庫) - 池谷 裕二;

上場ベンチャー企業の粉飾・不正会計、失敗事例から学ぶ―ケースブック - 門脇 徹雄

エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略 - ジェフリー・ムーア

ライフサイクル イノベーション 成熟市場+コモディティ化に効く 14のイノベーション - ジェフリー・ムーア

文明論之概略 - 福澤 諭吉

福沢諭吉 国を支えて国を頼らず - 北 康利

僕は君たちに武器を配りたい - 瀧本 哲史

ソドムの百二十日

死体泥棒 (星海社FICTIONS) - 唐辺 葉介

草子ブックガイド(1) (モーニングKC) - 玉川 重機

☆☆Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist - Dick Costolo


ーーーーーーーーーーー

子育て

喝采症候群―独断的パラノイア

子どもの話にどんな返事をしてますか? ―親がこう答えれば、子どもは自分で考えはじめる

10代の子をもつ親が知っておきたいこと

家庭のなかの対話―話しあえない父親のために (中公新書 (779)) - 伊藤 友宣

親業―子ども考える力をのばす親子関係のつくり方 - トマス ゴードン

他者といる技法―コミュニケーション社会学 - 奥村 隆

経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)

ウィーン家族 - 中島 義道

いじめを考える (岩波ジュニア新書) - なだ いなだ

☆「経験学習」入門 - 松尾 睦;


ーーーーーーーー

◆英語

英会話ペラペラビジネス100 - ビジネスコミュニケーション成功させる知的な大人の会話術 [CD2枚付] -

たったの72パターンでこんなに話せる英会話 (アスカカルチャー) - 味園 真紀

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国家〈上〉 (岩波文庫) - プラトン

☆ニコマコス倫理学 (西洋古典叢書)

ソクラテスの弁明ほか (中公クラシックス (W14)) -

吉田松陰 - 川口 雅昭

気違い部落周游紀行 (冨山房百科文庫 31) -

ガダラの豚 1 (集英社文庫)

歴史〈上〉 (ワイド岩波文庫) - ヘロドトス

「科学的思考」のレッスン―学校で教えてくれないサイエンス (NHK出版新書) -

☆報酬主義をこえて(叢書・ウニベルシタス 704)

☆中国化する日本 -日中「文明の衝突」一千年史

学習する組織 -システム思考で未来を創造する

☆よいこの君主論 (ちくま文庫)

絶望名人カフカ人生

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎

承認欲求―「認められたい」をどう活かすか? - 太田 肇

取材学―探求の技法 (中公新書 (410)) - 加藤 秀俊

単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜 - 小熊 英二

暇と退屈の倫理学 - 國分 功一郎

[新訳]南洲翁遺訓 - 松浦 光修

人間の限界 (岩波新書 青版) - 霜山 徳爾

大英帝国衰亡史 PHP文庫 - 中西 輝政

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー) - 渡辺 京二

☆まんが医学の歴史 - 茨木 保

騙されないための世界経済入門 - 中原圭介

君たちはどう生きるか (岩波文庫) - 吉野 源三郎

社会学入門―“多元化する時代”をどう捉えるか (NHKブックス)

データはウソをつく―科学的な社会調査の方法 (ちくまプリマー新書) - 谷岡 一郎


未来形の読書術 (ちくまプリマー新書) - 石原 千秋

こころ』大人になれなかった先生 (理想の教室) - 石原 千秋

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか? - メアリアン・ウルフ

小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書) - 平野 啓一郎

アート・オブ・コミュニティ ―「貢献したい気持ち」を繋げて成果を導くには

「分かりやすさ」の罠―アイロニカルな批評宣言 (ちくま新書) - 仲正 昌樹

経済学という教養 (ちくま文庫) - 稲葉 振一郎;

プラクティカル産業組織論 (有斐閣アルマ) - 泉田 成美

経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える - 飯田 泰之

訳者解説 -新教養主義宣言リターンズ- (木星叢書)

論理で人をだます法 - ロバート・A・グーラ

この世で一番おもしろいミクロ経済学

キケロー弁論集 (岩波文庫)

歴史哲学講義 (上) (ワイド岩波文庫 (225)) - ヘーゲル

弁論家について〈上〉 (岩波文庫) - キケロ

情報の文明学 (中公文庫) - 梅棹 忠夫

続・発想法 中公新書 (210) - 川喜田 二郎

考える技術・書く技術 (講談社現代新書 327) - 板坂 元

知的生産技術 (岩波新書) - 梅棹 忠夫

知性の磨きかた (PHP新書) - 林 望

神話の法則―ライターズ・ジャーニー (夢を語る技術シリーズ 5)

人蕩術皆伝―人蕩術とは人たらしの術である (致知選書)

新装版 孫子(上) (講談社文庫) - 海音寺 潮五郎

現代文正法眼蔵 1 (河出文庫) - 道元

空海の夢 - 松岡 正剛

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小説

白い雄鹿 - C.W. ニコル;

鯨捕りよ、語れ! - C.W. ニコル;

誇り高き日本人でいたい - C・W. ニコル

特務艦隊 (文春文庫) - C.W. ニコル

バンビ――森の、ある一生の物語 (岩波少年文庫)

猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353) - カート・ヴォネガット・ジュニア

スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302)

原点回帰ウォーカーズ (MF文庫J)

バニラ A sweet partner (スーパーダッシュ文庫)

犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックスノベルズ) - 唐辺 葉介;

塔の町、あたしたちの街 (ファミ通文庫 お 4-4-1) - 扇 智史

どろぼうの名人 (ガガガ文庫 な 4-1) - 中里 十

ふわふわの泉 (ファミ通文庫) - 野尻 抱介

さびしい王様 (新潮文庫) - 北 杜夫

戦争の法 - 佐藤 亜紀

歯みがきつくって億万長者―やさしくわかる経済の話 (チア・ブックス)

戦争を平和にかえる法

ゲド戦記(6点6冊セット) (岩波少年文庫) -

細雪 (中公文庫) - 谷崎 潤一郎

ペインティッド・バード (東欧の想像力) - イェジー コシンスキ

犬憑きさん 上巻 (スクウェア・エニックスノベルズ)

2011-11-25

西洋学問に汚染されたイカレタ経済学者のいうこと聞いてると、そのうち水道局まで民営化されそうな気がするので独り言を残しておこうと思う。



彼らは口癖のようにいつもこう言う。

市場競争原理を利用して、より質の高い水を低コストで利用者にお届けする」

「水利権に喰らいつく官僚公務員から 権利を取り戻せ」

「自由に競争させろ、規制を撤廃しろ」

そう言った詭弁を使い回し、自己利益を増大しようとする。



そして、彼らの言うとおりにこの何十年間やってきた結果、起きたことは

・過剰なコストカットによるサービス品質安全)低下

・寡占による価格の上昇

過疎地離島においての事業撤退

とかそういうことが起こった。



もちろん、公共サービス民営化したら、その事業において利益は残るようになった。だが、それはその事業においてのみの金銭的成功である社会全体としては大きな遺恨を残すことになる。



例えば、イギリス水道局の民営化によって 多大な利益多国籍企業にもたらした。しかし、利益を出すのに、まず大量の人員を削減しなければならず、配管の資材や工事コストも最大限に抑えられた。一見、聞こえが良いが、イギリスではコストカットによって水漏れ工事が多発し、全体の約40%以上の水が漏洩して失われている言われている。しかも、彼らはコストを最優先する生き物なので、新たに水資源を確保する工事コストとブッ壊れた配管をなおす工事コスト、どちらが安いか見積もって とりかかる。その為、前者が安い場合は、大事な水資源破壊を引き起こす。さらに、水質汚染まで深刻化し、イギリスではまともな水道水供給されていない。



それだけではない。工事する業者は一番いところが選定される為、今まで受注していた地元密着型の企業は選ばれず、大手外資本がそれに参入することになる。これも競争原理が働いている。だが、これによって地方雇用は激減、治安は荒れ放題、結果 雇用促進や治安維持費などの歳出が増大し、それが財源を圧迫する始末



こうした、社会全体としてはデメリットの方が大きいものを「コウリツカ」の名の下に弱者切捨てを行うのが今の時代の「グローバルタンダート(笑」というわけだ。最近ではコイズミさんとかタケナカさんとかノダさんとかハシシタさかが有名。そして、それを後押しする知識人のなんと多いこと。ウンコ投げつけてやりたい気分ですわ、マジで

2011-10-05

まどか☆マギカってぶっちゃけ駄作だよね

というか文化人知識人が持ち上げる作品って例外なく駄作しかないんだけど。

ガンダム然り、エヴァ然り。

こういう作品ありがたがってる奴らとは会話したくないわー死んでくんねーかなー

http://anond.hatelabo.jp/20111005091738

アメリカでー、アメリカわー、アメリカがーって話をする奴はさ。

英語アプローチできる対象と、日本語アプローチできる対象を、実際に考えてみりゃいいんだよな。

世界を相手にできる媒体電子化にかけるコストと、日本国内の下手すりゃ一部技術屋や似非知識人しか相手にできないような媒体にかける電子化コストと。

なんで「同じ」だと見積もるのかね。

電子媒体が出回るリスクとか考えたら、日本語書籍なんて二の足踏んで当然だよね。

全然天秤の釣り合いが取れてない。

2011-08-29

オトナになろうよ

かつて純真だった若者は、あるとき世の中にある『利権構造』というものを教えられたとき社会の全てのカラクリが解けたような気になる。

それまで、どうして貧富の差が大きいのだろう?どうして政治家馬鹿なことをしているのだろう?どうして愚かな戦争が起こるのだろう?・・・と、純粋なる心で不思議に思っていた疑問に対して、『カネ』とそれに執着する『悪い人』の存在ベースにした説明は明快で、非常にわかりやすい回答を与える。

そしてそれを知ったとき、世の中の汚さを知り、若者ひとつオトナになる。




---ただ、いつまでたってもそれ以上に考えを進めず、それで自分が賢くなった気でいる"オトナ"があまりに多い。

「それが世の中の全てさ」とそこで思考停止し、シニカルに批判してペシミストを気取る。

それは究極、「みんな『悪い人』が悪いんだ!」と誰かのせいにしているだけである。これが本当にオトナの考え方だろうか?




本当に様々な経験を重ねたオトナなら、一度は、こんな経験をするはずだ。

「誰も何も悪くないのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろう・・・

正義正義がぶつかった諍い。善意が招いてしまった失敗。一部でなく全部を満足させようとして結局全部ダメに。

悪人はどこにもいなかったのに、結果的に誰かが酷い目にあってしまう哀しい構図。

---『悪い人』がいなくても、結果として『悪いこと』は起こり得る・・・


それを知ってから、改めて歴史社会を見直す。すると、かつて「一部の悪い人の利権」をベースとした説明ですっかり理解した(つもりになっていた)『悪いこと』を起こした原因に、『悪い人』は誰もいなかった-無知や誤解や失敗があっただけ-というケースがとても多いこともわかってくる。


からこそ、我々は、自らの『正しい』行為意図せず『悪』に転じないように、よく学び、よく考えて、慎重に自戒しながら、生きていかなくちゃいけない・・・

それを知ったとき、人はもう一歩オトナになるのだ。




ところが、残念ながら、そこの段階に進まない人は多い。

進まない人をここでは「第1段階のオトナ」、そこから先に進んだ人を「第2段階のオトナ」と呼ぶことにする。


第1段階のオトナは、前述のような、誰も悪くないのに結果として失敗してしまったような状況で、自分世界観に合わせて『悪い人』を探し出そうとする。

”私達と逆のことを言う人間は全員、真実がバレたら『都合が悪い』連中で、つまり利権』を受け取っているに決まっている。

 「そうじゃないよ、悪い人のせいじゃないよ」と語るマスコミ知識人はみんなその利権に買収されている御用業者だ。

 一般人で彼らを擁護する人達は、みんなオトナの知識(利権構造)を知らないコドモだから、すっかり騙されているんだよね。バカだなあ。”

---と。



そうして、一切を『悪い人』のせいにして、その証拠が無いのは『隠蔽』されてると決めつけて、それに対する反論はすべて陰謀無知によるものと相手にせず、自分は「騙されない人間」「裏事情通」という"高み"にいるつもりになっているのである


さて、誤解されてはいけないが、第2段階のオトナは、世の中に『利権』『保身』による悪なんて全く無い、などと言っているわけではない。

第1段階を一度は経ているから、大企業財界政界がそれに染まっていることは当然、社会人常識として知っている。


第2段階のオトナは、利権構造の悪を知りつつ、それを自分とは全く関係ない他者のものとしては捉えない。

我々に出来るのは、「他人のせい」にせず、すべてを自らの問題に布置して考えることだということを知っている。

そもそも『利権』『保身』に無縁な人間など居ないのだ。


家族持ちの正社員がある日突然「お前の業務なんてアルバイトで充分だから明日からバイトの身分になれ」と言われたら、給料社会保障という『利権』を守るため、正社員の地位を守るため『保身』に必死になるだろう。

あなた中小企業社長で、もし最大の取引先から突然「もっと割のいい会社と取引することにしました、サヨウナラ」と言われたら、部下の社員達のために『利権』を守ろうと必死で裏接待でも賄賂でも何でもして、取引先から得ている『既得権益』を守るために必死になるだろう。

それを責められるだろうか?


結局、大企業政治家の『利権だってその延長上にある。

トップになればなるほど、多数の部下を護る責任は大きくなる。最終的には日本全体に対しての責任が出てくる。

彼らが背負っているのは決して「自分の贅沢」「地位」「名誉」だけじゃないのだ。

そして彼らは、日本代表として不当なほどの『利権』を世界の中で奪ってくれてきた。

結果は、税金などを通して、我々日本国民全員の豊かな暮らしにちゃんと反映されている。

彼らの『利権』に与かってきたのは、誰あろう私たち全員だ。我々は決して、無垢な第三者ではない。


政府に至っては、我々が選挙で選んだ、我々の代表だ。

日本はなんだかんだ言いながらちゃんと民主主義である制度に問題はあれど、究極は一票一票の積み重ねが、現政府を選んだ。

なのに第1段階のオトナはしばしば、『政府』というものを、どこか自分とは縁のない陰謀世界から派遣された『恐ろしい権力』と考えてるとしか思えない言動をする。

困ったことに知識人とされる人の中にも第1段階のオトナがいて、コドモから第1段階に至ったばかりの人たちを扇動し、居りもしない架空の『闇の勢力』を攻撃することに無駄エネルギーを注がせている・・・


第2段階のオトナは、利権構造人間の保身的な行動というものをちゃんと認識しながらも(第1段階)、全てを『悪い人』のせいにして思考停止せず、自分自身の問題に敷衍して全ての情報を考える。

そして意志表明の手段として、選挙に行く。




全てのオトナが、第2段階以上のオトナになれるよう、リテラシー教育が必要だと強く思う。

2011-08-20

サブ・カルチャーが力(power)をもつこと、教養のはなし

浅田彰Wikipediaページを読んでいた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E7%94%B0%E5%BD%B0

長いけど引用

人文知の現在については、『表象』no.01(2007)における松浦寿輝との対談において、「プラグマティック工学知とそれによる利潤追求がすべてだ」(テクノキャピタリズム)という発想の全面化により、「人文知の成立する余地が失われた」。「いまや国家もハイ・カルチャーに興味をなくしつつあるし、オタクあがりのIT成金もハイ・カルチャーに興味をもっていない」。残っているのは、「日本における動物スノッブあるいはスノビッシュな動物としてのオタク、その幼児的倒錯」しかないように見え、実際、「幼児的退行を売り物にするカルチャーが、日本的なオタクの特殊な表現であるということで、世界的に売れてしま」う。「2000年前後に、ドラスティックな変化があった。それまでは近代文学というものが辛うじて生きていた。しかしいまやそういう意味での文学とは違うところ、いわゆるライトノベルケータイ小説アニメゲームのほうが、主流になってしまった。文学もそういうふきさらしの荒野に出てしまったと言う感じははっきりする」

しかし「素直に言って、僕はそういうものは最悪だ」と思うし、「市場論理がすべてだとは絶対に思わない」。とはいえ、それらへの「反動として、ヨーロッパ的(あるいは東洋的)な古きよき教養に戻るというのも望ましくもなければ可能でもない。亡命知識人の体現するヨーロッパアメリカ臨界に、20世紀の人文知の最大の可能性があった。それを21世紀にどうやって取り戻せるのかというのが、ひとつモチーフになる」と述べている。

この鋭さはやはりすごい。

これについこの前の内田樹の話がかぶってくる。

http://blog.tatsuru.com/2011/08/01_1108.php

こちらは引用しないけど、ネット上の言論が暴力的になってきているという彼の印象と、それについての言説。

で、

サブ・カルチャー社会において力を持つということは社会教養レヴェルが(全体的に)落ちたということではないのか?

教養の不足、というのは、他者との距離感を錯誤する。わたし、と、あなた、の違いが曖昧しか感じられなくなってくる。

総理大臣に『バカッ!』ということが、冗談でなくて本気で彼に伝わる、そんな感覚さえもつようになるのでは?

そして政治家もまたひとしく教養を欠き、彼らの十八番であった言葉遊びができなくなって、記者会見で泣き出す?

政治家でない私が政治家と違うのは、互いの囲まれた環境(circumstance)が違うのだから当然で、彼の言葉を理解できないから『理解しようとする』。

今そういうことを皆できなくなってきてるのではないか

『おマエ氏ね』と書き込むひとは、案外以前より一層、本気で書くようになってきたのではないか

二人のコトを読んでそんなことをぐるぐる、もやもや、考えた。

2011-08-15

アジア人英語で話す寂しさ

10年ほど前学生の時、香港旅行に行った。

現地人に間違われることも何回かあり、

こちらが広東語を解さないことを悟ると英語に切り替える。

北京語筆談しようとして漢字を書いた紙を見せても英語で返される。

街中に溢れる英語はcentreとか-iseとかイギリス式だった。



ちょっと落胆した。

同じような顔をした東アジア人、同じ漢字の知識を持つ漢字圏の人たちと、

遠い西洋の国の言葉である英語で話すことの疎外感。



来日アジア人学生とは日本語で話していたから気付かなかったけれども、

日本に照準を当てていない外国人とは、いか文化人種的に近い東アジア人であろうとも、

英語がまずは標準語になるのだ。




最近東南アジアに行ったときも、やはり現地人との会話には英語を使うしかなかった。

現地の言葉を話そうにも、「サワディー」「カムオン」ぐらいしか分らないんだから

英語は分るのに、同じような顔をした人達の基本的な挨拶も知らないなんて!

自分を恥じた。




日露戦争の時は日本人清国人と朝鮮人ベトナム人とは、知識人であれば会話は出来なくても漢文で意思疎通が出来たらしい。

伊藤博文暗殺した安重根漢文の遺稿を残している。

安は日本人看守に処刑前に「為国献身軍人本分」と自書した遺墨を渡した。

今や朝鮮人ベトナム人も平均的な戦後生まれは漢字を理解しない。

もっとも千数百年前は当時の漢文が今の英語の立場にあったのかもしれない。




英語世界が均質化されるということは、逆に言えば今まで交流の浅かった遠い国との距離が縮まる分、

隣国との距離が相対的に広がるということでもある。




追記:

揚げ足取りする人ばかりでうんざり


広東語は話し言葉香港でも書き言葉普通話なんですよ。


アジア」は多義的で曖昧言葉ですね。

文脈によってその指す範囲は異なりますが、本稿では、文面から

漢字や箸や仏教儒教伝統文化として擁する東アジアの国々」からモンゴロイドを主要構成員とする東アジアの国々」

までを漠然と指している、ということを、感じ取れないでしょうか?

形式的には「中華人民共和国」という国連の基準では一つの国家の中に含まれていても、

ウイグルやカザフやキルギスウズベクチベットを「東アジア」に含んでいないことを、感覚的に理解できないでしょうか?



英語で十分、それ以外の言葉を学んでいたらきりがない」

英語がどこでも通じるから便利」

から、そのほかの文化が滅びていくことが無念だ、というのがこの日記の主題なんですよ。


安重根辞世の句、これは漢文から魂が込められているのです

同じ文句を英語で安が発言したとして、意味は通じるでしょうが、それはもはや魂のない「記号」でしかありません。

漢文も土着の言葉を蹂躙して君臨してきた事実差し引いてもです。)

今の韓国人は安の遺墨「為国献身軍人本文」「国家安危労心焦思」を読めません。

安の遺墨に込められた魂は漢字排斥により子孫たちから断絶されました。

私たちは、英語を汎用できる利便性と引き換えに、それぞれ固有の文化が持つ魂を失いつつあります



「自身の不勉強から強引に一般化する」

英語以外の言葉を学ぶにせよ、世界中言語全てを「平等に」習得するのは無理ですから

何にせよ取捨選択はしなければいけませんよね。

対象が日本語であれ英語であれ日本語方言であれ何であれ。

人類永遠にこの宿命から逃れられないという現実を嘆いています

2011-08-04

ノルウェーテロについて

3・11であれだけアルファブロガー(笑)知識人(笑)ブログ書きまくってたのに

ノルウェーテロについてはほとんど沈黙してるのが凄く不思議だ。

今日ホッテントリノルウェーテロについての考察はいくつ入っている?

日本人が死なないと興味がわかないのか?

そんな人達がいくら悲しそうな顔をして3・11を語ってもうすっぺらいよ

2011-08-02

http://anond.hatelabo.jp/20110802085356

元マスダです

一局つぶれれば、残った局の分け前が増えるわけだし、

せめてスポンサーフジテレビから外れてくれて、

それを引き抜ければと報道にも力が入りそうなものなんですけど。



今回の出来事でマスメディアジャーナリスト知識人とか言われている層が、

パンピーと見下していた無名の層に出し抜かれていく無様さが面白いです

2011-07-31

怠惰を許容するだけのサービスを作っても流行らない

テレビネットより優れているトコロ または15万件の苦情に見るネットの可能性
http://d.hatena.ne.jp/mizuiro_ahiru/20110725/p1


ただ「怠惰を許容する」コンテンツや仕組みを作っても流行らない。

家に帰ってまずTVをつけるような人は、
人生観を変えるような良コンテンツより「他者とコミュニケーションする為の素材」としてのコンテンツを求めている。

「昨日の○○みた?」

面白かった~」

「でも、あのシーン、あれヒドくない?」

「分かる分かる!」


こんな風に、考察ではなく、感想を述べ合うに終始する会話を生み出すコンテンツこそ、彼らにとっての正義
「でも、あれって実は○○が××なんだぜ」なんてことを言うのは、事実であれ、無粋の極み。しらける。

要は、TV好きは、考察ができないほど薄っぺらなコンテンツを好む。

これは“したり顔で会話をぶち壊しにくる知識人”の介入を防ぐためで、
仮に、ある程度知性的コンテンツであれ、その情報は多くの人が既に知っており、
そこから更に踏み込むことは、コミュニケーションにおいて、それほど重要ではない。

TV提供しているのは「怠惰」ではなく、「そこはかとなく会話を楽しむための素材」だ。

からチャンネル数は限られていて、そうすることで、より多くの人間が同じチャンネルを見る可能性を高めている。
TVをみる人にとって大切なことは「知的好奇心の充足」ではなく「共感」だ。

グリーモバゲー提供しているものも、勿論「怠惰」ではない。

そこで提供されているのは「知識人(思い込み含む)が付け入る隙のない新しい世界観」と「コミュニケーション機能」だ。
皆が同じ目線で語り合える場を提供したのが成功しており、みな積極的に情報を取りに行っている。TVも同様だ。


まり知識人が「面白くない!」と感じるコンテンツや仕組みこそが、意外にも、今後ネットで爆発的に流行る。
なぜなら、知識人の締め出しに成功しているからだ。

そして、大きくなった会社に、これらは作れない。
大きな会社には頭でっかち知識人しかいないからだ。

中小企業の皆さん、
まだまだチャンスはありますよ。


※ちなみに、「怠惰を許容しつつ」というのも、とっても大事。ただ、それだけではダメ

2011-07-30

お呼びではない人の話

知識があっても知性がない人

の一つの例は、不適切発言で自分ツイッター

閉めざるを得なくなったような人だろう。

知識を適切に表現する知性がない。

ただ、さらに問題かなと思ったのは

不適切以前に、あなたはお呼びじゃないんですけど

って問題にまで口出しするような人ですね。

元々その方面に関して知識もないくせに

感情的な批判もどきを書く人。

そしてそんな批判が有害場合がありうる事も認識していない。

知性も知識もない場合ですね。

少し前にはそういう人がいたわけです

震災で多様な事が問題になった時です

そういう人に限って批判の論拠、背景をまともに書かない。

また、そういう人に限って建設的な自分なりの論拠を提示せず、

実は単なる権威主義のぶらさがりをしているにすぎない場合も多いように思えます

まあ、自分なりの論理を持ったをまともな文章を書く事よりも、

突っ込み所を見つけて適当な理由を付けて

突っ込む方が簡単である場合が多いのでしょうから

簡単な事をやってるだけですね。

さて、そういう事を平気でやる人でも

ある方面(例えば経済学)に関しては

エクスパーティーズがあるために

いわゆる知識人と分類される場合もあります

恐ろしいですね。

まあ、知識人と言う言葉はあっても知性人と言う言葉は無く、

知性がなくても知識人ではあるというのは

日本語として適切なのかもしれませんが。

2011-07-27

Twitter充こわい #change2011

Twitterだねえ。

著名人が動いているのを見たり面白い事言ってるのを見るのもよい。

友達が元気そうにしててなんだか楽しい



それくらいの、暇つぶし10割でしか使ってないのだけれど、それは活用できていないらしい。

有意義?な使い方っていうのがもっとある

評論であるとか、人生観であるとか、論をぶって。

RTしたりされたり、そうして己を磨いていく。のかな。



#change2011とかいタグ友達が使ってて、急に欧米政府がとか言い出したぞなんだと思ったら、皆はもっとすごいや。


どうやらこれはイベントなのね、皆足並みそろえて燃えたぎっている。どーりで大学生が多いと思った。



そしてなんだかむずがゆい

要するになんかアホらしい。



成長過程といえばそうなんだが、偉そうにまとまりの無い事を無勉強で呟くのはどうかと思うよ。

アウトプット大事だけれど、それっぽい言い方をする事が練習になるわけではなくて、一応の論理筋道を立ててモノを言うのがアウトプットの練習になるんだと思うよ。



世界を変える、そのための努力もする」って、世界を変える事は目的で有り得ないだろが。

ある事をやりたいから、そのために動く結果として世界が変わるだけで。世界を変える事を第一に打ち出すってのは違和感


メッセージ性のある人間が注目、尊敬されんのは仕方ない。

自分はその人間のどこにひかれてるのか少し考えてみてくれよ。

その人をモデルとして生きていくのは悪い事じゃないが、その人の勉強量を見たら偉そうなことを言うのを恥じろよ。

知識人のまねごとをするなら勉強しろ。新書ビジネス本コーナーの人口と、Twitter知識人人口の開きは一体。

って大学生だし仕方ないか



・・・



から復唱しかしないのになんで偉そうなんだよ!

理解して無いだろお前らって言われてるじゃねえか!


「感動しました、すぐ行動に移します」って!何をだよ!勉強をか!考えてからしろよ洗脳されるぞそれ!

行動力は大事だけど、自分で考えた事を行動に移すんだよ!言われた通りじゃ何も変わってねえだろ!





、と。

世界と較べて日本大学生は、という論調が多いことから目指すもの世界で通用するリーダーなんだろうけど、大半は日本就活に飲み込まれ日本企業活躍して埋没していくのかしら。


結論はプログラミングを学べなのかな?そんなことも聞いたこと無かったのかいweb進化論やら何やら何やらでさんざん言われてる事だろうに。




まあでも、少しでも本当に糧としてくれる人がいればいい、のかね。

もしくは、話を聞いて少しでも全体の意識が高くなってくれれば、それでいい、のかな。

それだったら少し意識が高くなっただけの皆さんは、衆愚として馬鹿にされてるけど大丈夫

2011-07-22

http://anond.hatelabo.jp/20110722142235

知識人と呼ばれる人があまりにも馬鹿馬鹿しい意見を出していたとき

自分馬鹿から理解できないだけで本当は深い意味があるんだ」と思っとけばいろいろと捗るよ。

実は本当に深い意味があることも多いしね。

2011-07-06

http://anond.hatelabo.jp/20110706120938

はてなの一流大卒を見てると知性も怪しいもんだと思うが・・・



ギャンブルと女と車の話しかできない馬鹿

ダイエットコスメお笑い芸人の話しかできない馬鹿

勉強趣味の話しかできなかった受験生

南京事件排外主義右傾化の話ができる良識的知識人



これって全部同じようなもんじゃねえの?

元増田が書いてるような傾向が存在はすると思うが、自分チューニングが合うという意味しかない

2011-06-23

ティッシュペーパーにもならない雑魚は東大

ちょっと机が汚れたから、ちょっと拭くために使われるのが、東大生。

最近よく分かったことに、この増田にはびこっているのは東大生だということ。まあ文句なしに、なんどもそれを連呼しているし、どう考えても東大生が異様な執拗さをもってそれをしているとしか思えない。それを見て分かったのは、東大生は無能で、下劣で、無意味で、なんの役にも立たないと言うこと。少なくとも学歴意味がないし、基本的に日本教育システムはこの増田学歴を連呼する、惨めな人間しか量産しないということ。無能者の量産システムだ。

そういうオナニー連中が物事を動かしいているのが、今の日本のたいへんな問題なのだが、これはどうしたら改善できるのだろう?

わたしは、日本知識人に、或いは学歴社会に、海外から競争を取り込むことが最重要な気がする。

海外高学歴層を絶対的に優遇して、取り込む。例えば終身的に税を完全に免除する。

明治維新のお雇い外国人ではないけれど、優秀な人に金の糸目はつけないことは重要だと想うのだ。そして、国内エリート層に容赦ない透明化と競争原理をもたらせることが、日本ダメになってしまった20年を一掃できると想うのだけど? どう?

2011-05-31

縁を切った親父がダークサイドに落ちていた件

縁を切った親父がダークサイドに落ちていた。

単純に左か右かに分けるとすると、昔から右の翼な奴だった。

親父の名前でググッてみたら、もう60歳くらいになると思うけど、2ch実名で右っぽいマジレスを返しまくっていた。

右側な知識人ブログ太鼓持ちみたいなコメントを付けていた(実名

右側な人達を刺激するようなニュースブログにもDISコメント付けまくっていた(実名

2chで軽く親父がDISられてた。でも有名人とか著名人なわけじゃないからちょっとだけだった。

家族幸せにすることすら出来なかったくせに、こんな活動をして日本を良くしているつもりなのだろうか。

親父には新しい家族がいるらしい

俺と一つ二つしか年の変わらない嫁さんもらって、物価の安い嫁さんの出身国に住んでる。

知識人の本を読むのもいいけどさ、自分の主張をネットにぶつけるのもいいけどさ

人生やり直すつもりでまず新しい家族幸せにすることを考えろよ。

俺は親父の意見はまったく同調は出来ないけど、それでも日本をよくしたいとは思ってるよ。

でもそれはさ、まず家族自分幸せにすることから始まるんだよ。

余った時間、余った労力、余ったお金で他の人を助けたり、寄付したり、ボランティアしたりするんだと思うよ。

その活動がメインになってはいけないと思うよ。

しい奥や娘に愛想尽かされるつもりか?

俺はお前の新しい娘の面倒を見る気はないぞ。

俺にも娘がいるからな。嫁さんがいるからな。

お前が俺に教えてくれたことは少ないけど、俺は自分家族自分だけは必ず幸せにする、お前を見ててそう思ったよ。

勿論出来うる限り、世の中の役にも立つようになりたい。

親父、60で5,6歳の娘を抱えているくせになにやってんだ。

お前は心底駄目な人間だ。

俺はお前に一切の愛情を持っていない。二度と関わり合う気もない。

ただ昔一緒に住んでいた義理で言ってやる。

くだらない事やっている暇があったら新しい家族幸せにすることだけに専心して生きろ。

世の中には凄まじい人達がいる。お前の大好きな知識人達はそういう人達かもしれない。ビジネス世界の巨人スポーツトップクラス選手音楽家etc, etc...

そういう人達はあるいは自分家族を顧みないで、世の中の為に活動してもいいのかもしれない。

人類全体の為に働いてもいいのかもしれない。

でもお前は凡人だ。

俺と同じ凡人だ。

凡人なんだから家族幸せにするだけでもの凄いチャレンジなんだよ。

それが達成できただけでもすごいんだよ。

そして達成できた人達は、少しだけ世の中の為にも活動するんだよ。

お前はそれがわかってないよ。

わかれよ。

もう還暦だろ?

元の家族(俺含む)に迷惑を絶対にかけるな。今の家族を大切にしろ。

それだけ胸に刻んで老後を過ごせ。

あと実名はやめようね(笑)

2011-05-20

[] やらおん階級意識について考えてみた

やらおんが人気である根本的な理由について考えてみた。

特にアニメ部分に関してはほとんど同じ水準にある萌えオタニュース速報とどうしてこんなに差が空いてるか、は興味深い。

結論を先に書くと、私が思ったのはやらおんって階級意識が明確だよねってこと。そして、一番人数が多い層の人間が一番優越感を感じられる仕組みになってること。

そして、その仕組みの結果としてやらおんでは祭りが発生する。萌えおたニュース速報では発生しない。この差は大きい。




発端は、批評家たちに対しての反発だろう。

こいつらアニメにとって何もプラスの貢献をしなかったよね、むしろ存在自体がマイナスだよねってくらいの嫌悪感を感じる。

同時に、技術とか能力ないけどアニメについて語りたいって層を大歓迎してるというのも感じる。


やらおんでは、アニメへの貢献度に対する序列が徹底されてる。

えらいのは、作ってる人と声優さんそれから買ってる人。ちょっと下の階層に楽しもうとしてる人。アンチ批評家は最下層に位置づけ直してる。

私は声優に全く興味がないし、ローソンフェアとか全く興味ない。売上情報もそこまで気にすることないと考える。

なので、なんでこの人こんなに声優とか消費活動取り上げるんだろう、って思っていたのだけれど、

こういう序列になってるんだと考えれば納得する。そりゃこっちのほうが重要度高いんだからあたりまえだよな、と。

批評家の毒にも薬にもならない批評よりかはよっぽど役に立つよねー、ということなんだろう。

他にもイロイロと特徴がある。たとえば理解しようとしてる人間への寛容さや親切さ。パロディによる個々人の楽しみ方の紹介など。

今では他も真似してるけど禁書の解説記事を毎回載せてたのは印象的。

本来禁書みたいに「解説が必要なアニメ」は、キャラ魅力が低かったらボッコボコに叩かれてたんだろう。実際錦織監督は叩かれまくってるわけで。

AB!に対するの態度も全体を叩きつつキャラ萌えを押し出そうとしてたし、

女にコンプレックス抱いてるキモオタ男読者が多いのを意識してか君に届けとか放浪少年を取り上げないところとか心遣いがわりと細かい

かなり明確な思想の持ち主であると思う。



一方やらおん空間においては今まで好き勝手に作品を叩いてそれなりにいい気分に浸っていられた批評家アンチの扱いは悲惨ものだ。

やらおん空間においては彼らは「バッシングを受ける対象」としてしか存在を許されていない。

お前らの存在いらねーんだよ、と。もう口閉じて眼と鼻と皮膚呼吸もやめて死ねくらいに思ってそうだ。

せめて口を開くなら、ヤマカンハルヒ中の人のようにアニメの話題の肥やしになれ、うんこ野郎。

あずまんみたいに言うだけじゃなく自分で作ってみろ。そして作った物に責任をとれ、敬意を払えと。

実際の事情はどうか知らないが、制作者の立場に立ちながら無責任アンチな言動とったと受け取られたあずまんはまさにワーストオブワースト

やらおん空間ではリサリサ先生まなざしを向けるのがふさわしいレベルなんだろう。



そういうやつらを見せしめにして、名状しがたい祭りを楽しむのがやらおん

割とたんたんとアニメの話題だけを載せ続ける萌えオタニュース速報

どっちが正しいとは言えないけど、人気があるのは圧倒的にやらおんだなぁ、と思う今日この頃

個人的には、やらおん価値観の再配列ははわりと一時大戦後のドイツ全体主義を彷彿とさせるものがあってあまり好きではないのだが人気には納得する。

よく「やらおん比肩するサイトがない」っていうのが話題になるけど、扇動力が全然違うのは確かだよ。ほんとうに良く出来てる。

最終的に、能力も知識もない人らが権力を握ったアニメ業界が、知識層を追いだしてどういうアニメファン層をつくるかと思うとげんなりするが、それが世界の選択というのならしょうがないわね。理想としては、既存評論家どもはきっちり潰れて、個人サイトとか若い人らが評価され直すといいんだけどなー。




で、そもそもなんでこんなに批評家知識人(笑)に対して風当たりが強くなってるんだろうか。

それは、多分みんな「このままだとアニメそのものがなくなっちゃう」ってぼんやりと危機感を覚えてるんじゃないだろうか。

あるいは、少なくとも批評家をトップに置く序列に対する現状に対する猛烈な反発があるんじゃないだか。

いつまでもアニメはなくならないだろうという前提にたって、

上から目線批評を加えたり製作者の状況無視して割りに合わない要求ばかりしたり、

アニメはいろんな要素があることを忘れてテーマとかストーリー語ってるやつらばっかりだと、

じゃあお前らは文学(笑)でも読んでろって製作者がブチギレて、

ほんまに純粋ビジネスとして萌え豚向けアニメしかつくられなくなるんじゃねーかと。

批評家多種多様ならいいんだ。

いろんな批評家がいろんな側面からアニメを評価して、

それぞれに人の集まりができて、市場ができてってなっていけば。

でも、どいつもこいつも批評家の口にするのって同じことなんだよね。内輪感半端ない。

あずまんとか宇野とかそういうもともとコミュニケーション苦手そうなやつらがメインとなって

自分たちの居心地の良い空間をつくろうとしてるから異物があまり育たなかったんだろう。

楽しみ方が恐ろしく窮屈で偏屈。喋ってる本人らはデブばっかのくせにどうしてこうなるんだろう。

あの界隈、多分2~3人いたらあと全部キャラかぶってるからいらない。

そういう批評家もの多様性の無さのため、批評家が褒める作品って限られてくる。

そうすると、こいつらを中心とした序列だと、本当に一部の作品しか残らない。

それは、ものすごくアニメというものをつまらなくさせてしまう、と、そんな展開。

これも本当のところはどうかしらない。ただ、明らかに彼らが戦犯扱いなのは間違いない。

まり気持よくないのだが、ドイツブルジョワ階級と違って批評家が役立たずだという点には同意してるのでまぁ別にいかな(爆




参考記事

http://togetter.com/li/137650

はちま機構のことはしらんけど、こういうのと比べるとやらおん比較的全うだと思う。

http://wiredvision.jp/news/201105/2011051821.html

批評界は個々人が独立してやるべきだと思う。みんなで仲良しになった時点で多分彼らもう枯れてた。

2011-05-07

オサマ・ビン・ラディン人生

外国人ジャーナリストに珍しく顔を見せるとき

オサマ・ビン・ラディン自分の手に視線を落とすのが常だった。

柔らかで少しかすれた声、優しいまなざし

通訳を好まない彼がインタビューで伝えたのは、その顔と裏腹な言葉だった。


 不信心者を殺すのはムスリムのつとめである

 2001年9月11日ゴミのように」空を舞う不信心者を見て自分は心から愉悦を覚えた。



その容貌は、殺人者というよりも賢者を思わせた。

自らの手を血に染めることはほとんどなかったが、

愛用のカラシニコフアフガニスタン戦闘ロシアから奪ったものだという。

サウジアラビアアメリカ基地イエメンアメリカ軍駆逐艦ケニアタンザニアアメリカ大使館

いずれの場合も「子供たち」の攻撃を遠方から見届けるのが彼の常だった。

賞賛されるテロリズムも批判されるテロリズムもある、と認めながら、

これは「聖なるテロ」だとしてイスラムを擁護したこれはイスラムを守る「聖なるテロ」だとした

9/11について当初は関与を否定したが、誇る気持ちが強くなったのか、

同胞19人を指揮したことをのちに認めた。



彼は自らを建設技術者とみなしていた。

建設業こそが50億ドルといわれる富をビン・ラディン家にもたらし、2500万ドルの遺産を彼に残したのだ。

1980年代に購入した掘削機、ダンプカー、ブルドーザーときには自ら運転しながら、

アフガニスタンソビエトと戦うムジャヒディンのための塹壕を掘り、

山に穴を穿って武器庫と野戦病院を作った。

それは1989年の不信心者らの撤退まで続いた。



1990年代に逗留したスーダンでは、道路を作ったこともある。

そのひとつハルツームからスーダン港への高速道路だ。

しかほとんどの仕事テロ組織をつなぐためのものだった。

アフガニスタンゲストハウスを作り、武器提供した際に作ったのが、マクタブ・アル・キダマト(「サービス部局」)、

次に作ったのがアル・カイダ、「基地である

この仕事の大半を支えたのはアブドラ・アッザム、彼の宗教的恩師だった。

そのネットワークは以後、アイマン・アル・ザワヒリらによって引き継がれたが、

個々の人員登用、到着期日、戦いの大義などを多数の文書に残したはまぎれもなく彼だった。

彼は自らが行った非道を伝えるメディアに目を配り、世界報道機関を手玉にとった。

ブランドを作り、組織世界規模のフランチャイズに育て上げた。

消息をたってからも、その顔はよい広告塔になった。

アル・カイダ」の旗を持つ兵士が二人いればアメリカ将軍が押し寄せてくる、と彼は誇らしげに語った。



彼の生き方ビジネスマンのようだった。

アフガニスタンパキスタンで消息を断ったあいだ、

電話インターネット時計すらも追跡の恐れがあるとして触れるのを避け、

洞窟や隠れ家を転々とした

それは、成功を収めた堅実な投資に現れていたのと同じ注意深さだった。

政治理念に左右されることはなかったが、

沈思黙考して夜を明かし、一日を読書に費やすこともあった。

礼儀正しく敬虔な御曹司が到達したのは、知識人でも夢想家でもなかった。



彼に必要なのは純粋な怒りだけだった。

それをもたらしたのは、1982年レバノンに侵攻したイスラエルと、

1990年サウジアラビアの聖なるメッカメディアに到着したアメリカ軍だった。

物心ついたときからアメリカへの憎しみが彼を苛んでいた。

不信心者を追い払い、

パレスチナを成立させ、

イスラエル破壊し、

サウジアラビアを支配する「異端」を追放し、

ワッハーブ原理主義イスラムを純化すること、

それが彼の望みだった。

一言に洗練させるとすれば、暴力に訴えるジハドと言えただろう。

ジハドとは、神の言葉の勝利を実現させること、

彼の言い方では、目には目を、の「相互主義」を実現させること。

それは全ムスリムに課された聖なる義務である



五人の妻のうちの一人によれば、彼にはこんな一面もあったという。

ヒマワリを見るのと蜂蜜ヨーグルトを食べるのが好きな男。

星の下で寝ようといって子供たちを浜に連れ出したことがある。

BBCワールドサービスが好きで、毎週金曜には友人とハンティングに行く。

ときには、預言者ムハンマドのように、白い馬にまたがって行く。

彼は、そうなぞらえられるのが好きだった。

人生で最高のできごとは全能の超大国という神話ジハドによって打ち砕いたことだと、彼は言ったという。



十年以上に渡ってその首にかけられた賞金が彼を縛ることはなかった。

ラボラの隠れ家や山々を渡る護送車への爆撃も、

アラーによって御される彼には届かない。

殉教のときは、来たるべきときに来る。

純粋ムスリムアメリカ人の違いについて、

アメリカ人が生を愛するのに対し、ムスリムは死を愛するのだと彼は言った。

十字軍特殊部隊に対して彼が抵抗したかどうかはさだかではない。

いずれにしろ、その弾丸は彼を讃えるものでしかなかった。



重要指名手配テロリストオサマ・ビン・ラディン5月2日、54歳で死す。

Obituary: Osama bin Laden, the world’s most wanted terrorist, died on May 2nd, aged 54

May 5th, 2011, The Economist

http://www.economist.com/node/18648254

2011-04-18

数学勉強することは無益【アニメ業界編】

元ネタ

http://wofwof.blog60.fc2.com/blog-entry-482.html

前振り

数学勉強しても社会に出て役に立たない。実際、

大人になってから四則演算以上の数学ができなくて困った事はない。」

という人は自称知識人の間にもいる。

そうした意見に心地よさを感じる人は結構いるだろう。

そういうのを聞いても別に反論する気にはならないが

「かわいそうだな」と思うし、

できればそのままでいて欲しいと思う。

もう少し分かり易い例を出そう。

例えば、

ブサメン男性

イケメンでも社会に出て役に立たない。実際、

大人になってからブサメンで困った事はない。」とか

不細工な女性

美人でも社会に出て役に立たない。実際、

大人になってから不細工で困った事はない。」とか

言っていたらどう思うだろうか。

あなたイケメン美人でも、

別に反論しようとは思わないだろうが、

その代わりに「かわいそうだな」と思うだろう。

そういう人たちがいなければ

あなたメリットを享受できない。

かに数学ができる女の子美人女の子を比べると

明らかに後者の方がメリットは分かり易い。

それは男でも同様だ(経験者は語る)。

アニメ業界

そこでアニメ業界を例として、

数学力と可能仕事の関係を考えてみよう。

足し算ができると、動画マンとして、歩合給をもらえます

掛け算ができると、制作進行として、スケジュール管理できます

指数ができると、プロデューサーとして、企画を立てたることができます

対数ができると、演出や作画監督として、リテイクが減る作打ちができます

微分ができると、業務部長として、効用関数微分して製作委員会が組めます

線形代数ができると、執行役員として、複数のメディアリスク統合して新規事業を立ち上げられます

確率微分方程式ができると、業界の風雲児として、知財証券化したりできます

中割をする動画マンが一番たくさん必要なので、

みなさん、数学勉強しないで下さい。

2011-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20110413110539

大雑把な論旨は

震災時~以降の対応がなってない!」なんだが

お前が言うなで終了だなこれw




というより東自身、震災後の行動のみっともなさについて

ツイッターだけでも相当失望されたり笑われたりしたようだから

そのストレスや言われたことを下に流してるだけじゃないのかこれ?

そんなやつがこれから何言ったって聞かれないよ。

あいつらはさ社会的責任考えない(中略) 

ってことを今回示しちゃったんだよ。そんなやつがこれから何言ったって

聞かれないよ。俺がそう言う。宇野と濱野の話は俺が聞かない。

俺が聞かない以上あいつらの話は社会に聞かれない。以上終了ですよ。ほんとに。

それでまた、頑張りますよ!とか俺信じないもの

今回みたいな出来事は二度とない。それで何もできなかった

 やつが、先行世代とか批判する権利は無いです。

坂上「震災で明らかになったのは圧倒的に専門家って強いですよね。原発専門家とか。

 そうじゃない東さんなり僕なり人文系人間はやっていくわけですよ。役割が違うじゃないですか」



東「そうだよ。でもそういうなかで、発言のポジションがなかったり、効力が発揮できなかったら批評家って

 無意味だって事でしょ。そういうなかでサバイブするんだとかあいつ言ってたんでしょ。

 俺が言いたいのはやってないじゃん、お前口だけじゃん。

東「僕は宇野くんは単純に責任取らないやつなんだなって思っただけです。単に言ってるだけなんだなって。」

俺もそうだけどジャーナリストじゃないし色んな事わかんないか

ツイートしたくない。でも一生懸命頑張って一応プレゼンで示すとかさ。

そういう必死さが全然ないんだもん。

今回の震災で明らかになったと思うわけ。

現代思想」とか「文藝」の連中は震災に対してなにもアピールできてないし知識人としての

役割を果たしてないとおれは思う。そういうことに対して『彼らは自分たちのグループに閉じてて

なにもできないんだ』って言ってた宇野もできてないじゃん。

そういう判断が宇野に戻ってくるでしょ。

東「じゃあさ、あいつ偉そうすぎない?いや俺に対してじゃないよ、いろんな人に対してすっげえ

 偉そうにしてたじゃんあいつ。じゃあ言うなよ。

 お前しょせんサブカル批評家じゃん。震災になったら黙っちゃってモノポリーやってるサブカル批評家じゃん。

 それでいいけどさ、言うなよ。それが世界の真理だろ。アホなのか?」

言ってただけなんだよ。それが今回の震災で現れたの。これは絶対反論できない。

ともあれ早稲田文学

 アクションを起こした市川くんは僕も含め多くの人間にバーって流してる、震災の三日目か四日後に。

 じゃあ宇野がなんかやったか?何にもやってないじゃん。それって結局、宇野くんはそういう奴ってこと。

 二次創作作家。簡単に言うと。バレちゃったそれが。」

これらってぜーんぶ、

東自身がはてなツイッターで言われたようなことだよね。

それを自分と同じような状況かつ自分より立場がまずい(と東が思ってる)奴探してきて叩くことで

糾弾から糾弾者への成り上がりを図ってると言うか。

自分の代わりの生贄を捧げるエクスキューズと言うか。





全体的にストレス行動にしか見えん。

2011-04-12

事故の被害が大きくなる度に「それ見た事か!」と喜ぶ、原発反対派の知識人が大嫌いだ。

被害が少しでも小さいものであってほしいと思って何が悪いのか。

日本から出られない貧乏人が、健康に被害がないという言葉を信じたいと思って何がおかしいのか。

そんなささやかな願いを嘲って不安を煽る奴ら、ましてや海外の安全圏から日本愚民を見下す奴らの態度が許せない。

あんな奴らを見てたら原発容認派になってやる気持ちにもなる。

うそういう奴らも日本人というだけで差別されればいいのにと思うくらいだ。でも海外在住者は被曝してないんだよなちくしょう

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