はてなキーワード: 視聴者とは
歴史の大きな流れってのは男が作ってきた…だって男が戦争して勝った男が次の時代を作るんだから、戦争に参加してない女に歴史の中での出番はほぼほぼないじゃん
だから日本だけじゃなく世界の歴史に出てくる人物はほぼほぼ男なんよ。女さんたちは各地でチンギスハンみたいな奴にひっそりと孕まされてるだけで歴史には登場しないんよ
北条政子くらいならワンチャン?もしくは清少納言とかを主役に据えて全く毛色の違う大河にするとか…でもそれって「大河」というからに歴史のうねりを描く感じにはならないよねっていう
雑談配信とかも15分に1回コメントがあるかなくらいの過疎っぷり
テレワークのラジオ代わりに聞いてたんだけど、あまりにも過疎ってるからマロで
この間の配信、〇〇の話めっちゃおもしろかった!とかこの間だしてた歌のアレ、ここ良かった!
ってテキトー書いて送ってたら本人その気になってんのw
今や登録者数5000人になってて草
そこそこ伸びてんじゃねーよwww調子乗んなwww
5月9日にフィギュアスケートの宇野昌磨選手が現役引退を表明した。ミラノ五輪前での活躍も期待されていただけに、世界中の関係者から引退を惜しむ声が出ている。
彼は冬季五輪二大会で3つのメダルを獲得、世界選手権2連覇を果たすなど輝かしい戦績を誇るレジェンドだ。わずか900ℊの極小未熟児で生まれながらもスポーツの分野で世界一の座を勝ち取るまでに成長した彼は、小さく生まれた子を育てる親の間では希望の星でもある。
これだけの戦績を残した選手だから、メディアは彼の引退特集を組む。その中で一緒に大会に出ていて表彰台にも上った羽生結弦選手(当時)の映像や写真が入って来るのは当然だろう。しかし、一部のメディアは「平昌五輪表彰式後、宇野昌磨選手の頭をグリグリする羽生結弦選手」の写真や映像を繰り返し入れてくるのだ。
当時も不快だったあのシーンを繰り返し見せられるこっちは胸糞だし、何より宇野選手に対して失礼極まりない。平昌五輪で彼らが笑顔で表彰台に乗っている写真でいいじゃないか。アレを微笑ましいor美しい光景だと今も本当に思っているとしたら、メディア関係者の感覚は異常だ。時代遅れも甚だしい。
今年3月、岐阜の町長が「頭ポンポン」をセクハラ&パワハラだと問題視されて辞職に追い込まれたのを忘れたのか?「頭ポンポンされるなんて嫌だ」 「褒めるのに頭を触る必要なんかない、不快だ」という一般の声があれほど大きく取り上げられてまだ2か月しか経ってないのに。
https://news.ntv.co.jp/category/society/e2ce0c7b4d0c4eb0af2cc1ec56780187
平昌五輪の当時からもあの「頭グリグリ」をどうかと思ってる人はかなりいた。「グリグリ」という表現に私の悪意があると感じるなら、「わしゃわしゃ」「ナデナデ」などという表現に読み替えてもらってもいい。
年上が年下の頭を「ナデナデ」していいのはせいぜい小学生ぐらいまでだろう。それも二人の関係性に濃い師弟関係や血縁関係、性愛や友情がある場合、相互の関係性によっては許されるかな?というレベル。親ですら思春期以降の息子の頭はそうそう撫でたりしない。頭を撫でる行為は上下関係を明らかにする意味があり、本人のプライドを傷つけかねない行為だからだ。
宇野昌磨選手は童顔だが当時既に20歳の成人男子だ。1位を取った先輩が2位の成人男子の頭を触ってグリグリするのは「俺の方が上だ」と見せつけるマウンティング行為にしか見えず、当時からかなり不快だった。
なのに当時の日本メディアはあれを「微笑ましい名場面」として何度も使った。頭おかしいのかと思った。
しかもああいうめでたい場でああいうことをされるとその場の雰囲気を壊さしづらい。しかも先輩&連覇の優勝者という強い立場を持つ人からされたら、公の場では笑って対応せざるを得ないだろう。セクハラ&パワハラと同じ。その場では笑顔で返してたからOK!というようなもんじゃない。仮に宇野選手本人があれを受け入れていたと仮定しても、ああいう行為を見せられるのは他人でも不快だ。
あの時は日本全体が日本人選手が金&銀ダブル表彰台の喜びに浸っていたためか「仲良くて微笑ましいシーン」と受け取った視聴者が多かったようだが、当時から若い男性陣のなかには「何アレ?」と不快感を口に出す人が結構な数いた。
フィギュアスケートファンなら知っていることだが、この二人の年齢差だと子供時代に競技会での接点はほとんど無かった。会えば話をするような関係性ぐらいはあったが決して親しいと呼べるような間柄ではなかった。
当時の宇野選手はまだ一般人にはあまり名前を知られていなかったが、演技構成の難度からいって金メダル候補だった。専門家の間では、高難度ジャンプを複数入れる伸び盛りの若手(宇野選手&ネイサン・チェン選手ら)とジャンプ難易度では一段劣るが熟練の技術&経験を持つベテラン(羽生結弦選手、フェルナンデス選手ら)の争いと見られていた。
平昌五輪では羽生選手もフリーでミスがあり(転倒じゃなくジャンプの「抜け」だからわかりにくいが)、1転倒はしたが演技構成の難易度で上回る宇野選手とは実力が拮抗していた。ジャッジの匙加減次第では宇野選手が優勝することもありえた。その直後の頭グリグリだ。
宇野昌磨選手ファンの反応を探ってみたが、あの写真が使われていることを嫌がっている人が多く、喜んでいる人は少なかった。自衛策として「羽生のコメントや彼との不快な映像が入っていたかどうか」をファン同士で確認してから引退報道の放送録画を見るーという人も複数見かけた。
羽生結弦は「昔も今も自分が一番」で他選手たちへのマウンティング行為を繰り返してきた。一般人は「常識的な発言部分を編集したもの」しか目にしていないが、試合や記者会見の様子を現地やナマ配信で全て見てきているフィギュアスケートファンは彼が過去にどれだけ傲岸不遜な発言を繰り返してきたかを知っている。
彼が全日本選手権を3年連続で欠場し、その間3連覇を続けていた宇野選手と直接対決した全日本選手権。宇野選手が優勝して4連覇した直後に「全日本王者って大変だよ!? 」 「(俺に勝ったからって)燃え尽きちゃいけないよ」と話しかけてきたような輩である。それも、テレビカメラがいる前でしか話しかけない。
羽生結弦は他人を褒めたことがほとんどない。めずらしく褒めても、その直後に自分の方が上or同等であるという主旨の発言を付け加えて台無しにする。ちなみに彼は北京五輪でメダルを獲った日本人選手たちについてコメントを求められた時すら祝福のことばを一度も口にしていない。彼の過去の胸糞発言や行動について書き始めるとキリがなくなるのでこのへんで自重しておく。
とにかく、今の時代にあんなパワハラ写真&映像をしつこく使うメディア関係者の神経はどうかしている。今言いたいのはそれだけ。
一人二人が辞めるとか首になるなら、そいつの素行に問題があった可能性あるが
視聴者は基本的に演者を応援するもので、事務所を応援するものではない
クラファン完遂に関しては出来ないなら金返してくれと思ってる人は多いだろうけど
どうせ金を握ってるのは事務所でしょ
事務所は返金したくないからクラファン案件を餅月に完遂させたい
餅月としては事務所との信頼関係が壊れているのでライヴラリとはやっていけない
双方言い分はあるんだろうし外野からは伺い知れないこともたくさんあろう
視聴者側がどこまで信じられるか
転生先に取材してもさあ、前世についてアレコレこうこうです、とは言えない
言えないのはライヴラリも文春もわかってる
分かっていての欠席裁判
視聴者でもなんでもない野次馬が「もっと燃えさかれ」「ようやく面白くなってきたな」と観戦するのは仕方ないけど
クラファンした餅月ファンが裏切られて義憤がどうのみたいな方向に持ってくのは無理があるなあ
おや……?文春砲のタイミングにあわせてライヴラリが急遽生放送を
·【お知らせ】
餅月ひまりクラウドファンディングの今後に関してLIVEで重大なお知らせをお送りいたします
5期最終話の時点で原作小説を追い越したとのことなので、あの結末は原作とは異なるオリジナルである可能性がある。
私がまだ話を楽しめていたのは4期5話(第42話)までで、それ以降は登場人物やグループが一気に増えすぎてだんだんついていけなくなった。
話自体も4期6話(第43話)以降はひたすらモヤモヤさせられる展開で先が見えない。
カタルシスがようやく得られるのは5期最終話(第61話)。いくらなんでも話を長々と引っ張りすぎではないか。
それに加えて、話のスケールが無駄に大きいというか風呂敷をあまりに広げすぎてて今後が心配になった。
5期最終回に全てを詰め込みすぎた結果、回収されてない謎や伏線も多数で消化不良感が強い。
今回アマプラで視聴したが、字幕がついてるシーズンとついてないシーズンがあった。
登場人物たちのセリフは古風だったり文語体だったり、あまり日常生活では使わない語彙が多かったり、字幕なしだと登場人物が何を言っているのか分からないことが多く、それがストレスだった。
分からないところは流せばいいんだけど、分からないことを分からないまま放置して次に行くのが気持ち悪い。
ドストエフスキーの最後のセリフもほとんどの視聴者は理解できてないのでは。
1期からあまり面白くないと感じていて、でも5期最終話まで観たら評価が変わるかと期待したけど、残念ながら自分の場合は変わらなかった。
アイドルというと語弊がややあるが、
「エンターテイメント性と共に見た目や人格を売りにして商売をする」
2次元の見た目に、設定を詰め込んで。
そしてその上で誰かを楽しませる、いわゆるバーチャルな存在になっていた。
そういうアイドル的な存在に憧れていて、バーチャルの外見を得られたので、舞い上がって楽しんでいた。
けれど、徐々に、しんどい!と強く思うようになった。
である。
YouTubeなどでは広告収入などもあり、視聴するだけで応援になる。
だが、そのプラットフォームはYouTubeに例えるならスパチャしか明確な応援方法が無いのだ。
チャットの数や同接数なども含めて、その配信アプリ側が配信者をランク付けするのだが、スパチャ…課金ギフトを送るのが1番大きいスコアに繋がり、無料で出来るものは微量のスコアにしかならない。
つまり、このアプリにおいては、投げ銭が当たり前の文化なのである。
ファンの方、視聴者の方でも、この配信者にはこれだけお金を投げたらファンのランクが認定されて、他のリスナーにマウントを取ることができる。
つまり、少し前のAKB48総選挙などのアイドル文化をより身近にしたようなものだ。
財力あるファンからたくさんの投げ銭をもらって、笑顔でありがとう!と言ってサラリと気にも留めない、豪胆さ、鈍感さを求められる。
私はそれが無理だった。
3万円投げられて、えー!嬉しいー!ありがと!記念にするね!くらいの気持ちでサラリと流す人がアイドルに、配信者に、なれるのだなぁというのが、なんだかやるせなかった。
1000円投げられて、慌てふためいて、ちょこっとランチ出来る額投げていただいちゃったよ…とかしみったれた事を考えるやつはアイドルになれないのだ。
しかも、これがAKB48たちのような10代20代前半の金銭感覚もわからぬ子供が、あどけなく応援されてると感じているのならまだ可愛い。
けれど、その配信アプリの配信者は大抵はそれなりの大人である。
配信プラットフォームが提示したランクやイベントの達成のために、一緒に金銭を巻き上げる共犯者に成るも同然だ。
今日、ランクアップのためにみんな手伝って〜!という呼びかけがどこも飛びかう。
手伝うというのは暗に、金を出してスコアを上げてくれという意味である。
AKB48だって一年の大きなイベントである総選挙を、その配信アプリでは毎日しているようなものだ。
人を喜ばせるために、パフォーマンスを披露して、その対価として金銭を頂くのであれば良いと思う。
そしてそれならば私も、まだパフォーマンスが足りていないのだと思える。
けれど、配信アプリの一部のユーザーは配信者も視聴者も、もう金銭感覚がどこか麻痺していて、月数万円使わせる、使うことに躊躇いもなく、そしてそれで得られるのは認知のみという状況も多い。
私にアイドルのようなカリスマ性がないから上手くいかないのだと言えばそうなのだけれど、同時に、あんな風になりたくないな、あんな風に応援されたくないな、という気持ちがどうしてもある。
狂った世界に適合できるのは狂える奴だけ、それか自分を騙し切れる奴だけ。
狂気と欺瞞でお互いに誤魔化しあっていくのがアイドルなのだと、改めて感じてしまった次第である。
全然関係ないが、先日、前田敦子が、卒業発表をした柏木由紀の話をした時に
と言っていた。
お前も過去にアイドルとして応援されてて、その応援してくれてたファンの人の気持ちを考えてない鈍感な発言だ、という指摘が飛んでいた。
けれど私はちょっとだけ、おこがましいが前田敦子の気持ちがわかる。
アイドルなんて心身に負担のかかるお仕事、よくやってられるよね。
(ゆきりんは応援の数とか周りにとらわれず、自分のアイドル像を突き詰めていく、ある種の努力、ある種の狂気があったからこそここまで出来たと思うので、非難するつもりはない。お疲れさまでした。)
なんかの海外の記事で見たが、実は高IQの方がクソ作品を消費する可能性が高いらしい
だから「損切りできないやつはー」って言ってる人は低IQの可能性があるって話ね
要はアホはクソの中に楽しみを見出す能力が低い
ああ、これだ
Love of trashy films linked with above-average intelligence, study says
「高IQの観客にとって、ゴミ映画はメインストリームから逸脱した、興味深く歓迎すべき作品に映るのです」と、この研究の共著者であるキーヴァン・サルコシュは言う。
私たちがここで扱っているのは「文化の雑食性 」と形容できるような、平均以上の教育を受けた観客である。
そのような視聴者は、伝統的なハイカルチャーとポピュラーカルチャーの境界を越えて、広範なアートやメディアに興味を持っている。
この研究は、ゴミ映画とその観客に関する初めての大規模な実証的調査であり、視聴者はしばしば、批評家に嘲笑される映画を見ることに「皮肉な楽しみ」を見出し、彼ら自身が「安っぽい」あるいは「ゴミ」と表現する映画を積極的に探していることがわかった。
「虎に翼」を評価してる人って普段どういう作品を楽しんでいるの?
好きなドラマ、映画、漫画、ゲーム、演劇、なんでもいいから教えて欲しい。
なんでかって?
私は虎に翼が面白いとは全く思えない。
正々堂々とハッキリ言っておくのがフェアだろう。
私が朝ご飯をリビングで食べる時間に母親が毎朝見ているから一緒に見せられているが、全然面白くない。
出勤日には食堂や休憩室のテレビで同僚と一緒に見ることもあるが、全然面白くない。
なんでこんなのを見せられなきゃいけないんだろうと思ってる。
つまらない。
虎に翼だけは特別面白いとも思えないし、それ以前にやっていた作品と差があるようにも思えない。
そして、虎に翼は正直言って他のドラマよりもある意味でレベルが低いと思っている。
扱っている題材が単なる恋愛モノに留まっていない分、出来の悪さがより如実に出やすくなっているように感じるからだ。
「じゃあ逆に、虎の翼が好きじゃない人はどんな作品が好きなんだろう」と感じた人もいるだろう。
それに先に応えるのがフェアだろうから回答する。
国産ドラマなら「dele」「民王」「おいしい給食」が最近(もう結構古いな・・・)だと好きだった。
海外ドラマの場合は本当につい最近配信された「フォールアウト」を推したい。
小説だとミヒャエルエンデ、劉慈欣、恒川光太郎、村上春樹といったファンタジー系の作家を好んでいる。
映画ならファンタジー作品だと「チャッピー」のようなSF+人間は愚か、実話系でも「イミテーション・ゲーム」のようにサスペンス寄りなものが好きだな。
全体として、手間暇をかけて世界観、空気感を構築する作品を好んでいるようだ。
さて、じゃあ私は「虎に翼」に対して丁寧な世界観や空気感の構築を感じていないということなのではという仮説が立つな。
うん。そうなんだと思う。
「この時代はこんなにも男女不平等だったんですよ~~~~」と視聴者に語りかける時の説明台詞っぽさは本当になんとかならないのかと感じてしまう。
説明することにばかり意識が言っていて、その中に不自然さが溢れているんだよ。
生まれてから今日まで当たり前のように男女不平等の世界に生きてきた人々であるという感覚がそもそもないとういか、突然あの時代に転生してしまった現代人が必死にあの時代の人間のふりをしているかのような語り口なのはなんとかならないのか。
脚本を作っている人たちの中に、男女の生き方についての「常識」が違ったという前提がすっぽり抜け落ちているようにさえ見えてくる。
「男(女)が~~~なのは当たり前でしょ?」という感覚の当たり前感が薄っぺらい。
劇中でそれをわざわざ再度強調する時の
「女~~~~!!!女ごときが~~~~~!女め~~~~!!!」
「え?女だから駄目なんですか」
「女ごときが~~~俺が間違っているというのか~~~~~」
「それは法律が間違っているんです」
「女~~~~まだ言うか~~~~~~!!!!」
みたいな流れも見ていていい加減うんざりするというか、アレを作劇的に意味があるものだとして監督やディレクターがOKを出している、というよりも後押しをしてより安っぽい作りにしようと頑張っているんだろうなということに程度の低さを感じて目眩がしてくる。
男女平等啓発のための30分程度の教育ビデオならともかく、30時間も尺があるドラマで「物語を通して薄っすらと見えてくる現代とは違う男女観」を浮かび上がらせることを放棄して、露骨にでっち上げた憎まれ役に「女ごときが~~~~」と何度も言わせているのは稚拙と言わざるを得ない。
なぜ、こんなものが評価されているのか、私には本当に不思議でならないんだよなあ。
追記:
皆さんの好きな作品
国産ドラマは「最愛」「vivant」、海外ドラマは「グッドファイト」「トッケビ」、アニメは「PSYCHO-PASS」、本は小説より宇宙物理が好き、映画はネイチャードキュメンタリーが好き。
朝ドラだと「あまちゃん」「ゲゲゲの女房」「エール」大河だと「鎌倉殿の13人」「いだてん」「西郷どん」「真田丸」辺りが好き。
北村薫の推理小説、白石加代子の一人舞台劇「百物語」、柿本人麻呂の長歌、スーシェのポアロ、グールドのバッハとグルダのモーツアルト、ジョージ・セルの「ハーリ・ヤーノシュ」。
漫画課金勢ワイ、この一年で見てるドラマは虎に翼だけ。こんな私が漫画で好きなのは、違国日記、君の心に火がついて、隠密お局、明日カノ、薬屋、町田くんの世界、平和の国の島崎へ、繕い裁つ人、銀太郎さん等
同じくカーネーションが飛び抜けてるという感想だが今回のも秀作。光る君へ、鎌倉殿、拾われた男、エルピス、大豆田十和子、カルテット、大奥(nhk)、MIU404他野木脚本など
今クールはアニメ「ウィンドブレーカー」「転生貴族、鑑定スキルで成り上がる」見てる。/ 一番好きな漫画は「ワールドトリガー」
鎌倉殿と野木亜紀子と坂本裕二が好き…。ごめんね、ど定番で。。マンガは萩尾望都と吉田秋生、小説は恩田陸と村上春樹が好き
虎に翼みたいに、主人公がペラペラよく喋るドラマは掛け合い漫才みたいでわりと好き。逃げ恥とか、ミステリと言う勿れとか、大豆田とわ子とか。
なるほど、色々あるな。
虎に翼以外の朝ドラも見てる人が多くて、大河も見てる人が多いっぽいがそもそも視聴率が高めだからなんともだな。
大河だと鎌倉殿が人気っぽく見えるし、全体として味付けの濃いキャラがたくさん出てきてガヤガヤしてるタイプが好きって傾向が強そうに思える。
なるほど。そもそもの前提として適当に見るような作品として作られているのか。細かい機微を表現することを最初から捨てているとああいった大雑把な演技・脚本になるんだなあ。
「男女の生き方についての「常識」が違ったという前提がすっぽり抜け落ちている」その常識に疑問を抱き戦った女性達の話なのでああなるのは作劇上必然。当時の常識に従い耐え忍ぶ話が見たいなら別の話をどうぞ
ちょっと話が噛み合ってないかな。前提としている常識の違いを台詞によって表現する際の微妙な機微が出せていないという話なんだが。まあこれもそもそもながら見前提の大味演技のせいで削ぎ落とされてしまった部分ということなのかな。だとしても、それを出せない癖にこういった題材を扱うのはなんというか・・・失礼な気がするんだがな。
この人がちむどんどんをどう乗り越えたのかが気になる。
乗り越えられなかった。「ちむどんどんする!ちむどんどんする!」の声を聞きたくなくて別の場所で飯食ってたよその時期。
なんとなく色々分かった気がするので増田で聞いて良かったと思う。
"アニメ放送されるまで二次創作絵なんてひとつも流れてきませんでしたが。オタク界隈に身を置いてるわけじゃないんで。エコーチェンバーに陥ってるんじゃないですか。"
(追記2:ごめん後半は引用に含めるべきではなかった、最初の句点までが「本当にそうね」という話…)
これ本当にそうね…
アニメ化の力やっぱり強いなってくらいファンアートと二次創作(性的要素含む)増えたよね
ワイはお笑い垢だけどおすすめで普通に流れてくることが増えたよ
それで初めてはっきり原作過激派だってことに気づいてしまって(そういう主張はしてない)ワイはSNSを見ることをやめた……
ダンジョン飯に関しては二次創作はおろかファンアートも見たくない、無理
以前ブコメですら突然ライオス×マルシル二次創作カプコメ(微エロ)してる人を見てしまって、すぐ非表示にしてしまった
できたら専用垢でやってほしくはあるけどそれはこっちの都合だからね
でも嫌だよな~~~
ワイはこの増田を2人目にブクマした者(プライベートモード)なので
こうやって増田でちょっとつぶやいただけのことを皮肉ったり強く上から何か言ったりする相変わらずのブクマカが多くてごめんねってなってる
ごめんね
アニメ化以前から傾向に関わらず当該作品の創作をしてる人とかが大勢というほどではないにせよいて、pixiv等に作品を上げていたことは普通に知っている、ワイも一次創作するオタクだから…
だから正確にはきっと場所を限定しなければ「ひとつも」ではないんだけど、多分Xで描かれてシェアされて表に出て流れてくる量が圧倒的に増えたということだと思う
一般層や海外絵描き層にも視聴者が多いことでオタク界隈以外にも波及して、その勢いが増しているんじゃないのだろうかしらね…というかんじ
(”おすすめ”は原作や描きおろしの情報を求めて検索・閲覧等することで公式以外のものも流れてくるようになってるのではないか?
フォローしきれない知らない芸人・作家が撮った好きな芸人のいい写真やレポートが多数流れてくるのでおすすめ欄は重宝していたのだが、残念)
ところで文中でこのような感情は「こっちの都合」で、そんなこと「主張してない」ことも「SNS見るのはもうやめてる」ともはっきり書いているのに、増田の問題かなとか向いてないとか距離を取ったらとかDQN(!?)とか書いてる方は文章ちゃんと読んでくれていますか…
貯めていたユーフォ3年生編を見てる。
OP曲が物凄く「こっからが集大成。これまでの全部を出し切るぞ」って感じで好きなんだよな。
高揚感と緊張感がぶつかりあって生まれる武者震いが伝わってくるようなこの感じ。
最終決戦で第1クールのOPが流れてくるのが好きって人を否定する気はないんだけど、最終クールOPの方がやっぱ好きなんだよな。
作りが全体的にゴージャスになりがちというか、色々と詰め込みまくられててさ。
鬱アニメじゃない限りは最後に主人公たちが勝つのは分かりきってるんだけど、それでもこっからの戦いが一番苦しいんだろうなってのが伝わってくる感じがさ。
エネルギーが四方八方からギュウギュウにぶつかってきてギチギチいってるこの密度が、ここまで物語を見てきた視聴者と作り上げてきた制作者の積み上げてきたものを感じるっていうかさ。
「自分を責めて引きこもり周囲から無視される主人公」っていうと陳腐すぎて印象に残らないところ、序盤のあのクソガキエピソードをいれてくることで視聴者のメンタルをグチャグチャにする最高の設定になってるのがすごいんだよなあ
人気VTuber、紳士向けゲーム「バニーガーデン」でまさかの号泣に視聴者爆笑 600万の借金を作り“衝撃の末路”へ(ねとらぼ)
https://news.yahoo.co.jp/articles/c3b5f0c162f30c9b9caacce443748cb822da4a1b
そもそも、170センチ以下の男は人権ない。って発言の人権って「ネットミーム」での「人権」なんだよな。この説明でピンと来る人と来ない人との情報の受け取り落差を考えると、まあTPO弁えろっていう一理あるが、当時の人権発言が数万人いるTwitchでもなければ、視聴者数十数人しかいない身内ノリのミルダムで配信されてるの踏まえると、まあまあTPO弁えてるとも思える。
話がそれたが、「お前は身長170以下じゃないから気にならないだけ」っていう意見もあるかもしれないが「身長180以下は人権ない」「身長190以下は人権ない」「7頭身以下は人権ない」って言われても「さいですか」ぐらいの感想しか出てこねえなんだわ……。そんなに憤り感じる事か?炎上することか?ってどうしても思ってしまう。
たぬかなの発言よりも、たぬかなの発言で憤るやつの身長の低さよりも、あの程度に憤慨する器の小ささの方がよっぽどヤベえと個人的には考える。
Vtuber視聴者「麻雀界隈は視聴者がプロ相手でも普通に打牌批判化するからな」
Vtuber視聴者「素人がプロに指示するのマジで意味わからん」
女性AED で思い出した、元カノに掲載許可取ってたのにすっかり忘れてた。
そのとき飲みの席は、女性にAEDをするのはアンパンマン視聴者なら当然だ、って話で盛り上がってた流れで清潔感について聞いて見た。「清潔感ない奴はキモがられるらしいけどさ」「てか清潔って何なん」「アンパンマンのパンマン系キャラなら」
そしてカレーパンマンの清潔感に突入した段階で、元カノの友人(女)が現れ、話は混迷を極めた。
そもそも、女性としては清潔感がない男性でも好きになることはあるらしい。
これらは深い関係にあるが、それぞれが独立した別の意味を持ってるらしい。
へーーーー。
俺としてはバイキンマンやドキンちゃん? は汚物系キャラなので当然不潔=清潔感がないと思っていた。不潔なキャラクターに清潔感がないのは間違いではないようだ。